夜明けのバトン

 

序、決戦開始

 

軍用輸送機に乗っていたポケモントレーナー。ガラル地方最強のチャンプであり、無敗の記録を更新し続け。五年間の無敗記録を誇る世界でもトップクラスのトレーナーであるユウリは。

顔を上げ、プラチナブロンドの髪を掻き上げると、運転手に声を張り上げる。

もうすぐ目的地だ。

だからこそ。降りなければならない。

「此処で降ります。 側面の扉を開いてください」

「気をつけてくださいチャンプ! 奴らはもはや手段を選ばずに抵抗に来ています!」

「分かっています。 貴方たちも気を付けて。 すぐに高度を下げてください」

輸送機に乗っているのは、特務の兵隊達。国際警察の中でも、特に重武装の人達である。連れているポケモンも強力で、いずれもが真正面からの敵との戦闘を想定している。そう、戦闘である。

これから行われるのは、トレーナー同士のポケモンバトルでは無い。

殺しあいだ。

国際警察に頼まれて、世界中で悪の組織を潰してきた。

それら悪の組織の中でも、もっとも凶悪でしぶとい組織と、今から決着を付けようとしている。

夜陰の中、森の上を飛ぶ。

この森の中で、この地方で戦い続けてきたあの人は。何年も雌伏の時を過ごさなければならなかった。

豊かな自然。

豊かな土地。

だけれども、この土地には三千年前に作られた最悪の戦略兵器「最終兵器」が眠っていて。

およそ10年ほど前に、一度世界を滅ぼしかけた。

他にも世界に多大な被害を与える寸前まで行った悪の組織は幾つもあるが、此処の地方の悪の組織は、邪悪さ組織力科学力、いずれも群を抜いていた。

しかもそのしぶとさは尋常ではなく。

組織のトップを失ってなお、実質上この地方を掌握し続け。

あまりにもたくさんの血と涙と慟哭が流れ続けたのだ。

終わらせなければならない。

世の中には、純粋な正義と悪なんて存在しない。そんな事は分かっている。だが、これから潰す相手はそれらとは別問題の存在だ。

そろそろ、背が伸びるのが止まるとユウリは思っている。だが身体能力はまだ上がり続けているし。体格だって今後色々と変化していくだろう。

だが、変えてはいけない考えもある。それを守り抜かないで、何が大人か。

モンスターボールから取りだしたのはカイリュー。

ドラゴンポケモンの中でも、比較的扱いやすく。普段はそれほど早く飛行しないが。その気になれば音速を超える速度で飛ぶ事も可能だ。

何よりからだが大きく、乗りやすい。

輸送機の外に出現させたカイリューに飛び乗ると、ユウリは凄まじい向かい風を怖れず、顔を上げる。

輸送機が離れていく。

カイリューの上で、更にポケモンを数体展開。カイリューと一緒に飛行するものは手塩に掛けた鳥ポケモン達。そしてユウリの前にちょこんと座るエスパーポケモン、ニャオニクス。

カイリューも含めて、この子らは二線級の戦力だ。

主力は温存しつつ。敵の最後の抵抗を受けきらないといけない。

さっきから、ビリビリと感じる殺気。

輸送機から離れたのは、輸送機が狙われると非常にまずいと判断したからである。

高度を下げていく輸送機。

地上から攻撃作戦を開始する。

ユウリは真正面から行く。作戦で、そう決めたから。

真正面から全火力を突破出来る自信があるから、正面から乗り込み、他の人の負担を減らす。

それが目的だ。

閃光。

巡航ミサイルが数発、向かってくるのが分かる。

一緒に飛んでいる鳥ポケモン達に迎撃を指示。ニャオニクスもサイコパワーを用いて応戦開始。

ミサイルがねじ切られ、爆発。

別のミサイルが炎を浴びて消し飛ぶ。

それでも更にミサイルが飛んでくる。

この最後の拠点に追い詰めるまで、ユウリは随分とこの悪の組織。フレア団の拠点を潰して来た。

それだけじゃあない。

フレア団が地方外に持っている財源も。

フレア団の影響下にある企業も政治家も。

軍基地も。

国際警察と、この地方でフレア団と戦い続けたあの人と一緒に、幾つも幾つも制圧してきた。

その結果、やっと。

この地方、カロスの全てに根を張っていたフレア団は弱体化し始め。

国際警察でもどうにもならなかった組織力もほころびが見え始めた。

いままで圧倒的な組織力でこの地方に根を張り。

組織トップのフラダリが消息を絶った後も邪悪の限りを尽くしていたこの組織は、ついに最後の抵抗をしている。

今もこうしてフレア団が掌握している最後の軍部隊が、ミサイルで攻撃してきている。だが今まで戦闘機も戦車もミサイルもユウリと手持ちの前には無力だった。もう手札がなく、焼け鉢の抵抗をしているだけだ。

もうミサイルしか飛んでこない。それも型落ちの奴だと一目で分かる。

手持ちのポケモン達がミサイルを叩き落とし続ける中、目を細めたユウリは。懐から取り出した石を投擲する。

投擲と同時に音速を超えた石は、空気の壁をブチ抜きながらミサイルを真正面から貫通。ともに爆発していた。

ひゅうと口笛を吹く。

皆の弾幕を抜けてきそうな一発があったので、地力で処理した。

前も人外と言われていた身体能力は。

悪の組織とやりあい続けた事で、カントー出身の伝説の人物である「彼」ほどではないが。

それでも、強者揃いのレンジャーすら青ざめる程にまで昇華していた。

だが、なおも。そうであっても、死ぬときは死ぬ。

だから、油断は一切しない。

ミサイル、沈黙。代わりに対空砲火が来る。

曳光弾の光が、次々に此方に向かってくるが。それ以上の数の実弾が飛来している。カイリューが綺麗に回避運動を取る。

鳥ポケモン達も弾が何体かを掠めるが、それでも致命傷にはならない。

そのまま、真正面から行く。

拳を振るって、顔に直撃しそうになった弾丸を弾く。

まあ、当たっても平気だけど。それでも無駄な消耗は避けたい。

そのまま、速力を上げ、カイリューが地面に突っ込む。

わっと、対空兵器に群がっていた者達が散るのが見えた。

地面にカイリューが突っ込み、辺りの地面にひび割れを作る。その程度でどうにかなるような柔な鍛え方はしていない。

地面への強烈な一撃で、対空砲がひっくり返り。吹っ飛ぶ団員もいる。

一時期のフレア団は暗殺目的の凄まじい使い手がまだいたのだけれども。そういう人間はみんなユウリが片付けた。

昔は殺さなければならない事もあったけれども。

いまは捕まえて制圧する事が出来る様になっている。

少し遅れて着地。

カイリューが地面に突撃する寸前に跳躍し。

そして着地しただけだ。

周囲を睥睨する。

ざっと、150人という所か。

ここまでフレア団も落ちぶれたんだな。そう思うと、これが最後の戦いだと分かって色々感慨深い。感慨は深いが、それ以上に不快感が強い。此奴らは、許さない。

森の中で爆発。

規模から言って、多分この地方で戦い続けたあの人だ。

だったらユウリが、負担を減らさなければならない。

周囲に展開する多数のポケモン達。ここからが、本番だ。

「蹂躙せよ!」

その言葉一つだけで充分。

これは、殺しあいだ。

しっかり鍛えているポケモン達だが、それでも力量が拮抗していたり。相手が殺すつもりで来ればどうしようもない場合もある。

銃弾が飛んで来る中、ユウリは突貫。

正面にあった大きめの銃座にジグザグに走りながら突撃し。跳躍。

砲手をけり跳ばすと、銃座そのものに手を掛け。

気合いとともに、引っこ抜いていた。

要塞になっている拠点だが、規模は大した事がない。この銃座も、そんなに大きなものではない。

敢えて相手を怖れさせるために、苛烈な攻撃を続ける。

それだけだ。

そうすれば、一番被害も減る。

引っこ抜いた銃座を、敵の中に放り込む。

ひいっと、生き残っているフレア団の団員達が悲鳴を上げる。昔は赤スーツで統一していた彼らも。

最後にカロスで彼らが掌握していた軍事基地と、その基地を影から動かしていた財界の要人を潰してからは。

ついに赤スーツで動くのを止めたっけ。揃いの赤スーツすら用意できなくなったのだ。

国際警察が、カロスの情報を一手に握っていたフレア団の現ボスであるパキラの事を告発し。カロス全土に向けて報道したのはその後くらいだった。

つまり、そのくらいのタイミングで、フレア団はカロスの支配者ではなくなったということだ。

大型のポケモンが突貫してくる。

とはいっても、鍛え方が足りないのが一目で分かる。

カイリューが上から押し潰して、更に破壊光線まで叩き込む。

ユウリはもう、細かな指示など出さない。

アサルトライフルを手に必死に抵抗を試みる団員を、片っ端から体術で黙らせていくだけ。

それも手練れだけを相手にする。

雑魚は、ポケモン達が対応。

十把一絡げに、片付けて行く。

さて、要塞の周囲はこれでほぼ片付いたか。落下傘がたくさん見える。国際警察の本隊が到着したのだ。

残敵。ボロボロのアーミースーツを着込んだ男が、必死にナイフをかざして突っ込んでくるが。

ユウリは余裕を持って切っ先をかわしながら、ひょいと相手を真上に放り投げる。

四メートルほど頭上に飛んだ男を、落ちてきた所で「軽く」払う。120sはありそうな相手だったが、まあ今のユウリなら簡単だ。というか、本気で払ったら肉袋として破裂してしまう。

上下逆さに木に叩き付けられて、ぎゅうと声を漏らして黙り込む最後に抵抗していた敵。これで、一通り片付いたか。

手持ちを集合させる。

一線級の子達は温存したままだ。此処から何が出てくるか分からない。

損耗はゼロ。

負傷している子はいたが、充分に治る範囲の手傷だ。負傷した子はすぐにボールに戻した。

森の中から、手だれた人達が来る。

国際警察のレンジャー。さっきの輸送機に乗っていた人達である。重武装の彼らは、最終進化形のポケモン達を護衛につれていて。

そして、一人。

この場にいなくてはならない人を連れていた。

ユウリよりだいぶ長身で、だけれどもとても疲れた印象を受ける綺麗な女性。

左手には大きな義手のようなものをつけている。

長期間の潜伏期間の間に散々襲撃されて。左手は小指と中指を失ったのだ。足の方も何本か指を欠損しているらしい。

彼女こそ、セレナ。

フレア団の頭目、フラダリを打ち破ったこの地方の英雄。チャンプに勝って殿堂入りしたこともある。

だけれども、栄光は文字通り一瞬。

政治経済軍事情報全てを掌握しているフレア団は、彼女の事を許さなかったのだ。

仲間達もろとも、セレナは森の中に潜伏せざるを得ず。

そして、長い間苦しい戦いを続けた。

フレア団が強い間は、国際警察も最低限の手助けしか出来なかった。

多くの犠牲を払いながらレジスタンスとして戦いつづけて。

やっとこの時が来たのだ。

敬礼をかわす。

実年齢はユウリより10歳程度しか上でないと聞いているのに。セレナはとても疲れ果てているように見えた。

それほどに、厳しい人生で、体を摩耗させてしまったということだ。

貧しい地域では、30で老人のように老けてしまうこともあると聞いている。

彼女も、そういう人生に近いものを送ってしまったという事である。

「周囲の敵は片付けました。 もう逃げ道はありません。 恐らく中に幹部が潜んでいるでしょう」

「やっと、本当の意味での決着が付けられるわ……」

「周囲は私が始末します。 決着は……お任せします」

帽子を下げるセレナ。

本当だったら手入れして、とても綺麗だっただろう髪の毛は。激しい戦いの続く生活では長くは保てなかったのだろう。

今は短く切りそろえてしまっていて、そんな髪の毛でも痛々しい程荒れていた。

セレナの顔にも向かい傷が幾つもある。服もぼろぼろ。手足の肌が見えている場所にも、一生ものの傷が幾つもあるのが見えた。

連れているポケモン達も、みんな一生ものの傷を全身に受けている。それだけ、組織の顔に泥を塗ったセレナをフレア団は追い回したのだ。

その過程で、限りない数の命を奪い。数え切れない悪事を働いた。

中には、セレナが潜んでいる森を、ミサイルで飽和攻撃したなんてものまであったらしい。勿論ポケモンや周辺の住民ごと、である。

伝説級のポケモンを従え、組織トップを打ち破ったセレナを、フレア団はそれだけ激しく憎んでいたということだ。

勝手な話である。

そんなものは逆恨みだろうに。

そもそも自分達以外の人間を皆殺しにするつもりだった組織の人間が、何を勝手な事を抜かすと言うのか。

怒りを押し殺し。

ユウリは無言で前に出る。

要塞の入口には、この森に最後の拠点を作ったフレア団が隠れ潜むための大きな鉄の扉がある。

国際警察のレンジャー達が、既に黙らせた敵を逮捕して、拘束して後送していくのを横目に。

ユウリは前に出ていた。

ポケモン達は温存したい。

鉄の扉を何度か軽く拳で叩く。爆発反応装甲の類はないか。

頷くと、ユウリは腰を落とすと、気を練り上げ。

踏み込むと同時に、拳を介して気を鉄扉に叩き込んでいた。

充分。

一瞬の間の後、扉が拉げ、内側に砕ける。扉の残骸が、激しい音を立てながら吹っ飛び、ついに要塞の入口がこじ開けられた。

「行きましょう」

「ええ。 何度か見たけれども、本当に人間離れしているわね貴方」

「時々言われますけど、ただ鍛えた結果ですよ。 それにカントーの伝説の人に比べたら、私なんかまだまだ」

「……」

この人が。セレナが。そのカントーの伝説の人と同年代で。

一時期一緒に旅をしたらしいと言う噂を聞いている。

セレナは、とても寂しそうな顔をした。ユウリは、敢えてそれを見ないようにした。

今なら気持ちがわかるからだ。こんな傷だらけの体で、好きだった人と会いたくないのだろう。

前衛にカジリガメを出す。

ユウリがもっとも信頼するポケモン達の一体。要塞としての強さを持つ、前衛を任せられるポケモンだ。

セレナも手持ちを出す。

カロスの御三家と言われるポケモンでは無く、エルフーンだ。いいポケモンだと思った。とても鍛えこまれている。

だが、ユウリは一目でそれが、恐らくセレナがフラダリを打倒したときに使っていたポケモンでは無いとも見抜いていた。個体の年齢くらい、今はすぐに見分けられる。そしてそれが意味する事は、一つしかない。

そうか。

帽子を下げると、無言で前に行く。

要塞の中は冷たく、周囲にはトラップの気配もない。

それどころか、周囲にあるのは腐臭。

腐敗した食べ物。汚物。そういったものの臭いばかりだ。

こんな森の中の拠点だ。

まともなインフラもなかったのだろう。

追い詰められた悪の組織というのは、全盛期が強力で悪辣だったほど惨めに落ちぶれる。幾つも悪の組織を潰してきたユウリは、それを知っていた。

無言で扉を蹴破る。鉄製の扉だったが、さび付いていたし余裕。何より今は機嫌が悪い。

中で被害者ぶってふるえている何人か。

ついてきている特殊部隊の人が、声を張り上げた。

「武装を放棄して、両手を地面に。 確保する。 抵抗すれば射殺する!」

「ひっ! こ、殺さないでくれ! 降伏するから撃たないでくれ!」

「何を勝手な……」

ミサイルと対空砲火で出迎えてくれたのに、随分な話である。あのまま輸送機に乗っていたら、ミサイルが輸送機を直撃して、大勢死人だって出たはずだ。

勝手な事をほざきまくるフレア団残党を、ユウリは多分氷点下の視線で見ていただろう。

少し前は、圧倒的な力で蹂躙してしまうと敵が哀れだなとも感じた。

だが、この手の連中に何体か手塩に掛けた子が殺されたり。

哀れぶって命乞いをしていた奴が、同じように命乞いをした相手を笑いながら惨殺したことを知った今では。

もう掛ける同情は見当たらなかった。

殺そうとは思わないが。許そうとも思わない。

足早にいくつかの部屋を調査する。抵抗する相手には容赦を一切しなかった。

前に、ユウリが全力で激怒し、フレア団を許さないと誓った事件。

あのことがあったような設備は、見て回る限りもうないか。

それはそうだろう。

あれがあったのは、まだフレア団が他の地方の悪の組織と関わりがあり。

誰も告発も出来なかった頃。今は、もうそれもない。

最後の部屋を蹴り開ける。

ふっとんだ鉄製の扉が、ガンと石の床で音を立て。

そして、奧では青ざめた女が立っていた。

昔は現役のニュースキャスターをしていた程美しかった事もあった。今では、追われる立場に転落し。化粧をする余裕も、着飾る金もなくなった者。それでも赤の服に身を包んでいるのは、最後の矜恃か。赤いサングラスを愛用していたらしいが、今はそれもなかった。

この者こそ、カロスの情報の全てを握っていた邪悪の権化。国際警察の最重要手配人物の一人。

パキラだ。

フレア団の現トップであり、カロスの元四天王の一人である。今はもうリーグから地位を剥奪されている。フレア団が好き勝手している時は、リーグも分かっていても手出し出来なかったのだ。

セレナが前に出る。ユウリも頷くと、一歩下がっていた。

此処で戦う権利があるのはセレナだけ。もしもセレナが負けたら、ユウリが相手をしてやるが。その必要はないだろう。

手を横に。ついてきていたレンジャー達に、これ以上前に出ないように指示。

この戦いに部外者が関わるのは許されないし、何より巻き込まれるからだ。

「セレナぁ! この疫病神! とうとうこんなところまで来たか! あの時殺しておけば良かった!」

「あの時ってどの時? 私の相棒を殺した時? 私の仲間を殺した……ああ、それは何度もあったわね。 それとも、罪もないポケモンや、何も知らない住民もろとも、森を吹き飛ばした時かしら?」

「黙れっ! 其処の化け物さえこなければ、今でもカロスはワタクシ達のものだったんだ!」

「彼女は確かに強い。 でも、私は彼女がいなくても、一人であったとしても、何年かかってでも貴方ののどを食い千切った。 それは、事実として変わらない。 今、これからそうするようにね」

パキラが喚きながら手持ちを展開。昔は美しかったらしいが、今は鬼相しか残っていない。

それにセレナが答え、手持ちを展開した。

パキラはフラダリの愛人だったという話がある。他の幹部よりも、明らかに格上の扱いを受けていた。だからカロスの情報全てを握る最重要の立場にいたし。フラダリがセレナに倒されたことを、凄まじい憎しみで心に焼き続けたのだろう。

死闘が始まる。ユウリは生唾を飲み込む隊員達に、もう少しさがるように指示。思った以上に激しい戦いだ。まだこの辺り、見極めが甘いか。

たまに飛んでくる流れ弾を、手で払い、或いは掴んで握りつぶす。

文字通り、己の憎悪と怒りの全てを叩き込んだ死闘は小一時間ほども続き。

全てが終わった後。もはや廃人になったパキラが、其処に倒れていた。

これで、終わった。

フレア団の残党は全滅。

ユウリは、声を殺して泣き涙を拭っているセレナに言葉を掛けられなかった。

彼女はあまりにもたくさん失いすぎた。レンジャーが、もはや調度品すら残っていない部屋に困惑しつつ、倒れているパキラを拘束。もう、何も喋る事すらできないだろうが、それでも必要だ。

時間を告げ、確保と唱える。

この瞬間。世界最悪の悪の組織の一つだったフレア団が消滅した。

 

1、破滅の後に

 

ユウリは雲一つない空を仰ぐ。カロスで、日の当たる下を歩けるとは思えなかった。

前は足を運ぶ度に狙撃されるわ、白昼堂々襲撃されるわで、とてもゆっくり周囲を歩いて回るどころではなかったのだ。まあライフル弾を手づかみでとめて見せてから、誰も狙撃はしなくなったが。

ユウリは目を細めて、ホテルの外を歩く。

人々は明るいように見える。自然も美しいように見える。町並みは良い雰囲気で美しい。

だがそれは全て偽りだった。

やっと、それは偽りではなくなろうとしている。

最大級のスキャンダルが立て続けにあった事もある。カロスの産業も経済も、何より企業の信用も大ダメージを受けた。幾つもの企業が倒産したが。その中には全く同情に値しないものも多かった。

それはそうだろう。

ユウリは無言で歩きながら、街を見て回る。

護衛なんて必要ない。

今のユウリは、十キロ四方先まで殺気を察知できる。散々実戦で鍛え続けた結果だ。

爆弾の類も存在を察知できる。

五感を磨き抜いた結果だ。

だから、この周辺に個別に潜伏したフレア団の残党はいない。そう判断出来る。

再建中のカロス警察と連絡を取る。

カロス警察も、フレア団に全てを掌握されていて。膿出しが本当に大変だった。それだけ、フレア団を創設したフラダリという人はまともだった頃には人望があって、お金も持っていたのだ。元々は本当に心優しく、貧しさや哀しみを許せない人だったらしい。

そんな人がどうして鬼畜外道に落ちたか。

ユウリも事情は聞いているが。

ユウリの手持ちで、もっとも闇深い子も、そんな経験をしている。

だから、何も言う事はなかった。

消息を絶った後、フラダリがどうなったかは知らない。もし見つけたら確保する。それだけだ。

街は落ち着きを取り戻しているように見える。

セレナはしばらく休みたいと言うことで、国際警察の施設に今はいるそうだ。カロス地方からも一度離れるそうである。

カロス地方にはあまりにも悲しい思い出がありすぎる。

それらの哀しみが分かるから、ユウリは何かをいうつもりはなかった。

たった5年。

チャンプになってからの時間だ。

ガラルに戻れば無敵のチャンプとして、アイコニックヒーローだが。

それ以外の地方では、死神として怖れられている。

潰した悪の組織の数なんて、もう覚えてもいない。

いつの間にか、叩き潰す事も完全に事務的に行うようになっていた。

狂拳に踏み込みかけている。

そう尊敬している人に指摘されたことがある。

分かっている。今も、かなり危うい所にいることも。

だから、やったことは受け止めるようにもしている。

だが、それはそれとして、心が麻痺するのも確かにある。ユウリはいつまで自分が「ヒト」でいられるか、あまり自信がなかった。

軽く見回ってから、レストランで食事にする。

国際警察から受け取った謝礼で、財産は唸るほどある。それこそ人生数百回寝て暮らせる程には。

最近は、買い物で値札を見なくなった。

善意の寄付も昔は結構していたのだが。

最近は、それも相手を念入りに調べてから行うようになっていた。

食事を終える。

周囲から、畏怖の視線が向けられている事は理解している。

誰もが知っているのだ。

そもそもフレア団の存在を知らなかったカロスの人間なんていないだろう。

その恐ろしさも。

多分、誰もが自分の世代ではどうにもできないと諦めていた。その諦めに、連中は便乗した。

そのあきらめを力尽くで粉砕したユウリは。

感謝されない。

それも理解している。

何度も悪の組織を潰していくうちに、人々の見る目が。国際警察の人間ですら。畏怖が混じるようになったのをユウリは感じていた。

今では公式試合に出るとき、スナイパーやテロ対策に、スタジアム周囲に手飼いの子を配置しているくらいである。

ユウリを狙った攻撃なんてどうにでもなる。今では、死角の近距離から撃ち込まれた対物ライフル弾でも対応できる。

怖いのは、一般の観客狙いの攻撃だ。

今も、そう。

前にカロス地方に来たときは、こういったお店に寄ることすら出来なかった。

食事を楽しんだ後は、郵送して貰った愛用の自転車で走って回る。ポケモンに関しても、カロスの個体は乱獲されていたものが多く、個体数の回復までかなり時間が掛かる者がいると言う。

幾つかの保護区を、何日か掛けて見て回る。

その間も、ユウリに対する憎悪の視線はなく。

その代わり、畏怖の視線は散々あった。

もう、畏怖の視線は別になんとも思わなくなった。やりたくてやっていることだから、何とも思わない。

嫌われる事がとてもダメージになる人もいるそうだ。

善意で行った事を、仇で返してくる人もたくさんいる。

そういうのに、いちいち怒っていてはきりがない。

ただ、ユウリは軽蔑する。

それだけである。

無言で見回りを続け、国際警察や再建中のカロス警察と連絡を取り。見回りが終わった後、ある施設に向かう。

追跡は、なしと。

今はネットワークが発達しているから、ユウリが何処かにいればすぐに噂になる。フレア団はそれを利用して、元気な頃は随分とまあ攻撃を仕掛けて来たっけ。全部返り討ちにしたが。

今は、身を隠す必要はない。

もしも、ユウリの居場所をネットで見つけて。

復讐を挑んでくる奴がいるなら、それをおびき出さなければならない。

此処にいるぞ。

そう示しながら、しばらく歩き回ったのだから。

消滅したとはいえ、まだ残党がいる可能性がある。

その残党が、もっともヘイトを向けるのはセレナ。その次がユウリだろう。国際警察の人達も狙われる可能性がある。

だから、敢えて囮として動かなければならない。

それでも追跡してくる奴はいない。

前はカロスに赴けば、十人単位で追跡してきた。そこである程度纏まった所で一網打尽にしていたのだが。それにしても、本当にいなくなったんだなと思って少しだけ心が冷ややかになった。

自転車で急ぐ。

雨が降り始めた。

無言で走り抜け、やがて街を抜けて郊外のビルに。

ここが、目的地。

まだ、この地方から連れ出せない人がいるのである。正確には、人達というべきだろうか。

ユウリがフレア団を潰すと決意した原因になった人達でもある。

ビルに入ると、すぐに人が来る。国際警察の歩哨だ。合い言葉を告げて、奧に入れて貰う。

内部には幾つも電子ロックがあって、銃火器で武装した人と、ポケモン使いがセットで見張りをしていた。

此処はトップセキュリティの施設。

下手をすると、今のカロスの政治家達が血迷うかも知れない。それに備えて、国際警察で独自に警備をしている程の場所だ。

馬鹿馬鹿しい話し合いには、ユウリも出る事になった。

カロスにとっての、地方が転覆しかねない最大のスキャンダル。

最大限の支援はするから、どうにか今は伏せてほしい。

後に二十年後か、三十年後が。

フレア団の影響力が完全に消えたときに必ず公表する。

そういって、偉いさん達がユウリに頭を下げた。情けなくて、溜息が出た。

確かにフレア団絡みのスキャンダルの発覚で、カロス製の製品などが著しくイメージを損ねたのは事実だ。

だがそれとこれとは、問題のレベルが違い過ぎるのである。

地下に入り、地下通路へ。

其処をしばらく歩いて行く。監視カメラなどと、後は国際警察で特別に訓練を受けたゴーストポケモンが配備されている。

此処のゴーストポケモンは専門のトレーナーが訓練をした個体で。

最悪の場合は、どんな手段でも外部に連絡をするようにしている。

そうでもしないと、何が起きるか分からないのである。

此処の場所も、入口を定期的に変えている始末だった。

ユウリもチャンプになって。それ以上にガラル以外の地方を回って、いわゆる派閥や体面、利害や利権というのを身を以て知った。

確かにカロスは自給自足できている訳ではなく、観光に頼っている部分も多く。豊かな地方ではあるが、全ての資源を独自にまかなえる訳でもない。全てを一度に衆目に晒したらカロスの経済は失血死する。

ただでさえ経済に噛んでいたフレア団が表向きでは無く完全に消滅した事で、混乱が起きているのだ。

銀行などは連日徹夜で仕事をしているとも聞く。

だが、それだとしても。

ユウリは、この件について。フレア団残党の全滅後、20年後までに公表しないのだったら。ユウリが自身で公表するとまで誓紙を取っている。

勿論そんなもの役に立たないだろうが。

それでも、いわゆる国璽を押してまで貰ってある。今では地方の専門印とでもいうべきなのだろうか。

フラダリが倒れた後もカロスを全ての方面から牛耳り、大人が揃ってもどうにも出来なかったフレア団を潰したも同然のユウリが。その気になればカロスを潰せる。

それは、この地方の政治家や財界人にとっては大きな脅威になっている。

勿論、暗殺の類は考えないだろうが。

追い詰められた人間が何をするか分からない事は、ユウリも身に染みて知っている。

だから。だからこそこの先にある秘密は、絶対に守りきらなければならない。

通路を抜けると、小さな部屋に出る。

そこにいるのは、まだ5歳から8歳くらいの幼い子達だ。

みんな普通だったら催眠教育も含めた初等教育を受けている時期。

10歳からは大人である今の世界でも、まだ子供と言える年の子達。優れた素質を持った子は飛び級をして、大学に通うこともあるらしいが。それでもそれは例外。

まだ体に、酷い傷が残っている子も多い。

それ以上に、心にはもっと酷い傷がついている子も多いのだ。

そう、これこそフレア団の最悪の罪業。

人体実験の犠牲者だ。

一時期フレア団は、これまた以前に極めて危険なテロに手を染めたプラズマ団という組織と関係があった。

フラダリがボスだった頃はそれもなかったらしいのだが。

フラダリが倒れた後は、その跡をついだパキラを中心に、あらゆる金儲けに手を染めるようになり。

狂気的なカルト思想に染まったプラズマ団に対して、「人間を輸出する」という手段で金を稼いでいた。

そう、人間を文字通り売っていたのだ。

此処にいる子供達は、貧富の格差が大きくなったカロスにて。親に売られたり。或いは捨てられた子供達。

プラズマ団では「ポケモンの声が聞こえる人間」を探していた時期があったそうで。その条件に合致する「N」という人を神体として祀ったそうだ。

更に、プラズマ団も人体実験をその過程で繰り返していたのだろう。

素体がほしかったそうなのだ。

フレア団は金がほしかった。

二つの邪悪な組織の利害が一致した結果。フレア団は「カロスにいらない」人間を、こうやって売り飛ばした。しかも「純粋な子供」がほしいと言う理由から、頭を考えたくもない方法で弄くりさえした。

ユウリがこの子達が収容されている施設を発見した時。そこにいた関係者全員を九殺しくらいにして国際警察にたたきこんだが。

保護したこの子達はどうにもならない。

親を発見したところで、引き取り拒否が当たり前。生きていないことだって珍しくもない。

今では、里親を探しつつ何とか医療を施しているが。

頭を直に弄くられてしまったりした場合の悪影響はどうにもならなかったし、或いは酷い暴力を受けたりして自我が消えてしまった子もいて。非常に難航していた。

険しい顔のお医者さんが来る。

かなり年配のお医者さんだが、このあまりの非道に義憤を覚えて、国際警察の中から志願して危険な仕事をしてくれている。

ユウリには険しい顔を隠さないが。

普段は出来るだけ笑顔を作って子供に接しているそうだ。

それでも、そもそも心が戻って来ない子供は多い。

子供を売り飛ばした親は、それ以上に見つからない。

結果として、今も治療は続いているのだ。

「治療の成果は出ていますか?」

「ああ、少しずつ心が戻って来ている子はいる。 だが、脳を弄くられてしまった子は、非常に厳しい状況だ」

「一度地方を解体して他の地方に統合した方が良いのでは」

「チャンプ。 気持ちはわかるが、カロスはそうするには地方として大きすぎる。 かといって地方を分割しても根本的な問題は解決しない。 このクソッタレな事をやらせたパキラとかいうカスが天罰を受けたことだけは……感謝しなければならないがな」

フレア団にはフレア団の正義があるとか抜かしていたらしいが。

その正義は金だった訳だ。

金の為にはなんでもする、か。

その結果がこれだと思うと、そんな正義を唱える奴は全員顔面を平らにしないといけないだろう。

ユウリの服の袖を掴む小さな手。

何かを訴えようとしている子は、頭を包帯で巻いたまま。片目も包帯が隠している。リネンを着たその子は、喋る事も出来ない。

何かを訴えようとして、何もできずにいる。

ユウリは根気強く腰を落として、視線を合わせる。笑顔を作る。

だが、頭が何処かで壊されてしまっているらしい。その子の視線は、虚空を彷徨うだけだった。

やがて、ふらふらと何処かに行こうとして、転んでしまう。

即座に助け起こすが。

ユウリはこうしている間も、怒りがふつふつと湧くのを感じる。

これを、醜聞だから隠せ、だ。それが大人の理屈だ。だったら大人になんかならなくていい。

パキラは今時珍しい死刑になるのが確定らしいが、そんなことはもうどうでもいい。

大きく息を吐く。

子供達を怖がらせたりしないようにするのに、もの凄く努力が必要だった。

「資金援助はしますので、お願いします」

「ああ。 此方も出来るだけの事はする。 このような事、医師としては絶対に許せない事だ」

「そういってくれる人がいるというだけで、少しだけ安心します」

「チャンプ……」

ユウリは、恐らく表情が無になっていただろう。

フレア団は潰した。

だが、取り戻せないものは幾らでもある。

それは時間が解決してくれるのだろうか。今は。それもよく分からなかった。

拠点にしているホテルに戻る。国際警察から連絡が来る。一人、状態が良い子がいるらしい。

その子は、里親が見つかっているので。もしも状況次第では、引き取って貰う予定だと。

ユウリは話を聞いた後、確認する。

「里親は信頼出来る人ですか?」

「国際警察の警官だ。 今度パルデア地方に赴任するのだが、カロスから離れるという意味でも良いかと思う」

「パルデア……」

確か、カロスとかなり近い地方だ。

何度か足を運んだことがあるが、ガラルと同じくらい民度の良い地方で、また面白い伝承もある。

中央部に巨大な穴状の地形があり、それが大きく歴史に関わっている珍しい地方であり。

ユウリも見学させて貰ったが、珍しい固有種がかなりいるようだ。

ポケモントレーナーとしては興味もある。

しかしながら、幾つか不安要素もある。

「その子と会うことは出来ますか?」

「チャンプ本人がか?」

「私があの子達が虐待されていた施設を叩き潰しました。 確認はしておきたいんです」

「……そうだったな。 わかった。 此処とは別の場所にいるから、一度、会う機会を設けよう。 それに貴方は世界中で色々な人を見て来ている。 下手な大人より、人間を見る目はあるだろう」

頷くと、後は国際警察のカロスに展開している部隊の幹部と通話して、今の内容を確約して貰う。国際警察の警官も、ユウリと話すときは畏怖が混じる。それはあまり気分は良くないが、今はそれどころではない。

国際警察だって、必ずしもクリーンな組織では無い。フレア団が強いときには、司法取引までしていたのだ。

だが、それでも今はそれと連携するしかない。どれだけ不甲斐ない組織であっても。

これが妥協だ。情けない事に、ユウリも妥協をする事がある。それは、もうどうしようもないのかも知れない。

絶対に妥協しない事もある。それも、いつまで続けられるのだろう。

通話を終えると、じっと手を見る。柔らかい女の子の手では無い。もうすっかり、戦士としての硬い手になっている。

ユウリの手は、チャンプになった後、ずっと戦闘を繰り返してきた手だ。まだまだ鍛え方が足りないとも思う。

色んな良い人に会った。

凄いと思える人にも会ってきた。

だが、それ以上に。

ユウリはこの世界で、汚いものを見過ぎたのかも知れない。だから、拳を作る時に、どうしてもぎゅっと音がする。

ガラルの友人に会うと。会う度に雰囲気が鋭くなると言われる。

そうだろうと、ユウリ自身も思う。

それは決して良い事ではない筈だ。

自身でも、良い事では無いことは分かっている。

せめて、自分で助けた人は。

不幸にはしたくない。

今、ユウリは幸せだろうか。チャンプになって、たくさんお金も持っていて。だいたいの事も出来て。

それでもこう乾いているのは、何故だろうか。

こんな風に、あの助けた子達はさせたくないな。

そう、ユウリは思うのだった。

 

2、小さな炎を手の中に

 

数日間、カロスを見回る。

その間、何回かリンチを見かけた。フレア団に情報を売っていたり、或いはもっと酷い事をしていた人間。

それらが今更ながらにあぶり出されて、そしてつるし上げられているのだ。

ユウリは見かける度に、それをとめて。

ユウリが来た事を悟ると、人々は畏怖を顔中に浮かべながら離れた。

必死に許しを請うリンチされる者達。

その者達を容赦なく警察に引き渡す。

ユウリは耳も良くなっているから、聞こえる。周囲の声が。

「聞いたか。 軍基地を生身で制圧したって話だぞ。 戦車をひっくり返したそうだ」

「カントーの彼も凄いという話だったが、それ以上じゃないのか」

「フレア団が負ける訳だぜ。 もし機嫌を損ねたら、カロスは終わる……」

「バカ、声が大きい」

明らかに歓迎している内容では無い。舌打ちしたくなる。そんな事はしない方がいいと分かっているのに。

フレア団はカロスそのものと言う程、公権力に潜り込んでいた。その全てを破壊し尽くすのはカロスに大きなダメージを与える。だから一部を残すべきという意見も上がった程なのだ。

そんな生ぬるい事を言っていたから、ああいう犠牲がたくさん出たのに。

ユウリが助けられなかった子供達だってたくさんいる。

事実、ユウリが潰した施設では、口に出来ないような死に方をした子供の死体もたくさん見つかったのだ。

人間の死臭は慣れたが。それでもあの時の悲惨過ぎる有様は今でも思い出して怒りが沸騰しそうになる。

街を歩きながら、フレア団の残党を探す。

見つけた。残党では無いが、不自然な動きをしてるのがいる。ユウリから隠れて逃れようとしている。

即座にポケモンを放って、捕まえさせる。

ユウリ自身がやらないのは。

殺さない自信があまりないからだ。

捕まえた其奴は、ユウリを見ると悲鳴を上げ、必死に命乞いをした。ニャオニクスをモンスターボールから出して、読心させる。

ニャオニクス経由で、情報をある程度引き出せる。そういう特殊訓練をさせている個体である。

警察が来たので、全て引き渡す。

情報もセットで、だ。

カロスの警察は地の底まで落ちた信頼を回復しようと必死だ。必要以上に乱暴に、其奴を引きずっていった。

お洒落で綺麗な町並みなのに。

無言で歩いて、ランデブーポイントに。

自転車を使おうとは、思わなかった。無言で歩いていると、心配そうにニャオニクスが見上げてくる。

肩にニャオニクスを載せると、無理矢理に笑顔を作った。

大丈夫。

きっちり仕事をできているよ。

そう言いながら、ビルの地下を経由して、国際警察のアジトの一つに。

そこに、状態が比較的良い子がいた。

頭に包帯を少し前まで撒いていたらしいのだが、それもとれている。ただし、頭は産毛がやっと生えてきたくらいの状態だ。目も虚ろで、昔の自分の名前も覚えていないそうである。

何より、頭には手術の跡がある。もう傷は塞がっているようだが。見ているだけで痛々しかった。

アオイという名前だそうだが。

それもユウリが潰した研究所で、適当につけられたコードネーム。

母音だけで構成した名前ということで。

そもそもこの子を研究員が人間扱いしていなかった事が分かる。

この子はそこそこ出来が良かったらしく、手酷い暴力を受けながらも、相応に「大事にされていた」らしい。

反吐が出る話であったが。

ユウリは腰を落として、視線をあわせる。

アオイは、何とか簡単な会話は出来るようになっていた。ただそれでも、大人には怖がって近寄ろうとしないともいう。

ユウリもそれほど長身ではないのだけれども。

それでも、やはり少し怖いようだった。

名前を教える。

言葉を発する事も中々難しいようだ。

だが、それでも少しずつ、ユウリを見る事はしてくれた。何もかもが怖いようで、ちょっとした物音にもびくりと身を震わせている。

少しずつ、感情が戻り始めて。

それに伴って、今までどれだけ異常な環境にいたのか、体が思い出し始めているのだろう。

「チャンプ、どうですか」

「私に出来るのは、自衛手段を教える事くらいですね」

「自衛手段」

「今は大人しくしていても、フレア団の残党が仕掛けて来る可能性はあります。 その時のターゲットは私でしょうけれど、この子になる可能性もありますので」

それに、仕掛けて来る可能性があるのはフレア団の残党だけじゃない。

カロスの醜聞を怖れた大人が、トチ狂って何をしてもおかしくは無いのである。そういう意味で、カロスと利害関係がない大人を里親にするのは正解だろう。

しかも事情を知らないとまずい。

だから、国際警察の隊員というのは、正解になる。

警察の隊員は後で顔を合わせるとして、まずはこの子との信頼関係の構築からだ。少しずつ、話をしていく。

比較的大人しいポケモンをボールから出す。

ラッキーがいいだろう。

大人しくて献身的なラッキーは、進化形のハピナスも含めポケモンセンターなどで働いている事も多い。

今は手持ちにいるのがラッキーなので、それを出しただけ。

いずれ、この子にはポケモンなしでも、地力で身を守れるようになってもらわないと。

だがその前に。

まずは、言葉を取り戻して。

自分で何でも出来るようになることからだ。

初等教育などの手配についても、既にしているらしい。それらが終わったら、各地方で共通して使える公用語を覚えてもらい。

その後は、赴任するパルデア語か。

公用語は、三千年も前に出来たと言ううわさがある言語で。

公用語が出来た頃は人間がもっと優れた文明を有して、更にはポケモンを使って「国家」の間で戦争をしていた時期らしい。

いまでも戦争は地方同士で行う事が希にあるらしいのだが。

今の時代、殆どの軍人の仕事はレスキューが主体だ。

或いは、強大になりすぎた悪の組織が主体になる事もあるのだけれども。

人間の兵器よりも極限まで育ったポケモンの方が強い現状。更には、人間も鍛えれば戦車くらいはひっくり返せるようになる現在は。

やはり自分を鍛える方が早い。

ラッキーはアオイを気に入ったようで、世話を焼き始める。アオイも困惑しながら、それでもラッキーが危害を加えないことを理解したのだろう。一緒にいることを嫌がっていなかった。

あのラッキーは、いつでもハピナスに進化できる個体なのだが、それは後回しにしよう。目の前で進化されても、アオイを混乱させるだけだ。

一度、その場を離れる。

そろそろ時間が迫っている。

一度、カロスを離れなければならない。ユウリは彼方此方で仕事がある。

フレア団の脅威を怖れて、カロスを離れた著名人も、少しずつ戻ってくるという話があるそうだ。

その中にはチャンプ経験者である大女優カルネもいる。

少しずつ、カロスの主軸だった人物が戻ってくる事で、この地方もまともになる筈だ。勿論そういった大人達の不甲斐なさには思う所もあるが。それでもその手助けは、カロス以外でもしなければならない。

チャンプとしてでは無い。国際警察に協力する、手練れのトレーナーとしての仕事だ。

ユウリは特記戦力として認識されていて、国際警察でもどうにもならない相手の駆逐に繰り出される。

その後始末にも。

各地でのトレーナーとの公式対戦もあるが、それ以上に今は始末屋としての仕事の方が忙しい。

ユウリは相応の資産を持っている事も、スポンサーもガラルの最大企業であるマクロコスモスをはじめとした複数存在する事もある。

何よりも、ユウリ本人が裏社会で死神とか悪魔とか呼ばれて怖れられている事もあって、存在そのものが抑止力になる。

よって、彼方此方で引っ張りだこなのである。

次に会うのは二ヶ月後だ。

その時には、もう少しあの子達の状態が良くなっている事を祈りたい。

そういえば。

パルデアには、確か有名なアカデミーがあったか。もしも本人が望むのなら、初等教育が終わった後、より高スキルを求めて通う大学……アカデミーへの編入を考えてもいいか。

その程度の支出はなんでもないし、何ならカロスのお偉いさんにでも出させる。

カロスの人間には、特にお偉いさんにはそれをする責任はある筈だ。

空港に。今回は、流石に通常の飛行機で別の地方に行く。

空港もしゃれているが、人はまばらだ。警察も、必死にテロ対策などで荷物を確認していた。

また、武装している警官と、重量級のポケモンも目立つ。

フレア団の残党がカロスを脱出するなら、陸路か空路がメイン。海路はリスクが高すぎる。

陸路も彼方此方で検問が張られているし、空路もこうやって見張りがついていると言うわけだ。

手続きを終えると、飛行機でカロスを離れる。

思考を一度閉じる。

しばらくは、此処の事を考えたくは無かった。

 

二ヶ月が経過した。

忙しい日々を過ごしつつ、ポケモンバトルの公式大会にも出る。ユウリはその荒々しい戦い方から、見本のような紳士的な戦い方をしていた先代ガラルチャンプのダンデさんと良く比較される。人竜なんて言われる事もあるが、ドラゴンタイプを別に好んで使っている訳でもない。

カロスにまた戻る。

飛行機の中で眠るが、その間周囲の警戒は手持ちの子達に任せる。もうカロスは安全とは、言い切れないからだ。

何時間か小刻みに寝て、体力は出来るだけ回復する。

飛行機はテロに会う事もなく、普通に着陸。

前に利用したときよりは、人も増えているようだが。フレア団壊滅というニュースに加えて。

各地の治安はあまり良くなっていないこともある。

どうも、あまり良くない人もそれなりにいるようだった。

治安が悪ければ、悪い人だって集まってくる。

今のカロスは、フレア団という悪しき秩序がなくなって、新しい秩序が作られている過程である。

其処につけ込もうとする山師は、幾らでも姿を見せる。

良い人ばかりだったら、どれだけ良かっただろう。

残念ながら、世の中に良い人はむしろ少ないのだ。

無言で街に出て、ホテルに泊まり。そこで一泊。その間も地元のニュースを確認するが。カロス警察は殆ど不眠不休で問題に当たっているようだ。銀行強盗も起きている。ただ。それはまだ駐屯している国際警察の部隊が対処したようで、ユウリには声が掛からなかった。

翌朝早くに、アオイの様子を見に行く。

二ヶ月で、髪の毛も少し増えて、ベリーショートくらいの量にはなっていた。少しずつ、言葉も喋れるようになっている。

それについては既に医師からメールなどで聞いていたが。

直接会うと、ユウリも少しだけ安心した。

ラッキーにはすっかりなついているようで。今では側から離れたがらないという。人体実験を行った大人達に関する恐怖はまだ強いようで、知らない大人には絶対に近付かないそうだが。

医師などには、少しずつ話をしてくれるようになってきたそうだ。

文字の読み書きなども、催眠学習で少しずつ覚えているという事で。推定される十歳の頃には多分初等教育が終わる。

出遅れたが。それはアオイのせいじゃない。

ユウリのことは、覚えてくれていた。

少しだけユウリを見てアオイの表情が明るくなったのを見て、とても嬉しくなる。笑顔を見ていたいが、それだけでは駄目だ。

アオイは生まれが悪すぎる。自衛の能力を身に付けないと、生きていく事は厳しいだろう。

国際警察を完全に信用するわけにもいかない。

最悪の場合、地力でどこでも生きていけるようにしなければならない。

医師と軽く話をする。

「外に出られるようになるのは、いつくらいですか」

「アオイくんは酷い心の傷を受けている。 今でも大人に恐怖を感じているのが一目で分かるほどだ。 そして心の傷は、体の傷よりも治るのが遅い。 いつだという事は、断言はできない……」

「分かっています。 ……ただあの子は、これ以上の理不尽とは地力で戦えるようになってもらう必要があります」

知育玩具で遊んでいるアオイを一瞥。

知育玩具といっても、かなり難しいものだ。かなり素の頭が良いようで、パズルを簡単に組み立てている。

頭が回るのは大事だ。

後は体がついてこられれば、言う事はない。

「次にここに来られるのは、早くても二ヶ月以上後になると思います。 その時に、一緒に私と外に出られますか」

「それは、何とも言えない。 チャンプ、貴方の実力は知っている。 連れているポケモン達の力も。 だが、こんな状態の子に無理をさせてはいけない」

「分かっていますが……」

それでも、あまり時間がないのも事実だ。

いずれ、ユウリの手から離れて自立することもアオイには当然考えて貰う必要があるし、それには既存の教育だけでは無理だ。

普通の子供だったら、初等教育が終わった時点で親から自立できる。

だがアオイは、出発点が悪すぎるのである。それに普通に自立しただけでは、どうにもならない状況でもあるのだ。

少し、沈黙が流れた後。

ユウリは提案していた。

「ポケモンの捕獲免許取得を優先して貰えますか」

「かまわないが、どうして」

「ガラル地方のワイルドエリアで一緒に過ごして鍛えます」

「正気かね……」

ユウリはそうして自身を鍛えた。ただ、それでは鍛えられない部分もある。まずは、体を健康体にする必要がある。

今の状態だと、無菌室にいるのと同じだ。

勿論いきなり暴風雨に連れ出しても吹き飛んでしまうだけだから。

最低限の事は仕込む必要がある。

その後は、地力で自分を鍛え抜けばいい。ユウリはその手助けだけでもしたかった。

それが、間に合わなかった人間の責任。

知らなかった事への贖罪だ。

もう少し早くフレア団を潰すべく動いていれば、こんな事は起きなかったのかも知れない。少なくともあの研究所に積み上げられていた子供達の死骸は、そうはならなかっただろう。

医師は嘆息する。

「分かった。 どうにかする。 他の子供達は、はっきりいって……症状が厳しい子もいる。 一生病院から出られない子もいるだろう」

「カロス地方が責任を持って面倒を見るようにしないといけませんね」

「国際警察の方でも助力はするだろうが、あまり無茶はしてくれるなよ」

「ええ……」

余程好戦的なオーラでも浮かんでいたのか。医師が釘を刺してくる。

ユウリとしてもこの件で妥協するつもりは毛頭無い。

話をした後は、アオイと一緒にパズルを遊ぶ。やはり基礎的な知識はとても高い水準にあるようだ。

後は体だが、まだ出来ていない子供の体だ。ユウリも母と一緒に基礎的な体作りはして。ガラルに越してからは、前チャンプのダンデさんに更に鍛えて貰った。その後は、地力で鍛えた。

全てを教える必要は無い。

十歳になれば大人の世界だ。少し出遅れた子に、基礎を教えるだけ。後はアオイが自分で自分を鍛えていけば良い。

その後は道を違えるかも知れないが。

それはそれ。

アオイの運命は、アオイが歩いて行けば良い。

ユウリは、その最初の一歩を、手伝う義務がある。アオイの実の親が放棄した義務を、背負うだけだ。

ラッキーの他に、ゴーストポケモンであるフワライドを置いていく。

風船のような姿をした愛らしいポケモンだが。愛らしいものほど危険なのがゴーストタイプのポケモンだ。

勿論ユウリが鍛えた子だから、人を無差別に殺したりはしないが。

それでも、ポケモンに対するアオイの警戒心をラッキーが拭った後は。

ポケモンが危険だという事を、このフワライドで学んで貰う必要がある。フワライドはある程度意思が分かるので、ユウリが説明すると、意図を汲んでくれた。

ポケモンは人間に近いが、それでも動物だ。

食物連鎖の中にいるし、殺し殺される関係だって維持している。人間のパートナーにもなってくれるが。人間を殺すポケモンだっている。

この世界で生きて行くには、ポケモンと上手くやっていくのが必須。

だから、早い段階から、人間の友達としてのポケモンと。

油断してはいけない相手でもあるポケモンに。

それぞれ接しておく必要があるのだった。

更に言うと、ポケモンはトレーナーの実力に敏感だ。自分の方が格上だと判断すると、指示なんか聞かなくなる可能性もある。トレーナーの扱い次第では、出ていくポケモンだっている。

勿論ユウリが仕込んだ子だから、面倒を見るようにといったアオイには非礼は働かない筈だが。

それでも、舐めた真似を許しもしないだろう。

医師に後を託すと、その場を離れる。

アオイは、少しずつ、確実に感情が戻って来ている。

まだ自分が十代である事を、ユウリもたまに忘れそうになることはある。人間の体は、二十くらいまでは成長を続けるのだ。今の、十歳で初等教育を終えられ、自立できる時代でもそれは変わらない。

ましてや幼い子は、体の回復も早い。

次に会うときは、別人のように回復してくれるといいな。

そう思って、ユウリはカロスを離れる。

空港で、カルネとあって、軽く話をする。

カロスから亡命するようにして離れたカルネは、かなり老け込んでいた。現役チャンプだった頃はとにかく美しい人だった。

その時代はカロスの文化も美しく見えたのだが。

その内部は、徹底的に腐りきっていたのだ。

ポケモンリーグの権限はあまり強くなく、チャンプでもできる事はあまりなかったらしいのだが。

それでもカルネは、危険になったカロスを離れてからも、出来る限りの事はしていたらしい。

ユウリに言い訳をすることはなかった。

ただ、申し訳なさそうに、頭を下げられた。

ユウリは、セレナに礼を言ってほしいとだけ告げて。一礼だけしてその場を離れる。

あの人は、ずっと苦労させて、心身共にボロボロになったセレナに何を言うのだろうか。

あまり趣味が良くない想像だなと、ユウリは自嘲していた。

 

更に三ヶ月が経過した。

各地のチャンピオンが集う会合に出たり。

公式試合でチャリティーの対戦をしたり。企業のCMに出たり。それらの合間に、悪の組織をまた一つ潰した。

大した規模ではなかった上に、大した悪事を働いている組織でもなかったので。

ユウリとしてもそれほど手荒に潰すつもりはなく。またある程度理屈が通じる相手でもあったので。

ボスをポケモンバトルで叩き伏せて。

後は幾つかの手続きを経て、社会復帰を手伝っておしまい。

小さめの悪の組織は、実際の所ただの愚連隊である事が多い。

地方の風習になじめなくて社会をドロップアウトした人間の集まりだったり。ただの小規模なギャングだったり。

ただそういった組織でも、カリスマになるようなトレーナーがでてしまうと、後は暴走する場合もある。

タチが悪い人間が入り込んだ結果、組織がどんどん変質していって。やがて最初期のメンバーは全員追い出されたり処分されたりというケースもある。

そういった悪の組織が、記録にあるだけで今までに八回、世界の滅亡に王手を掛けたとユウリは聞いている。フレア団のケースもその内の一回。だから、定期的にこうやって対処しなければならない。

仕事を終えて、カロスに向かう。

実家に戻る事はかなり減ってきたし、戻っても一日で出ることが多くなってきている。

友達と遊ぶ時間も、家でゆっくりする事も、ほとんどなくなっている。

これも、選んだ道だ。

そう思って、各地を回る。

アオイは、大丈夫だろうか。飛行機の中で、手持ちの子を出して軽く話す。アオイの事を聞いて、手持ちは色々な反応をする。

元は野生の個体だった子も多いから。そういう子は、よくあることだという反応を示すことも多い。

競合相手を殺す習性を持つポケモンは。

同じような習性を持っているライオンなどと同じく、珍しくもない。

意思疎通はある程度出来るから。

ユウリの怒りが理解出来ない子もいるし、逆に同調して許せないと考えてくれる子もいる。

だが、皆ユウリの手持ちだ。

だから、それらについては受け入れなければならないだろう。

カロスに到着。

また少し、雰囲気が良くなっているように思う。空港などの警備も減っている。飛行機の途中で、記事を幾つか見たけれども。

幸いにも犯罪の発生率はかなり減っているようだ。

それと同時に、少しずつスキャンダルの公表が行われている。

全部まとめて公表したらカロスが完全に終わる。

それゆえの判断らしいが。フレア団の悪事が確実に明らかになっていくにつれて。各地方からの怒りの声も強くなっているようである。

しばらくは、カロスの冬の時代が続く。

それは、フレア団を此処まで育ててしまったカロスの人達が、背負わなければならない罪業となる。

セレナは少しずつ、再建中のカロスの報道に姿を見せているそうだ。

カロスの報道は、文字通り完全に一からの再建になっている。それはそうだろう。フレア団に完全掌握されていたのだから。

幾つかの地方からの支援もあって、ようやく人材を集めてスタータープロジェクトが開始され。

今までの報道関係者はあらかた首にされた後で、一からの再建が始まっている状態ではあるのだが。

むしろそういう状況だから、爛熟した状況での無能で特権意識をもった記者が好き勝手するような事もなく。

真面目でやる気のある記者達が、多少ぎこちないながらもちゃんと報道をしているようである。

お洒落でもないし洗練されてもいないが。

それでもこれは活力があっていい。

そう、空港の街時間で。ぎこちなく作られているテレビ報道を見て、そう思った。

国際警察の迎えが来る。

一緒に移動しながら、周囲をそれでも警戒する。

ユウリのことは、やはりカロスの人達は感謝する気にはなれないようだ。フレア団は確かに倒れた。

だが、一気にカロスがその罪業を背負ったのも事実。

しばらくは不況と不景気が続く。観光客だって来なくなる。倒産する企業だってたくさんでるだろう。

フレア団が蓄えていた資産は全て没収されて、再配布が続いているが、それでもとても足りない。

それらの不景気を背負わされた人達は。

ユウリを恨むとまではいかないが。歓迎したくないと考えている様子だ。

移動しながら、話を聞く。

まだ街の彼方此方で、リンチが見られるそうである。

フレア団の幹部の裁判は次々に行われており。

パキラは真っ先に死刑が決まったが、裁判の間一言も口を利かなかったらしい。もう正気を保っておらず、ただ席についていただけだったそうだ。

やがて、目的の建物につく。

アオイは、大丈夫だろうか。

医師が出迎えてくれた。周囲を警官隊と、専門訓練を受けたポケモンが警戒する中、施設に入る。

アオイは、髪の毛もだいぶ伸びていた。

三つ編みにしようと頑張っているようだ。ただ、そうしきれていない。いずれ、しっかり三つ編みにしたいだろう。

意図は分かる。頭にある傷が目立たないようにするため。

アオイは、以前より、ずっと視線とか、姿勢とか。しっかりしていた。

「ユウリ、おねえ、ちゃん」

手を伸ばしてくるアオイ。

リネンでは無く、ちゃんとした服を着ている。

たどたどしいが、少しずつ喋れるようになってきているそうだ。

ユウリは、何度か目元を乱暴に擦ると。

アオイの手を掴んで。

引き寄せて、抱きしめていた。

細くて、ちょっと力を入れると砕けそうなほど脆い体。自分がこの子の年の時、こんなにひ弱だったか。違う。そんな筈は無い。栄養状態とか、あまりにも悪すぎたからだ。

助けられない子がたくさんいた。だけれども、せめて。責任を放棄したこの子の親や。助けられなかった子のぶんだけでも。

国際警察に所属している二人が来る。雰囲気が少しだけアオイに似ている。そういう人を選んだのだろう。

アオイから離れると、親になる二人に挨拶をする。

パルデアで暮らす前に、基礎的な事をユウリと一緒に学ぶ必要があることは、既に話をしてある。

この子は、最初のスタートが悪すぎる。

だから、自分で生きていけるように、普通の子よりもしっかり教育を受けなければならない。

最低でも、自分で自分の身を守れるようにしないと。

そう決めていた。

 

3、手をつないで

 

各地の地方には、ポケモンの保護区が存在している。ガラル地方では、この保護区がかなり大きく。

此処で大きな事件が起きたこともあるし。

それもあってか。トレーナーは実戦経験を積むべく、最近では此処での修練が義務づけられている程だ。

一時期は、訓練されたポケモンを同一条件で戦わせるというものが流行り。

その結果、ルール外から攻めこんでくる相手には、いちじるしくガラル地方のトレーナーが弱体化した事があった。

それが何年か前に、大きな事件の引き金になり。

たくさんの死者を出した。

それもあって、今ではこのワイルドエリアにはレンジャーが常駐していて。トレーナーが野生のポケモンを相手にその恐ろしさをしる訓練が義務づけられているし。

ジムリーダークラスのトレーナーですらも、此処で修練を積むようになっていた。

ユウリはこの辺りは地元も同然だ。

どこの湖のどの辺りが危険で。どの辺りの岩でビバークが出来て。何処にどんなポケモンが潜んでいるか、何もかもが手に取るように分かる。

勿論それでも慢心はしない。

昔の……三千年前の古代文明以前の人類は、とにかくとんでもなく脆かったらしい。本当にあっと言う間に死ぬ事も多かったそうだ。

今の人間は、そこまで脆くはないが。

それでも、同格の相手が敵の場合、一瞬の油断で命を落とすことだってあるし。

気を抜いていると、同格の相手が気配を消して接近して来る事だってある。そうなれば、不意を打たれることもある。

アオイと一緒にキャンプをする。

しばらくはガラルで基礎教育をして、十歳相当の知識……何歳かアオイは分からないのだけれども。

ともかく一般と同じ教育が終わったら、後はアオイが自立できるようにする。

そのための訓練だ。

順番に、何もかもを叩き込んでいく。

外での食糧の確保の方法。寝床の確保の方法。生き抜く方法。

囲まれた場合の対処方法。勝てない相手と遭遇した場合の逃げ方。それから、体の鍛え方の基礎。

アオイは何でも真面目に話を聞くので、教えがいがあるとユウリは感じた。

懸念していた、頭を弄られたことの後遺症。

それは、ユウリがいる時点では、あまり感じられない。

アオイには、常にラッキーと、それにフワライドを護衛につける。この二体は、ずっとアオイの側にいた。

フワライドはユウリが鍛えていた頃はどちらかというと冷酷な性格だったのだが、アオイを見ていて思うところがあったのだろうか。

アオイを何かあったら、守るように必ず動いている。まるで親のように。

悪意の類は感じられない。

ひょっとすると、アオイはポケモンに好かれる天性の才能があるのかも知れない。だとすると、普通に生きているだけで、本来はユウリがいるような所に上がって来たのかも知れなかった。

ある程度基礎体力をつけてからは、その体力を伸ばす。

ワイルドエリアを走り込む。食事をする。超回復を行う。更に走り込む。そうやって、基礎体力を増やす。

同時に、ユウリは幾つも教え込んでいった。

マスタード道場で貰った道着を着て、二人でワイルドエリアで向かい合う。

「いい、ポケモンの技の内、人間に再現出来ないものはどうしてもあるんだよ。 例えば音波系の技とか、火焔放射とか」

カントーの彼は火焔放射を使いこなしたという噂があるけれども、だとすると何をどうやったのかユウリにも分からない。

ただし、誰でも再現出来る技もある。

「ただし、人間にも再現出来る技もあるの。 それを覚えておけば、いざという時……危ない場面に遭遇した時に、勝てない相手から逃げる事も出来るからね」

「はい、ユウリお姉ちゃん」

「よろしい。 では私に合わせて動いてみて」

まずは気を練る。

この時点で実は出来る人間があまりいないのだが。格闘ジムの関係者は、実の所無意識にやっていることが多い。つまり、誰かが習得技術を体系化すれば、気の操作は一気に一般化する可能性が高い。

もったいない話ではある。

ユウリは、アオイを見る。

真似は上手だが、最初から出来るわけがない。呼吸法とか、体への気の浸透方法とか、順番に丁寧に教え込む。

真正直に覚えていくアオイ。習得はかなり早い。

良い感じだ。気を練り上げられるだけで、できる事がだいぶ増えてくる。

毎日、ワイルドエリアで過ごすわけにもいかない。

「両親」と過ごして貰って、学業もやって貰う。ポケモンの捕獲免許はもう取ったようだけれども。

それ以外の読み書き、算数、後は税制の勉強や、法律のこと。

十歳が大人になる現在は、それらの知識が必須なのだ。殆どは催眠学習で叩き込んでしまう。

普通の勉強と、ユウリが仕込む何処でもアオイがいきられるための修練は、並行で行っていく。

そうすることで、人の世界でも。

最悪、そうではない世界でも。

生きていけるように、頭を切り換えられるようにするのだ。

ガラルに戻って来たこともある。

ユウリはアオイの面倒を見ていない時は、興業試合を行う。チャンプになってから五年。みんな背も伸びて、貫禄が出て来ているが、勝ちは譲らない。

特にお隣さんの幼なじみで、ダンデさんの弟であるホップは、ユウリ打倒の第一候補と見なされているようで。

更に学者としても勉強をしていて、非常に忙しい日々を送っている様子だ。

みんな、それぞれの道を進んでいる。

マクロコスモスも、ガラル全域の経済をしっかり回していて。ガラルはとても豊かな時代を送っている。

そんな中でも。ユウリは気を抜かない。

また時間が出来たので、アオイと共にワイルドエリアに出向く。

そろそろ良いだろう。

気を練り上げることがアオイにも出来るようになって来た。髪の毛も伸びてきて、ついに三つ編みを出来るようにもなった。

それでも、帽子を出来るだけ被るようにとも言っておく。

周囲の人間に慣れてきたアオイは、やっぱり頭の傷が気になりだしたようだから。この傷は、治りようがない。

ならば、自分でトラウマを克服するまでは。帽子を被る方が良いだろう。

手塩に掛けた、ルカリオを出す。狼が立ち上がったような姿をしたルカリオは、格闘タイプのエキスパートと言える強力なポケモンの一角だ。火力特化だが、その代わり火力さえ生かせる環境を作れば大暴れしてくれる。

比較的手持ちでは若い子だが。それでもしっかり鍛えこんだ子だ。ルカリオはアオイを一瞥すると、ユウリを見て頷いていた。

一つずつ、格闘技を教え込んで貰う。

特に大事なのは強化技だ。

ユウリは戦闘で龍の舞いと剣の舞いを使う事がたまにあるが。普段はそれらを使うまでもない。

それらを使うのは。手持ちの子達を展開出来ない上、幻や伝説のポケモンで素手でやり合わなければならなくなった場合。

古い時代は、そういう事をした豪傑もそこそこにいたらしい。まあユウリも何回か経験がある。

まずは、アオイにこれらの技を覚えさせておく。

特に龍の舞いは非常に有用な身体強化技だ。火力を高めることが出来る上に、反応速度をぐんと上げる事が出来る。

今のアオイでも、普通の男性くらいなら一回舞えば叩き伏せられるし。

四回も舞えば、速度でプロの格闘家を圧倒できるだろう。

気を練り上げることが出来るようになったアオイは、どちらの舞いも習得が可能な筈である。

ルカリオは「舞い技」の中では剣の舞いしか習得出来ないが、まずは順番だ。

剣の舞いを、丁寧に目の前で実演してみせるルカリオ。頷くと、アオイも同じようにやってみせる。

ポケモンは人間と共通している要素が多い。

ルカリオはアオイに色々事情があることをすぐに理解したのだろう。気……波動とも言われているらしいが。ともかくスペシャリストのポケモンだ。

アオイが単純に動作だけ真似しているのを見ると、無言で手を掴んでやめさせ。何度でも実演して見せる。

アオイはそれを真剣に見て、やり方を確実に覚えていった。

一回見れば、それで覚えられる人もいる。ユウリもどちらかと言えば、其方よりらしいのだが。

誰もがそうでは無い事も、ユウリは分かっている。

十回ほど剣の舞いを側で見たアオイは、やり方のコツは掴んだようだ。その調子。そう言って褒めると、白い歯を見せて笑ってくれる。この歯も、助けたときは酷く痛んでいて、気の毒極まりなかったのを思い出す。両親によくして貰っている事が分かるので、ユウリは目を細めてしまう。

その後は、格闘系の技を徹底的に叩き込んで貰う。

エスパーの素質がある人間もいて。其方が使えるなら、専門家に紹介したいところだったのだが。

ユウリと同じく、アオイはどうもエスパーの素質はないようで。

格闘を主体にやっていった方が良いだろう。

気の練り方を覚えたアオイは、身体能力が見る間に上がって来ている。ユウリも国際警察に頼まれて格闘の実習訓練を見る事があるのだけれども。これならば、基礎としては充分過ぎるだろう。

一週間以上、剣の舞いを徹底的にやらせる。

これを習得出来れば、いざという時の修羅場での手札が増える。剣の舞いは非常に精神力を消耗するので、休憩を何度も挟む。そして、休憩中に、アオイに今まで出会ってきたポケモンや、凄い人達の事を話す。

ダンデさんは、今でもユウリの目標だ。

ポケモンバトルの腕では凌いだが、それでもガラルを代表するトレーナーで、現在ではマクロコスモスの事実上の経営もやっている。

近いうちにアオイを連れて行こうと思っている相手。ヨロイ島のオーナーであるマスタードさん。十八年のチャンプ記録を持つ人で。現在でも超現役の凄腕トレーナーだ。ああいう風に年を取りたい。そうユウリも思う。

色々な伝説のポケモン達。力が強すぎるだけで、災厄をまき散らしてしまったムゲンダイナ。手元にいるムゲンダイナの話をすると、アオイは力の怖さを悟って、真剣に頷く。それでいい。

力は振るって楽しむものではないと、理解出来ればいいのだ。

偉大なる王であるバドレックス。今もガラルの南にいる「王」は、一時期ユウリと一緒に旅をして。その偉大な力を取り戻した。旅のことはよく覚えている。王らしい、非常に威厳がある、それでいて人を嫌ってもいない、優しい王様。

手元にいる「剣」、ザシアン。兎に角ストイックな、「剣」そのもののポケモン。

この地方を災いから救い、人の業を見てきた文字通りの「剣」。手持ちのポケモンと言うよりも、ユウリの後見人だ。

切り札の中の切り札として温存している存在で。いずれ、アオイと会わせようとも思っていた。

そしてクリーム。

この地方で大事件を引き起こしたマホイップ。ユウリ手持ちの最強のポケモンの一角であり、人間の業を見た災厄の子。今でも、ユウリを何処かで値踏みしているが、それでも信頼はしてくれている。

色々な人やポケモンの話をしていると。

やはり、まだ体力も技量も発展途上なのだ。アオイは寝てしまう事も多い。

寝てしまった場合は、毛布を掛けて、風邪を引かないようにする。そしてユウリは、自身もテントの隅で寝袋にくるまってねむる。

全てを叩き込む必要は無い。

応用は自分でやった方がいい。

特にポケモンバトルについては、自分で全てをやるべきだ。競技としてのポケモンバトルと、実戦はまるで別物だ。

とにかく、時間を掛けてアオイと接する。

少しずつ、確実に、

アオイは他の子供との遅れを取り戻し。少しずつ、独り立ちできる準備が整っていった。

 

アオイがパンと胸の前で手を合わせる。

そして、気を練り上げて、くるりくるりと優雅に舞った。

完璧だ。

この技、龍の舞いを教え込んだユウリのカイリューは、それを見て明らかに嬉しそうにユウリに頭をすりつけた。

そして、アオイにも。

アオイも、嬉しそうにカイリューの頭を抱きかかえる。そういえば、このカイリューと一緒に、あの忌々しい研究所を潰したんだったな。それを今更に思い出して、ユウリは目を細めていた。

打撃技、蹴り技の類は、基礎はあらかた教えた。

後は、それをどれだけ自分で練り上げるかだ。

リスクが高いインファイトや、相手に超高速の打撃を叩き込むバレットパンチやジェットパンチも覚えさせた。いずれも理屈さえ理解出来れば人間でも放てる。

ただ、まだアオイは体がしっかり出来ていない。

それを理解させるために、何度もポケモンと組み手させた。まだ調整中の子が相手の事も多かったが。手持ちの主力級とも最近は対戦させている。

それで、ポケモンの強さをアオイは理解出来た。

大きいのを一発貰うと後がない。それが分かれば充分。余程の事がない限り、重量級のポケモンと格闘戦なんてすることはないのだ。今仕込んでいるのは、あくまで人間、およびトレーナーが仕込んだポケモンから身を守るための手段。一応本職の殺し屋というのも実在していて、ユウリも交戦したことがあるが。実際は殆どの場合は奇襲が基本で、コミックに出てくる暗殺者のようなスーパーヒーローではない。いずれアオイはポケモンを手持ちに加えて、それで身を守る。奇襲を防ぐことが出来れば、現時点では充分だ。

残心をして、呼吸を整えるアオイ。完璧な残心で、ユウリも見ていて目を細めてしまった。

すっかり髪も伸びたアオイは、もう他人と喋る事も苦にしなくなっていたし。

勉学の方も問題ないと「両親」は言っていた。

これなら、そろそろ頃合いだろう。

少し前に、ユウリはパルデアに下見に行って来た。そこでちょっとした問題もあったのだが、今はそれも解決している。

いずれにしても、大した問題では無い。非人道的な事が行われていたわけでもないし、戦争が起こりかけていたわけでもない。悪の組織が、大規模テロを実施しようとしていた訳でもない。

アオイを行かせる事に、なんら問題はなかった。

なお、一応念の為、少し前にガラルの格闘ジムで知己のジムマスター、サイトウさんとアオイを引見させた。

サイトウさんが見る限り、アオイは充分に黒帯の実力があるとかで、競技でもやっていけるそうだ。

身を守るための武芸だけではない。格闘ジムのリーダーという将来もある。選択肢は、一つでも多い方が良かった。

気の練り上げはもう充分基礎レベルは出来ている。後は真面目に鍛えれば、素手で大人の男性をねじ伏せる事も簡単だろう。既に今のアオイの身体能力は、特に鍛えていない成人男性だったら、充分に数人まとめて正面から制圧出来るレベルになっていた。舞いを積めばアサルトライフルで武装した軍人相手でも圧倒できるだろう。

「よし、基礎技は充分だね。 実戦経験も基礎は積んだ。 後は自分でやるんだよ、アオイ」

「はい、ユウリお姉ちゃん! 基礎訓練、有難うございました!」

アオイはびしっと頭を下げる。とにかく綺麗な礼で、動作も会う度にしっかりしていくのが分かる。

この辺りは国際警察勤務の真面目な両親が仕込んだからというのもある。良い影響だと思う。

というか、良い人を回して貰った。

国際警察の方でも、カロスの件で後手後手に回った負い目があったのかも知れないが。それでも、これくらいは最低でもして貰わなければいけないのも事実だった。

これで、アオイの基礎訓練は終わり。後は、アオイが全て決める事だ。

カレーを作って一緒に食べる。

アオイはパンの方が好きらしいのだが、カレーも嫌いではないようだ。ただ、ユウリが何でもかんでもカレーに入れて平然とかみ砕いているのを見て、最近は青ざめるようになっていたが。

一方でアオイも、サンドイッチのパンに凄い勢いで具材を突っ込んで、それをムシャムシャ食べるので。

大変食欲旺盛で結構な事である。

まだ体は大きくなるのだから、しっかり食べておくことに損は無い。

大人になってから、食べる量は調整する必要があるかも知れないが。

今は考える必要もない。

「アオイ、大事な話があるんだ」

「はい」

「これから、どうなりたい?」

「……」

アオイの道は、自分で決めるべきだ。

そう、順番に説明していく。

それが出来る基礎は整った。そして、パルデアでそれが出来るように準備はした。

それらを説明する。みな、十歳で独立するのがこの世界。そして、普通の状態では無いアオイも、独立が出来る準備も整った。

ならば、後はアオイの意思だ。

顔を上げるアオイ。

「パルデアの事は調べました。 パルデアにあるグレープアカデミーに行きたいと思います

「そう」

アカデミーか。

十歳で……アオイの場合、実年齢は分からないけれど。とにかく十歳相当ですぐに社会に出るのでは無く、更に学歴を積む。悪くは無いと思う。

アカデミーは名前の通り初等教育では無く、高等教育だ。此処を出た人は、だいたいの場合会社の幹部待遇で迎えられたり。或いは年を取った人が勉強を受け直して、更にキャリアアップのために活用する。

それにしても、あの場所か。

前にパルデアに行った時、丁度問題が起きたのが彼処だ。何だか因果を感じてしまう。

「私、会社作りたいです。 それで、私と同じ境遇の子が望むなら雇いたいし、今苦しんでいる子達は私が面倒を見たい」

「それが、本音だね」

「はい」

アオイの目には光がある。

強い意思だ。

虐げられることから、アオイは始まった。

運が良く助かった。

きっと、目の前で見た筈だ。ただ運が悪かったと言う理由だけで、最悪の大人達に蹂躙されて命を落としていった子供達を。

自分がただ運が良かったから助かったと言う事にすぎないと。

アオイは運が良かった。

ユウリが基礎的な戦闘技能を仕込んで。

立派な親が新しく出来て。

それで、今、出立地点までは面倒を見てくれる存在もいる。世の中にはもっと悲惨な境遇の人間がたくさんいて、そして多くは救われる事もなく命のともしびを散らしていく。

それをアオイは全てもう理解している。

その結果、社長になりたい。そのために、高等教育を受けたいというのであれば、その夢をユウリは後押しするだけだ。

具体的にどんな会社を作るかは、アオイが考える事。

これ以上は、ユウリが介入すべきではない。

「分かった。 アカデミーの学費までは払うよ。 後は、自分でなんとかするんだよ」

「はい、ありがとうございます」

「アオイ。 分かってると思うけれど、普通の人よりもずっと此処からは困難だよ。 こんな事を教えてきたのも、それと戦うため」

ユウリの場合はそんな事はなかった。

手にあるのは、ただの才能から起因した強さだ。

ただ。生き残るすべに関しては、ユウリも散々身を以て知っている。だから、それを教えるだけ。

これ以降は教える事なんかはない。

というよりも、自分で学んでいかなければならないことだ。

アオイの家に行く。

両親は、どちらも厳しそうな人だ。勿論、普段は素性を隠して優しそうな人に振る舞う事も出来る。

というか、アオイには甘いようだ。

この夫婦は、子供が出来なかった事もある。養子であっても今頃になって子供が出来たのが、とても嬉しいらしい。

アオイも、二人を慕っていることがよく分かる。それなら、ユウリから言う事は何もない。

軽く話す。

二人とも、アオイが自分の身を守れることを聞いて、安心したようだった。一方で、ユウリが見た所、試合に関するポケモンバトルの力量はまだまだ未知数だ。今後のアオイの努力次第だろう。

パルデアへの赴任は少し先。だが、当然二人ともいつも一緒にいられるわけでもない。それに、パルデアに赴任した後は、アオイは自立するのと同然の状態になる。

しばらくは、此処で過ごすが。

それが最後の時間となるかも知れない。

一緒に食事をする。

まともな家庭料理を食べることは、殆どなくなった。実家に帰ることもあるが、あまり実家に滞在できる時間も長くないのだ。

だが、最後くらいは一緒の食事も良いだろう。

誰も血がつながっていない家族だが。

血がつながっているよりも、きっと心がつながっているはずだ。

最後の夕食を終えると、ユウリは三人の家を後にする。

エンジンシティの借家。

もうすぐ住人もいなくなるその家は、少しだけ名残惜しかった。

アオイとは、今後もメールなどでやりとりはするつもりだ。ただ。ユウリの事は話題に出さないように既に告げてある。

余計な危険を招きかねないからである。ただでさえ、色々カロスの特大スキャンダルの当事者なのだから。

ワイルドエリアに出ると、手持ちを出す。少し、古参の手持ち達と話したかった。

キャンプを開いて、皆と話す。

ラッキーとフワライドは後から手持ちにした子で、二名ともアオイの両親に譲った。

アオイの初期手持ちとしては強すぎるので、それはパルデアで調達して貰う予定である。

だから、二名はいないが。

ただ、最初の頃から一緒に冒険をした皆は、側にいるととても頼もしかった。

「心配なのなら、手元に置いておけば良いだろう」

マホイップのクリームが、そんな事を木の棒で地面に書く。

ユウリは少しだけ苦笑すると、星空を見上げる。

「駄目なんだよそれじゃ。 もうあの子は自立する年だ。 自立して、身を守れるだけの訓練はした。 だったら、後はあの子が全て決める事。 私とひょっとしたら戦う道もあるかも知れないけれど、その時はその時だ」

「随分と入れ込んでいた割りにはドライだな」

クリームに、不満そうな目を向けるカジリガメ。

基本的に無口で荒々しい性格だが。最近はぐっと穏やかになって来ている。逆に、ユウリの試合でのエース格であるエースバーンは。最近でも少年のような荒々しさを失っていない。

そんなエースバーンは、クリームを一瞥だけした。

ふっとクリームは笑うと、視線を逸らす。それだけで、色々と思う所があるのだろう。ユウリを試すのも、もう良いだろうと判断しているのか。クリームは人間らしい考えをするから。ユウリの心中をある程度察して、それで充分なのかも知れなかった。

さて、今日はキャンプをして、少し鈍った体を鍛え直してから次の仕事だ。

立ち上がると、客を迎える。

すっかり背が伸びて、ユウリよりもかなり大人っぽくなったマリィだ。

かなり容姿は大人びたが、かなり恥ずかしやさんの性格はあまり変わっていない。見かけと性格のギャップが大きく。最近ではそれも少しずつ知られるようになって来ていた。

「久しぶりね。 あの子のお世話、終わった?」

「終わったよ。 私は基礎を教えるだけだから」

「そう。 じゃけん、もう少し一緒にいてあげてもよかとよ」

「いいんだよ。 私も、色々と吹っ切らないといけないからね」

頷くと、早速距離を取って試合をする。

次は興業で別の地方に行くのだが。当然それだけではない。

試合でも負けるつもりはないから、しっかりこうやって鍛えておくのだ。

しばらく無心で勝負を続ける。

マリィの腕はかなり上がって来ていて、何より炎に照らされる顔が以前と比べてとても大人っぽくなっている。

ユウリも背は伸びたが、どちらかというと童顔だからこれは羨ましいと思う。

二時間ほど、手持ちをぶつけ合って調整を行う。

マリィも他の地方のポケモンを仕入れていたりと、全く知らない戦術を使ってくるのでとても楽しい。

また、アドバイスに従ってマリィ自身も鍛えているようで。最近ガラル空手の道場で、瓦割り二十枚を達成したそうだ。

調整終わり。

マリィは息が切れていたが、それでも昔よりずっと体力がついている。握手して、それで軽く話す。

「今度は何処行く?」

「んー、マリィになら言っても良いかな。 イッシュ地方」

「彼処って、プラズマ団の残党がまだ少し残ってるって聞くけん、大丈夫?」

「大丈夫。 というか、国際警察も残党を全部潰すつもりみたいだね。 私もちょっと色々あってね。 落とし前つけさせる」

プラズマ団はカルトという事もあり、二度にわたって壊滅した後は。穏健派の慈善団体と化した派閥と。危険なテロ組織のままの派閥に別れた。穏健派は過去の過ちを認め、非常に献身的な団体に生まれ変わった一方。過激派はとことん陰湿化して、今でも残党が犯罪組織と結びついている。

今回は、それの後始末だ。向こうでは、二回にわたるプラズマ団壊滅に貢献した英雄も合流してくれる。多分ユウリの渡航一回でけりがつくだろう。

その後も、彼方此方で仕事があるが。次の仕事は絶対だ。

フレア団にとって、「需要」を作ったのはプラズマ団だからである。

残党も徹底的に叩き潰して、己の罪を思い知らさせる。

それで、やっとユウリも。

あの光景を見て、心に宿ってしまった暗い炎から解放される。

それだけの事だった。

ココアを淹れてくれるマリィ。兄貴直伝と言っていたココアだ。とても温かくて美味しい。

表情を作るのが苦手なマリィは、無表情に近いが。それでも心配してくれているのが分かった。

「ユウリ、戻ってくる度に強く……それ以上に怖くなってる。 だから、ちょっと心配じゃけん。 ユウリが悪さとかしない事は分かってるけんど……」

「大丈夫。 私は……あいつらとは一緒にならないよ」

腰を上げる。

そして、マリィに行ってくるとだけ告げて。

ガラルを後にした。

そう、同じには絶対にならない。

例え、誰から理解されなくなったとしても。

誰からも怖れられるようになったとしても。

ユウリは、自分のやり方を変えるつもりはなかった。

 

4、新しい大地での一歩

 

初等教育は全て終わって。

大人として扱われるときが来た。

アオイは、服装を丁寧にチェック。グレープ学園の制服は活動的で、他の地方でスクールと言われる初等教育のものとそれほど差がない。

嬉しいのは帽子があることで、これで髪が乱れても頭の傷が見えにくい。

頭の傷はどうしても目立つから、髪型で隠すのだけれども。いつも三つ編みを維持するのは、アオイも難しい事は分かっているし。

他の生徒と一緒に過ごすようになれば、どうしても目立つだろう。

ユウリお姉ちゃんの事は、絶対に喋らないようにすること。喋るにしても、信頼出来る相手にしか話さないこと。

他にも、絶対の事は幾つもある。

身だしなみを整えて、それで手紙が来るのを待つ。

確か手続きの書類がどうとかで。この地方。

パルデアの高等教育機関であるアカデミーに通う事になったが、それも入学式からでは無く中途でだ。アカデミーですら、ハンデを背負う事になる。

この家でしばし過ごすが。それもしばし。すぐに忙しくなる。

書類の到着やら、手続きを待つ今だけが、時間的余裕があるかも知れない。それもすぐに終わるが。

来る途中に調べたのだけれども。グレープ学園は一年ちょっと前に教師が総辞職して入れ替わっているらしい。

新しい校長先生は非常に評判が良い人で、どこでも悪い噂は聞かないと言う事だが。

一方で、アカデミーそのものにはあまり良くない話も聞かれるのだとか。

身を守ることは出来る。

ユウリお姉ちゃんのような、それこそ生身で軍隊を真正面から制圧するような力はないけれども。

それでも不良の群れくらいだったら、一人でどうにでもなる。

ただ、学校で行われるイジメというものは、武力が強ければ対応できるものでもないらしく。

色々、ここに来る前に。

お父さんとお母さんと一緒に勉強した。

初等教育も含め、今では集団での学業というのは殆どなくなっている。これは簡単で、教師の質にあまりにも依存しすぎるからだ。

今では催眠教育で、短期間で語学や数学などを覚える事が出来。

教師によってはクラスぐるみで虐めを行う事を黙認したり、荷担したりといった事を避ける為にも。

基本的に、初等教育では人間に依存する教育を行わない。

ただ、これには反論もあるらしく。

色々思うところがあって、子供が出来てからアカデミーに行く大人も多いそうだ。

アオイのやりたいことは決まっている。

会社を作ること。

カロスの、同じ立場の子達は、今でも連絡を取っている。

やっぱり病院から出られそうに無い子。

頭を弄られた結果、普通の子よりもずっと学業などが遅れてしまっている子。

トラウマで心がおかしくなってしまって、今も初等教育が終わらない子。

いずれも、面倒を見るには個人では無理だ。

アオイは、運が良かった。

だから、その運を、みんな助けるのに使いたいし。それでは、個人では限界がある。法人を立ち上げて、それでどうにかしたい。

皆が働ける仕事も探したい。

いずれにしても、アカデミーで勉強して、それで身につける事ができれば嬉しいし。

身に付けられなかったとしても、選択肢は増えるはずだ。

お父さんとお母さんに言われている。

ユウリお姉ちゃんに仕込まれた身体能力は、並みの人間を遙かに超えていると。

もしも企業の設立の目処が立たないようであれば、国際警察に来なさいとも。

人手不足、人員不足の国際警察だ。

アオイも、充分に雇ってくれるし。高い地位に行けば、皆を助ける事も簡単になるだろうと。

分かっている。

それも、選択肢として、今は選んでおかないといけない。

色々アオイは背負っている。

一人の命じゃないし、一人の道でもない。

自分だけの道を行ける人は、そんなに多く無いとアオイは聞いた。その道を行っているように思えるユウリお姉ちゃんも、自分の道はとても大変なのだと言っていたっけ。

あんなに強い人が、其処までいうならそうなのだろう。

帽子を被り直して、鏡で確認。

化粧はいらない。

舐められない程度の容姿をしていれば良い。

後は加減についても教わっている。

家にいるラッキーと訓練した。同年代の子供が壊れない程度の力の入れ方が大事だ。ラッキーは耐久に特化したポケモンで、アオイの事をとても大事に思ってくれている。

だけれども、助けを借りるのは家まで。外では一切助けは借りないとも決めている。

ポケモンの試合、自分での育成は、一から覚える。

それが、成長に大きく関わる。

そうユウリお姉ちゃんに言われているし。

自分でも、それは正しいと考えた末に思っている。

チャイムが鳴った。

思わず警戒したが、お母さんが出る。お父さんは少し前から出かけていて、家にはいない。

仕事が忙しいのだから、当然だろう。

様子を見に行くと、落ち着いた居住まいの老紳士が来ていた。笑顔を作るわけでは無いが、雰囲気がとにかく優しい。

「アオイ、グレープアカデミーの校長先生がおいでですよ」

「はい。 始めまして、校長先生。 アオイです」

「はっきりとした良い返事ですね。 始めましてアオイさん。 クラベルです。 遅れての編入と言う事で、書類などの手続きに来ました。 丁度此方に来る予定がありましたので、私がしっかりした方が確実だという風に判断しましてね」

「ありがとうございます」

随分とまあ。ろくでもない大人を知っているから、こういう校長だというのが分かると嬉しい。

手続きはお母さんがやる。

此処までは、やってもらう。

此処からは、全てアオイが歩かなければならない。

ちょっと緊張したが。

だが、此処から始まるのだ。

アオイの物語が。

隣の家に、丁度グレープアカデミーで、生徒会長をやっている人がいると聞かされる。

挨拶に行かないかと、クラベル校長に誘われたので、頷いていた。

お母さんは、好きなようにしなさいと表情で告げていた。

アオイとは血がつながっていないが。本当に出会ってから、よくしてくれた。何処かの娼婦だったらしいクスリの代金にアオイを売った淫売とは違って、この人こそアオイのお母さん。

その淫売をただ行きずりで孕ませただけの男なんかどうでもいい。

今、国際警察として、自慢できる仕事をしている人だけが。アオイのお父さんだ。

クラベル校長は、アオイがまだポケモンを持っていない事を聞いて、手持ちのパルデア御三家を譲ってくれると言う。

地力で捕まえるつもりだったので、申し訳なくなるが。

くれるのなら、有り難くいただくまでだ。

外に出ると、綺麗な空がどこまでも拡がっていた。

カントー地方の言葉で、こんな空を「アオイ空」というらしい。

アオイはクラベル校長に連れられて。

ユウリお姉ちゃんやお父さんやお母さんに背中を押されて。

今。

自分の道を歩き出していた。

 

(終)