原初の巨人
それは最初からそこにいた。
大きな人だった。
それはとても大きかったので、他の人とは根本的に違った。何もかもがその人の中に詰まっていた。
だからその大きな人は歩くだけで世界を揺らした。
やがて。その大きな人は。長い長い命を終えて。
その体は大地そのものになった。
原初の巨人の話は世界中のどこにでもある。
神々と敵対して殺され、大地の材料にされたもの。
或いはただ静かに世界を去って行ったもの。
おとぎ話として作り出されたもの。
どういうわけか、原初に巨人はいて。
それは世界中に類話がある。
一番新しい原初の巨人は恐らくだが、米国のおとぎ話であるポールバニヤンだろう。あらゆる要素が原初の巨人そのものと一致している。
しかもこれは西部開拓期に産まれたおとぎ話だ。
原初の巨人は、人間の中に根付いているのである。
それを私は知っていたし。
研究もしていた。
今、イスラエルに来ている。
イスラエルは今や一神教の聖地。しかもユダヤ、キリスト、イスラム全ての聖地となっている。
故に爆心地といって良い場所だから。
あまり長居は出来ない。
寒いと思い、コートをかき寄せる。
この地はあまりにも冷える。
今は、だ。
数十年前に、異常気象が始まった。
ずっと雨が降っている。
世界中の気候が無茶苦茶に成り。
世界の文明は終わりを迎えようとしている。
それでも宗教と信仰だけは元気だ。
元気に、排他的な思想と絶対正義だけを担保して。
正義を人間に与えている。
正義を受け取った人間は他人を嬉々として殺す。
だからこんな世界でも。
人間は団結して世界を救おうとは思わないようだった。
銃声がするが、それを聞いて逃げようとするものさえいない。もう人口は確か十億を切っている。
世界中の穀倉地帯が悉くやられて。
もはや誰もが生きていられない時代になっているのだ。
黙々と、移動を続けて。
やがて、古い寺院の前にたった。
私は、その寺院の中に入るが。
もはや誰も使っていない。
昔はモスクだ教会だと、殺し合いを続けていて。テロが日常的に起きていたらしいが。
今では聖地を主張しながら、ただ殺し合うだけ。
誰も、建物には興味が無く。
相手を如何に殺すかしか、興味を持てないようだった。
周囲を見回す。
外以上に冷え込むので、閉口する。
もうずっと雨が止まない。
氷河期は来なかったが、その代わりの全世界全てでの雨。
人間は最強の生物だったかも知れないが。
雨に殺されるのかも知れない。
そう思うと、ちょっと滑稽だった。
無言で歩いて、奧の祭壇に。
祭壇も朽ち果てている。辺りは雨漏りだらけ。世界中で都市が放棄され、こんな感じになっている。
既に金は紙切れと貸し。
私もここに来るまで、随分苦労した。
祭壇に触る。
私の考えが当たっていれば。
此処で間違いないはずだ。
祭壇に触ると、不意に後ろから声がした。
「食い物を出せ!」
振り返ると、ショットガンを構えた男だ。全身ずぶ濡れで、痩せこけている。ショットガンの銃口が震えているのを見て、私はふっと鼻をならし。
そして、いつものように。
そのまま撃ち殺していた。
拳銃だろうがショットガンだろうが。
素人が扱える代物じゃない。
特に拳銃は、素人が使った場合は至近距離でも当たらない。
私は、素人じゃない。
それだけだ。
死体は無視。
銃声だって誰も気にもしないだろう。
神聖なはずの場所から銃声がしても、もはや誰にもどうでもいい。
聖地であるはずの此処でもだ。
再び、祭壇に触り、手順をこなして行く。
やがて、祭壇が地下に沈み始める。
随分と大仰な仕掛けだな。
そう思いながら。
私は、現れた階段を降る。
私は研究を続けていた。
その結果として、結論したのは。
原初の巨人というのは、人間の遺伝子に組み込まれたアーキタイプであり。
そのアーキタイプは、恐らく人為的に混ぜられたものだ、ということだ。
どんどん人類が破滅に追いやられていく中。
私はシェルターの中で研究を続け、論文を何枚も書いた。
学会なんてとっくに沈黙している。
だから。ただ自分を学者と称しているだけの異常者の落書きかも知れない。
だが、これでもまだ一部のネットは生きている。
情報のやりとりは難しく無い。
だが、それでは一次資料に触れられないケースもある。
人間の遺伝子データを、私は全て閲覧した。
その結果、遺伝子データにある使われていない領域の一部に、不自然なものを発見したのである。
これらの領域は「封鎖領域」なんて古くには呼ばれていた。
その内容が興味深かったのだ。
どうも人間は、怪異に対してある程度の共通認識を世界中で持っているらしい。
鬼と言う言葉がある。
これは中華で発生した言葉で、「良く分からないもの」くらいの意味だった。
だがそれが時代を経るにつれ変転して。
凶悪な怪物へと変わっていった。
元々の鬼は、「幽鬼」なんて言葉があるように、幽霊的な意味のわからないもの、というものだった。
こういう事を知っていると、「鬼神」という言葉の意味も変わってくる。
今では凶悪な神をそう呼ぶようなイメージがあるが。
古くには雑多でよく分からない神をそう呼んでいたのだ。
世界中に妖怪の伝承がある。
キリスト教が我以外に思想なしと、思想をジェノサイドして回った地域ですらもある。
それらはあまりにも不自然だ。
闇への恐怖がそう錯覚させるにしても。
これだけ多くの人間が過去にいて。
それらが揃って同じようなものを考えつくのはおかしい。
東洋の妖怪と西洋の妖怪でも、似たようなものは幾らでもいる。
これは文化を調べればすぐに分かることだ。
呼び方が違うだけ。
そういう妖怪は、多数いる。
神もしかり。
原初の巨人は、まさにそれなのだろう。
それに気づいてから、私は行動が早かった。
元々私は米軍で訓練を受けていたこともある。雨が降り始めてから。いつ最終戦争が起きてもおかしくなくなったからだ。
だけれども、そもそも世界中に広まった業病が、戦争どころではなくした。
今ではどこでも、死にかけの人間が転がっているか。もしくは残り少ない食糧を奪い合っているだけだ。
ここもそう。
宗教というさいごのよりどころ。
それを求めて集まった人間が殺し合いをしている。
そんな中。
私は階段を下りていく。
ほどなくして、露骨に周囲が変わった。
ライトの灯りに照らされる周囲が、石壁ではなくなっていく。
それは、素材もよく分からない。
セラミックだろうか。
ともかく、どんどん地下に降りて行く。
何度も、ふわっとした感触があった。
何かを通り抜けた。
そういう感触だ。
階段は、際限なく続いている。
此処は、きっとだけれども。求め続けた場所に続いているはずだ。
私は原初の巨人という存在に着目してから、世界中の文明を調べた。
結論から言うと、人間はクロマニヨン人の子孫では無い。ネアンデルタール人も同じく。
ミッシングリンクと言う奴だ。
人間がクロマニヨン人の直径子孫では無いという説は古くからあったが。
文明がそれを証明していたとも言える。
やがて、私は階段を下りきった。
周囲には、おぞましい程の冷気が満ちていたが。
どうしてか、寒いとは感じても。
コートをかき寄せる気にはなれなかった。
むしろ私はフードを取って、髪を掻き上げる。
私は背ばっかり高いから、軍に徴集されたが。ひょろひょろで。身体能力は決して高くない。
見栄えもそれほど良くなかった。
だから、せめて髪だけでも綺麗にしようと思った。
今でも、出来るだけの努力はしている。
出来るだけ、だが。
「……」
無言で周囲を見回す。
恐らくは、此処こそが。
クロマニヨン人が改造された場所の一つの筈。
そう。
地球には古代、何かしらの干渉が行われた。
宇宙人なのか異世界人なのか、異次元人なのかも分からないけれども。
少なくともクロマニヨン人に何かしらの干渉が行われ。
文明が産み出されるのに最低限必要なこと。
そう、秩序を産み出すための思想が組み込まれた。
それは本能と言うには複雑すぎた。
闇を恐怖し。
何かの自分以上の存在を考えろ。
その存在は自分以上だから、無条件に従わなければならない。
そう、神のことだ。
そんなものは存在しないが。
妖怪や原初の巨人を見れば分かるとおり。
なくても人間がかってに脳内に作り出す。
それは、人間がそう作られているからだ。
生物は進化するのでは無く、環境に適応する。そうすることで、姿形を変えていく。
だが、人間のこの脳内の思考は、バグにしてはあまりにも妙だ。
だから、私は此処を見つけ出した。
だが、おかしい。
私は、何故此処にあると気付けた。
他にも幾つもあると思ったが。
ひょっとして。
人間の中に、此処への道筋も最初からあったのか。
それにだ。
そもそも、あの階段をどうして今まで誰も見つけられなかった。
歩いていると、やがてせり出した台座を見つけた。
何の疑問もなく、私はそれに触れる。
程なくして、私は、その全てを理解していた。
これは。
そうか、そういうことだったのか。
ふっと、鼻で笑う。
何もかもが合点が行った。
確かに、それなら人間がこの世界にて、おかしな思想ばかり作り出したのも納得がいく。
「お名前を」
「私の名前はティアマト」
「ティアマトさま。 入力いたしました」
「では、過去の人間に介入する」
そう。
この装置は。
滅び行く人間が作り出し。次元を超えて放り込んできたもの。
過去への干渉装置。
その世界の人間は、多分何もできずにこの異常気象で滅びてしまったのだろう。
だが、この世界の人間はまだ滅びていない。
ならば、この世界の人間の過去に干渉すれば。
或いは、宇宙への進出を速めて。
人類が滅ぶのを阻止できるかも知れない。
だが、この介入装置は、遺伝子に特定の観念を植え付けることしか出来ない。
それが出来るだけでも凄まじいが。
歴史を自主的に変えることなど、できないのだ。
それならば、一つだけ付け加える。
「空へのあこがれを」
「分かりました。 エネルギー源として、貴方の全てを反物質と対消滅し、それで過去の存在を書き換えます」
「かまわない。 どうせ此処にいても飢え死にするだけだし」
「分かりました」
装置が動き出す。
どうしようも無くなったときのために用意された装置に。
私は全てを捧げた。
別に人類なんてどうでもいいけれども。
それでも、ただ死ぬだけよりも。
何か生きた証を残したかったから。
ふと、消えながら思う。
ひょっとして、これだけたくさんある人間の中のアーキタイプ。これらは私と似たようなのが、同じようにして人類に刻み込んでいった咎なのではないか。
だとしたら面白いな。
私は人類へ、空に。宇宙に急ぐべきだという概念を植え付けた。
これでまた人間は、一つ縛られるものが増える。
これで、人間が宇宙進出を果たし。地獄のような長雨の時代から逃れられるかは。
私には分からない。
ただ一つはっきりしているのは。
私は、生きた事を。人間という生物そのものに、刻み込めたと言う事だけだ。
(終)
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