恐怖と狂気の蹂躙

 

序、西進する大軍

 

与えられた部屋は、城の三階。西側に窓がついており、其処から城下と平原の向こうまで見渡すことが出来る。

だから、その圧倒的な軍勢が到着したときも、誰よりも先に事実を視認することが出来たのである。

西ケルテルに、更に五万のグラント帝国軍が到着した。これで合計二十万、四個軍団である。西ケルテルの周辺国に強引に居座り、勝手に住民をどかしては軍事基地を作る我が物顔の連中。兵器は圧倒的に優秀であるが、それが故に傲慢きわまりなかった。

既に、魔王軍の一個軍団を単独で遙かに上回る規模となっている。更にグラント帝国以外の東側諸国も続々と兵を派遣してきており、最終的な合計戦力は百万を超えるのではないかという話さえ出始めていた。

当然、近隣の住民は不満をユキナに訴え出る。

グラント帝国は、ユキナには手を出そうとしない。というよりも、勇者が側についているから、という理由があるだろう。既にキタルレアで、勇者の名を知らない者などいない。実際非常識なレベルでの戦果を上げ続け、どうにもならなかった魔王軍の軍団長まで撃退している存在である。

如何にグラント帝国の者達が煙たがったところで、その存在感は比類無い。

逆に言えば、南部諸国が今、東半分になり、グラント帝国の圧倒的大軍に飲み込まれかけている現状でも、独立を保てているのは。銀髪の双子が、そこにいるからと言っても過言ではなかった。

西ケルテルの城下は、整備がどうにか終わった。水路を引き終えたことで清潔は確保した。後は住民の住む場所を手配しつつ、仕事や物資の流通路を整備していかなければならない。いずれも簡単な仕事ではなく、文官達は不眠不休での作業が続いていた。

勿論、ユキナも、例外ではない。

全てを見ていたイミナは、気の毒にと思っていた。もっとも、イミナにしてみれば、シルンさえ、妹さえ守れればそれでよい。最悪の場合、グラント帝国と内約を結ぶという手もある。

もっとも、妹がそれを聞いたら、さぞ怒るだろう。

レオンが戻ってきて、首を横に振る。

「駄目だな。 銀髪の勇者が来るのならともかく、私では聞く耳を持たんそうだ」

「わかりきってはいたが、面倒な連中だ」

「キタルレア最強を自称するだけのことはある。 確かに軍の練度も装備もたいしたものだが、しかしひどく傲慢だ。 手に負えん」

この土地に最初に到着した、グラント帝国のカッファー中将は、軍団長である他の中将よりも一ランク高い影響力があるらしい。今の時点では、彼が総指揮を執っている事が確認されている。

故に、彼を説得しないと、グラント帝国の傲慢な行動に歯止めは掛けられない。

「銀髪の乙女、グラント帝国の行動をどう見る」

「どうも解せん」

「やはりそう思うか」

もしも、魔王軍を葬るつもりであれば、以前大陸中央の騎馬民族軍と全面交戦していたときに加勢すれば、多分どうにかなったはずだ。

一年前の魔王軍は、キョドやモゴルとの死闘で、ぼろぼろになっていた。あのときグラント帝国軍数十万がなだれ込んでいたら、おそらくなすすべはなかっただろう。

人類にはそれだけの底力があると言うことだ。

勿論魔王軍も様々な邪魔をしていたことは容易に想像がつく。だが、その邪魔を考慮しても、おそらく軍の進撃を止めることは出来なかった。それが実情ではないのだろうか。

にもかかわらず、グラント帝国は参戦しなかった。

しかし、今これだけ積極的な参戦をしている理由が分からない。七十万の騎馬軍を持つキタンでさえ、国境を挟んで魔王軍の最精鋭とにらみ合いをすることに終始しているのである。

「様子を見るためにも、一度カッファー中将と会って貰えないか」

「分かった。 シルンも連れて行く」

「そうしてくれるとありがたい」

レオンと一緒に部屋を出る。

プラムがぷりぷりしながら歩いてくるのに会った。最近城の侍女達に、勇者の護衛であるのならちゃんとした格好をしなければならないとか言われて、色々服を着せられているらしい。それが面倒くさくて仕方が無いそうなのだ。

人間ではなくなってから、プラムは衛生観念や嗜好が大幅に変化してしまっている。蜥蜴や蛇を生きたまま喰うのを好むのもその一例だが、きれい好きではなくなっているのも、その一例かも知れない。

着飾ることを好まない女子など滅多にいないようなのだが。プラムは既に背が伸びることもなく、綺麗な服からも興味が失せている様子だった。

「あ、イミナさん。 ちょっと連れ出してくれる?」

「また侍女に追いかけ回されているのか」

「そーだよもう! ヒラヒラの服、歩きにくくっていやだってのに。 でも斬ったりするのもかわいそうだし、口じゃかなわないから」

「プラム」

レオンが声を低くすると、プラムが首をすくめた。

どうもプラムはレオンを苦手視している様子があり、戦場で怪我を何度も治して貰った恩もあって、頭が上がらない様子だ。そもそもある程度の身支度をしっかりするようにというのは、レオンが言い出したことなのだ。

「今は、いつ戦闘があるか分からない。 だからこそ、平時は平時であると周囲に示さなければならないのだ。 プラムは既に敵の師団長などとも交戦経験がある、兵士達から見れば雲の上の存在だ。 そんな者が粗野な格好ばかりしていたら、兵士達はどう思う」

「むー。 でもー」

「でもではない。 戦争は一人では出来ないし、プラムも単独で敵軍に戦いを挑むわけにはいかないだろう。 皆の注目を集めている以上、格好だけでもしっかりしないといけないのだ」

くどくどというレオンも、忙しいだろうに僧衣はいつも綺麗にしているし、眼帯だって毎度高級そうなのをつけている。

プラムへの説教はレオンに任せて、シルンを探す。

シルンはもう、あらかた納められた本には目を通してしまったらしく、最近は城に招かれた賢者に直接話を聞いているようだ。

大広間から、若干浮かない様子のシルンが出てくる。胸元に抱いているのは、かなり古そうな分厚い本だ。

「どうした、シルン」

「お姉、ちょっとね」

「今日招いた賢者が駄目だったのか」

「ううん、そうじゃないの。 どうも最近、引っかかることがあってさ」

並んで歩きながら、用件を伝える。頷くと、シルンも話を聞いて欲しいらしく、さっきの話を続けた。

兵士の敬礼を受けながら、城門を出る。

城の外には堀がどうにか作られ、水が通っている。ただし、あまり綺麗な水とは言いがたい。

城下も、スラムのままだ。急ピッチに建築が進められているが、何しろ難民の数が多すぎる。誰もに住居が行き渡る訳もない。

シルンのことを知っている民は多いようだが、必ずしも向けられるのは好意的な視線ばかりではなかった。最近は、魔王軍に降伏した方が良かったのではないかと考えている者も出ているらしいのである。

馬鹿な話だ。

魔王軍がフォルドワードで、そしてキタルレアで、何をしてきたかすっかり忘れている。彼らは人間と共存できるなど、最初から考えていない可能性が非常に高い。今は必要に応じて生かしているだけで、状況が変われば、保護下に置いている人間など簡単に鏖殺するだろう。

レオンとプラムが追いついてくる。プラムは正装をしていて、うっすら化粧までさせられていた。本人は非常に嫌そうだが、しかし元の造作が良いので、かなりかわいらしい。傍目には、この子供が、魔王軍の兵士を無数に切り捨ててきた存在などとはとても思えないだろう。

街を出るまで、四半刻ほど。

城門で、レオンが手配していたらしい護衛の小隊と落ち合う。街道はゴミだらけで、まだ殆ど整備されていなかった。街道の周囲に、粗末なテントを張っている者や、そのまま寝転んでいる者も散見される。着の身着のままどころか、殆ど裸の者も目だった。

難民とは、悲惨だ。

勿論ユキナはよくやっているが、それでも限界がある。イドラジールから東に逃れた難民達も、大変な生活をしていることだろう。

彼方此方に見張り台が立てられ、兵士も巡回している。どうにか兵力は四万を超え、今五万を整えるべく努力をしている様子だ。最も兵士の仕事の殆どは難民の整理で、後は土木作業ばかりのようだが。

元々、どうしようもない貧困国であり、発展していたとは言えない西ケルテル。

今では、急激な発展に晒されてはいるが、貧困国から抜け出せたとはとても言えない状況だ。

「お坊様、食事をくだされ」

「すまぬが、定時の支給品を受け取れ。 他の難民に取られないように、すぐに食べるのだぞ」

「けが人がおりますのじゃ。 力をつけたいのじゃ」

レオンは難民にすがりつかれ、仕方が無いという様子で治療をはじめる。

レオン自身も、毎日難民をみて回っては、怪我を治している。だが、病気の中にはどうにもできないものもあるらしい。

難民は、レオンを見ると崇める者もいる。

だが、全てを救えるわけでもない。ましてや、レオンは戦略的に動いており、その過程で小を見捨てなければならないことも多いだろう。歯がゆい思いをしているはずだ。

街道を行く内に、グラント帝国の軍旗が見えてくる。

大陸最強を噂される国の旗は金縁が為されており、遠くからもよく目立つ。第七軍団と刺繍されているが、この間までここにいたのは第四軍団だった。

「軍が移動しているな」

「レオン、大丈夫? ちゃんとカッファーさん、いる?」

「アポは取った。 勇者との約束を反故にするほどの傲慢な男ではないと思うのだが」

軍基地の入り口で、シルンが咳払いする。

流石に兵士達も、それを見ると居丈高な態度を崩して、中に案内してくれた。

野戦陣の中は意外に手広で、一部にははたけなども作られている。屯田を行っていると言うことなのだろう。

軍紀は良くない様子だが、今のところ略奪などはさほど頻繁には起こっていない。兵士達の食料や給金は足りていると言うことだ。

組み立て式の砦や櫓が内部には幾つか見受けられた。かなり活発に工事が進められている。

物流は、或いは西ケルテル王都より、更に活発化も知れないほどである。ひっきりなしに荷駄が出入りして、様々な物資を運び込んでいるようだ。一部はユキナの義勇軍にも渡されているのだろう。

ただし、弾よけの価値を見ているからだろうが。

案内されて、司令部に。

司令部は、即製とは言え砦になっていて、それなりにしっかりした規模である。木材や石材をその場で組み立てたらしい。こんなものをどうやって運んできたのか。

見ると、軍馬がかなりの数いる。乗るためのものだけでは無く、運搬用の大形のものもかなり見受けられた。それだけではない。

どうやって動かしているのかよく分からないが、巨大な要塞のようなものがあった。上にはばかでかい大砲が載せられている。

「ようこそ、我がグラント帝国第七軍団駐屯地へ」

振り返ると、血色が薄い禿頭の老人がいた。中将の勲章をつけた軍服を着ている。レオンが咳払いして、応対した。

「カッファー中将は」

「カッファーは今、南へ軍を移動中です。 魔王軍がどうやら前線に兵を集めているようでしてな」

「どの程度の規模ですか」

「七万から九万という所でしょう。 勿論攻め込んでくる可能性もあるので、我が軍も対応するべく態勢を整えている所です」

何度か咳き込む老人。

どうも、内蔵を煩っている様子だ。ただし非常に冷酷な印象を受けるため、か弱い老人には見えない。実際身のこなしはしっかりしているし、年老いたとはいえその辺の兵士よりは強いだろう。

名乗りを上げてから、名前を聞いてみる。老人はテスラ中将と名乗った。司令部に入ると、中はかなり整備されている。床には絨毯が敷かれているし、場所によっては花瓶や絵画まで飾られていた。床もけっこうしっかりしていて、歩いていると堅い音が返ってくる。

応接室には、柔らかい大椅子まであって、少し驚かされた。シルンを座らせて、イミナはその後ろに立つ。レオンは他の軍人と話す用事があるらしく、その場を離れる。或いは、アポを無視したカッファーの動向が気になるのかも知れない。

「それで、御用向きは何でしょう、銀髪の双子」

「何故、昨年の大戦には参戦しなかったのに、今になって軍勢を派遣してきたのか、それを知りたいのです」

「これはこれは。 我が軍は邪魔でしたかな」

「大変助かってはいますが、此方としても出方が見えないものですから」

事前に打ち合わせしたとおり、シルンはいきなり直球で切り込んだ。へらへらしているテスラは、全く動じている様子がない。

これは、出方を読んでいたのだろう。

「何、我が軍も強力な魔王軍に対抗すべく、緩みきった軍を鍛え直していたのですよ」

「確かに、兵士の質は高いようですね」

「本来だったら、略奪強姦殺戮と、何でもござれの状態でしょう。 しかし我が軍は、少々邪魔な場所にいる住民に退去願った以外は、民を害しておりません」

いけしゃあしゃあとよく言うものだ。

この軍事力であれば、弱り切った南部諸国を徹底的に蹂躙することが可能だ。しかも、現時点の状態で、である。

これから更に八十万くらいの軍勢が加わるとなると、少々洒落にならない。

「それよりも、あなた方は、グラント帝国に属しませんか」

「また直球ですね」

「ユキナ女王の資質は認めますが、彼女はまだ若い上に合理的な精神に欠ける。 こんな貧しい将来性もない国々にこだわって、さらなる飛躍を妨げるのはもったいないことだとは思いませんか」

思わないと、シルンは直球で言い返す。

さっきから、直球でのやりとりが続く。今のところ、イミナが介入する必要は無かった。だいたい想定の範囲内で話が進んでいるからだ。

不意に、鐘の音がした。

「どうやら、魔王軍の攻撃が開始されたようです。 私も後詰めとして出なければなりませんので、これで失礼します」

引き留める理由はない。

イミナはシルンと一緒に応接室を出た。周囲は既にかなりバタバタしており、敵の襲来が嘘ではないと悟らされる。

義勇軍も出る事になる可能性がある。もっとも、魔王軍の今度の指揮官は手練れだ。半数程度の戦力で、いきなり攻め込んでくるとは思えない。様子見の小競り合いだろう。

「お姉、どう思う?」

「なんだかおかしいな」

「やっぱり」

「エル教会が、急激に改革されていると聞く。 勿論それは喜ぶべき事なのだろうが、どうもきな臭い」

エル教会に恨みがあるのは、イミナだけではなくシルンも同様だ。レオンも、エル教会のことはよく思っていない。改革をしようとしたら粛正されたのだから当然だろう。

しかし、今回の件は、そういった個人的感情以前の問題だ。どうも様子がおかしいのである。

待っていた兵士達と一緒に、軍営を出る。レオンはプラムと一緒に、まだ軍営の中で何か話をしている様子だ。いずれにしても、一緒に帰る必要は無いだろう。レオンは政治的な判断も必要になる話をしているようだし、割り込むのも邪魔になる。

無言で、街道を歩く。違和感はあるのだが、どうにも正体が知れない。それが不気味と言うよりも、気味が悪くて仕方が無かった。

王都に戻る。

義勇軍も、あたふたしていた。

ユキナも、既に自身の馬車で、出る準備を整えていたようだった。

「銀髪の双子よ」

ユキナ自身が声を掛けてくる。

一応、前線まで出る事が決まったらしい。まあ、順当なところだろう。ただ、急と言うこともあるので、兵力は五千が精々だそうだが。

「出来るだけ兵の消耗は押さえたい。 今は、軍を再建中の大事な時期だ」

「分かっています」

それだけ、シルンとイミナで敵兵を引き受ければ良いだけだ。

レオンとプラムが合流し次第、すぐに前線に出よう。そうイミナは思った。

 

1、120インチ自走砲

 

敵軍に、まるで化け物みたいなのがいる。

メラクスは前線にいる味方からその話は聞いていたのだが、確かに実際に目にすると、その威容は凄まじかった。

88インチ砲も巨大だが、それより更に二回り大きい。大砲が小さな砦みたいなものの上に乗っかっており、その砦にはとんでもなくでかい車輪が着いていて、なんと自走しているようなのだ。動力は分からないが、まるで鉄で出来た巨大なムカデである。

側に来たサンワームも、困惑している様子だ。声には、ありありと不安が表れている。もっとも、メラクスの前でしか、そんな風に感情を示すことはないのだが。それだけサンワームから、メラクスが信頼されていると言うことでもある。

「敵の音声を拾いました。 どうやらあの化け物砲を、120インチ自走砲と呼称しているようです」

「120インチ砲か……」

つまり、人間の子供を三人並べたくらいの長さがある砲弾を使う大砲と言うことである。この世界の規格では、砲を使用する砲弾の長さで定義しているからだ。

問題は、あんなものが来ているという偵察の報告はなかったという事である。つまり、部品を分解して、海上から輸送してきたという事なのだろう。しかも、組み立ては極めて短時間で実施した、である。

敵側に輸送だけを目的とした超大型の艦船がある事は知っていた。戦艦が護衛していて、かなりの数の兵を輸送してくるのにも活用はしていた。

だが、それにしても驚くべき事である。

ある意味、エンドレンよりも優れた技術の一端かも知れなかった。

あの武器は、明らかにエンドレンの技術影響を受けている。しかもあの口径である。88インチ砲よりも更に威力が大きい事は疑いない。見ると後ろの方にはレールのようなものがついていて、兵士が十数人で砲弾を装填する仕組みになっている様子だ。とんでもない巨大砲である。

しかも、艦船による輸送が完了すれば、すぐにでも作れるというおまけ付きだ。

防御力に関してはどうだろう。あまり頑強には見えないのだが、しかしそれも敵が分厚く周囲を守りを固めればどうか。或いは艦船につけるような、大形の防御術式を展開していれば。

いずれにしても、簡単には崩せない。

「敵はあれでは、大形の砲台陣地をどこにでも海上輸送してこられるのと同じですね」

「しかも地形次第では、それを陸上から運んでくることさえ出来る」

現在、敵はグラント帝国軍第四、第六軍団を中心に、十万程度が展開している。メラクス軍団は三個師団を中心として、約七万という所だ。

此方は前線基地を有しているが、敵は基地を移動できるも同じである。海上からの砲撃は位置的に届かないが、しかし若干厄介ではあった。

後方には、ヨーツレットのアイデアで最近作られるようになった空港があり、ラピッドスワローがアシュラ型を空輸できるようにしてある。場合によっては絨毯爆撃で、敵陣を瞬く間に火の海にすることも可能だが。

しかし、敵が仕掛けてくるまでは動かない方が良い。それがメラクスの結論となった。すぐに、周囲にも指示を出す。

魔王から直接貰った、光の刃が出る斧の石突きで、地面を叩く。

敵の軍勢は相当な数だ。その上、寄せ集めだった義勇軍とはものが違う。戦っても勝てる自信はあるが、油断だけはしないように言い聞かせなければならないだろう。

「合図するまでは、絶対に仕掛けるな」

「分かりました」

「あの化け物砲は、全軍でどれだけ存在している様子だ」

「ここから南の方にも一機確認されています。 このままだと、更に数機増えてもおかしくありません」

毛だらけの腕で腕組みする。

体の半分を義手義足で補ってからというもの、腕組みにまでこつが必要な体になってしまったが。

メラクスは、今ではさほど気にはしていなかった。

「ベヒモス改を念のために用意しておけ」

 

前線から一万歩ほど後方で、物見櫓の上で遠めがねを使って戦況を見ていたカッファーは、耳打ちに気付いて顔を上げた。

ユキナの馬車が近づいてきている。

さっき、約束をすっぽかした銀髪の双子もいる様子であった。

カッファーは一軍団の司令官である中将としてはまだ若く、五十代には達していない。グラント帝国の王族ではないが、貴族としてはそこそこの名門出身であり、それが故にこの若さで責任ある地位に就いている。

最もカッファーの場合は、それでも出世の速度は若干速い。軍才があるのは間違いない所で、今までも各地の会戦で大過なく勝ち抜いて来た。出身で横並びの軍団長の中で、司令官を任されているのも、それが故である。

もっとも、総司令官は、親征が決まっている以上、さほど長い間就いていられるものではないが。

物見櫓を身軽に降りる。

既にかなりの高齢にはなったが、まだまだ体に不自由を覚えたことはない。馬車から降りてきたユキナが、険しい表情であるのを、敏感にカッファーは見て取る。鼻っ柱が強い女である。

「カッファー中将」

「これは女王陛下。 如何なさいましたか」

「それは此方の台詞だ。 これほどの大規模動員を掛けるとは」

「敵が前線に集結している以上、当然の措置です」

一歩も譲る気は無い。

ちなみに、実際には仕掛けたのは此方が先だ。敵の動員速度を見たかったのである。

結果は予想以上だった。ただし、人間の軍勢に比べて圧倒的に早いということも無い。敵の手札も既にエル教会からある程度は知らされているし、対応策については問題も無かった。

後怖いのは魔王の力だが、それも対策はしてある。

「それよりも、一万も軍勢を連れてきて良かったのですか。 今は軍の再建途中で、大変でしょうに」

「南部諸国は、我らの手で守るのが当然のことだ。 貴殿らの援軍には感謝しているが、出撃しないという選択肢は、無い」

此奴が本当に元ハウスメイドかと思うと、驚かされる。鼻っ柱だけではなく、でんと座る腰のようなものがあるのだ。

兵士達の中にも、此奴の出自がハウスメイドだと知っている者は多いはずだ。だが、それでもなお忠誠心は揺るがない。ユキナの圧倒的なカリスマと指揮能力は嘘ではないし、実際それで西ケルテルはかろうじて廻っているとも言えるからだ。

義勇軍など、烏合の衆に過ぎない。

本当に怖いのは此奴と、どうしてか側にいる勇者だ。アニーアルスの支援も、なかなかに侮れない。

いずれにしても、ユキナは軽く扱えない。丁重に説明しなくてはならない。

状況を説明しようと、皆を連れて陣営の最前線に出る。といっても、ここは最前線陣地ではなく、敵からかなり離れているが。

自慢の120インチ砲が見える、少し小高い場所に来た。

面白いのは、魔王軍の陣地だ。連中の領地は青い。草がたくさん生えているのだ。

それに比べて、此方の領地は茶色が目立つ。邪魔な草は、皆根こそぎ抜いてしまっているからである。

一目で見分けがつくので、面白い。

「あの巨大な砲は」

「エンドレン大陸の技術提供を受け、我が軍が開発した120インチ自走砲です。 組み立て式で、部品さえ運び込めば、どこでも半刻で稼働可能な状態に出来ます」

「移動可能な砲撃陣地という訳か」

「その通りです。 しかも船と違って、内陸の奥まで進撃可能です」

多分、自分は得意満面だろうなと思いながら、カッファーはユキナに120インチ自走砲について説明した。

しかし、ユキナは堅い表情を崩さない。おそらく、この間の戦で義勇軍を蹂躙したという、巨大な敵側の獣について考えているのだろう。

分かっている。あれには88インチ砲さえ通用しないだろう。勇者が儀式魔術との連携で、どうにか仕留めることが出来たとか言う常識外の怪物だ。88インチ砲を上回る120インチ砲でも、多分単独では殺しきれない。

しかしながら、既にそれについても、対策はある。

そういう意味で、とてもありがたい戦いであった。グラント帝国にとっては、だが。

グラント帝国にとって、義勇軍はあらゆる意味で弾よけでしかない。魔王軍との戦いで、先に死に、先に対策を練ってくれればそれで良いのである。最終的には、魔王軍がいなくなった後、駆逐してしまっても構わない。

用が済んだ道具は、しまうだけのことだからだ。

その場合、ユキナは非常に面倒な相手になりそうだ。暗殺も視野に入れなければならないだろう。

もっとも、魔王軍を駆逐するまで、まだかなり掛かりそうではあるが。

前線で、物音がし始めた。

「どうやら敵が仕掛けてきたようです。 前線に行きますか」

しらけた目で此方を見ると、ユキナは自陣に戻ると言った。

或いは、此方から仕掛けたことに、気付いたのかも知れない。

 

まずは、大砲による斉射が来た。

エンドレンの軍に比べるとまだ生ぬるいが、それでもかなりの集中砲火である。それが終わった後、魔術を掛けた矢が無数に飛んでくる。前線で張らせていた防御術式が、見る間に消耗していく。

メラクスは、腕組みをして見つめる。

やはり、此方の様子見のつもりか。この間、キタンの軍勢が、三万に達する融合不死者兵をヨーツレット元帥の部隊に仕掛けてきたという話だが、それと連動した作戦なのかも知れない。

サンワームが来た。

「カイマン師団、回り込みました。 まもなくアリゲータ師団も、作戦行動開始の準備を終えます」

「よし、もう少し引きつけろ」

空港の準備も万全である。さて、そろそろ頃合いだろうか。

敵が、わっと前に出てくる。

槍をそろえているが、武器はいずれも魔術が掛かっているようで、只の棒とは訳が違っている。弓矢に掛かっている魔術も、かなり強力だったようだし、大陸東の強国という肩書きは伊達では無いと言うことだ。

前線で、原始的な肉弾戦が開始される。

同時に、メラクスは命じた。

「ラピッドスワロー、出撃」

「空港に連絡! ラピッドスワロー、アシュラを各自抱えて出撃せよ」

モナカが復唱する。どじな副官だが、声はよく通る。

そういえば。同じ顔はしている人間型だが、微妙に声は違うようなのは、どうしてなのだろう。

まあそれはいい。

千を超えるラピッドスワローが、舞い上がるのが見えた。

同時に、メラクスは斧を手に、前線に進み始める。七万の軍勢が、ゆっくり前に出始めた。

肉弾戦では、人間などにひけは取らない。武器が優れていても、訓練が優秀でも、どうにもならない壁はある。ましてや今は、末端にいる補充兵までが、戦闘経験を豊富に、移植という形でだが有している。

勿論、人間の中にも優れた使い手はいる。

だが、そんな連中は。みんな魔王が消してしまった。

見たところ、勇者は前線に出てきていない。それも、味方が優勢である理由の一つであろう。

敵を押し込む前線の様子が、メラクスにはありありと見えた。さて、人間共はどう出るか。

傲然と、敵の120インチ砲が進み始めた。

だがその時には、既に制空権は味方が押さえていた。

敵陣に、炎の滝が降り注ぐ。アシュラ型の圧倒的火力が解放されたのである。この間のヨーツレットとキタン軍との戦いでは、ここで不死兵が粘りを見せた。だが今回の相手は人間である。

防御術式を貫通。

敵陣が、瞬時に瓦解するのが見えた。

「総員、押し込め……」

「待て」

メラクスは、味方へ制止をかける。

妙だ。明らかに、敵は此方の全面攻勢を誘っている。不審そうに側にいる旅団長が、メラクスを見た。

「如何なさいましたか」

「一旦敵と距離を取れ」

「しかし、勝ち時かと思われますが」

「敵は全力を出していない。 しかもこんな無様な真似を見せている。 明らかに、罠だな。 ラピッドスワローで、後二回だけ絨毯爆撃させろ。 それで様子を見る」

不満そうな旅団長だが、メラクスには懸念があった。

此方は六割方の戦力を出してきているのに、敵は半分どころか、二割ほどしか兵を出してきていない。勿論後続の事も考えての数値だが、これを考えると非常に面倒なのだ。ここにいる士官の幾らかは、去年のエンドレンとの死闘を知らない。

勝ち易きに勝たないと、力が続かなくなる。

ましてやこの戦線は、さほど重要ではない。むしろ貴重な野戦軍を、こんなところで消耗してはならないのである。

敵陣が、傲然と音を立てたのは、次の瞬間の事である。

味方陣地の物見櫓が消し飛ぶ。思わず頭をかばったほどの音であった。

「防御術式、貫通されました!」

「120インチ砲か」

「間違いありません!」

「飛距離をはかれ」

冷静に指示を出すメラクスの至近に、もう一撃が着弾。一瞬早く耳を塞いだが、そうしなければ鼓膜が破れていただろう。

気にしない。

周囲の動揺する士官を一喝。黙らせると、メラクスは更に前線に出る。

また、近くに着弾。数十の補充兵が消し飛ぶのが見えた。

いくら何でもこれはおかしい。恐怖心より先に、猜疑心が刺激された。

「どういうことだ」

「軍団長、お下がりください!」

「……さては俺の姿が、見えているな」

つまり、そういうことだ。

敵の狙いは、むしろメラクスの暗殺。そのために、数万の兵を使い捨てにする気なのだろう。

人間が、役立たずと見なした部下をゴミのように使い捨てる所は、何度となく見てきた。そういう生物だとも知っている。

だが、流石にメラクスは、全身が怒りに沸騰するのを感じた。

「先ほどの命令は取り消しだ。 総員突撃開始! あの十万を、一匹も生かして国には帰すな!」

 

120インチ砲に、弾の再装填が為される。

最初からこれは、軍団長を暗殺するための狙撃銃として用意されたのだ。魔王軍は、人間側の司令部を潰すと言うことで、組織戦という強みをそぐ戦略を今まで採り続けてきた。それに対抗できるようになるまで、物量作戦を続けざるを得なかったが。

しかし今、この究極の大砲とも言える120インチ砲の出現によって、状況は大きく変わりつつある。

しかも、それだけではない。

グラント帝国軍には、様々な兵器がエル教会から手渡されている。その一つが、先からカッファーが手にしている超長距離望遠鏡だ。これを使えば、前線から遠いこの位置からでも、メラクスの様子が一望できるのだ。

「敵、動きます。 不意に突撃に転じました」

「何」

「メラクスを先頭に、突入してきます。 対応指示をお願いいたします」

まあ、これも想定の範囲内だ。だが、まさかここまで積極的に動くとは思わなかったのだが。

120インチ砲を下がらせる。同時に、だいぶ小型になるが、馬を使えば曳航できる10インチ砲を多数前に出した。馬が引くタイプの大砲であり、弾丸も人間二人でどうにか装填できる。

火力もかなり大きく、しかも多数を用意できるので、敵の足止めには最適だ。

「10インチ砲を敵の先頭に斉射」

「敵航空部隊、また来ます」

「対空攪乱弾は」

「発射準備、整いました」

今まで、敵の航空部隊には、数で押し切るしかなかった。だが、エンドレンで開発された対抗兵器は、既にグラント帝国でも量産化に成功している。

しかし。

ここで、予想を超える事態が起こる。

左翼にいた第三師団が、不意に崩れはじめたのである。見ると、敵の一部が迂回して、側面攻撃を開始したのだ。しかも、反転している暇が無い。一気に押し込んできている。

「敵の支軍です! 数、およそ四万!」

「陣形、保てません! 第三師団、壊滅します!」

まずい。ここで、一気に戦場は、カッファーのコントロールを離れた。メラクスは自らが先頭に立ち、魔族の名前そのままの圧倒的な戦闘力を発揮して暴れ狂っている。近づく兵士は首をはねられるどころか、斧に擦っただけで木っ端みじんになっている様子だ。

砲陣が崩れる。歯がみしつつも、カッファーは命じた。

「後退だ! 一旦兵を引き、体勢を立て直す!」

「し、しかし取り残された味方がまだ数多く……」

「砲の回収を最優先しろ。 逃げ遅れるようなクズは捨て置け」

そう言い捨てると、カッファーは馬車に乗り込み、さっさと修羅場を後にした。

無能共がと悪態をつく。四万と言えば一軍団近い数である。そんな兵力に回り込まれていたのに、気付かなかったのか。偵察の無能が、この総崩れを招いたと言っても良い。

馬車が大きく揺れた。

敵の航空部隊が、第二波の攻撃を開始したのである。敵はそれを見て、同士討ちを避けるためか、むしろ追撃の速度を緩めた。

だが、敵の一部。迂回していた支軍は、退路を塞ぐようにして突撃してくる。その勢いは凄まじく、とても対応が間に合いそうになかった。

だが、その横腹に。

義勇軍が、槍を入れていた。

「義勇軍一万、敵の四万の側面を突きました! 敵の追撃が鈍っています!」

「とっとと退却しろ!」

吐き捨てる。

損害は五千から七千という所だろうと、カッファーは目分量ではかっていた。

そして、それはほぼ的中する。

夕刻、味方が再集結を果たした。砲兵はほぼ無事だったが、側面攻撃を受けた第三師団と、前衛として捨て石にした第二師団の損害がひどい。ただし、これでも最後の義勇軍突撃がなければ、被害は更に増えていただろう。

最終的な損害は六千五百。敗北判定の損害一割にまでは到達しなかったが、二つの師団はほぼ壊滅で、後方に下げるしかない。予備部隊はこれから続々と来るので、それらと再編成する必要があるだろう。

ユキナが来る。非常に険しい顔をしていた。

「カッファー中将」

「いやあ、助かりま……」

ものすごい音がした。殴られて、吹っ飛んで、顔面から地面に倒れたのだと気付く。

慌てて周囲の護衛達が抱き起こしたが。ユキナは肩を怒らせたまま、炎のような視線を此方に向けていた。

「前衛の部隊を捨て石にしたな。 どういうつもりだ」

「あ、あれは植民地であるリロ島出身の連中で……」

「巫山戯るなっ!」

更に殴ろうとしたユキナの手を、止めた者がいる。

銀髪の乙女こと、イミナだった。カッファーは目を白黒させて、その光景を見守る。これでも鍛えた軍人なのだ。まさか女に殴られて、宙を舞って地面に顔から落ちるとは思わなかった。ユキナも人間を止めているという噂があるが、本当だったという事なのだろう。まあ、確度が高い噂だったし、別に驚くことではない。

それに、痛くもかゆくもない。

埃を払って立ち上がる。

「グラント帝国にはグラント帝国のやり方があると言うことです。 今回の件は、多目に見ましょう。 しかし、また同じ事をされたら、我が帝国への敵対行為と見なしますので」

「貴様は、そんな風に、支配下の民を踏みつけにしてきたのか」

「何を仰る。 どこの大国でもしている事ですよ。 貴方だって、それは重々承知の筈ですが」

ユキナはしばらく、此方を焼き尽くしそうな視線で見ていたが。やがてきびすを返して、自陣に帰って行った。あいつが奴隷としてキタルレアに来たことを、カッファーは当然掴んでいる。だからこそに、あの言葉は意味を持ったのだ。

後衛にいたテスラ軍団長が来る。

大股で歩いて帰るユキナをちらりと見て、テスラは失笑していた。相も変わらず、性格が悪い老人だ。

「これは随分と手酷くやられましたな」

「敵は思ったよりも出来る。 此方が対空攻撃手段を出す前に、陣の奥まで切り込んできた。 戦術展開能力も悪くない。 次はもっと早く対応しないと危険だな」

「では、前線を少し下げて味方の増援を待つと」

「それが良いだろう。 多分同数では勝てんな。 偵察を多めに出して、敵の動向をしっかり探れ」

カッファーは後のことを参謀達に任せ、自分の宿舎に戻る。

移動式の陣地には、当然高級士官用の宿舎もある。組み立て式であり、中々に広くて快適な作りだ。

座りやすい幅広の椅子に腰掛けると、酒を呷る。

まあ、これくらいの小競り合いで、経歴に傷はつかない。敵の能力はしっかり把握したし、最後に義勇軍の手助けがあったとは言え、損害も最小限に抑えた。

それにしても、不便なのは。

この体にしてから、酒を飲んでも、さっぱり酔わないと言うことか。

闇の福音を体に入れるかという打診が来たとき、ためらわずカッファーは話を受けた。このままだと、いずれ魔王に訳が分からない力で殺されることは確実だったというだけが理由ではない。

数年前からカッファーは糖尿を煩っており、男性器が役に立たなくなっていた。当然子孫を作ることも出来なくなり、男性としての貴族の役割は終わっていたのである。

それだけではない。

家でカッファーは居場所がなかった。同じく貴族出身である妻は若い愛人を作ってはポイ捨てするという事を繰り返しており、家にいる子供六人は全員カッファーの種ではなかった。貴族としては別に珍しい話でもない。特に、腐敗したグラント帝国の貴族としては、だ。家のことは妻が完全に掌握しており、虎視眈々と他の財産もむしり取る隙をうかがっている有様だ。

貴族の結婚に愛など存在しない。少なくとも、カッファーは例を知らない。性欲などは娼婦で解消する。貴族の社会の凝りとも言える。ニーズには供給が不可欠な訳で、勿論専門の高級娼婦もいるが、当然海千山千の猛者ばかりで、油断すると財産を奪われかねないような女ばかりだ。

当然のことだが、そんな状況で、家に場所などある訳も無い。

実際、息子の何人かは、カッファーを暗殺する計画を立てているという噂もあった。それだけではない。息子達は実の兄妹でありながら、カッファーの財産を巡って裏で陰鬱な争いを繰り返しており、それで二人が不審死している。一人はまだ三歳だったが、どうせ将来の財産分与を見越して、兄妹の誰かから暗殺されたのだろうと、カッファーは見ていた。どのみち自分の子供でもないし、あまり興味が無い。死のうが生きようがどうでも良いことだと、カッファーは思っていた。

面白い話だが、こういう社会で、人間的な奴は長生きできない。愛情を下手に持ったりすれば、其処がつけいる隙になるからだ。愛情によって成立する婚姻は知らないが、愛情を持ってしまった故に暗殺された例は、カッファーも飽きるほど知っていた。

愚かな話だと、カッファーは思う。だから、もう人間には何も求めていない。故に、際限なく残虐にも冷酷にもなれる。

もう子孫を残す事が出来る可能性はなく、なおかつ生きていても軍人以外に居場所もなければ仕事もない。

それならば、せめて。

そう思ったカッファーは、闇の福音を体に入れた。

そして、今の体を得たのである。

酒は駄目だ。今日も全く酔わない。

食欲も性欲もない。

ただし、権力欲だけは、溢れるほどにふくれあがっている。この戦いで勝ち、そして魔王軍の土地を奪い取れば。

南部諸国を全て自分の領土にして、絶大な権力を得ることも可能だろう。人口は一千万を超えるし、資源だって豊かだ。立ち回り方次第では、キタンやグラント帝国とも事を構えることが可能なほどの力を得られるだろう。

人間などに愛情は不要。権力と暴力で支配し、骨の髄まで吸い尽くし、死んだら捨てれば良い。

そう、人間であるカッファーは思っていた。今は元人間と言うべきかも知れないが。

それにしても、問題は、快楽に縁が無くなってしまったこの体では、権力の使い道が無いと言うことだが。

そんなものは、後でおいおい、適当に考えれば良かった。

 

2、サタン

 

第六巣穴にて、ついに三つ目の溶体炉が完成した。これで第六巣穴は、フォルドワード、キタルレアを併せて、最大の補充兵生産基地になった。

軍事基地としては、ミズガルアのいる巣穴の方が大きい。ここは内部に工場と研究所があり、生産ラインがあって、鉱山と直結している。人間から鹵獲した兵器も運び込んでいるため、生半可な大きさではないのである。

だが、魔王軍の兵士として欠かせない存在は、どうしても補充兵なのだ。それを考えると、第六巣穴の重要性は既にとてつもなく大きなものとなっていた。

グラは落成式に立ち会いはしたが、あまり気分は弾まなかった。

少し前に、マリアに溶体炉を見せた。

人間としては珍しく、合理的なものに対して激しい拒絶反応を見せ、数日は外に出てこなかった。かなりやつれた様子で外に出てきたものの、それからはずっと考え込んでいることが多い。仕事はそれなりにきちんと出来ているようだが、何を言い出すか分からないところがあった。

弟分のキバはそれを見て非常に心配していて、何があったのかとしつこく聞いてくる有様だ。

落成式を手早く済ませると、すぐに職場に戻る。

今日も、人間の死体は運ばれてくる。マロンにだけ任せても良いのだが、責任感が許しはしなかった。ユニコーンが運んでくる荷車には、多くの死体が積み込まれている。

「む?」

「どうしましたか」

「古い死体ばかりだな」

見ると、土がついているものや、骨になりかけている死体ばかりである。

すぐにぴんと来た。これはおそらく、南部諸国でかき集めてきた死体だろう。いずれもが、殺した人間ではなくて、既に死んだものだ。火葬の風習があるという話だから、集めるのには苦労したのだろう。

しかも、集める際に、さんざん反感を買ったというわけだ。

「グラ司令官。 前から思っていたのですが」

「何だ」

マロンは基本的に無口で、必要なことしか喋らない。

だから、聞いて来たからには、グラも応える必要がある。

「補充兵の材料になる死体は、鮮度が関係ないのでしょうか」

「恐らくな。 その辺りの仕組みは、俺には分からん」

「それならば、このように、骨になってしまっていても?」

「運ばれてくるからには大丈夫なんだろう。 分からないのなら、シャルルミニューネに聞くんだな。 あの気むずかしい老婆が応えてくれれば、だが」

珍しく、随分マロンと話した。此奴がこんなに喋るのは珍しい。月に一度もないかも知れない。

後は黙々と仕事を済ませ、夕方過ぎに終えた。書類の整理がこれからある。

三つの溶体炉が出来てから、それぞれの用途が決まってきた。一番古い溶体炉は、雑兵の生産に使われる。ゴブリン、コボルト、オーク型のそれぞれの補充兵が、ここから毎日千以上出て行く。

最近まで一番新しかった溶体炉は、連隊長級以上の幹部が作られている。師団長も、時々作られていく。これはオーダーメイドが必要な溶体炉と言うことで、シャルルミニューネもここにいることが多かった。

そして最後だが。アシュラ型やラピッドスワローなど、新鋭の補充兵が、生産される場所になる様子だ。

いずれにしても、それだけの数、書類を書かなければならない。目を通しながら、マロンの補助を得て、書類を作っていく。カンテラの明かりを入れて、それでも若干くらい中、せっせと筆を動かした。

肩を自分でもみながら、書類をマロンに手渡す。

既に、夕暮れも過ぎ、空には星が瞬きはじめていた。

とりあえず、今日分の仕事は終わった。戦闘できない分、こういう所でグラがしっかり皆を支えなければならない。

南部諸国に、数十万という人間の軍勢が攻め寄せてきているという。メラクス軍団長が来てから勝ち続けているようだが、ここの守りも固めなければならない。師団長をここの守りに配備して欲しいと要請はしているが、まだ難しいかも知れない。有能な兵士は、どこでも必要だからだ。

しかし、ここがもしも人間に落とされでもしたら大変なことになる。

師団長級の補充兵がいれば、ちょっとやそっとの攻撃では陥落もしなくなるし、配備はどうにかして実現しなければならない。以前連隊長級を配備したときもかなり面倒だったが、今回はそれ以上に大変なはずだ。

キバは先に帰っている様子だ。となると、カーラも今頃はおねむだろう。

マロンはまだ残務整理があると言っていたので、先に上がる。食堂で軽く夕食を取った後、どういう風に申請をつつがなく済ませようかと考えていると、咳払いの音がした。

リザードマンの料理者だ。

「司令官どの。 わるいが、もう終いなんでね」

「おっと、すまなかった」

「考え事もいいが、少しはやすみな。 最近は飯もがっつくばっかで味わってねーだろ」

言いたい放題だが、それで良い。

働いている魔物の特性を全て知り尽くして、状況に合わせて料理を作ってくれる腕利きである。勿論グラもその恩恵にあずかっている。

何回か代替わりしているのだが、ここの料理者は皆腕が良い。良き伝統というものを感じさせてくれる。

自室に引き上げると、忠告通り休むことにした。

少し多めに睡眠を取り、そして早めに目を覚ます。やはり、かなり疲れが溜まっていたらしい。快眠と言うよりは、泥のような眠りだった。

全身に疲弊が溜まっている。

それが、よく分かった。普通になってしまっていたので、疲弊に気づけずにいたというのは苦しい。料理者が怒るわけである。

外に出ると、カーラが水辺で顔を洗っていた。他の魔物も何名か、早起きして体操をしている。

この小川も、カーラが作ったものだと思うと、ちょっとの間に随分環境が良くなったものだと、感心してしまう。

今年中には、この岩山は、全て緑に覆われるのではないかとさえ思えるほどだ。

「おはようございます」

「おはよう」

マリアだった。かなり険しい表情で、グラを見ている。

溶体炉を見てから、マリアの態度は以前と若干違っている。壁が出来ているのを感じるのである。

まさか無茶なことはしないだろうとは思うが。元々非常に真面目なようなので、連隊長であるカーネルには、監視をより厳重にするようには告げてある。

マリアはグラに背を向けると、カーラに甲斐甲斐しく世話を焼く。最初は露骨にいやがっていたカーラだが、最近はまんざらでもない様子である。

キバも起きてきた。

キバはというと、グラを見てぱっと顔が明るくなる。

「あにきー! おはよー!」

「おう。 元気で何よりだ」

「最近、マリアがカーラにすごくやさしくしてくれるから、おれあんしんだ!」

そうかと応えるが、グラの意見は違っている。確かにカーラにひどいことはしないだろうが、この巣穴に対しては何をするか今のところ分からない。

もう気付いているはずだ。

魔物と人間が仲良くする方法は存在しない。少なくとも、人間という生物が、独善の塊である現状が変わらない限りだ。

そもそも、エル教会とか言う思想団体が、世界を覆い尽くしている時点でおかしいのではないのか。雑多な価値観の存在を認めず、自らを至上の存在と妄想している限り、人間が他の生物と本当の意味で理解し合うときなど来るはずもない。

マリアという女は、多分それを理解している。

そして、厄介なのは。

今でもマリアは、自分を人間だと思っているだろう事だ。

カーラの手を引いて、マリアが仕事に行く。料理者によると、手伝いの方はもう良いらしい。

緑化に関して、テロも何も無いだろうから、好きにさせておく。

カーネルもついているし、多分大丈夫だろう。

食事を済ませた後、職場に出る。

ところが、マロンから急に妙な話を振られた。

「すみません、グラ司令官。 今日は急用が入っています」

「急用?」

「はい。 魔王様がフォルドワードに向かうそうなのですが、同行して欲しいとの事です」

それはまた急用だ。しかも、まさか魔王が直接向かう先に、グラを伴うというのか。

話には聞いていた。既にグラの扱いは、軍で言えば師団長級を上回っていると。確かにいくつかある巣穴の内、最も重要なものの管理を任されているのである。

「分かった。 断るわけにも行かないだろう」

「迎えは、二刻後に来ます。 それまでに、準備は済ませてください」

「分かった。 マリアについては、しっかり見張りをつけておけ」

「承知しました」

グラが整備した結果である。ここは少しの間くらいなら、グラがいなくても保つ。

今では護衛の連隊長も三名いるし、これで師団長も来れば守りは万全だ。丁度魔王と一緒にフォルドワードに行くのなら、その時話せば良い。

死体の帳簿はマロンに任せて、書類の整理に専念する。早めに幾つかの書類を仕上げておいて、今日の作業に備える。

昼、少し前くらいだろうか。

迎えが来た。

エルフの成人女性だ。カーラと違って背も高い。ただ、体つきは随分と細いようだ。この辺りは、カーラ以外のエルフ型補充兵と同じである。

エルフ族は人間に比べて魔力が非常に強く、その代わり体力に欠ける。一番劣っているのは繁殖力で、それは他の魔物と共通だ。

他の魔物と比べると明らかだが、エルフは顔つきも人間に近い。しかも人間の基準ではとても美しいのだそうだ。それが悲劇につながった訳だが、グラから見ればどれも同じにしか見えない。女戦士なのか、腰からは魔力が籠もっていそうな剣をぶら下げていた。

「グラ第六巣穴司令官ですね」

「ああ」

「陛下の所へご案内いたします」

「頼む」

マリアは、周囲にいない。

問題を起こすことは多分無いだろうが、もしもの時のために、一応マニュアルは作っておいた。

マロンは信用できる。いざというときには、マニュアルに沿って問題を納めてくれることだろう。

手を握られて、次の瞬間。

世界が反転した。

いや、そう思えただけだった。虹色の光彩が周囲を包み、気がつくと全然別の場所に立っていた。

第六巣穴から、しばらく出たことが無かったが、太陽の位置などから分かる。かなり西に来ている。魔王とは、港で合流すると言うことなのだろうか。

また世界が反転する。いや、そう錯覚させられる。多分テレポートの術式だろう。そう思えたのは、二度目で心に余裕ができはじめていたからかも知れない。

何度かテレポートを繰り返すと、港に出る。

何名かのエルフ戦士達が集まっていた。港の周囲は緑化が始まっているようで、エルフ型補充兵達が、いそいそと土いじりをしているのが見えた。まだ殆ど実際には植物も植わっていないようだが、緑化には時間が掛かる。

「グラ第六巣穴司令官、此方です」

「ああ」

ちょっと頭がくらくらする。

乾いて、踏み固められた土を踏んで、港へ。無数のユニコーンが行き交ったからか、街道の周囲は土がかちかちになっていた。この様子だと、緑化計画もかなり難航することだろう。

近くには河口があるので、水だけは事欠かないだろうが。しかし、大河の河口は得てして水が大変汚い。だから井戸を最初に使うのか、或いは水を綺麗にする魔術による装置を設置するのか、考えどころだろう。

職業病だ。港を見ていて、どう管理するか、緑化はどうするか、考えてしまった。

エルフの女戦士についで歩く。酒場がかなり大きくなっている。最初ここに来たときは、とにかく粗末だったのだが。波止場まで歩く途中、知った顔をちらほら見た。皆、第六巣穴に立ち寄った際に歓迎したことがある。向こうも気付いて、グラに手を振ったり、帽子を取ったりしてくれた。

波止場に、魔王はいた。

かなり警備が厳重である。師団長らしい、巨大なヤドカリみたいな補充兵もいる。周辺をエルフの戦士達が見張っており、空気そのものがひりひりしていた。

「おお、グラか。 元気にしておったか」

「おかげさまで」

「早速だが、今日はこんな所まで悪かったのう」

「いえ、私がいなくても、第六巣穴は少しの間くらい平気ですから」

俺と言わずに済んで、ちょっとほっとした。

緊張しているグラに、魔王は笑顔のまま色々話してくれる。

「今度、第六巣穴に、生産ラインを作ろうと思ってのう」

「生産ライン、ですか」

「うむ。 師団長を配備するのであれば、更にプライオリティの高い設備を起きたいとクライネス軍団長が言い出しての。 確かにそれもそうじゃと、儂も思ったのじゃ」

嫌がらせかと、一瞬グラはウニに似たかっての上司のことを思い出す。

しかし考えて見れば、確かに一理ある。前線からかなり遠い第六巣穴を守るために、魔王軍の中でも最精鋭である師団長を配備するのは、付加価値が無ければ好ましく無いとも言える。

しかし、一体何の生産ラインだろうか。それが少し気になった。

エルフの戦士達が周囲で手をつないで円を作り、術式を唱えはじめる。集団での一斉詠唱による大テレポートという訳か。

さっきよりも、数段強烈な衝撃が来る。

そして、気がつくと、グラは尻餅をついていた。どうやら、仮設ではなく、建設中の本魔王城にいるらしいと気付く。

まだ未完成だが、見上げると実に懐かしい。ここで面接を受けて、前線勤務には向かないと判断された。そして、第六巣穴に回されたのだ。思えば、北極の洞穴には一度も戻っていない。ここにも来ていない。

ずっと働きづめだった。しかし、充実した数年だ。これだけ充実した生活は、もう出来ないかも知れないと思うほどに。

「魔王陛下!」

「おう、皆頑張っているようじゃのう」

「陛下の御為であれば!」

魔王を見て、歓声を上げる魔物がかなりいる。種類も様々で、いずれもが魔王に対して絶大な忠誠を誓っているのが明らかだった。働いていたドワーフたちまで、手を止めて魔王に礼をしている。

笑顔で手を振り替えしながら、魔王は城の中に。

しかし、玉座の間には行かず、途中から道を逸れて、どんどん地下へ潜っていった。

「ここにどうして魔王城を作ることにしたか、グラには話したことがあったかのう」

「いえ、知りません」

「そうか。 少し驚くかも知れんが、心の準備をしておいてくれるか」

頷く。護衛のエルフ戦士達も、途中で数を減らして、精鋭中の精鋭だけが残った様子だ。それだけ機密が深い場所なのだろう。

周囲の装飾も、極めて地味だ。石がむき出しになっている場所もある。

魔王城を作るに辺り、かなり頑強な地盤が選ばれたと聞いている。そうなると、ここは地盤の中に出来た隙間なのだろうか。

深く深く、階段を下りていく。

途中からはついにカンテラもなくなった。エルフの戦士が、明かりを出す術式を唱えて、周囲を照らす。

足下は砂利だらけで、全く掃除されていないのが明らかであった。

「懐かしいのう。 ここに来るのは久しぶりじゃて」

「昔、ここにお住まいでしたか」

「おう。 北極に行く前に、儂が魔王になった直後。 ここで、儂は研究をしていたのじゃよ」

階段を下りきる。

最深部に来たのだと、グラも気付いた。

多分、地盤の下に出来た空洞なのだろう。地下なのに、どうしてか蒸し暑い。

辺りには無数の本が乱雑に散らばっている。しかしながら、本が埃を被っている様子はない。

細かい違和感が重なって、大きな異常を作り出している空間だ。多分、グラが見ているよりもずっと高度な技術が使われているのだろう。

奥の方。

闇の中に浮かび上がるようにして、巨大な何かおぞましいものが見えた。

「あれは生体コンピュータ、サタンじゃ」

「生体、コンピュータ?」

「まあ分かり易く言うと、考えるために存在する機械、という所じゃな。 本来はあり得ぬ存在なのじゃが、儂の知識を総動員して作り上げた。 地上から人間を抹殺するためにのう」

なるほど、怨念の権化という訳か。

見ると、人間の脳みそを、無秩序に大量に積み重ね、それらをつなげたようにも見える。巨大な硝子瓶の中に浮かんでいるそれは、生きているのか、死んでいるのか、ちょっと判別がつかなかった。

硝子瓶に歩み寄ると、魔王はなにやら操作をはじめる。

そして、耳に円盤状の道具を当てて、しばらく頷いていた。

「なるほど、のう。 確かに考えられる事じゃて」

「? 陛下はどうしたのだ」

「今、サタンから報告を受けているようです。 この間聞いたのですが、陛下は去年、サタンに一年がかりである事を考えるように命じたのだとか」

一年がかりで考えるとは、また壮大な話である。だが、考えることを専門としているのなら、あり得るのかも知れない。

しばらく魔王は頷いていたが、やがて円盤状の道具を耳から外す。

「待たせたのう」

「いえ、ご随意に」

「うむうむ。 それで、まず一つ。 グラには、このサタンを預かって欲しい。 今回のように大きな計算をさせる場合などはここでも良かったのじゃが、そろそろテレポートで来る時間が惜しくなってきてのう」

輸送については、エルフの護衛達が行うという。

ちょっと不安になったが、断る理由も権限も、グラにはない。そもそも、今魔王はグラに頼んでいる。

それが、グラに断る理由を無くさせる原因だった。

「分かりました。 しかし、置き場所はどうしましょうか。 増設をするにも、少し時間が掛かりますが」

「それについては、ミズガルア軍団長が専門のチームを派遣する」

「ミズガルア軍団長が、ですか」

魔王は話を少し切って、ちょっと考え込んだ後、付け加えてくれた。

今回の目的は、サタンの管理と、何よりもそれによる生産ラインの作成だという。つまり、今まで新兵器は基本的にミズガルアの指導の下作っていたが、決戦兵器になってくるとどうしても魔王の手が必要になる。

そういえば、最近大形の新兵器の開発が相次いでいるという。魔王がその裏で動いているのは間違いない所であり、生産ラインを近場に移したかったのだろう。

しかし、それならどうして仮設魔王城の地下に作らないのかが気になる。

少し考え込んだ後、多分危険を分散するためなのだろうと、グラは結論した。まあ、それならば別にそれでいい。

「陛下、一つお願いをしてもよろしいでしょうか」

「うむ、何かな」

「第六巣穴は今、かなりの機構が集中しており、守りが心許ない状態です。 出来れば師団長か、それ以上の実力を持つ補充兵を、護衛のために回していただきたく」

「おう、そなたがしばらく前から申請している奴か。 そうじゃのう、サタンがそちらに配備されるのならば、確かに必要じゃの」

師団長級配備にもっとも反対しているのは例のごとくクライネスなのだが、彼ももう一つ付加価値があればと言う話をしていた。今回のサタンの配備により、それが生じる。

だが、クライネスはどうもグラに個人的な憎悪を抱いている様子がある。少々やり口は汚いかも知れないが、ここで鶴の一声による後押しが欲しかった。

それに、これは個人的な権勢を求めての話ではない。

魔王軍全体を考えての行動なのだ。

「分かった。 次の全体会議で提案しておくかのう」

「ありがたき幸せ」

「よし、ナナ、セーバ、そなた達はサタンを運び出す計画を。 動力炉ごと運び出せるように、後でマニュアルを出しておく」

「分かりました」

魔王と一緒に、暗い穴蔵から出る。

おそらく、魔王軍を結成する前。魔王はここを拠点の一つにして、暴れ回っていたのだろう。

一つだけ、サタンに聞いてみたいことがあった。だが、魔王が許してくれるのならともかく、余計な行動は控えた方が良いだろう。

今、自分は魔王軍の最高機密の一つに触れた。その意味を、グラはしっかりかみしめていた。

 

第六巣穴に戻ってくる。エルフの護衛に礼を言うと、辺りを見回した。

別の大陸に渡ったというのに、まだ一日が経過していない。テレポートの術式というのは、たいしたものである。

「サタンの移設については、恐らく三週間ほど後になるでしょう」

「分かった。 此方でもマニュアルに沿って計画を立てる」

「お願いいたします」

あれだけの機密である。マニュアルも見ると、かなり分厚かった。

仕事場に出る。特に問題は起こっていなかったが、マリアが来たという。また来ると言い残していたそうだから、多分そろそろ現れるだろう。

書類をチェック。

マロンは一カ所も落としていなかった。流石である。

「その分厚い紙束は」

「魔王陛下から、ここに重要なものを移設すると言われてな。 そのマニュアルだ」

「グラ様」

顔を上げると、マリアが歩いてくるのが見えた。

羽があるのに、あいつは使おうとする様子がない。あくまで自分の足を使って移動している。

見た感じ、ドラゴンと同じ、魔力で飛ぶタイプの羽だろう。しかも、飛ぶ程度の魔力なら充分に備えているはずだ。人間は合理主義の怪物であるはずなのに、どうしてあいつはそうしないのか、ちょっと不思議であった。

「グラさん、仕事は終わりましたか」

「今日は元々仕事がないように、先に済ませていた」

「ならば、お話を少ししたいのですが」

「良いだろう」

宿舎に戻りながら、話を聞く。カーネルが見張る中、マリアは少しためらった後、話し始めた。

「魔王は、どういう方ですか」

「温厚な方だ。 魔物の誰もが慕っている」

「それだけですか」

「それ以上を知ろうにも、俺は知ることが出来る立場にはないからな。 ただ、何度か会った感触だと、裏表がないとても優しいお方だ。 誰にでも分け隔て無く、相手のことを真剣に考えて泣くことも出来る」

魔王が偽善者である可能性は低いだろうと、グラは思っている。ただし、それを確信できないのは、やはりこの立場の限界である。

かといって、立場を上げようとは思えない。

そもそも、この第六巣穴の管理者と言うだけで、過ぎた身分なのだ。適正を認められ、そして抜擢して貰ったという事はあるが。それでも、やはり考えていたよりも、遙かに高い地位にいると言える。

マリアは首を横に振る。

「貴方がどう感じているか、もっと詳しく話していただきたいのです」

「どうもなにも、魔王陛下は尊敬しているし、さっき説明した以上の事はないな。 実際問題、ここまで魔物が勢力を盛り返すことが出来たのは、あのお方のおかげだ。 何かしらの影を背負っていることは見ていれば分かるが、そんなのは誰もが同じなのではないか」

「その割には、魔王に対して何かしらの含みがあるようですが」

ずばりと、マリアは指摘してきた。

苦虫をかみつぶす。此奴が真面目で頭が良いことは分かっていた。しばらくグラのことを観察していたと言うこともだ。

だがしかし、逆に言えばグラとしても警戒はしていたのだ。それで、こんな些細なことに気付くとは、たいしたものである。もう少し、警戒度を上げた方が良いかもしれない。

「おまえは、何をもくろんでいる」

「魔王と話がしたいのです。 そのためには、魔王のことをもっと知らなければなりません」

「そうはいってもな」

此奴は、どうも人間と魔物の間に和平を作りたいと考えている様子だが。しかし、以前見せたとおり、現状人間が魔物と仲良くする方法はない。魔物側が歩み寄っても人間側が確実に拒否するだろう。

魔物にしてみても、自分たちを北極に追い込んだだけではなく、非道の限りを尽くした人間と仲良くしようなどと考える酔狂者は少ない。新しい世代になってくるといるかも知れないが、実際に人間に同胞を殺された記憶があるエルフ族達や、ドラゴン、魔族などの寿命が長くて力がある魔物達は、皆人間を嫌い抜いているはずだ。

仮に、互いに許し合うことがあったとしても。

人間の後ろには、利権という巨大な化け物が潜んでいる。つまり、魔王軍が押さえている土地が人間にとってのビジネスチャンスであり続ける限り、和平などあり得ない事である。

人間は、金で同胞を簡単に殺す。しかも万という単位でだ。

そして、それで自責を感じることもないのではないかと、グラには思えてならなかった。

それらの話をマリアにする。気がつくと、宿舎にいた。

「どうしても、魔物と人間の和解は不可能でしょうか」

「そうだな。 ……以前クライネス軍団長から聞いたことがあるが、双方が最終兵器を有して、使えば全滅するとでもいうような状況になれば、或いは分からないな。 だがその場合でも、友好的な停滞はありえないだろう」

「……」

グラにしてみれば、そもそも人間の独善性が原因だとしか思えない。

自分たちを万物の霊長と呼称。魔物のものは奪って良い。魔物は殺して良い。そういう理屈を振りかざしている限り、人間と魔物の和解は不可能だ。現に、和解を図ろうとしているのはマリアだけに思えてならないのである。

ソド領には多くの人間がいるが、どいつもこいつも身の安全を求めて、あろうことか魔王軍にこびを売って生き延びている連中だ。しかも場合によっては、簡単に人間側の国家に寝返り、今まで世話をしてやった魔物達を売ることだろう。

現に、今ソド領をはじめとする南部諸国の魔王領には、敵の密偵が多数入り込んでいると聞く。要するに、手引きを受けているからである。

ただし、無理だろうと思ってはいるが。確かに、グラとしても平和への願望はある。

毎日大量の死体を処理して補充兵にする毎日は、確かにつらい。人間は邪悪だという意見には全面的に賛成だが、小さな子供までそうだとは言えない。まあ、周囲に染まってあっという間に邪悪になるだろうとも思ってはいる。だがそれは、逆に言えば、周囲次第では魔王軍との友好を考えることが出来るかも知れない、という事だ。

マリアを置いて、自室に戻る。

あの巨大な脳みその塊であるサタンにも、意見を聞いてみたいところである。多分ある程度使う権限くらいは貰えるだろうから、それも出来るだろう。

なんだか今日は長距離テレポートのせいか、とても疲れた。

グラは寝台に横になると、すぐに眠ってしまった。

 

半月ほどで、予定通りサタンが運ばれてきた。

見かけよりもずっと大きな構造物である。巨大な動力炉らしいものと、脳みそ部分がパイプで何重にも接続されており、ものすごい駆動音がする。魔王がこれを作ったとき、さぞや苦労しただろう。

テレポートは最小限しか使わず、後はクラーケンやベヒモスで輸送してきたらしい。脳みその部分はフードをかけられて隠されているが、他は機械の部分がむき出しだった。といっても、全部が鉄というわけではなく、かなり有機的な部品も見受けられる。

来る前に、マニュアルには目を通した。使い方は意外にシンプルで、魔王が使っていた円盤状のものを耳に当て、口元に命令を伝える棒のようなものを当てて、其処から口頭で命令するという。

要するに此奴は、大仰ではあるが、最初期の補充兵の一種らしいのだ。補充兵の機構などについても、今では現役で思考を司ってはいるのだが、今は魔王のブレインとしての仕事が主体らしい。

勿論状況に応じてバージョンアップは繰り返しているようなのだが、それも限界があるだろう。いつか新しいタイプのサタンに、代替わりするのかも知れなかった。

千以上の補充兵が、無言でサタンをベヒモスから卸し始める。そして、車輪が就いた板に載せると、運びはじめた。

三つある溶体炉の近くにまだある天然洞窟の最深部に、サタンを置くことは、既に話し合いで決めている。

増援でよこされているマインドフレイヤ族達も、みな賛成はした。シャルルミニューネだけは渋ったが、まあこの老婆についてはいつも不平を鳴らすことが仕事のようなものである。

移設に関しても、輸送を担当してくれたエルフの師団長が全てやってくれた。噂に聞いている闘将アリアンロッドである。彼女ほどの有名な魔物がこんな仕事をしていると言うことは、フォルドワードの前線には今余裕があると言うことだ。エンドレンの軍勢が動きを見せないから、来られるという事もあるのだろう。

アリアンロッドはエルフの女性らしい華奢な雰囲気だが、向かい傷などが多く、歴戦を感じさせる。しかしながらエルフらしい神秘的な雰囲気は消えておらず、だがとても強いことが一目で分かるのだった。

エルフ族の年齢はグラにはよく分からないが、彼女は逃げる同胞を導いて、北極まで連れて行った功労者であるそうだ。考えられないほどの修羅場をくぐっていることが、それだけでよく分かる。

「グラ司令官」

「ああ」

「移設において、何か聞いておくことはあるか」

「いや、マニュアルが良く出来ているから問題ない。 それよりも、遠くはるばる大変だったな」

戦に比べれば、これくらいとアリアンロッドは笑う。

地獄と称された去年の戦でも、このアリアンロッドは大きな負傷もせず、最前線で戦い生き残った。噂によると、カルローネ麾下の軍団の中で、副軍団長を任されるのではないかという話もある。三十万まで規模を拡大するカルローネ軍団には二名の副軍団長を置くという話が出ているのだが、アリアンロッドはその有力候補だという。まあ、戦歴からすれば当然だ。実力もあるが、その強運もなかなかに図抜けている。ただ、アリアンロッドが副軍団長になるとすると、もう一名は純正の魔物ではなく、補充兵の師団長から抜擢されるだろう。

作業を終わらせて、補充兵達がぞろぞろ引き上げていく。

アリアンロッドとも事務的な話を終えた、その時だった。アリアンロッドに、声を掛けたものがいる。

マリアだった。呼吸を整えている。ひょっとすると、グラが話しているのが魔王軍の師団長である事に気付いたのかも知れない。

まだマリアは、あまり多くの魔王軍幹部と接触していない。クライネスやグラと話をしただけでは、見えない部分や、掴めない糸口があると思っている可能性もある。

ちょっと不安だが、マリアは基本的に他者を傷つける行為には出ないと、グラはここしばらく観察して学習している。だから、見守る。

「貴方は、魔王軍の幹部の方ですか」

「見たことがない魔物だな。 グラ司令官、貴殿の知り合いか」

「聞いたことがないか。 この者がマリアだ」

アリアンロッドが、すっと目を細め、表情に壁を作るのを感じた。まあ、無理もない話である。

エルフ族と人間の確執は相当に深い。アリアンロッド自身も、人間に相当ひどい虐待を受けた経験があるという。元人間でも、魔王とマリアではまるで状況が違うという事もあるし、当然よくは思えないだろう。

「お話を、聞かせて貰えませんか。 それだけで構いません」

「……グラ司令官、この者は同胞に危害を加えないだろうな」

「クライネス軍団長によると、人間にしては随分と真面目で、考え方も比較的平等だったそうだ。 魔物になってからも、あまり元と違うとは思えない」

「貴殿が言うならば信用は出来るか」

多少は、アリアンロッドが構えを解いた。

エルフ族はひょろっとしているが、決して大形の魔物に比べれば長身ではない。勿論ゴブリンであるグラと比べるとかなりアリアンロッドは背が高いが、マリアとはあまり変わらない。

むしろ、アリアンロッドに押しつけてしまうのも良いかもしれない。種族が違っても女同士だ。話が合う部分もあるかも知れない。

「マリア、アリアンロッドは師団長だ。 魔王軍において顔も広い。 連れて行って貰ったらどうか」

「……」

「グラ殿」

「マリアは相当に強い魔力を持っている。 戦場でなくても、使い道はあるのではないのかな」

露骨に渋い顔をするアリアンロッド。

だが、もし副軍団長という魔王軍九将に次ぐ地位を得るとなると、参謀にしても部下にしても、今はいくらでも手が必要なはずだ。

「分かった。 後方で雑用に使ってやる。 そこで、話ならしてやる」

「ありがとうございます」

「アリアンロッド師団長、任せるぞ」

「ああ」

アリアンロッドが、部下をまとめて引き上げていく。

統率には一糸の乱れもない。勿論彼女が去年の死闘を生き延びたのには、強運もあっただろう。

だが、それが運だけでないのは。

指揮手腕を見る限り、明らかであった。

 

マリアが行ってから、カーラが来た。小首をかしげて、不思議そうにしている。

多分、マリアはどこに行ったのだと言うのだろう。言えないから、態度で示す。カーラは喋ることが出来ないが、雄弁だ。

「あいつは魔物を知るために、アリアンロッド師団長に連れられていったよ」

アリアンロッドのことは、カーラも知っているはずだ。しばらく考え込んでいる様子だったが、やがて鉢植えを一つ持ってきた。

ここで育てている鉢植えは、殆ど実用品だ。緑化政策のために、強く荒れ地にも根を張る植物。美味しい実をつけたり、或いは葉を多く振らせて地面に栄養を増やすものなどが多い。

カーラが持って来たのは、小さな実をつける花の鉢植えだった。もう花は枯れて、しばらくすると実が出来る。

これの実は栄養価が高い。だいたいの意図は分かった。

「マロン、この鉢植えを、アリアンロッド師団長の所に送ってくれ。 マリア宛てだ」

「分かりました」

マリアは、少なくともカーラの心は溶かしていたらしい。

人間社会の裏で蠢く、利権という化け物がなければ。

万物の霊長であるなどというおごりがなければ。

そればかりが痛恨だと、グラは思った。

先ほど、アリアンロッドに聞いたのだが、サタンとは古代悪魔の帝王を意味する言葉だったそうである。

皮肉な、話であった。

 

3、砲列苛烈

 

戦術的な勝利は、戦略的な優位にはつながらなかった。

メラクスの元には、続々と到着しつつある敵の規模が、毎日のように伝えられていた。既に十五万の機動軍だけではどうにもならない兵力になりつつある。

グラント帝国の正式軍団が既に六つ、三十万。これに再編中のユキナの義勇軍が現在四万五千というところである。そして、アニーアルスの八万五千が加わり、なおかつ西進中の敵軍が最低でも五十万以上いる。

絶望的兵力差。

しかし、それはフォルドワードでもさんざん味わってきたことだ。

更に、戦線の再編成が進み、現在守備部隊が六万を超えている。ソド領駐屯の軍と併せると、十二万という所だ。更にこの数は増員できる。機動軍と併せれば二十七万であり、運用次第では充分に活用できるだろう。

問題が二つある。

一つはいうまでもなく勇者だ。銀髪の双子がいる間は、義勇軍は寄せ集めとは言え無視し得ない戦力である。しかもユキナという女、相当なカリスマを備えている。指揮能力も既に並みの敵将よりも高いようだし、勇者を最も効率よく活用してくるだろう。

もう一つは、敵の海上戦力だ。

かろうじてオケアノスの配備が間に合ったとは言え、敵の海軍に此方の南岸を荒らされると面倒である。出来ることなら、早めに海戦で、敵の出鼻を叩いておきたいところであった。

キタン軍七十万と向かい合っているヨーツレット元帥は、当然此方に支援など出来ないだろう。どうにか単独でやりきるしかない。

幸いにも、ベヒモスの改良型をはじめとして、強力な補充兵は続々と配置されてきている。欲を言えば、もう一個軍団が配備されれば。しかし、エンドレンにいる敵の大軍勢を考えると、これ以上軍団長をキタルレアに回すのは無理だ。フォルドワードにいる部隊は遊兵になってしまうが、しかし戦略的には意味がある存在なのだ。

新しく配備されたベヒモス改の背中に上がる。見回すと、実に周囲の光景が美しい。

デザインは前と同じだが、大きさが二回りほど小さい。しかしその分動きは素早く、なおかつ防御力は落ちていないようだ。中には小型の船も埋め込まれていて、前回同様内部に兵士や物資を格納できる。前回ほどの大容量ではないが、それでも五百体くらいの補充兵を収納できるのは大きい。

このベヒモス改が五体、既に前線に配置されている。

只気になるのは、敵の120インチ砲も既に十機以上が、前線で確認できると言うことだ。

アレは下手をするとガルガンチュア級戦艦よりも更に製造が大変に思えるのだが、それをどうクリアしているのかがよく分からない。エル教会の背後にいる存在が、どうも厄介らしいと言う話はメラクスも聞いているのだが。それに関係することなのだろうか。

「メラクス軍団長」

「サンワームか。 どうした」

「敵が南のイシ砦を攻撃しています。 規模は一個師団程度かと」

「戦況は」

一進一退だという。

イシ砦はそもそも、三千の兵が詰めている拠点の一つである。旅団長が一名、連隊長が四名おり、アシュラ型も四匹が配置されている。この戦力であれば、一個師団による攻囲くらいは、余裕を持って耐え抜くだろう。

問題は、当然敵もそれくらいは理解している、という事だ。何かしらの詐術の可能性が高い。

「ラピッドスワローを展開。 敵の動きを把握しろ。 念のため、サンワーム。 お前の師団を、すぐに動けるようにしておけ」

「心得ました」

ミミズのようなサンワームは、移動が意外に早い。体をのたうたせるようにして、地面を驚くべき速さで進んでいく。

一方で、地中に潜る機能はついていないらしい。どこからどう見てもミミズなのに、面白いことである。

ラピッドスワローを出してから、すぐに報告が届く。

「敵、120インチ砲が動き出しました!」

「どう動いている」

「三機が、イシ砦に向けて前進中! それに併せて、四機が補助のために動いている様子です!」

「見過ごすわけにはいかんな」

ベヒモスを反転させる。

あの120インチ自走砲という兵器、鈍足で自分の守りに弱点がある事は見れば分かる。つまり、存在自体が脅威になる反面、接近できれば鹵獲も破壊も難しくはないという事だ。

敵がイシ砦に大兵力を集中しようとする意図はよく分からないが、いずれにしてもこれは何かしらの戦略的な意図があるとみて間違いないだろう。

少し前に、アリゲータの師団は南に移動させた。丁度イシ砦の辺りにいるはずで、守りそのものは問題ないだろう。

自分の師団と、あともう一つ。機動軍がいると、メラクスは判断した。

「カイマンは」

「今、此方に向けて進軍中です」

「よし、合流し次第、敵の120インチ砲に攻撃を仕掛ける。 ベヒモスはおとりとして使う」

魔王から貰った斧の石突きで、どんとベヒモス改の背中を叩く。

そして尻尾のタラップから降りながら、敵の陣形について説明を受けた。ごく普通の魚鱗陣を敷いている。つまり、120インチ砲を守る態勢だと言うことだ。

120インチ砲の射撃範囲は、何度かの小競り合いで確認している。イシ砦に接近させると面倒だ。中途で叩く。

ただし、当然横やりには注意する必要がある。だから四個師団を集結させるのだ。

「集結しつつある敵の総数は十五万を超えます。 敵の兵制では三個軍団です」

「ふん、かまわん。 この辺りで、グラント帝国とやらに魔王軍の恐怖を叩き込んでくれるわ」

斧を振るうと、周囲の部下達が歓声を上げた。

士気は高い。

 

カッファーは、憮然として腕組みしたまま、指揮車両と決めた120インチ自走砲の司令室に座っていた。

巨大な機構を持つこの兵器は、文字通り陸に上がった戦艦というに相応しい。元々、グラント帝国の技術力で作れる存在ではなく、エル教会から最近提供された技術によって素材の軽量化と硬度強化を実現し、ようやく地上を走れるようになったものである。

司令室は広く、周囲の様子が一望できるように、壁にはモニタと呼ばれる映像展開装置が並んでいる。

不機嫌そうな司令官に、部下達は戦々恐々の様子だが、これでいい。

司令官は恐れられてなんぼだと、カッファーは考えている。孤独なこの男にとって、他人は支配するか搾取するか、その二つしか無い。友情などまやかしだとさえ、カッファーは考えていた。

孤独な貴族の社会では、ちょっとした油断がすぐ命取りにつながる。成人した頃には、既にカッファーはそれを痛感していた。友情と呼ばれるものさえ、政治的な行為である事が多いのである。親友とされる者達が、実は裏で利権によって結びついているだけというような事例は、カッファーも腐るほど目撃してきていた。

「敵、集結しつつあります!」

「数は」

「機動軍がおよそ八万。 守備隊も三千から五千に増強されているようです」

「一時攻撃隊を下げさせろ」

さて、まずは敵の航空攻撃を無効化してやるとするか。

120インチ砲は、敵軍団長を葬るために、そして何より敵の分厚い守りをアウトレンジから貫通するために開発されたものだ。エンドレンで開発されたこの兵器が、キタルレアのしかも南部戦線という二線級の戦場で初投入されるというのも、おかしな話ではあった。

あまり移動は早くないが、それでも馬車などよりよほど快適である。

そもそも今回の大規模攻撃は、どうやら皇帝の到着が予定より早いらしい、という情報を得たからである。今のうちに、ある程度の戦果を上げておかないと、後々が面倒な事になる。

そんな理由で部下を使い捨てることになるのだが。

別に、カッファーは部下など道具以下としか思っていなかったから、何の痛痒も感じていない。

「敵、姿を見せました。 メラクスが自ら率いている様子です」

「位置は確認できるか」

「いえ、確認できません」

「ならばまずは対空迎撃が先か」

空に、無数の敵影。

鳥が巨人を掴んで飛んでいる。あの巨人が、大火力に特化した奴である事は、既に周知の事実である。

だが、夥しい戦果を上げられるのも、今日が最後だ。

「対空炸裂弾、準備。 対空40インチ砲、確度高射」

「対空40インチ砲、発射準備整いました!」

「よし、攻撃開始!」

120インチ砲の周辺に展開している、斜め上に砲角を向けている大型大砲。これこそ、魔王軍の航空攻撃に対抗するべく、エンドレンで開発された対空砲だ。元は25インチだったらしいのだが、これも120インチ砲を作成するのに用いた技術によって大幅に強化してある。

一斉に、40インチ砲が火を噴く。

中空に打ち上げられた砲弾が、炸裂。細かい鉄の弾を、周囲にばらまいた。

ものすごい音が響いているのは、あの巨鳥が、防御術式で防ぎに掛かっているからだろう。勇者の砲撃さえ防ぎ抜いたと聞いているが、残念ながら。人間の兵器は、既に魔術を上回りはじめている。

一匹、バランスを崩す。そのまま、きりもみに落下した。

鉄の弾はそれぞれが、大砲の弾に匹敵する速度で飛ぶ。小さいとは言え、それが無数にである。本来なら蜂の巣になるところだろうが、墜落する程度だというのが、連中の防御力の高さを裏付けている。

第二射。

既に守りがやっとの敵が、次々に落ち始めた。

「敵接近! 左翼に錐陣で突入してきます!」

「押さえ込め」

無造作に指示を出しつつ、カッファーは手元にある茶を呷った。

無敵を誇った敵の航空軍が、なすすべ無く右往左往しているのは実に愉快である。既に敵の爆撃を恐れる必要は無い。

 

そろそろ、敵も対空攻撃能力を身につけてくるだろう事は、メラクスも分かっていた。

だからこそ、地上部隊が支援しなければならない。メラクスは自身が先頭に立ち、敵軍へと突撃を開始した。

手にしている、魔王から受け取った光の斧。刃が魔術で構成されており、敵を斬る度に爆発を巻き起こす。跳躍して、敵兵の頭上から斧を振り下ろす。爆発が地面を砕き、敵兵が人形のように吹っ飛んだ。走り、振るい、前線を蹂躙する。部下が追いついてくるのを横目に、敵の大砲に、斧を振り下ろしていた。

大砲が爆発して、木っ端みじんになる。

周囲は阿鼻叫喚の有様だ。既に味方が敵を蹂躙しつつある。敵兵は逃げに掛かっているが、その分敵の中枢部に乱れが生じる。まさか敵のど真ん中に、120インチ砲を叩き込むわけにもいかないだろう。やりかねないが、やったとしても、効果は薄くなる。

メラクスの二万は、敵の前衛を文字通り蹴散らした。更に敵の中枢に食い込む。

砲列が、連続して炎を噴いているのが見えた。航空部隊を支援するためにも、あれを潰しておかなければならない。

「地上のアシュラ部隊は」

「今、ベヒモスで此方に移動中。 そろそろ砲撃範囲内に入ります」

「よし、もう少し敵の前線を蹂躙するぞ。 背を見せた敵には構わず、向かってくる奴だけを叩き潰せ。 そうすれば、敵を効率よく混乱させることが出来る」

見ると、グラント帝国の兵士達は、かなり軽装である。そういう意味では、エンドレンの連中と同じなのかも知れない。

武器として、剣や槍を使っているか、大砲が主力となりつつあるかの違いだろう。この分だと、そのうち携行できる砲がもっと敵には普及して、更に敵は軽装になっていくのかも知れない。

一方で、義勇軍は未だに剣や槍が主体だ。その代わり魔術がそれなりに多く戦場で飛び交っている。装備がかなり違うが、メラクスが見たところ、あんまり戦闘能力に差はない。むしろ人間の強さで言えば、グラント帝国の兵士の方が脆いように思えるくらいである。

まだ若い兵士が、細い剣を持って躍りかかってきた。斧の柄で剣を受け止める。

近くで見ると女だ。鼻を鳴らすと、当て身。すごい吹っ飛んで、転がった。鍛え方がなっていない。

殺すのは他のに任せようと思い、メラクスはそのまま傲然と進み出る。大砲。此方に砲口を向けているのが見えた。

違う。

向こうに、凄まじい数の砲列が見えた。確か10インチ砲とか言う小型の移動型大砲だ。

なるほど、この部隊を見捨てたか。

連隊長級が慌てて前に出て、全力で防御術式を展開する。アシュラ型はまだかなり遠い。

「ふん……」

人間にとって、同胞とは使い捨てるための駒であるあるらしい。

猛烈な火力を浴びながら、メラクスはそう思った。

 

「敵、クロスファイヤーポイントに入りました!」

「よし、斉射」

「まだ、第七師団が敵と交戦中ですが……」

「まとめて吹き飛ばせ」

カッファーの指示を受けた伝令が、前線に指示を出す。

勿論、命令の拒否は許さない。第七師団には象徴的な存在として兵士達に慕われている司令官もいるが、関係ない。まとめて死ねば良いのである。

そうすれば、カッファーがより権力を握りやすくなる。

そういう風に考えられない奴は、グラント帝国の貴族社会で生きていけない。その競争原理が、腐敗しながらも、大陸東にある強国群の中で、唯一の貴族国家でありながら最強を保ってきた原理でもある。

およそ1000門に達する10インチ砲が一斉に火を噴き、敵陣に殺戮の雨をまき散らした。

戦場がまとめて吹き飛んだような光景である。

第一次斉射が終わると、凄まじい煙が戦場を覆い尽くしていた。だが、カッファーは念には念を入れる。

「120インチ自走砲、前進」

「前進します」

敵は今のでかなりの損害を受けたはずだ。其処に、120インチ砲の火力を叩き込み、とどめを刺す。

煙が晴れてきた。

おもわず、カッファーは茶を淹れた碗を落としていた。

其処には。

巨大な獣がいた。

「斉射、効果無し!」

「おのれえええっ! 牛風情がああああっ!」

立ち上がったカッファーは、120インチ砲の装填を命じる。

今の斉射で死んでおけばよかったものを。こうなったら、グラント帝国軍の全力をもって、踏みにじってくれる。

「他の軍団も集結させろ! 一気に敵の機動軍に致命傷を与える!」

 

ベヒモス改が、悠然と其処には立ちふさがっていた。

尻尾のタラップをぱたぱた駆け下りてくる影。短髪にしている、だぶだぶの軍服姿。元気が体中から溢れまくっている姿は。

「メラクス軍団長−!」

「アリゲータ師団長か」

今の斉射を、ベヒモスを盾にして防いだか。そういえばベヒモスはかなり速度が上がっているのだった。中に荷物を搭載しなければ、更に早く動く事も出来るという訳か。

しかし、流石に1000近い砲による打撃で、無事には済まなかったらしい。その場で横転し、動きを止める。

無言で、メラクスは敬礼していた。勇敢なる戦士の最後には、敬意を払うべきだ。

「……よし、反撃開始だ」

「おや? 軍団長、其処に転がってる人間は?」

「ん? ああ、さっき俺に挑んできた奴だ。 生きていたのか」

強運な奴である。まあいいだろう。

今の死地を生き延びた奴だ。メラクスに斬りかかってきたという意味では、二度の死地を生き延びたという意味でもある。殺さずにおいてやる程度の慈悲を与えてやっても構わないはずだ。

「適当に牢にでも放り込んでおけ。 情報を得られるかも知れん」

「分かりました!」

「カイマンは」

「予定通りに行軍中です!」

さて、ここからだ。

ベヒモス改は一匹潰されたが、味方の戦力はまだほぼ全てが健在。敵の十五万はかなり損害を出しつつも、既に態勢を整え直している。

そして、恐らく敵にとって、今のクロスファイヤーは相当に自信があった作戦の筈だ。怒りを刺激されて、大規模な攻勢に出てくる可能性が高い。

ならば。

ここで此方も勝負に出る。

ただ、このタイミングでどうして敵が仕掛けてきたのかが分からない。それが、不安要素として、メラクスの脳裏にあった。

そのため、機動軍の全軍を出せない。本当はサンワームも残したいくらいなのだが、奴は副将として、別働隊を指揮させても良いし、判断を補佐もさせたい。ソド領にはパルムキュアがいるし、まあどうにかはなるだろう。ちょっと不安ではあるが。

この辺りは、守りの不利だ。

敵の軍に大打撃をこの機会に与えておきたい。そうすれば、攻勢に出ることが出来る。

西ケルテルは義勇軍が守りを固めているが、更に南の南部諸国は、はっきりいってガタガタだ。グラント帝国の軍勢に半植民地化され、難民が右往左往している状態である。つまり、グラント帝国軍を打ち払ってしまえば、赤子の頭を撫でるかのように制圧できるだろう。

突撃を、開始した。

敵の砲列は、まだ再装填が終わっていない。一気に前線を食い破る。

高々と跳躍したアリゲータが、敵の後方に攻撃用の術式を連続で叩き込む。

恐らく、火薬が誘爆したのだろう。

盛大に、敵陣に火花が上がった。勝てる。そう思ったが、伝令が来た。

「敵、北、南、双方から殺到してきます! 数は二十万、いや二十五万を超えるかも知れません!」

「ほう……」

敵の一軍団は、今此方の機動軍によって駆逐されつつある。

だが、南北から二十万を超える軍勢に挟まれると面白くない。更に敵の後方には、最低でも無事な軍団が二つ控えているのだ。

「よし、ベヒモスを前に。 後退しつつ、追撃の軍勢を削り取る。 攻勢はここまでだ」

「メラクス軍団長が、引くんですか?」

「俺もいつまでも猪武者じゃない。 ここは敵を引きつけて、アシュラ型で打撃を与えつつ、戦線を伸ばす。 勿論それだけではなく、敵の動き方次第では、他の手もある」

駆け引きのやり方は、嫌でもあの地獄の戦場で叩き込まれた。

人間は戦争を種族そのものの特性にしているような生物だ。遊戯などにまで、戦争の要素が含まれている。

だから、戦うには、連中のやり方を覚えるしかない。

ベヒモスが来る。駆逐した敵軍団の残骸を踏みにじりながら下がる。最後尾に置いたベヒモスは、多少不格好ながらも、アシュラを背中に満載し、敵に猛烈な火力を浴びせながらバックしはじめた。

無数にある足の一つに、敵の砲撃が着弾。

勇者の攻撃でもどうにもならなかったベヒモスが、悲鳴を上げた。

ベヒモスの足が、根元から引きちぎられていた。

 

「この120インチ自走砲はなあ。 貴様ら魔王軍の軍団長を狙撃し殺戮するために作り上げた我が軍の最終兵器だ。 後退戦術による縦深陣への誘因など、通用しないと思い知らせてくれる!」

既に、叫んだカッファーの目は充血で真っ赤になっている。

怒りが、そうさせていた。指揮シートで立ち上がっているカッファーは、巨獣三匹を並べ、その火力で追いすがる軍を薙ぎ払いながら後退している敵を、そのまま勝ち逃げさせる気はさらさら無かった。

既に六機の120インチ自走砲が、敵を射程に捕らえている。

「叩き潰せ!」

カッファーが叫ぶと同時に、六機の120インチ砲が、同時に火を噴いた。

この巨大な砲は、砲台そのものもとんでもなく巨大だが、それが故に運搬のための機構も巨大を極めている。発射の際の音も凄まじく、側にいる兵は耳を塞がないと鼓膜を破られるほどだ。

それが六つ、同時に火を噴いた。

二発が、巨獣に着弾。一発は足を一つ吹き飛ばし、もう一つは顔面に着弾した。顔面は効果が薄い。だが、足は完全に吹き飛ばした。

「射撃地点修正! 真ん中の奴を集中的に狙え!」

「斜角修正! 装填完了!」

「よし、てぇっ!」

同時に再び、六機の120インチ砲が火を噴く。

虚空に長大な赤い線が六つ出現し、それが巨獣へ伸びた。爆裂。地面が吹き飛び、土塊が周囲に飛び散る。

敵が態勢を崩す。

敵空軍が来た。体制を立て直し、巨人を大勢ぶら下げている。

追いすがろうとした味方の前衛に、更に火力の滝が浴びせられる。だが、さっきの対空弾を警戒してか、それほど攻め込んでは来ない。

「巨獣のダメージは」

「また足を二本吹き飛ばしました。 かなり動きが鈍くなっています。 苦しんでいる様子が見えます」

「そうかそうか。 ならば顔面を狙え。 頭を潰せば死ぬ」

あの巨大な動物が死ぬところは、さぞ面白そうだ。怒りが徐々に愉悦へと切り替わっていく。

軍人の楽しみの一つは狩猟だ。逃げ切れると野獣に思わせ、嬲り、そして最後に仕留める。逃げ切れると思って走る獣の背を撃つのは実に面白い。

よくしたもので、貴族の中には奴隷を使って同じ遊戯をする連中がいるそうだ。流石にカッファーはそこまで落ちていないが、気持ちは分かる。

もう少し、敵の退却を足止めすれば。

南北から、今まで到着を公表していなかった部隊が集結する。既に四十万を超える兵力が、この周辺に展開しているのだ。後は、八万程度の敵を、数の暴力で押しつぶすだけだ。多少の戦術的優位だの、経験だのは、兵力の前には無力だ。

「第三射、準備整いました!」

「よし、殺せ!」

デスクを叩く。

同時に、三発目の斉射で、敵の巨獣の顔面に六発の120インチ砲弾が直撃した。

見事な練度である。頭も吹き飛んだ。

大量の肉塊が周囲に飛び散っているのが分かる。頷き、カッファーは右側の巨獣にも、攻撃を加えるように指示を出そうとして。

そして、衝撃に、床に投げ出された。

「何ッ!?」

「敵の奇襲です!」

モニタに映る。

人間によく似た小さいのが、光を放つ剣を振り回して、当たるを幸いにグラント帝国軍の兵士を切り払っているのが見えた。敵の正式一個師団、二万。こんな奥に伏兵していたのか。或いは。今の斉射の隙を突いて、至近まで潜り込んできていたのか。

それだけではない。

敵が全前線で、同時に大胆すぎるほどの攻勢に出てくる。

まだ、軍団が集結するまで、時間が掛かる。思わず、カッファーは帽子を床に投げつけていた。

カッファーの乗っている120インチ砲の左側に配置されている別の120インチ砲に、敵が無数にとりつくのが見えた。光の剣を持った子供みたいのが入り口を剣で切り破り、内部に突入する。凄絶な笑顔が、カッファーに浮かぶ。

「あれを撃て」

「しょ、正気ですか! あれにはカヴァール師団長が!」

そういった参謀は、カッファーによって首をはね飛ばされた。血だらけの剣を向けて命令する。

「良いから吹き飛ばせ! 命令を伝えないなら、次はお前を殺すぞ!」

 

見る間に、大乱戦になった。

この時点で、既に敵の動きは読めた。機動軍に打撃を与えるための会戦。徐々に参戦兵力を増やし、一気に全軍を投入して叩き潰す。

それを理解したメラクスは、出を控えていた機動軍全てに、情報通信球を使って指令を出し、南北から移動しつつある敵に奇襲を掛けさせた。

機動軍は全て出払うが、守備部隊もいる。だから、ここは乾坤一擲の勝負になる。

アリゲータが、120インチ砲を一つ制圧。中に乗っていた人間は皆殺しにしたようだ。その周囲からも、敵の駆逐が進み始めている。

だが、敵の120インチ砲が、向きを変えはじめる。

まずい。だが、命令に従っているのは一機だけだ。あれさえ、先に落とせば。

「総員、俺に続け! あの敵砲を制圧する!」

生き残っていたベヒモスも進撃を開始。その支援を受けながら、メラクスは麾下二万と共に、突撃を開始した。敵は守ろうと陣を組んでいるが、強引に噛み破る。魔族の力だけでは無理だが、今は多くの補充兵と、魔王がくれた光の斧の力がある。

中空にいるカイマンが、攻撃術を掃射。肩で息をついている。かなり疲弊が激しい様子だ。空いた穴に、味方が殴り込む。そろそろ、かなり厳しくなってきた。味方の疲弊は敵を強くする。

メラクスの体にも、矢が突き刺さる。

光の斧は、防御シールドを常時展開している。これが爆発を起こしても自分が傷つかない理由だ。だが、シールドには当然強度限界がある。斧を振るった瞬間は、シールドが消えもする。

正面。

野戦砲が放たれる。斧で防ぐが、シールドが食い破られる。メラクスも、蹈鞴を踏んで数歩下がった。

まずい。

だが、砲に飛びかかった味方の補充兵達が、一瞬早く敵を制圧した。

「もう少しお下がりください!」

「俺に構うな! それよりも、あの砲を制圧しろ!」

気付いたらしく、アリゲータがあたふたと押さえた砲から逃げ出すのが見えた。あれだけ達人級の腕前を持っているのに、どうしても鈍くさい奴である。

背筋に寒気。

その理由に気付いたメラクスは、呆然とし、そして慌てて周囲に叫んだ。

「まずい、後退しろ!」

「え? 敵の砲はもう間近……」

「良いから早くしろ!」

間に合わないかも知れない。だが、兵達を下がらせる。敵も、多分勘が良い奴は気付いたはずだ。

走る。出来るだけ早く。

味方も、慌てて逃げ出す。敵は唖然と、その姿を見送る。理由が分かっていない奴は、むしろ幸運かも知れない。

次の瞬間。

数発の120インチ砲弾が、多分総司令官が乗っているはずの120インチ砲に、直撃していた。

轟音と共に、木っ端みじんに砕け散る120インチ砲。

地面に飛び込んだメラクスは、まるで隕石でも落ちたような、敵陣の有様に愕然としていた。

「敵、後退していきます」

「損害判定でました。 我が軍の被害は、三千弱。 ただし、ベヒモス改を二体も倒されたのがかなり痛いですが」

「……人間は、化け物だ」

「え?」

何でも無いと、メラクスは、顔の泥をぬぐいながらぼやく。

あれが、120インチ砲で味方を吹き飛ばした行為が。権力争いの結果の謀殺だというのは、一目でわかった。こんな時でも、利権を巡って足を引っ張り合う人間とは、一体何だ。容姿で他者を全て判別するというだけでも怪物じみているのに、そんなに自分の利権を守るのが大事だというのか。

メラクスは、種族としての人間を怖いと思っている。今も、それには変わりは無い。戦士として、単独の人間は別に怖くない。だが、今、それは意味が無い。

メラクスはしばし呆然としていたが、自分に刺さった矢を抜く。

そして、自らの軍にも、死体を回収してからの撤退を命じた。

 

戦場の後方。

第七軍団の指揮砲にしている120インチ砲の定座で、命令してカッファーの120インチ砲を消し飛ばしたのは、テスラだった。もう一つの、敵に押さえられた奴も、その時ついでに破壊しておいた。

どのみちあの状況、冷静な判断力を失ったカッファーは死んでいただろう。それに、120インチ砲を敵に鹵獲させるわけにもいかなかった。だいたい、あのような若造に、いつまでも同格なのに顎で使われるのも不快極まる。

テスラは、人間の命など、ゴミとしか考えていない。

勿論、邪魔な人間の場合は、それ以下だ。

カッファーは闇の福音で人間を止めていた様子だが、あれでは生き残ることが出来るはずもない。既に丸焼きのバーベキューであろう。

「味方の損害は」

「およそ二万。 カッファー中将の部隊は壊滅です」

「だが、壊滅したのはその部隊だけだ。 これから来る軍団にでも分散して配置すれば良い」

テスラは、からからと乾いた笑い声を上げた。

グラント帝国は、一枚岩ではない。今も若い皇帝の下で、無数の権臣がしのぎを削っている状況だ。象徴という意味での皇帝がいるから、どうにかまとまっているのではない。まとまっている方が利権的に良いから、まとまっている国だ。

大貴族には、皇帝への忠誠など無い。他の列強に対抗するために、貴族同士でいざというときには連合する必要があるため、帝国という存在があるとも言える。エル教会の最も腐敗した部分と結びつきが強かったのも、都合が良かったからだ。

だから、こういう手も使う。

そしてカッファーは、老獪さが足りなかった。それだけである。

勝った方が正義になるのが、この業界だ。貴族でも、それは例外ではない。貴族の間では熾烈な陰謀合戦が日夜繰り広げられており、その醜悪さは目を見張るほどのものである。

ちなみに、カッファーの妻から、暗殺の依頼も来ていた。

理由は、カッファーの種ではない子供を次の当主に据えたいからだそうだ。まあ、貴族の世界では、いつも普通に起きている程度の事である。他に比べて、特に邪悪でも退廃的でもない。

実は、テスラはもしカッファーが敵軍を殲滅できたら、殺さないでおこうとは考えていた。だが、残念ながら、カッファーは破れた。もう少しでメラクスに殺されていただろう。それならば、名誉の戦死にしてやった方がましだ。

撤退してきた軍をまとめる。損害は二万千六十七。破壊された砲はかなりあったが、鹵獲された兵器は少ない。

それで良い。

テスラは皇帝から命じられている。

本隊が到着するまでは、敵の力量を正確に計ることだけに専念しろと。幾つかの戦いで、充分にデータは取れた。カッファーはそれを守れなかった。他の軍団長に手柄を取られることを、恐れていたのもあったのだろう。

敵は恐らく、攻勢には出てこない。後は前線を固めて、本隊の到着を待つだけの楽な仕事だ。

そうすれば、テスラに接触を持ってきたあの存在が、全てを終わらせてくれる。

皇帝は、意外に頭が良い。まあ、人間を止めた影響もあるのだろう。くつくつと、テスラは笑った。

「敵、防衛線まで戻りました。 領土を広げようとする様子はありません」

「そうか。 我が軍も、兵を整備して、陣地を固めよ。 それだけでいい」

この消極は、停滞ではない。

そして、これが終わったとき。テスラはグラント帝国の元帥となり、百万を超える軍勢を統べる指揮官として君臨しているのだ。

もう年老いた身だが、野心は未だに、テスラの体内で燻っていた。

 

4、とらえられた者

 

滅茶苦茶に蹂躙される部隊。魔王軍の兵士は近接戦で圧倒的に強いとは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。

無理矢理に徴兵された。

地元で、カリスマとされていたのが災いした。だから、師団長などと言う地位に祭り上げられてしまった。グラント帝国が、属州で徴募した兵士達をまとめるために、時々使う手だった。

それでも、戦場に行く兵士達を励ました。帝国でも、属州民が頑張れば地位を上げてくれるし、待遇も良くしてくれる。属州から、州に格上げされた例もある。そうなれば税も安くなるし、家族に楽をさせられる。

夢だ。分かっている。

だが、夢がなければ、皆は生きられない。脱走者が出れば、部隊ごと処断される事もある。

或いは、手柄を立てれば、早めに帰ることが出来るかも知れない。既に戦況は泥沼だと聞いていたが、エル教会が凄い武器をたくさん支給してくれているという話もあった。

しかし。戦場に出てみて、それが甘い希望だと、一発で分かった。

敵の指揮官が恐ろしく優秀なのは、すぐに分かった。味方よりも明らかに動きが速い。技術力だけで押し込んでいる味方は、数で対抗はしていたが、しかし接近戦を挑まれるとひとたまりもなかった。

そして、自分の部隊が、前線に立たされた。

「起きろ」

何か気味が悪いもので撫でられた。

目を覚ます。

ぼんやりと、周囲が見えてきた。ひときわ強そうな奴を見つけて、斬りかかったことまでは覚えている。でも、その先が分からない。

後ろ手で縛られている。足も。

そして、目の前には。

一つ目の、何かよく分からないのがいた。体中が触手で構成されているようだ。

きっと、魔王軍だ。

「名前は」

「……ジャンヌ」

「そうか。 私の言葉は、分かるな」

服を剥がされているようなこともない。相手からは、殺気も感じなかった。

だが、怖い。

根本的に姿が違う相手だ。魔物は人間の肉を好物にするという話もある。頭から囓られるのは、やはり嫌だった。

「お前は二度の死地を生き延びた。 一度はメラクス軍団長との戦い。 その次は、お前のいた軍勢に向けての、敵の一斉砲火だ」

なんだそれは。

捨て石にするのは分かっていた。だが、まさか、砲火で皆殺しにしたとでもいうのか。

「お前の部隊は半分ぐらいが死に、残りは逃げ散った」

「半分、ですか」

「そうだ」

淡々と話すと、そいつは何処かに行った。

それで、やっと気付く。牢の中にいると。牢は過剰なほどに頑丈で、魔術による防御も掛かっている様子だ。

水滴の音。地下なのだろうか。

辺りは石造りかと思ったが、洞窟を改装しているらしい。なんだか、魔物の城なのだろうか。

しばらくして、また魔物が来る。

手足の縄を解いてくれた。排泄用の穴が隅にあると教えてくれる。そして、食事も入れてくれた。人肉でも喰わされるのかと思ったが、意外に普通の野菜炒めである。食べてみるが、味も悪くなかった。

手足が自由になったので、辺りを触ってみる。

魔術は、突破できそうだ。

生まれつき、ジャンヌはとても魔力が強かった。魔術の才能もあった。

だが、属州民だったから、学校には行けなかった。その代わり、地元の古老達が、いろいろな術を教えてくれた。

十七才になる今では、既に地元では戦女神と呼ばれるほどに腕を上げていたが。

あの戦場では、誰一人守れなかった。

悔しい。

帝国の連中にも、無力な自分にも、怒りがわく。

不思議と、戦って皆を殺した魔王軍には、あまり怒りを感じなかった。

数日牢に入れられて、色々詰問された。正直な話、触手の怪物は非常に紳士的で、なおかつ話も丁寧に聞いてくれる。一度、殺して食べるつもりかと聞いたが、笑って応えてくれた。

「我らは魔物の中でもちょっと特殊でな。 殆ど何も食べんのだ」

「え……」

「それに、まずいことで知られる人肉を好きこのんで食べる魔物なんか、そうそうはいないだろうな」

なんだか、何もかもが違う。

予想していた魔物は、もっと邪悪で、気味が悪くて、悪意の塊で、人間を喰っている連中ばかりだと思っていたのに。

しばらくして、牢から出される。

もう、情報は取ったから、必要ないと言うことだった。剣も返された。

それだけではない。魔物は、わざわざ国境まで送ってくれた。途中の経路は目隠しされたが、不安はあまり感じなかった。

目隠しを取りながら、魔物は言った。

「普通、人間とは出会い頭に殺し合いになるからな。 話すことはまず無い」

「……どうして、帰してくれるんですか」

「メラクス軍団長のご意志だよ。 まあ、あんまりにも御前さんが強運だったから、気を利かせてくれたんだろうさ。 特例中の特例だな。 だが、軍団長は人間の事が大嫌いだから、礼を言っても喜ばないだろうよ」

さっさと行けと追い払われる。

何度か振り返りながら、ジャンヌは荒野を東に歩いた。

なんだか、夢を見ていたかのようだ。ぼんやりと歩いている内に、軍勢が見えてくる。グラント帝国軍ではない。

聞いている。ユキナという女が女王を名乗って率いている、義勇軍という奴だ。

激戦が行われたはずなのに、辺りには気味が悪いほど何も死体がない。

走り寄ってきたのは、まだ若い女だ。髪の毛は銀髪である。そして、殆ど同じ顔をした銀髪が来た。双子だろうか。

「お姉ー! こっちこっち!」

「生き残りか」

「うん。 でも、隠れていた風には見えなかったけど」

「あなた方は?」

顔を見合わせる双子。

「わたしはシルン、そっちは姉のイミナ」

「! 銀髪の乙女と、勇者」

「そうも呼ばれているな」

顔は同じなのに、雰囲気はまるで陽と月だ。こうも違う双子は珍しい。体型からして、戦闘スタイルも真逆に思える。

しばらくぼんやり周囲を見回した後、聞く。

「戦は、どうなったのですか」

「勝手に仕掛けたグラント帝国軍は、二万の死者を出して敗退。 死者の内五千以上は、最前衛にいた師団のものだって」

「私、その師団の長でした」

涙がこぼれてくる。

何でだろう。今更に。

人間の中に戻ってきて、やっと現実が認識できたから、だろうか。

マントを掛けてくれる。子供のように泣きじゃくることもない。ただ、止まることがない涙を、何度となくぬぐった。

もう、グラント帝国軍には戻れない。

戻れるはずがなかった。

 

誰もいなくなった荒野に、呪詛の声が響く。

地面の下から這いだしたのは、もはや形容も出来ない存在。人間だったのか、そうであったのかさえも分からない。

「オノレ……テスラ……!」

側には、撤退的に破壊された120インチ砲の残骸がある。

それを見ながら、肉塊と化した怪物はうめき、そして怒りの咆哮を上げた。

「殺してやるぞ、テスラァアアアアアアア!」

肉塊の名前は、カッファー。

生きていたカッファーは、身勝手な怒りに己を奮い立たせ、まずは力を得ようと周囲を見回す。

その肩を、誰かが掴んだ。

「貴方が、カッファー中将ですな」

「お前は……」

そこにいたのは。無数の人間が重なり合ったような、おぞましい肉塊。

そして、おそらくは、己と同類であった。

「私の名はフローネス。 我が主、聖主エル=セントが貴方をお待ちです」

いぶかしみながらも、どうしてか。その言葉には従ってしまう。

もはや人の形をとどめていないカッファーは、フローネスにつれられて、その場から消えた。

 

(続)