不思議動物園へようこそ

 

序、衛星高度の動物園

 

スペースデブリ駆除用の自動航行衛星が地球の衛星軌道上を周回し。ネットを張ってデブリを回収。一時期衛星軌道中に散らばっていたゴミを片っ端から片付けている。

いずれもが例え小さな破片であってもぶつかったら大災害になる危険物。

地球人がデブリを見境なしにまき散らしていた時代はもう終わり。

今ではしっかり処理をする時代が来ている。

現在の人工衛星はいずれもデブリを処理するためのネットやレーザーを配備しており。場合によっては小型衛星を射出して自衛を行う。全ては自動制御で行われており、人間がいちいち指示を出さなくても大丈夫だ。

人類は現在冥王星にまで到達。

運が良かった、としか言えない。

地球で果てると思われた人類の文明は。

運良く宇宙への進出を果たせた。

貧富の不平等を奇跡的に解消でき。

政治的利権の調整も上手く行き。

何とか作り上げた軌道エレベーターが稼働し。

そして今はそれを使って、地球と宇宙は近くなり。

火星へも簡単にいくことが出来る。

月には統一政府、人類同盟の首都ルナシティが存在しており。

ルナシティだけで人口は2500万。

火星はテラフォーミングが成功して6億の人間が暮らし。

気候が過酷すぎる金星は主にスペースコロニーを展開して、中継地点として活躍している。

金星の内側には、太陽の監視とフレアの抑制を目的とした人工衛星群が浮かび。

土星や木星には資源回収のための人工衛星が多数浮かんでいる。

人類は。

破滅を脱することが出来たのだ。

もしも、無理に宇宙に出ても。

人類は、映画に出てくる醜悪な侵略宇宙人そのもの。つまり他の生物を殺し尽くし、奪い尽くし、焼き尽くす存在……大航海時代の海賊や北欧のヴァイキングのようになっただろうと言われていた。

だが幾つもの奇蹟が重なりあった結果。

人類は地球の資源を食い潰す前に宇宙進出に成功し。

邪悪な侵略宇宙人になり果てることもなく。

現在は紛争も最小限に押さえ込まれ。

貧困層と富裕層の格差も小さくなり。

奇跡的な時代、と呼ばれるものが到来している。

いずれ恒星間航行技術が完成した場合。

他の惑星へ足を伸ばし。

エイリアンと接触した場合、戦争を行わず、穏便にやっていけるかも知れない。

昔だったら絵空事に過ぎなかったそれらが。

本当に、あらゆる紙一重の可能性を抜け、奇跡的に上手く行ったのが今の時代だ。

最良の未来が実現した。

その事に、不満を持っている人類は、あまりいなかった。

そして労働に関しても、今は非常に改善している。

そもそも、極めて不安定だった学校教育というものが廃止されて一世紀半。

現在人類は、それぞれの潜在能力をフルに発揮できる催眠教育に移行しており。

それぞれの人間が、それぞれのスペックをフル活用できる時代が来ている。

このため一流の科学者に十代前半の人間がいたり。

七十を過ぎてもサポートを受けながら現役の芸術家として活動している者がいたり。

平均寿命は140歳まで延び。

エンジニアも、子供から大人まで様々。

能力をフルに活用できるようになった人類は。

コネだけで出世する者も出なくなり。

調子だけ良くて声だけ大きい奴が悪目立ちする事もなくなり。

己のスペックをフルに活用し。

のびのび生きられるようになった。

その結果判明したのは。

人間の総合スペックはどれもこれも殆ど変わらない、と言う事で。

結果として天才という言葉は死語になり。

また最低限の労力でフルスペックを容易に引き出せるようになったため。

苦行という言葉もまた死語になった。

これらが確立するまでには、多くの時間が掛かったが。

勿論大量の血も流れたが。

それでも今、人類は。

太陽系全体に版図を広げ。

資源の問題も解決。

人口爆発も抑制に成功。

人間が人間をすり潰していくような社会も終わりを告げ。

その種としてのあり方自体が変わってきている。

私、春風世良は、そんな社会で。

動物園を運営している。

とはいっても、地球上にある実際に生きている動物たちを鑑賞するための施設では無い。更に言えば動物園は、現在は環境内で数を減らしている生物の調整を行うための施設となっているため、入園者はサーバを経由してデータアクセスし、視覚情報の代金を支払う仕組みになっている。実物を展示している動物園でもそうだし。データで再現している仮想動物園でも基本的な仕組みは変わらない。

つまり自宅にいながら動物園に行けるのだ。一歩も動く必要さえない。

私が運営している動物園は。

今は既に存在しない動物たちを扱ったもの。

科学者達が復元した動物たちを、彼らが生きていた時代を再現し。

其処で実際に動かして。

見に来た人達に、最新の学説で動いている動物たちを見せるための設備である。

更に言うと動物たちには実体も無く。

全てはデータとして動いているのだ。

スタッフは私が園長。

その下に科学者とのパイプ役を務める各時代の専門家が七名。

そしてエンジニアが三十名。

この動物園の主役こそ、動物と並んで、このエンジニア達である。

なおこの全員が。

基本的にそれぞれが提供されている別の場所に住んでいる。

私は地球の衛星軌道上にあるスペースコロニーに住んでいるし。

エンジニアの中には火星に住んでいる者もいる。

どうせプログラムはサポートを受けながら書くのだし、リアルタイムで通信なんて出来なくても問題ない。そも超光速通信が実現しているので、火星と通信してもラグはごくわずかだ。

そう、この動物園のうりは。

常に最新鋭の学説に基づいた環境、それに生きる絶滅動物が見られる事。

当然スタッフも、今の時代に相応しく、それぞれのフルスペックを引きだした精鋭揃いである。

私もその一人。

私は園長としての適切を見いだされて、この席に座っている。

いまだ十三歳にすぎないが。

今の時代、実際に人間同士が会って話をしたり。

仕事をしたり。

所帯を持ったりする事は殆ど無い。

遺伝子データは基本的に全て登録されており。

腹を痛めて子供を産んだりする必要もなく。

全ては全自動で子供が生産される。

これも、人口爆発を抑制できた要因の一つ。

子供を自分で育てたい人間は、幾つかの試験をパスした後。補助ロボットの支援を受けながら子供を育てることになる。

試験そのものは誰でも無料で受けられる。

主に子供を育てることが出来るかどうか、のもので。試験のハードルそのものは非常に低い。

また補助用のロボットの性能が極めて高いため、子供に対する虐待が行われた場合は即座に察知。悪質な場合は親権が剥奪される仕組みにもなっている。

それ以外の場合は、人間は専門のロボットによって育成され。

場合によっては他の人間と直に接することなく一生をおくることさえある。

また欲求の類も誰もが情報やロボットを経由して誰もが享受できるため。

ある意味仏教における「天界」が現状の世界に近いのかも知れない。

これらも本来は一歩間違えばディストピアになってしまうところだったのだろうが。

全てが奇跡的なバランスの上で成り立ち。

現在の社会に不満を抱くものはほぼいない。

何しろ自分の能力を全て発揮し。

その上で、仕事に就くことが出来るのだから。

ブラック労働と呼ばれるものも死語となっている。

現在、人類は。

文字通りの絶頂期。

それも、他の生物を食い潰しながら暴力的に資源を荒らしていた時代と違い。

他の生物とは完全に己を切り離し。

知的生命体と呼ぶに相応しい存在になり、繁栄しているのだから。絶頂期と呼んで差し支えないだろう。

私は仕事場である自室で、メインモニタ三つを常時監視しながら、チョコレートのスティックを咥えていた。

非常に溶けにくいスティックで。

甘みが少しずつ口の中に拡がる仕組みになっている。

モニタの監視そのものは自動で行われていて。

問題が発生した場合、軽度のものなら基本的に全て自動解決してくれる。

人間の判断が必要な場合のみ。

判断をAIが求めてくるので、それに応じるだけ。

私が待っているのは、もっと高度な指示。

つまり、学説の変更。

新しい発見があった場合。

動物園のプログラムを見直す必要がある。

例えば恐竜だ。

恐竜に関しては、一時期は年単位に主要の説ががらりと変わるほどの苛烈な変転を経ていて。

肉食恐竜にしても、鼻が頭の前にあったり上にあったり。

羽毛があったり無かったり。

走れたり走れなかったり。

様々な説が提示されては訂正されていた。

現在は羽毛は幼体時にしか存在せず。

走る事も充分に出来た、という説が主流になっているが。

それでも10年に一度くらい説のブレイクスルーが起きる。

更に古い時代の生物になると、もっと説の変転が早い。

それらが起きたとき。

新しい論文をチェックし。

それが正しいと判断した場合、私は主導して、プログラミングの変更をスタッフに指示する。

そういう仕事だ。

私の適性は判断。

論文を読み込んで、それが理にかなうと判断する能力。

今の時代の人間は、幼い頃から適性を見いだされ、能力をフルに発揮できるようにする教育を受ける。

その結果、私のように十代で社会の最前線で活躍する者も多い。

無駄ばかり多かった学校教育など無くなり。

更に言えば、身体能力も無駄なスポーツ教練などしなくても全部引き出せるように処置されているので。宇宙空間で暮らしているからといって、別に体が弱くなっている訳でも無い。

モニタに私が顔を近づけたのは。

新しい論文提出のニュースがあったからだ。

論文を書いたのは91歳の老人。

この界隈では有名な。

恐魚と呼ばれる古代における最強の捕食者の一角、ダンクルオステウスの研究者だ。

「どれどれ……見せてもらいますわ」

ぼそりと呟いて、縦ロールにしている髪の毛を掻き揚げる。

髪の毛のセットも全部ロボットにやらせているし。

仕事でのお給金で、適当に服を見繕うのもロボットにやらせている。

なお私の顔は「成人すると」成長予測からそれなりに美人になるらしいが。

今はちょっと目が大きいだけの子供っぽい顔だ。

まあ美人は子供の頃はあんまり可愛くないケースも多いらしいので。

その辺は気にしない。

140年生きられる時代だ。

しかも、それで満足できない場合は、サーバに意識を移してもっと生き続けることも出来るし。

その意識をクローンに移して第二の人生を送ることも出来る。

太陽系を完全掌握した人類は、最低でも100000年は資源を効率運用して文明を維持できる事が計算されており。

それこそ宇宙人でも攻めてこない限りは、安泰に生きていける。

更に言えば1000年程度で、他の生物が活動していないことが確認されている4光年半径内の恒星系に行く事を可能とする恒星間航行技術の開発も達成出来るだろうという研究も出ており。

今の時点で人類に不安はない。

だから私はいつも呟く。

慌てない、慌てない、と。

余裕がある時代なのだ。

子供時代も楽しむに限るし。

大人になってからも充分楽しめる。

肉を持っている男と一緒にならなくても。

古今東西のあらゆるデータから、充分に自分に相性が良い性格を持った伴侶のセクサロイドだって作れるし。

子供が欲しければ、誰でも受けられ突破も難しくない試験をクリアすればいい。

仕事だって、今時24時間フル稼働しなくても、クレームを入れてくる奴なんていないし。

余程の事がない限り、AI制御で自動対応が行われる。

人間は昔のように。

社会にすり潰されなくても生きていけるのだ。

「ふむむ」

論文を見る限り、どうやら少しばかり大型の案件らしい。

これは、スタッフに声を掛ける必要があるだろう。

すぐにスタッフにチャットでの呼び出しを掛ける。

昔は携帯端末を使っていたが。

今はVR空間での、アバターを使っての会話が主流。

しかも言語サポート機能がついているため。

言葉という未熟で不完全なツールでの対話を苦手とする相手であっても。

話を円滑に進めることが可能だ。

昔は相手に媚を売る技術が、実務能力よりも遙かに優先され。社会の腐敗速度が尋常では無かったと聞くが。

その頃に比べると、本当に人類は楽に生きていける時代にいるものである。

すぐにVR空間が生成される。

なおそれぞれの参加者に、気持ちが良い色彩と音楽が流れている空間に。それぞれの名前が浮かんだアバターが生成される。

私はディフォルメしたティラノサウルスを使っている。

他の者達も、古代生物好きだ。

今回は四人のスタッフを招集したが。

それぞれみな、古代生物をディフォルメしたり。或いはリアルに造形したアバターを用いていた。

「社長、お呼びですか」

「皆様お疲れ様ですわ。 此方の論文をご覧くださいまし」

「どれどれ」

さっと論文を展開する。

なお言葉もフィルターが掛かっており。

相手が不愉快に思う要素が極力カットされている。

おかしな話だが。

古い時代は、周囲にとってしゃべり方や表情、或いは容姿などが気に入らない、と言うだけで。社会的に抹殺されるケースまであったという。

人間はあまりにも過密すぎる環境で生きていたからか。

コミュニケーションと称する「儀式」をおぞましいまでに複雑化させ。

その結果、誰にもあまりにも暮らしづらい社会で、一度滅亡しかけた。

それの反省を生かした結果。

誰に対しても、不要なストレスが掛からない社会が出来た。

そしてそれは。

古い時代の宗教で、天国に等しいものとなった。

そういう事だ。

「なるほど、これは面白い論文ですね」

「面白いけれど、修正が大変だニャー」

ぼやいたのはサーベルタイガーのアバターを使っている社員。中身はちなみに男性である。

勿論今更誰もそんな事は気にしない。

なお三人の子供持ちであり。

今時珍しい所帯持ちでもある。

「現在の社会は、昔と違って、即座の修正は求められないものの、当動物園においてはできる限り最新の情報を正確に取り入れるようにしておりますの。 この論文は私が目を通した限り、理にかなっており、間違っていないと判断いたしましたわ」

「社長の判断は正しいと思いますが、工数としては……」

指定された工数と賃金。動物園の売り上げを計算に入れて。

すぐに判断を行う。

判断補助も、VR空間では当たり前のように導入されている。

「それでは、社の思考加速空間を用いる事を許可します。 作業工数については、後から申告をお願いします」

「相変わらず熱心かつ太っ腹ですのだ」

「すぐに取りかかりますニャー」

それぞれのアバターが消える。

思考加速空間は、社のサーバ内に作った疑似空間。人間の思考をフルパワーにまで加速して、其処で外の時間とは相対的に違う速度で作業を行う事が出来る。

使うのにマシンパワーは必要だが。

VR空間を利用するときに、人間を疑似催眠状態にし。

催眠状態になった人間は健康確保のためのカプセルで常時健康診断を受けるので、危険はない。脳のリソースを全て其方に振り分けられるのである。

勿論作業時の工数は会社で負担しなければならないが。

これは当たり前の話だ。

古い時代は、経営者が圧倒的な力を持ち。

工数を渋っては会社員をすり潰していたらしいが。

今の時代そんな事をしたら、あっという間に法の手が入る。

この法が古い時代はどこの国でも地域でも事実上機能していなかったらしいので。

私としては古い時代の社会には行きたくない、という感想しかない。

会社の売り上げは上々。

その一方で私が自由にしているお金は殆ど無い。

殆どのお金は動物園のバージョンアップと維持、クオリティアップにつぎ込んでいる。

動物園なのだから。

お客様に楽しんで貰うのは当たり前。

そして私は古代の生物が大好き。

趣味と実益を兼ね備えたお仕事なのだ。

そして実際の動物に負担を掛ける場所でも無い。

動物の繁殖と個体数調整を行うための、現代動物を扱った動物園ともまた違う。

此処は、新しい時代の。しかしながら古い生物たちの。

サーバの中にある楽園なのである。

なお、動物園の名前はこうである。

エンシェント。

この動物園の名前は、これ以外にはあり得なかった。

 

1、ダンクルオステウス

 

ダンクルオステウス。

古代、デボン紀に海の支配者であった巨大魚類である。

魚類には主に二種類が存在しており。

硬骨魚類と軟骨魚類がいる。

軟骨魚類は文字通り骨が軟骨で構成されているため、化石が非常に残りにくいのが特徴だ。

例えば鮫などはこの軟骨魚類に分類されるが。

条件が極めて良い場合を除き、頑強な顎しか化石に残らない。

このため、極めて滑稽な復元図が出現したりしやすいのが特徴である。

なお鮫は現在でも海で現役に暮らしている品種だが。

非常に古い魚類の仲間であり。

鮫映画で悪役にされるような海の覇者であった時代は、実のところ殆ど存在していない。

登場した頃の鮫は小型の者が多く、大型のもっと恐ろしい捕食者達に追いかけ回されてエサにされていたし。

大型化した頃には、更に強大な力を持つ海棲爬虫類や大型ほ乳類(要は鯨である)によって捕食され。

一時期海の最強を謳われたメガロドンなども。

実際には鯱に食い尽くされて絶滅したという、鮫ファンにはとても悲しい説が主流になっている程だ。

さてさて、その軟骨魚類の雄であり。

まず最強の座を海にて確保した存在こそが。

ダンクルオステウスである。

通称恐魚。

説は幾つかあるが、9メートル前後という圧倒的な体格に加え。

体の前半分を装甲で覆い。

化石からも分かるほどに、凄まじいまでの凶悪な顎を持っているのが特徴だ。

この顎は二段階に閉じる仕組みになっていて。てこの力で元の凶悪さを更に底上げしている。

その噛む力に関しては、あのティラノサウルスを凌駕したのでは無いか、という説まで存在しているほどである。あくまで一説だが。

何よりも大きいのは、このダンクルオステウスは、「顎」を持つ事で大繁栄した種族と言う事だ。

勿論顎を最初に持った魚類はダンクルオステウスではないだろう。

それでも、それまでの魚類は残念ながらしっかりした「顎」を有しておらず。

当然噛む力も弱かった。

いずれにしても3億数千万年前の海は。

このダンクルオステウスが圧倒的頂点であった事は間違いなく。鮫などは小粋なおやつ程度の存在に過ぎなかった。

そして顎を持つ脊椎動物として。

圧倒的な存在感を示したのも事実なのである。

さて、此処で問題だ。

ダンクルオステウスも、当時の魚類の主流であった、軟骨魚類であった事に間違いはない。

つまるところ、装甲板のような前半身はいい。

形は分かる。

だが、体の後ろ半分が丸々化石として残っていないのである。

何しろ軟骨だ。

鮫がその顎しか化石に残らないように。

ダンクルオステウスが王者であろうと関係無い。

その圧倒的な力がどうだろうとも関係無い。

化石としては残らないのだ。

このため、この古代の海を支配して、顎の凶悪さを最初に見せつけた最強の装甲魚の復元には、ずっと様々な説が台頭した。

後ろ半分がどうなっているか、というのがその焦点であって。

基本的に化石が残らないので。

様々な復元図が出現した。

今回私が目を通したダンクルオステウスの論文では、今までに無く力強い後半身が提言されている。

ダンクルオステウスの衰退については、その強力すぎる装甲が徒になり。

体が重くなってしまって、素早い魚を捕らえるのが難しくなったからではないか、という説が主流を占めていたのだが。

その説を覆すものである。

つまり、装甲による重さを、凄まじいパワーで相殺。

むしろ装甲を苦にしないほどのスピードで泳ぎ回っていたのでは無いか、という説が提示されたのだ。

ではどうして絶滅したのか。

私もこの時代に生きているものだ。

興味がある分野については、催眠教育によって徹底的に頭に叩き込んでいる。

様々な説を見てきたが。

今回の論文では、その絶滅について幾つかの類推から、こういう結論に至っている。

ダンクルオステウスは兎に角燃費が悪い魚だった。

強力極まりない装甲と、圧倒的な火力を併せ持ち。更にそれを苦にしないパワーで泳ぎ回る文字通りの海の覇者。

だがそれが故に燃費も悪く。

大量のエサを必要とした。

進化の過程でエサを一撃確殺出来るように、顎の力を更に強めていった。

だが、そのチキンレースにも限界が来た。

ダンクルオステウスに火力と速度で逃げ切れない他の魚たちは。

生き延びるために、小型化と逃げ散ることを優先したのだ。

ダンクルオステウスにとっては、カモとなる大型の魚は減り。

小型のすばしこい魚ばかりになった。

その結果、その圧倒的巨体は生かせ無いどころか、むしろ足枷になった。

獲物は捕らえられる。

だが、自分の体に見合った獲物を捕らえることは難しい。

そして大型の生物は、どれもそうなのだが。

基本的に環境の変化に極めて弱い。

基本的に環境というものは極めてデリケートであり。

生物界には明確に役割が決まっている。

この中で、もっとも変化に強いのが底辺であり。

逆に変化に弱いのが頂点だ。

例えば昆虫などは、自分の存在を小型化、多様化する事で。膨大な品種を産みだし、あらゆる環境に適応し、更には底辺でありながら圧倒的なニッチを獲得するに至った。環境の底辺であっても、昆虫はもっとも繁栄している。それは、敢えて底辺である事を選択したからだ。

その一方で、環境の変化の影響を真っ先に受けたのは、常に大型動物たちである。

ダンクルオステウスもその例に漏れず。

つまるところ、魚が小型化したからダンクルオステウスは滅びたのでは無く。

魚がどいつもこいつも小型化し、ダンクルオステウスの燃費を補えなくなったため絶滅した。

そういう結論に至っていた。

面白い説だと私は思う。

さっそく、現在ダンクルオステウスを展示しているデボン紀のプログラムを改修するスタッフ達の様子も確認。

彼らもプロだ。

論文に従ってダンクルオステウスのモデルを変え。

逞しい後半身を持ち。

ダイナミックに泳ぐように改変した。

そして難しいのが此処からだ。

ダンクルオステウス全盛期の海と。

斜陽を迎えた海を作らなければならない。

絶滅のモデルが変わるとなると。

海の中の様子も、当然のことながら変わってくる。

まず全盛期の海では、ダンクルオステウスのエサとなる、大型の魚類が多数必要になってくる。

現在の鮫がそうであるように。

同じダンクルオステウスの幼魚も餌になった可能性が高い。

例えば映画で有名なホオジロザメ(ホホジロザメとも呼ぶ)は卵胎生という繁殖形態を取っているが。

これは腹の中で稚魚たちが殺し合い。

互いに兄弟姉妹で喰らいあって。

生き残った一匹ないし二匹が生まれてくる、という凄絶なものだ。

ホオジロザメにとっては同族でさえ、サイズが違えばエサに過ぎず。

最大にまで成長したホオジロザメは、小型の同族を容赦なく襲い喰らう。

鮫映画のように、ホオジロザメは別に人間を積極的に捕食するわけではないのだが。それとは別方向で修羅の生を送っているのである。

ダンクルオステウスもそうであった可能性は否定出来ない。

幼魚のダンクルオステウスが、成魚に襲われた可能性も低くない。

勿論それ以外にも。

ダンクルオステウスのエサとなった魚や、他の生物も多かった事だろう。

全盛期には。大型のエサを増やし。

衰退期には、小型の魚を増やす。

衰退期に至ると、小型の上に顎を持った、小回りがきく魚だらけになり。

例えダンクルオステウスがエサを捕まえられるとしても。

一度の狩りでは極めて効率が悪い、という風にするため。

念入りにシミュレーションを組む必要がある。

勿論これは人間が手作業でやっていたら面倒くさい事この上ないので。

量子コンピュータの支援を受ける。

これにより。

デボン紀の海が、以前の展示とはかなり変わってきた。

ダンクルオステウスの全盛期には。

ゆったりと泳ぐ大型魚類。

いずれもまだ現在の魚とはかなり姿が違っており。

動きもあまり速いとは言えない。

ダンクルオステウスにとっては、それこそ天国のような環境だ。それこそ周囲には容易く咬み裂けるカモばかり。

だが一方で、衰退期はどうか。

ダンクルオステウスの周囲は小型魚ばかり。

ダンクルオステウスが食い尽くしたのでは無い。

それほど世界というのは甘くない。

数千万年というスパンで変化したのである。

つまり、対応能力を周囲が身につけた。

完成した生物というのは。つまるところ、環境内でのニッチを埋める事に成功した存在である。

これは何でもそうだ。

恐竜にしても。

人類が繁栄する前に恐竜のニッチを埋めた、巨大ほ乳類たちや、巨大な鳥類たちにしても変わらない。

だが環境にぴったりはまった大型生物は。

大型で、生体サイクルが長く安定しているが故に。

環境が激変したときにも。

変わっていったときにも。

耐えることが出来ない。

歴史上地上最強の生物であった肉食恐竜でさえもそうなのだ。

そして運良く宇宙進出は出来たから良かったが。人類も恐らく、99%以上の確率で、そうなっていただろう。

シミュレーションの確認を途中で切り上げると。

私は1%以下の奇蹟に生きている事を思いつつ。

社長としての仕事に入る。

論文は公開されているものだし、利用に関してはとっくに許可も得ている。使用料も払っている。

この辺り、本人にわざわざ会いに行かなくても。

ネットワークで接続し。

手続きを行い。

更にその手続きを全世界に公開できるのが素晴らしい。

この手続きそのものも自動で精査が行われるため。

不正はやりようがない。

古い時代は、あらゆる方法で詐欺を試みる人間がいたが。

今の時代、詐欺は基本的に絶対に出来ない。

AIの性能が詐欺師の頭を完全に上回ったのだ。

知能犯の類は完全にメシを食えなくなったのが今の時代である。仮に成功したとしても、一瞬で対策される。

知能犯は儲かるから行われるのであって。

現在では治安維持機能が強力すぎるため、まったく金にならない。

そのため、犯罪組織も存在しない。

儲からないからである。

ともかく公正な手続きをして、論文の使用を行う事については既に話しあっている。

今度は個人的にやるべき事だ。

宣伝は勿論する。

リニューアルについての告知。

更に論文を書いた博士への招待券。勿論無料招待券である。

流石に年間優待券までは出せないが。

これは論文の発表が相応にハイペースであるからで。

流石に其処まで金を出せるほど、私の動物園も裕福では無い。

裕福ではあるけれど、今の時代は貧富の格差が小さいため。

剛腹にはなれるが、あまりにもやりたい放題はできない、というのが実情なのである。

チケットを送ると、論文を書いた博士はとても喜んでいた。

何しろ仮想空間の動物園だ。

楽しみ方は色々ある。

襲ってこないダンクルオステウスと一緒に泳いだり。

ダンクルオステウスに乗ったり。

中にはダンクルオステウスに食われてみたいという物好きもいる。

仮想空間動物園なので、文字通り何でもかんでも自由自在なのである。勿論ダンクルオステウスになりきって、大型魚類をムシャムシャ食べるのも可能だ。

最大功労者である学者への対応は済ませた。

次は万とあるSNSへの広告出し。

現在、マスコミは既に歴史的な役割を終えた。

情報は誰もが取得できる時代になっており。

わざわざ金を払ってまで、主観に毒された紙屑を買う理由が無くなっている。

更に催眠教育で人間が全員フルスペックになっているため。

わざわざマスコミの書いた記事を金まで払って買う必要がない。

このため、情報にはそれぞれでアクセスすれば良い時代が来ている。

真偽についても、明らかに詐欺に誘導するものは、全てのSNSが導入を義務づけられている監視botによって駆除されるし、アカウントの持ち主は厳しい処置を受ける。

このため、此方もSNSで宣伝を行う時は。

相応に気を遣わなければならない。

幾らか文章を推敲した後。

画像と文章を載せる。

デボン紀の海の王者、ダンクルオステウスを見よう。

新しい論文による新しい姿。

ダイナミックに海を泳ぐ最強の王者の勇姿とその衰退までの歴史を味わいたい人は、是非エンシェントへ。

アクセス料金について……。

途中で映像を挟む。

現在、論文使用許可は受けているので、再現についてはしっかり気を遣ってはいるが。

既に出来上がってきているモデルを自分でしっかり確認する。

論文に反した内容ではない。

姿は美麗。

美化はしていない。

完成した生物というのは、それぞれ独特の美しさがあるのだ。

例えば虫が嫌い、という人もいるかも知れない。

だが昆虫の王者である甲虫、その中でも最大級の(重さではもっと大きいのがいるが)カブトムシであるヘラクレスオオツノカブトを見て、ただ気持ち悪いという感想を残すだけというのは少し寂しい。

勿論感じ方は人それぞれだが。

私は完成した生物の、完成した造形が好きだ。

だから最大の節足動物であるウミサソリもアースロプレウラも好きだし。

それが理にかなったものであれば。

どんな姿であっても、ティラノサウルスを受け入れもする。

何よりそういった完成した姿が好きだからこそ。

この仕事をしているのだ。

別の事業を興しても良かったかも知れないが。

好きだからこの仕事を出来る。

そんな時代だからこそ。

私は好きに生きているのである。

ダンクルオステウスのモデルを、仮想空間で確認。

色々自分で動かす。

こういう行為は、昔は専門のツールが必要で、相当に高度な技術が必要だったと聞いているが。

今は思考だけで簡単に補助ツールが全てをやってくれるし。

何よりプログラマー達が仕事をしている圧縮時間空間で、同じように見る事が出来るので。

手間暇は掛からない。

以前よりも、遙かにひれがたくましくなり。

とても素早く泳ぎ回るダンクルオステウスを見て、私は大満足。

これは美しい。

これこそが最強の名にふさわしい。

触ってみる。

勿論これはあくまで説の一つに過ぎないのだが。

それでも、多くの英知によって作り上げられた魚類の王の一人は。

其処に確かに存在していた。

完成品は任せる。

そこに、どう美学を混ぜるかは、私の仕事だ。

ゆっくりダンクルオステウスを泳がせながら、私はその周囲を回って泳ぎながら、どの角度で。どう動かすと美しいかを、入念にチェックする。

その顎を強調するか。

いや、ダンクルオステウスと言えば顎だ。

それは昔から変わらない。

かといって、下半身ばかり見ても、それはそれ。

高速で泳ぎ回る魚なんて幾らでもいる。

ダンクルオステウスが。

海を高速で泳ぎ回る。

重武装の巨大魚が。

高速で力強く泳ぐ。

それに意味があるのだ。

恐魚とまで呼ばれる、その強面を生かしつつ。その予想外に素早い動きを生かすには。

しばらく側を泳ぎながら考える。

現時点では、ダンクルオステウスに思考AIは搭載していない。

それについても、此方で調整出来る。

現時点では、「襲撃してこない」モードだが。

もしもホンモノと海で出くわしたら(あり得ない話だが)、相手は面倒くさそうに側を通り過ぎるか、もしくは相手にもしないか、もしくは鎧柚一触に瞬殺だろう。

そうだ、こんなのはどうか。

当時に棲息していた、ダンクルオステウスのエサになる大型魚。

此奴が思ったよりずっと速く逃げる。

それに後方から迫る影。

海の中で、一対の目が赤く光りながら追ってくる。

体をくねらせ。

海をそのまま押しのけるようにして、巨体が一気に追いついてきて。

その巨大な顎が開かれ。

そしてエサの横っ腹に食らいつく。

衝撃的なシーンではあるが。

これぞ、ダンクルオステウスの圧倒的捕食シーン。

私は実際にそのモデルを撮影してみて。

これだと判断した。

その後は調整を行う。

最初はエサの視点。

兎に角必死さが伝わるように。

更に逃げる事を想定して、狭い場所へ逃げ込むべく、視界をフル活用しながら、海底近くを泳ぐ。

そうだ、逃げ散る他の魚も入れよう。

王者が来るのだ。

雑魚は逃げるしか無い。

そして、泡を蹴散らすようにして。

絶対にして最強の捕食者が。

どっと姿を見せる。

一瞬スローにすると良いかも知れない。

考えながら、組み立て。

緩急をつけながら、捕食シーンを入れて行く。

どうだ。

何回か調整を入れた後。

次は斜陽。

新しい、ダンクルオステウス絶滅を示唆するものも入れる。

これも入れた方が良いだろうと私は思ったのだ。

昔は動画編集というのは兎に角大変だったらしいが、今は簡単だ。それこそ私も教育を受けているし、サポートが兎に角良好だからである。バグは自分でとってくれるほどに今のツールは優秀なのである。

斜陽は、夕暮れの海の中。

ダンクルオステウスがゆっくりと泳ぐシーンで良いだろう。

周囲には小魚ばかり。

ダンクルオステウスは小魚に追いつき、ばくりと食べるが。

しかしあからさまに小さすぎる。

しばしして、物足りなさそうに水面を見上げる。

やはり其処にも小魚しかいない。

ダンクルオステウスの目を写して終わり。

うむ。

後は、これを丁寧に調整していけば良いはずだ。

一旦切り上げて、細かい調整に映る。

動画を動かしてみて、細かい粗があったら取り除かなければならないし。

格好良い動きをするためには、リアルを敢えて排除しなければならない事もあるのだ。

それらを私は本職だから知っている。

しばし動画を流し。

満足できない部分を微調整する。

血とかはあまり派手に出さない。

これは、ホラー映画の宣伝ではないから、である。

まあ実際には、ダンクルオステウスの捕食は残虐極まりないものだっただろうけれど。そんなものはどんな生物でも同じである。

毒で殺そうが。

生きたまま食い散らかそうが。

捕食には違いないのだから。

連絡が入る。

プラグラマー達のチーフの一人からだった。

「何事ですの」

「社長、トラブル発生ですのだ」

「データを送ってくださいまし」

「分かりましたのだ」

すぐにデータが来る。

ふむと頷いた後、サポートAIを複数呼び出し、それぞれに意見を出させる。

昔は会議のために会議をやったりして、時間をドブに捨てていたらしいが。

今は多方向から、AIに意見を出させ。

人間は最終的にそれを採用するという形式が主流になっている。

はっきりいって、コネの力関係がものをいうような会議など時間の無駄だ。愚策が採用され、失敗しか産まない。

あまりにも多数の例が人類史上で積み重ねられてきたのに。

宇宙進出を本格的に果たす頃まで、とうとう人類はその愚劣さに気づけなかった。

ほどなく私は判断する。

「私も出向いて微調整に加わりますわ」

「分かりました。 それでは、サーバに接続をお願いしますのだ」

「よろしくってよ」

オホホホホと笑うと。

私は通信を切る。

では少々面倒くさいが。

トラブルに対応しなければならない。

 

2、動物園はトラブルだらけ

 

最初に見せられたのは、当時の海中を再現した環境である。

同時にグラフも見せられる。

論文によると、この海の中をダンクルオステウスは高速で泳いでいた。

空は青くは無い。

この時代は現在に比べると酸素濃度も高くはなく、まだまだ地上への生物進出はそれほど活発でも無かった。

もう少しして、植物が原始的なものから地上に繁茂し始める頃から。

地球は緑の惑星へと変わっていくのである。

魚類から両生類。

両生類から爬虫類。

そして爬虫類をベースとして、恐竜、鳥類、ほ乳類などが生じていく。

爬虫類は気持ち悪いという印象を周囲に与えるかも知れないが。

生物のモデルとしては極めて優秀で。

実際問題現在においても充分に地上で繁栄している。

さて、問題は海中の環境だ。

当時は魚だけでは無く、原始的な頭足類。

アンモナイトなども多数海中に存在していた。

もう少し時代を遡ると、海の王は魚類では無く。

いわゆる直角貝と呼ばれる、超巨大頭足類だったのだが。

それはそれ、である。

ともあれ環境をシミュレーションしたところ。

どうも妙な不具合が生じると、プラグラマーに言われた。

「この比率だと、生物のニッチがおかしくなるのですニャー」

「何か対策は」

「実際には、もう少し小型の魚が少なかった、とみるべきですニャ」

「ふむ……」

しかし、ダンクルオステウスの大規模なモデルチェンジが、今回の売りだ。

その辺りを上手に見せるにはどうするべきか。

完全にリアルな環境を再現するのが、この動物園の主旨では無い。

生物の保全と繁殖を目的に切り替わっている地上の動物園とは違い。

この動物園では、過去の絶滅生物を、最新の学説で再現するのが目的だから、である。

さっそく複数のAIにジャッジさせる。

結果がすぐに出た。

「リアリティの重視も重要だが、この場合はダンクルオステウスの再現が優先事項と考えるべき」

「ふむふむ」

「まだこの時代の海には分からない事が多く、研究者に任せるほかない。 今回の場合は、シミュレーションに問題がある可能性も高い。 当初の予定通り、小型の魚を増やして様子を見るべき」

「……了解ですわ」

AIはいわゆる忖度の類はしない。

状況に応じて、常に最善手を選ぶ。

一時期はこの性質を忌み嫌う人間が、AIを叩きまくった時代もあったのだが。

今では、練りに練り上げられたAIが、状況に応じて人間をサポートする時代が来ている。

悪意がある人間が、AIに細工するという事も考えられたのだが。

幸い。本当に運が良かったことに。

AIは反乱を起こすことも無く。

邪悪な人間の悪意が潜むことも無く。

また人間を殺傷する事も無くいわゆる三原則をきちんと守り。

そして今に至っている。

この時代は、本当に運が良かったのだ。

AIに関わった先人達が優秀で。

それを使う人間にも犯罪者が少なく。

いわゆる中枢部分にも、悪意が仕込まれず。

人間に対する敵対的な自我をAIが持つ事もなかった。

故に安心してAIを用いる事が出来る。

一歩でも間違えれば。地球から出られず滅亡していただろう人類だが。今はこうして、奇蹟の積み重なりの上に、平穏と安楽を築いている。

ともかく、会議は5分で終わった。

大残業の上、深夜に会議をやるなんて時代もあったらしいが。

今の時代、会議なんてこんなものである。

すぐに方針どうり作業が開始される。

昔は社長は、社長だから偉い、などという錯誤しまくった認識が蔓延していた時代もあったようだが。

今は社長というのは責任を背負った存在で。

会社の命運を背負って判断をする人間である。

私はそれに適性を見いだされたから。

こうして若くして社長をしている。

適性を引っ張り出せる社会だからこそ。

会議は回らず。

きちんとスムーズに動いているのだとも言えた。

さて、一度自室に戻る。

これから、似たような会議が山ほど行われるのは確定だ。

現時点では、旧モデルのダンクルオステウスが、私の動物園では動いている。勿論水族館も兼ねているが。

何しろ古代では、生物の世界は海中に殆ど限定されていたわけで。

水族館を兼ねない訳にはいかないからである。

その旧ダンクルオステウスも確認しておく。

勿論バックアップは複数箇所に保存しているが。

今後、新ダンクルオステウスが展示されるようになると。

旧版はバックアップの海に沈むことになる。

しばらく気分転換も兼ねて、旧ダンクルオステウスと一緒に泳いでみる事にする。

動きが鈍く。

そしていかにも重厚だ。

怪獣映画の怪獣を思わせるその動きは。

本当に生物としてこれが海で泳いでいたのか。

海で泳いでいたなら、どれほどの脅威だったのか。

様々な事を想像させずにはいられない。

その大きさ。

迫力。

もっと大きな魚類は、以降の歴史に幾らでも出てくる。

現存するジンベイザメや、絶滅種のリードシクティスなど、更に大きなものも存在していたし。今後も発見される可能性は否定出来ない。

だが魚類としての戦闘力なら、どうなのだろう。

伝説に残るメガロドンなら対抗できるだろうか。

この鈍重さだと。

メガロドンには対抗できそうにない。

だがゆったり動く巨体は。

確かに浪漫というか、迫力に満ちていた。

触って別れを言う。

また同じモデルのお前にあうかも知れないけれど。

これでお別れだ。

お前はもっと新しい学説によって、この電子の海に生まれ変わる。

その時お前はもっと強く速くなる。

新しいモデルのダンクルオステウスなら、メガロドンと真っ向勝負も可能。いや、恐らく更に強いだろう。

顎の力は生物史上最強を争い。

それに速度までもが加わった、というのだから。

アクセスを切断し。

私はまた広告の編集に戻る。

ほどなく、これを会議で披露。

他の者達の意見を聞いた後。

AIのジャッジを仰ぐ。

幾つかの修正点を指摘された。

流石に厳しいというか、機械そのものだ。人間以上に、細かい部分をよく見ている。そしてぐうの音も出ない。

言われた部分を修正すると。

SNSに流した。

私の動物園はそれなりに繁盛している。

そして古代生物好きには、ダンクルオステウスは良く知られている有名な存在なのである。

すぐにSNSでは、話題が沸騰した。

「新型のダンクルオステウス格好いいな!」

「今までの重厚な感じの奴も好きだったが、これはこれで好きだぜ。 何というか、下手な鮫映画なんぞより遙かに迫力がある」

「これに襲われたらもう死を覚悟するしかないな」

「この時代、ばかでかい捕食者が幾らでもいるぞ。 海中に入るなんて文字通りの自殺行為だぜ」

その通りだ。

私も仮想空間だから海に潜れるのであって。

人間なんておやつくらいにしか考えていないだろうダンクルオステウスが実在したら。絶対に近付こうなんて思わない。

潜水艦に乗ってなら近づけるかも知れないが。

逆にそれくらいでないと、危なくて近づけたものではないだろう。

ましてたこの時代は、原始的とはいえ鮫の先祖もたくさん出現していた時期なのである。

ダンクルオステウスにはカモにされていただろうが。

人間が泳ぎに入ったりしたら。

鈍重に海中をフラフラしている人間なんて。

瞬く間にエジキだ。

SNSでの評判拡散には、まだ後押しがいる。

更に、問題を順番に、一つずつ片付けていかなければならない。

ダンクルオステウスはこの時代の覇者。

覇者のモデルが変われば。

それだけ世界観も変わってくるのである。

そうすれば、今まで安定していた仮想空間にも歪みが生じる訳で。

その歪みの結果、様々な不具合だって生じる。

過去にあった一番大きな不具合は、文字通りクラッシュが発生してしまった事である。

ある生物のモデルが大幅に見直された結果。

全体的なバランスが致命的に崩壊。

仮想空間内でさえ巨大な矛盾が目立つようになり。

とても展示できる状態ではなくなった。

その結果、修復にはリアルな時間では二週間が掛かり、展示開始が大幅に遅れる事になった。

昔の動物園水族館では致命的だっただろうが。

今は流石に其処まで人類も偏狭では無い。

夜勤で人材をすり潰しながら。

サービス停止が五分でも起きたらクレームを殺到させるとか。

そういう狂気の時代が過去には存在したのも事実だが。

今はそんな事もない。

人類のビジネススピードが異常加速した時代は、ある意味人類にとって最大の暗黒の世界だったのかも知れない。

今の宇宙で暮らしていると。

その時代が如何におかしかったのかが、よく分かる。

さて、様々な指定に基づいて、調整を行い。

CM第二弾に入る。

同時に、他の古代生物に関する論文も、チェック。

興味深いものや。

議論を呼んでいるものに関しては、余さずチェックを行っていく。

またいつ新しい理論が出てきてもおかしくない。

タイムマシンは流石にまだまだ完成しそうにもないが。

その代わり古代生物の研究は、人類社会に余裕が出来たため、過去に無い程進んでいるのである。

そして人類がフルスペックを発揮できるようになった結果。

人材はフル活用されるようにもなり。

新しい研究の結果、今までに無い生物が発見されたり。

今までの主要な説がひっくり返されることも、珍しくは無くなっている。

それらに常に目を通さなければならない。

社長とは。

今はとても大変な仕事なのだ。

 

二つ目の問題が発生した。

ダンクルオステウスをモデル通りに動かしたところ、どうも体に負荷が掛かりすぎる事が分かったのである。

豊富なエサで負荷を補っているという仮説を採用していたが。

それでもどうやら負荷を補いきれそうにない、という結論が出たようだった。

すぐに会議を招集する。

今回見つけたのは、メインプログラマーではない。

デバッガーの一人だ。

何でも、ダンクルオステウスを色々動かしている内に、死んでしまう個体が出ることを確認。

原因を調査した結果。

どうやら骨折の類が起きている事が判明。

あの頑強な体で、しかも軟骨魚類で骨折。

どういうことなのだろうと言う事で調べた結果。

どうも体内に負荷が掛かりすぎ。

体が壊れてしまっている、と言う事が判明した。

それは問題だ。

論文を見る限り、矛盾点は見つからない。そうなってくると、どう解決するべきなのだろうか。

幾つかの論文を見繕い。

そして会議を招集する。

皆に意見を出させるが。

その結果、意外な意見が出てきた。

「この論文、採用を見送っては」

「それはどういう事ですの」

「この速度でダンクルオステウスを泳がせた場合、もし体が壊れてしまうようならば、モデリングに問題があった、と言う事に他なりません。 勿論動物園の収益になる事は否定しませんが、これはいくら何でも無理があった、と言う事なのでは」

「ふむ」

嘘の展示は確かに良くない。

細かい部分でどうしても嘘が出てくるのは仕方が無い事だ。

ある程度の妥協をしなければならないのも事実である。

すぐにAIにジャッジ。

複数のAIが、別方向から情報を精査した結果。

驚くべき結果が出た。

「外部モデリングに問題なし。 体内モデリングに修正の余地有り」

「!」

「体内をもう少し頑強な構造にすればよし。 筋肉をより発達させ、骨の補助を行う事で問題は解決する」

「そうなると、現状のモデルを維持したまま、体内を更に屈強にすると言うことかニャー」

アバターのサーベルタイガーがぼやく。

私は咳払いすると。

すぐにそうするとどうなるか、実際にモデリングを作らせた。

この辺り、現在は仮のものであれば、すぐに修正が利く。

結果として出来上がってきたのは。

非常に屈強さが前面に出たダンクルオステウスだった。

海の中を高速で泳ぎ。

積極的に巨大な得物を捕食し続ける、貪欲なる暴君。

その肉体は文字通り古代神話の神々のような、神々しいまでの筋肉によって構成されており。

一目見ただけで凄まじいパワーを秘めていることが分かる。

これはもし現在の海に存在していたら。

普通にシャチと渡り合うのではあるまいか。

現在の海中生物で言えば、シャチが最強であることはほぼ間違いない所なのだが。

それに匹敵する戦闘力を見せるかも知れない。

知能や、内臓が骨で守られていないという弱点はある。そういう点ではシャチに劣るだろうが。

このスピード、この破壊力。

シャチも、怖れて近付かないのではあるまいか。

論文を書いた博士を会議に呼ぶ。

そして、新しいモデルをお披露目するが。

本人は鼻白んだようだった。

しかしながら、実際にどうなるかの実験を行った話をすると。

仕方が無いと、納得してくれた。

「もう少しシャープで神秘的な姿のつもりだったのだけれどね」

「そうすると壊れてしまうので……」

「仕方が無い。 AIの判断は公平だ。 私の論文にも矛盾は出ないし、それで良しとするさ」

「ありがとうございますわ」

頭を下げて。

論文の筆者と幾つかの契約を交わす。

こういうときにトラブルが起きやすいので。

書面に残し。

客観的な証拠を作っておくのは大事なのだ。

この辺りのマニュアルは、全てAIが補助してくれるので、忘れる可能性もない。

契約書を幾つか書き。

それについてしっかり目を通した後。

博士に帰ってもらう。

昔だったら、これら一連の会議で、一日丸ごと潰れていただろうが。

現在は三十分で片付く。

三十分でも長いくらいだが。

それでも以前に比べれば、一瞬だ。どれだけ人類がビジネスの場で無駄に時間を使い。正しい判断を逃してきたのか。

こういう会議に出てみると。

それがよく分かって、悲しくなってくる。

ともあれ、昔は昔。

今は今だ。

次のCMについても、更に修正を加えなければならないだろう。

まだリニューアルでダンクルオステウスを一とするデボン紀の展示を一新するのは少し先だが。

それでも、予告の日時には間に合わせたい。

しばし私は黙々と作業を進め。

程なく、次のCMについて作り上げた。

以前よりも更にスピード感を上げたCMだ。

ダンクルオステウスが、まるで海の中を驀進するようにして進む。

流石にこの当時の大気中は、現在とはまったく状況が違うので。背びれが海原を切り裂くような泳ぎ方はさせない。

その代わり、海底から見上げ。

獲物に襲いかかったダンクルオステウスが。

一瞬にして、獲物を噛み裂くシーンを。

高速で。

ストップモーションも入れつつ。

なおかつその筋肉に溢れた肉体美を前面に押し出すようにして。

CMに盛り込んでいく。

これは、格好良い。

ちょっとマッチョすぎるかも知れないけれど。

現時点での復元では、これくらいがいい。

更にダンクルオステウスは、一匹を瞬く間に食い千切って腹に収めると。

次の獲物を狙って、海中を驀進開始。

逃げ散る獲物達だが。

逃れきれるものではない。

あっというまに水中を魚雷のように切り裂いて進んだダンクルオステウスが。

史上最強とも言われる顎を持って。

また一匹を、食い千切り。

バラバラに噛み裂いた。

血を前面に出すのでは無く。

凶暴さを前面に出すことで。

その凶悪そうなダンクルオステウスの顔を映し出し。

圧倒的な迫力を作り出す。

そして、獲物をたっぷり引き裂いた後は。

満腹したダンクルオステウスが、惨劇の場をゆっくり泳ぎ去って行く。

これならば、どうだろう。

一連の映像を続けて流して見て。

腕組みした後、微調整。

ダンクルオステウスの最大の特徴は、泳ぐ速度が変わったとしても。

なんといってもその顎だ。

顎による敵の襲撃をよりよく見せるために、アングルに工夫を加える。アングルを調整すると、それだけで絵がかなり変わってしまう。

腕組みして考え込みながら。

アングルを何度も調整し。

気が済むまで、修正を繰り返す。

アラームが鳴った。

疲労がたまっている、という合図である。

古い時代は文字通り人間をすり潰しながら働かせていたが。

今はそれもない。

厳密な労働法で、無茶な労働はそれそのものが禁止されているし。もしもやらせた場合は厳罰が待っている。

私は社長であるから。

それを破るわけには行かない。

勿論部下達にも、しっかり定時で作業は終わらせるように周知している。

一旦休憩に入る。

後の細かい修正は起きてからだ。

だが、どう修正するべきだろう。

今回の更なるバージョンアップで、ダンクルオステウスの魅力はまた少し変わった気がする。

その修正された魅力を生かすためには。

アングルの調整が必要だ。

かといって、この手の作業は私がやるようにしている。

だから、他の誰にも任せるわけにも行かない。

カプセル式の睡眠装置で休む。

「休眠モードに入ります。 同時に体内の不純物の除去、健康不安要素の排除も行います」

「よろしくお願いいたしますわ」

「かしこまりました」

カプセルが閉じると。

後は何もしなくても、勝手に眠る事が出来る。

ストレス世界だった昔は睡眠障害が猛威を振るったそうだが。

今はそんな事もない。

夢を見る。

デボン紀の海で泳いでいる夢だ。

ダンクルオステウスが、此方に気付いて追ってくる。

大慌てで逃げ出すが、逃げ切れるわけでは無い。

サバンナでライオンに追われて人間が逃げられるわけが無いのと同じ事である。

人間なんて、瞬発でも時速40キロも出せない。

スペックをフルに引き出せるようになっている現在でもそれは大して変わらない事実である。

それに何より、人間は陸上の生物だ。

如何に泳ぎ方を色々工夫したところで。

どうあったって最初から海中で生き。海中で死んで行く生物には、勝てっこないのである。

ほどなく、ダンクルオステウスは悠々と追いつくと。

私を噛み裂いた。

目が覚める。

頭を振りながら、今の夢をもう一度思い出す。

怖いとは思わない。

ダンクルオステウスがいる海で泳いだら、普通にああなっただろうし。

そして現在の海に恐魚は存在しない。

ただ、大型の鮫。

例えばオオメジロザメやイタチザメなどは人間を襲うし。ヨゴレも襲うという話がある。ホオジロザメは映画のイメージと裏腹に積極的に食おうとはしてこないようだが、それでもサイズがサイズだし、噛まれたら致命傷は免れない。

これらに襲われた場合は。

今の夢と同じようになるだろう。

しばらく考え込んでから。

歯を磨いて、顔を洗って。

作っていたCMの調整に入る。

この追われるという経験を、そのまんまCMに持ち込むのはどうだろう。

今までは客観視点だったから、迫力は今一つだった。

だが、主観視点で、ダンクルオステウスに追われる恐怖を。

あの史上最強の顎が噛み合わされる先に、自分がいる悪夢を。そのままCMにして見たら、どうだろう。

イメージ通り、かなり手を入れてみると。

良い感触に仕上がった。

流石に魚の視点にするわけにもいかないが。

魚のように追われている感を出す事により。

ダンクルオステウスの絶対的捕食者、圧倒的覇王感は充分に出す事が出来た。

細かい所を調整。

そうだ、泳いでいるときに岩かなんかを体当たりで破壊するシーンを入れて見るのはどうだろう。

いや、流石にそれはリアリティが無いか。

全長10メートル弱といっても、生き物なのだ。

岩を体当たりで破壊したりかみ砕いたりするのは、映画では無いのだからいくら何でもやり過ぎである。

ならば、もっと良い工夫は無いか。

しばらく考えた後。

一瞬で食い千切られた魚が真っ二つ、というのはどうだろうかと思いつく。

真っ二つになった魚を、それぞれ一口でぱくりとやってしまう。

そんなシーンを入れて見る。

それが良いかも知れない。

さて、此処まで良さを前面に出してみたが。

悪さも出して見ようか。

例えば、ダンクルオステウスが想像以上に速く泳げたとしても。

小回りがきくかどうか。

かなり怪しいと言わざるを得ない。

何しろ、基本的に化石が残らない軟骨魚類なのに、前半身が残っているほどの魚なのである。

文字通り装甲に等しい体だった筈で。

この部分の重さもあって、速く泳ぐことは出来ても、急カーブなどは出来たかどうかがかなり微妙だ。

しばらく考え込んでから。

此処も少し修正する。

獲物を追うとき、大迫力の加速シーンを入れると同時に。

急カーブした獲物を、一瞬見逃すシーンを入れて見る。

しかしながら、ゆっくり弧を描いて軌道修正。

逃げたかと思って安堵する獲物を、頭から噛み裂く。

そんなシーンを入れて見た。

良い感じだ。

最後に、漂っていく食い千切られたひれを写すことで。

最強の暴君魚の姿が、ありありと浮かび上がった。

大体はこれでいいだろう。

修正を細かく入れて。

更にAIの補助も受けて、問題がありそうなシーンを洗い出して貰い。更には修正を掛ける。

全てが終わった頃には。

食事の時間が来ていた。

 

会議で第二弾CMを流す。

基本的に悪い評判は出なかった。

論文を発表した学者も呼ぶが、好評である。

これほどの出来ならば。

ダンクルオステウスの圧倒的すごさを、存分に再現していると言える。

そう太鼓判を押してくれた。

私もそうだが。

この学者も、ダンクルオステウスが大好きだから、研究をしているのだ。

圧倒的な力を振るうダンクルオステウスを見て。

喜ばない筈が無い。

私は頷くと。

CMをSNSに流すことを決定。

更には、進捗を確認。

現時点で97という話を聞いて、充分に満足した。

後はプログラマーよりも、主にデバッカーの仕事だ。

これが終われば、エンシェントに、新しいデボン紀が誕生する。

そしてその新しいデボン紀には。

最凶の暴君が降臨するのだ。

AIにも意見を出させ。

問題が無いことも確認した。

さて、後は。

仕上げるだけだ。

皆を見回す。

いつも大規模アップデートがある時は。アバター越しでも分かるほど、皆緊張する。大きなトラブルが起きるかも知れないからである。

それでも、未来が見えるのも事実。

過去を作って未来が見えるというのもおかしな話だが。

これもまた、やはりクリエイトする側からすれば事実なのである。

「収益次第ではボーナスもきちんと出ますわ。 期待してくださいまし」

会議を締める。

勿論、私は。

社員にボーナスを惜しむつもりはない。

自分の足を食う蛸でもあるまいし。

社員を切り捨てたりすり潰す会社に、未来など存在しないのだから。

 

3、暴君参上

 

第二弾のCMがSNSに流れると。

公式アカウントには質問が殺到した。

基本的にエンシェントでは、人間が思いつく程度の事は何でも出来る。仮想空間だから、である。

襲ってこないダンクルオステウスと一緒に泳ぐことも。

勿論襲われる事も。

ダンクルオステウスの捕食シーンも。

デボン紀の海の解説も。

全て見る事が出来る。

現在、実際の動物が飼育されている動物園とは。こういった仮想動物園は完全に役割分担しており。

現状ではそれぞれ違うニッチを締めている、と言っても良い。

故に対立する必要もないし。

顧客の奪い合いも発生しない。

これはとても良い事だと私は思う。

エンシェントは、幾つかある仮想動物園の中では儲かっている方で。

少なくとも古代に主眼を当てている仮想動物園の中では、売り上げもトップに入る。

その代わり、毎度のアップデート作業が大変なので。

その分の給金はしっかり払わなければならない。

アップデートが殆ど必要ない仮想動物園は、殆どの場合現在の動物を展示しているタイプである。

研究され尽くしているので。

今更修正の必要がないのだ。

かといって、そういった動物園には、やはり他にも情報があると言うマイナス点がある。

出費が少ない反面。

収入も少ないのだ。

どちらに利点があるかと言えば。

一長一短であるとしか言えないが。

いずれにしても、エンシェントは。

まめな学説の発表に対するアップデートを繰り返しているという点で。

大きな評価を得ており。

少なくとも現時点では。

固定ファンも存在してくれている。

それ故に応えなければならないし。

負担も小さくはないのだ。

順調にデバッグも進み。

ついにダンクルオステウス新バージョンのお披露目の日が来る。

実際にはとっくに完全にインストールを済ませ。

当日には環境を単に切り替えるだけだが。

AIも動員して、徹底的なデバッグを行っている。

その結果、幾つかの細かいバグがやはり見つかっており。

それらの改修には、相応に苦労はした。

だが、それでも。

古代生物が好きで。

古代生物を再現して。

古代生物に仮想空間とは言え触れる事が出来る。

このエンシェントを経営していて良かったと私は思っているし。

経営に関して不満を感じたことは一切ない。

この思いはスタッフにまで強要はしないが。

好きでいてくれれば嬉しいし。

好きでいなくても、仕事さえしてくれればきちんと給金は払う。

それだけの話だ。

当日が来る。

CMは大盛況のまま継続。

そして、当日は。

早速、アクセスに相当な負荷が掛かったが。

地球時代のネット接続でもあるまいし。

今更負荷でサーバが落ちるような貧弱な構築はしていない。

古い時代には、ネットゲームが負荷によって落ちたり、或いはバグでとんでもないことになったり、というのがよくあったらしいが。

今では、仮想空間を丸ごと作る事も出来るので。

そんな事もあり得ない。

何よりサーバのマシンパワーの進化が凄まじく、地球時代とは比べものにもならないので。

昔は有効だったDOS攻撃なども、今は笑い話になる程度だ。

さて、客の評判はどうだろう。

私自身もアクセスして、問題が起きていないか確認する。

古い時代。MMORPGなどでは、不正行為をする客や。客同士のトラブルが絶えなかったと聞いている。

いわゆるチートの存在だ。

だが今のこのエンシェントでは。

禁止行為は基本的にAI監視で全て封じ込まれるし。

罰金が即座に科せられる。

リスクを冒してまで禁止行為をする意味もない。

データの引き抜きなども出来ないようにしてあるので。

不正ツールも持ち込めない。

持ち込んだ所で即座に発見されてお縄である。

不正ツールは基本的に作成自体が重罪であるため。

非常にリスクが高く。

わざわざそんなものを持ち込んでまで、不正行為をする意味がないのである。

犯罪を犯してまで相手に勝ちたいとか、無理矢理ゲームをクリアしたいという輩はいるかもしれないが。

エンシェントはゲームでは無いし。

ましてやこういった場所に持ち込む不正ツールは内容にしても知れている。

他のアクセス者の個人情報を引き抜いたり。

公序良俗に反する行為をエンシェント内で行ったりといったものであって。

到底許されるものではない。

勿論サーバへの攻撃などのサイバーテロも、昔とは違って今はきちんと法整備がなされている。

社会のシステムが。

漸く人間の悪意を押さえ込み、先回りして対応出来る。

其処まで来たのだ。

故に今は、安心して見守る事が出来る。

こんな社会が来たのは、本当に奇蹟に奇蹟が重なった結果で。

欠陥だらけの人類がここに来られたのは、それこそ何億分の一の可能性の扉を、幾つもくぐり抜けられたから、なのだろうが。

いずれにしても今は。

その未来の世界で、私は安心して、エンシェントでの新サービスを客に楽しんで貰う事が出来るのだ。

さて、客はどうしているだろう。

デボン紀の解説を聞きながら、立体映像を見ている客が大半の様子だ。

それではエンシェントを半分も楽しむ事は出来ないのだが。

客は客だ。

いずれにしても、こういった「静かに見ていてくれる」客はむしろ優しいお客に入ると言って良い。

今の時代、スペックをフルに引き出せるのが当たり前なので。

客自身も娯楽のために来てはいるが。

一方で無知では無い。

デボン紀について知っているのが当たり前で。

知識を補完するために来ていたり。

或いは単純に楽しむために来ているにしても、既存の説に対する知識は持っているのが普通。

故に、説明にふんふんと頷いたり。

なるほどと唸ったりしている姿も見受けられた。

大半の客は、新しいダンクルオステウスの様々な行動を見るだけで満足して帰って行く。

迫力のある古代生物というと、なんといっても恐竜なので。

新サービスであるダンクルオステウスを見終わった後。

恐竜の時代の展示を見に行ったりする客も多い様子だ。

サービスには基本料金が掛かるが。

古い時代の動物園と此処は同じで。

入れば幾らでもアクセスを切るまでサービスを堪能する事が出来るし。

アクセスが不正に切れることは今時の機器ではあり得ない。

ともあれ、一定数がダンクルオステウスを見に来ていて。

概ね満足しているようだった。

なお、アンケートには即座にアクセス出来るようにしており。

問題点などがあればすぐに私宛に届く。

社長宛に届くという事は。

もしもその問題が正当であれば、即時反映が可能だと言う事だ。

クレームに対しても、昔と違って対応が様々に出来るようになっており。

あからさまな営業妨害クレームに関しては。

法で取り締まられている。

この辺りの線引きは微妙なのだが。

逐一細かく定められていて。

そしてその線引きギリギリのラインを攻めてくるようなクレーマーは殆どいないのも実情。

攻めてくるにしても、ほぼ確実に司法に目をつけられるため。

今の時代では、愉快犯でクレームを入れるのはリスクが高すぎる。

よって、アンケートには、まっとうな意見が入っている可能性が非常に高かった。

また、客は基本的に一人でエンシェントに入るため。

「混雑」も存在しない。

古い時代の動物園では。

珍しい動物を見る為に、何時間も並んだり、と言う事があったらしいが。

今は、それはない。

実際の動物が展示されている動物園でさえ、人間が大量に押しかけると動物に対するストレスになるため、ドローンなどによる撮影を利用したりしている程だ。

仮想空間を利用しているエンシェントでは。

そんな心配さえない。

勿論、友人と話し合わせた上で、一緒にアバターを使ってアクセスしてくるケースもあるが。

その場合も、トラブルが無いかAIが常に監視しているため。

あまり気にする必要がないのも事実だった。

親子連れもごくごく希にいるが。

今の時代、親子で暮らしている人間の方が珍しいので。

それもまた、珍しかった。

さて、少数の客については。

やはりダンクルオステウスそのものに触ったり。

乗ったり。

捕食シーンを何度も繰り返してみたり。

食われてみたりしている様子だ。

微笑ましい。

至近距離で顎の動きを観察したり。

中には、ダンクルオステウスが弱って死んで行くシーンを熱心に見ている者も存在していた。

この辺りは人の好き好きであるし。

干渉することは許されない。

誰の迷惑にもならないし。

何より此処は仮想空間だ。

他人の個人情報を抜くとか。

データを改ざんするとか。

もはや時代遅れになって久しいが、ウィルスやトロイをばらまくとか。

そういう事をしない限り、それこそ獣姦しようが自由である。

ただしその様子を他人に見せつけた場合は法に触れるし。

また、複数人でアクセスして、同じような事をしても法に触れる。

AIで監視しているから、わざわざ私は不愉快なものを見なくても済むが。

やはり少数は。

変わった趣味をダンクルオステウスに対してしているようだった。

別にかまわない。

私にそれを見せつけてきたりしない限りは。

私も気にしない。

ダンクルオステウスの新モデルは、皆が心血を注いで作ったものだ。

古い時代に、そういった心血注いだものを破壊して楽しむ邪悪な連中がいたという話も聞いてはいるが。

この仮想空間で、それは出来ない。

尊厳を汚されたと怒る者もいるかも知れないが。

実際にデータに影響が出るわけでも無い。

勿論、不適切な映像を外部に持ち出し、それを拡散したりしたら、即座にお縄になるが。

仮想空間内で、自分だけで適切に楽しむのなら。

それは自由だし。

私も容認する。

そういうものだ。

さて、現時点ではバグなどは発生していないし。

問題も起きていない。

私はアバター(ただし自身の似姿)でデボン紀の海を移動し。

海面から海底まで満遍なく移動しつつチェックを行いつつ、不正が起きていないかも監視し続ける。

他の客の挙動は基本的に分からない。

アクセスは徹底的に個人情報を保護しながら、地球時代のセキュリティが石器時代レベルに思える程の高度暗号化が行われているし。

それらを監視するのは法定AIだ。

問題があるものに関しても、自動処置されるし。

処置された場合は、内容が私に通知される。

犯罪発生率が激減し、犯罪検挙率が激増している今の時代。

しかもその気になれば、家から一生外に出なくても生活が出来る今の時代だ。

わざわざ犯罪をしなくても誰も良くなっている。

案の定、AIは今だ犯罪が起きていないことを告げてきている。

客の大まかな挙動は私の所に伝わってきているが。

それもログをさっと流し見しているだけなので。

私も干渉するつもりはないし。

する気も無かった。

海底近くに降り立つと。

見上げる。

満腹になったダンクルオステウスが、悠々と泳いでいる。

あのダンクルオステウスは。

ホンモノとどれくらい違うのだろうか。

化石などの客観的証拠から、実在していたことははっきりしている。

だが現在も、発見されているのは装甲化された上半身部分のみ。

これを分析して。

下半身を様々なモデリングしてきたのが、現在までの研究だ。

ひれはどうだったのか。

どう動いていたのか。

ある程度までしかわからない。

だから、多分其処までは違わないと信じたい所だが。

実際には、あの装甲の上に、分厚い脂肪が被っていて、もっと見た目が違ったかも知れないし。

想像を絶する長大な下半身がついていたかも知れない。

タイムマシンが実現するまでは。

それらは分からない。

闇の中に真相は隠れてしまっている。

そういう事だ。

ダンクルオステウスの側に行く。

相手が此方を意識するように、タッチパネルから操作。

鬱陶しそうに、海の暴君が此方を見る。

操作次第では此方を襲うようにも出来るが。

そこまではさせない。

一緒に泳ぎながら、語りかける。

「快適ですの、海の覇者」

勿論相手は応えない。

鬱陶しそうに、側を泳ぐ私を一瞥するだけだ。

高速で泳げる分燃費が悪い。

そう設定されているから、とにかく普段から機嫌が悪そうだった。その機嫌の悪そうな様子が、より暴君としての迫力を増している。そして暴君としての姿が期待されているのだから、良い効果をもたらしてもいた。

ダンクルオステウスの上に、上がってみる。

泳ぐと言っても手足を動かすのでは無く、単純に思考で稼働するプログラムを使って、そう移動しているだけだ。

もし海の中に放り込まれたら。

速攻で私なんておぼれ死ぬだろう。

「強面と裏腹に、体はとても美しいですわ」

魚を上から見ると。

どのような魚でも、水の中で過ごすことを意識した、独特の美しさがある。

海底に住まうものと、海中を泳ぐ者で姿はかなり違うが。

それでもこの美しさは独特のものだ。

やはり生物は奇蹟の果てに生まれたのだと、私はこの美しさを見ていると思う。

タッチパネルから操作。

ダンクルオステウスの空腹度を操作して。

満腹をそのまま維持。

そうした理由は簡単。

あまり苦しませたくはなかったからである。

それに、正式サービス開始の前に、散々一緒に泳いだ相手だ。

勿論相手は機械的に反応しているだけ。

それを超複雑に制御して。

ホンモノの生物のように仕立ててはいるが。

所詮は幻影。

勿論触ったときにある程度刺激はあるようにしているが。

あまりショックが大きいと、アクセスしているホンモノの肉体の方にもダメージがあるので。

食われたりした時にも。

ある程度で痛覚は遮断するようにプログラムはしてあるし。

法で義務化もされている。

私の配慮を知ってか知らずか。

ダンクルオステウスは住処へと戻っていく。

この怖れる者無き暴君にも。

お気に入りの場所はある。

それは流れが緩やかで。

海岸に近すぎも遠すぎもせず。

岩が多数転がっていて。

その側で泳いでいれば、殆ど消耗もしないし。適度に日光が届くことにより、水温も維持される場所。

魚も当然眠るのだが。

ダンクルオステウスも眠る。

多分、自分にとって一番過ごしやすい場所で眠っているのだろう。

同じダンクルオステウス以外には、自分を脅かす者など存在しない海だ。

普通の動物は、眠るときには危険を考慮して、身を隠すものだが。

この海の暴君は。

そのような事、気にしなくても良い立場なのである。

故に、自分が過ごしやすい場所で寝る。

勿論その姿は周囲から丸見えだが。

そんな事は一切気にする必要さえない。

何しろ圧倒的強者だ。

寝ているときさえ、脅かす者など。この装甲に覆われた恐魚には、存在し得ないのだから。

頷くと、タッチパネルを操作して、時代を切り替える。

ダンクルオステウス衰退の時代へ。

海の様子がかなり変わっている。

すばしこい小さい魚が非常に増えていて。

ダンクルオステウスは元気がない。

一匹ずつを捕獲する労力と。

それによって得られる栄養が。

まるで釣り合わないのだ。

精彩が欠けた覇王は。

海岸近くへと泳いで行く。

多分死期を悟ったのだ。

小型の魚が、それを見ると、距離を保ったままダンクルオステウスに近付いていく。

自分でプログラムを監修したとは言え。

いたましい光景だ。

ほどなく、ダンクルオステウスは。最強であっても、環境に負けた。

海岸近くの海に浮かんで、動かなくなる。

そこへ殺到する大量の小さな魚たち。

小さいと言っても、性格が憶病とか、優しいとか、そんな事はない。

この時代はその他大勢の小型の魚であった事が多い鮫も。その中には含まれているのである。

見る間に動かなくなった暴君の死体が、食い荒らされ。

ただしプログラムで加減され、飛び散る肉片や血には、フィルターがある程度掛かる。

凄惨な光景だが。

それでも、これが想定される、起きただろう出来事なのだ。

やがて、装甲部分を残して。

ダンクルオステウスは骨になった。

軟骨魚類だから、この骨も残らない。骨まで囓っている魚までいる。

海底に沈んだ暴君の亡骸には、

様々な動物たちが群がっていき。

囓り。

そして砂に返していく。

そんな彼らも、装甲だけはどうにも出来ない。

あまりにも頑強で。

覇王が覇王であったが故の装甲は。

まるで王冠のように。

内部を食い尽くされた後も。

その場に残り続けていた。

これが、覇王の落日。

環境が激変した時は、いつもこういうことが起きる。

恐竜の時もそうだ。

圧倒的強者は、むしろ環境の激変には非常に脆い。

むしろ環境の激変に対応出来るのは、生物としては弱者の層に位置していた者の方が多いのだ。

少しでも歴史を調べてみればそれは分かる。

今、私は。

覇王の落日を、静かに見つめていた。

 

4、エンシェントは続く

 

SNSでは、大盛況だった。

ダンクルオステウス大迫力。

その言葉で一致していて、私は充分に嬉しかった。

データの持ち出しは禁止されているが、自前の記録装置で、画像を記録するくらいは許されている。

あまりにもショッキングなもの以外は、好きなように公開して良いともされている。

ショッキングなものも、公開自体は許されているが。

基本的に一段階を置かないと見られないようにする工夫が施される。

この辺りは全自動で判断される。

この全自動判断は、昔はグダグダだったらしいが。今は精度が上がって、万人が納得できるものになっているのだが。

古い時代だったら、そうもいかなかっただろう。

いずれにしても、ダンクルオステウスの大迫力の狩りや。

高速で泳ぐ有様。

そして怖い顔。

獲物を食い千切る顎。

そして何より、その代名詞となっている装甲。

全てがSNSにアップされ。

それによって客足も更に伸びていた。

収益も大きい。

客が来ているのだから当たり前だ。

そして仮想動物園の最大の売りは、旅行費などが一切掛からない、という事である。

まあ現在は、通常の動物が飼われている動物園でも、遠隔で見るのが基本になっているのだが。

それでも気軽に楽しめるというのは大きく。

そして仮想であっても、そのクオリティは恐らく、ホンモノのデボン紀の映像を見るのとなんら遜色がないだろう。

勿論ホンモノはこうだった、などと言うつもりは無い。

ただし、少なくとも推察される当時の世界を、再現した自信はある。

当然細かい部分には、調整段階で色々と嘘を混ぜているが。

それは此方でも分かっているし。

見ている側も承知していることだ。

完全な再現は無理だとしても。

少なくとも一つの世界をシミュレーションの中で造り。

映像としても触れるものとしても。

何ら誰にも笑われるようなものには仕上げていない。

それだけは確かだ。

収益は上がったのだから、当然ボーナスも弾む。

実は私の給料は、平社員の5割増し程度でしかない。

昔はそれこそ役員は平社員の10倍、100倍なんて給料を貰っていた時代もあったようだが。

今はそんな事もない。

社長だから偉いのでは無い。

業務で実績を上げているから偉い。

社長というのは社員の生活を両肩に乗せているものであって。

無制限に偉い存在では無い。

そういう認識が浸透しているし。

何より社員に良い生活をさせるのが社長としての当然の責務だ。

私はまだ肉体的には子供だが。

スペックをフルに引きだした結果。

その程度の事は理解している。

教育が非常に非効率だった時代は、この程度の事も理解していない人間が社会の上層を、コネだけで独占していたらしいが。

よくもまあそれでこの時代にまでこられたものだ。

本当に奇蹟の上に奇蹟を重ねて。

この時代が来たのだと、私はつくづく思い知らされる。

さて、ボーナスの支払いを終えた後は。

今後の収益と。

新しいアップデートについてのネタを探す。

古代生物についての研究は色々進んでいるが、大規模アップデートに関するネタは、流石にポンポンとは出てこない。

恐竜に関しては、まとめてやるようにしているし。

あまりメジャーでは無い古代生物に関しては。

大きすぎる変化があった場合のみ、対応するようにもしている。

結果として、サーバの保守管理と。

プログラムのデバッグが、社員達の普段の仕事になるし。

私の仕事は宣伝のための映像作りになる。

いわゆるマーケティングを背負っているのが私で。

何より社長としてだけでは無く。

楽しめるものを作り出す者として。

エンシェントの中核を背負っているのが私なのだ。

プレッシャーはそれほど感じないが。

いずれにしても、社員達に食わせて行くためには。今後も私の努力は、絶対に不可欠だった。

メールが来る。

着信音からして重要なものだ。

昔はスパムなんてものがメールを汚染していたらしいが。

今はすっかり廃れた。

内容を確認すると。

どうやら、面白い論文が出たようだった。

早速取り寄せて、内容を確認する。

確かにこれは面白い。

次のアップデートにするには、丁度良いかも知れない。

頷くと、私は。

早速長期的なプランの策定に入る。

これからどんどん古代生物の論文をチェックして。

新しい解釈を取り入れていかなければならない。

それが間違っていたと分かればまた修正する。

いずれにしても、私がやることは決まっている。

タイムマシンでもできない限りは、今後も学説に沿って、地道に現在で最新とされている説に沿って、世界を構築していく。

それだけだ。

その世界はとても優しくて。

訪れる人を苦しめることも悲しませることもない。

ホンモノの世界とは真逆だが。

それでいいのである。

論文に目を通すと。

私は早速社員達にメールを送り。会議を招集した。

 

(続)