代え難い思い

 

序、第二の邂逅

 

甲板で、全ての攻撃を遮断する盾を磨いていたイミナが最初にそれに気付いた。南の大陸に向かう途上の事である。

その日は比較的波が落ち着いていて、航海は快適だった。風も寒くも暑くも無く、時々来るスコールも無く。時々船乗り達は船縁から釣り糸を垂らして、釣りに興じている位だった。

だから、急速に近づいてくる大きな気配に、イミナは心中で呟く。

ようやく来たかと。

多分、来るなら途上の、しかも船の上だろうとは思っていた。イミナは聖主がそもそも南の大陸に潜んでいるとは最初から考えておらず、作戦指揮のためにキタルレアにいるだろうと踏んでいた。

それならば、南の大陸に到達する前に、仕掛けてきた方が早い。

勿論、聖主との交戦も最初から想定している。今なら、勝算はある。

甲板に、シルンが上がってくる。レオンとプラムも一緒だ。皆、既に事態は悟っているようだ。

こんな時に備えて、ジェイムズは船底にある一室でおとなしくさせている。強力な防御術を何重にも掛けた、この船で一番守りが厚い場所だ。

「お姉、この気配!」

「分かっている。 聖主だな」

「総員戦闘配備!」

レオンが、事態を理解できていない船員達に叱責。慌てて船乗り達は、ばらばらと持ち場に散っていった。

プラムがオーバーサンの光の刃を出現させる。何度か素振りした後、虚空を見据えながら言う。

「やっと斬れる」

「いや、まだだ」

「えー? どうしてー?」

聖主とは、まだ交渉の余地があると、イミナは考えている。そしてそれは、多分シルンも同意の筈だ。

イミナとしては、リスクが高い聖主との直接交戦は避けたい。イミナのまず最初の目的は、シルンを聖主の立場に据えること。

聖主の欲望の構造は、普通の人間とはだいぶ違うと既に結論できている。それならば、説得のやり方次第では、引退させることも出来るはずだ。聖主がいなくなった後、シルンがそのニッチを占めれば良いわけで、何も交戦は絶対条件では無い。

兵士達も、既に剣やら槍やらを構えて、固唾を呑んで見守っている。

ほどなく。

船首、舳先の辺りに、ローブで全身を隠した人影が出現した。

気配からして、間違いない。聖主だ。

風がローブをはためかせ、聖主の顔を見せる。

以前とは雰囲気が違っている。以前は髭を蓄えた中年男性だったのだが、今いる聖主は、赤い美しい髪を持つ妖艶な女性だ。完全に真逆とも言える存在に、どうして聖主はなってしまったのか。

分からないが、今はそれを考えている場合では無い。

空を滑るようにして、聖主は降りてきた。魔王にしてもそうだが、到達者としての力がまだシルンでは及ばない。此奴らは空を飛ぶくらい、当たり前にこなすのだ。

「銀髪の双子よ」

「聖主、以前と姿が違うようだが」

「体を変えたのだ。 以前の体には、既にガタが来ていたからな」

聖主がフードを下ろすと、兵士達の間からどよめきが上がった。

多分誰もが、聖主は中年の男性だと思っていたのだろう。事実少し前まではその通りだったのだ。

蠱惑的なウェーブを描く髪の毛と、つやのある唇。共に緋色で、その鮮やかさは陽光を霞ませるほどである。

多分人間としての完璧な造形を追求したら、妖艶な女になってしまった。そんなところだろうと、イミナは分析した。

どちらにしても、魔王に敗れ、肉体を失ってさえなお、聖主は死ななかったという事になる。此奴を滅ぼすのは、相当な骨だ。ますます直接戦闘は避けた方が良いだろうなと、イミナは思った。

「何故、南の大陸を目指している」

「そんなことを聞くなら、別に貴方で無くても、使いをよこせば良かったものを」

「今は無駄な問答をしている時間が無い」

「……」

聖主は、恐らく時間が無いのでは無い。というよりも、この間の会議の様子を見る限り、むしろ時間を少しでも飛ばした方が良いくらいの筈だ。

聖主にとって、放っておけば既に世界は手に落ちるも同然。

そうなると、此奴が恐れるのは、己が他人の言葉に絡め取られることだろう。しかし、シルンを放置するわけにも行かない。だから直接出てきた、という事か。

「貴方の思案が読めません。 何をもくろんでいるんですか。 それを探るためです」

「我の目的など決まっている。 世界平和と、人類の発展だ」

「どうして嘘をつくんですか」

「嘘などついていない。 実際、福音の発動により、世界は確実に良い方向に向かっている。 お前達もそれは実感しているはずだ」

聖主は言う。

人間の強すぎる闘争本能は、常に悲劇ばかりを生んできた。他の生物に対する一方的な侵略と虐殺、異文明の否定と自己の肯定。そして何より、平穏がせっかく訪れても、人間の闘争本能は政治的な争いで内部分裂を誘発し、やがて混乱とさらなる争いを呼んでしまう。

それを取り去ったことで、魔王軍との講和でさえスムーズに行った。

魔王軍でも、主戦派をしていた魔物達が、急激におとなしくなったことを確認していると、聖主は言う。

この様子だと、此奴は何かしらの偵察手段で、フォルドワードまでのぞき見しているのかも知れない。

「今後、人類は適切な進化速度で、社会を的確に回していくことが出来るだろう。 後は繁殖力を調整し、他の幾つかの欲望を抑えていけば良い。 この星を人類が出る頃には、銀河連邦も地球人類の幾つかの国家も、諸手を挙げて迎えてくれることだろう。 それこそ、人類の輝かしい未来だ」

「それ自体は別に構わん」

聖主の言う言葉にも、一理ある。

人間はどれだけの愚行を重ねても、結局無理がある自己弁護の理論を振りかざして、過去の過ちを見つめることを拒否してきた。その結果、散々人類は無駄な争いを繰り返したあげく、平和的な文明を築いている他の種族に、多大な迷惑まで掛けた。以前聖主に聞かされている、銀河連邦との死闘などは、その最たるものだろう。

平和な時代、最も人間から侮蔑され、嘲笑われるもの。

それは、先人が血と汗で積み上げた平和だ。

戦乱の時代、最も人間が焦がれるもの。

決まっている。かって馬鹿にして、踏みにじった平和である。

人間は、まるで進歩などしていない。恐らく、地球にいたどころか、火を扱い、道具をやっと作れるようになった頃からも、劇的な進歩は無いだろう。

異種族に対する残虐非道な行動や、あきれ果てる自己本位なやりとり。それらの全てが、人間はそのままでは進化しないことを告げている。

それについては、イミナも全く同意見だ。

「だが、お前はそれを実現するために、キタルレアを丸ごと吹き飛ばしても構わないと考えていたな」

「想定の犠牲に納まるならば、どれだけの被害を出しても良いとは考えていたが」

「待って。 百歩譲って、貴方が人類のために、福音を使っていることは良いとしても、です。 それはもはや、神を気取る只の独裁者ではありませんか」

「神を気取っているのでは無い。 現在、私はこの世界の神そのものだ」

どんな権力者でも、どんな征服者でも、成し遂げられなかった世界の統一。それを、聖主はいながらにして成し遂げようとしている。

しかも、人類の進歩というおまけ付きで、だ。

だが、それを認めてしまったら、今後は全てが聖主の思いのままだろう。

福音の成し遂げたことが、善か悪か、それについて興味は無い。だが、イミナは、聖主の持つ独善性そのものが危険だと考える。

たとえるなら。

せっかく福音システムが発動しても、それから逃れている存在がいる。それこそが、聖主では無いのか。

「吐き気がする」

吐き捨てたのは、レオンだ。

レオンはモーニングスターを聖主に向ける。勿論、やりたいようにやらせておく。

「聖者の末路が、その姿か! 貴方は今、人間をもてあそび、気まぐれで殺戮する邪神そのものだ! 貴方はかっては高潔な聖者だっただろうに、どうしてそのような怪物になってしまったんだ! 私は、そんな思い上がり、絶対認めない!」

「斬って良い?」

プラムが、構えを取る。

弱体化している聖主である。この距離で仕掛ければ。

しかし、聖主は勝算が無いまま出てくる存在では無い。イミナは、もう少し様子を見たいと思う。

シルンは、いつでも戦闘を開始できるように備えている。

だから、安心して背中を任せられる。

「聖主、提案がある」

「ほう」

「引退しろ。 後は、私の妹が引き継ぐ。 拒否するのであれば、貴様は私の敵だ。 どのような手を使ってでも、必ず叩き潰す」

「これはこれは。 まさか今の私を恫喝する者がいるとは思わなかったな」

聖主は余裕の体勢を崩していない。

これは、確実に何か切り札がある。元々魔王に木っ端みじんにされても死なないような奴だ。肉体を失うことくらい、何でも無いのかも知れないが。

だが、それでも。

どんな存在でも、無敵と言う事はあり得ない。

既に、双方は臨戦態勢に入っている。聖主はどうも戦いそのものがあまり得意では無いようだが、それでも感じる力そのものが大きい。油断すれば、かなり危ないだろう。

波が船体を揺らす度に、殺気がぶつかり合う。

聖主は、口の端をつり上げた。

「その回答は否だ。 まだ、人間を放置するわけにはいかぬ。 人間は今だ未成熟きわまりなく、我が手を離れればすぐにまた野獣に戻るだろう」

「野獣は、今の貴方では無いか!」

「笑止。 ろくに人の歴史を知らぬ若造がほざくな。 さて、そのような提案を受け入れるわけには行かぬ。 では、力尽くで来るか」

「そうさせてもらおうかっ!」

レオンが、仕掛けた。

だが、イミナは無言で手を横に出して、その行動を遮る。プラムは最初から腰を落とし、斬りかかる体勢だが、一歩も動いていない。これは恐らく、イミナが戦闘には応じないと、本能的に察知していたのだろう。

「まだ貴様と戦うには、情報が足りない。 今日はここまでだ」

「……命拾いしたな」

「それはお互い様だ」

聖主が姿を消す。

これではっきりしたが、奴は戦うつもりで来たのでは無い。もしもそうなら、船をいきなり攻撃する方が遙かに効率的だった。しかも、あの計算高い性格で、わざわざ自身が出て警告しに来たという事は。

聖主の手元の戦力は、かなり減っていると見て良い。

もしもやれるのなら、交渉が得意な奴か、或いは戦闘が得意な奴を飛ばして、自身は脇か遠くから見ていたはずだ。

それをしなかったと言うことは。

いずれにしても、少し話しただけで、かなりの情報が手に入った。勿論、それは相手も承知の上だ。

「お姉、良かったの?」

「いや、今のは敵の戦力をはかるための行動だ。 レオン、本気で仕掛けたな」

「貴方は計算高すぎる。 どこまで計算していた」

「最初から最後までだ。 最近頭が冴えて冴えて仕方が無くてな」

半分冗談で言うが、半分は本当だ。

どうやら、掴めたらしい。

船室に戻る。プラムがついてきていた。

「近々、戦う?」

「恐らくな。 その時には、奴を斬る最後の一太刀は、任せる」

「任された」

プラムが、自分の船室に戻っていく。レオンがぶつぶつと文句を言いながら、自分の船室に入っていくのが見えた。

最後に、シルンが戻ってくる。

「お姉、ひょっとして」

「ああ。 ようやく追いついた。 これで、お前を守ることが出来る。 何の躊躇も無くな……」

誰にも見せないが、シルンだけは例外だ。

イミナは、それこそ蛇が獲物を前にしたような笑みを浮かべていた。感情がダダ漏れになったとき、時々こんな表情が出る。

今まで、力が足りないことで、どれだけ歯がゆい思いをしてきたか。

だが、今は違う。

体の奥底から、膨大な知識が溢れてくるかのようだ。そして、分かることが一つ。この力は、イミナと大変に相性が良い。多分脳のできの問題だろう。シルンよりも更に強力に力を使いこなせることが、目に見えていた。

だが、今はまだ使いこなせていない。

南の大陸に行く頃には、ある程度ものにしておきたい。

そういう事情もあって、今回は聖主との戦いを避けた。更に勝率を上げるために、だ。

南の大陸で、聖主がたいした戦力を用意できないのは目に見えている。今回の対応で、それがはっきりした。

ならば、もう恐れる事はない。

シルンのために、この世界を、イミナが自由にする日は近い。

「駄目、その顔」

「うん?」

「お姉がその顔してるとき、絶対怖い事になる。 何か、嫌なこと、考えていないよね」

「お前に対して嫌なことなど、するわけが無いだろう」

顔を何度かぬぐって、表情を整える。

シルンを怖がらせてしまっては意味が無い。そういえば、以前こんな風にあまりにも楽しかったとき。

その直後に、師匠が死んだのだった。

確かにシルンが言うとおりだ。気を引き締めなければならないだろう。たとえ、戦略的に先が見えてきたとしても。

最終的な目標地点は、既に確定している。

仲間を信用していない訳では無い。人間、出来ることと出来ないことがあると、イミナは割り切っているだけだ。

そして、出来ないことは、最初からさせない。

「シルン、お前が聖主の代わりになれば、世界はよりよくなるだろう。 覚悟は、出来ているな」

「分かってる。 それは分かってるよ。 少なくとも、わたしは、大陸一つ消し飛ばしたりしようともしないし、魔物に対する好き勝手な攻撃も許さない。 戦争だって、出来るだけさせない」

「それでいい」

聖主に対して、シルンはずっと優しい。

この場合、ただそれだけで良い。聖主の座に、その気になれば大陸一つ消し飛ばすような奴がついている事が、今は問題なのだ。

国家百年の計とよく言う。奴はこの世界千年の計を錬っているつもりなのだろうが、視界が高すぎて現実が見えなくなっている。だからこそ、引退して貰う。あまりにも人を外れすぎている奴は、人を統治する資格が無い。

たとえ、この世界の人間が、ろくでなしのクズばかりだったとしても、だ。

「お姉は、何を最終的に求めているの?」

「最終的な到着点は、彼奴と同じだ。 世界平和と、人類の進化だな」

「……」

シルンは抗議するようにイミナを見た。

別に構わない。

シルンのためであったら。たとえ世界を敵に回しても。破壊神にでも、殺戮の権化でも、どんな存在にでもなるつもりであった。

 

1、潤いの時

 

和平が成立すると同時に、魔王軍の動きはにわかに活発になった。

前線から兵力を下げつつ、二線級の後方施設の整備強化を開始。前線に集めすぎていた魔物をフォルドワードなどの後方へ戻し、逆に後方で待機していた者達を前線に復帰させた。これは、マンパワーの均一化を図るための行動だった。実際、インフラ整備などの面で、あまりにも不備が目立ちすぎていたのだ。

人間側は、逆にそれでも、最低限の水準でインフラを整備できていたという。その事実を鑑みるに、まだ連中には余裕があったわけで、ヨーツレットからすれば空恐ろしくさえあった。

それだけとんでもない物量を有している相手と、戦い続けていた、という事なのだから。

メラクスは病院側の指示で、一旦フォルドワードに帰還。

酷い怪我をしていたにもかかわらず、ずっと指揮を執り続けていたことが災いしたのである。疲労が全身に溜まりきっており、医師達がこれ以上の前線勤務にノーの見解を出したのだ。

これに関しては、ヨーツレットも他者のことは言えない。医師に何度も説教されており、下手をすればメラクス同様、拘束しても後ろに下げると医師達は言い出しかねない状況だった。

代わりに、グリルアーノが前線に出てくることとなった。

グリルアーノは以前は頭が足りない若者だったが、歴戦に次ぐ歴戦で鍛えに鍛えられ、今では前線を張る猛将になっている。まだメラクスに比べると経験が足りないが、メラクスが育てた参謀や師団長達が側を守ることになり、バランスを取るのには成功。ヨーツレットも人事を承認し、晴れて最前線の指揮官として、グリルアーノが就任することとなった。

人間側の兵力も、順調に前線からは姿を消しつつある。

ヨーツレットはその日、ついに前線に残っていた最後の最精鋭に、後退を命じていた。

少し前から準備させていた、前線の後方にある指揮拠点に、その日のうちに入る。前線は防衛用の部隊を残し、機動軍は前線から全て下げる。勿論敵の奇襲を受けたときの事を考慮し、今後前線は徹底的に防衛能力を強化していくことになる。

南側の前線は、まだ良い。

見晴らしが良い平原がどこまでも続いているので、奇襲はしづらい。

しかしヨーツレットが見ていたキタン側は、機動力の高い騎馬軍団が敵の主力となっており、奇襲を受けたとき、敵の展開が早いことが想定されている。主力が到着するまで、少なくとも前線の拠点は持ちこたえなければならない。

それを考えると、ヨーツレットはまだ、後方の拠点にまで永続的に下がるわけにはいかなかった。今日下がったのは、医師達を安心させるためと、何よりも指揮を行うために設置した拠点がどれだけ出来ているか、確認するためである。

人間が放棄したこの拠点は、いわゆる平城である。防御能力よりも、周辺との通信能力や、政務を行う力を重視した城だ。

防御能力は確かに低い。そのため、周辺に幾つかの出城を設けており、それで補っていく事になる。

秘書官に話を聞きながら、ヨーツレットは城をみて回る。

やはり後方拠点という事もあって、整備はおざなりだ。城壁の一部は崩れていたし、掛かっている防御術式もかなりほころびが目立つ。ただし、ヨーツレットはそれを理解していたので、守将を怒ることはしなかった。

軽く会議を行って、まずは目立つ箇所の整備、それから本格的な指揮拠点への改修を命じておく。既に前線から下がってきた部隊が手持ちぶさたにしており、手そのものは足りている。守将は以前旅団長だったのだが、今度は新たに師団長を就任させ、彼に指揮を執らせることにする。

それらを終えると、医師が来る。

とぐろを巻いて、診察を受ける。モグラの様な姿をした医師は、やはり良い顔をしなかった。

「もう少し、休む時間を増やすことは出来ませんか」

「かなり増やしているでは無いか」

「貴方もメラクス軍団長同様、相当無理をしているのです。 このままだと、拘束してでも後方で入院してもらう事になります」

「それは困る」

実際、まだ人間がいつ心変わりするか、分からない状態だ。

せめて前線の防衛能力が、しっかりした形になるまでは、休養はしない方向で行きたいとヨーツレットは考えている。

しかし、医師達にそれを話したら、本当に何をするか分からないので、黙っていた。

「とにかく、回復の術式は掛けておきます。 ただし、無理は絶対になさいますな」

「分かっている」

「お薬も、出しておきましょう」

薬の成分は、話してくれなかった。しかし医師は、きちんと休まないようなら、量を増やすと脅しの言葉を吐くのだった。

医師達が下がると、今度は師団長達が来る。

亀のような姿をした師団長が、傍らにいる兎耳の人間型師団長と一緒に、最初に言う。

「総括的な戦略はともかく、視察や細かい指揮などは、我々にお任せいただきたく」

「医師達に話を聞きました。 今元帥に倒れられたら、人間共にどんな隙を与えてしまう事か……」

「是非、お願いいたします」

「そなた達まで説教か。 勘弁してくれないか」

だが、師団長達は、一歩も引かない。

特に亀と兎は、あの聖主との死闘で生き残った精鋭師団長部隊の中で、各地に再編された者達の指揮を執っている二名だ。彼らの意見を邪険にするわけにも行かない。それに、他の師団長達も、歴戦を生き抜いてきた強者ばかりである。

「分かった分かった。 総合的な指揮は私がする。 その代わり、視察や細かい実務を少しずつ譲渡する。 手抜きはゆるさん」

「分かっています。 そもそも、人間共が和平に応じたとは言え、いつ心変わりするか分からないと、皆思っているのですから」

そう兎は言うが、若干信用できない部分がある。

だが、それでも。任せていくほか無い。

ヨーツレットだって分かっているのだ。今無理をしすぎると、メラクスのようにダウンすることになる。

人間共は急におとなしくなった。とはいえ、連中は利権を全てに優先する生物だ。隙を見せれば、何をしでかすか。

朝まで寝るようにと言われて、おとなしく従う。

補充兵は殆ど睡眠を必要としない。それでも寝る必要があるのだと、医師は言う。それくらい疲弊が溜まっている、という事なのだろう。

仕方が無いので、素直に従う。そして、目が覚めたときには、朝になっていた。

非常に眠りが深かった。

体も、泥のように動きが鈍い。側で眠っていた秘書官を起こして、変わったことが起きていないか、聞く。

とはいっても、秘書官も寝ていたのである。すぐには分からないが。

半刻ほどで、秘書官が戻ってきた。その間に、ヨーツレットは城の屋根に上がって、ひなたぼっこをしておいた。朝日をたっぷり体に浴びることで、体に有益な成分を自己生成する。

最近はそんな暇も無かったので、むしろ新鮮だった。

窓から、部屋に戻る。ひなたぼっこをするついでに城の全景をみておいたが、守りにやはり不安な部分が多い。追加すべき場所をピックアップしておいたので、それを秘書官に告げ、守備の師団長に伝えさせる。

そして、今日のスケジュール確認。

いくつかあった視察については、今日から昨日師団長達に言われたように、部下に任せることにする。

細かい執務についても、同様だ。そうすると、相当量の仕事を削ることが出来た。

ただし、それは後で内容を確認する必要がある。

イビルアイ族の下級将校を呼んでおく。お目付役だ。

「師団長達に、何名かの部下を付けておいて欲しい。 監視役では無く、仕事がきちんと出来ているか、見張るための存在だ」

「分かったのであります」

「仕事は任せるが、全体的に質が下がることは否めない。 それは仕方が無い事で、むしろ補助がこれからは大事になってくる。 君の仕事は重要だ。 くれぐれも、頼むぞ」

念を押すと、ヨーツレットは、事務作業に入った。

たくさんの書類に、印鑑を押していかなければならない。触手を使って作業を効率よく進めていくが、それでも膨大な書類は見るだけで嫌気がさしそうだった。これでも、決済の量はかなり減らしているのである。以前はもっと簡単な決済の内容まで、自分でやっていたのだ。

一通り処理が終わったのは、昼過ぎだった。

甘い果実を、部下達が持ってきた。殆ど食事がいらない補充兵だとは言え、こういうのは気分である。

よく冷えている、切り分けられた桃だ。

実は、桃は破邪の効果がある果物だとか人間達の信仰ではされているそうで、フォルドワードの末期戦線では、人間共が植えた桃をかなり見ることが出来た。その殆どは植え替えたりしたのだが、一部はそのまま使用して、皆の腹を潤した。

全く破邪の効果は無かったわけで、今ではむしろ貴重な糖分の摂取源となっている。サトウキビから砂糖を作り出すのはかなり手間暇が掛かる事で、まだまだ高級品なのだ。果物を直接取る方が早い。

一通り桃を食べ終える。

食事はほぼ必要ないとは言え、一応消化器官は備わっている。ただし、完全に栄養化して体に取り込んでしまうので、排泄は必要ない。それだけではなく、食べてみて分かったが、どうもまだまだ体内のダメージはかなり深刻らしく、栄養として急速に吸収されていくのが分かった。

ただし、普段使わない消化器官に無理をさせるわけにも行かないので、あまり一気に食べる訳にはいかないだろう。

「そんなに美味しそうに食べる補充兵は初めて見ました」

「私の場合、体のダメージが深刻だったというのもあるだろう。 だが、これ以上食べると却って体に良くないな。 次も、別に量は増やさなくて良い」

「分かりました」

部下達は雑談しながら下がっていく。

さて、午後の仕事だ。

 

比較的状況は落ち着いているとは言え、小規模なスクランブルは時々掛かる。

敵の偵察隊らしい小隊規模の人間を、ラピッドスワローが見つけた。国境のかなり近くまで来ている。

前は大胆に国境近くまで来ることが多かったのだが、最近としては久しぶりだ。キタンの騎兵らしく、俊敏な機動力を駆使して、国境近くの草原を走り回っている。

此方に対して、アクションを起こしては来ていない。

しかし、一応部隊に伝令を出す。アシュラ型を砦の方でスタンバイさせ、念のため機動部隊も出られるように指示を出しておいた。

小隊とは言え、敵領にはどれだけの戦力が潜んでいるか分からない。

キタンは遊牧民の国。騎馬隊の機動力は、決して侮ることが出来ない。しばらくは、緊張が続いた。

ほどなく、敵の目的が知れた。

「兎を狩っているようです」

「狩のふりをして、此方をうかがっている可能性もあるし、何かしらの作戦行動を取っている可能性も捨てきれない。 油断せず見張れ」

「はっ!」

前線からの報告に、ヨーツレットはそう返す。

敵が姿を消す。兎をかなりの数狩って、満足げだったとか。まあ、それで引いてくれたのなら、結構なことだ。

まだ戦争が終わってから二ヶ月と経っていない。キタンからすれば総力戦も良いところだったはずなのだが、連中にとって戦争は苦難では無かったのだろうか。あれだけ大胆に国境近くまで出てきている連中がいる事を考えると、今後は警戒を若干強くしていく必要があるのかも知れない。

確かに平和は訪れたが。

味方だって、緩む。今回のような件が今後も起こってくることを考えると、規律を引き締めるための処置も必要になるだろう。

さて、どうするか。

そう考えていると、魔王から、夕刻に通信が来た。

「ヨーツレット元帥。 前線の状態はどうなっておるかのう」

「今のところ、問題は起きていません。 小規模な偵察行動は見受けられますが、領土侵犯の類はありません」

「そうかそうか」

「如何なさいましたか」

ソド領で、故郷に戻りたいと申請する人間が出始めているとか、パルムキュアが訴えてきたのだと魔王は言う。

勝手な話だ。故郷に帰れない魔物は、大勢いる。それどころか、故郷そのものが存在していない場合もだ。

特に悲惨なのが、エルフ族だ。彼らは森の民だが、人間にとって森は切り開き喰らうものにすぎない。

「パルムキュアはどう言っているのです」

「今の時点では、耳を貸す必要は無いと思っているようじゃな。 ただし、今後恩赦などを出していく必要があるかも知れないとは言っておった」

「不満のガス抜きをするためでしょうな。 そういう意図であれば、私も賛成です。 ただし、あまり言うことを聞きすぎると、人間はどんどん調子に乗るでしょう」

「それは同感じゃ」

からからと魔王は笑った。

この件については任せると、通信を切られる。こういう話を回してくれるだけでも、ヨーツレットにはありがたい。

しかし、やはり疑念も膨らむ。

以前の魔王だったら、駄目じゃ、の一言だっただろう。パルムキュアは、ヨーツレットを通じて魔王に話を通そうとしたに違いない。

だが、魔王は、戦争が終わった辺りから、人間への圧倒的な憎悪を弱め、合理的に考えられるようになってきている。

それが良いことなのかは、どうも判断がつかない。

夜には、一通り仕事が終わった。

医師達が五月蠅く言うので、そのまま睡眠に入る。空を見上げると、月がまん丸で、非常に美しかった。

睡眠はかなり深く、朝まで目覚めることも無く。しかも、目覚めはかなり快適であった。やはり疲労が溜まっているからだろう。

医師達の診察を、早朝の内に受ける。

「少しずつ、回復の兆しが見られます」

「それは良いことだ」

「いつ、また戦争があるか分からない状況です。 今のうちに、むしろ集中的に休むべきでしょう」

「分かっている分かっている」

先手を打って釘を刺してくる医師に、ヨーツレットは二つ返事をした。

流石に少し煩わしくなってきた。だが、全体のことを考えて、医師がそう言っているのは事実なのである。

邪険には出来ないし、言うことを聞いた方が良いことも分かっていた。

書類を早めに片付け、テレポート部隊の手を借りて仮設魔王城に。

医師に言われたように、温泉に浸かっておく。しばらくぶりに入る仮設魔王城の温泉は、全身の疲労を溶かすようだった。

牙まで緩みそうである。

「おや? ヨーツレット元帥」

「グリルアーノ軍団長」

久々に直接会う若き暴竜は、ざぶんと音を立てて湯に入ってきた。

元々長大な体を持つヨーツレットと、巨体を誇るグリルアーノが一緒に風呂に入ったのである。一気に湯船は大洪水を起こし、辺りで一緒に入っていた魔物達がきゃあきゃあ悲鳴を上げた。

わははははと笑い会ったあと、軽く近況について話す。グリルアーノは翼がある者の習性からか、時々水を掻くようにして、翼を動かしていた。あれは確か二年前の戦で義翼になっているはずだ。それでも、本能的なものなのだろう。

「メラクス軍団長は、本当に良く部下達を統率していましてな。 部下達が見る目が、最初から厳しくて難儀しました」

「無理も無い。 メラクス軍団長の悪い評判は聞いたことが無かった」

「責任が重いことを実感しています。 部下達を不安に思わせないように、努力していかなければなりませんな」

あの猪武者だったグリルアーノが、こんな事を言えるようになっているとは。

ドラゴンは成長が遅い。

エルフ族よりも更に長生きすることもあって、成竜になるまででも相当な時間を必要とする。

それなのに、グリルアーノはたった数年で、見違えるようになっている。ヨーツレットの側から離れて、ずっと独立行動をすることが多かったから、だろうか。

フォルドワードの戦線は、寄り合い所帯の色彩が強かった。

カルローネが統率はしていたが、絶対的な権力者では無く、それぞれの軍団が互いに連携して戦っていた。競争意識はあったようだが、それも足の引っ張り合いをするようなものではなく、戦いの中で互いを助けることをどの軍団長も考えていた。

だから、先にカルローネが戦線離脱しても、戦況はどうにか持ちこたえることが出来たのである。

これは人間には無い長所だ。

人間の軍隊が同じ状況になったら、間違いなくとっとと潰走して壊滅に至っていたことだろう。

「ただし、しばらく戦闘は無さそうだと聞いています」

「いや、そうとも言い切れない」

「と、いいますると」

「聖主は死んでいない。 奴の目的がはっきり分かるまでは、油断するのは危険すぎる」

だが、戦って人間を駆逐しようという魔王の発言が無くなってきた今、このまま勢力を安定させて、非戦闘状態を続けていくのも良いだろうと、ヨーツレットは思い始めているのである。

それには、聖主が邪魔だ。

「聖主と戦った感想を言うと、危険だ。 それに尽きる」

「危険……ですか」

「そうだ。 奴は己の考えで、どれだけの犠牲を出すことも、全く意に介していない様に思えた」

それは、考え方によっては、魔王も同じところがある。

たとえば、人間に対する接し方などがそうだ。魔王にとって、少なくとも聖主と戦う前までは、人間は駆除すべき害虫以外の何物でも無かった。

だが、決定的に違う点があり、それが聖主と魔王に差を付けている。

魔王にとって魔物は誰もが愛すべき存在だったのに対し、聖主にとって周囲の全てが道具であった、という事だろう。

聖主の主張が間違っているとは思わない。

実際、魔物がこの世界を制圧するのは難しかったし、これ以上戦禍が拡大すれば、いずれ追い込まれていっただろう。

むしろ、聖主の、魔物も人間も世界のシステムとして組み込み運用するというものは。ヨーツレットには採用しても良いと思えるものであった。人間の中から、こういった考え方が出てきたことは、むしろ驚異的なのかも知れない。以前魔王に聞かされた、この世界の成り立ちから考えると。

しかしながら、小さな差が、決定的な違いを招いてしまっている。

「なるほど、納得しました。 それはそうと、魔王陛下の変わり様は一体どうしたことなのでありましょう」

「陛下だけでは無い」

魔物達の中からも、厭戦気分を訴える者がかなり多く出てきている。人間はもっと変化が激烈だ。

今朝、バラムンクが人間共の領地から情報を持ち帰ってきた。

結果は驚くものであった。

「バラムンクの話によると、主戦派で知られた人間の将軍達が、揃って穏健派に転向しているらしい。 殆ど例外無しに、だ」

「な……」

「何かが、世界に起きている。 それが何かはよく分からない。 今のところは、それが良い方向に作用はしているが」

「勇者はどうしています。 あやつらの動き次第では、今後の展開が面倒な事になりましょう」

そういえば、連中の話は聞いていない。

魔王の傷は、一朝一夕で治るようなものではない。何しろあの聖主と、全力での死闘を繰り広げたのである。

此処にピンポイントでの攻撃を掛けられると面倒だと思っていたのだが、そんなことも無い。むしろ、全く存在も動向も掴めなくなっていた。

「どうなっているかは分からん。 報告が全くない」

「何も起こらなければ良いのですが」

「……」

温泉から上がる。

グリルアーノと、改めて仕事の話を幾つかした。その後、グリルアーノの部下達を集めて、話を聞く。

今、グリルアーノ軍団は、元々グリルアーノの部下だった二名の師団長と、サンワームと、老齢で引退したもう一名を除く、他のメラクス軍団によって構成されている。

サンワームはこの機会にと、調整が難航していたカルローネの副軍団長に就任。実績と能力からして、当然の話であった。

グリルアーノが連れてきた部下は、当然メラクスの部下とは、だいぶ毛色が違っていた。メラクスもグリルアーノも同じ猛将タイプだが、内に闘志を秘めて、戦闘時に爆発させるメラクスと、常時全力で戦うグリルアーノとはだいぶ毛色が違っている。その差が、結構露骨に出ていた。

一番不満そうにしているのは、カイマン師団長である。

人間型の師団長の中でも最新型で、師団長による特殊精鋭部隊のメンツに選ばれる可能性もあった彼女は、頬を膨らませていた。

「グリルアーノ軍団長、は、とても勇敢な方なのですけれど」

前はもっと子供らしい性格だったらしいのだが。

カイマンは、最近は背もすくすくと伸びているようで、めっきり大人っぽくなってきているという。

師団長にも、成長要素を取り入れようという試みがあるとは聞いていた。このままだと、後数年で成体のメスの体つきになるかも知れない。ただし、生殖が出来るかどうかと言うと、話は別だが。

「何というか、メラクス軍団長と比べると、思慮が足りないです」

「グリルアーノ軍団長とメラクス軍団長は、勇猛のタイプが違っている」

其処に、ヨーツレットは核心からまず触れていく。

カイマンはかなり賢いが、やはり長く部下をしていたメラクスに、相当な思い入れがあるのだろう。それが、盲目的な崇拝につながってしまっている。

それではいけない。

メラクスは上手にカイマンを制御できていたかも知れないが、グリルアーノの所でも、同じように働いて貰わなければ困る。

「メラクス軍団長は、戦場以外では極めて冷静で、実戦の場で闘志を爆発させるタイプの指揮官だ。 それに対して、グリルアーノ軍団長は、いつでも全力で何にでも立ち向かうタイプの指揮官。 どちらも得がたい人材で、優劣は無い」

「……」

「それを理解した上で、カイマン師団長。 君には、グリルアーノ軍団長を支えて欲しいと思っている。 歴戦をくぐり抜け、成長した君ならやってくれるはずだ。 信じても良いだろうか」

まだ不満そうだったが、カイマンは言葉は理解できたのだろう。

他の師団長達にも、おいおい説明をする。

その後、ベヒモスの配備位置を決める。和平条約の時、ベヒモスは威圧感が強く破壊力が大きいので、出来れば前線から下げて欲しいと言う話が合った。それについては、ヨーツレットも同意した。

ベヒモスは、戦場では突撃と、しんがりでの防御に力を発揮する。

そのため、最前線に並べて置くよりも、奇襲を如何に防ぎ抜くかを重視すべき今は、むしろ少し下げておいた方が良い。主力部隊の盾にも出来るし、反撃の際には先頭を切って敵を蹂躙も出来る。

何より、ベヒモスに対する対抗策を、人間に立てさせるのは得策では無い。

出来るだけ、人間の目から遠ざけた方が良かった。

一通り面談が終わって、やっと一息つくことが出来た。だが、それは一瞬の安息に過ぎなかった。

もう一度温泉に入ってから戻ろうと思った矢先のことである。情報通信球を持って、秘書官が来たのだ。

「ヨーツレット元帥。 グラウコス軍団長から連絡です」

「何だと。 すぐにつないで欲しい」

海軍を統率しているグラウコスから、不意の連絡。

なにやら嫌な予感がするが、出来るだけ冷静に対処する。温泉のことは、綺麗に頭から消え去っていた。

「ヨーツレット元帥、久しぶりですわね」

「ああ。 それで、何があった」

「勇者を捕捉しました。 強大な残留思念から言って、恐らく一時的にですが、聖主もいた形跡があります」

「何。 どこだ」

グラウコスが報告してきた地点は、キタルレア南部の海上。

南の大陸へ向かう航路の途上であった。

「勇者は南の大陸へ向かっている様子です。 少し前から、動きがおかしい軍船がいたので、見晴らせていたのですが。 どうやら当たりだったようでして」

「ふむ……」

南の大陸に、勇者が向かったというのは何故だろう。

しかも、聖主と一時的に接したというのは、いかなる事なのか。

「今のところ、勇者と聖主は友好的な雰囲気では無く、むしろ喧嘩別れに近かった事が分かっています」

「見張りを継続。 ラピッドスワローも動員してかまわん」

「分かりました。 手配します」

グラウコスが通信を切ると、ヨーツレットはそのまま魔王の下へ向かう。

これは、耳に入れておかないと危ないだろう。どのような事件に発展するか、知れたものではないからだ。

魔王はと言うと、いつものように玉座でおミカンを口にしていた。だが、どうしてだろう。以前と何処か違うように思える。

前も優しそうな老人ではあった。

だが、今は。どこか、覇気が失われているように見える。

「勇者と聖主の動向を掴みました」

「それは本当か。 奴はどこにいるのじゃ」

「聖主は、分かりません。 ただし、勇者が南の大陸に向かっており、そちらにいる可能性がたこうございます」

「そうか。 何か危険な作戦を実施しはじめなければ良いのじゃが」

良かったと、ヨーツレットは思う。

腑抜けはじめているようでも、魔王はしっかり危険な事態には反応してくれた。もしも人間が攻めこんできたら、きちんと陣頭で指揮を執ってくれるだろう。

「これから、バラムンク軍団長と連携して、情報収集に当たります。 場合によっては、陛下のご出馬を願うことになるかも知れませんが」

「それは構わぬ。 儂の出陣で何か解決することがあるのであれば、即座に連絡するようにのう」

「御意」

玉座の間から下がりながら、ふと思う。

あの死体。玉座の間の裏に飾られていたアニアの亡骸は、今どうなっているのだろう。魂の持ち主がいるのに、まだ放置しているのだろうか。

それとも、魂無き死体は只の遺体だと言う事で、埋葬でもしたのだろうか。いずれの話も、ヨーツレットは聞いていない。

一旦前線基地に戻る。

バラムンクと連絡を取るべく、情報通信球を使ったが、応答が無い。

たまにこういうことがある。奴は密偵の長と言う事もあって、非常に魔術的に繊細な所に侵入している場合があるからだ。当然そう言ったときは部下達も危険な状況に置かれている事が多い。

しばらくしてから、また連絡させる。

通信がつながった。

「如何なさいましたか、ヨーツレット元帥」

「バラムンク軍団長、任務中か」

「はい。 今、聖主が始末したらしいガルフの死骸を発見した所です」

「何……!?」

ガルフという聖主の腹心が、聖主を裏切ったことについては聞いている。

ただし、その動向が掴めなくなっていた。複数のガルフが同時に活動していたという証言もあり、足取りを追っていたのだ。

情報通信球に、ミイラ化したガルフとやらの死体が映る。凄惨な有様だが、確かに見覚えがある体型だ。

奴とは激しく刃を交えた。見間違えるはずが無い。

「見ての通り、首から上が綺麗に吹き飛んでいます。 確認したところ、地下の共同墓地に逃げ込んでいたようなのですが」

「よくガルフと分かったな」

「ヨーツレット元帥が採取した情報から特定しました。 死体を発見できたのは、地道な調査の結果です。 スライム型補充兵達が人間の会話の情報を収集し、偶然ガルフを見ていた人間を見つけました。 其処からたどっていって、どうにか確認できた次第です」

見事な手際である。

潜入作業よりも、むしろこういった地味な調査こそが、密偵の本来の仕事である。バラムンクもそれは同じで、緻密な作業をさせると案外がんばれるかも知れない。

だが、問題はその先だ。

やはり聖主はまだ積極的に活動していると見るべきだろう。しかし、人間の軍の動きがそうなると解せない。

聖主の目的とは、何だ。

「ヨーツレット元帥?」

「死体を此方に送ってくれ。 調査はミズガルア軍団長に実施させる」

「分かりました」

「それと、バラムンク軍団長。 南の大陸に渡り、そこで勇者と秘密裏に接触を持って欲しい」

一応、人間と魔物は和平を結んだ。

幾つかの条約の中に、人間は魔物の領土に勝手に立ち入らないというものがある。魔物は人間の領土を侵犯しないというものはあるが、少人数の魔物が人間の領土に侵入してはいけないという記述は、幸いにも存在していない。

勿論、侵入を発見された場合、命の保証は出来ない。南の大陸であれば、それはなおさらだ。

今後ゆっくり使節団などを派遣して状況を改善しようという提案も民間から出始めていたが、今はその時では無い。ヨーツレットは、手紙を書くと、テレポート部隊に手渡した。親書だ。

「情報の交換を行ってくれ。 内容については任せる」

「分かりました。 その手紙は」

「勇者に対して、個人的に書いたものだ。 向こうの状況を確認するべく、適切な文言を並べている。 もしも手紙を返してきたら、必ず持ち帰って欲しい」

頷くと、バラムンクは消える。

問題は此処からだ。もしも聖主が活動している場合、どうしても暗殺を実行し、成功させておきたい。

ただし、魔王と聖主の戦いを、ヨーツレットも見た。

殺したくらいで、奴を本当に消せるのか。それが不安である。

出来れば、聖主を完全に殺す方法も、バラムンクに探らせたい。勿論ミズガルアにも調査させているが、あれは畑違いで、そもそも結果が出るかも分からない。優秀な研究者だが、万能の学者では無いのだ。

しばらく思案した後、パルムキュアに連絡。

既に、深夜になっていた。

「ヨーツレット元帥、何か緊急事態ですか?」

「西ケルテルにいるというジェイムズという男を知っているか」

「話は聞きました。 人間の世界でも、有名な狂人だとか。 科学者としての力量は凄まじいものだとも」

「奴を呼び寄せることは出来ないだろうか」

また、大胆な話であるが。これがベストだろうと、ヨーツレットは思う。

いろいろな資料によって調べたところ、ジェイムズは聖主が研究していた「闇の福音」について、相当な部分まで独自研究で迫っていた。この情報は、キタンと取引して出させたものである。

ならば、ミズガルアと共同で研究させれば、かなり進展が早いかも知れない。

「話は西ケルテルに打診してみますが、奴はかなり特殊な立ち位置にいるとか聞いています。 上手く行く可能性はあまり高くないかと」

「正直な話、釣る方法は考えてある。 最悪居場所だけでも見つけられれば良い」

「分かりました。 手配します」

医師がとなりで咳払いした。

凄い怖い顔で怒っている。秘書官が、ぶるぶる震えながら、おそるおそる魔術で動いている時計を指さした。

「ヨーツレット元帥!」

「分かった、分かった。 今すぐ寝るから、最後にこの書類だけ処理させてくれ」

半泣きになっている秘書官が気の毒になってきたし、何よりヨーツレットも少し医師達の憤慨ぶりが怖かったので、さっさと寝ることにした。

 

2、密約

 

南の大陸に到着する。

以前も、交易を行ったことがあるという船長の手腕は確かで、船は危なげなく航路を行ききった。しばらくは港に停泊し、連絡が一月以上途絶えた場合は帰還するようにと、船長には指示を出しておく。

到着したのは、出発時と同じくリアス式の海岸を持つ街である。キタルレアでは基本的に煉瓦を中心とした建造物が目だったのに対して、此方ではどうやら泥を何かしらの方法で成型したらしい、壁の隙間が見えない建材によって建物が作られている様子だ。

建物は、基本的にキタルレアよりもだいぶ背が高い。それだけではない。

街路は相当に整備されているし、街の中に獣臭が無い。豚も飼われていないし、そればかりか馬も殆ど見かけなかった。当然それらの糞も、殆どおちていない。

この辺りは、事前に船長から話を聞いていた。

だが、実際に見てみると、技術力の差が実感できる。たとえば石畳を見てみると、隙間が全く無いのである。それでいて殆ど痛んでいる様子も無く、重量がある物体が通っても全く揺らぐ気配も無い。

ただし、人間はさほど多くない様子だ。

南の大陸、キルレーシュ。

聖主が作ったエル教会が実効支配しているだけあり、相当な文明度だ。

街路を歩きながら、話す。文明度の高さの割に、人間が少ないからだろうか。あまり店の類は開かれておらず、露骨にシルンはがっかりしているのが見て取れた。

奥の方にあるのは、エル教会だろうか。

キタルレアやフォルドワードにあるものとは、全く規模が別物だ。辺境の港にある教会であの大きさだとすると、内陸では一体どうなるのだろう。

見透かしたように、レオンは言う。

「内陸はもっと凄いと聞いている」

「レオンは、先祖が此処の出身だっけ?」

「そうだ。 私の先祖はキタルレアでの統治を強化するために出向いた。 それからも希に此方に住み着く一族の者もいたそうだが、殆どの者はキタルレアを中心に活動していたと聞いている」

エル教会は、少なくとも聖主が再度現れるまで、厳格な血統中心の世界だった。そういう意味で、レオンの先祖は、或いは政争に敗れたのかも知れない。その辺りの詳しい話までは、レオンも知らないそうだ。

プラムが頭の後ろで手を組みながら、ふーんと呟いた。

「凄いけど、殺風景な街だね」

「この大陸は、秩序が完成されて長いからな。 暮らしやすさに関しては、戦乱が続いた他の大陸と段違いだ。 だが住むには多くの資格やら証明書やらが必要で、無ければ国外追放処分となる」

それで、何度か事件も起きている。

たとえば百三十年ほど前。エンドレンにある海洋国家が、隣国の侵攻を受けて滅亡した。

エンドレンでは、負けた国の人間は全部奴隷というのが不文律になっている。勿論女は全部勝者の所有物扱いになるし、子供は売り買いの対象となる。海洋国家と言う事もあり、負けた国はキタルレアや南の大陸に民が大量に流出した。

その際に、悲劇が起きた。

「エル教会は海上に艦隊を繰り出し、逃げてきた民を片っ端から捕縛。 そして、戦勝国に売り飛ばし、資金をシオン会の運営費用にしたそうだ。 しかも、そのうち五割以上を、エル教会の幹部僧侶達が横からかすめたらしい」

「腐りきっているな」

「当時から、エル教会の本質は変わっていなかったという事だ。 私は真面目だったから、自分の身が破滅するまで、それに気付かなかったが」

レオンが片目を押さえる。

既に人間の形をしていない目を。

ジェイムズはと言うと、ここにはいない。降りる前に聞いた話によると、少し遅れてから船を出ると言う。聖主が来たときも姿を見せなかった。

シルンが結界を張って気配を消し、其処に隠れているようにと言い含めていたこともある。流石にジェイムズも、聖主と向き合って生き残れる自信は無かったのだろう。船の中ではおとなしくしてくれていた。

だが、それも、此処で外に出したら何をはじめることか。

ジェイムズを、味方だとか仲間だとか、そんな風に思ったことは一度も無い。人間にとって必要な存在かも知れないが、要監視対象だ。此奴を野放しにした日には、どんな災厄が起きても不思議では無いだろう。

街の外に出る。

途端に、気配ががらりと変わった。

荒野。その真ん中を、路が延々と延びている。只それだけの光景である。木も生えていないし、草さえもまばらだ。

おかしいのは、土そのものに栄養が無いとか、そんな雰囲気では無い、という事だろう。

「何だ、この有様は」

「噂には聞いていたが。 この大陸は、特権階級のための土地にするべく、整備が様々に行われたらしい。 その過程で、貧民は皆外に追い出されたそうだ」

「国を支える民を、追放したというのか」

流石にイミナも驚いた。

この辺りは、要するに昔畑だったのだろう。だが南の大陸は、エル教会の一極支配が確立したことで、よそから物資をいくらでも輸入できる体制が整った。だから、賤民は追い出した。

南の大陸が、文字通り搾取によって成り立っていたのだと、これを見てもよく分かる。

勿論、民も抵抗しただろう。それで革命が成立したかも知れない。しかし、この大陸は、普通では無かった。

聖主が持ち出した兵器をみるまでもなく、エル教会の連中はウルトラテクノロジーの異物である超兵器をごろごろ保有していた。

恐らく、とんでもない規模の虐殺が行われた。

そして、生き残った民も、ことごとく追い出されたのだろう。

この大陸そのものが、人間の負の歴史を象徴しているような場所だ。人間が無制限の力を手にしたらどうなるか、よく示しているように思える。

土を触っていたシルンが、呆れたように呟く。

「お姉、ちょっと分析してみたけど、わざわざ毒を撒いてるよ。 それで草とか虫とかが、いなくなるようにしてる」

「完全に頭がおかしいな」

「うん……。 これは、擁護できない」

「一時期、エル教会の者達は、自分たちの住む場所を「完璧」にしようとしていたのかも知れないな。 虫が嫌いな人間は多いし、雑草もそうだ。 だから、そういった「醜く汚いもの」を全て視界からすら排除した、と言うわけだ」

異常な特権思想にとりつかれた門閥貴族や王族と何が違うというのか。

しかも、最強の兵器や武器を持っている分、たちが悪かった。

そして、自分たちだけの世界を作った後は、その狭い「清潔な」土地の中で、悪魔でさえ青ざめるような血で血を洗う政治闘争を繰り返した、というわけだ。

他の大陸から、学問をするために訪れていた者達もいるだろう。だがそういった者達にも、南の大陸出身者は、「ものを教えてやっている」という感覚だったのに間違いない。此処は、一度全てが滅びるべき場所だったのだ。

「魔王も、最初に此処を潰せば良かったのに」

イミナの言葉は、空に流れた。

 

ジェイムズは、夕方になってやっと船から弟子達と一緒に下りてきた。ユキナから貰ったらしい実験器具の類を山盛りに弟子達に持たせていて、その異様な風体は、数少ない通行人達の度肝を抜いた様子である。

「ひゃはははは、これは凄い文明の産物だ。 図書館か何かは無いのか」

「あるらしいが、一ヶ月は東に進まないと無いな」

「それは残念」

ジェイムズも、其処までして見たくは無いのだろう。

街を出る。

街道には、見張り台さえもない。人間があまりにも少なすぎて、犯罪を起こす者さえまばらなのだろう。

それに、森も無い草原さえも無いこの有様では、多分猛獣の類も出てくる可能性は無い。餌が取れないからだ。

荒野で昼寝していても、危険さえ無い。それが、この大陸での、普遍的な事実なのだろう。流石に他の大陸の出身者がいる港の周辺は、警備をしている兵士の姿を見受けることが出来たが。

その兵士達も、いわゆる僧兵だった。僧衣を着た兵士達の武器は槍では無く、いわゆる打撃系の武器、メイスやフレイルである。この辺りも、歪んだ意識による取り繕いが感じられる。

適当なところでキャンプを張った。

ついてきている西ケルテルの騎士達が、手伝ってくれる。全員合わせると小隊ほどの規模がある事もあって、荷物を積んでいる馬車は二台。場合によっては、へばったジェイムズを乗せて運ぶことも出来る。

予想通り、ジェイムズは何もしない。その代わり、弟子達は無言で非常にてきぱきと働いていた。まあ、酒を飲んで絡んだりしないので、別に良い。それにジェイムズが働いても、却って邪魔になりそうだ。

キャンプを張り終えるまで半刻。魔術による罠や、防御施設の構築も忘れない。簡単だが、馬防柵も張り巡らせた。

まずまずのできばえである。

「もう少し時間を短縮できそうだな」

「久しぶりだね、一緒にキャンプ張るの」

「勇者殿も、銀髪の乙女殿も、キャンプを張るのには手慣れているようでしたが」

「我らは昔は二人だけで魔王軍を相手に転戦していた。 このくらいのことは、朝飯前だ」

騎士の一人に聞かれたので、そう答えておく。

最初にやり方を教えてくれたのは師匠だったが、転戦を繰り返す内に、生きていくために必要なスキルはあらかた体に染みついていった。

既に陽は落ちている。見張りの人員を決めておく。それから、これから行く経路も、である。

地図を広げる。

空白ばかりだ。レオンが書き足した大まかな都市の位置を示す×印が、空白の中で異常な存在感を示している。

「やはり、何度見ても異様な大陸だな」

「場所によっては、山を丸ごと削ったりもしているらしい。 南の大陸は放っておけば、全てが平地と街だけになったのかも知れないな」

「なるほど、魔王軍が怒るわけだ」

別に怒ることは無い。というよりも、今までのエル教会の行動を見ている限り、納得がいってしまったという方が正しい。もう、怒る気にさえなれなかった。

とりあえず、幾つかの街を経由してから、聖太陽都に出向くことに決める。

それから、交代で休むことにした。

 

最初に目を覚ましたのは、イミナだった。

シルンを起こして、外に。念のためレオンとプラムも連れて行く。見張りをしていた騎士に、他のメンツは起こさないようにと言っておくが、あまり長時間は納得してくれないだろう。

理由は適当に誤魔化した。

正面切って会うのは、あまり好ましくない相手だからだ。

だが、そろそろ来るだろうと思っていた。ヨーツレットも、今の状況が好ましいとは思っていないはずだからだ。状況そのものの話では無い。

恐らく魔王軍には、情報がさほど言っていないのでは無いかと、イミナは少し前から予想していた。

というのも、出航前、魔王軍は嬉々として撤兵に掛かっていたからである。

連中が戦うのは、人間が攻めてくるから、という構図については理解はしていた。確かに人間を放置しておけば、北極に閉じ込められた前の時のように、際限なく凶暴性をむき出しにして、攻めこんでくるからだ。

だが、人間が不意におとなしくなった今、状況に混乱しているはずである。平和は嬉しいだろうが、何故そんなことになったのか。それを知っておかないと、勝つためには手段を選ばない聖主の性質から考えても、危険きわまりないからだ。

何も無い荒野とは言っても、夜なら身を隠せる場所もある。

窪地のようになっているところで、伏せてそいつは待っていた。

「見たことがある。 魔王軍の軍団長だな」

「ほう、そうでしたか。 名乗るのは初めてになります。 私はバラムンク。 以後お見知りおきを」

サソリのような奴だが、はさみは二対。触手もたくさん生えている。全体的に、野生のサソリに比べて、非常にごてごてした印象を受ける奴だ。

ただ、向かい合っていても、非常に気配が薄い。諜報や隠密行動にはもってこいの奴なのだろう。

「早速ですが、ヨーツレット元帥は、現在の状況に疑念を持っています。 人間共が揃っておとなしくなっただけではなく、魔王陛下までもが交戦意欲を減じているようにも思える。 何か知りませんか」

「知っている。 ただし、ただで教えるわけにはいかない」

「そうでしょうね。 まず、これをお受け取りください」

触手の一つが、手紙を取り出す。

そして、それをはさみに挟んで、シルンに差し出してきた。巨大な、それこそ人間を押しつぶせるほどのサイズのはさみなのに、意外に器用な奴である。

手紙はと言うと、蜜蝋で封をされていて、どこの王室から出されたと言っても納得するほど、しっかりした作りになっていた。シルンはその場で開封して読み始める。驚いたように顔を上げた。

「これは、本当?」

「人間と我らを同じにしないでいただきたい。 人間と違い、悔しい話ではありますが、魔王軍首脳に敵を欺くという概念は無いのです。 時々、私でさえ歯がゆくなって来ますが」

「……」

シルンに断って、手紙を見る。

多分、これは敵にとっては最大限の譲歩だったのだろう。魔王と直接的な交渉をもうける事について、記述があった。

以前は魔王の代理であるヨーツレットとの交渉である。

今回は、魔王と直接話すことが出来る。これは、イミナにとっては、またとない機会であった。

「お姉、この間言っていたこと、本気?」

「本気だ。 それでしか、世界平和はあり得ないだろう。 他に名案があるのなら、私に聞かせろと、ずっと言っていたはずだが」

「無いよ、でも」

「何を恐れている」

シルンはきっと、双子が離ればなれになる事を恐れているのでは無い。

先に到達者になったシルンは、きっと何かを感じ取っている。そして、魔術に特化しているシルンの第六感は、決して侮れるものではない。

だが、イミナもそれは分かった上で、計算を組んでいる。

「シルン、今が勝負時だと言う事は分かっているな」

「うん。 でもお姉、今、世界からは戦争が消えようとしているんだよ。 お姉だけが野心満々に見えて、ちょっと不安なんだよ」

「野心か、そうかも知れないな」

イミナの野心は、権力には向いていない。

ただ、シルンが安定した生活を送れれば、それでいい。それこそが、イミナの中にある、唯一無二の野心だ。

その野心の邪魔をする者は、魔王だろうが神だろうが殺す。

咳払いしたのはレオンである。

「それで、シルン殿、イミナ殿、どうする」

「シルン」

「分かってる!」

促されて、シルンもついに観念したか。

バラムンクに向き直ると、話を始めた。

「今回の異変の正体は、聖主による福音の散布が原因です」

「む、その話は聞いたことがあります。 確か、聖主が手に入れた新たな力だとか」

「そうです。 それによって、聖主は世界の法則そのものを書き換えました。 手始めに、人間から好戦性を削り取ったようです。 それで、世界からは、急激に戦乱の気配が消えました」

「……! なるほど、そういうことでありましたか」

しかも、聖主が定義した人間の中には、魔物も含まれている。

当然、魔王も、だ。

「聖主はそのようなことをして、何を目的としているのですか。 まさか、弱体化した我が軍に、また恐るべき兵器をぶつけてくるつもりなのでは」

「違うと思います」

「え?」

「聖主は、大まじめに世界平和と人類の進歩について考えているようです。 多分今回の世界規模での洗脳工作は、その一旦でしょう」

しかも悪いことに、この洗脳で、不幸になった者は誰もいないのである。

人間は強すぎる闘争本能を適度に抑制され、世界は平和に向かっている。勿論進歩の速度も遅れるだろう。

だが、聖主が言うように、人間は己の進化に対して、あまりにも技術の進化を今まで急ぎすぎた。

その結果が、他の生物にしわ寄せとしてきていた。

それは否定できない事実である。

だが、問題はその先だ。

「問題は、聖主が目的のためには手段を選ばない事です。 あなた方魔王軍にも、覚えがあると思います」

「確かに。 奴は勝つために、大陸一つを消し飛ばすような攻撃を、何度となく繰り返してきました」

「わたし達はそれを懸念しています。 何度か聖主と対話しましたが、聖主は自分が絶対に正しいという意見を変えることがありません。 だから最悪の場合、聖主をどうにかして討つしか無いと、結論しました」

「来るべき災厄を、避けるために、ですか」

どこかバラムンクは冷笑的だ。

魔王軍を本気で心配しているのか、ちょっとよく分からないところがある。密偵をする奴は、どうもこういう人格の持ち主が多いようで、接していて不安にはなる。だが、それも仕事上の作りなのかも知れないが。

いずれにしても、バラムンクと幾つかの情報を交換する。

「我が軍では、昔から平和を望む声はありました。 たとえばヨーツレット元帥はその再先鋒で、魔王陛下と意見が対立し、話し合いをすることが何度もあったようです」

「えっ!」

レオンが思わず声を上げたので、黙るように言う。

レオンも、ヨーツレットは見ているはずである。あの巨大なムカデが、見かけよりも理性的なことは知っていただろう。

だが、やはりおぞましい姿の持ち主が、理知的で平和的な思想も持っていたと言われて、驚かないわけにはいかなかったか。

この辺りは、相手の全てを見かけで決めつける人間が故か。

仕方が無い事ではある。イミナだって、驚かなかったかと言われれば、否と応えざるを得ないのだ。

「他にも幹部の軍団長級にも、何名かそういった平和思想の持ち主はいました。 しかし、今回の件で、その勢力が圧倒的になった観があります。 魔王陛下がそもそも人間の絶滅を戦略から取り下げたこともあって、主戦派はもう敗退したも同然です」

「そちらも複雑だな」

「いえ、人間の政治的な駆け引きに比べれば、ぐっと単純です。 あなた方と違って、魔王軍では利害関係での対立が殆ど存在しませんから、意見交換で血を見ずに済むことが非常に多いのです。 私はあなた方の国家を調べる内に、人間が利害のためなら同胞を虐殺しても平然としている生物だと言う事は理解しましたが、魔王軍にそれは無いとお思いください」

「耳が痛い話だな。 いずれにしても、このまま行けば、平和そのものは問題なく到来しそうだが」

やはり、そうなると、問題は聖主だ。

奴は不死身同然の肉体と、まだまだ切り札を隠し持っている可能性が非常に高い。

戦略事態は歓迎すべきものだというのに、その頂点にいる聖主そのものに問題があるというのは、ある意味人間的社会の、根源的な欠点と言えるのかも知れない。

「色々と興味深い話を聞くことが出来ました。 そこで、一つ提案があります」

「何か」

「パラディア」

「はい」

サソリの影から、小柄な人影が現れる。

多分年齢はプラムと同じくらいだろう。人間に見えるが、気配が違う。どうやら、後頭部の辺りから、触覚らしいものが生えているようだ。フードを被って、すぐに隠したが。

着ている服は、南の大陸の者達と同じだ。顔は散々見た師団長級の補充兵と同じだが、こればっかりは仕方が無い。それに、この大陸に住んでいる者が、それを判別するのは無理だろう。

「我が軍最新鋭の戦闘タイプ師団長、パラディアです。 純粋な格闘戦闘能力については、軍団長の私にも匹敵します。 どうか同行を許していただきたく」

「監視兼連絡役か」

「その通りです。 ただし、場合によっては戦力として計上していただいても結構ですので」

「そうだな」

魔王軍と利害はこれで一致した。魔王軍にしてみても、聖主の沈黙は不気味だったはずで、バラムンクはさぞや向こうで喜ばれるだろう。上手く行けば、ヨーツレットの直接助力、場合によっては魔王を引っ張り出せる可能性も高い。

そうなれば、勝率は更に上がると見て良い。

後一手だ。

その一手が大変だが、成し遂げることは不可能では無いはずである。どうやら、イミナにとって、風は良い方向へ向き始めている様子であった。

見かけ同年代という事もあって、プラムとパラディアは早速仲良くし始めている様子である。

嗜好もあうようだ。

「この辺、トカゲも蛇もいない!」

「ま。 ところで、どうやって食べるんですか?」

「勿論生!」

「すっばらしい! 私も生に限るって、前から思っていたんです!」

きゃっきゃっとガールズトークを繰り広げているプラムとパラディアは放置しておいて、一旦陣に戻る。

あの様子では、監視役としてはさほど優秀でも無い。

純粋に戦力として大丈夫かも知れない。いずれにしても、ここから先は、戦略の微調整が必要だった。

 

バラムンクから報告を受けたヨーツレットは、悪い意味での予想が的中していたことを悟っていた。

要は、誰も彼もが、聖主に洗脳されていた、と言うことでは無いか。

しかも魔王が、その最大の被害者になっている。

ただし、これには確かに良いこともある。どうせ人間を滅ぼすのは無理だと、ヨーツレットも分かっていた。魔王の戦略は、破綻するのが目に見えていたのである。それを事前に食い止めることが出来たのだ。

しばらく悩んだ後、ヨーツレットは一旦仮設魔王城に向かう。

そして、すぐに登城せず、マリアの所に出向いた。

マリアはまだ閉じこもっていたが、ヨーツレットが来たと聞くと、顔だけは出してくれる。かなり痩せたようだが、それでも妖艶さに変わりは無い。あくまで人間の基準から、だが。

「元帥、如何なさいましたか」

「朗報があります」

敬語で喋るのは、マリアが魔王軍では王女に等しいからである。

実際的な権力を要求したりはしないが、暗黙の了解として、王女相手に接していると思うようにと通達はしている。本人は窮屈なようだが、これは仕方が無い事である。

実際問題、魔王とて、永久に生きている訳では無いだろう。

それはヨーツレットなどの幹部も同じだが、いずれにしても後継者は何らかの形で必要になる。

マリアは、その後継者に適任だ。

支えるのは周囲で実施すれば良い。最悪の場合、皆の精神的な支柱となってくれるだけでもよいのだ。

「魔王陛下が、人間に対する絶滅戦略を撤回しました」

「噂には聞いていましたが、本当だったんですね」

心底胸をなで下ろす様子のマリア。

此奴は前から変わっていない。理想に生きた女だ。理想が自分を傷つけた後も変わっていない辺りは、筋金入りと言える。

それは大変尊敬すべき事だが。

今は、問題が別にある。

「しかし、凶報もございます。 それは聖主の手による一種の洗脳工作である事が判明しました」

「え……」

「聖主の戦略は、世界平和。 まずは人間を、それに魔王陛下も洗脳することで、それを既に達成してしまったようです」

流石に愕然としたらしく、マリアは言葉を失う。

それはそうだろう。

まさか、このような方法で、世界平和を達成されるとは思ってもいなかったのだろうから。世界中の存在が苦労と努力を重ねてもどうにもならなかったのに。それこそ、地球で発生した人間が宇宙に出ても、なおどうしようもなかった事だというのに。

すなわち、人間という生物の可能性を、根本から否定されたに等しいことだ。

しかも、結果として、実際に世界が平和になっているのである。万の言葉をついやしても、この実績をひっくり返すことは不可能だ。これを暴力で潰えさせることは可能かも知れない。

だが、その先に待っているのは。

再び弱者を強者が蹂躙し、言葉を暴力が踏みにじる、文字通りの地獄。

それを肯定してきたから、人間は宇宙の他の種族の全てに、ことごとくから交流を拒否され、今もなお孤独のままでいるのでは無いのか。

自然のままの人間が美しいなどと言う寝言は、何十億と繰り返された悲劇を顧みぬ暴言だ。そうヨーツレットは、全てを知っている今思う。

「今は、これを最大限利用する形で動こうと、私は思っております」

「どういう、つもりでしょうか」

「どのような形であれ、聖主が世界平和を実現してしまったのは事実です。 しかしながら、聖主という男は行動に手段を選びません。 我々が把握しているだけでも数度、キタルレアごと吹き飛ばそうとしています」

もしも、聖主が文字通りの聖人であり、全てにあまねく慈愛を注ぐ男であれば、このまま見守るのもありだったかも知れない。

しかしながら、事実は違う。

聖主は、その場でいるだけで危険な男だ。此処が聖主の到達点だったのなら、まだ良い。だが奴はこれ以降も余計な戦略をもくろんでいる可能性が決して低くは無い。つまり、今後魔王軍が油断している隙に、いきなり大陸一つを滅ぼすような作戦を実施しかねないのだ。

だから、聖主は殺さなければならない。

世界平和は、今のままで良い。

この結果だけをとり、聖主を滅ぼす。

それが、現在取るべき、最上の方策だと、ヨーツレットは結論した。

「それで、私はどうすれば良いのですか」

「いい加減、閉じこもるのを止めていただきたいのです」

「何故、今の話が、其処につながるのですか」

「この決戦には、恐らく魔王陛下の力が必要になる。 そして魔王軍は、人間の脅威が薄れた今も、まだまだ支柱となる存在を必要としています」

魔王が愛した孫娘。

それが、マリアの中にいる孤独だった意識。アニア。

誰もが、アニアに魔王のような、英雄的な働きを期待はしない。しかし、誰もが、アニアであればと後継を納得するだろう。

更に言えば、マリアの体を調べたが、完全に魔物化している。寿命は少なく見積もっても千年。

人間のように、数十年で老衰死する可能性はまず無い。

今はただの小娘でも、時間を掛けてゆっくり名君になっていけば良いのである。

「私に、次の魔王になれというのですか」

「御自力で其処に気付かれる貴方ならば、必ずや、陛下の名を辱めない魔王になられるでしょう」

「……それで、今は何をすれば良いのですか」

「魔王陛下に直接会って、話を。 陛下は、長い長い戦いの果てに、疲れ切ってしまっています。 貴方と、アニア様の声を聞けば、必ずや喜んでくださるでしょう」

しばらく、無言でうつむいていたマリアは。

席から立つと、長い間静かに過ごしていた、小さな家を出た。

師団長二名が、慌ててその後を追う。

これで、最低限の保険は出来た。後は、ヨーツレットと魔王が、最悪の場合相打ちになってでも、奴を。

聖主を滅ぼせば、全てが終わりだ。

 

3、夢の果て

 

聖主は、目だって不機嫌になっていた。今アジトにしている、古いエル教会の地下遺跡は近代化改修をしていて、空調も効いていて過ごしやすい。だが、その快適な環境でさえいらだちを押さえられなかった。

想定外の事態として、一番大きな事が起きていたのである。

玉座で、足を組み直す。周囲に控えている部下達は、皆そわそわしていた。

聖主は、集まる情報に目を通して、愕然としていた。世界を平和にした後、だいたい全てが予想通りに動いていた。

今まで、敗戦さえも状況の推移に織り込んで動いていた聖主としては、おおむね満足していたことばかりだったのだが。

いくつ目のレポートだろうか。目を通し終えた後、聖主はいらだちを言葉にしてはき出した。

「勇者を中心に、私個人への憎悪が集中指向しつつある、だと」

寄生型ナノマシンによる情報ネットワークと、福音の力を借りてそれらを見て、聖主は流石に驚きを禁じ得なかった。

分からないとしか、言いようが無い。

人間は今まで、利害のみを基準に動いてきた生物だ。魔王軍も、結果としては、それと同じである。

それなのに。

どうして、聖主を利の最上級と考える事が出来ない。

流石に腕組みして考え込んでしまう。

足音。頬杖をついたまま視線をわずかに上げる。足音の主は、既に自分の意思を失っているも同然のフローネスであった。

「聖主さマ。 またガルフを一匹、殺しテ来ました」

「そうか。 ご苦労」

「俺、権力が、欲しイです」

いきなりフローネスが、よだれを垂れ流しながら言う。

多分、生前の欲望がフラッシュバックしているのだろう。此奴は、迫害された世間をのぞき見することで、かっての恨みを晴らす事に熱中していた。だが、何処かで権力を欲していたのだろう。

誰にでも分かり易い権力を。

まあ、それも良いだろう。

今、エル教会は、完全に聖主の把握下にある。傀儡組織の長を任せてやるのも一興だ。

「分かった。 お前の功績を考えると、次代の教皇を任せてやっても不思議では無い」

「ありが、ががががががが、とう、ございます」

「仕事に励め」

「ハい」

周囲の僧侶達が、まるで怪物でも見るように、フローネスを見ていた。無理も無い話である。

ますます言動がおかしくなってきているからだ。

福音を操作して、調査。精神が、完全に崩壊しているのが分かった。これで仕事をさせると、誰よりも有能なのだから、おかしな話だ。

元々フローネスは、一度死んだ人間だ。

しかも、大気中の闇の福音の力で蘇生した。珍しいタイプの蘇生を果たしたケースであり、無理に再生させれば、こうなってしまうのは自明の理であったのかも知れない。

大司教の一人が、傅く。

「聖上。 先ほどの話は、本当ですか」

「何だ、お前も権力が欲しいのか」

「当然にございます」

「権力が如何にむなしいか、分かった上で言っているのか」

指を鳴らし、大司教の闘争本能を更に四割カットする。

まるで背中に氷の槍でも突き刺されたかのように海老ぞりになった大司教は、すぐに頭を下げた。

「出過ぎたことを申しました」

「下がれ」

くだらない。

全体的に、四割の闘争本能をカットしたのは正解だった。後は勇者と接したときにも言ったように、生殖能力についても、制限を加える必要がある。

人間は複雑な構造を持つ動物としては発情期を持たない珍しい存在で、それが爆発的な増加の要因となっている。本能から性欲をある程度カットし、なおかつ発情期をもうけてしまうのも良いかもしれないと、聖主は考えていた。

それならば、人間の数を効率よくコントロール出来る。

人間の自主性など必要ない。聖主の結論はそれだ。せっかく平和をくれてやったにも関わらず、まだこんな事を言い出す奴がいる。

実際、戦争が行われているときにも、戦争を望まない人間は少数だ。なぜなら、戦争は儲かる上に、出世のチャンスにつながるからだ。

他人を踏みにじっても上に行きたい。

それが、人間という生物の本音だと、聖主は知っている。その踏みにじるには、命を奪い、家族を皆殺しにし、財産を全て略奪することも含まれているのだ。

「勇者はどうしている」

「聖太陽都の跡地に到達した模様です」

「そうか。 此方からは下手に手出しをするな」

「わかりました」

もう、連中は放っておくだけで良い。

福音は、ただあるだけで良く、これ以上は微調整を加えるだけで世界を改変できる。そして、それによって、人類をあるべき姿へと昇華できるのだ。

戦いは、もうする必要が無い。

 

其処は、完全に焼け野原になっていた。

都市の形跡さえも残っていない。地図を何度も見比べる。だが、間違いなく此処なのだった。

防衛線の存在も警戒していたのだが、それさえ無かった。

つまり、南の大陸の中央部は、広大な無人地帯になっていたのだ。多分それに伴って、百万以上の人間が消えたはずだが、誰も疑問に思わなかったのだろうか。

「レオン、此処が本当に、聖太陽都なのか」

「此処の筈だ」

レオンも困惑していた。

焼け野原は、どこまでも広がっている。

人間達の混乱を見かねたのか。パラディアが、咳払いした。

「此処は、以前魔王陛下が調査為されました。 その時には、既に丸焼きだったそうです」

「馬鹿な。 エル教会の中枢は、既に空洞だったというのか」

騎士の一人が、流石に愕然とした。

イミナは皆を促して、一旦北上する。昨日使ったキャンプをそのまま使用して、会議をすることにした。

パラディアに促して、バラムンクを呼ばせておく。

来るまでタイムラグがあるだろうから、その間は休んだ。騎士達は流石に魔王軍の軍団長が来ると聞いて緊張したが、今のところ敵対関係には無い事を説明して、安心させておく。

夕刻、バラムンクが来た。

大サソリは、状況を見て、ああそれはと説明してくれる。

「聖主が以前用いた光の槌でしょう。 魔王陛下がクライネス軍団長と偵察に来たおりに、砲撃を仕掛けてきたそうです」

「馬鹿な。 自分たちの首都を消し飛ばしたのか」

「いえ、この大陸の状況を見る限り、聖主の判断は此処に限っては妥当だったのかなと、私は思っていますが?」

「巫山戯るな」

イミナが静かに、だがはっきりと否定する。

聖太陽都に、エル教会の腐敗が集中していたことは事実だろう。だが、其処に暮らしていたのは、腐敗坊主だけか。

その家族には幼い子供もいただろうし、何も知らない老人もいたのでは無いか。

聖主はこの頃から、凶行の限りを尽くしていた、という事だ。

「気を損ねたのでしたら申し訳ない。 謝罪します」

「いや、良い。 シルン、何かあの焼け野原で感じたか」

「ううん、残留思念とか、幽霊とか、そういうのも全く感じなかったよ。 多分聖主が、魂も根こそぎ処理しちゃったんじゃ無いのかな」

「……手段を選ばないと言うよりも、もはや情が無いとしか思えない行動だな」

邪魔になるから、というのが理由だろう。

たとえばここに来た奴が、魔力の強い人間だったら、残留思念から何かを感じ取ったかも知れない。

この様子だと、南の大陸は超がつくほどの管理社会だ。多分中枢が消え失せたことに、疑問を抱く事さえなかったのだろう。

豊かすぎる生活は、他の大陸の犠牲によって支えられていた。

弱者の心を支えるはずの宗教が最悪の搾取組織と化し、他から奪い取った富を集約し、場合によっては生物兵器まで作って売りさばいていた。

その真ん中には、何も無かった。

あまりにも異常すぎる大陸の、此処は見本のような場所だった。

「それで、どうするのです?」

「これでは手詰まりだ。 何か情報は無いか」

皮肉たっぷりに言うバラムンクに、レオンが苛立ち混じりに返す。バラムンクははさみを四つとも持ち上げて、多分お手上げとでも示したのだろう。レオンが苛立ち紛れに、僧帽を取って髪の毛を掻き回した。

ジェイムズは、会話に加わらない。側でずっとにやにやしながら状況を見守っていた。何か手があるにしても、出す気は無い様子だ。

「敵の内通者に心当たりは」

「ん? ガルフという男ですか」

「そうだ。 我らに福音について教え、聖主を倒す決定打を作った後、姿を消した」

「我々でも追っているのですが、足取りは取れておりません。 複数いるらしいのですが、発見時はいずれも死体になっていまして」

完全に手詰まりだ。

シルンが、イミナの服の袖を引いた。

「お姉。 まだ、手はあるよ」

「どんな手だ」

「バラムンクさん。 魔術に長けた魔物を集められる? 魔王も含めて」

「可能ですが、何をするつもりですか」

シルンは立ち上がると、地面に図を書いて説明しはじめる。

なるほど。

到達者が三人揃い。なおかつそれを魔術の達人達が補助すれば、出来るかも知れない。常人にはとても思いつかない、勇者らしいダイナミックな発想だ。イミナもこれに加われるのは、実に光栄な話である。

どのみち聖主を発見したら、全戦力で総攻撃をするつもりだったのだ。これは丁度良い機会かも知れない。

「分かった。 多分聖主は、この大陸に今は潜んでいる。 あぶり出せるだろう」

「何故断言できるのですか」

「私が聖主だったら、潜むのに一番リスクが小さい場所を選ぶ。 この大陸は、奴のホームグランドも同様だ。 潜むのだったら、この大陸の、しかも僻地だろう」

「なるほど、納得しました」

バラムンクが、一度姿を消す。

作戦開始の実施時刻は、翌日夕刻。

それまで、各自はそれぞれ英気を養うように。そうイミナは言い残すと、一人キャンプを離れた。

一つ、側にある気配を察知したからである。

多分、想像通りの相手だ。

 

闇の中。

潜んでいたジャドは、顔を、否、顔だった部分を上げる。イミナが近づいてくるのが分かったからである。

今までに無いほど、上手に気配を消して潜んでいたのに。どうして見つかってしまったのか。

可能性は、一つしか無い。

「ジャド、出てこい。 分かっている」

無言で、ジャドは顔を出す。

掘った穴に潜んでいたのだが。多分、星明かりの中、底知れない闇から死霊か何かが姿を見せたように見えたはずだ。

後ろに気配。ジェイムズだった。

「お前……」

「いやー、わしも人間止めてから勘が働くようになってなあ。 最後に、友に会っておきたくなったんだよ」

イミナが眉をひそめる。

気付いたか。

それに、ジェイムズも。その場の雰囲気から、理解していたのかも知れない。

ジャドは穴から、体を引っ張り出す。

もう、人間の形は、保てなかった。

強力な魔力を得ていたから、それで体を浮かせているのだ。密偵を続け、酷使してきた反動もあるのだろう。既に体の中からは骨という骨が失われ、もう普通に歩行することさえ出来ない。

それだけではない。

全身の内臓も、筋肉も、どれも壊滅的な被害を受けていた。

だが、イミナも、ジェイムズも、恐れる気配は無い。

「悪いな、逢い引きの邪魔をして。 だが、分かるんだよ。 我が友よ、これを最後に、人間の世界を離れるのだろ」

「ああ。 今は声さえも出せなくてな。 魔力で空気を振動させて音を発生させているのだ。 昔の声を再現するのに、随分苦労した」

闇の中、ジャドを覆っているローブ。

それが、もう中がどんな有様なのか、外から見るだけで、分かってしまう。

人間の形、以前の問題。

既にジャドは。生物としての形を保てていない。このまま行くと、最終的にはただの肉の塊になってしまい、それでも死ぬ事は出来ないだろう。

だが、成形する事は可能かも知れない。

「魔王軍に行けば、ある程度の形は保てる可能性がある」

「向こうが許してくれると思うか」

「実験台に使って欲しいと言うつもりだ。 そうすれば、価値がある間くらいは生かしておいてくれるだろう」

「……人間として、死にたいのか」

やっぱりイミナは、分かってくれる。

ジャドは家族とも思っている双子のために、全てを捨ててきた。その側にいられる時間さえも。

だが、その末路がこれだ。

あまりにも報われないと、思う気持ちは、徐々に強くなっていった。やがて、決めていた。

最後だけは、人間の形で終わりたいのだと。

不思議だ。あれほど人間を憎んでいたのに。人間の形で双子と過ごした時間が、今はとても懐かしいのである。

「わしも、一緒に行きたい」

「どういうつもりか」

「気が変わった。 なんというかなあ。 どうせ人間の世界に、わしの居場所なんかないし、それに魔王軍の施設を色々見てみたい。 実験材料にも事欠かんだろうしな」

「……そうか」

ジェイムズは、けたけたと笑う。

そして、イミナに軽く一礼すると、闇に消えていった。

イミナは目を細めて、もう肉塊になってしまった家族を見つめる。

「奇遇だな。 私も魔王軍に行くつもりだ」

「以前話していたことか」

「そうだ。 既に仕込みは終わっている。 後は、魔王軍で、幾つかの作業さえこなせば全てが終わる」

多分それには戦闘も必要ない。

そして、もう一つ。魔王軍に行かなければならない理由もあった。

イミナはおもむろに、上着を脱ぐ。ボタンを外して、胸をはだけて見せた。

「見ての通りだ」

「……イミナ」

「そうだ。 私ももう、人間としての形を保てなくなりつつある。 シルンは恐らく体質的な問題なのだろう。 あれは何百年経っても、きっと人間のままだ。 まだ生理も来てるから、子供も産めるかも知れないな」

だが、イミナは違う。

到達者になってから、侵食速度が急激に加速してきている。まもなくイミナは、人間としての外見をごまかせなくなる。

既に風呂は一人でしか入れない。

服を着直す。これは、シルンにも、まだ話していない。勘が鋭いシルンは、気付いているかも知れないが。

しばらく、沈黙が続いた。

「そうか。 ならば、シルンは」

「彼奴にはレオンもプラムもいる。 特にレオンは、何があってもシルンの味方をするだろう。 それで充分だ」

「そうか。 俺のような肉塊で良ければ、側に置いてくれるか」

「肉塊だろうが、家族に違いがあるか。 全てが終わったら、多分静かに暮らすことが出来るだろう。 その時には、側にいてくれ」

もう、二人とも、泣くことは出来ない体だ。

無言で、空を見上げる。

星が無数に、其処には瞬いていた。

 

4、最後の戦いを前にして

 

テレポート部隊が最初に運んできたのは、ヨーツレットだった。しかも、再編成したばかりらしい、師団長の精鋭部隊をつれている。

指揮を執るためだろう。面白いのは、医者もいる事だ。医師は転送されるやいなや、早速使命感を発揮して、ヨーツレットに説教していた。

「戦闘は厳禁です。 特にオーバーサンは絶対に放ってはいけません」

「分かっている。 今回は指揮に徹するつもりだ」

続いて、クライネス。それにレイレリア。更にミズガルアまでもが転送されてきた。負傷が酷いメラクスや全体の指揮を執らなければならないカルローネ、そもそも魔術には向いていないグリルアーノや、海軍の総指揮を執っているグラウコスは留守番である。その代わり、アリアンロッドやサンワームなど、古参の精鋭も散見された。

ここに最初からいるバラムンクも加えて、魔王軍九将の実に過半が、南の大陸に出現したことになる。

それだけではない。

魔王が来る。杖を突いて辺りを見回した魔王の隣には、マリアの姿もあった。そういえば、マリアの魔力は常識外の域にまで到達していたはず。今回の作戦には、重要な役割を果たせるだろう。

地面には、既に魔法陣が書き始められている。

テレポート部隊も、ほぼ全員がフル稼働している。すぐに全員を戻すのは無理だし、敵の攻撃を受けたら、相応の被害を覚悟しなければならなかった。

しかしながら、聖主には既に戦略兵器の手持ちが無いはず。

もしもあったら、以前の決戦で、更に派手に投入してきたことが予想されるからだ。少なくとも、この場に投入できる兵器はまず無いだろう。

だいたい人員が揃ったところで、全員が魔法陣の上に移動する。

魔王は、魔法陣を見て、目を細めていた。

「ほう、これはこれは。 独創的じゃのう」

「魔王、力を貸して欲しいです。 お願いできますか」

「いいじゃろう。 儂はもう疲れた。 この戦いで、全てを終わりに出来るのなら、この老骨に鞭打つとしよう」

魔王は拒否どころか、シルンの言葉にも、快く応えてくれる。その姿に、かっての面影は無い。

皮肉すぎる話だ。

バラムンクが聞いた限り、これも聖主の洗脳による結果である。かっての魔王だったら、シルンやイミナの側にいる人間の騎士を見ただけで臨戦態勢に入っただろう。今は視界に入れないようにするだけで我慢しているのだ。

少し前までののことを考えれば、驚異的である。

巨大ななまこの体を引きずって、ミズガルアが移動。

クライネスは、ウニのような体で浮遊したまま、別の魔法陣へと移動した。

荒野に、七つの魔法陣が書かれている。バラムンクには理解できないほど高度な術式で編み込まれたこの陣は、探査をする魔法陣である。周囲の六つは正円系だが、真ん中は三つの円が重なり合うような形状になっている。

複合魔法陣は、別に珍しいものではない。儀式魔法の時などは、頻繁に目にすることが出来る。

ただし、その規模と精度が、常識外にでかい。

本来なら起動さえ出来ないしろものだが、此処に到達者が三人はいることで、強引に発動。

そして、聖主の現在の位置を割り出すのだ。

今までなら、絶対に出来ないことだった。

だが、皮肉にも。聖主がそれを出来る状況を作ってしまったのだと言える。

更に、テレポートしてきた者がいる。人間の中にも何名かいる、高名な術者達だ。彼らは魔物の群れを見て仰天したようだが、一緒に来たユキナが説得をしている様子である。ほどなく、説得は功を奏した。

ユキナが咳払いして、魔術師達を配置につかせる。世界中の高名な術者が集まっている様子だ。

「いつでも行けるぞ、勇者」

「それでは、術式を開始します」

シルンが宣言。

最初で最後の、魔物と人間が共同しての作戦行動が、開始された。

 

レンメルは、不思議な光景だと思って、それを見ていた。

説明は既に受けている。

聖主が世界にしたこと。それ自体は、レンメルも批判はしない。実際彼女がいた村では、殺気立っていた若者達が急におとなしくなり、子供達の安全が確約されたからだ。軍人達も以前とは違い、血走った目で周囲を見回すことが無くなった。解散した軍も、彼方此方でおとなしくしていると聞いている。

だが、確かにレンメルも思う。

大陸ごと吹き飛ばすような事を是とする輩を、生かしておく訳にはいかないと。平和は素晴らしい功績だ。だが、それ以上を望むと、何処かでおかしくなるのかも知れない。

魔王には、今でも思うところはある。

許せないとも感じる。

だが。それは今はしまっておくべき感情だ。

この場に呼ばれた以上、手を貸すべきだろうとも思うのだ。子供達の未来を守るためにも、である。

聖主は、多分考える事自体は間違っていない。

しかし、既にあらゆる意味で人間では無いのだろう。人間では無いから、合理的思考の極みで、あまりにも残虐な決断を下せる。行きすぎた合理主義は、むしろ有害だ。子供達の未来のためにも。聖主を逃すわけにはいかなかった。

全身の魔力が、吸い上げられていくように思える。

戦乱の中、いろいろな事があった。

それを思い出しながら、レンメルは、子供達の平な未来だけを願った。戦乱しか無かったエンドレンである。それは、切実すぎる願いだった。

もしも神がいるのなら。

これで戦いを終わりにして欲しい。レンメルは、願い続けていた。

 

ガルフは、キタルレアの南にある海岸沿いの洞窟から、その光を見た。

空に向けて広がる光だ。

笑いがこぼれてくる。

とうとう、聖主が終わる。

ついに生き残ったガルフは一人だけ。今にも尽きようとしていた命は、これで救われたのだ。

ガルフと一口に言っても、様々な人格の持ち主がいた。それは、元のガルフが、多重人格者だったからである。

冷静な武人だったガルフ。狡猾な謀略家だったガルフ。

今生きているのは、ひときわ臆病なガルフだった。何の役にも立たない人格だったが、それが故に逃げて逃げて逃げ延びて、死なずに済んだのだ。

「ひひ、ひはははは、ははははははははははははは!」

逃亡生活で、既に精神に異常をきたしていたガルフは、天に向けて嗤う。

ああ、これで俺は自由になった。

もう、俺を脅かす者はいない。

そして洞窟の奥に戻ると、さっき打ち倒した熊を、生のまま食べ始めた。生きる生きる生きる生きる。

ただ、そう念じながら。

生き延びたガルフに。

既に正気は残っていなかった。

 

圧倒的な魔力の奔流が、空に向かって迸る。

魔法陣のほぼ中心にいたマリアは、それを至近から見上げることになった。

皆が見上げる中、空に解き放たれた尋常ならざる魔力は、世界中にその余波を広げていく。

きっと願いは、様々だ。

単に聖主を殺したいと思っている者もいるだろう。或いは、戦争が再び起きるようにと、思っている者だっているかも知れない。

だが、今だけでも。

世界の代表者達が、同じ目的のために動いている。こんな事があっただろうか。

聖主がまともだった頃は、こんな光景を夢見ていたのでは無いのか。そう思うと、エル教会の司祭だったマリアは、悲しくてならなかった。

「マリア」

「どうしたの、アニアちゃん」

「お爺さま、これできっともう、平和に暮らせるね」

「そうだね」

随分久しぶりに、アニアの声を聞く。

とても安らかで、静かな声だった。

「見つけたぞ……」

魔王が、顔を上げる。

世界の敵に向けて、最後に残った闘志を燃やし尽くす顔だった。

 

聖主は顔を上げる。

どうやら、察知されたらしい。

何故察知されたかは、すぐに分かった。あまりにも非常識すぎる探査術式を使われたのである。

到達者が三人がかりで展開する探査術式。そんなものがあって良いはずが無い。

だが、それでも。実際に使われてしまった以上、現実的な対処をしなければならなかった。勇者の姉だろう、恐らく到達者になったのは。

今、聖主の肉体を失うことは、特に問題にはならない。

危険なのは、福音を操作されることだ。

特に、現在稼働中の、人間の好戦性を下げる設定を元に戻されたりでもしたら、全ては元の木阿弥になる。

「聖上! 無数の敵が此方に殺到していると報告がありました! いずれも手練ればかりのようです!」

「……そうか。 そなた達は退避せよ」

「わ、わかりました!」

聖主は立ち上がる。

此処ならば、別に問題は無い。福音の本体は別の場所にあるからだ。聖主だけを殺すというのなら、それも良いだろう。

既に目的は達している。

これ以上の目的は果たせなくなるが、それも仕方が無い事だ。人間を導く者については、他にも心当たりができはじめている。

ただし、簡単に負けるわけにはいかない。

「どうした、フローネス。 何故残っている」

「俺は、聖上と、一緒にいマす」

「好きにしろ」

他の部下達は、皆逃げた。それで良い。エル教会は現在の世界には、まだまだ必要な組織だからだ。

腐敗部分は取り除いたし、後は聖主の後継になる存在がいれば、それでいい。

「それにしても、フローネス。 お前はどうして残る」

「よく分かりまセん。 ただ、俺にはもう此処にしか、居場所が無いように思えマすから」

「居場所など、作れば良いでは無いか」

フローネスは、首を横に振る。

そういえば、此奴は。

そもそも人間として生きているときから既に、居場所など持ち合わせてはいなかった。それが、散々利用した聖主に、今だ従っている理由かも知れない。

「全ての融合不死者兵を出せ。 福音の防備に回している戦力も動員しろ」

「分かりました」

「福音に手を出させないためにも、此処に全てがあると思わせるのだ。 私が死ぬ事はもう避けられぬかも知れぬが、それは別にどうでも良い。 福音だけは、守り通さなければならん」

死んだところで、別に再生も復活も可能だ、というのは今は念頭に無い。これほどの仕掛けをされたのである。此処は負けを認める頃合いなのかも知れないと、聖主は思っていた。

それに、福音さえ無事であれば。

世界の改革は、水の泡にはならない。

恐らく、誰もが聖主の戦略に異を唱えてはいない。

聖主本人に憎悪を集中させている。それならば、別に仕方が無い事なのかも知れない。一度やり直すには、丁度良い頃合いだ。

思うに、これほどに邪魔が入るのも、聖主が世界に拒否されているからだろうか。

それも良い。

世界の憎悪が聖主に集まりきるのなら。それを断ち切れば、世界は何か変わるかも知れないからだ。

外で、戦いの音がし始める。

聖主は既に到達者と戦えるだけの力を残してはいない。この体は理想的なスペックを配しはしたが、まだまだ力を蓄えきれていないからだ。

じたばたしても仕方が無い。

聖主はまた玉座に座り直すと。

来るべき時。

自分を憎む者達が、此処に殺到する。

その瞬間を待つことにした。

 

                               (続)