闇の福音

 

序、組み立て作業

 

テレポートを使える術者が、ここのところひっきりなしにミズガルアの研究所を訪れる。そして、毎回魔王が指示した、よく分からない道具を置いていく。マニュアルは後から来ることが多い。

魔王は年老いてから人間を止めたからか、とても達筆だ。ミズガルアが感心するほどだが、しかし。達筆すぎると、手書きのマニュアルは却って読みにくいことも多い。だから、送られてくる道具の機能を理解するのに、時間が掛かることも多かった。

巣穴と直結している研究所は、大形補充兵の製作が出来るように、拡大される一方だ。少し前に就航したオケアノス型の完成形も、ここから巣立っていった。今では量産体制に入っており、場所がどれだけあっても足りない。

その状態で、この組み立て作業である。

正直な話、マインドフレイヤ族の研究者達の間では、不満の声も大きい。だが、ミズガルアはこれが決戦兵器だと知らされているから、文句を押し殺して作業をしていた。

今度は長い棒のような道具が来た。大砲の一種らしいのだが、弾を撃ち出すための穴が存在していない。それを、円筒形をしている本体にくくりつける。最終的にはがっちりはまり込むらしいのだが、今は溶接して固定しなければならない。

前線を退いた大形の補充兵を、何名か回して貰っているが。それでも、作業ははかどっているとは言いがたかった。

「はあ、まだ部品が全然足りないよー」

思わずぼやいてしまう。二本の触手の先についている手で頭を抱えながら、ミズガルアはゆっくり設計図を見回す。

まだ半分以上の部品が届いていないことになる。

完成するとガルガンチュア級戦艦よりも大きな姿になるだろうこれの名前は、闇の矛。

この間人間側の、エル教会が起動した光の槌と対抗できる、唯一の存在だという。確かに、今はこれの完成を急がなければならない。

だが、補充兵の能力は全体的に上がってきている。

今の補充兵なら、光の槌とやらにも、対応できるのでは無いのかと、ミズガルアは思ってしまうのだ。

多くの補充兵の製作に携わり、その進歩を見てきたが故に。

不意に、近くに実体化するサソリのような姿。

バラムンクであった。

「ミズガルア軍団長。 ほう、順調のようですな」

「おかげさまで」

「今日は此方になります」

はさみで器用に掴んでいたものを差し出してくる。触手で袋に入ったそれを受け取った。

袋を開けてみると、小さな部品がぼろぼろ出てきた。どれも、言及されていた部品ばかりである。

どこから見つけてきたのはよく分からない。

バラムンクは隠密潜行を主任務にしているし、或いは人間の国から掠め取ってきたのだろうか。

「引きこもっているからよく分からないのですけどー、戦況は?」

「現時点では安定していますよ。 ただ、エンドレン大陸は、そろそろまとまるでしょうねえ」

「え?」

「エル教会の工作が実を結びはじめたようです。 軍人階級は絶対という風潮が崩れて、全体が一つの国として機能しはじめた、という事です」

それは、此方にとっては予想以上にまずいのでは無いのだろうか。

戦略の専門家では無いミズガルアにはよく分からないのだが、そうなるとまた数百万を超える軍勢が攻め込んでくる可能性がある。勿論此方も今回は充分な準備を整えているが、まだオケアノスの艦隊は整っていないし、兵力だって二百万には達していない。

くつくつと、嫌らしくバラムンクは嗤う。こういう行動が嫌われると、分かってやっているようだ。

「研究を急いでください」

「言われなくても」

けたけた嗤いながら、バラムンクは消える。

大きくため息をつくと、触手を頭上で打ち合わせて、働いているマインドフレイヤ族の研究者達を集めた。

彼らは自分たちが補充兵作成のエキスパートだと思っているが故に。

たとえ魔王の命令であり、決戦兵器だと知っていても、闇の矛のことを良く思っていない様子だ。

どちらかと言えば温厚なマインドフレイヤ族だが、逆に言えばそれが故に、鬱屈も溜まるのである。

「今日から、少しペースを上げます。 ちょっときついと思いますけど、頑張ってくれますかー?」

「魔王陛下のためであれば」

それが無ければ、やっていられないと言われているのも同じであった。

挙手したのは、かなり高齢のマインドフレイヤ族である。第六巣穴にいるシャルルミニューネの姉妹だという老婆だ。

「ベヒモス型の増産計画について、提案があります」

「提案とは?」

「人類側が不死兵を作成したことで、ますます数の不利が指摘されてきていますが、不死者を効率よく駆逐するのに使えそうな案を思いつきました。 ベヒモス二型に搭載することをお許しいただきたく」

ベヒモスには、クリアしなければならない問題がいくつもある。最大の問題は、大きすぎる作成コストだが、それが更に増えるようだと本末転倒だ。だが、人間に対する移動拠点として有用だという評価もあり、事実ヨーツレット元帥は数匹貰えないかと言ってきている。

案について聞く。

二本の触手で腕組みして、考え込む。

コストは更にかさむ。だが、そもそもベヒモスは小型化する予定で、それの成功次第では、上手く行くかも知れない。

「分かりました。 小型化が先ですが、試してみてください」

「直ちに」

元々、皆はとても研究熱心だ。だから、モチベーションが上がることを言ってあげれば、嫌なことを目の当たりにしていても、やる気を取り戻す。

ミズガルアも、それは同じであった。

 

1、西ケルテルの現状

 

続々と押し寄せる難民の対処に、ユキナが苦労しているのが分かった。ようやく戻ってきたユキナは精根尽き果てたようだったが、それでも休んでいる暇など無い。ボルドーなどの側近も、露骨にやつれ果てていた。それだけ、ひどい仕事の状態なのだと言える。

既に西ケルテルの人口は、百万を軽く超過している。当然のことながら、着の身着のままで逃げてきた民も多いのだ。

彼らに仕事を与え、食料を与え、さらには魔王軍を迎撃するための軍備も整えなければならない。

幸いにも、物資だけはそれなりにある。

南部諸国の西側が、完全に魔王軍の手に落ちたことに泡を食った各国が、物資を送り込んできたからだ。キタンやグラント帝国からの物資も、ある程度はある様子だ。

問題は住む場所と、難民達の生活。それに、諍いなどの調停であった。

極限状態をくぐり抜けてきているから、誰もが殺気立っている。そんな中、激発が起こらなかったのは、ユキナが陣頭指揮で難民達の世話をしていることが誰の目にも明らかであった事と、銀髪の勇者として信望を集めるシルンが、領内を見回って民の安心を誘っていたからだろうか。

イミナは、西ケルテルの王城から城下を見回す。

多くの民が押し寄せたことで、完全にスラムと化している。

かって、フォルドワードで、彼女が暮らしていた街のように。あんな場所で、師匠に拾われたのだった。

難民の幾らかは、アニーアルスで引き受けることが決まっている。アニーアルスは人口が少ないこともあり、むしろ労働力は欲しい位なので、願ったりなのだろう。ただし、働き手の幾らかは、そのまま兵士になる事が予想された。

王弟はしたたかな男だ。マーケットを失っても、ただでは起きない。

呼ぶ声に振り返ると、レオンだった。

「病気が流行したら手がつけられなくなる。 早く上水の確保と、下水の処理が出来るように水路を作らないと危険だ」

「グラント帝国の兵士達は」

「連中は国境で睨みをきかせているだけだ。 義勇軍でやらなければならないだろうな」

忌々しげに、レオンは呟いた。

グラント帝国から、援軍が送られてきたのはありがたい話だ。数も五万と相当な規模である。

ただし、その代わりに。

グラント帝国の将軍であるカッファー中将は、ことあるごとにユキナに要求をしては困らせているようだ。国政に食い込もうという姿勢も、露骨に見せている。

現在、義勇軍は再編成の途上だ。ユキナにも、カッファーに逆らう力は無い。

勇者の存在が、どうにかユキナを女王としての地位に置いているが、シルンがここを離れたらそれも危ないだろう。

城下に出る。

プラムが、剣を使ってスパスパと石材を切っていた。周囲で歓声が上がる。まるで定規か何かではかったかのように、石材がさいの目に刻まれているのだから当然か。作業が相当に短縮している様子だ。

プラムも成長している。

歴戦で相当な経験を積んでいるし、身体能力の上昇も著しい。能力も、前よりも更に使いこなせるようになってきている。

此方に気付いて、プラムが手を振ってくる。

「イミナさん、どしたの」

「様子はどうだ」

「みんな殺気立ってるよ。 水も行き渡ってないみたいだし」

「早めに水路を作らないと危険だな」

西ケルテルは、あまり発展した国では無かった。インフラ周りの整備も良くない。

近くに川が流れているのに、首都には水路も無い。それぞれの民が、井戸から水をくみ上げている状態であった。

当然衛生状態は最悪であったようだ。さんざん疫病も発生したらしい。

今、これだけの難民がいる状態で、疫病が発生したら、それこそ何万という死者が出ることになる。

それだけは避けなければならない。魔王軍が来る前に、西ケルテルが瓦解してしまうからである。

レオンと歩きながら、水路の様子を見に行く。

無人地帯を掘り返すようにして、地面に溝が作られている。義勇兵が上半身を裸にして、突貫工事で働いていた。働いている中には、四肢を欠損した兵士も目立つ。

レオンが来ると、彼らは黙礼する。戦場でレオンに救われた者も多いのだろう。レオンの回復術もまた、プラム同様常識外の次元にまで成長してきている。この間は、ちぎれた腕をくっつけるのを、イミナは目撃した。

術式を使うエル教会の僧侶は多いが、多分今のレオンほどの使い手は一人もいないだろう。

工事を監督している中隊長らしい男に、レオンが話を聞く。聞こえてくる内容は、芳しくは無かった。

難民の中でも、力がありそうな者や、動けそうな人間は募って働かせているという。勿論報酬は出している。

だが、それでも手が足りていない。本来は数年がかりで行うような事業なのだ。せめてグラント帝国の軍勢が手伝ってくれれば話は別なのだが。

しかも最悪なことに、アニーアルスの軍と、グラント帝国の軍は、世辞にも仲が良くない。グラント帝国が、属国だとか人間の盾だとか、アニーアルスのことを見下しているからである。

だから、シルンのつてを使って、アニーアルスの軍を呼ぶことも難しかった。

「シルンの術式で、大がかりな発破を掛けられる場所は」

「そういう大味な作業は、もう終わりましてな。 後は只ひたすら、溝を掘って、それを整備して、それの繰り返しになりまさあ」

「そうか」

指揮をしているのはクドラクだ。クドラクは一流の軍師だけあって、水路の建築技術も有している様子だ。

だが、それでも。今回はいくら何でも、荷が勝ちすぎる。

大きな岩が出てきて、どかすのに苦労している様子だったので、イミナが溝に飛び降りた。

「どいていろ」

兵士達をどかせると、腰を低くして大岩の前にて構える。

そして軟らかい土の状態を確認してから、掌底を叩き込んだ。

一瞬の間を置き、岩が木っ端みじんになる。岩のどこを突けば壊れるのか、イミナには正確に見ることが出来ていた。

そろそろ、格闘技の技量に関しても、亡くなった師匠に並んだかも知れない。

壊れた岩を、兵士達がどかしていく。

「流石でさ、銀髪の乙女」

「他に手伝えることはあるか」

「出来れば、此方にある岩もぶっ壊していただきたく」

「易い用だ」

幾つか、大岩がある。この辺りの地質は、岩っぽくて、あまりよろしくない。

岩を幾つか砕いている内に、夕暮れが来る。兵士達の中には、戦場の恐怖が体に染みついてしまっている者もいるようで、露骨に怯えている姿も目だった。

一度、城に戻る。

難民の中には、武器を持ち込んでいる者や、元犯罪者もいる。兵士達が巡回しているが、やはり弱者を害そうとする連中は後を絶たない様子だ。イミナの姿を見ると、こそこそと物陰に隠れる輩もいた。

スラムになっているこういう場所では、弱いことはそのまま命取りになる。

城では、疲れ切った顔で、文官達が働いていた。兵士の数はどうにか確保できそうなのだが、訓練までにはとても至らない。

イミナが訓練を請け負っても良いというと、誰もが顔を輝かせた。本来部外者であるはずのイミナに其処まで頼らなければならないほど、今の状況は切迫しているのだと言えた。

少し休んでから、兵士達の訓練のプランを見る。

熟練兵は、別に良い。前回の激戦を生き抜いた連中は、死の恐怖と戦場の絶望から立ち直ることだけが重要であって、訓練は必要ではない。

問題は難民から募った連中である。彼らは武器を持ったことさえもない。勿論魔物の軍勢から逃げた経験を持つ者はいるが、そういった連中は逃げ癖がついてしまっている場合もある。

まず武器の使い方から教えて、戦場での指示に従う事も仕込まなければならない。

現在、義勇軍の規模は、熟練兵が二万程度。しかも負傷から回復するまで、まだ時間を要する者も多い。

せめて十万までは規模を回復しないと、魔王軍とは戦えないだろう。

グラント帝国が更に援軍を派遣してくると言う話もある。この場合、好ましい意味ではない。

五万の兵でさえ、国を乗っ取られかけているのである。更に五万が追加されたら、南部諸国全体が押さえられてしまうだろう。捨て石として使われ続けている現状が、更にひどくなるのは、疑いようがなかった。

軽く寝る。

睡眠時間が、どんどん不要になってきている。だが、それでも、習慣として寝ておくと、少しは落ち着く。

起床してから、シルンの様子を見に行く。

妹も、疲れきった様子で、眠っていた。寝顔を見て安心したイミナは、練兵場にその足で向かった。

 

物資だけは行き届いているという話であったが、それは数だけらしい。

新兵達に供与されている雑多な武器を見て、イミナは眉をひそめた。防具も同じ事で、鎧はかなり古いものが目だった。

レオンは朝からグラント帝国の陣営に出向いている。ユキナの立場を少しでも良くするため、さらには土木工事に兵士を出せないか頼むため、だという。政治的なやりとりはほぼレオンに任せてしまっていて、すまないとも思う。

兵士達の訓練を見ている熟練兵と話をする。

やはり、逃げ癖がついている者が多いのだそうだ。

「無理もない。 難民として、ここまで逃げ続けたのだからな」

「少数は、やる気のある奴らもいる。 だが、やる気のない奴も活用しないと、勝てないって上の連中はいう」

「同意見だ。 兵の質を選んでいられる状況ではない」

憮然とした熟練兵に、まず見本を見せる。

兵士達を集めた。イミナの事は知っている兵士が多いようであったが、一方でよこしまな視線もかなり感じた。

素手のまま、イミナは言う。

「とりあえず、この場の全員で私に掛かってこい。 一撃でも入れられたら、好きなようにして良いぞ」

兵士達、三十名ほどが顔を見合わせる。

下卑びた視線を向けていた、体つきだけは屈強な男が、槍を繰り出してくる。訓練用の槍とは言え、貰ったらかなり痛い。

貰ったら、だが。

すっと間合いに入り込むと、軽く顎を手ではたく。こうすることによって、脳を強烈に震盪させることが出来るのだ。兵士が意識を失うのと、周囲の新兵達がどっと向かってくるのは同時。そして、全員が地面に伸びるのにも、殆ど時間は掛からなかった。

遅すぎる。攻撃が甘すぎる。

素人は動きが読めないこともあるが、イミナの今の実力なら、何ら問題は無い。油断さえしなければ、この人数が相手でも、一発も貰わない。

「言っておくが、魔王軍の兵士には、私でも簡単には勝てない奴が多い。 今のおまえ達など、束になっても瞬殺だろう」

悔しそうな歯ぎしりが聞こえた。これでいい。相手を侮っているような奴には、現実を見せないといけない。

倒れている兵士達に向けて、イミナはなおも言った。

「だが、軍としての組織戦と、ちゃんとした武器の使い方を覚えれば、おまえ達でもそんな敵に勝てる。 勝てば出世できるし、英雄にもなれる。 何より、生き残ることが出来る」

このまま逃げていても、いずれ魔王軍に追いつかれて、殺される。

ならば、戦え。

そう、イミナは締めくくった。

他の部隊でも、同じようなことを繰り返す。四十回以上小隊を相手に戦ったが、新兵などを相手に攻撃など貰わない。

ただ、流石に少しは疲れた。

これで、翌日から、兵士達は訓練に身を入れるはずだ。

実際、翌日から、殆どの兵士達は目の色が変わっていた。どうしても無理な兵士は、後方支援の任務に回す。

前線で戦うだけが、いくさではない。

物資の輸送、調達も、立派な戦争だ。徒手空拳で戦えるわずかな例外を除けば、人間は数と武器が揃ってはじめて凶暴な実力を発揮できるのだ。

槍をまず扱えるように、兵士達には仕込む。

剣よりも戦場では槍だ。汎用性が高いし、何よりリーチが長いこと自体が武器になる。続いて弓矢を教える。頭が良い兵士は、投石機や、攻城兵器の方に回す。どちらも、大形の魔物を相手にするには必要な装備だ。

そうしていきながら、適正に応じて、兵士達を振り分けていく。

二週間ほど基礎体力の増加と武器の使い方を仕込んだ後は、今度は軍としての行動について教え込む。

組織的に動く事の力が分からない奴もいる。だから、最初は数が揃った軍隊の恐ろしさを、体で教え込ませる。具体的には、きちんと訓練を受けた軍勢と、そうでは無い新兵達で、模擬戦をさせる。

多少素質があったり、戦闘力が高いのもたまにはいるが、それでも槍衾や組織的に来る敵が相手になると、どうにもならない。

こてんぱんに新兵達が伸されていくのを、イミナは無言で見つめる。

イミナとシルンは、かって魔王軍を相手に、二人だけで大立ち回りを演じ続けた。だがそれも、二人で正面から敵の軍勢を相手にしていたわけではない。

魔王軍の兵士が大勢入れないような場所に誘い込んだり、分断したり、奇襲したりと、戦術の限りを尽くして、敵の数を減らしつつ各個撃破して戦っていたのだ。平原で、陣を組んでいる相手に正面から戦うなどと言うことはしていない。自殺行為だからだ。

つまり、陣形、組織戦というのは、それだけ力があるのである。

新兵達が、何度やっても勝てない事に、悔し涙を流しているのを見て、止めさせる。

組織的な戦闘のやり方を教えるのは、これからだ。

どの太鼓を聞いたときは前進、この鐘の音は後退。そういった基礎から、順番にイミナは、一部隊ずつ見回りながら、教え込めているかを確認していった。

 

更に二週間ほどが過ぎて、ようやく状況が落ち着いてきた。

水路が突貫工事の末、通ったこともある。まずは下水として利用して、状況を見ながら上水として使える水路も作る。下水があるだけで、街の清潔度は全然違ってくる。勿論、疫病も発生しづらくなる。

ユキナも、少しずつ休める時間ができはじめたようだった。

彼女はジェイムズの手で人間を止めてしまっているが、それでもここしばらくの仕事はきつかっただろう。同じように、人間では無いと言われたら反論できない立場のイミナは、何となくユキナの苦労が分かる。

兵士達の基礎訓練も、どうにか様になり始めた。熟練兵を中心として、新兵達の訓練を見る体制も出来たので、イミナは見込みがありそうな新兵や、熟練兵の中でも特殊部隊として活躍できそうな連中に技を教えて欲しいと頼まれた。

勿論、断る理由は無い。

師匠に言われたことは、シルンに大きな影響を与えている。そして、そのシルンを守ることが、イミナの全てだ。

今になって思うが、師匠のことをイミナも大好きであった。だがそれ以上に、シルンのことの方が大好きなのだ。だから、シルンがしたいことをさせてやるのが、イミナの姉としての努め。

シルンは、この義勇軍を今鍛えたいと考えている。

正直な話、戦略面で考えると、グラント帝国の大軍をここに引き入れて戦わせるのが一番良いとイミナは考えている。だが、シルンは見ていると、ユキナにかなり感情移入している節がある。

イミナが冷静に現実的な戦略を口にすれば、妹は悲しむだろう。多少不合理であっても、そんな事はしたくない。それが、イミナという冷酷な戦略下の中にある、本音という不思議な部分だった。

シルンはどうしているかと思って、訓練を終えた後、城をうろつく。

外が落ち着いてきているのに、城の中はまるで整理が出来ていない。ユキナが側に置いていたメイドなどが必死に毎日掃除をして廻っているようだが、それでもとてもではないが、この雑然とした雰囲気はどうにもならないようだ。

倉庫はごっちゃとあらゆるものが突っ込まれているし、応接室に埃を被った椅子があったりもする。勿論メイド達は頑張っているようだが、手が足りていないのだろう。しかし、信頼出来る人間は、この状況では限られてくる。難民の中から、安易にメイドを雇うわけにもいかないのだろう。

シルンは、いた。

本を雑多に集めている部屋に座り込んで、片っ端から目を通しているようだ。レオンが来て、またどっさりと本を置いていった。

難民の中には、学者もいる。南部諸国はさほど文化水準が高くは無いようだが、それでも独自進化した呪術などの本はそれなりの数がある。シルンは片っ端からそれを読んでは、力にしている様子だ。

まだまだ、シルンは底知れず強くなる。

イミナは、そういう姿を見ると、目を細めてしまう。妹はイミナの全て。勇者と周囲が祭り上げる事によって、シルンが強くなるのなら。いくらでも裏でイミナは泥よけを努めるつもりだ。

「お姉、どうしたの」

「多少は余裕がでてきてな」

「ならば休め、イミナ殿」

レオンが横から余計なことを言い出す。プラムはというと、特殊部隊の兵士達を相手に、訓練を丁度しているところだ。だが要領よく休んでいるようで、たまにサボりもしているらしい。

イミナは絶対にさぼったりしないと言うことで兵士達からも評判は良いようだが、レオンはそれが逆に心配なのだそうである。

「ここ一月ほど、殆ど休んでいなかっただろう」

「睡眠時間は半分ほどに削っていたが、まあ元々あまり寝なくても大丈夫な体だ」

「それでも消耗はする。 訓練も終わったというなら、私がここはみておくから、少し寝ておくんだ」

「やれやれ、仕方が無いな」

シルンもレオンに追い立てられて、休むことになった。

ここしばらく、シルンは知識を蓄えるか、そうで無ければ魔術師達に自分の使える術を教え込んでいたという。素質がありそうな兵士にも同じように魔術を教えていたそうで、結構忙しかった様子だ。

集中が切れると、途端にシルンも眠そうになる。

「お姉、じゃあ先に寝るね」

「レオンも余計なことを言うな」

「でも、正論だよ。 口には苦いけど」

「そうだな」

こういう所を素直に受け入れられるから、シルンのことが好きでもある。自分に出来ないことをきちんとやり遂げられるのは立派だ。

与えられている部屋で、ベットで寝る。

しばらく仮眠しか取っていなかったが、今日は久しぶりに四刻ほど寝た。じっくり寝て、それで起きて。やはり若干は体が軽くなった気がした。

外に出ると、早朝だ。兵士達は巡回をはじめており、訓練を開始している部隊もある。特殊部隊の訓練は昼からだから、まだ少し時間がある。

外に出て、気付く。

手紙があった。

見覚えのある筆跡だと思ったら、ジャドの字だ。まさか、ここまで来ていたのか。

いや、違う。これは多分、誰かに言づてを頼んだのだろう。奴の気配が、手紙を置いていったにしては、妙に遠い。

手紙を開いてみると、あまり良くない事が書かれていた。

「魔王軍の軍団長らしい大物が、各地で動いている。 何かしらの目的があるようだが、まだ読み切れない。 どうも暗殺の類では無く、何かを集めている様子だ。 集めている物資は特定が出来ない。 どれもこれも、意味不明な物資ばかりだ」

「……」

顔を上げる。

どうも嫌な予感がする。

今まで魔王軍は、基本的に戦略にしても戦術にしても、わかりやすいものを採ることが多かった。何故人間の死体を集めているかなど、まだはっきりしていない部分は多いとは言え、完全に意味不明な行動というのはあまり無かったのだ。

魔王というあの老人が、多分相当に質素な生活をしていることは、魔王城に潜入したときにだいたい見当がついた。城には華美さが感じられなかったし、何よりも魔王自身の服装が、あまりにも実用的だったからだ。

それが今更になって、意味不明の物資を集めて、芸術家を気取るとも思えない。状況が逼迫している昨今、何かもくろんでいるとみる方が正しいはずだ。

「お姉?」

シルンが起き出してきた。寝間着のまま目をこすっているので、部屋に戻す。勇者が寝間着で外をうろついているというのを見せると、幻想に傷がつく。元々人間では無いも同然なのだから、実像は掴ませない方が良いとイミナは考えている。

「ジャドだ。 多分誰かに使いを頼んだのだろう」

「え!? 本当!」

「だが、情報しか書かれていない。 あいつらしいな」

シルンが手紙を受け取ると、凄く懐かしそうに目を細めて、上から下から見つめる。文字を読むよりも、ジャドの字が懐かしくて仕方が無いようだ。

フォルドワードではずっと三人で転戦したし、その間死線を一緒にくぐってきた仲だ。キタルレアに来てから、ふらりといなくなって。それからレオンやプラムが代わりに側に来たが。

手段を選ばないジャドのやり方には、思うところもあるらしいシルンも。やはり手紙を見ると、心が動くらしい。

「もう、心配させるんだから」

「そうだな。 この情勢だ。 何があってもおかしくは無い。 だから、無事が確認出来るだけでも嬉しいな」

頷いたシルンは、目尻をこすっていた。

状況は、予断を許さないどころか、悪化の一途をたどっているかのようにさえ思える。そんな中、わずかでも、嬉しい情報なのは確かだった。

 

2、闇の矛の欠片

 

どうにか、先回りすることが出来た。

魔王軍の補充兵の中で、知られていない存在がいる。スライム型補充兵と言われる連中だ。

普段は地中に潜み、軟体を利用して音も無く這いずる。戦闘能力よりも諜報能力に重きを為しており、重要な国や地域にはかなりの数が潜んでいる。知能もそれなりにあり、戦術判断も出来ている様子だ。

ジャドが此奴らの存在を知ったのは、完全に偶然からだ。

だが、今でも効率の良い倒し方は分からない。油を掛けて火をつければ殺せるが、地面の下に逃げ込まれると、それも絶対では無い。中には攻撃術を使うような奴もおり、侮れない相手だ。

そのスライムに対してだが、研究を続けてきたジャドは、どうにか気配を読めるようにはなってきていた。

彼らが独自の言葉でやりとりをしていることも、分かるようになり始めていた。

だから、今回先回りすることが出来たのである。

現在はキタン領になる、どこまでも広がっている荒涼たる原野。その一角に、ぽっかりと口を開けた大穴がある。

地元の住人は、絶対に近づかない場所だ。奈落の巣と呼ばれている。

入り口だけで四百歩四方という広大さで、深さもかなりある。何よりここに入ると体調を崩して死ぬ事が多いらしく、地元の人間達が避ける要因となっているらしい。

スライム達が、しきりにこの周囲を嗅ぎ廻っていることを、ジャドは知っていた。

だから、連中の親玉が来る前に、穴に潜り込んだのだ。

穴の中には、動物もいない。こういう場所を好むはずの昆虫や、コウモリの類も見かけない。

どうやら本当に、この中は危険らしい。

ロープを伝って、穴の中に降りる。ずっと縦穴が続いているわけでは無く、人間の背丈の百倍ほど降りると、足が地面についた。

誤って落下したらしい死体が周囲には点々としている。その中には、明らかに墜ちて死んだわけでは無いらしいものも混じっていた。

なんだか、体調が悪い。確かに、普通の人間が入り込むには、かなり危険な環境かも知れない。

周囲は意外に狭い。どこまでも穴がつながっているかというとそうでもなく、水が溜まっているような事もない。

魔王軍は、どうしてこんな所に目をつけたのか。

それだけ調べ上げたら、さっさと撤退するべき場所だ。

ジャドは最近、人間離れに拍車が掛かってきている。既に顔は存在していないし、気配を消すことももはや常識外の次元になりつつある。

だから、それにも。

相手より先に、気付くことが出来た。

テレポート特有の、空間振動。無言のまま、ジャドは岩陰に隠れ込む。光源は空に瞬くわずかな星だけである。

実体化したのは、巨大なサソリのような存在だった。とても強い魔力を感じる。周囲には、無数のスライムを侍らせていた。雰囲気が補充兵と違うのは、或いは純正の魔物かも知れない。それとも、強力に作られた新型か。

「ふむ、ここか」

「はい。 間違いありません。 今までの情報から考慮する限り、ここにあるかと」

「確かにガイガーカウンターの数値が危険域に到達しているな」

分からない用語が飛び交っている。サソリのような奴は、体の脇から出ている触手を使って、巧みに何か小さな機械を操作していた。

スライムが周囲に散り始める。

あのサソリは、奇襲を仕掛けてもジャドでも勝てる相手ではない。急所も分からないし、一刀を浴びせても多分倒せないだろう。

しかも、ここは命を捨てるべき場所では無い。

生き残り、双子に情報を流さなければならない場所だ。

幸いにも、キタン王ハーレンは利害の判断が出来る男である。最悪の場合、ハーレンに情報を流せば、リスクは大きいにしても、双子まで情報は流れるだろう。七十万の圧倒的軍事力を前にすれば、魔王軍とて容易に手出しは出来ないのだ。

スライムの一匹が、歓声を上げた。

「バラムンク軍団長! 発見しました!」

「どれどれ。 おお、確かに間違いない」

星明かりの下で、何かが瞬いている。

筒状の物体だ。なんだかよく分からないが、鈍色で、禍々しい印象を受ける。

サソリが、勝ちどきを上げさせた。それにしても、軍団長とは。魔王軍の中でも、トップに位置する九名の指揮官がいると言うことは、少し前にジャドも掴んでいたが、そのうち一体にお目に掛かることになったというのは、不幸なのか幸運なのか、よく分からなかった。

「私は、これを魔王陛下にお届けする。 おまえ達は他にも何か情報が無いか、周囲を探るように」

「分かりました」

テレポートの術式が発動し、サソリが消える。

スライムも、銘々土の中に潜っていった。

連中がロープに気付かなかったのは幸いだ。嘆息すると、サソリが持っていった筒状の何かが埋まっていた辺りに歩く。

不思議な事に。

なんだか、毒が薄れているように思えた。

筒状の何かは、サソリはちょこんと手にしているように見えたのだが。埋まっていた跡を確認する限り、妙に大きい。子供の体くらいの大きさは、優にありそうだった。

「連中は、一体何をしようとしている」

呟くと、空を見上げる。

エル教会も動きがおかしい。何か、とてつもなく嫌な予感がしていた。

 

穴から脱出すると、ジャドは手紙を書く。

少し前から、キタンとは共同態勢を作っている。魔王軍の動きを知るには、やはり一人だけでは心許ないからだ。

フードを被ったまま、遊牧民の集落へ。そして密偵をしている男に歩み寄っていった。向こうも此方に気付く。秘密の合図をして、互いが敵では無い事を確認した。

手紙を、通り抜けざまに渡す。

そして、すぐにその場を離れた。同時に、ジャドも手紙を受け取っていた。

ギブアンドテイクである。集落を離れつつ、早速手紙に目を通す。

キタン王も、どうやらエル教会と魔王軍がおかしな動きをしていることには気付いているらしい。しかし、どうも悪いことばかりでは無い様子だ。

エル教会は急激に改革が進んでいて、今まで暴利をむさぼっていた腐敗坊主共が、次々に追われているらしい。各国に対しても、援助や支援を惜しまず、これで助かっている小国が随分ある様子だ。

一方で、密偵らが所属している隠密組織は、良く思っていないこともあるらしい。

キタンが少し前に、死体を兵士として活用する技術の提供を受けたことは、ジャドも知っている。そのほかにも、訳が分からない、どこから出たのか見当もつかない技術を供与されているとか言う話だ。

手紙を燃やして破棄する。内容は、既に頭に叩き込んだ。

双子に会いに行きたい気持ちはあるが、今ジャドはエル教会に起きた不可思議な変異を確認しなければならない。元々、双子の立場は極めて危ういものなのだ。人間でありながら人間では無い。かといって魔物でも無い。

そんな存在を受け入れるほど、人間社会は寛容では無い。勇者と持ち上げられているのは、魔物という絶対的な強敵が存在しているからである。

今後のためにも。ジャドは、孤独な戦いを続けなければならない。

まずは、南に向かう。

キタンの領土の最南端辺りに、おかしな遺跡が見つかっているという。今までは顧みられることも無かった場所なのだが、最近魔王軍がおかしな動きをしていることは、周知の事実となっている。

ジャドも調査をして欲しいと頼まれた所だ。

どこまでも続く草原を、星を頼りに南下する。夜は凍るような寒さが辺りを覆うが、もうジャドには何ともない。

時々、遊牧の民とすれ違う。

フードで全身を隠しているジャドをいぶかしむ視線も多い。面倒ごとになると厄介だから、出来るだけすぐその場を離れる。向こうも少人数で事を構えるのは嫌なのか、あまり突っかかって来ることは無かった。

馬も羊も、只広く乾いた草原で、遊牧の民と暮らしている。

穏やかな光景だ。この家畜の主が、戦場では悪鬼のような凶暴さを発揮し、周辺諸国から恐れられているなどと、誰が信じられよう。

数日歩き続けて、問題の遺跡に到着した。

辺りは岩山であり、簡素な陣が張られていた。キタンの特務部隊も、二十名ほどが来ている様子だ。

ジャドが陣に入っていくと、視線を一斉に浴びる。

知っている顔も、ちらほら見受けられた。

いずれも、普通のキタンの騎馬民に見える。防寒のために体を布で分厚く覆い、どちらかと言えば平たい顔と糸のように細い目。体つきは鍛え抜かれて筋肉でしまっており、身体能力は高い。特に視力は、全世界でも屈指であろう。

ここにいる連中は、ハーレン王が直に組織した特務部隊。七十万の軍から選び抜かれた精鋭である。いずれも魔物との交戦経験が豊富で、術式を使える者も多い。パオに入ると、首領らしい口ひげを蓄えた男が、じろりと此方を見た。威圧感にしても迫力にしても、歴戦の猛者である事が分かり易すぎるほどである。

「勇者の飼い犬か」

「違うな。 俺が勇者のために働いているのは、自主的にだ」

「ふん……」

パオに敷かれているのは絨毯である。組み立て式のこの建物では、基本的に椅子は使わない。あぐらを掻くことになる。

しばらく情報を交換する。武人という雰囲気の首領だが、話してみると無機質な印象をむしろ受けた。

或いは、戦闘よりも殺しが好きなのかも知れない。

歴戦の猛者の風格も、相手をただ殺していくことによって、得られているものなのだろうか。

「なるほど、魔王軍が探しているものには、毒がある事が多いのだな」

「そうだ。 前回は我々が先に探し当てたのだが、毒にやられて部下が死に、持ち帰ることが出来なかった。 だから今度は、連中を待ち伏せして叩く策に切り替えた」

「無謀だな」

「何だと」

魔王軍は軍団長がじきじきに来ているほどなのだ。

バラムンクの他にも、以前一度軍団長を見たことがある。その時感じた威圧感は、本能から逃走を呼びかけるほどの代物だった。

歴戦の猛者が揃っていても、この人数では、奇襲を仕掛けても軍団長には届かない。

それを説明すると、首領は意外に冷静な反応を見せた。

「何か策があるならば、示して欲しい」

「毒物であれば、私に耐性がある。 人間では無いからな」

「そういえば、話は聞いている。 なるほど、そなたを使う手があったか」

「任せて貰えるか」

首領が、地図を広げる。

遺跡の地図そのものは、既に作られているらしかった。

どうやら現地の住民が作った神殿か。強烈な毒を放つなにものかを邪神かと勘違いして、崇めていたものだそうだ。エル教会の浸透に伴って信仰は失われ、百年以上も放置されている様子である。

ただ、やはり地元の住民にはたたりの噂があるとか。

とりあえず、作戦はすぐに決まった。明日の早朝、仕掛けることになる。一通り打ち合わせが終わったところで、首領が話を変えた。

「魔王軍は各地での行動を活発化させている。 その邪魔をするだけでは無く、どうにか目的を知りたい」

「エル教会に対抗して動いているのでは無いのか」

「可能性はある」

少し前の事だが。

南の大陸で、聖太陽都が消滅したという話がある。エル教会の首脳部は未だに何処かに存在しているのが確実らしいのだが、不可解な事件である。

しかも、これほどのことがあってなお、大騒ぎになっていないというのだ。

エル教会によって統御されている南の大陸とは言え、いくら何でもおかしな事が多すぎる。確かに、魔王軍がその実情を知っているのなら、何か掴める可能性もあった。

「敵の雑兵から情報を聞き出せないか」

「難しいな」

ジャドもそれは知っている。

敵の主力となっている兵士達には、知性があるものと無い者がいる。知性がある連中は基本的に手強いことが多いのだ。

その上、敵は一枚岩である。

今、南部諸国の西が敵に墜ちたことで、かなりの数の密偵が入り込んでいる。彼らからもたらされる情報は、ジャドも聞いている。

魔物と会話している人間は、そういう意味では加速度的に増えている。コミュニケーションは、採ることが出来るのだ。だが、まるで突破の糸口が見えてこない。

派閥的な対立はあるようなのだが、魔王に対する忠誠という点では、完全に一致している。魔物の中で、魔王に不満を抱いている者がいるとしても、忠義が揺らぐことは無いのでは無いかとさえ思えるほどなのだ。

その上、魔物は基本的に無欲だ。

人間のように、ぎらついた権力欲を持っている個体はほぼいないようなのである。後輩に出世で抜かれたりすると流石に不快感を感じるようなのだが、それだけである。人間のように、追い落としてやろうとか、殺してやろうとか、そんな風には思わない様子なのだ。

だから、密偵は誰もが困り果てているようだ。

これが人間だったら、金を少し握らせれば家族でも売るような奴がごろごろいる。だから、随分やりやすいのだが。

知性がある魔物を捕獲、拷問して情報を聞き出そうという試みをした組織もあった。だが、そんなことが出来るような隙は存在せず、今まで全て失敗に終わっている様子だ。いずれにしても、人間に試せることは、魔物には通用しないとみて良いだろう。

パオに慌ただしく兵士が入ってきた。無言で首領に手紙を渡すと、出て行く。

内容を詮索するほど、ジャドも野暮では無い。席を立とうとするが、手紙にさっと目を通した首領が、ジャドを呼び止めた。

「待て、おぬしにも関係があることだ」

 

早朝。

ジャドはキタンの特務部隊数名と一緒に、かって神殿だった廃墟に入り込んだ。岩山にあった洞窟を削って作ったように見えるのだが、しかし。どうもこれは、元からあった穴に、手を加えて作ったように思えてならないのだ。

あのジェイムズに意見を聞きたいところだが、今は効率的に事実を把握し、現実的に処理しなければならない。

そろそろ、一度オリブ領に足を運ぶのも良いかもしれない。双子の顔も見たいし、話もしてみたい。

北の大陸で、唯一自分を仲間だと思ってくれたばかりか、対等の存在として接してくれた双子は、ジャドにとっての光だ。

しばらく、ジャドは闇に触れすぎた。たまには光に触れないと、バランスが取れない。それは分かっている。

だが、どうしてか、今は闇の中にいる方が心地よいのだ。闇の中にいてこそ、ジャドは双子の役に立てる。レオンやプラムには恨まれているだろうか。プラムは気にもしていないだろうが、多分レオンは深く恨んでいるだろう。

だが、双子の戦況は、随分良くなったはずだ。それだけが、ジャドのしたかったこと。どんなに手を汚しても、ジャドは双子のためになりたかった。

神殿の屋根は穴が空いていて、陽光が差し込んでいた。だがどういう工夫か、中に雨は流れ込んでいない様子である。好都合だ。

深い穴に、溝状に掘られた階段を、延々と下っていく。階段は所々崩落していて、石が時々奈落の底へと落下していく。

掲げているたいまつは、地下を示してはくれない。それほどに闇は深い。

石が下に落ちる音が、やっと聞こえた。一体この穴は、どれほど深いのだろうか。

もしも、探しているものが空から墜ちてきたのだとしたら。それを、ジャドは少し前から考えていた。

だが、この実例は仮設に反している。何かが墜ちてきたとして、穴はこんな風には、普通ならないだろう。もしもなったのだとしたら、どんな落ち方をしたらなるのだろうか。

延々と、延々と穴を降る。

勿論途中で奇襲を受けることも想定しなければならない。誰もが緊張する中、ジャドはたいまつを消した。代わりに腰につけている小型のカンテラに切り替える。

さっきの石の音からして、底からの高度が予想されたからだ。底から見上げた場合、たいまつのままでは気付かれる。後ろの密偵達も、たいまつを消して、カンテラに切り替えていた。

黙々と、階段を下りる。

「そろそろだな」

何刻かした頃か、後ろにいる密偵が言う。

頷くと、ジャドは気配を完全に消した。他の密偵も、壁と一体化したかのように、気配をなくす。

息づかいさえ、聞こえなくなる。

階段を下りきる。

一番下はすり鉢状になっていて、点々と骨が散らばっていた。多分生け贄を、この穴に投げ込んでいたのだろう。

鼠やゴキブリの類もいない。既に、周囲には毒気が蔓延している様子だ。虫さえも生きられない環境。闇の底と言うに相応しかった。

「少し下がれ。 私が採ってくる」

「頼むぞ」

全身がちりちりする。それが毒によるものではないと気付いたとき。

真上から、巨大なはさみが降りかかってきていた。

地面が砕かれる。

横っ飛びに逃れたジャドは、見る。この間、バラムンクと呼ばれていた軍団長だ。その左側のはさみには、既に後続の密偵達の死骸が掛けられていた。何人かは逃げ延びたようだが、やはり軍団長を相手にするのは無謀すぎたか。

「貴様、気配を感じたことがある。 最近私の邪魔をしている奴だな」

「だったらどうする」

間合いを計る。

スライムどもはいないようすだ。多分此奴が、単独でテレポートしてきたのだろう。サソリの怪物は掴んでいた死体を放り捨てる。見ると、はさみは四つもある。それぞれが、非常に巧みに動く様子だ。

呼吸を整えながら、ゆっくり左側に回り込む。既に右手は、背中に隠している投げ短刀に伸びていた。

「そんな非力な武器で、この軍団長であるバラムンクに挑むと?」

「……」

そんな気は無い。

ジャドはそのまま、ナイフを取り出すやいなや、人間であれば頸動脈がある辺りに突き立てる。そして、完全に気配を断つ。

サソリはしばらく不審げにかさかさ辺りを動き回っていたが、やがて動きを止めた。小首をかしげているような動作が、妙にかわいらしかった。

「何だいきなり。 絶望して、情報を漏らすことを嫌気したというのか」

考えがまとまらないのか、しばらくぶつぶつと独り言を言っていたサソリだったが、やがてはさみを振り上げて、何か奇声を上げた。多分分からないからもう良いとでも言うのだろう。

そのままサソリは、毒が満ちた地の底で、地面を掘り返す。

そして、何か筒状の物質を手にすると、消えた。

完全にバラムンクがいなくなったことを確認すると、ジャドは立ち上がる。体にナイフは確かに刺した。

だが、もはや顔も無いような状態だ。別に致命傷でも何でも無い。ジャドの体は人間どころかもう生物としても滅茶苦茶だ。

バラムンクという奴、此方が人間では無いと言う可能性には思い当たらなかったのだろう。隠密潜行の能力があるにしても、あまり優秀な密偵だとは思えなかった。或いはそれが、魔物の限界なのかも知れない。

穴を出る。

密偵の野営所は壊滅させられていた。多分バラムンクとスライム共に襲撃されたのだろう。半分くらいは逃げ延びたようだが、首領は部下を逃すために犠牲になったようで、下半身を引きちぎられた死体になって転がっていた。

黙祷する。

心は通じなかったが、仕事を冷静に行える、良い密偵だった。

此奴から聞いた情報は、それに役に立った。どうも少し前に、ジェイムズがユキナの義勇軍の西ケルテル攻略戦に参加していたらしいと言うものだ。小規模な局地戦だが、クライネスにユキナが勝った戦いであり、それを考えるとジェイムズの研究もかなり進んだ可能性が高い。魔物の死体を、たくさん手に入れただろうから、だ。

その戦いの後ユキナはメラクスにこてんぱんにたたきのめされた訳だが、それは別に今は良い。ジェイムズは有能だ。きっと何か成果を上げているはず。

一度、オリブ領に行こう。そう、ジャドは決めた。

このまま魔王軍の邪魔をし続けても、埒があかない。軍団長がこれほどの力量を有している以上、何かしらの突破の糸口を見つけるのは、少なくとも単独では難しかった。

 

久しぶりに玉座につく。おミカンを剥いている内に、エルフ族の護衛兵が、今日のスケジュールを持ってきた。

「うむうむ。 おや、今日も視察か」

「みな、魔王陛下の到来を心待ちにしておりますれば」

「うむ、分かっておる。 儂も皆が喜ぶのであれば、多少老骨にむち打つくらい、何でも無いでのう」

おミカンを美味しくいただいた後、玉座から腰を上げる。三日ぶりに座ったというのに、わずか一刻しか仮設魔王城に滞在できなかった。

テレポートを使える護衛兵の手に掴まると、早速空間を飛ぶ。何度かテレポートを繰り返し、キタルレア大陸の西端へ。

魔王はここ最近、忙しく各地を飛び回っていた。

メラクスがキタルレア南部諸国の西半分を陥落させたことで、一気に防衛体制が変わったからである。陥落させた地域に住んでいて、降伏した人間の数は三百万を超えていた。管理のための部下も必要だし、何より海上の防御も見直す必要が出てきた。

死体の備蓄は、余裕がある。とはいっても、ある程度、だが。

二線級の戦力は、この機に全て後方支援に入れ替えると、ヨーツレットが計画を出してきていた。殆どの軍団長もそれに賛成している。フォルドワード常駐軍の戦力も更に整備しつつ、何名かの連隊長や師団長は、南部諸国の管理側に職を移す。

師団長は、近年記憶の移植によって、かなり強力になってきている。連隊長や旅団長もそれは同じだ。歴戦による死闘は、多くの犠牲を産んできた。だがそれは、決して無駄にはならなかったのである。

それに、後方支援と言っても、人間の監視は重要な仕事だ。ヨーツレットの意見は、魔王には受け入れがたい部分もある。だが、ヨーツレットには魔王の過去を見せた。ヨーツレットのことも、信頼している。

だから、任せる。

ヨーツレットは人間では無い。だから、魔王は信頼して良いと思っていた。

西端の軍事港に着く。油断無く周囲に護衛兵達が目を配る中、魔王は進み出る。潮風が心地よい。

クラーケンが毎日、何かしらの物資を搬送している。エンドレンでの地獄の戦闘が終結してから一年以上経過して、物流はほぼ回復している。最近は補充兵の内、第六巣穴で生産した優秀な師団長などを、クラーケンでフォルドワードに送ってもいた。

この港は、輸送部隊が必ず立ち寄る重要拠点なので、師団長が防衛についている。守備隊も三千を超えていて、何カ所かには88インチ砲も据え付けられていた。弾はそれほど多くないが、援軍が駆けつけるまで位なら、ガルガンチュア級戦艦に襲撃されても耐え抜くことが可能である。

その師団長、バーネスが来た。二名いる連隊長と共に、深々頭を下げる。

港には、丁度大形のクラーケンが入港し、物資を下ろしている最中であった。

「陛下には、ご機嫌麗しゅう」

「うむ、面を上げよ」

バーネスは全体的にはゾウガメに似た姿をしていて、基本は四つ足で移動する。見た目の通り動きは鈍いが、非常に頑強な防御術を得意としている、守りで力を発揮する師団長だ。フォルドワードの戦いでは、グリルアーノ軍団に所属して半年の間戦い続け、多くの負傷を受けながらもついに生き残った歴戦の猛者である。

ただし代償も大きく、体の後ろ半分を失いもした。補充兵とはいえこの傷は深く、記憶を後続の師団長達に戦闘経験として提供した後は、余生を送るようにしてここの守備を担当している。

戦場に復帰しないかという声もある。だが、戦場で心に受けた傷は大きく、今では後方守備がせいぜいだと自嘲気味に言っているそうだ。

腰をかがめて、魔王はバーネスと視線を合わせる。

「フォルドワードでは、かなりの激戦の中、皆を助けてくれたと聞いている。 ありがとう」

「そんな、陛下」

「儂にとっては、そなたら皆が誇りじゃて。 これからも末永く、守りの術で皆を助けて欲しい」

そう言って乾いた手で頭を撫でる。

勿論、無理に復帰して貰おうなどとは思わない。魔王にしてみれば、皆のために命をかけて戦い続けた部下全てがいとおしい。だから、計算あっての行動では無い。純粋な感謝からだ。

多分、叱責を覚悟していたのだろう。更迭されることさえ予想していたのかも知れない。しばし呆然としていたバーネスは、しばらく頭を地面にこすりつけていたが、やがて陛下に仕えることが出来て幸せですとだけ応えた。

港を、案内して見せて貰う。

輸送部隊は戦闘力が低い魔物や、怪我をして一線を退いた者が指揮官につくことが多い。だから、酒場などは充実している。魔王が入っていっては憩いの時を邪魔してしまうことにもなるし、賑わいを見せて貰うだけにした。

多くの荷車が、ユニコーン型補充兵に引かれて行き交っている。

オークの老人を見かけた。ロバに跨がって、黙々と輸送の指揮をこなしている様子だ。おそらく、志願して出てきたのだろう。

去年の死闘で鬼籍に入った魔物は数多い。それにもかかわらず、まだ義勇兵として名乗り出る魔物は少なくない。

魔王は、ああいう本来は後方で平穏に生きていて欲しい魔物の姿を見ると、いたたまれなくなってしまうのだった。

「港の周囲の緑が少ないのう。 植林のための、エルフ型補充兵を回すとしよう。 そうすれば、多少は環境が緩和されるじゃろう」

「ありがたきお言葉にございます」

「すぐに手配するように」

側にいるエルフの護衛兵に指示して、十五体を三日後に回す手はずを整えさせる。

他にも細かい陳情を幾つか処理する。酒場に酒の種類が少ないというものがあったので、フォルドワードから職人を手配するよう指示。現在最前線と言えるのはキタルレアだ。輸送部隊は重要な仕事をしている訳であり、それくらいの役得があっても当然だろう。

バーネスに見送られてから、別の地点にテレポート。今度はこの間兵力削減が決まった、大陸中央を走る山脈の砦の視察だ。

南部諸国の西半分が陥落したからで、当然の措置と言える。むしろ廃止の話さえあったほどなのだが。しかし、第二防衛ラインとして、存続は決まった。それにここから南には、忌まわしい人間共が住んでいるのだ。ヨーツレットの判断があるから生かしてやっているだけで、ここからの侵入はどうしても防がないといけないだろう。

砦には殆どが下級の補充兵ばかりが残っていた。いずれもが、非常に古い型の者達ばかりである。戦傷を受けて、動きが鈍っている者達も多かった。だが、記憶を提供するという重要な役割もあるし、補充兵とはいえ人間では無い以上魔王の大事な部下だ。

残っている連隊長だけは、比較的型が新しいタイプだった。ひたすらむさ苦しい場所においで為されてと恐縮する彼に、励ましの言葉を掛ける。実際、重要な役割を果たしていると思ったから、何一つ気負うことも無かった。

次に視察したのは、第六巣穴である。ただし、足は直接運ばなかった。

既に、岩山の七割が緑に覆われている。その中に道があり、毎日多くの輸送物資が運び込まれている状態だ。

「既に岩山とは言えぬのう」

「カーラという補充兵、正直我らは馬鹿にしていた時期もありました」

護衛のエルフ兵が言う。つまり、今はもう馬鹿にしていないという事だ。

カーラは水源の確保以外殆ど単独で、これだけの緑化を成し遂げた。それも無秩序な緑化では無く、死んでいた岩山を生き返らせる方向で、だ。

エルフ族は森に生きる民であり、森を生き返らせる術も知っている。

その真の意味を魔王は知っていたが、だからといって差別する理由は一切無い。エルフ族は偉大なる種族であり、この星のためにも存在しなければならない者達だ。

そんな彼らが認めているのである。カーラには、何か褒美を与えてやるべきかも知れなかった。

近くで休憩する。

第六巣穴で取れたという木の実が運ばれてきた。護衛達と別けて食べる。とても美味であった。

休憩が済んでから、仮設魔王城に戻る。

自分の肩を叩く。玉座についたのは、既に深夜である。そのまま寝てしまいそうになるが、おミカンを食べて眠気を飛ばす。この丁度良い酸味が、眠気を遠ざけてくれるのだ。

幾つかの書類仕事を終えたところで、気配に気付く。

直後、玉座の前に、バラムンクが実体化した。

「陛下。 ただいま戻りました」

「うむ。 バラムンク軍団長、その様子だと、戦果はあったようじゃのう」

「はい。 ご指定いただいた闇の矛の欠片三十四個、つつがなく集め終わりましてございます。 ミズガルア軍団長の所に、設計図ごと渡して参りました」

やはり最後の方は、邪魔も入ったという。だが、軍団長がわざわざ出てくるとは誰も思っていなかったのだろう。

バラムンクは諜報型とはいえ、軍団長である。今存在しているどんなに強力な師団長でも、バラムンクには及ばない。ましてや勇者以外の人間が、一人や二人で倒せるわけもない。

鎧柚一触に蹴散らして、全て集め終えたというわけだ。

これで、闇の矛の完成に一歩近づく。領内にあるものは全て集め終えているし、後は幾つかの条件をクリアすれば。

「しかし陛下、闇の矛とは一体何なのでしょうか。 毒を放っているのは分かったのですが、情けないながら非才の身、集めた道具類をどう使うのか見当もつきませんで」

「対衛星兵器極点狙撃型レールキャノン」

「……え?」

「そういう名前の兵器じゃて。 オーバーサンと同じく、本来この世界にはあり得ぬ、だがこの世界のあり方に関わっている武器じゃよ」

魔王は全て知っている。だが、それを今明かすつもりは無い。

それに、知ったところで、今更どうとも思わない。事実この知識を得たのは魔王になってからだが、だからといって人間をこの世から抹殺するべしと言う思想に変化は生じていない。

「案ずるな。 人間共の魔の手から、儂が必ず皆を守るでな」

「ははっ! 陛下の御心をかなえるべく、このバラムンク、全力を尽くす所存にあります!」

普段は皆に嫌われるよう、敢えて嫌な奴を演じているバラムンク。だが、その心を知っているが故に。

魔王は、他の部下達同様、バラムンクを愛していた。

報告を受け終えてから、一眠りする。

寝ているときも、重要な報告があれば起こされる。それが指導者の責務である以上、当然のことだ。

幸い、その日は起こされることも無く、暖炉で適度に暖まった部屋で、魔王はゆっくりと休むことが出来た。

 

翌日。目覚めたあと、歯磨きをして、朝のおミカンを食べながら安楽椅子に揺られる。

玉座にはまだ出ない。その代わり、部下が持ってくる書類には目を通して、決済はして行く。

ヨーツレットからの連絡があった。ただし、直接話すまでもないと思ったのだろう。手紙だけである。

「キタン軍の兵力が増大しております。 クライネスが交戦した例の死人兵を配備しているためと思われます。 前線で、既に三十万以上を確認。 更に増える様子です」

「ふむ、三十万か」

それにしても、死体を直接動かすとは。

エル教会の後ろにいるだろう聖主は何を考えているのか。魔王は、それが気になった。しかし、流石に光の槌まで直接乗り込むのは難しいだろう。

「ミズガルア軍団長に連絡をする。 情報通信球を持ってきてくれぬかのう」

「分かりました、直ちに」

この間実戦投入したベヒモスは、対死人兵用に作り上げたものだ。

しかも良いデータも取れた。そろそろ実戦投入してもよい頃合いだろう。現在、オケアノス型が三十ほど就航し、幾つかを新設するキタルレア海軍に編入する予定も立っている。死体の備蓄も減ってきているが、おあつらえ向きにいつでも殺せる南部諸国の人間どもと、それにキタンの兵士共もいるのが好都合だ。

戦況は、決して有利とは言えない。

だが、魔王軍も、何もせずにいたわけでは無い。既に、迎撃の準備は、万端に整っているとも言えた。

 

3、神剣VS死人兵

 

キタルレア東部戦線にて兵力の展開を続けていたヨーツレットの元に、情報が届く。配備されたばかりのベヒモスの状態を確認していたところなので、流石にヨーツレットもタイミングが悪いと思った。

ロードランナーの伝令は、呼吸を整えながら、前線で指揮をしている師団長の書状を手渡して(くちばしから触手へ、だが)くる。ここから前線へはほど近い。情報通信球を使うまでも無いと思ったのだろう。

「東から、キタン軍およそ三万が接近中! 動きからして、おそらくは死人兵かと思われます!」

「他に敵兵力の動きは」

「今の時点ではありませんね」

「そうか」

ヨーツレットの所にも、新しい師団長や連隊長は続々と派遣されている。いずれも歴戦の猛者達の戦闘経験を移植された強者達だ。兵力も二十三万から、二十五万まで増強が為されていた。

とはいっても、敵の兵力は七十万で、最近は妙な武器も配備されはじめていると聞いている。簡単に勝てるとは、ヨーツレットも思っていない。それだけではない。相手は機動力に優れた騎馬隊だ。西ケルテルの状況も不安である。義勇軍はメラクスが粉砕したが、キタン軍がメラクスが構築中の前線に襲いかかったら、面白いことにはならないだろう。

先手を打つべし。

そう、ヨーツレットは判断した。

「私が出る。 他の戦線にも、警戒するように命令を出せ」

「ただちに」

すぐに、狼煙が上げられる。

別の狼煙台も、それを見て狼煙を上げはじめた。滑稽だが、実はこれが一番早い。雨が降っている場合などは、情報通信球を使うこともある。だが、数が限られているので、安易には使えないのだ。

死人兵は三万と言うが、連中は想像以上にタフで、しかも恐怖を知らない。アシュラ型の掃射でも、簡単にはなぎ払えないだろう。念のために、ラピッドスワローを周辺に展開させる。奇襲があったときに備えるためだ。

前線に出る。

山に張り付くようにして作られている砦。城壁の上に出ると、敵を一望することが出来た。東に広がるのは、あくまで何も無い草原。遊牧民の天地。それが故に、どこまででも見渡せる。

地平の彼方から、徐々に迫り来る無数の影。

目を見張らされた。どうやら、前回の、只の動く死体とは訳が違うようだからだ。人間の技術進化速度は尋常では無いとは知っていたが、これは少しばかり対処に手間取るかも知れない。

側に来た副官に指示。

「アシュラ型、砲撃準備。 航空攻撃アシュラ隊は」

「すぐに出られます」

この砦の少し後ろには、多数のラピッドスワローが控えている中継基地がある。

この間の戦で、メラクスがラピッドスワローとアシュラを組み合わせて多大な戦果を上げた。それを良しと考えたヨーツレットが作らせた基地だ。言うならば、空港とでも言うべきであろうか。

空港から、アシュラを抱えたラピッドスワローが、多数飛び立ちはじめる。

そして、此方に迫り来る死人兵に、砲撃を浴びせはじめた。

 

魔物鳥が、巨人を抱えて多数飛び立ちはじめるのを確認。

少し離れて状況を見ていたキタン王ハーレンは、部下に肉を持ってくるように命じた。あのおぞましいものを見た後で、良く喰う気になるなと、周囲の部下達の顔には書かれていた。

ハーレンは既に人外の存在になり、見かけも肉の塊も同じだ。だから特別製の輿で移動し、姿は完全に隠している。周囲にいるのは忠誠度が高い部下達ばかりだ。

砲撃が始まる。

吹き飛ぶ死人兵。だが。

その大半は、けろりとして起き上がり、進み始める。

これこそが、死人兵の進化型。融合死人兵だ。

どれもが、十以上の死体を重ね合わせ、闇の福音を振りかけることによって作り出した。体が融合して、巨大化しているだけでは無い。

そのおぞましい肉体には再生能力が宿っており、多少の攻撃を浴びたくらいではびくともしないどころか、すぐに再生して歩き出すほどなのだ。

当然、体も巨大である。

今まで通りの死人兵も多数配備しているが、この融合死人兵は、ヨーツレットの前線を突破するための切り札と考えている。今回はあくまで様子見だが、戦闘データを取れれば、次回からは本気で作戦行動に投入するつもりだ。

あの名将、テジン王でさえヨーツレットには破れた。

まっとうな用兵で、あの巨大なムカデに勝てるとは思えない。

一方で、まっとうな用兵にしか出られないのが、魔物の限界だと、この間の義勇軍壊滅を聞いてハーレンは悟った。

これが人間同士の戦であれば、もっとえげつない手がいくらでも使われる。

疫病を相手の土地にはやらせたり、水害を起こしたり。ジェノサイド作戦も有効に用いられる。

だが、魔物は兵力を適切に駆使して、戦争をすることしか考えていない。

そこが、つけいる隙だ。

熾烈な砲撃を浴び続けても、融合死人兵三万はまるで足を止めることが無い。更にこれには、もう一つの工夫が為されている。

油が投擲された。

敵の前線基地が、投石機や魔術を使い、油壺を投げ込んできたのだ。ぶちまけられる油に、砲撃が着火。一気に死人兵達が炎に包まれる。

だが、しかし。

炎を平然と踏み越えるようにして、融合死人兵が姿を見せる。肌は焼けるどころか、焦げてさえいなかった。

「ふむ、上出来だな」

「ハーレン王、あの化け物どもは、どうして燃えないのですか」

「あれが、エル教会から提供されたものだ。 よく分からんが、炎を受け付けなくする液体を、奴らの体に練り込んである。 多少の炎程度で、あの死人兵は止まらぬ」

「なるほど……」

死体など、どこにでもある。提供させるのは難しくなかった。

面白いのは、白骨化している骨でも、闇の福音は効果があったことだろう。肉が再生して、動くようにまでなった。ただし知性は無く、反射行動しか出来ないという欠陥品だが。兵器としては充分に有用であり、現に今も、魔王軍の火力に平然と耐え抜いている。

やがて、彼我の距離が、二千歩ほどまで縮まった。

敵からの砲撃は激しくなる一方だ。そう来なくてはならない。敵の最大火力をみるために、わざわざヨーツレットがいる近くの砦に攻撃を仕掛けさせたのだ。

「さて、どう出るヨーツレット」

呟くと、ハーレンは持ってこられた肉に、生のままかぶりついた。

既に自身の体が肉塊も同じだからか。まるで気にならなかった。

 

「砲撃、効果が薄いです」

「距離がありすぎるのかも知れません。 もう少し引きつけてから……」

「いや、良く見よ」

部下達に、ヨーツレットは言い聞かせる。

敵は燃える様子が無い。それだけではなく、体が異常に大きい。多分複数の死体を融合させた上に、燃えないように工夫をした死人兵なのだろう。

それだけではない。

さっきから見ていると、多少の傷は容易に再生しているようだ。接近されると、かなり厄介なことになりそうである。だが、遠くからの砲撃では、多分どうにも出来ないだろう。敵は陣形さえ崩していない。

それどころか、これだけ砲撃しても、殆ど被害は出ていないに等しい。

「更に火力を上げるか、それとも……」

「ベヒモスを使いましょう。 あのパワーなら、苦も無く敵を蹴散らせるはずです」

副官の言葉に、首を横に振る。

どうも気が進まない。当然敵はベヒモスについても知っているはずで、対抗策を練っているように思えてならないのである。

敵が更に接近してくる。

しばらく考え込んでいたヨーツレットだが、決断した。

「よし、少し引きつけよう。 アシュラは砲撃停止。 チャージに専念。 ラピッドスワローは他に敵の動きが無いか、索敵を拡大」

「直ちに」

ばたばたと、周囲が走り回る。

ヨーツレットはムカデのような体を城壁から乗り出し、敵の出方を見る。

今までは、此方の火力を披露していた。今度は何をしてくるのだろう。それ次第で、対応も変わってくる。

まずは出方を見よう。

そう思った、瞬間だった。

風が鳴る。

そして、ヨーツレットのすぐ側に、肉塊が着弾していた。うめき声を上げながら立ち上がるそれは、無数の死骸をかき集めて作った、腐肉の塊に見えた。既に人間の形などしていない。

まさか。

ばらばらと、兵士が来る。

だが、同時に。

まるで雨のように、敵が降り始めていた。

「防御術式を展開しろ!」

城の防御術式を展開しつつ、ヨーツレットは手近にいる死人兵に、術式を浴びせる。目標地点から周囲六歩ほどを、灼熱の業火に包む術式だ。瞬時に赤熱した城壁の上、死人兵が炎上する。

多少炎に強くても、これを受ければ。

黒焦げになった死人兵が、熱で赤くなり溶けかけている石の上で崩れ伏す。

だが、奴の焦げた皮膚の下から、新しい肉が盛り上がりかけているのを見て、ヨーツレットは戦慄した。

そのまま、足を振り下ろす。

槍のようになっているヨーツレットの足は、それそのものが鋭い武器になっている。相手を刺し貫きながら、内部から術式で焼き尽くす。

今度こそ、火球に包まれた死体は、動かなくなった。

周囲は阿鼻叫喚だ。動きは遅いが、死人兵は確実に迫ってくる。術式が苦手な兵士は、多数で押し込む程度が精一杯だ。力もかなり強い。

一匹ずつ仕留めながら、防御術式の様子を見る。発動後は、流石に死人兵をはじき返しているが、しかし。防御術式にはじかれても、辺りに落下した後、奴らは立ち上がり、砦に迫ってくるでは無いか。

化け物。誰かが声を上げた。

「完全に焼き尽くせ! そうすれば死ぬ! 或いは動きを止めてから、火術の使い手の到来を待て!」

つかみかかってきた死人兵の首を足で切り落とし、結界にたたきつける。首が無くなっても、平然と歩いてくる奴を上から刺し貫き、内部から丸焼きにした。腐肉を焼く凄まじい臭いに、流石のヨーツレットも辟易した。

「砦内部に入り込んだ敵、およそ五十! 対処中です!」

「五十でこの有様か」

引っ張られているのに気付いて、動きを止める。

ヨーツレットに、死人兵が無数に群がりはじめていた。

それだけではない。

「砲撃です!」

声と同時に、爆音が轟く。

この砲声は、聞いたことがある。

「海上に敵影! キタン軍の帆船のようですが……」

「88インチ砲だな」

ヨーツレットはぼやくと、近場にいる死人兵を、片っ端から切り伏せる。切り刻んだところを、連隊長級が来て、徹底的に焼いた。

程なく、五十の敵兵を処理し終える。

だが砦の外には、万を超える敵が蠢いているのだ。

「88インチ砲、また来ます!」

「衝撃に備えよ」

思ったよりも、敵は本気であるらしい。

 

死人兵にとって、最大の弱点は機動力である。それは最初から分かっていた。元々接近戦に特化した兵種であり、故にどう敵に近づけるかが、最大の課題だった。接近さえ果たしてしまえば、少数でかなりの戦果が期待できるのだ。

ここで言う戦果というのは、何も殺せるかどうか、という話では無い。

生半可な方法では死なない耐久力で、敵の動きをひたすら阻害できる。そして敵の動きが阻害されている内に、騎馬隊で機動戦を仕掛ける。

大形の火を噴く巨人には、攻撃の間にタイムラグがあることが判明している。死人兵はまさにうってつけの盾だ。

だから、死人兵には暗示から、この戦闘手段を身につけさせた。

元々筋力は図抜けているのである。覚えさせてしまえば、実戦投入はとても簡単であった。

「まるで、生きた投石機ですな」

「その通りだ」

輿の隣で黒馬に乗っている宿将ジンセンが呟く。不満があるのは、ありありと見えていた。

また、死人兵が敵陣に味方を投擲する。

投擲する際に、数体が合体し、文字通りの投石機のような機構を作る。そして遠心力を利用して、味方を投げるのだ。

勿論人間だったら着地先でぺしゃんこだが。此奴らはそれくらい、平然と耐え抜く。

軍船を一旦下げさせる。敵も当然対抗手段を有しているわけで、貴重な88インチ砲を失うわけにはいかないからだ。

敵の砦に掛かっている防御術式には、充分な打撃を与えた。

無数に群がる死人兵が、うめきを上げながら結界を叩きはじめる。叩く度に手足がはじかれ、引きちぎられているが、まるで気にしていない。中には、手足を失って動けなくなっている味方を使って、結界を殴る死人兵までいた。

「なんと下劣な。 あのような連中と共に戦わなければならぬのですか、ハーレン陛下」

「そうだ。 そうせねば勝てぬ」

「勝ったとして、誰がための勝利だというのです。 これでは地の底にいる先祖達に、顔向けが出来ますまい」

「だから、私一人が汚名を背負っていく」

ハーレンも、野心を背負っていた。

小国から中規模国家まで一代で勢力を拡大し、あのモゴルとも渡り合ってきたのだ。何度となく負け、それ以上に勝ち、敵を殺して味方を屈服させ、野心を磨き抜いていた。

人間を止めたのも、さらなる野心の飛翔に必要だと思ったからだ。死んでしまえばそれまでであり、そうせぬためには人間を止めるしか選択肢が無かった。

だが、その結果は。

ハーレンはおぞましい肉の塊と化した。

絶望はあった。後悔もした。

だが、いつの間にか、思っていたのだ。どうせ人は死ぬ。ならば、肉体が心より先に死んだと思えば良いのでは無いのかと。

そうすると、不意に楽になった。思うに、きっと心の方も、ハーレンは人間ではなくなっていたのだろう。

多くの民の命を背負うが故に、ハーレンは覚悟を決めている。

魔王軍を葬った暁には、退位して、人知れず命を絶とうと。

子もなせぬこの体である。もはや今できるのは、後世に名を残すことのみ。だが、それで良いと思うのだ。

名を残すことも、子をなすことも無くこの世を去る者は実に多い。

彼らに道を作ることが出来るのであれば。

そして、今のハーレンはどのみち化け物。それならば、どのような手を使ってでも、敵を屠り、未来を作るだけのことであった。

「陛下……」

「そろそろ、次の段階に移る。 ジンセン、信頼しているぞ」

ジンセンは悲しそうに目を伏せたが、程なく分かりましたと呟く。

不平屋だが、有能な武将である。

ここで得た情報を最大限活用するためにも、ジンセンには頑張って貰わなければならなかった。

 

まるで飢えた蟻の群れだと、ヨーツレットは思った。

砦の城壁に、無数の死人兵が群がってくる。防御術式は再起動を急いでいるが、とても間に合わないだろう。

おぞましいまでの数。そして、味方を足場にして這い上がってくる執念。

なんだか、人間そのものを凝縮したような存在だと、ヨーツレットは思った。

人間の悪しき部分は、突き詰めるとこうなのだろう。そして、死んだ後も、その性根は変わらない。

「城壁の下には、既に五千が到達しています! なおも増大中!」

「分かっている」

黒山のような敵の群れ。

増援を呼べば、つぶせる自信はある。むしろそうするべきだろう。だが、敵は思った以上に本気でこの攻撃を仕掛けてきている可能性もある。

また、敵が飛んでくる。

飛んでくる度に処理するが、しかし味方の被害も増え始めていた。小型の補充兵は、掴まるとその場でねじ切られてしまうのである。

防御術式の起動まで、もう少し掛かる。粘らないと行けない。

通信が来た。魔王からだ。触手をふるって、敵を掴んで城壁の外に放り捨てながら情報通信球をのぞき込む。

「陛下!」

「話は聞いておる。 不死兵の強化型とは、厄介じゃのう」

「何か対策案がおありですか」

魔王が頷く。

こうでなければならない。さすがは魔王軍全ての父。知恵の泉にして、カリスマ。

「オーバーサンを使うとええ」

「神剣を、ですか」

「それには優れた技術力で生み出される破壊力の他に、もう一つ秘密があってのう。 その不死者共には、まさに必殺の威力となる事じゃろう」

「……分かりました」

通信が切れる。

周囲の阿鼻叫喚の中、急いでヨーツレットは作戦を立てる。

「後方から伝令! キタン軍を発見したとのことです! 数は七万五千! 不死者軍の後方、八千歩ほどの位置にて待機中!」

「この砦を不死者どもが蹂躙したら、一気に突撃してくるつもりか」

「おそらくは間違いないかと」

そうはさせない。

敵を処理している連隊長達に、指示を出す。

「しばらくは時間を稼げ。 そして、私が砦の後ろに出ると同時に、防御術式を再展開」

「どうなされるおつもりですか」

「陛下の言葉を信じる。 私の体内にある神剣オーバーサンに賭けてみよう」

ヨーツレットに頷くと、部下は周囲に散る。

城壁の下に群がっている敵は、かなり高さを上げてきている。そう長くは、保たない。

魔王の言葉を絶対的にヨーツレットは信じているが、不安はやはりある。

また、すぐ近くに敵が落下した。副官は置いてきて良かったとヨーツレットは思った。すぐに足を突き刺し、内部から焼き尽くす。毎度こんな事をしていたら、魔力が保たない。だが、やらなければならない。

「防御術式、短時間だけなら展開可能です!」

「よし、私が合図したら、全力で展開し、砦の中にいる敵を殲滅! その後は、防御術式の強度を上げよ! 只ひたすらだ! 私がオーバーサンを撃つまでもてばいい!」

何をするか、分かったものはいただろうか。

城壁の内側にある階段を駆け下りる。うめき声を上げながら、不死兵が飛びかかってきた。動きが速い奴もいるらしい。

通り抜けざまに足を一閃。体を上下に両断。後は部下に任せ、砦の中央広場を抜け、裏門に。

裏門でも激しい戦いが行われているらしく、周囲はひどい死臭が漂っていた。黒焦げになった敵の死体が散見される。流石に生き物(或いは、元生き物と言うべきか)だから、全部焼いてしまえば動かない。

かなり大きいのが歩いていた。足で掴んで放り投げ、空中に術式を展開して焼き尽くす。黒い炭になって墜ちてきたのを見て、嘆息。

魔力が、尽きそうだ。これを大々的に各地の戦線に投入されたら、大変なことになる。

裏門を抜けて、合図。

防御術式が、展開された。といっても、そう長くは保たないだろう。防御術式でドーム状に守られた中では、味方がまだ死闘を繰り広げている。今の砦の内部にいる兵力だけなら、撃退は難しくは無いだろうが。もしも三万の敵がまとめて入ってきたら、文字通り手に負えない。

地面を掘り始める。

そして、高速で地中を移動開始。岩山を抜けると、一気に柔らかい地層に出る。多少体にダメージがあるのは気にせず、加速。

地上に出る。草の根がかなり深くまで縦横に走っていたので、出るのが大変だったが、それでも敵の後方に到着。

見ると、一万五千ほどがすぐ至近で、方陣を作っている。そして、残りは既に放り投げられたのか、砦の側で団子になり、めいめい防御術を殴ったり叩いたりしている様子だ。

ヨーツレットは、己の全ての力を、オーバーサンに込める。

神剣と呼ばれる、正体がよく分からない兵器が、ヨーツレットの体内で、凄まじい熱を発しはじめた。

閃光が、口から漏れる。

不死者どもが、振り返る。唸りながら、ヨーツレットに迫ってくる。既に命無き巨大な肉塊を、ヨーツレットはむしろ気の毒だと思った。

「不死者共……。 哀れな者達だ」

オーバーサンの発射準備が整う。

光が、ヨーツレットの全身を覆うかのようだった。

補充兵も、人間の死体から作られていることに変わりは無い。皮肉なのは、人間が自分たちの死体を利用して作ったはずなのに、より扱いがひどくなっていることだろうか。

今、楽にしてやる。そう、ヨーツレットは呟くと、己が持つ最大の攻撃手段を、解放した。

「吠えろ神剣! オーバーサン、バーストッ!」

平原を、光の一閃が浄化した。

 

ヨーツレットが砦に戻ってくると、戦いは終わっていた。

魔王が言ったとおりになったのだ。冗談のように、無数の死人兵が溶けて消えた。文字通り、溶けたのである。

そして、只の肉塊に戻った。

無数の死体をつなぎ合わせたつなぎ目がほどけたのか、元の姿に戻ったのかはよく分からない。それに、此奴らが溶けて、どうして補充兵である自分が無事なのかも。

平原と砦の前には、大量の肉塊が散らばっている。あの光を浴びた死人兵は、なすすべも無く戦闘力を喪失した。わずかに残った連中も、掃討は難しくなかった。

防御術を張らせたのはこのためだ。オーバーサンの直撃を浴びれば、当然ただではすまないからである。味方を守るためだったのだが。しかし、ここまで激烈な効果が出るとは、流石にヨーツレットも思っていなかった。

「もったいないほどの大量の死体だな」

「しかし、そのまま使うのは危険すぎます。 一旦回収して、ミズガルア様に調査して貰う方が良いでしょう」

「うむ……」

少し前から、オーバーサンは量産化が始まっている。

といっても、近接戦闘用に限定したものであり、しかもさほど数は作れていない。師団長級の新型に、実験的に配布されているくらいである。

まさか、これを見越しての量産だったのだろうかと、ヨーツレットは気付く。しかし、そうなると、魔王には最初からあの死人兵を敵が作ってくることが見えていたことになってしまう。

ミズガルアが弱点を先に見つけていたという可能性は。いや、あり得ない。もしもあったら、魔王軍の最高司令官であるヨーツレットの耳に入る。

混乱するヨーツレットは、しかし敵が撤退したのは事実で、味方が勝ったことも確かである事を確認し。大きく嘆息した。

敵にしてみても、ある程度本気だったとは言え、これは様子見の筈だ。

一年間の平穏で、敵も味方もそれなりに新兵器を作り出しているのは当然である。ましてや敵にはエル教会がついているのだ。どんな恐ろしい兵器が繰り出されても、不思議では無い。

魔王からの通信があった。ほくほく顔である。笑顔を曇らせたくは無い。

「見事な勝利であったそうだな、ヨーツレット元帥」

「私の力ではありません。 オーバーサンの力です」

「そう謙遜するでない。 オーバーサンはのう、発見時に儂が改良を加えておる。 今回、不死者共を瞬時に薙ぎ払うことが出来たのも、その改良の結果なのじゃよ」

戦慄する。

オーバーサンは確か数年前に、フォルドワードで小国を落としたときに発見したはずである。その時から魔王は、既にこの展開を読んでいたというのであろうか。

「ご明察、流石にございます」

「いやいや、所詮道具は道具。 それを使いこなせたのは、ヨーツレット元帥の力であるぞ。 これからも頼りにしておる」

「光栄の極みにございます」

通信が切れた。

魔王に対する信頼は、揺らがない。

しかし、何処かで怖いと思ってしまっている自分がいるのも、確かだった。

オーバーサンとは、何なのだろう。名前の通りなら、太陽を超えるものという意味だが、そもそもそこからしてよく分からない。

部下達が総出で、敵の残骸である死体をかき集めている。それはもう、ヨーツレットが手を出すまでも無い事だ。

「私は一旦後方に下がる。 ここの砦の補修を任せても良いだろうか」

「すぐにでも実施させていただきます」

「うむ。 増援については、私から手配しておく。 少し兵力を増強しておいた方が良いだろう」

後方に控えていたキタン騎兵七万五千が撤退したこともあり、しばらくこの辺りは安全だろう。

だが、あの融合死人兵の力は予想以上だ。

オーバーサンの量産化を急いで貰わないと危険だと、ヨーツレットは思った。

 

ジンセンが戻ってくる。配下に損害は無い。

融合死人兵を使い潰すことにはなったが、敵の切り札を見ることが出来た。ハーレンは満足していた。

「味方に損害は無しで、敵の切り札を見ることが出来た。 何とも便利な存在であるな、融合死人兵は」

「陛下」

「そう怖い声を出すな。 充分に満足すべき結果だったでは無いか」

やはりジンセンは、今回の結果が大いに不満だったらしい。

勿論ジンセンも、部下を無為に死なせないと言うことについては、理解しているはずだ。だが、それ以上に、誇り高い男なのだ。

このように先祖を侮辱するような戦い方をすることを、好みはしない、という事なのである。

頭が古いと言うよりも、根っからの戦士なのである。だからこそ使い出もあるし、限界も見えやすい。それにこの男の忠義だけは、絶対に信頼出来る。そういう男であるが故に、得がたくもあった。指揮手腕に関しては、まだハーレンでは及ばないほどのものも持っているし、キタンの宝だとも言える。

だが、それが故に。

早く同じように、人外化の手術を受けて欲しいとも思うのである。この男を失ったら、魔王軍にどこまで対抗できるか分からないからだ。

一旦近くの村に戻る。

年がら年中移動しているのは、魔王による鏖殺を避けるためだ。やはり何度か実験してみたが、人外化は成功率がとても低いのである。能力が高ければ成功する確率も上がるようなので、いずれ参謀や将軍達には、大々的に進めるつもりではあるが。

輿を大形のパオに直接入れて、奥の御簾の中に入ってから出る。ジンセンはその間、ずっと鷹のような視線で、周囲を見張っていてくれた。

御簾の準備が出来て、ようやく一息つく。

「ハーレン陛下」

「何か」

「グラント帝国からの使者が来ています」

「分かった、すぐに会おう」

グラント帝国は、現在五十万に達する軍勢を西進させている。南部諸国領を一気に陥落させるためで、かなりの数の海軍もそれに同行していた。

ただし軍の規模が規模なので、まだ到着にはかなり時間が掛かる。

使者は目の下に隈を作った、いかにも陰気そうな女だった。女性の士官や役人が珍しくないキタンと違い、グラントで女文官はあまり数がいない。美人かというとそうでもないので、多分能力だけでのし上がったやり手だろう。

「陛下には、ご機嫌麗しゅう」

「うむ、してアイネス陛下の御用向きは」

「此方にございます」

ジンセンが受け取って、手紙を差し出してくる。

アイネスというのは、混乱の末にグラントの皇帝になった若者だ。というよりも、彼以外の皇族が魔王に皆殺しにされてしまったので、仕方が無く、というところであるらしい。ただ、人外化しているため、魔王に殺される可能性がないことも、皇位についた原因であるそうだが。

即位前は見向きもされなかった人物だが、人外化の影響か、これが意外にも優れた手腕を発揮して大帝国をまとめている。若い有能な士官もどしどしと抜擢している様子だ。

もっとも、魔王による再三の攻撃で首脳部が壊滅していなければ、そう上手く改革は進まなかっただろうが。

アイネスの手紙を読むと、通過する土地と、物資の消費などについて、細々書かれていた。この若者、女では無いかという噂があるのだが、違うとハーレンは判断した。何となく、字を見ていると分かるのである。

いずれにしても、誠実である事と、ある程度以上の能力があることはよく分かった。油断できない相手である。

「分かった。 陛下の誠実さには感謝するばかりであるとお伝え願いたい。 それと、この書簡を届けて欲しい」

「分かりました」

手紙だけ受け取ると、そそくさと女は去る。

ここをかぎつけて正確に辿り着いただけでもたいしたものだ。ただ、態度から言って、ハーレンをよく見ていないのは確実だったが。

ただ、だからといってもう何も感じない。性欲自体が既に存在していないし、あったところでどうにもならないからだ。

「融合死人兵の配備を進めよ」

「直ちに」

部下がパオを駆けだしていく。

エル教会が何をもくろんでいるかは、まだ分からない部分も大きい。一つはっきりしているのは、連中の手のひらの上で、踊らされていると言うこと。

しかし、いつまでも操り人形に甘んじるつもりはない。

この世は、人間のものだ。ハーレンはそう考えていたが故に。

 

4、オケアノス

 

若き竜である魔王軍軍団長グリルアーノは、グラウコスとレイレリアと一緒に、それが大海を泳ぐ様を見ることになった。

クラーケンの後継として海軍に配備された大形補充兵、オケアノスである。

全体的には非常に細長い。しかも特性として、体が節状になっており、それが連なっているのである。

いずれの節もが意思を持っており、それぞれが攻撃能力を有する。今までの生物としての特性からどうしても逃れられなかった補充兵とは違う。集合型補充兵とでも言うべき存在であり、敵の攻撃を受けたところでびくともしない。

しかも、このオケアノスが強力なのは、生存能力だけではない。

演習の相手になったのは、海上にそそり立つ大岩だが。それを演習で、わずかな時間で木っ端みじんにして見せたのである。

グリルアーノは、側に浮いているレイレリアに聞いてみる。この戦慄を、共有したかったから、かも知れない。

「レイレリア、どう思う」

「どうも何も、海のことはあたしの専門外よ! でも、なんだかここまで来ると、ちょっと禍々しいよ」

「そう、だな」

確かに、もはや補充兵でさえ無いような気もする。搭載している兵器の中には、人間が作り出したものも含まれている有様だ。

キタルレアに配備が進んでいるというベヒモス型にしてもそうだ。

なんだか、どんどんおかしな方向に進んでいるような気がしてならない。しかしながら、去年の地獄の戦闘のことはグリルアーノだって覚えている。

味方の、特に純正の魔物を死なせる位なら、化け物を作ってでも人間の圧倒的物量に対抗した方が良いのではないか。そう、思えてくるのだ。

しかしながら、補充兵だって。心がある奴もいるし、悲しむ奴もいる。

レイレリアだってそうだ。ちょっと感情の制御が下手なようだが、それでも面白い奴で、でも戦争が嫌いなのは見ていて分かる。多分此奴は、ヨーツレットと平穏に過ごせればそれだけで満足なはずだ。

人間を滅ぼすことは、出来るのだろうか。

そうしないと、戦争が終わらないというのなら。なんだか、泥沼の中でもがいているようにしか、思えなかった。

「グリルアーノ軍団長」

「なんだ」

足下から声がした。見下ろしてみると、カルローネの所にいる師団長のシュラだ。

腰にぶら下げているのは、最近噂の量産型オーバーサンか。まだ十本に満ちない数しか作られていないと言うことだが、此奴にも渡されたのか。

シュラは戦闘タイプの人間型補充兵という事もあり、苦手だ。カルローネが孫のようにかわいがっているし、何より有能なことは分かっているのだが、積極的に話したいとは思わない相手である。

「カルローネ軍団長がお呼びです」

「早く行ってきなさい」

「ああ、分かってるよ。 魔物使いが荒いな」

グラウコスにせかされて、グリルアーノは海岸線からきびすを返す。

前の戦いで翼は丸ごと失ったが、義翼の調子はすこぶる良い。それに負傷したと言っても、他の軍団長に比べればマシだ。

ドラゴンの飛翔力を持ってすれば、ひとっ飛びである。途中、ラピッドスワローと何回か鉢合わせる。巡回中の大鳥は、一礼をする事もなく、無言で辺りを飛び交っていた。まあ、喋る機能が無いのだから、仕方が無いか。

フォルドワード戦線は、カルローネを中心とした態勢ができあがりつつある。メラクスがキタルレアに行ったことで、カルローネを司令官に、此方に回されたクライネスが参謀に、という状況が自然だからだ。

カルローネが上にいる事はまんざらでもないと、グリルアーノは思っている。一族でも数少ないエンシェントドラゴンであり、温厚でグリルアーノのこともよく理解してくれている。同じ軍団長でも、相手が格上だと認めることは、素直に出来る。

だが、一方で、カルローネ軍団を倍の規模に強化するとか、新型の補充兵がみんな向こうに回されるとかすると、やはり不満も感じるのである。

一年前の大戦争で、最前線で最後まで死闘を続けたのはグリルアーノとグラウコスだ。レイレリアは空中戦を続けた結果、途中で撃墜された。カルローネやメラクスは瀕死の重傷を受けて、後方に搬送された。

彼らの戦いぶりが自分に劣るというわけではない。

軍団長が全滅も同然の状態になった中、負傷を押しながら最後まで戦ったグリルアーノに、何か褒美は無いのか。グラウコスには、今回オケアノスが優先的に回される。だが、グリルアーノは。魔王に不満はない。だが、多分全体の、組織に対しての不満は、くすぶりはじめていたかも知れない。

司令官にしろ、などと言わない。

だが、何かこう、見返りみたいなものはないものか。そう感じてしまうのである。

司令部に到着。

88インチ砲の砲列が並ぶ中を歩く。人間型の副官が、ぱたぱた走り回っていたので、踏まないように気を遣った。

「おお、来たか。 こっちだ」

「カルローネ軍団長、何用でしょうか」

「今日、陛下から、おまえさんに届け物があった」

ぱっと表情が明るくなりそうになって、慌てて引き締める。良い贈り物とは限らないし、無理難題かも知れない。

届け物は、二つだという。

一つは、体につけるプロテクターのようなものだ。当然ドラゴン仕様だからかなり巨大である。此方に配備されたベヒモスに載せて運ばれてきたらしい。

逆U字型のそれを、触ったり噛んだりして確かめてみる。かなり堅い。丁度鞍のようにして、背中から載せるらしい。つけてみると、腹の辺りに二つ、何か大砲みたいのが来た。

「これは?」

「改良型オーバーサンU型。 陣頭の猛将であるそなたにと、魔王陛下が特別に作ってくださったそうだ」

「おおっ!」

使い方はよく分からないが、ちょっと、いやものすごく嬉しい。

時々クライネスが機嫌良さそうにしているのを見たが、そんな感じに周囲から見えることだろう。

ちょっとそわそわする。

さっき触った感触だと、強度は申し分ない。しかも二門オーバーサンがあるというのはすごい。

「連射はできぬらしい。 説明書はここにあるから、しっかり読んでおくようにのう」

「ありがたい! なんだかここしばらくの鬱屈が、報われた気がします!」

うきうきのグリルアーノは、しかし不意に嫌な予感にとらわれる。

こんな良いものを貰ったという事は、残り一つは何だろう。

最近、軍団の再編成が進んでいる。中核になる部隊であるカルローネ軍団に、精鋭や歴戦の部隊が次々移動しているのだ。クライネスの采配であり、大変腹立たしい。合理的だと分かっていても、だ。

「そなたも、最近人間に近い姿の師団長が配備されていることは知っておると思う」

「はあ、あの魔王城にある結晶の中の子供に似た、あれですか」

「そうだ。 貴殿にも、一名面倒を見て欲しい」

思わず、絶句する。

シュラの事も苦手視しているグリルアーノである。まさか、直属の師団長に、あれが来るとは思わなかった。

おもわず、今貰ったオーバーサンU型に触れてしまう。

人間を心の底から嫌っている魔王が、どうして人間型の師団長なんぞ作るのか、グリルアーノには理解できない。

だが、そのグリルアーノの心情を察してだろうか。カルローネが、柔らかく動いてくれた。

「思うにな」

不意に、カルローネが周囲を見回して、声を潜めた。グリルアーノは、何だろうと思って、同じように周囲に気を配る。

「陛下は、あの子供を復活させようとしているのではないのかな」

「死人をよみがえらせる、ですか」

「そうだ。 そうでなければ、人間を心の底から嫌い抜いている陛下が、こうも同じ顔をした人間型の副官や文官、それに最近では師団長を、しかも性格を毎回変えて作る理由が分からん」

「確かに……」

そういえば、あの結晶の中の子供、耳の辺りが羽状になっていた。

人間は肌の色やら目の色やらで相手を差別し、時には殺す。あのような異形であったら、きっと人間の社会では、さぞやむごい虐待を受けたことだろう。

おそらく、あの子供が、魔王が人間を徹底的に憎むきっかけになったのは、ほぼ間違いない所だ。

しかし、カルローネの推測が正しいとすると、今作られている人間型の師団長は、いずれもがプロトタイプだと言うことになる。なんだか、それも哀れな話であった。性格はどれも違うが、魔王に忠義を尽くしているし、前線でも臆せずに戦っている者達ばかりなのだから。

「陛下が、それだけを目的にしているとは思えん。 おそらく、人間の根絶も目的になっているはずだ。 それは信頼出来るし、何より安心できるのだが、どうも不健康な話よのう。 仮に同じ存在を寸分違わず再現できたとしても、決して同じ存在にはならないだろうに。 死者は決してよみがえらん。 だから命は尊いんだがのう」

「そうですね。 しかし、陛下の悲しみも理解できます。 陛下の心の傷を癒やせる存在は、いるのでしょうか」

「いまいな。 少なくとも我らや人間には無理だ。 或いはあの結晶の子供が生きていたのなら、或いは出来たのかも知れぬが」

いずれにしても、それは推測に過ぎない。

だから、それを元にこれ以上話を進めても仕方が無い事だ。

とりあえず、最新型の師団長の戦闘力については、重々承知している。確かに以前の師団長よりも、格段に強いことに関しては事実なのだ。精鋭を引き抜かれて不満に思ってはいたが、最新鋭の師団長を回してくれたと言うことは、部隊も刷新してくれると見て良さそうである。

様々な思いが入り交じり、憮然とするグリルアーノ。カルローネが気を利かせてくれたか、新しい師団長を呼んでくれた。

「これ、リノ師団長。 挨拶せよ」

「はい」

向こうから歩いてきたのは、背中にひれ状の器官がある、軍服を着た人間型の師団長だった。

腰からぶら下げているのは、多分件の携帯型近接戦闘用オーバーサンだろう。

随分ときびきびした雰囲気である。

「第六巣穴から参りました、リノ師団長です。 猛将と名高いグリルアーノ軍団長の麾下に配属され、光栄であります!」

「ああ、そうか」

一目で分かる。相当に強い。オーバーサンを与えられていると言うことは多分近接戦闘タイプだが、前線で大活躍を見込めるだろう。

更に、アシュラ型、ヘカトンケイレスを多数含む新師団が配備されることも決まった。これで、かってのフォルドワード防衛部隊をしのぐ規模の戦力が整ったことになる。エンドレンはまだ混乱が続いているはずで、攻め寄せたとしても迎撃は出来るはずだ。以前のように、どうにか勝てたという状態ではなく、守るだけならある程度余裕を持って出来るはず。

欲を掻いて攻め込んだりしなければ、大丈夫だろう。

もっとも、此方の戦力が強化されているように、人間側も新兵器を多数配備している可能性もある。油断は禁物だが。

「早速ですが、各師団の長に挨拶に伺いたく。 案内をお願いできますでしょうか」

「そうだな。 乗れ」

「分かりました」

背中に乗られると、ちょっと緊張する。

此奴がきまじめな奴だと言うことは分かった。だが、やはり人間に似た姿をしている奴には、あまり心を許せない。

背中にあるひれのようなのは、魚のものかと思ったら違うらしい。

「この背びれでありますか?」

「ああ、そうだ」

「古代に生きていた大型生物の、ディメトロドンというものを模したそうであります」

「そうかそうか」

どんな生物か見当もつかないが、まあそれは良い。

翼を広げて、飛び立つ。

釈然としない部分は確かにあるが、希望は叶ったのだ。これ以上欲を掻くのは身を滅ぼす元だ。

そう考えて、カルローネは、自軍の陣へと飛んだ。

 

メラクスは良い報告と、悪い報告を同時に受けていた。

西ケルテルに、またグラント帝国の軍勢が進駐というのが悪い知らせである。以前にも五万の兵が来たことは聞いていたが、今度の規模も五万。元いた兵力は南下して、アサム王国の領土に勝手に居座り、周囲の住民を追い出して軍事基地を作り始めたという。非常に勝手な行動だが、十万を超える圧倒的軍勢にアサム王国は文句を言えず、息を潜めて様子を見るばかりだそうである。

グラント帝国は一個師団を一万、五個師団で一軍団という編成をしているらしい。つまり二個軍団が来ていることになる。更に海上で活動している部隊や、西進している部隊も数多いようで、最終的な規模は見当がつかない。

現時点で合計十万となると、ユキナの義勇軍、更にアニーアルスの八万と加えて、此方の軍勢を上回る規模である。まあ、兵で多少上回っている程度では怖くも何ともない。メラクスにとって面倒なのは、海軍を活用して南岸を荒らされることだ。

良い知らせというのは、新配備のオケアノス型である。

少し前にフォルドワードでの試運転が終わり、ついに実戦運用が開始された。フォルドワードでもかなりの数が配備されはじめており、此方にも十匹が来ることが決定。これならば、多少の艦隊などものともせずに蹴散らせるだろう。

そうなると、やはり陸上戦力が問題か。

現時点では、ソド領の五万に加え、メラクス軍団の十五万が守りを固めている。後方にいる守備部隊を動員すれば更に数を増やせるだろうが、あまりメラクスとしては気が進まない。

メラクスは司令部にしているキドラン山の砦にいた。魔王のために作った玉座の前にあぐらを掻いて座り込み、腕組みして考え込む。サンワームが時々来て、ブラルドに構築中の大規模軍港の進捗について知らせてくるが、それ以外はあまり興味を感じなかった。

不意に、目の前にバスケットが差し出される。果実類がたくさん入っていた。

顔を上げると、モナカである。

「どうした」

「あの、すみません。 お食事をしないと、お体に触ります」

「そうだな」

皮も剥いていないリンゴを手に、二口で芯ごと平らげる。もう一つ、もう一つと口に運ぶ内に、相当に腹が減っていることに気付いた。

驚いたのは、モナカがこんな気を利かせることが出来た事だろうか。

すぐに、バスケットの果物を、全て平らげてしまった。自分でも驚くくらいの食欲である。

「腹が減っているらしい。 もっと持ってきてくれ」

「はい」

嬉しそうに、モナカが下がる。再び腕組みして、今後の事を考える内に、また随分時間が経ってしまった。

気がつくと、座ったまま眠っていたらしい。背中から毛皮のコートが掛けられていた。前にはバスケットに盛られた果物の山。

メラクスは魔族であるが、果物は好物でもある。バナナを剥いて口にする。しばらく、手が止まらなかった。

手紙が入っている。モナカが書いたものらしい。

ちゃんと食べてくださいとか書いてあったので、やれやれと頭をなで回す。あんなうっかりどじな副官に心配されるようでは、大概だ。

食事を終えると、一度外に出る。既に真夜中だった。

前線の方を見るが、今の時点では動きもない。グラント帝国の軍勢は、多分全軍が揃ってから仕掛けてくるつもりだろう。ただ、多数の密偵が入り込んでいるのは分かっている。しばらくは純正の魔物は、南部諸国には入れられない。

モナカのように戦闘力が低いタイプも、常時護衛をつけている。まあ、口を割らされたら面倒だから、当然の措置だ。

サンワームが、闇から浮かび上がるようにして来た。護衛が左右に何名かついている。

「軍港の建築ですが、今六割という所です。 完成したら、水運のネットワークが一気に広がります」

「問題は敵の海上封鎖作戦だが、やはり敵の軍船には、かなり大きいのが来ているのか」

「88インチ砲を搭載した軍船が確認されております。 ただし、数はさほど多くはないようです」

「そうか……」

88インチ砲が相手になると、クラーケンでは厳しいだろう。やはりオケアノスが来てから、水運を本格的に動かすほか無い。

後は補充兵の材料だが。今、人間の集落などから、使えそうな死体を集めているが、さほどの量は集まっていないらしい。この辺の人間は火葬の風習があるらしく、それが原因だそうだ。

「人間を皆殺しに出来れば簡単にかなりの死体が集まるのですが……」

「それをするには、連中は数が増えすぎた。 それに、実際問題、労働力としては重宝している。 ヨーツレット元帥の言うことは確かに正しいのかも知れん」

「納得はいきませんが、現実を見る限りそのようですね」

悔しそうにサンワームが言う。

三百万を超える人間をあっさり鏖殺するのは確かに不可能だ。今までの各国攻略作戦でも、ローラー作戦で随分時間を掛けて人間を殺したのである。それでも逃げ延びた人間は、かなりの数がいた。

管理がしやすいようにしようと、今パルムキュアが様々に悪戦苦闘中だ。それらが上手く行ったら、管理のために割く手も減るかも知れない。場合によっては、人間の兵士を、敵にぶつけることが可能になるかも知れなかった。

「いずれにしても、定期的に確実に死体が手に入るのだ。 管理さえしっかりしていれば、問題も起こらないだろう」

「はい。 此方としても、ヨーツレット元帥の命令ですし、魔王陛下も元帥の好きなようにと言われている以上、逆らう理由はありません」

「そう、だな。 カイマンとアリゲータは」

「あの子供らなら、ようやく昨日戻ってきました。 軍団長のために果物をたくさん採ってきたんだって、言っていましたよ」

そうか、あの果物は。

あの子供達も、少しはメラクスのことを考えてくれていたのか。そう思うと、少し心が温かくなる。

大きく嘆息すると、メラクスは少しはあいつらにも優しくしてやろうかと思った。

いずれにしても、今は敵の大軍勢に対する備えをしなければならない。

場合によってはもう一人、軍団長を此方に呼ぶ必要があるかも知れない。そう、メラクスは思った。

 

5、ジェイムズの確信

 

ずっと昔。

貴族の三男坊として生まれたジェイムズは、幼い頃から周囲から孤立していた。

好きな者は本。それは良い。

だが、人体の仕組みや、その神秘にばかり惹かれた。年頃になっても、女体よりも、内蔵や血液、それに死体にばかり興味が行った。

やがて、長男が家を継ぎ、ジェイムズは完全に厄介者になった。

グラント帝国に交渉して、研究所を建てて貰った。それは、兄からの厄介払い料だったかも知れない。

自分の趣向が異常だと言うことは理解していた。だが、どうにもならなかった。女を抱いてもみたが面白くも何ともなかったし、子供を愛らしいと感じることもなかったのである。

同じような趣向の者達が集められた。

そして、研究所は、邪悪の巣窟となっていった。

ジェイムズは思う。

どうして、自分のような怪物が生まれたのだろう。

何故、自分は人間なのだろう。

だが、怪物だからこそ、分かることもある。人間が如何に醜悪か、外から見れば、それは明らかだった。

ジェイムズの心は、怪物そのものだったが。それを不思議に思うことはあっても、悲しいと感じることはなかった。むしろ人間の方が、怪物に思えてならなかった。

魔王軍がフォルドワードで姿を現した事を聞いたとき、ジェイムズは歓喜の声を上げた。

やがてジャドが現れたとき。

ジェイムズは、自分が孤独ではないことを知ったのである。

そして、今。

真の意味で、孤独なる狂人は。人では無くなった。

 

ジャドは西に西にと進み、街道に出ると、まっすぐオリブ領に向かった。

現在キタルレアの人類領土としてはもっとも西にある地域の一つである。南部諸国同盟の西半分が墜ちてからと言うもの、オリブ領の重要性は更に増したとも言える。しかし、オリブ領そのものは貧しく、土地としての価値は決して高いとは言えない。

だが、アニーアルスにしてみれば、ようやく得た領土である。遊牧民への壁として作られたアニーアルスも、今では対魔王軍の要として、重要な存在となっている。実際オリブ領は入ってみるとかなり高度な要塞化が施されており、簡単に侵入できる場所ではなかった。

身分を明かして入ろうにも、双子まで情報が行くまで随分掛かる。それに、ジェイムズとジャドが会うのは、双子としても気分が良くないだろう。

だから、ジャドは闇を抜けるようにして、アニーアルス軍の防衛線の隙間をくぐり抜けた。

闇の中を歩き、兵士達の目を盗んで、到着したジェイムズの屋敷。

どうやら研究の成果が認められて、グラント帝国の時よりも良い待遇を受けている様子だ。その代わり、周囲の警戒も厚い。

塀を乗り越えて、屋敷の中に入り込む。

思ったよりも清潔だ。

しかし、それもジェイムズの部屋に入るまでだった。

「おお、我が友よ!」

部屋に入ると、いきなり大げさな動作で、ジェイムズが飛びついてきたので、天井に飛んで逃げる。飛びつき損ねたジェイムズはしばし地面でもがいていたが、やがて鼻を真っ赤にして立ち上がった。

「痛いではないか、我が友」

「ああ、そうだな。 研究は進んでいるか」

「おかげさまでな。 銀髪の双子様々だよ」

けたけたとジェイムズは嗤う。

その雰囲気が変わったことに、ジャドは気付いた。

「おまえ……」

「ああ、少し前に人間を止めた。 アニーアルスの軍勢が、魔王に攻撃されたろ。 流石にやばいと思ってなあ」

「おまえにとって、人間とはなんだ」

「オモチャ。 というか、世の中の全てがオモチャよ。 この私自身も含めてな」

ジェイムズは、何が面白いのか、ただひたすら嗤い続けていた。

しばらくして、ジェイムズは不意に真面目な表情になる。

「魔物の死体がたくさん手に入って、色々と面白いことが分かったよ」

「ほう」

「以前の研究と組み合わせてはっきりしたが、此奴らは人間が変化した存在だな。 それについては前にも見当がついていたが、これで確信できた。 昔、人間の一部が、魔物になったというのが真実だのう。 どうしてそんなことになったかは、まだよく分からんがな」

以前、そんな話をジェイムズがしていたことを思い出す。

そして、ジェイムズは、フラスコを取り出した。

「どうやらこれが、その元凶らしい」

そう言って見せてくれたのは。

ジャドも知っている。エル教会が、闇の福音と呼ぶ薬剤だ。禍々しい闇色をしており、見るからに悪意と邪悪な意思を放っている。

死体を不死兵にするだけではなく、様々な用途で用いることが出来るらしい。

どうしてだろう。魔物の血と同じ効果をもたらしているはずなのに。それには、人間の限りない悪意が込められているような気がする。

「魔物の血より、これは数段強力でなあ。 ただし、ある制約がある」

「制約……?」

「そうだ。 どうやら伸びしろがない奴にとっては、ただの劇物になるらしいのだ。 しかし、ある程度の伸びしろや、願望がある人間が摂取すると、その体そのものが変化する」

こんな風になと、ジェイムズはべえと舌を出す。

その舌には、無数の目があった。おぞましすぎる。けたけたとジェイムズは笑い、上半身をはだけてみせる。

無数の触手。

大量の目。

肌には縦横に血管が走り、それが脈動していた。そればかりか、皮膚の彼方此方にあるほつれは、口ではないか。

もはやこの男、化け物どころか、人外ですらない。完全な怪物になり果てていた。

ジェイムズの狂気が形になれば、きっとこういう姿になるのだろう。ジャドもおぞましい怪物と言われれば反論できない存在だ。そしてジェイムズも、今やそれと完全に同類と化した。

この男が、ずっと昔から、そう望んでいたように。

「……そうか、おまえはもう、完全に怪物なのだな」

「だが、人間にとっては有益な怪物よ。 魔物の血と闇の福音についても研究を進めているが、近々成果は出るだろう。 王弟にも、近いうちに、人間を止めるよう勧めに行くつもりだ」

しばらくはここにいろと、ジェイムズに言われる。

ジェイムズは天才だ。だが、過剰なジャドへの友情の示し方からして、孤独なのだ。そして孤独を苦しんでもいる。

この天才の闇が、ジャドには少し分かる。しかしそれ以上に、ジャドは双子のことをどうにかしたかった。

だから、ジャドは少し悩んだ末に、応える。

「魔王軍が、今訳が分からない道具を集めている。 軍団長まで動員して、だ」

「ほう」

「何か心当たりは」

「良いだろう。 それを引き替えに、滞在してくれるというなら。 ひひひひひひ、私が調べてみるさ」

頼むと、ジャドは呟くと。

ここにいると知った双子が、悲しまないことを、祈るのだった。

 

(続)