不可解なる実験

 

序、降伏した小国

 

ソド王国。

キタルレア南部に点在する小国の中では、比較的東に位置し、現在で言えば魔王領とわずかだが境も接している。

人口は二十万強ほどと少なく、常備兵も五千弱。それも、戦闘経験も殆ど無く、国外に遠征したことも無いと言う脆弱な軍勢だ。

このような国が存在していたのも、周囲が弱小国家だらけであった事に起因している。要するに、他の国も似たような状態だったのである。魔王領に接して慌てて軍事強化をしはしたが、財政を圧迫するばかりで、まともな効果は発揮していなかった。

そして、今回のキョド国の無差別虐殺である。

歴史上、大陸中央の騎馬民族による侵略は、何度となく行われていた。だが、此処まで徹底して残虐なものは例を見なかった。

元々、騎馬民族は、むしろ白色人種よりも温厚な政治を行う者達である。彼らが残虐になるのは、約束を違えたり、明確に敵対した場合だ。元々人口がさほど多くない騎馬民族の土地では、ジェノサイドがもっとも有効に働くのである。

だが、それを騎馬民族は、他の民族が生活する地域でも行ってしまう。それが、全ての軋轢の元だった。

今回に関しては、キョド王ボクトツが、東側の諸国と密約を結んでいた。魔王領への攻撃を行ったら、南部の諸国を好き勝手に切り取って良いと。それに、勇者と言われる銀髪の双子が介入した。

キョド国は、国を挙げて、それへの報復に出た。というわけだ。

勿論極めて身勝手な話である。東側の諸国は強大とは言え、南部諸国と直接関係があるわけでも無い。

つまり、勝手に他人の国を売り払ったも同然である。

そんな無茶な条約を理由に虐殺を行われては、たまったものではない。

それに、ソド国は長年の平穏で国政も腐りきり、とても外圧に抵抗できる国家では無かった。泡を食った彼らは、あろう事か魔王に恭順して、平和を保とうと考えたのだった。

ヨーツレットは、キョドの軍勢を蹴散らした帰り道に、その詳細な説明を聞いて、思わず頭痛を感じていた。

どいつもこいつも、あまりにも身勝手すぎる。これが人間の国家における論理という奴なのか。滅ぼさず管理しようと考えているヨーツレットでも、思わず皆殺しにしたくなるほどであった。

今、南部諸国はユキナとか言う女を中心にまとまろうとしているはず。そいつと連合して軍を鍛えるなり、或いは東側の諸国に抗議するなり、或いは早めにキョドに恭順するなり、手はいくらでもあるような気がしてならない。

まあ、人間なんかそんな程度の存在だと考えて、納得することにする。

「パルムキュア師団長」

「はい」

「私はこれから、親衛機動軍団を再建しなければならないし、決戦の時に備えて体を休めなければならない。 指示は此方から出すから、貴殿の一万八千をソドに駐屯させたい」

「わかりました!」

節足が生えた巨大なイソギンチャクに似た姿をした内気な師団長は、触手をわきわきさせて応えた。多分お任せくださいとか、そんな意味の意思表示だろう。内気かも知れないが、とても優れた力の持ち主である。ちゃんと指示さえ出していれば、きちんと動いてくれる事だろう。

他にも一万二千の部隊を残していく。これは元々各地の防衛に当たっていた軍勢であり、もともと機動力は低い。むしろ守勢にこそ、本領を発揮する部隊だ。

合計三万の守備兵力が、ソドに駐屯することになった。ソド独立防衛部隊と呼称。師団長であるパルムキュアに、ある程度の権力を委任する。

こうして、魔王軍は、ソド国を掌握した。

醜悪なソド国の民は、通り過ぎる魔王軍に、露骨にこびへつらいの視線を送っていた。人間の誇りとやらはどこに行ったのか。元から無かったのだろう。なんだかしばらく此奴らについては考えたくも無いが、しかしこれ以上も無い好機である事も確かなのである。だから、不快なのを我慢して、効率よい管理について考えていかなければならない。

パルムキュアに後を任せて、ヨーツレットは仮設魔王城まで戻った。

そこで、新しい師団長と、三万の兵力増強を要請する。当然即日かなうわけも無いので、しばらく待つことにした。

一旦部隊を各地に散らせ、それぞれ訓練をさせる。ヨーツレット自身は魔王に事の次第を報告した後、城下にある上級士官用の森にて体を休めようと思った。エルフ型の補充兵達が、ついに適当なところまで仕上げたのだ。森は深く、生態系も再現されており、土も充分な栄養を蓄えている。それだけではなく、岩山に沸いていた温泉を引いてきてもあるのだ。

少し前までクライネスが使っていたようだが、奴はもう回復して、再編作業に当たっている。温泉がとても心地よいという事なので、楽しみであった。

登城した後、魔王を探す。玉座にはいなかった。

エルフの護衛を見つけたので、聞いてみる。

「陛下は? 戦果を報告したいのだが」

「陛下でしたら、先ほど温泉に行かれましたが」

「おお、先を越されたか!」

ちょっと残念だが、陛下が先に行ったのなら仕方が無い。

しばらく玉座の間で丸まって待つことにする。ムカデの姿をしているヨーツレットには、丸まることが休息の姿勢になるのだ。

やがて、二刻ほどした頃だろうか。

魔王が戻ってきた。ほかほかした様子で、満面の笑みである。大変にご機嫌だ。

「おお、元帥か。 先に一風呂浴びていたぞ」

「なかなかに素晴らしい湯とのこと。 私も楽しみです」

「そうじゃろうそうじゃろう。 鉱泉を発見したのは、実はヴラド将軍でのう」

これは意外なことだ。

というよりも、ヴラドもこんな形で失点を返したいとは思っていないはずだが。なんだか、妙なことになった。

「将軍には何か報いてやらねばならぬのう。 元帥、何が良いと思う」

「そうですな……。 これから忙しくなりますし、また故郷に帰る機会を与えてはいかがかと」

「そうじゃな。 奥方と会わせてやろう」

魔王は、護衛達に手伝われながら、玉座につく。

ヨーツレットは体勢を直すと、戦果の報告に入る。討ち取った敵兵三万五千に加え、多くの死体を持ち帰り、なおかつソド国を無血占領した。この間、アニーアルス軍に落とされた領土の分を補ってあまりある大戦果である。

魔王は喜んでくれた。

「うむ、流石じゃ元帥」

「ソド国では、以前ご報告申し上げた実験を実施いたします。 結果が出るまで、しばしお待ちください」

「うむ、うむ」

「それでは、失礼いたします」

どうにか、魔王を怒らせずに済んだ。また機嫌が悪くなるのでは無いかと、心配していたのだ。

温泉に入ったことで、魔王は相当に機嫌が良くなっていたらしい。元々魔王はとても優しい方なのだ。逆鱗に触れる話題であっても、温泉に入ることで、どうにか許すことが出来たのだろう。

温泉様々である。ヨーツレットはかさかさ道を歩きながら、ヴラドと温泉に感謝していた。

城壁を幾つか越えて、森に入る。静かな森の中では、鹿が鳴いており、兎が跳ねているのが見えた。

森はかなり深く、木々にはびっしりとこけがついている。しばらく来ないうちに、随分しっかりした森になったものだ。木漏れ日がとても美しく、新緑の香りがとても心地よい。こんなに素晴らしいものを、どうして人間は焼き払うのか、理解に苦しむ。

奥の方には、エルフ族が集落を作っているという。フォルドワードから移動してきた者達も、かなりいると言うことであった。

城壁の少し内側。

大きな樫の木の側に、温泉はあった。

石を積んで、プール状にしてある。ヨーツレットはおろか、カルローネも入れるくらいのサイズだ。

エルフ型の補充兵が、何名か手入れをしているのが見えた。彼らを監督しているらしい魔物が顔を上げた。オーク族の、かなり年配の男性だ。

「これは元帥! 今日は陛下に続いて、元帥までこられますだか!」

「そうかしこまらなくても良い。 温泉には入れるか」

「へえ、直ちに。 これ、おめえだず。 元帥のお体をお流ししろ。 傷には触れないようにきをつけるだぞ」

頷くと、エルフ型の補充兵達がわらわらと群がってくる。

ちょっと面倒くさかったが、別に断る理由も無い。まず湯に入って、その温度を堪能する。

暖かい。

全身に、温熱が染み渡るかのようだ。

猿など、ある程度の知能を持つ動物が温泉に入ることはよく知られている。この温泉も、高い治癒効果がある様子であった。

「これは、きもちがよい」

「この温泉は、飲んでも効きますだ。 陛下はちょっとお腰を痛めておいででしたが、今日帰って行かれるとき、とてもお体が軽そうでしただよ」

「それは何より、だな」

しばらく湯船に浸かる。触手までふやけそうだった。

温度が絶妙である。エルフ型の補充兵達が、森だけではなく、温泉まで丁寧に処置しているのは一目でわかった。

そういえば。

グラの所にいるエルフ型の補充兵、確かカーラとか名前がある者も、黙々と森を拡大し続け、そろそろ山の二割ほどが森になりつつあるという。元がエルフなだけに、とても優秀な者達である。

このオークの老人にしても、志願してキタルレアに来ているだけのことはある。

ヨーツレットは、彼らをしっかり使いこなす必要がある。その責任はとても重いと言えた。

「そなた、名前は何という」

「おらですか? おらは、アーシといいますだ」

「そうか、アーシ。 これから時々世話になる」

湯から上がる。エルフ型の補充兵達に、体を流して貰った。

汚れも埃も、綺麗さっぱり取れた。さっきまで悶々と悩んでいたことも、綺麗に落ちたような気がする。

これは、最高のリフレッシュだ。

「うむ、快復した。 アーシよ、陛下もこれから時々来ると思う故、必ずや満足していただけるよう心がけるのだぞ」

「ははーっ! ありがてえこってす!」

温泉から上がると、ヨーツレットは多少休んでから、すぐにソド国の件に取りかかろうと決めた。

今、意思と気力が充実している。

多少嫌なことであっても、今片付けてしまわなければならなかった。

 

1、合理的統治

 

規模としてもさほど大きくないソド国に、三万に達する魔王軍が進駐した。

無条件降伏の結果である。ユキナがまとめつつある南部諸国の軍勢も、アニーアルスの軍も、介入する暇が無かった。

ただし、少数の精鋭だけは、潜入することが出来た。

イミナとシルン、レオンとプラムの四名も、その中に含まれている。

勿論、イミナも潜入前に、充分な情報収集はした。ソド国の資料は集めさせたし、それも全て暗記した。地形に関しては、もう完全に記憶している。どのような道があり、どんな山があるのかも、全て把握していた。人口分布についても、かなり細かい単位で理解している。

だから、魔王軍がどの辺りに防衛線を張るとか、駐屯軍がどの辺りにいるだろうかとか、その辺りも見当がついていた。

「ねえ、お姉。 正面から戦うのは無いにしても、どうするの?」

「魔王軍がまずどう行動するかを確認する」

住民を片っ端から殺すようだったら、それはなんとしても排除するべく動かなければならない。だが、早速影から伺った山間の村では、それとは真逆の光景が繰り広げられていた。

魔王軍の兵士一個小隊が、村人を広間に集める。

そして、指揮官らしい大きな魔物が、恐怖に引きつる村人達に言う。

「これから、貴殿らには得意なこと、経歴を書いて貰う」

「得意なこと? 経歴?」

「今まで、どんなことを勉強してきたか、どんなことが出来るか、だ。 得意なことがあるようなら、場合によってはソド国の統治機構に参加してもらう事になる」

「よくわかんねえけど、役人になれるっていうのか?」

顔を見合わせる村人達。

魔物は村人を並ばせると、面接を始めた。何しろ山間の村である。殆どは只の農民であり、生まれてこの方狩と農業しかやったことが無い様子だった。

一通り面接が済むと、駐屯部隊だけを残して、魔物は去って行った。

勿論、村人に手出しをする雰囲気は無い。そればかりか、食料や医薬品まで置いていった様子である。

じっと見ていたシルンは、小首をかしげていた。

「どういうこと?」

「さてな。 よく分からん」

「もしも皆殺しにするのなら、こういう末端から処理するのが一番手っ取り早いはずなのだが……」

レオンが呟く。

空を、航空部隊の魔物が行く。だが、やはり人間を見かけ次第殺している、というようなことは無い様子だ。

身を隠しながら、次の村へ。

更に驚くべき光景が広がっていた。

寝たきりの老人に、魔物が回復術を掛けている。老人は家族に支えられて、起き上がることが出来ていた。

「あ、ありがてえこってす」

「礼は無用。 以降は配布する仕事を的確にこなしていくように」

かなり高度な回復術である。魔物の術式に関する高度な知識には舌を巻くとシルンも言っていたが、あれくらいは朝飯前と言うことか。

死体をよみがえらせる以外のことは、だいたいできるのでは無いか。そうとさえ思えてきた。

途中、荷車で死体を運んでいるのを見た。

だが、どれも自然死したもののようだ。ただ、これに対しては、住民もあまり好意的な目を向けてはいない様子だ。

一通り見て回ったところで、イミナは行動に出ることにした。

一人、物陰に適当な村人を引きずり込む。頭がはげ上がった、中年の男性だ。

泡を食っている村人に、出来るだけ好意的に話をかける。

「私は、よその国から状況を探りに来た者だ」

「へ、へえ」

銀貨の入った袋を渡して、話を聞かせて欲しいと言うと、男は途端に口が軽くなった。

今の時点で、村人が害されるようなことは無いらしい。何が出来るのかを聞かれた後、何名かは実践するように促されたという。その後は、仕事が配布された。仕事の内容は農作業だったり、或いは植林だったり、だという。

「植林?」

「へえ、荒れ地を森にしろとか、よくわからねえ仕事でさ」

荒れ地だったら畑にすれば良いのにと、男はぼやく。イミナは、シルンと顔を見合わせた。

確かに、それは常識的な判断だ。だが、イミナはシルンと魔王領で転戦してきて知っている。

魔王軍は、森を作っている。荒れ地を森に代えていると言っても良い。どういう意味があるのかはよく分からないが、少なくとも身を隠すのには何度か役立った。

他には、死人が出たら申し出るようにと言われているとか、男は話してくれた。

「魔物は、死んだ人間を喰うってもっぱらの噂でさ」

「……」

魔物は、人間を殺す。

それは今までさんざん見てきた。魔物はまず軍隊を潰して抵抗能力を奪った後、ローラー作戦で残りの人間を片っ端から殺す。それは、今までフォルドワードでも、キタルレアでも、さんざん見てきた光景だ。

しかし不思議な話だが、魔物が人間を美味そうに喰っている所は、見たことが無いのだ。特にあの異形である、生きた人形とも言える魔物達については、そもそも食料が必要では無い節さえある。

だが、魔物達は死体を欲しているという。これは一体どういうことなのだろう。

レオンが今度は話を聞き始める。

「何か、信仰を強制されたり、否定されたりと言うことは」

「ええと、神様についてとか、ですか?」

「そうだ」

「それが、変なことを言われましただ」

妙なこと。聞き返すレオン。

男は、実に信じがたい内容を語ってくれた。

「ええと、こんな感じでしたな。 何を信じようとも自由。 逆に、誰かに思考や思想を押しつけることは堅く禁じる」

「……っ? どういうことだろうか。 エル教会の教徒がいても、魔物は気にしないという事なのか」

「へえ、神様を取り上げたり、祭りを禁止したりって事はしねえと。 ただし、生け贄は今後、生き物ではないものを使うようにとか命令されましただ。 特に人間や魔物に関するものは絶対に禁止だとか。 ああ、髪の毛とか爪とかは良いって言ってましたな」

意味がよく分からない。つまり、動物などを捧げることは許されず、それに変わるもの、たとえば人形とか、肉とかを使えと言うことなのだろうか。

それに、魔物にとって何の意味があるのだろうか。

「あ、そうだ。 それと、どんなことを考えても良いが、他の者に害になったり、破壊行為につながる事を実行するのは禁止、とか言われましただ」

「そうか。 では、特に窮屈なこともなく、生活できていると」

「へえ。 むしろエル教会の規約がどうのこうのって色々あった今までより、よっぽど静かな生活が出来そうで。 罰則も、今までよりずっと軽いようで、村長さの話聞く限り、人殺したり魔物さ傷つけたりしない限り、死罪になる事もねえらしいだ。 エル教会の司祭様は泡喰ってるべが、他のみんなは誰も困ってねえ」

「わかった。 済まなかったな」

村人を離してから、すぐにその場を後にする。

森の中を歩きながら、小声で会話した。腕組みして、レオンが一番深刻な顔をしている。プラムはというと、そもそも話の内容に、興味が全く無さそうだった。

「どういうことなんだろう」

「エル教会には、まずい内容っぽいね」

ずばり、プラムが言う。

この子は、変わってはいるが、決して頭は悪くない。

「そうだな。 エル教会にとっては、唯一絶対の正義である事が、依って立つ理由になっていた。 だがここのところの敗戦に加え、魔物はそれ以外の正義も提示してきている」

「民は混乱するだろうね」

「そうだな。 知識層は、別の事を考えそうだが」

少なくとも、魔物がいる場所では、異端審問は発動しない。

勿論、このソド国に、懲罰のための軍勢が派遣される可能性はある。その場合、もし駐屯している魔王軍が破れたら、此処の民は「思想浄化」のために皆殺しにされることだろう。

エル教会は、今まで革新的な思想などが出てくると、その都度そうやって潰してきた。エル教会は絶対。唯一無二。だからこそ、世界でこれほどの巨大な勢力を作り上げることが出来たのだ。

だが、魔王軍は、それをひっくり返してしまった。

「もう一つ、困ったことがある」

「なあに?」

「ああ、ええとだな。 少し前に入手した情報だが、エル教会は魔王を呪殺しようと、禁術を発動したらしい。 口にするのもおぞましい、邪道の極みに属する呪いだ」

「それで?」

「丸ごと反射されて、十万以上の死者を出したそうだ」

「そうだね。 魔王に魔術で勝とうなんてする事事態がおかしい」

イミナには、レオンのその言葉だけで、言いたいことがわかった。

エル教会は、以前だったらソド国に、その邪悪な呪いを叩き込んでいただろう。だが、今度はそれも出来ない。

跳ね返されたときのリスクが大きすぎるからだ。

そうなってくると、軍勢を派遣するしか無い。だが、ソド国は南部諸国の一角であり、しかくキョドやキタン、混乱中のモゴルなどの遊牧民国家に挟まれている、大変兵を送りにくい立地にある。

キョドを動かすのが一番手っ取り早いが、連中は「先の大戦で、南部諸国は切り取り勝手次第」などと東側の大国群と約束しているらしく、多分もう一度動かそうとしてもそっぽを向くだろう。強欲なボクトツ王であるから、なおさらだ。

「街の方も見ておこう」

「リスクが大きくないか」

「いや、だからこそ、潜入する意味がある」

イミナが言うと、シルンが最初に賛成した。多分アクセサリ屋を冷やかしたいのだろう。

プラムはどっちでも良さそうな雰囲気であり、レオンは最後に嘆息する。

「わかった。 やむを得まい」

 

ソド最大の街は、国のほぼ中央にあるユンクレットという小さな都市である。城壁に囲まれている小規模な城塞都市であり、人口は二万五千。一応、国の一割の人口が集中している大規模都市、ということになる。

大国の地方都市程度の規模しか無いが、一応の防備は整っている。

もっとも、使っている人間が長い間平穏になれていたため、警備は穴だらけだが。しかしながら、今はそれも状況が違っていた。

城壁の上には、以前何度も交戦した、手強い六本腕が複数うろついている。そのほかにも、かなりの魔物が警備についているようだった。

城壁の外側では、補強工事が行われている。

人間が奴隷としてこき使われているかと思ったのだが、見れば魔物と人間が混成で働いている。黙々と働いている魔物に混じって、強力な連隊長級が何匹かいて、人間と話をしながら工事を進めているようだった。

話をしている人間は、いかにも偏屈そうな老人である。だが、まるで無数のかにの足が生えたウナギのような魔物とは会話が成立している様子だ。

「此処は、もっと頑丈に作った方がええ」

「理由について聞かせて欲しい」

「此処は内側の柱に大きな負担が掛かる場所だ。 もし敵が攻城兵器をぶち込んできたら、城壁が一気に崩落しかねない」

「なるほど、わかった。 では此処に、重点的な工事を行おう」

ウナギは納得したらしく、男の言うとおり部下を集めて工事を行っている。

石切や運搬についても、人間と魔物が共同で行っていた。驚くべき光景である。レオンが一番目を剥いていた。

「信じられん」

「私もだ。 魔物が、まさか人間と肩を並べて仕事をするなんて」

「それも、強制されているようには見えないね」

プラムが核心に触れる言葉を言う。

これは、本当に訳がわからないとしか謂いようが無い。一体此処では、何が行われているのか。

シルンが術式を展開。終了後、首を横に振った。

「洗脳されている様子は無いよ。 あの人達、自分の意思で仕事してる」

「何故だ。 金に釣られたか」

「情報が足りない。 もう少し調べてみよう」

正面の門から、街の中に入る。

普通の、石造りの小さな街だ。だが、幾つか違うことがある。

街の中に豚がいない。

普通の街では、汚物処理のために豚が飼われている。当然異臭もひどいし、豚が食べるからと言う理由で、汚物も垂れ流しである。病気の発生率も当然高い。

此処ではと言うと、かなり急あしらえだが、水が引き込まれ、汚れは其処に流されているようだ。豚は処理されたのかと思ったが、違った。街の郊外にある養豚場に集められて、そこで世話されているようである。

まだまだ徹底されていない部分も多いとは言え、街の中は驚くほど清潔だ。水に汚れを流すことによって、効率よく汚物を処理しているからだろうか。

汚物はというと、街の郊外に水を使って流して、そこで肥料に加工している様子であった。

無駄が無い。

というよりも、驚くべき都市計画だ。

一通りみて回った後、街を出る。まだ警備がいい加減な内に出ておかないと、多分脱出不可能になる。

郊外の森で、額を寄せ合って話し合った。

「驚いた。 私は幾つかの大国に行ったことがあるが、その首都でも此処までの都市計画に基づいた建築をしていない。 魔物は一体、此処に何を作ろうとしているのだ」

「随分と住みやすそうだね」

プラムが言うが、嫌みの要素は一切無い。イミナも、同じ印象を受けたからだ。

というよりも、だいたいの街よりもよほど良く出来ている。しかも魔物が人間を虐待している様子が無い。

「思考の自由ってのは凄いよね。 エル教会なんか、異端とかって話になったら、すぐに粛正、皆殺しでしょ?」

「そうだな。 だが、他のところで魔物がやってきた事を考えると、何かしらの作為がある事は間違いないだろう」

とは言いつつも、イミナはどうも違和感を感じていた。

この国の人口は二十万程度である。確か駐屯してきている魔物の軍勢が三万程度と聞いているから、効率的にやればジェノサイドは難しくないはずなのだ。

今までの魔物の軍勢の行動をみると、人間への凄絶な憎悪を感じた。無理も無い話で、。虐待と迫害の果てに、北極で魔物達は全滅を待つばかりだったのである。それなのに、此処ではそれをあまり感じない。

敵が連隊長級と呼んでいた、知性のあるタイプの異形の魔物は、或いは。元々、人間に対して、固定的な憎悪を持っていないのでは無いのか。

「とにかく、一度アニーアルスに戻ろう。 オリブ領で、状況の確認をした方が良い」

「そうだな。 それが良さそうだ」

当然、各国も此処の状況には注目しているはずだ。此処で動くよりも、外から俯瞰して見えてくることもあるだろう。

三万の魔物の軍勢が駐屯している以上、此処は簡単には落ちない。今後、どうなるかは、戦の帰趨を左右するようにも、イミナには思えていた。

 

一通りの作業を矢継ぎ早にこなしながら、パルムキュアは不可解だなと思った。イソギンチャクに似ているこの内気な師団長は、高い知性を与えられている。だからこそに、今回の作戦について、妙だと思うのである。

ヨーツレット元帥が何を考えているのか、いまいち見えてこない部分があるのだ。

納得は出来る。

戦略上の布石である事はわかる。だが、此処での人間の扱いは、まるで彼らの心に入り込んで、操作するかのようだ。統治とか、共存とか、そういうものではない。人間を如何に効率よく動かすかを実験しているかのように思える。

そしてこの都市計画。

かっては王城だった役所の屋上に出る。節足を動かして階段を上がり、警備に当たっているヘカトンケイレスの敬礼を受けながら、街を一望できる場所へ。

石造りだから、屋上はとても頑丈だ。パルムキュアの体重を支えても、まず落ちることが無い。

街は急ピッチで再編成が進んでいる。

人間の中からも優秀な技術者を募り、補充兵と一緒に働かせている。不思議な事に、人間にとっても利益になる事であれば、反発はしないらしい。最初はジェノサイドに結局発展することも覚悟していたのだが。

今の時点では、その恐れは無さそうだった。

最初にやった面接で、二十数万の人間の特性を把握しておいて正解だった。適材を適所に回して、効率よく管理が進んでいる。というよりも、今までが非効率すぎたのだ。人脈を中心に施政を行っていたこの国は、あまりにもマンパワーを無駄にしすぎていた。これでは、勝てる戦いも勝てないし、退けられる敵にも蹂躙される。

人間はひょっとして、とんでもないほどに自分たちの力を無駄にしているのでは無いかと、パルムキュアには思えてくる。

「パルムキュア司令官」

「ええと、如何しましたか」

屋上に降り立ったのは、最近連隊長として生を受けたクラッドだ。珍しい鳥形の連隊長だが、首がある部分からは長細い触手が伸びていて、その先端に一つ目がついている。大きさは大型の鷲ほどだが、速力はかなりのもので、なおかつ魔術に関しても相当に優れた素質を持っている。

ばさばさと羽ばたいて着地したクラッドが、辺りを見回すように首を伸ばして、目を彼方此方に向けた。それから、小声で言う。

「みてきましたが、今のところやはりかなりの密偵がいます」

「それも、予想通りですね」

「はい。 泳がせますか」

「ヨーツレット元帥の指示ですから。 ただし、住民を誘拐しようとしたり、魔物に手傷を負わせようとしたら容赦なく排除してください」

頷くと、クラッドは飛び立った。

この目玉の鳥は、特殊能力を持っている。いわゆる瞬間記憶能力である。

面接の際に、クラッドは住民全てを記憶した。つまり、住民では無い奴が紛れていれば、文字通り一目で判別可能なのだ。

魔物は、特に補充兵は連隊長級以上にもなると、基本的に何かしらの特殊能力を備えている。魔術が優れているとか、腕力が優れているとか、そういう特化型の能力も多い。だが、実験的に与えられている力もまたある。魔王が直接設計したような魔物は、特に完成度が高い能力を持っているのが常だった。

一度、役場に降りる。

かって王だった男が、掃除をしているのが見えた。能力が著しく劣るので、この役場の地理的知識を生かして掃除をすることくらいしか使い道が無いからだ。恨みがましい目でパルムキュアを見ているが、周囲には監視をつけている。下手なことは出来ないし、させもしない。

役場は、かって謁見の間だった広い空間に机を多数並べて、人間と魔物が入り乱れて仕事をしている。その一角で、無言のエルフ型補充兵と何名かの連隊長が見つめる中、かって閑職に追い込まれていた男が地図上に指を走らせていた。

「この辺りを森にすると、ライネン川の水源を強化することが出来ます。 しかし、此村の住民達にとって、ここからの用水路を失うことは死活問題に近く」

「詳しいな」

「赴任していたことがありますので」

巨大なカニに似ている連隊長に、目がぎょろりとした細身の男は言う。額ははげ上がっており、異相というほかない容姿である。

文官をしていたラズという男だ。「見かけが気持ち悪い」という理由で王の不興を買い、閑職に遠ざけられていた。周囲からも馬鹿にされていたようである。

実際に使って見るとこの国の隅々まで把握しており、細かい部分までよく知っている。パルムキュアはわさわさと節足を動かして、話し合いの場に近づいた。

「これは司令官どの」

「ええと、すみません。 あのう、植林計画は順調ですか」

「幾つかクリアしなければならない問題がありますが、それさえ抜ければ」

「ラズは大変に有能です。 仕事がはかどります」

連隊長が太鼓判を押すと、ラズはちょっと恥ずかしそうにした。

しばらく、やりとりを見つめる。

ラズは物怖じしない物言いで、ずばりずばりといろいろな事を指摘していく。人間には嫌われるかも知れないが、合理的にものを動かすには丁度良い素材であった。

パルムキュアはやりとりをしばらく見つめていたが、特に問題は無し。魔物に対しても恐れず意見を言ってくるラズは、確かに異才なのかも知れないが、しかし此処を管理するには有用だった。

護衛を連れて、街に出る。

パルムキュアが姿を見せると、流石に青ざめて道を空ける人間が多い。当然の話である。魔物の中でも、補充兵は異形の度が大きい。特にパルムキュアはイソギンチャクに近い姿をしている事もあって、人間を常食していると噂が立っているらしかった。

あいにく、肉どころか食料そのものが殆ど必要ない体である。

街を警備している補充兵をみて回る。三万の軍勢は、首都ユンクレットに一万が配置され、国境の警備に二万が出回っている。砦に分散して常駐しているのは一万五千ほどで、五千は常時周囲を警戒して廻っているのだ。

いずれにも、純正の魔物は存在しない。

魔王への、それに人間を嫌う純正の魔物達への、ヨーツレットの配慮だった。

警備に問題は無い。さっき屋上からみたのとは違う角度から確認できるため、とても有意義な時間だ。

パルムキュアが歩き回っているのをみると、喧噪がぴたりと止む。子供などは、パルムキュアをみて泣き出す場合もあった。泣き出した子供を、親らしい人間が抱え上げて、頭を下げるとそそくさ去って行く。礼などは強要していないし、そもそも尊敬など求めていないからそれでいい。ただし、しばらくは、働かせている人間を通じて、彼らの意見を取り入れるしか無さそうだと、街をみて回りながらパルムキュアは思った。

人間はまだまだだが、街のシステムについては順調に向上している。

「街の清潔度は、だいぶ上がって来ましたね」

「はい。 疫病の発生確率はかなり下がってきています」

「このまま、更に清潔になるよう保ってください。 後は食料生産率を上げて、純正の魔物達でも満足できる食料を作れるようにしていきましょう」

下水や上水をチェック。

上水は街に入れる前に、大きな術式で一度沸かしている。さらに汚れを取るように砂や石で段階的にフィルタリングしている。

勿論まだ未完成のシステムである。そもそも最初は水道を作るところから始めなければならなかった。補充兵二千ほどを動員して一気に作ったとき、街の住民達は冷ややかな目で見ていたものである。

だが、清潔な水が供給されるようになると、少しずつ利用者が増え始めた。

下水もそれにあわせて利用を開始。郊外の養豚所とあわせて、いずれ完璧な堆肥作成のシステムを完成させる予定である。

街を制圧して一月ほど。

かなり、街の完成形は、近づきつつあった。

 

夕刻。

街の東側の城壁を崩し始めた。元々老朽化が激しく、破城槌などを打ち込まれたらひとたまりも無い事がはっきりしていたからだ。防御術式で誤魔化してはいたが、それにも限界がある。

城壁をどかしてみると、基礎部分もかなり痛んでいる事がわかった。パルムキュアは連隊長級の魔物達を集め、更に人間の技術者達も招集する。

ヘカトンケイレスが黙々と石を取り崩して運んでいるのを横目に、クラッドが言った。

「此処はいっそのこと、城壁を壊して、開放的な空間を作ってはどうでしょうか」

「施政にはそれが便利だが、賛成は出来ない」

口ひげを生やしたいかにも偏屈そうな老人が言う。赤い鎧を着ていて、腰からは長い剣をぶら下げている。鎧はそれなりに豪華だが、剣は実用一辺倒の飾り気が無いものだ。

彼はこのユンクレットの警備隊長をしていた男である。年老いてはいるが、非常に責任感が強く、王に対して直言を繰り返していたらしい。だが、それが受け入れられることは無かったそうだ。

魔物達からは騎士団長とあだ名で呼ばれている。

ナイトレーという名前からだが、本人はそのたびに警備隊長だと訂正するのだった。

「この街は防御力が弱く、あなた方の兵力があっても攻囲には不利だ。 もしも此処を崩すのなら、外側にもう一重城壁を作る必要がある」

「なるほど、確かにそれが正しいか」

暗くなってきたので、補充兵ゴブリンが何名か、たき火を持ってきた。

照らされる地図を睨みながら、ウナギのような姿をした連隊長、コデックは長い首をもたげる。

「我々は長期的な都市計画を念頭に置いている。 もともとこの基礎は魔術でも修復にかなり年月が掛かるし、いっそ作り直すのも手だ。 そうなると、基礎を補修しながら、この辺りに砦を作り、城壁をこう延長していくか」

「パルムキュア師団長はどう思われますか」

「ええっと、そうですね。 むしろ私は、此処から城壁を延長した方が良いと思うのですけれど」

触手を伸ばして、地図上で線を指し示す。

コデックが出した案よりも、更に外側だ。コデックの案だと、現在の排水処理施設と養豚場を、戦時に守れない。

パルムキュアの案の場合、それらの問題をクリアできる。更にこの町を大幅に拡大できる他、城壁の内部に中規模の牧場を用意することが出来る。また、畑の一部も、街の中に囲い込むことが可能だ。

「これほど街を大きくしてしまうと、防衛の手間が掛かりませんか」

「ええと、その場合の戦力の増強についてはお任せください」

「ふむ……この規模になると、この小さなソド国が、中規模国家並みの首都を抱えることになって、私としては夢のようなのですが」

ナイトレーは不安そうである。

元々この男は、調査によるとこの町の住民ではなかったそうである。イドラジールが存在していた頃、先祖が何かしらの理由で失敗して追放され、この国に居着いたものだそうだ。それが故に名誉を挽回するために必死になっていたし、今の地位になるまでにずいぶんも苦労したらしい。

それが故に、この首都を守ることには、人一倍執念が強いのだろう。

「ええと、我々は現時点で利害関係が一致しています。 故に、無茶はしないことを理解していただきたいのです」

「……そうですな」

「コデック連隊長、案をまとめて、建築計画を立てていただけますか」

「わかりました。 三日以内にまとめます」

一度、会議を解散する。

夜半までには、作業も終了した。ざっとパルムキュアの方でも基礎のダメージは確認するが、元々礎石があまり丈夫では無かったかのようで、罅が深く入っている。石材としても、さほどよいものではない。

城壁などを作る場合に使う礎石としては、もっとも質が低いと言っても良いだろう。元々小さくて貧乏だった国である。その上腐敗していたのだから、仕方が無いとも言えた。

一旦パルムキュアの方でも、市庁に戻る。

今日一日街をみて回り、いろいろな問題点もわかってきた。ヨーツレットに報告をしなければならない。

ヨーツレットもそうだが、パルムキュアも、人間が好きでこの仕事をしているのでは無い。魔物の将来のために実施しているのだ。

だからこそに。

作業には、手を抜くことが出来なかった。

 

仮設魔王城の一室。

森が完成してから、仮設魔王城は増設工事に入っている。城壁を更に外側に一重追加して、其処に更に森を作る予定が出来ているのだ。そして、内側の森には、所々に小型の砦を設置して、兵の運用をより柔軟にする予定が立てられていた。

この部屋は、そんな砦の一つ。一番大きなトライと呼ばれる砦の、最上階にあるものであった。ヨーツレットが私室として使っており、他の軍団長を招くこともある。現に今は、クライネスがいた。

飾りっ気の無い部屋で、石で組んだ殺風景な場所だ。執務机には決済しなければならない書類が溜まっていて、あまりのんびりもしていられない。

ヨーツレットは一通り報告書に目を通すと、側にいたクライネスに聞いてみる。

「どう思う、クライネス」

「元帥の考えることには、全面的には賛成しかねますが」

前置きをした上で、ウニに似た魔王軍の参謀格は言う。

「ただし、人間を管理するという試み自体は、試してみても悪くは無いと感じます」

「陛下は?」

「勿論報告済みです。 元帥に任せると仰っておられました」

そうかと、ヨーツレットは呟いた。

絶大な信頼と、人間への憎悪。魔王も悩んでいるのだろう。

元々、魔王は人間だった。おぞましい人間の業に晒されたことで、人間への敵意の塊となっているが、それでも心の奥底で、自覚しているはずだ。

己が幸せを願った存在は、人間であったと。

勿論ヨーツレットは人間が大嫌いだ。魔王をさんざん苦しめ続け、その全てを否定し、破滅に導いた存在だからだ。だからこそ、共存は不可能であるとも思っている。

だが、魔王の悲しみを理解しているからこそ。そのゆがみに、光を差し込ませたいとも感じているのだ。

この仮設魔王城に関しては、内部に作られた小型の巣穴で、守備兵も管理要員も作るという方針で決まっている。だから、時々魔王は巣穴に出向いては、作っているのだ。殆どは強力なオーダーメイドの師団長や連隊長だが、それに混ざっているのを、ヨーツレットは知っている。

魔王の悲しい願望が、である。

「ところで、守備部隊の編成状況は」

「既に、キタルレアではあらかた再編成は完了いたしました。 次の敵の大攻勢に備えて、今度は機動部隊を強化していく段階に入ったかと思います」

「エンドレンは」

「グリルアーノ軍団は既に定員を満たし、まもなくグラウコス軍団も。 カルローネ軍団、メラクス軍団は今五割という所です。 レイレリア軍団に関しては、現在根本的な調整を行っております」

頷く。順調な展開だ。

次の戦いに備えて、今二種類の補充兵が、前線への投入に向けて最終調整を行っている。

その影響を最も受けるのが、ヨーツレットの親衛軍団と、レイレリアの航空軍団である。特にレイレリアの方は、敵が対空戦闘能力を身につけ始めた現在、火力が大きいと言うだけでは通用しなくなりつつある。

「よし、では明日、調練を見学させて貰うことにする」

「準備をしておきます」

「後早ければ七ヶ月と少しで、人間が再反撃に出てくる。 それまでに、可能な限りの準備を整えなければな」

まずは、アニーアルスに取られた領土を、奪回する。

エンドレンでの戦況も、好転させる工夫をしなければならない。ヨーツレットの怪我はほぼ癒えたが、前回のような、かろうじて勝てた、というような状況だけは避けなければならなかった。

 

2、土台の裏

 

カルローネは、歩いた。

内蔵をはみ出すほどの怪我をして、意識が戻ってきてから、既に三ヶ月が経過している。飛ぶことはまだ無理だが。補充兵の技術を応用して作った義前足を使って、歩くことだけは出来るようになっていた。

既に年老いた竜であるカルローネは、黙々と歩く。

その巨体が進むたびに、地面が揺れた。

「カルローネ軍団長、此方です」

前の方で手を振っているのは、この間配属されてきた師団長のシュラだ。人間に似ているが、背中からは無数の触手が生えており、体の配色も人間とは違う。額には第三の目もある。

シュラの所まで、七歩。

辿り着いた。息は切れていないが、やはり以前と同じようにはいかない。何というか、骨が痛いのだ。

ぱたぱたと足下にシュラが走り寄ってくる。そして、前と見かけだけは変わらない義前足を撫でた。

「お疲れ様です。 今、回復術を掛けます」

「おう、すまぬな」

周囲には、砲台が林立している。此処はフォルドワード大陸の海岸にある、カルローネ指揮下の砲台陣地だ。近くにはカルローネが通っている軍病院もある。

しばらく休んでから、また歩く。歩きながら、働いている部下達を観察した。

壊滅して一度解体されたカルローネの軍団も、既に充足率五割ほどまでに回復している。しかも司令部に関しては、既に構築が完了していた。師団長は合計で七名が配属され、その一名がシュラである。シュラは子供らしい笑顔さえ浮かべないものの、優れた術の力でカルローネを的確にサポートしてくれていた。頭も、さほどは悪くない。

人間に近い姿をしているから嫌だという部下もいるのを、カルローネは知っている。だが、嫌っていても一緒に仕事をしたくない、というほどでは無いようだ。シュラは実際、充分に働いていて、今のところ部下としての不満はない。

立ち止まると、またシュラが回復の術式を使ってくれた。

回復術の光が、しばらくカルローネの足を覆っていた。それが途切れると、随分足が楽になる。

正確には、足の骨が、なのだろうが。

「終わりました」

「うむ、それではもう少し歩くとしようか」

こうして、今は病院で決済をする以外は、部下をみて回る毎日である。砲台陣地もだいたいが復旧している。ただ、まだ兵力が足りない。前回と同規模の敵が攻め込んできたら、防ぎきれないだろう。

空を仰ぐ。

少し前から、訓練を開始している補充兵がいる。それが編隊を組んで飛んでいるのだ。

レイレリアの軍団は、根本的な点から見直しが進んでいる。航空部隊の爆撃を主任務とする風船型と、それを護衛する補充兵に加えて、今編隊を組んでいる連中が大幅に増員される予定なのだ。

この間の大会戦で、敵は対空攻撃能力を身につけていた。

それに対抗するためにも、新しい補充兵は必須である。人間は恐ろしい速度で武器を進歩させるからだ。

兵器や戦術ではかなりの改良がみられ始めている。

だが、カルローネは感じる。やはり、現在の指揮系統では、敵を迎撃するのは難しい。軍団の正式規模を拡大するか、或いは更に軍団を増やすか。

だが、補充兵が5、純正の魔物が4という現在の軍団長編成は、とてもバランスが取れている。更に、実戦指揮では補充兵が3、純正の魔物が4となっており、これもまたバランスを絶妙に保っている。

魔王は、補充兵と純正の魔物が、魔王軍を管理しやすいように、こういった場所でもしっかり配慮してくれているのだ。

だから、軍団を増やすより、やはり規模拡大が正しいのだろう。

あと二月ほどで、軍団の再編成が終わると試算が出ているようだ。そうなると、其処から更に編成を見直すことになるだろう。やはり、統括する部隊の数そのものを増やした方が良いはずだ。

現在、七個師団と親衛部隊で十五万。これが一軍団の規模である。

これを、十四個師団と親衛部隊を二つで三十万。この一軍団とし、更に軍団には属さない独立部隊を作成する。独立部隊は特殊部隊として作成するものと、文字通り予備役として旧型、員数外の補充兵を配置する部隊に分けた方が良いだろう。そして、戦時では、此処から損害を補填していけば良い。普段遊ばせておくのも何だから、通常時は別に軍団に属さなくても出来るような警備任務や、或いはインフラ周りの整備を行うようにしていけばいい。

歩きながら、病院に。

また、かなり足が痛くなっていた。

病院の中には、かなり広い空間がある。カルローネ用にも大きな寝台が作られていて、そこで横になって休む。

医者はそろそろ翼を再生する時期だと言っていた。

足でこれだと、空を飛ぶまでにはまた数ヶ月が掛かるだろう。説明を聞きながら、運ばれてくる書類を見る。

またかなりの書類が来ていた。うんせうんせと、シュラが書類を運んできて、側に並べていく。

「ふむ、これは」

「陸上戦でヘカトンケイレスと並んで、今後の主軸となる歩兵補充兵の配属許可書です」

「ほう……」

そういえば、アシュラという補充兵が、作成の段階で失敗していたという話を聞いたことがある。

あれも改良を重ねていたとすると、そろそろ実戦投入できていてもおかしくない頃だろう。

「わかった。 ただし、演習をしてからだぞ」

「はい」

素直に返事をするシュラに目を細めると、カルローネは他の書類にも目を落とした。

 

緑が、山の中で大きな存在感を示すようになっていた。赤茶けたはげ山の一角が、完全に命を取り戻し始めている。

虫だけではなく、鳥もかなり来るようになっていた。そろそろ小型の動物も入れていく予定があると、グラは聞いた。

エルフ型の補充兵、カーラの、黙々たる努力の結果である。既にグラが巣穴を管理しているこの第六巣穴のある岩山は、二割半ほど緑に覆われている。管理せずに生えている雑草も増えてきていて、以前は草一本生えなかった岩の間からも、緑色のたくましい蔓が伸びるようになってきていた。

後は、少し前からカーラがやりたがっていた水源の植林だが。此方については、キバが手伝ってはいるが、まだ成果を上げていない。どうも下手に手を出すと大事な水源が壊れてしまうらしく、毎日カーラは仕事が終わった後に水源の側に座り込んで、じっと考え込んでいる様子だった。

輸送部隊の長に茶を振る舞っていたマロンが戻ってくる。

「グラ様」

「どうした」

「緊急の用事が入りました。 連隊長級の補充兵の方々と、急いできて欲しいとの事です」

それは一大事だ。

マロンは基本的に無口で、必要なことしか喋らない。だから、冗談を言うことはまずあり得ない。

すぐに仕事を一段落させると、現場に向かう。場所は第六巣穴内の第二巣穴である。途中で、連隊長級二名と合流。地下洞窟に降りながら、マロンと話した。

「用事とは、やはり新型の補充兵に関してか」

「はい。 以前失敗したアシュラの改造型だそうです」

「そうか」

あの気むずかしいシャルルミニューネが、遅れると相当五月蠅そうである。

そういえば、アシュラの失敗版というのは、随分昔に此処で姿を見た。あれが完成したのだとすると、どんな姿になっているのだろうか。ちょっと興味がある。

穴の奥へ。

戦闘の気配は無い。一応静かで、安心した。

シャルルミニューネがいた。人工胎盤の前に、こんもりと黒い巨体がある。あれが、アシュラの完成型だろうか。

「シャルルミニューネどの」

「来たかい。 クライネス軍団長も立ち会うって話だから、早く準備をしないといけないんだけどね」

「わかっている。 手伝ってくれ」

ヘカトンケイレス二体が前に出て、シャルルミニューネを手伝い始めた。

黒い塊は、今までみた補充兵の中でも、特に異形が凄まじい。

全体的には筋肉質なのだが、足が非常に短い。その足も、ほ乳類のものとは違っていて、節足である。

更に腕があるべき場所には、穴の開いた器官が合計八つついており、触手でさえ無い。頭があるべき場所は半球型で、無数の複眼がついていた。

以前みたのとは、まるで形状が違う。

というよりも、今までみた補充兵は、何らかの形で生物的だった。此奴はもう半分機械的であり、そういう意味でも飛び抜けた異形だった。

「ほら、歩けるかい」

問題ないとでもいうように、アシュラが進み始める。みると、此奴一体だけでは無く、複数が存在しているようだ。

連隊長カーネルが、小声で話しかけてくる。

「話に聞いただけなのですが、敵騎馬隊に対する備えとして作り出された補充兵だとか」

「騎馬隊に対する備え、か」

「はい。 強力な呪術で身を守り、強力な一撃離脱を行ってくる騎馬隊は、その破壊力が問題になっていました。 事実ヨーツレット元帥も、大きな怪我を何度もしておりますし」

「それに対する答えが、あの形か」

機動力を武器にする補充兵には見えない。実際、動きはとても鈍重だ。

そうなってくると、どうやって騎馬兵の攻撃に備えるのか。

外では、クライネスが既に何名かの師団長を連れてきていた。流石に此方は動きが速い。

一礼すると、ちょっとクライネスはむっとした様子でグラに応じる。以前、会議でクライネスの言うことに賛同しなかったのを、まだ根に持っているらしい。

「お久しぶりです、クライネス軍団長」

「元気そうで何よりだ。 すぐに一緒に麓の荒野まで来て欲しい」

「わかりました」

連れだって、ぞろぞろと歩く。

他の魔物達が、アシュラ型の異形をみて、目を剥いているようだった。やはり、他の魔物からみても、あまりにも異形が際立つらしい。

麓には、人間が潅漑と伐採で荒野にしてしまった原野が延々と広がっている。演習には絶好の地形だ。

アシュラ型は六体。かさかさと節足を動かして、配置につく。

「グラ君、みていて欲しい。 君は多分前線には立たないだろうが、兵を生産する場所にいる以上、その性能には責任が生じるからだ」

「はい」

確かにその通りだ。

今のところ、この第六巣穴で生産された補充兵が問題を起こしたという話は聞いていない。師団長達は皆一線級で活動しているようだし、特に不安だったシュラは何の問題も無いとのことだ。むしろカルローネは、実の孫のようにかわいがっているとか。

確かに愛くるしい奴だったので、無理も無い。

ただ、もしもクレームが来るようなら問題だ。シャルルミニューネだけではなく、グラにも責任が生じてくる。

今まではあまり考えていなかった。仕事をすることで精一杯だったからだ。

今後は、シャルルミニューネの機嫌を取りつつ、仕事の効率化と監査を入れていく必要があるかも知れない。

クライネスが、師団長何名かと協力して、術式で目標を動かし始める。

騎馬兵を模した案山子だ。車輪がついていて、それで動くらしい。遠隔で、かなりの高速で右から左に横切っている。アシュラ型に攻撃命令が出た。

次の瞬間。

穴の開いた器官を、アシュラが案山子に向ける。

そして、閃光が場を漂白した。

爆音がとどろき渡り、慌ててグラは耳を塞いだ。向こうにあった案山子は、全部が木っ端みじんである。それだけではない。荒れ地に、大きな穴までもがあいていた。

穴の開いた器官は、どうやら圧縮した魔力弾を飛ばすための一種の大砲であるらしい。このサイズで破壊力がみての通りであり、しかも精度も凄い。六体が一斉砲撃したのに、殆ど着弾点はぶれていない。正確に案山子を破壊している。

みると、アシュラの形状にも、今の砲撃を成功させた要因があるようだ。

どっしりした形は、多分体内に今の強力な魔力弾を放つための独自の器官を備えているためだろう。そしてあの短い足は、今の強烈きわまりない砲撃の衝撃に備えるためというわけだ。節足なのも、多分柔軟性を増すために必要なのだ。

全方位をみられるようにしている複眼も、敵を複数方位から正確に観測するためという訳なのだろう。

しかも、今確認したのだが。

砲撃の際に、複数の個体が背中から触手を伸ばして、それをつなげている。多分情報を共有しているのだ。

なるほど、改良を重ねただけあり、凄まじい完成度だ。生物的ではないが、頼もしさは抜群である。

「特にグラ君。 騎兵は何が脅威になっていると思う」

「機動力と火力ではありませんか」

「その通りだ」

クライネスが言うには、呪術で貫通力を強化された矢は、多数集まれば軍団長が展開する防御術さえ貫くという。

しかも今後、敵の騎馬隊は火力が大きい攻撃手段を用意してくる可能性が低くないという。実際、文明が進んでいるキタルレア東側の諸国は、南の大陸とも交易がある。南の大陸を経由して、エンドレンの進んだ兵器が入ってくる可能性も否定できないとか。

「つまり、次に大会戦が起こるとき、今までの編成では多分勝てない、ということだ」

「なるほど」

「そこで、このアシュラが活躍する。 ヘカトンケイレスは近接戦闘も出来る万能型だから、騎馬兵には今まで決定打にならなかった。 だが、此奴は違うのだ」

次の演習に移るという。

遠隔で、時限式の爆発をする術を、荒野に複数仕掛けた。発動の際に、地中で爆発するのでは無く、打ち上げられてから至近で炸裂するタイプだ。

アシュラが歩いて行く先で、それが次々爆裂した。轟音はグラの所まで届いてくるかのようだ。

だが、アシュラは。平然と歩いている。ダメージを受けている様子も無い。

戻ってきた。一匹の節足が折れていた。だが、それも泡を吹きながら、見る間に修復されていくでは無いか。

「これは、凄いですね」

「エンドレンの戦線で、人間共が使った陸上兵器に着想を得た。 奴らはなんと、鉄の車を動かして襲ってきたのだ。 馬を使わなくても動く鉄製のチャリオットだろうな」

「……」

それは確かに恐ろしい兵器である。

だが、確かに。

この火力、そして騎兵の猛射をものともしない防御力、ついでにあの正確無比な攻撃。これらが揃って、騎馬兵は今後陳腐化する。ほぼ間違いないところであろう。

「これを、月あたり三千生産する。 全ての巣穴で、今後はヘカトンケイレスと併せて、このアシュラと、ラピッドスワローを生産する」

「ラピッドスワロー?」

「次期航空主戦力だ。 人間共の戦い方は理解できた。 このクライネス、同じ苦戦は二度とせぬ。 次は、真っ正面からだ。 圧倒的多数であろうが驚天の兵器で武装していようが、関係ない。 人間の軍勢を蹴散らし、砕き、踏みにじってくれるわ」

知将と言われるクライネスが、非常に野蛮な発言をしていた。多分、よほど嬉しかったのだろう。アシュラ型の補充兵は今までずっと失敗続きであったようだし、まあ無理も無いのかも知れない。

だが。

からからとクライネスが笑うが、賛同する気にはなれなかった。

アシュラは。此奴らは、強い。だが、もう魔物の概念からは外れてしまっているような気がする。

働いているカーラには、喋ることは無くても感情がある。或いは、喋る必要が無いから口をきけないように設計されているのかも知れないが、心があるのは間違いない。キバがいると嬉しそうにしているし、土いじりはとても楽しそうにやっているからだ。

側で、アシュラを見上げる。

複眼には、なんら感情が無いように思える。命令しなければ動かない、本当の意味での肉人形だ。

此奴は強い。間違いなく。

だが、こんなものを使っていては、人間と同じになってしまうのではないのだろうか。

それが、グラには不安でならなかった。

 

憂鬱な気分のまま、グラは宿舎に戻った。

魔物達は、演習をみていて皆喜んでいたようだった。あの破壊力なら、今までの苦戦が嘘のように騎馬隊を蹴散らせる、とでも言うのだろう。

実際、モゴルとの主力決戦でヨーツレットが鍛え上げた機動部隊は壊滅してしまったし、他の戦闘でも遊牧騎馬民族の軍勢に随分手ひどい打撃を受け続けていた。アルカイナンとの戦いでも、被害は決して小さくなかったのである。

戦いは、義とか勇とかでは無い。

相手を如何にして効率よく殺すかだ。勿論、損害をコントロールするという意味で、味方を効率よくも殺さなければならない。

そんなことはわかっている。

酒を何杯か呷った。

補充兵は、使い捨てだとよく言われる。クライネスやヨーツレットも、自身で時々そう発言している。

だが、カーラをそうだとは思いたくない。マロンだって、きまじめで無口だが、時々面白い奴だったりするのである。

「あ、あにきー!」

脳天気なキバの声に振り向く。食堂の魔物全員が振り返るくらいの大声だが、誰も気にしない。

どすどすと歩いてきたキバは、カーラの手を引いていた。

「あにき、カーラがなんか欲しいって言ってる!」

「言ってる?」

「おれにはわかるんだ! よういしてやってくれ! あにきしか頼れない!」

純真な満面の笑顔でそう言われると弱い。カーラが、じっと此方を見上げているので、グラは筆と紙を手渡した。

すぐに紙に文字を書いて、カーラが返してくる。

非常に細かくて、かわいらしい文字だ。

「ふーむ……」

「あにき、てにはいりそうか?」

「カーラ、どうしてもこれが必要なのか? 俺は第六巣穴の管理官をしているが、あまりフォルドワードに無理も言えない。 水源を壊さないように強化するのに、必要だと言うことなんだな?」

カーラは頷くと、また紙を要求した。

そして、水源の絵を描いていく。

あまり上手な絵では無いが、何をしたいのかは良く伝わった。

「わかった。 準備はするが、上手く行きそうか」

カーラはキバを指さす。

多分、手伝いがあれば大丈夫、ということだろう。

カーラと話していると、多少憂鬱な気分が晴れた。酒は其処までにして、職場に戻る。

まだ仕事をしていたマロンに、魔王城への手紙を書く手伝いをして貰う。要求物資が、結構大きいものだからだ。

マロンはしばし要求物資をみた後、言う。

「本当にこれを要求するのですか?」

「上手く行けば、この巣穴が完全に自給自足できるだけでは無く、周辺に村を作ることも可能になる。 或いは、仮設魔王城に食料などを生産し届けられるようになる可能性もある」

元々、雨量はそれなりにあるのだ。

わき水は安定した水量を出しているようだし、下手なことさえしなければ充分に上手く行く。

今までのカーラの実績を見ている限り、充分に信頼出来ると、グラは考えていた。

マロンは少し考え込んだ後、挙手した。

「わかりました。 それならば、私からも提案が」

「何だ」

「カーラの子孫になるエルフ型の補充兵を何名か回して貰いましょう。 仮設魔王城の周辺の植林が既に完成していると言うことで、おそらく手が空いているはずです」

そういえば。

実績を上げているカーラである。そろそろ、ある意味ではマロンが言うように「子孫」にもなる(産んだわけでは無いが)、経験を受け継いだエルフ型補充兵の現状性能もみておきたいところだ。といっても、性能というと、ちょっと不快感はある。

いずれにしても、グラとしては、取り立てて反対する理由も無かった。

「分かった。 それでやろう」

「すぐに手紙を出します」

マロンがさらさらと書き上げた手紙を、グラが精査。

直す箇所は見当たらなかったので、そのまま配達させた。

 

クライネスが仮設魔王城に意気揚々と引き上げてきた。近年に無いほどにご機嫌であり、周囲の部下達が気持ち悪がったほどである。クライネスが人間だったらそれこそスキップしながら歩いていたことだろう。

クライネスの場合、ウニのような体がいつもよりさらにわきわきと動いている。

仮設魔王城を囲む森を抜けて、中に。魔王は、玉座についていて、手紙を頬杖をついて読んでいるところだった。

「陛下! クライネス、ただいま戻りましたッ!」

「おお、クライネス将軍か。 今日はとても機嫌がよさそうじゃのう。 何か良いことがあったのか」

「はい! 実はアシュラ型補充兵が予想以上の性能を見せましてッ! これなら勝てると、大喜びをしていた次第にございます!」

「そうかそうか。 それはよいことじゃ。 ヨーツレット元帥や、他の皆の負担も小さくなるだろうのう」

声も弾んでおり、いつも他者との関係にとても苦しんでいるクライネスらしくも無い。普段はむしろ根暗な彼が、こんなに朗らかに喜んでいるのは、年何度も無いだろう。

魔王は目を細めてクライネスの喜びっぷりを見つめていたが、やがて本題に入る。

「ところで、クライネス将軍。 これをみて貰えぬか」

「はい! 私でよければ!」

魔王が手紙から手を離すと、するりとクライネスの至近まで飛んでいく。

勿論魔術によるコントロールだ。

手紙は、一目見て分かった。これはマロンの字と言うことは、グラからの手紙である。奴の手紙と言うだけで、クライネスはちょっと構えてしまう。多分こういう所が微妙に嫌われている原因だろうと分かっていても、である。

人間のような、感情で相手の高低をつけて、不平等な人事をするような生物と一緒になりたくないからこそ、クライネスは、こういうときストレスを感じてしまう。

「なるほど、かなりの量の粘土、水草の種、それに沼地に生息する植物類に、乾燥に強い魚……ですか」

「うむ。 実はのう、第六巣穴の水源をしっかりしたものにして、もっと駐屯できる戦力を増やし、なおかつ麓で牧場を作ろうとしているらしいのじゃ。 これに併せて、エルフ型の補充兵を二十ほど回して欲しいという要請も来ておる」

「良い提案だと思います」

といいつつも、見る間に自分が不機嫌になっていくのを、クライネスは理解していた。不快な理由も分かっている。だがしかし、此処で客観的な判断が出来ないと、魔王軍の知将はやっていけない。

魔王の負担を少しでも減らすためにも、クライネスはぐっと己の不快感を飲み込む。

「ただ、この仮設魔王城の城下に広がる森への移民計画もあります。 エルフ族の非戦闘員をまず此方に移して、他の巣穴でも同じように植林計画を行うとなると、すぐの返事は控えた方がよろしいかも知れません」

「ふむ、一理あるのう。 だが、此処でモデルケースを確立しておけば、他の巣穴での自立と生産力の強化が見込める。 クライネス将軍がこの間持ってきた計画のように、上手にエルフ型補充兵の植林能力を運用すれば、十年でフォルドワードを緑生い茂る大地に戻せるのじゃろう? そのためには水源の回復と安定化が急務じゃからのう」

魔王は、柔らかい物腰だしゆったりしているが、知能は決して劣悪では無い。むしろ的確に正しいポイントを突いてくる。

更に、である。

現在補充兵の材料の死体は有り余っている。この間の大会戦で取得した分は使い切っていないし、その前後に取得したものもかなりの量がある。一番の危険だったエンドレンが、今非戦派と交戦派で人間の争いが表面化していることもあり、再侵攻の時期が遅れる可能性が高くなっている。もしも後方整備をして魔王軍の底力を上げるのは、今だとも思うのである。

今まで生産したエルフ型の補充兵百ほどは、良い働きをしている。仮設魔王城の城下を緑の沃野にしたばかりか、各地で緑化を成功させている。森の民であるエルフは、その生物としての本能に、森を作るやり方をしみこませている。だからベースにして作った補充兵は、悔しいがグラのところで経験を積ませたカーラからの記憶を受け継がせたことで、更に有用に動くようになっていた。

魔物の数も、繁殖周期が短いオークやゴブリンに限ってなら、少しずつ回復傾向にある。だが、やはり彼らの住んでいる環境は未だ厳しい状況にある。エルフ族だけで無く、森でゆったり生活したいと考える種族は少なくない。オーガやトロールもそうだ。沼地を好むリザードマンでも、実際には「森の中にある」沼地を好むのだ。海に近い場所を好むマインドフレイヤでさえ、砂防林などがあると嬉しいと言うほどなのである。

魔物は森と共にある。自然から力を貰って生きていると言っても良い。

「どうじゃ、エルフ型補充兵をもう二百ほど増産して、その一割をグラの所に回してやっては」

「ご明察にございます」

「うむ、そなたは素直で、なおかつ私心を殺して動ける。 皆はそなたに含むところもあるようじゃが、儂はそなたをとても頼りにしておるぞ」

そう言われると、クライネスはもう言葉も無い。魔王の信頼は、クライネスが一番欲しいものだからだ。

深々と拝礼をすると、クライネスは一旦謁見の間を出る。

不快な部分もあるが、これはやらざるを得ないだろう。問題なのは、フォルドワードでしか取れない物資も多いことで、それらの運搬を、クラーケンにやらせている暇は無いと言うことだ。

テレポートが使える魔物はさほど多くない。大陸間レベルのテレポートとなると、更に限られてくる。

どのみち、ミズガルアとは協議することがあったのだ。

嫌だが、グラのためにではないのだと、魔王の指示なのだと言い聞かせて、クライネスはフォルドワードへとテレポートした。

 

病院から出た後、レイレリアは単独でぼんやり偵察を行っていることが多くなった。

微妙な乙女心である。どういうわけか、傷ついた姿をヨーツレットに見られたくなかったのだ。どうしてヨーツレットが限定なのかはよく分からないのだが。

風船のような体に、放射状についている無数の目。体の下から垂れ下がる多数の触手。ムカデのようなヨーツレットとは根本的に違う姿だし、自分が醜いと思ったことも一度だって無い。

敬愛する魔王がくれたたった一つの体。

軍団長補充兵は、みな魔王が丹精を込めて作ってくれた。不気味だから嫌いなバラムンクだってそれは同じだ。だから、仲が悪くなったとしても、どうにかなってしまえとは思わない。

人間は親子兄弟でも平気で殺し合うという。

そんな存在と一緒になりたいとは、レイレリアは思わない。魔王が一緒に作ってくれたのだから、考えれば兄妹みたいなものなのだ。

海に出た。

護衛をしている部下達は、皆無言である。補充兵だから仕方が無い。口がきける航空部隊の師団長はもういない。前回の戦いで、戦死するか病院送りになってしまった。頼りにしていた部下も、かわいがっていたあの子も、死んだり子孫を残すことに専念するため、後方に下がったのだ。

結果、新型の航空補充兵であるラピッドスワローが周囲を飛んでいる。

当然、寂しいと思う。戦争なんか、嫌だと感じ始めている自分もいる。

だが、人間が攻めてくる事は変わらないのだ。あいつらをやっつけないと、今度は後ろにいる非戦闘員が殺される。しかも徹底的に、容赦なくだ。かって人間が、魔物にしたように。

一旦戻るかと思い、反転。

海の方の警備は、グラウコスが丁寧にやってくれている。マーマン族もマーメイド族も頑張ってくれていて、前回の戦いで多くの戦死者を出したというのにとても申し訳がないことだ。

それに、空の警備も、最近配備されたラピッドスワローが隙無くやってくれている。人間が航空兵器を作るまではまだ時間があると推察されているし、レイレリアが前線にふらふら出ても邪魔になるだけだ。

無力感に包まれながら、岸の近くにある砲台陣地に降りる。ぱらぱらと護衛の部隊が集まってきた。純正の魔物もいる。此処を任されている旅団長だ。前回の激戦にも生き残った闘将である。かなり年老いたオーガで、凄い髭が長くて、全身向かい傷だらけである。赤い体は筋肉の塊で、見るからに強そうで、実際に強い。

エルフ族の闘将アリアンロッドと並んで評価されている人物であり、今度師団長への出世が噂されている。

とても厳しい考え方をしている魔物なので、喋るときはちょっと緊張する。

「如何なさいましたか、レイレリア軍団長」

「ガルン旅団長、何か異変は」

「今のところ平穏です。 砲台の整備もぬかりなく。 ただ、早めに弾薬の予備を届けて欲しい所ですな。 このままでは、人間共が攻めてきても、無駄に兵が死んでしまう事になる」

「分かった。 ミズガルア軍団長に言っておく」

この砲台陣地は、88インチ砲三門に加えて、それより二回りほど小さい大砲が二十問ほど設置されている。

他にも遠距離攻撃を得意とする連隊長が四名配置されており、かなりの打撃力を持つ前線基地だ。ガルガンチュア級の一隻くらいだったら余裕を持って沈めることが出来るだろう。

実は、最近設置された陣地なのである。ミズガルアがいつも籠もっている巣穴の近くにはこれと言った防衛陣地が無く、今まではかなり防御が不安だった。此処に加えて、四ヶ所の砲台陣地、更に内陸に沿って作られている防御陣地との連携体制が整い始めており、ようやく安心できたという所だ。

といっても、まだ兵の充足率が全く足りていない。つまり、陣地を作ったは良いが、砲を撃つ補充兵も魔物もいない。それは、これからの巣穴の生産を待つしか無い。他の軍団をまず優先しなければならないので、此方はかなり後になる。二ヶ月後には、一応兵が足りる算段が出来ていた。

丁度、ミズガルアのいる巣穴はすぐ近くだ。このまま戻っても手持ちぶさただし、赴くことにする。

「丁度今から、ミズガルア軍団長の所による用事があった。 出来るだけ早く弾薬を回すように、今から言っておく」

「頼みますぞ」

レイレリアは、ふわふわ浮いて砲台陣地を離れながら、ちょっと緊張したと思った。ああいうお堅い大人と話すときは、緊張で口調まで変わってしまう。

ヨーツレットと話すときとは、また別種の緊張だ。

別種とは何だろうと、レイレリアは考えて、勝手に赤くなったり憤慨したりしながら、巣穴に到着。

妙に今日は護衛が多い。丁度出航していくクラーケンは、大型の砲を多数前後に搭載していた。連隊長級の魔術攻撃だけでは火力が足りないと判断したミズガルアは、人間から鹵獲した兵器類を積極的にクラーケンに搭載している。今度の戦闘では、以前のように魔術頼りでは無く、かなりの火力を敵に浴びせることが出来るだろう。

とはいっても、人間が作った兵器の鹵獲数には限界がある。

砲弾程度は此方でも自作できるが、問題はもっと精巧な武器だ。特にエンドレンの軍隊が持っている戦艦はとてもまねできる代物では無い。魔物からみれば、オーバーテクノロジーの塊も同然なのだ。結局の所、対抗能力を持つ補充兵を作る方が早い。

中に入る。妙に護衛が多く、しかもレイレリアが来たことに驚いていた。

「レイレリア軍団長!?」

「え? ハイマン師団長じゃない! こんなところでどうしたの?」

声を上げたのは、以前レイレリアの部下にいたハイマンという師団長だ。航空部隊では無く、後方支援部隊に入っていた。イドラジール攻略戦の際に、一斉爆撃をするレイレリアの空軍に対して、観測の結果を魔術で転送した。

補充兵では無く、純正の魔物である。ゴーゴンと呼ばれる大きな牛の魔物であり、非常に視力が良い。というよりも、目が良すぎて色々と余計な能力が視線に付加されてしまっている。

ゴーゴン族は人間に徹底的に一族を滅ぼされた種族でもあり、既に十体を割り込むほどしか生存していない。ただし、それ以上に悲惨な種族もいるし、彼が特別不幸なわけでは無かった。

幸いゴーゴン族は単為生殖が出来るので、今後方で繁殖に励んでいるところなのだが。問題は沼地が無いと元気が出ないことである。まだ緑化政策が上手く行っていない箇所もあり、ゴーゴン族の未来はまだ開けていない。

知能はそれなりにあるが、ゴーゴン族は牛そのものの姿をしているので、道具を使うことも出来ないし、二本足で立ち上がることも出来ない。高度を落としたレイレリアに、ハイマンは言う。

「どうしたのです、こんな所に」

「それがね、ガルン旅団長がかんかんなの。 予備の弾薬が届いてないぞーって。 丁度側に寄ったから、レイレリア軍団長に言ってやろうと思ってね」

「ははは、そうでしたか。 私は物資を届けに来たところです。 実はこの巣穴を、クラーケン製造に特化した海底研究所から、陸上の洞窟とつなげて巨大軍事工場に作り替える案が出ておりましてな」

少し前に、陸上まで通路は打通したのだそうである。

問題はその穴の安定と拡張である。下手に穴を広げると、重量に耐えられずに落盤事故になりかねない。

「私は結局目が良いのだけが取り柄ですから、こういう後方任務しか出来ませんで」

「そうなんだ。 でも、あのときの一斉爆撃は凄い精度で出来たよ。 また、私の手助けしてくれないかな」

「光栄です」

一礼すると、尻尾を振り振り、ハイマンは洞窟の奥へと歩いて行った。

更に奥へ。

ミズガルアがいる研究所は、知能が高く、補充兵の製造に深く関わっているマインドフレイヤ族が多くいる。彼らは元々半水性なので、こういうじめっとした所の方が住みやすいという理由もあるそうだ。

最深部で、敬礼するヘカトンケイレス二体に適当に応じて、研究所に。

洞窟の最深部とはいえ、天井は非常に広い。そして床はすべすべに磨かれていて、無数におかれている机の上は研究資料で一杯だった。働いているマインドフレイヤも、かなりいる。

一番奥で、ミズガルアはいた。巨大ななまこの上に、人間みたいな頭がちょこんと乗っていて、体の左右には無数の触手。しかも触手の先端は、人間の手みたいになっているという、おもしろおかしな奴だ。

ミズガルアは良いのだが、問題はそれと話している奴。

なるほど、警備が厚いわけだ。軍団長が二人もいるのでは、当然だ。

「クライネス軍団長……」

「おや、どうしました。 急な用事ですか」

「あ、あんたには、か、関係ないでしょ!」

「これは、嫌われたものですね。 まあ、今に始まったことではありませんが」

もう話は終わっていたらしく、紙束をミズガルアに押しつけると、クライネスはテレポートの術式を発動して消えた。そういえば、なにやら一杯物資を突っ込んだコンテナを引いていたが、あれは何だろう。

ミズガルアは非常に変わった奴で、今まで御前会議にも滅多に出てこなかった。直接顔を合わせたことも数えるほどしか無い。

だが、あの大会戦が終わった後、何度か顔を合わせている。後方支援部隊との連携が非常に重要だと分かってきたからである。今更、であるが。

「それで、どうしましたー?」

「うん。 ガルン旅団長がね」

「ああ、なるほど。 分かりました−」

相変わらず間延びしたしゃべり方だ。せっかちなレイレリアとは真逆である。性別が女性の軍団長は三名しかいないし、グラウコスは雰囲気が年上過ぎて話があまりあわないので、出来るだけミズガルアとは仲良くしたいのだが。

こう性格が真逆だと、どうしても苦手意識が生じてしまう。

「それと、どうですかー? ラピッドスワロー」

「優秀だよ、とても。 確かにあの子達がもう少しいたら、次の戦いでは前みたいな無様はしないとおもう」

「それは良かったわー」

「で、あいつ、何しに来たの?」

クライネスのことを聞くと、ミズガルアは表情を変えずに応えてくれる。

多分、隠すほどのことでも無いと言うのだろう。

「一つは物資の調達。 ええとね、グラちゃんってゴブリン知ってる−?」

「ああ、第六巣穴の。 結構有名ね」

「あのこのところで、今度水源を確保して、山を丸ごと緑化してー、ついでに食料を自給自足以上の状態にしようってしているのよ−。 それで、私にアイデアを聞きに来た、て訳」

「参謀なのに?」

参謀とテクノクラートは違うと、ミズガルアは大まじめに言う。

クライネスは、手持ちの材料から様々な事を考え、戦略を作る仕事。それに対してミズガルアは、あくまで技術面で皆をサポートする立場だという。

少し難しいが、頭の使いどころが違うのだと言うことで納得した。

「あいつ、グラ君に冷たく当たってるんでしょ? 良くそんなの引き受けたわね」

「だって、魔王様の命令だもの−。 クライネス軍団長って性格悪いけど、魔王様には絶対服従だから」

「ああ、なんだか納得いったわ」

もう一つについては、新型補充兵アシュラについて、だそうである。

演習が上手く行ったので、これから生産を増やすのだという。敵騎馬隊に対する切り札というのはは当然として、遠距離攻撃用の補充兵として、戦況を一気に覆す存在になり得るそうだ。

航空部隊にいち早く投入されたラピッドスワローと双璧になるかも知れないとさえ言う。

「で、最終調整の要望とか、演習の結果とか、おいていったの」

「そうだったんだ」

「でも、私としては、決戦兵器をもう一種類くらい、敵が攻めてくる前には仕上げたいのよー」

確かに、今の人間の軍隊であれば、アシュラとラピッドスワローを量産すれば勝てるかも知れない。

だが、人間は戦争に異常なほどの情熱を注ぐ生物だ。とんでもない新兵器や、それを運用できる戦術を開発して攻め込んでくる可能性も否定できない。現状の人間に勝てる補充兵をつくって大喜びしているクライネスより、そういう意味ではミズガルアの方が先に行っているとも言えた。

もっとも。これが参謀とテクノクラートの考えの違いなのかも知れないが。

「とにかく、海岸の防衛線の強化は此方でも進めておくからー。 今日はわざわざありがとうね」

「いいよ、そんなの」

ちょっとレイレリアは嬉しかった。

ミズガルアのことが、少しだけよく分かったような気がしたからだ。

 

水源の整備が始まった。

ものすごく嫌そうな顔で物資を持ってきてくれたクライネス軍団長がみている横で、手伝いに来たエルフ型の補充兵達と一緒に、カーラは無言で動き始めている。

まず、今まで水がちょろちょろと湧いていただけの、石だらけの水源を掘り下げる。キバとマジェスがそれを手伝っている。元々エルフ型の補充兵は、とても華奢で力が弱い。キバは頭は悪いが力が強いので、とても良いコンビだと言えた。

そういえば、カーラの子孫になるエルフ型補充兵達は、大人子供が半分で、見かけ男女の割合も半々ほどだ。生殖能力は無いはずだが、どうして男女に分ける必要があるのだろうか。

グラは時々仕事に戻っては、片付けてまた見に来る。仕事が入るとマロンが呼びに来るので、後はキバとマジェスの仕事が増えないように気を配るだけで良かった。

クライネスはというと、よほど思うところがあるのか、側でみている。時々大きな岩があると、魔術で粉砕もしていた。

徐々に、ちょろちょろと水が湧いていただけの水源が、泉になっていく。池になるまで、もう少し掛かるだろうか。クライネスが、グラの隣で言う。

「川というのは、そもそも地下深くまで流れているものでな」

「そうなのですか」

「そうだ。 だから、ああやって掘るといくらでも水が出てくる場合もある。 だが、川底を掘り返すと言うことは、文字通り川の命に直接触れると言うことでもあるから、慎重を期する必要がある」

粘土を使って底を整備するのかと思ったら、違った。

彼方此方指さして、カーラが周囲に無言で指示している。それに従って、エルフの姿をした補充兵達が動く。

そういえば、補充兵をみていても思うが、エルフ族のメスは随分体が細い。人間やオークなんかはメスが発情の印として体が丸くなる傾向があるのだが、此奴らはその基準だと細すぎて微妙かも知れない。

その割に、エルフは人間と混血出来るらしいのが不思議だ。

「あにきー! 細かい砂取ってくれ!」

「おう。 今行く」

用意してある砂の袋を持っていく。

それを、エルフの補充兵達は、丹念にまぶし始めた。よく見ると、底には既に石が敷き詰められている。

水源らしい、水が湧いている周囲は、今までの作業で濁りきっていた。だが、それで一旦切り上げるらしい。二十名ほどのエルフ型補充兵達がわらわらと自ら上がり、着衣の水を絞り始めた。

そういえば、オークやゴブリンがエルフ族と交配するというような下劣な噂を人間が流していたようだが、それは無い。というよりも、みていて性的な魅力は全く感じないのである。

人間が豚や山羊に欲情するかと言われて、そうですと応えるだろうか。まあ、なかにはよほどの変わり者もいるかも知れないが。それと同じ事である。

「あにきー! 今日は終わりだって! カーラ、上手く行ったって喜んでる! 明日、もう少しお水が溜まってから作業を再開するみたいだ!」

「それは良かったな」

クライネスは、いつの間にか引き上げていた。

多分、上手く行っているのが気に入らないのだろう。だが、手伝ってくれたのも事実だから、グラは感謝していた。

 

3、加速する混沌

 

義勇軍を拡大しつつあるユキナは、屯田をして食糧自給の体勢を整えつつも、各国との交渉回数を増やし始めていた。

会議には、必ずクドラクを伴った。ユキナの背後にはアニーアルスがいると思わせるには、クドラクの存在は必須だ。それに、所詮は付け焼き刃の素人である。会議で難しい話が出てきた場合、老練なクドラクがいると、随分と心強い。

南部の諸国も、分かっているのだ。

今のままだと、魔王軍が体制を整えて攻め込んできたら、手も足も出ないと。

だから、ユキナが着実に戦力を蓄えているのをみて、どうにかすり寄ろうとしている国も多い。

ユキナとしては悩ましいところだ。

国の主権を尊重していると、兵力は集まらない。だが、あまり強行的にいくと、反発から連合が瓦解してしまう。

更に魔王軍に勝手に降伏してしまったソド国と、報復と称して無差別虐殺を行ったキョドの事が大きな壁になっている。

しかも、ソドの様子を見に行った密偵が、ことごとく非常に上手に納まっているようだという話を返してきており、それが南部諸国の日和見君主達の心を動かす要因になっている様子である。

今日も、ベットで寝られそうに無い。

肩をアマンネーにもませながら、ユキナはぼやく。馬車で移動しながら、最近は会議と訓練と、食料の調達と、それに会戦の時の戦略について話し合う日々であった。

魔王軍との最後の戦いから、ほぼ半年が経過している。

踏み荒らされた南部諸国はある程度回復し始めているが、人口は短時間では回復できない。それなりに増えてはいるが、南部諸国は魔王軍よりも、キョド国による蹂躙の方がダメージが大きく、それが故に深刻でもあった。

そもそも、兵士にする男性がいないのである。

魔術師も、以前までの会戦で、かなりの数が命を落とした。今必死に体勢を立て直しているユキナも、無理があることは分かっている。

アニーアルスと連携するにしても、兵力だけはそろえられるとしても、武器が無い。戦術の練度も足りない。

そうなってくると大陸中央部の騎馬民族と連携するしか無いのだが、それも難しい状況にある。

現在、キョドのボクトツ王が軍備拡張をして、よりにもよってモゴル国の領土を侵略することに血道を上げている。キタン国もモゴルの残党を制圧しつつあり、まもなくモゴルは消え、二大国による決戦が行われる見通しだ。

ただ、キタンの王ハーレンの手腕に比べて、ボクトツはどうしても劣る部分がある。何より、ボクトツは様々な方面に恨みを買いすぎた。

多分戦はハーレン王の勝利に終わるだろうと、おおかたでは予想していた。

もしそうなると、ハーレンと南部諸国は互いに恩斥関係が無い事もあって、或いは連携できるかも知れない。

だが、総合的には人間の力をそいでいることに変わりは無いのだ。

人間の数は確かに圧倒的だが、軍事的な能力を持つ人数はその比率がさほど高くない。軍人は育成するのにも時間が掛かる。

もしも、次の戦いで大敗北を喫することがあったら。人間はこの大陸からたたき出されるかも知れない。そうなると、滅亡へぐっと近づくことになるだろう。

この時期に、大勢の死者を出して、その貴重な軍人を減らすことがどれだけ愚かか。

しかし、ボクトツ王はおそらく説得など聞きはしないだろう。出来るだけ被害が小さく済むことを祈るばかりである。

不意に、気配を感じた。

振り返る。

闇の中、馬車の外に立ち尽くす影。形がおかしい。人間とは、思えない。

「貴方は……」

「……っ」

護衛の者達が剣に手を掛けるが、ユキナは制止した。

今の時点で、敵意は感じない。もしも殺すつもりなら、もっと要領よくやっていただろう。

「私はジャド。 貴方は、ジェイムズを通じて名を聞いております」

その名を聞いて、ユキナの顔がこわばる。

ジェイムズ。あの狂気の科学者。ユキナが人間を止めるために、会わなければならなかった相手。

そうなると、この男も、ユキナ同様人間では無いと言うことか。

「何用です」

「少し前に、グラント帝国から、ジェイムズ共々暇を出されましてね。 ジェイムズはアニーアルスに向かいました。 私は奴を送り届けてから、此方に来た次第です」

「何のために」

「暗殺して欲しい人間が、いるのではありませんか?」

声には何ら感情がこもっていない。

そして、この凍てつくような殺気。異常すぎるほどの力を感じる。

この男は、闇の中で力を発揮できる存在だ。おそらくは、もはや別の意味で人間では無くなっていると言っても過言では無いだろう。

フードの中には、顔らしいものさえ確認できない。人間であった事が信じられないほどの異形になっているのは、疑いない所だ。

「ずばり言いましょう。 キョドのボクトツ王」

「どこで、それを」

「戦況をみていれば分かります。 あの阿呆がいなければ、キタルレアの人類は三ヶ月は早く体勢を立て直せます。 そうなれば、それだけ早く魔王軍への反転侵攻を、しかも兵力を失わず的確に実施できる。 それに、貴方の負担も、もっと小さくなるでしょう」

相も変わらず、声には感情のかけらも無い。

まるで、虫を潰しに行っても良い、と言っているかのようだ。化け物という言葉を、ユキナは脳裏に思い浮かべてしまった。

しばらく、膝の上で手をぎゅっと固めてしまった。

「さらなる混沌を招く可能性は」

「元々キョドはボクトツ王の独裁です。 彼は権力を奪われることを恐れて、嫡子さえ手に掛けたような強欲の権化。 死ねば皆が喜ぶことでしょう。 それに対してキタンのハーレン王は有能なことで知られています。 部下達はこぞってそちらに移ること間違いありません」

「……」

「如何なさいますか、女王陛下」

はじめて、この化け物じみた影の言葉に愉悦が含まれる。

大きく嘆息すると、ユキナは決断した。

「分かった。 貴方はどうも余の同類のようだ」

「ご英断にございます。 数日後には、吉報が届くことでしょう」

影が、消える。

護衛の者達が、壁になつく。びっしり冷や汗を掻いているものもいた。

「あの者をみた者は、忘れなさい。 今晩は何も無かった。 良いですね」

ユキナに、護衛の戦士達は、皆無言で頷いた。

 

四日後。あの影男の話通りの展開になった。

キョドのボクトツ王は、宴会の途中、列席者の前で死んだという。しかも、いきなり首が落ちたのだそうだ。

その宴会は、周辺の国から略奪させたまだ幼い女子を裸で踊らせるという大変悪趣味なものであったそうで、自業自得だとか天罰だとか噂されているそうだ。もっとも、エル教会では、信者には天罰が下らないと吹聴している。そして意外な話だが、大陸中央部の遊牧騎馬民族は、皆熱心なエル教会の信者なのだ。

キョドは瞬く間に崩壊。一気にキタンに併合されることになった。主力決戦は一月後と予想されていたのだが、主力決戦無しで、しかも併合が上手く行けば来月の半ばにはまとまるだろうと噂されていた。

これで、モゴルの軍を併せて、兵員五十万を超える大軍事国家が大陸中央に出現する。しかもその兵力は、全てが騎馬隊だ。更に、これだけの大規模国家誕生となると、群雄割拠だった大陸中央の平原地帯の状況が一変する。周辺の小規模騎馬民族国家も、間違いなく臣従を誓うだろう。魔王軍に対して動員できる戦力は、七十万を超えるかも知れない。騎馬隊だけで、だ。

そして、流石にこうなると、グラント帝国を中心とする大陸東側の国家も動くことだろう。六つの国家が、合計して四百万ほどの兵力を抱えている。百三十万を噂されるグラント帝国の軍勢が規模、質共に最強だが、遠征軍と新生キタン軍を併せると、多分二百五十万に達する軍勢が、魔王軍に対して進撃できる。ただし、補給や兵站の問題もあるから、実際にはその半数程度かも知れない。だとしても、圧倒的大軍である。その上、大陸東部の国家は、エンドレンとも取引がある。その優秀な兵器の一部が、実戦投入されてくる可能性も高い。

愚かな王が一人死んだだけで、一気に状況が人類優位に傾いた。

本来暗殺は恥ずべき行為だが、これが歴史を加速したのは間違いないところである。

ただ、ハーレン王は三十代半ばで、優秀ではあるがそれほど実績も無い。テジン王に比べると、やはり手腕には不安視する声も大きい。これだけの大規模国家をまとめ上げる能力があるのか、というのである。

更に、大陸東側の諸国は、今まで傍観を決め込んでいた。大規模な軍勢を投入してきたとして、本当にどこまで戦ってくれるか、分からない部分もある。

もう一つの不安要素は、魔王の力だ。

ハーレン王が、あの邪悪な科学者ジェイムズに会っているかは、ユキナは知らない。もし此処でハーレン王が殺されると、一気にまた状況が傾くことになる。

しばらく考え込んでいたユキナは、側に控えていたボルドーに聞いてみる。

「魔王軍は、今どれくらい戦備を整えているか」

「この間の、ソド国陥落の動きからみて、既に敵の主力機動部隊は前回と同様の戦力を持っていると思って良さそうです。 ただし、他の部隊に関しては、まだまだ身動きが取れないでしょう」

「クドラクはどう思う」

「ほぼ同意見ですが、少し気になることがあります」

ボルドーはどちらかというと、補給屋としての意見しか言えない。クドラクは軍事の専門家だから、別方面の意見となる。

「気になることとは」

「前回と同じ戦術が通用するとは思えない、という事です。 此方が新しい戦術の実戦投入を考えているように、彼方も新兵器新戦術を投入してくるとみて良いのでは無いのでしょうか」

確かに、それは考えられる。

戦争は日進月歩だ。更に言えば、何も新兵器が投入されれば勝てるというわけでも無い。如何に実戦で効率よく手持ちの武器を運用するかが重要なのだ。その内容次第では、若干時代遅れの兵器でも、充分に敵を葬ることが可能である。

「分かった。 魔王軍に対して、出来るだけ多くの偵察を心がけよう」

「それがよろしゅうございます」

クドラクは、アニーアルスには戻る気配が無い。

ありがたいが、同時に監視役が側にいるのと同じである。当然のことながら、ユキナの言動はアニーアルスをまとめているかの王弟ジェラスに筒抜けになっているとみて良いだろう。

それも、今後は不安材料にカウントしなければならない。

今回のキョドの件ではっきり確信できたが、人間の方が魔物よりもよっぽどたちが悪い。ユキナだって今は義勇軍の長に祭り上げられているが、それも戦争が終わったら、どうなるか知れたものでは無かった。

一旦皆を下がらせる。

馬車の中、一人になったユキナは、ぼんやりとしながら、一人の闇を作った。

この戦いに、意味はあるのか。勝ったとして、その先に何があるのか。

未だに、ユキナはそんなことを、悩んでいた。

 

オリブ領にある出城を、異様な風体の男が訪れた。

白衣を着込み、髪の毛はぼさぼさ。エラの張った顔に、モノクロームをつけている。ぼさぼさの髪の毛は既に真っ白であり、目の光は異常にぎらついていた。

「銀髪の双子とやらはいるかね」

「貴様は」

「私は、ジェイムズ。 ジャドの親友だと言えば分かるだろう」

やりとりを偶然みていたマーケットは、兵士達にそいつを通してやるように指示。ジャドという名前は、以前銀髪の姉の方に聞いたことがあったし、それ以外にも時々耳にしていた。

人を、人外の者へ変える実験を行っている、狂気の科学者。ドクター・ジェイムズ。

グラント帝国にいるという話は聞いていた。だが、それがどうしてここに来ているというのか。

銀髪の双子は、少し前に帰ってきている。今マーケットは、三万の野戦軍の訓練をしている所だが、中核の精鋭となる部隊の訓練を時々みて貰ったり、戦術面でのアドバイスを受けたりしていた。

幸い、今日は城にいる。

まあ、併せてみるのも一興だろう。

ジェイムズという男、相当にくたびれた格好をしているし、何より相当老いているように見えるが、動きはきびきびしている。或いは、見た目ほど老けていないのかも知れない。興味深そうに砦の中を見回している様子は、珍しいものを見つけた子供のように無邪気で純心であった。

それが故に、いくらでも残虐になれるのだろう。

ジェイムズを貴賓室に通す。

そして、一応騎士達を呼んでおいた。護衛もそうだが、話を聞かせておくためである。貴賓室にマーケット自身が案内する。中に入れると、ジェイムズはけたけたと気味の悪い笑い声を上げた。

「この砦、貴方が作ったものではないですなあ」

「気づかれましたか。 魔物から奪取したものです」

「やはり。 結構強い魔術が彼方此方に掛かっていますが、解析は済んでおりますかな」

「それはもう。 専門家がいますので」

エンドレンで魔術師はあまり高く評価されないとか聞いているが、此方キタルレアでは違う。

以前フォルドワードから逃れてきた優秀な魔術師が多数各国に召し抱えられたこともあるが、多分南の大陸以上に魔術が盛んだ。遊牧民達も、騎馬隊の戦闘力を底上げするために魔術をふんだんに活用しているし、大陸東側の諸国では、噂によると魔術による大型兵器も存在しているという。

双子が来た。レオンとプラムも一緒だ。

露骨にうさんくさそうに眉をひそめたのは妹の方だ。この双子の場合、性格やファッションに対する考え方が露骨に違うので、マーケットでも見分けがつく。

「ジャドを知っているとか」

「知っているとも! それどころか、大親友さ」

「……大親友、ね」

妹の方が呟く。

姉が硬い表情のままである事に気づいたからだろう。

それどころかレオンは、今にも噛みつきそうな表情をしていた。プラムはどうでも良さそうだが。

「おお、それはレオンではないか。 実戦では役立っているかな」

「貴様……」

「役立っている。 とても優れた回復術は、戦略級の働きをしている」

「そうかそうか、それは何より」

遠慮無くジェイムズは茶菓子を掴むと、ほおばりはじめる。大変下品な食べ方であり、騎士達が眉をひそめていた。マーケットも呆れたが、敢えて黙っている。

しかも音を立てて茶をすする。白衣は汚れきっており、シラミがたくさん住んでいそうな頭を、ぼりぼりと掻きまくる。

「それで、貴方はグラント帝国に飼われていたはずだが」

「うむ。 実は皇帝がおっちんでな。 多分魔王の力によるものだろう」

「何っ!」

「今は影武者を立てているが、じきにばれるな。 周辺諸国も相当な打撃を受けているようだし、先手を打たれたんだろうなあ」

けらけらと、ジェイムズは笑った。

そして、戦慄するマーケットの前で、とんでもないことを言う。

「で、だ。 王族三十人ほどに、私が作り上げた技術を試して欲しいと言われてねえ」

「結果は」

「二人だけ残ったが、一人は異形化しちまってなあ。 一人だけはどうにか助かったが、逆にそれがまずかった。 もう私は用済みって事になったらしくて、研究所に粛正の手が伸びてきた」

研究資料は押さえられてしまったが、どうにかジェイムズは弟子達と一緒に、ジャドに助けられて脱出したという。

それからは弟子達と各地を転々としながら、魔王の手を逃れたいという人間を異形化してきたという。ここに来る途中でも、キタンのハーレン王に頼まれて、作業をしたのだそうだ。

結果はまだ見ていないという。というのも、すぐに追い出されてしまったそうだから、である。

「いやあ残念。 異形化したにしても、どんな風になったか、興味があったのに。 ひひひひひひっ」

「それで、此処に何をしに」

「うむ。 グラント帝国にいられなくなったし、雇って貰えないかと思ってきた。 私は役に立つぞ」

いけしゃあしゃあと、呆れたことをほざく化け物である。この場で斬られても文句は言えないだろうに、自分が死ぬことなど、予想もしていないようだった。

或いはこれくらい図太くないと、科学者としては大成できないのかも知れないが。

確かに、此奴の使い道はある。人体実験は許さないにしても、敵の解析をさせたり、さらには戦術や戦略についても分析させることが出来るだろう。

そもそも、魔物達が使っている、あの生きた人形とも言える連中は何なのか。此奴なら、或いは答えを導き出せるかも知れない。

それを考えると、殺してしまうのは惜しい。

「殿下に連絡を」

「イミナ殿! こんな喰人鬼、今此処で天誅を加えるべきだ!」

「だが、そいつで無ければ出せないアイデアや、解析できない敵がいるのも事実なのだ」

「そういうことだ、若造。 私は他の誰よりも魔物に通じている! 魔物のことなら、誰よりも知っている! 研究資料が無くなっても、痛くもかゆくも無い! なぜなら、全部覚えているからだ!」

異常な発言を繰り返す男。

レオンは拳を固めて、飛びかかりそうな目で見ていた。イミナはレオンをなだめながら、シルンに耳打ちする。近くにいるマーケットにも会話は聞こえていた。

「おまえは、どう思う」

「正直嫌だよ。 ジャド、どうしてこんな人と一緒にいること選んだんだろう」

「それは、我々のためになると思ったからだ」

「……そう、だよね」

シルンが観念した様子で挙手する。

「私も、お姉に賛成。 今は、勝つための手段、選んでいられないよ」

「勇者殿まで」

「落ち着こうよ、レオンさん」

プラムが、レオンの僧衣の袖を掴んだ。

レオンが眼帯の上から、目を押さえる。多分、異形とかしている片目のことが、よほど口惜しいのだろう。

マーケットは頷くと、レオンの肩を叩く。

「私も同感だ。 今は我慢してくれ」

「……。 一体、だがために戦い、だがために勝つのだ」

マーケットも、それには応えられなかった。

 

4、エル教会の浮上

 

エル教会の人事は、混乱するばかりだった。

首脳部が片っ端から不自然な死を遂げるのである。ひどいときには、月に二回も首脳部が全滅した。

既に魔王との交戦が開始されてから、十三回目の教皇交代である。勿論先任者は、全員が死んでいる。

だから、エル教会関係者も、怯えきっていた。

既にその突然死が、魔王による魔術攻撃だという事は誰もが理解していた。あまりにも不自然に、心臓麻痺を起こして死ぬからである。どんな医師も手出しが出来なかった。そればかりか、どうな強固な魔術防御でも、簡単に突破された。

誰もが、悟っていた。

魔王が使っているのは、今の人間が知りうる力より、かなり上の次元に存在しているものなのだと。

いにしえのエル教会の神話には、魔王が登場する。だがそれは神に生かされている存在に過ぎず、なおかつ人間を試すための試験装置でしかない。人間が堕落するように魔王は促し、その誘惑に耐えられた人間だけが神に選ばれるのだ。

だが、エル教会の上層には、知っている者がいる。

かっては、様々な神話が存在していた。エル教会では神を一柱だけと定義しているが、それらの神話の中には、無数の神が存在するものも確かにあったのだ。

そういった神話では、魔王や悪神という存在は、文字通り最強の闇として神に立ちふさがるものだった。

今いる魔王は、そんな古き神話の邪神や魔王に近い存在なのかも知れない。そう、エル教会の幹部達は思っていた。

教皇になれば死ぬ。

それは分かっていた。だが、誰もなりたがらなかった。そうこうするうちに、戦の痛みは徐々に膿み始め、体勢を着実整え直している魔王軍は、兵力をそろえはじめていると報告があった。それだけではない。キタルレアの各国は、既にエル教会の思惑から外れた動きをし始めているという。

このままでは、世界はエル教会の制御を外れる。

恐怖が、エル教会の上層を包みつつあった。

そんなある日のことである。

 

エル教会の中心部がある都市、聖太陽都。人口は七十万と大陸一つが国家になっている南の大陸キルレーシュでは中規模レベルだが、其処に存在する巨大な教会は、計り知れない大きさと威厳で訪れた人間を圧倒する。信仰の中心地であり、ここに来ることが出来たエル教徒は、天国に必ず行けるとまで噂されていた。

勿論、エル教会でもエリート中のエリートしかここに住むことは出来ない。実際には、殆どの人間は奴隷であり、周辺都市から通ってきている。彼らが世話をしている五万ほどだけが、この町の真の住民とも言えた。そしてその五万の殆どが、世襲で住み着いている人間だと言うことが、エル教会の腐敗を端的に現してもいた。

結局の所、エル教会は支配を効率化することで、世界で最大の力を得た。

民を信仰で縛り、魔術の知識を独占し、さらにはシオン会という軍事技術で各地の紛争をコントロールした。狂信的な信者による情報収集や、美辞麗句で飾り立てた教義により、思考力を奪って民を動かすことも簡単だった。

「だから、私のような怪物も生まれた」

ずるりと、音がする。

歩いているのに、何か皮が剥がれるような音。

既に肉体は死んでいる。だが、その男は、どういうわけか動いていた。

さほど威厳がある訳でも無い。貧相な小男。既に若くも無い。

だが、この男は。この偽りの聖なる街で、永続市民権を持つ一人だった。ちなみに、金で買ったのである。

男が歩くと、彼方此方からずるり、ぬたりと音がする。

みれば、男の周囲を、似たような腐臭がする者達が固めている。男も、女もいる。

正確には、微妙に違う。

完全に腰を抜かしている教皇の前に、その肉の塊が進み出る。

そう。

男も女も何もかもが、完全に同じ肉の塊としてつながっていたのだ。

大教会の中に、既に生きている者は教皇だけである。護衛の兵士達も、高位の術式を習得しているはずの大司教達も、皆手も足も出なかった。

生ける屍を作る術式が昔あったと、男は知っている。

だが、それとは違う。

男は真理を理解した。だからこそに、このようにおぞましき姿になっても、生きている。いや、生かされているのだ。

一度魔王によって殺された男の名は、フローネス。

そして、この巨大な屍の塊を統率している存在でもあった。

「やれやれ、本当に使い物にならないな、若造」

「ひ……化け物……」

「神の加護とやらを祈ったらどうだ? そんなものが存在しないことは、長年見続けて知っているがな」

肉塊の彼方此方についている頭が、一斉にげたげたと笑った。

正確には、違う。

フローネスの体の中を流れているものが、そうさせているとも言える。

「さて、と。 ここに私が来た理由は分かっているか」

「し、知らない」

「いい加減そろそろ魔王をぶっ殺さなければならないからなあ。 おまえ達エル教会上層がこうも腑抜け揃いだと話にならん。 確か、話は回したよなあ。 人間を止める方法があると」

そうだ。フローネスは死んで、蘇り、このような姿になってからも暗躍を続けていた。旧部下やシオン会を使って、様々な情報を操作していた。

確率は百分の一程度だが、それで魔王の攻撃を逃れることが出来ると、教えてやったのだ。

にもかかわらず、此奴らは誰もがそれを試そうとしなかった。

保身のため、リスクが高すぎる行動には二の足を踏んだのだ。

最前線にいる王や将軍は、既に何名もこれを試し、死んだり生き残ったりしているのに。シオン会のメンバーにさえ、率先して力を得るために、死地に臨んだ者がいた。

それなのに最も積極的であるべきエル教会上層は、腰抜け以下の有様だ。

これでは、勝てる戦いも勝てない。現に既に数ヶ月以上を浪費することになってしまっている。

教皇が絶望の悲鳴を上げた。

さっき、片っ端からフローネスが殺して廻ったエル教会幹部の死体が、動き始めたからである。

幾つかが成功したのだ。

「ふん、幾つかは上手く行ったようだな。 どれ」

肉の塊から触手が伸び、蠢く死体の頭に突き刺さる。

しばらく死体がもがいていたが、やがて目に焦点が宿った。

フローネスの体内を流れる「例の者」を分けてやった。これで、此奴らはフローネスと意思を同じくする。

そういえば、調べてみて分かったが、魔王は同じ事をしていない。

敵ながら不効率な奴だと、フローネスはくつくつと笑った。

「な、なんだ、なんなんだおまえは!」

「愚かなことを言う。 私はフローネス。 長年おまえ達を裏から操り続けた者だ」

「ち、違う! フローネスは人間だった!」

一瞬間をおいてから、フローネスは爆笑した。

今は確かに人間では無い。だが、フローネスの本質は、何一つ変わっていない。

というよりも、死んでから真理に目覚めた。どうしてよみがえったのかも、よく分かった。

そして、今なら結論できる。

「エル教会の開祖には、死んだ後よみがえったという伝説がある。 だが、それに続きがある事を、おまえは知っているよなあ」

「ど、どういう意味だ」

「元々エル教会は、隣人愛による融和を説く組織だった。 だが、開祖の思想は精神の王国を作り上げるには丁度良かったが、現実的な精神的侵略の手段としては、あまりにも貧弱だった。 だから、開祖の弟子達は、一人の裏切り者に開祖の死を押しつけた。 さらには、よみがえった開祖を邪魔だとして、幽閉した」

見る間に、教皇の顔が、恐怖に染まっていくのが分かる。

それは、考えることさえにも自由を与えない現在のエル教会では、最悪の異端の一つ。幹部中の幹部しか知らない、最も古い聖書に記された事柄だ。永遠の裏切り物とされたユーダという男の残した手記。

フローネスも、かなり権力を得るまで、みることが出来なかった。

そして、今は知っている。

その開祖は、今も「生きて」いる事を。いや、「死んでいる」というべきか。

触手を伸ばして、教皇をとらえる。

悲鳴を上げてもがくそれをみても、エル教会の幹部達は何も言わなかった。

大教会の最深部へ。

石造りの牢獄には、誰もいない。更にその奥。いくつもの隠し扉を開け、魔術による封印を解き、更に更に。

一番奥は、洞窟になっていた。

魔術で動く自動人形が見張りに多数立っていたが、教皇をみて道を空ける。いずれも、今魔王軍が使っている補充兵と、それほど差が無い性能の者達ばかりだ。エル教会が収集した魔術の粋を尽くした存在なのだ。当然であろうか。

そして、最深部。

厳重すぎるほどに、何百重にも張られた結界の奥。

こんもりとした闇の中に、小さな牢があり、その中にさらなる闇が蹲っていた。

「光は光に、闇は闇に。 全ては元の形に帰れ」

「お、おまえ、その言葉は!」

そう、それは。

エル教会の母体となった、この世界の人間は知っているはずが無い言葉。

最後に、四文字の言葉を唱えると、結界は消えて無くなる。そして、結界の奥にあった小さな牢が、音も無く開いた。

「私を起こしたのは、おまえか。 肉の塊」

首をならしながら、かっては聖人だった、闇そのものが進み出てくる。

教皇は、その姿を見るだけで悲鳴を上げ、絶息して果てた。

周囲の自動人形達が傅く中、全裸のその男は進み出る。勿論本来なら生きている訳も無い存在だ。髪も髭も伸びきって、既に顔も見えない。辺りを見回しながら、男は歩く。

男、エル教会の開祖、エル=セント。

今、人類および人類だった存在の中で、唯一魔王に対抗できる者だ。

「それが今の教皇か」

「いえ、開祖。 さっきまでは、にございます。 「福音」を注入してはみますが、多分蘇生は無理でしょう。 今から経歴を用意しますから、貴方がその存在になりかわってくださいませ」

「良かろう」

無数に伸びた触手が、はさみとカミソリで素早く髪と髭を適切にそり落とし、開祖の風体を整える。

おいたのは風呂桶。水を注ぐと、魔術でさっとお湯に変える。

開祖がお湯に入ると、あっという間に垢だらけになった。触手が無数のスポンジを使って垢を落とし、お湯を変えて、何度もそれを繰り返す内に、数百年分の汚れは落ちていった。

準備しておいた、教皇用の聖衣を恭しく差し出す。

頷くと、教皇は聖衣を何のためらいも無く身に纏った。

「こんな結界、その気になれば内側から破ることも出来たのだがな。 人類に自力で何事も対処して欲しかったし、何よりあんな弟子共でも私は愛していた。 だから、見守りたかった」

「残念ながら、我が体内の福音は、既に貴方の存在を必要としておりまする」

「うむ……」

開祖は福音の存在を知っている。

だからこそ、死んでからも蘇生したのだ。弟子達とは違って。

風体を整えた開祖は、若干痩せた中年男だった。特に目だった容姿では無い。だが目にも雰囲気にも、異常な威圧感が備わっていた。

「さて、まずは現在の状況を、詳しく聞かせて貰おう。 対応はそれからだ」

「分かりました。 開祖よ」

厳密には。

既にフローネスという存在も、エル=セントという人間も、存在していないと言っても良いのかも知れない。

いずれにしても、今人間にとって最も大きな力であり、同時に脅威でもある存在が、動き始めたのは事実だった。

 

(続)