ハンマーハンマー

 

序、大槌でかち割る

 

騎馬隊は既に戦闘準備を終えていた。それぞれがランスを持って突撃に備えている。騎馬はそれぞれが巨大な戦闘馬。重装歩兵を乗せるために改良された、巨大な品種だ。いずれもが、重装鎧を着た兵士を乗せて、突貫する事が出来る能力を持っている。走る速さは、専門の競走馬には及ばないが、それでも人間が走るより遙かに速い。

この見上げるような巨大馬が、巨大な槍を持った兵士を乗せて、突貫してくる。

装甲も厚く、生半可な矢などでは貫通できない。

そして、この凶悪な騎馬隊と並列して、陣形を整えている歩兵の部隊。

長槍で武装し、その後ろに弓隊がいる。

いわゆる金床戦法。

騎馬隊で敵兵を蹂躙し。

追い込んで歩兵で殲滅する。

ただしこれだけの練度と兵力を揃えるのは、相当な国力がないと出来ない。大国だからこそ出来る、贅沢な戦法だ。

この戦法が編み出されてから数十年が経過するが。

対抗戦術は今だ産み出されていない。

そもそも重装騎兵の集団突進戦法を組織的に出来るような国家は、歩兵も大量に揃えているのが当たり前で。

騎馬隊を避けて山にとか。

城塞で防衛戦とか。

そういった戦闘に関しても、ノウハウが蓄積されているものである。

とはいっても、国がその強さに驕ってしまい。身内人事で前線に無能な将軍を派遣したり。

政治闘争能力がものを言うようになり、政務が回らなくなってくると。

それらは過去の話になっていくのだが。

先代から戦闘のノウハウを引き継いだ有能な国王、通称大槌王が直接前線に出てきており。

率いている将軍達もいずれも有能な精鋭ばかり。

若き将軍達の教育にも力を入れており。

この国の軍勢は強い。

既に、布陣している敵国の軍勢は乱れ立っている。ちょっとやそっとの小細工では、騎馬隊の突進を止めることは出来ないからである。既に草原には多数の斥候が放たれ、騎馬隊の邪魔をするような組織的な罠がないことも確認されていた。

それでも油断するな、と指示を出さなければならないのが面倒だが。

浮き足立つと、思わぬ敗戦につながる事があるのも事実だ。

指揮剣を使う軍隊も多いが。

この国の国王は、特徴的な大槌を用いている。

長大な長柄武器だが。

その先端についているのは槌である。

普通だったら、バランスが悪くて使いづらいのだが。

金床戦法を国家で得意としていることもあって。

敢えてこの武器にしている。

まあ、国王の所まで敵兵が来て、白兵戦をするようになったらもう負けも確定なので。正直国王の武器などどうでもいいのであるが。

大槌が振り上げられ。

そして降り下ろされると。

一斉に勝ち鬨が上がった。

この国では、勝ち鬨を決めている。

オウオウエイ、オウオウエイというのがそれで。

この勝ち鬨が上がり、そして突撃の合図が出るだけで。兵士達は勝利を確信して奮い立ち。敵は凶悪な重装騎兵の驀進を幻視して恐れ震える。

突貫。

騎馬隊が突撃を開始。

同時に歩兵も移動を開始する。

敵兵は既に乱れ始めていた。王は親衛隊を連れて、最前衛の少し後ろから、速度を少し落としてついていくだけでいい。

そう。

王が乗っている馬は、周囲の戦闘馬ではなく。

若干小型な牧畜馬だ。

体重は半分ほどだが。

その代わり悪路でも足を折らず、更に戦闘馬よりも速く走る事が出来る。王が機動力を重視して、戦場を常に見回すことで、戦況の悪化を阻止し、敵を蹂躙する速度を上げるのである。

初代から引き継がれた伝統であり。

今の王も、それを継承している。

敵陣を蹂躙するまで、ほとんど一瞬。

敵将が、槍先に掛けられて、放り上げられるのが見えた。

重装騎兵の突進が、敵陣を踏みにじりきった後。

混乱する敗残兵を、歩兵が更に始末していく。

敵の退路は敢えて残しておき。

突撃と敵の粉砕という仕事を終えた騎馬隊が休んでいるうちに、歩兵が柔軟に陣を変えて敵を徹底的に追撃する。

兵力差が三倍近かったとは言え。

ほぼ完勝であった。

敵将は戦死。敵の指揮官の内、戦闘に参加した将軍は二割も生き延びていない。敵の死傷率は七割を超えていたが。味方の戦死は騎馬28、歩兵も負傷者を含めても全体の一割にも達しなかった。

再び勝ち鬨が上げられ。

降伏した敗残兵を縛り上げると、敵国の王都にそのまま進む。

これで勝利確定だが。

まだ王都で籠城戦をしようとするかも知れない。

主力が消滅した状態でも、悪あがきをする者はいる。

だから、敢えて徹底的に。

心を折るために、敵は蹂躙しなければならないのである。

ほどなく、伝令が戻ってくる。

降伏勧告を、敵がはねつけた、と言う事だった。

ならば威を示すだけである。

荷駄隊を護衛し王都に圧倒的な兵力を見せつけながら進軍。

荷駄から攻城兵器の部品を運ばせ、組み立てる。

交渉が得意な文官を何人かもう一度送るが。

どうやら敵国は意地になっているらしい。

主力が壊滅し、首脳部が包囲されている時点でもう勝ち目はない。援軍を出してくる勢力も存在しない。

それならば、籠城戦には意味などない。

どうしてその程度の事も分からない輩が。

国王などやっているのか。

国王は苛立ちを込めつつ、攻城戦の準備をさせる。平均的な男子の背丈の十倍前後の高さを誇る城壁で守られた王都は流石に圧巻だが。そも主力が壊滅している時点で、その城壁を守りようがないのである。

三度目の交渉がはねのけられた時点で。

国王は立ち上がると。

大槌を高々と振り上げ。

そして、降り下ろした。

一斉に弓矢が城内に打ち込まれ、更に攻城櫓が移動を開始する。城門には破城槌が突進する。

破城槌を一とする攻城兵器には、火に対する対策が施されていて。

燃えにくい頑強な素材がいずれも採用されている。

勿論それでも壊されるときは壊されるが。

それは仕方が無い損害である。

四ヶ所から、朝攻撃を開始。昼前には、既に王都内部から火が上がり始めていた。打ち込んでいる火矢が、相手の消火能力を越えたという事である。攻城櫓からも容赦なく矢を撃ち込み続けており、既に反撃もまばら。城門も、破城槌による攻撃で、激しく歪み始めていた。

破城槌が、城門を砕く。

歩兵が突入を開始するが、ここからが本番だ。

基本的に城は入り込んで来た敵を周囲から袋だたきに出来るように設計されている。更に城によっては、燃えやすい木材で周囲を覆ったり、水を流し込むといった、攻め手を撃退する罠を準備している事もある。

突入した部隊が激しく交戦を開始する。

やはり罠の類はあるようだが。

しかし、既に城壁の上も制圧が殆ど完了しており。

手旗信号と、信号弾が用いられ。

敵の伏兵や、罠について、どんどん解析が前線の部隊に送られている。

敵の一部が突破をはかるが、許さない。

そもそも、三度も降伏の機会を与えたのに、無視する方が悪い。後は容赦も遠慮もしない。

王城に兵士達が突入し。

敵王を捕らえてくるまで、後は城の外で眺めていればいい。

騎兵に仕事がなかった分。

歩兵の仕事がこういう時に来る。

夕方には攻城戦も終わった。

夕陽を意味する美しい名前を持つ王城だったが。一日で陥落。まあ、事前の野戦での結果が結果だったのだ。まあこれも順当なところだろう。味方の被害も殆ど無し。まあ、事前に城の構造は間諜が調べきっていたし、コレも全て順当な結果だ。

敵王は自害したらしく。

その死体が運ばれてくる。

王族は何人か生き延びていたが。

いずれも子供ばかりだった。

殺すまでもないだろう。

王としては、こう命令しておけば良い。敬意を忘れずに、見事に戦い抜いた敵を扱うように、と。

実際はそうでもないのだが。

こうやって丁寧に遇しておけば。基本的に反乱は起こせない。この国の制圧は、後は将軍達に任せれば良いだろう。

敵の残存勢力を徹底的に排除させた後。

城内に真夜中に入る。

そして、敵の王の血に塗れた玉座を見ると。

頷いて、後は野営陣地に戻った。

分厚い鎧を着込んでいるし。この鎧は特別製だ。ちょっとやそっとの攻撃でどうにかなるようなものではない。

故に無茶苦茶に重いのだが。

そればかりは我慢するしかない。

王に戦闘力は必要ない。

必要なのは生存能力だ。

故に馬も敢えて機動力が高い小型種を選び。

そして武器もシンボルとしてのものを持つ。

いざという時には、周囲の近衛が戦えば良いのであって。

戦記物に出てくるように、王が敵王と一騎打ちをするような状況は、少なくとも現状ではない。

例えば王が、兵士を束で相手に出来るような強さがあるなら兎も角。

王は、現状敵の雑兵を一対一でどうにか倒せる、という程度の力しかないので。

これがもっとも合理的な考えである。

ただし、王としての威厳を見せるための工夫は様々にしている。

王の側には、目だって立派な近衛を多数控えさせていて、どれが王か分からないようにさせているし。

王は素顔なんか見せない。

武王の名を継ぐ者であるから。

基本的に、政務の際も、鎧で身を、兜で顔を隠し。更には、声も低く響くように調整した兜によって、本当のものを聞かせないようにしている。

王の素顔は、口が耳まで裂けているだとか。

目が額にもあるだとか。

そういう噂もあるようだが。

好きにさせていた。

相手の正体が分からないと、噂には尾ひれがつく。

それで良いのである。

得体が知れないが、戦争にはめっぽう強い。政治の方も手を抜かない。相手の機嫌を伺うしか能がない人間は取り立てない。

それだけの実績を見せていれば。

人間はついてくる。

天幕に戻ると、恩賞についての話をする。

それぞれの将軍に褒美を出す。

この国では、領主と将軍は権力を分けており。

将軍はそれぞれ、軍功に応じた兵力を率いる仕組みになっている。

領主は王が任命し。

兵を普段は領主が養うが。兵士はそれぞれ登録され、戦時には殆どバラバラに動く事になる。

出身地が違う兵士達を混ぜることによって。

謀反を防ぐための処置だ。

また、兵士達には基本的に共通した訓練を施すようにしているため。

何処出身の兵士でも、同じように軍令を受けて動く事が出来る。

そういう強みも。

大国であるが故であった。

恩賞についての話が終わると。敵国の残りの勢力を掃討する話に入る。一部の敵軍がまだ抵抗の意思を見せているが、事前の予定通り後は将軍達に任せるだけである。ただ対処が遅れると大規模な無法地帯になりかねないため、処置は急ぐ必要があるが。

別に名君は善人では無い。

むしろ良き政治をすれば足下が固まる。

それを知っているからそうするだけだ。

名君は物語では善人に書かれるが。

多くの場合はただのリアリストである。

王は首都に帰還する。

途中で敵の残党による暗殺などを受けてはたまらないので、野営には気を遣う。これもまだ若いのに、何度も暗殺未遂を受けてすっかり身についてしまった。基本的に外で鎧は脱がない。

危なくて仕方が無いからである。

一月ほど掛けて首都に戻った頃には。

早馬で、敵国の残党の処理についての報告が続々と入っていた。

この報告については、誰にも知らせていない間諜が報告をして来ているので、二重に報告を見なければならない。

あまりにも実態と乖離している報告をして来た場合は、流石に将軍の任を解かなければならない。

まあ、先代がしっかりしていたし。

自分の代でも、舐めた真似をする将軍はまだ出てきていないが。

ただし、それでも目を光らせていないと。

すぐに不正をするのが人間だ。

王宮に戻り。

自室に入ってから、ようやく兜を脱ぐ。

鏡に映るのは、別に美少女でも美少年でも威厳のある老人でもない。

気むずかしそうに口をへの字に結んだ、ちょっと太めの目つきが悪い不細工男である。

自分の顔なんか見慣れている。

基本的に自室でしか鎧は脱がないし。

侍女の類もおいていない。

下手に手を出して子供でも出来ると面倒な事になる。

更に言うとこれだけの大国の王族ともなると、嫁選びは相当に気を遣わなければならない。

国によっては嫁と権力がヒモ付いているケースが多く。

その場合は、後宮が大体地獄絵図となる。

勿論美人を嫁にする事などかなわない。

慎重に背後についている人間を見ながら嫁を作らなければならない。勿論王にも嫁にも選択肢などない。

国家第一の奴隷とは良く言ったもので。

王に自由なんぞないのだ。

そういえば、後宮に憧れる者もいるらしいが。

先代がしっかり記録を残している。

潰した国の後宮の記録だ。

どこもかしこも地獄絵図。

権力を巡っての醜い争いは、男でも女でも、いわゆる宦官でも変わらない。暗殺は日常茶飯事。陰湿な虐めもまた同じ。

気が弱い人間が後宮に入れば三日で狂う。

そういう場所だ。

だから後宮が嫌になって、男色家になる王もいるとか。

はっと、鼻を鳴らすと。

風呂に入ってすっきりして。

威厳ゼロの自分の顔を洗って。

そしてその間に、使用人(男)に鎧を掃除させておく。

鎧の中に、こんな不細工な小太りが入っている事は知られてはならないのである。

常に「王子様」とかは美形である事が求められるし。

「王様」とかには威厳も求められる。

夢がない話だが。

王族が優秀だとか、王族が美形だとか、そんなのはバカが見る夢物語である。

実際にはあらゆる全てを偽装して、そう見せているだけ。

あくびをすると。

とりあえず鎧を着直す。

そしてベルを鳴らした。

「食事をもてい」

「ただちに」

ちなみに毒殺の危険があるため、当然毒味役はいるし。なおかつ、幼い頃から毒殺の耐性をつけるべく弱めの毒を色々のまされた。

おかげで一週間腹を下したこともある。

食事なんて大嫌いだ。

体質的な問題で、どれだけ頑張っても痩せないし。

これでもいつも馬に乗っているわけでもないし。重い鎧を着て歩いているから、かなり体に負担も掛かっている。

それでもへちゃむくれの小太り不細工には変わりは無いのである。

鎧には特殊な加工がされていて。

使用人は口さえ見えない。

王の本当の姿を知っているのは、近衛のわずかな人間と。国家中枢にいる間諜達。それに官僚の上層部の数名だけだ。

しばらくは女を近づける気も無い。

先代は女で(後宮を潰して予算を圧縮する過程で)散々苦労したし。

面倒くさいからどうでもいい。

食事を終えると、軽く寝ることにする。ちなみに寝る時も鎧である。これはもう、くせになっている。専用のベッドを用意してある程である。鎧で寝転んでも平気だ。この特別製の鎧のせいで、寝る時さえも自由になれない。

まあ、それでも慣れとは恐ろしいもので。

慣れるとこの鎧を着たまま眠れる。

暗殺される恐れがないのだけは良いから、それで我慢するしかないが。

さて、予定ならば明日くらいに敵国の残党処理の報告が上がってくるはずだが。

こればかりは、前線に任せるしかない。

全ての前線に。

王が出張る訳にはいかないのである。

 

1、大槌で叩き潰す

 

王の仕事は地味だ。

基本的に、責任をとることが王の仕事である。

今、大量の書類が持って来られているが。

それに印鑑を押す。

この作業の意味がわかっていない人間が、責任を持つ席に座ると、其処には地獄が顕現する。

だから、書類には全て目を通し。

大槌の形をした印鑑を、一つずつ押していく。

面倒だがこればかりは仕方が無い。

王の仕事というのは。

得てして面倒なものなのである。

鎧を着たまま、王は延々と印鑑を押す機械となり。

その書類の全てに目を通しながら、国にはいつも問題が泡のように湧いて出ていることを理解する。

国には基本的に、いつも問題が起きているものなのだ。

それを適切にいつも処理していかなければならない。

国は上から腐る。

これは先代が滅ぼした国々も。

自分で滅ぼした国々も、

例外なくそうだった。

腐っていない国は、小国でも頑強に抵抗するし、基本的に攻撃しても陥落しない。

「憶病王」と言われた実在の人物が存在している。

自分の城を八回、捨てて逃げた人物である。

ところがこの「憶病王」、戦争は兎に角下手だったが、善政を敷くことに関してはこの上なかった。

憶病王を追い出して玉座についた人間は、たちまち反乱にあって追い出され。

そして戦争が非常に下手な憶病王が戻ってくる。

52年間に43回戦争をし、そのうち41回に負けたこの王は。

負ける度に家臣や家族を失いながらも。

ある時は家臣に。

ある時は民に保護され。

そして城を取り返して貰っては、城に戻って。そして民が喜ぶ善政を敷いた。この憶病王については半ば語りぐさになっていて。弱い王がいたものだと笑いものにしている阿呆がいるが。

違う。

その憶病王は最後まで国に守られた。

憶病王の国は滅ぼされなかった。

結局の所、国は内側から滅びるのであって。基本的に外側から滅びることは無い。

今、攻撃して潰している国々も。

基本的にどこも腐りきっている所から優先して潰している。

そしてこの国の統治を、新しい民も受け入れている。

役人は数年ごとに部署を交代して彼方此方移動するため、癒着体質を作る事は出来ず。

この国は次の代には更に拡がっているだろうと噂されている。

正直どうでもいい。

遙か東には、強力な文明圏があるらしいのだが。

偵察に出た人間の話によると、現在絶賛内戦中だそうで。

此方に手を出す余裕はとても無さそうだ、ということだ。

緩衝地帯にある国々はどこも貧しく。

わざわざ兵を出して制圧する価値さえもない。

だから結局の所、今のところ平穏ではあるが。

かといって善政が敷かれているわけでも無い。

時々、貧しい国々から人々が逃れてくる。奴隷にされるくらいなら、この国でくらしたいと。

基本的にそういう民は受け入れている。

誰のためでもない。

自分自身のため。

足下を崩さないようにするためには。

善政を敷かなければならないのだ。

そしてそれには、善意は一切必要がない。

書類をまた一つ、大槌型の印鑑で押し潰す。

そして次。

報告書だ。どうやら、三年前に潰した国の残党をようやく処理出来たらしい。やっとかとぼやきながら、印鑑を押す。

国の暗部とも言える間諜達だが。

仕事はきちんとしてくる。

此奴らも過酷な仕事だから、給金ははずんでやっているが。

その裏で、王をどう思っているかは分からない。

この国は間諜と共にあった。

先代の頃からそうだ。

教育係の爺やからして間諜出身者だった。

膨大な書類を片付け終わると、玉座に出向く。重要な客人などを出迎える時間である。

基本的に玉座から降りる事はない。

現在この国は、近隣にて最強最大の勢力を誇っている。

王は玉座につき。

報告を聞いていれば良い。

なお玉座には拡声器もついているため。

いちいち大声を張り上げなくても、客には声が届くようになっている。

鎧のまま歩いていると。

大臣の一人。

頭がはげ上がっていて。

鎧の中身よりも太っているおっさんが。

歩きながら報告をして来た。

典礼大臣の仕事である。

「今日の客人は七名にございます。 いずれも友好的関係を築いている隣国の使者達か、もしくは属国の使者にございます」

「であるか」

「玉座につき次第、一組ずつ案内いたします」

「好きにせい」

そのまま玉座の間に出る。

虚仮威しの塊だ。

柱がずらっと並んでいて。

見えにくいところに、狙撃手が潜んでいる。これは客人に混じって、暗殺者が来た時の対策である。

並んでいるのは、各国の珍品。

そして玉座まで続く赤い絨毯。

更には、階段を経て高い所にある玉座。

全てが虚仮威し。

先代が計算し尽くして設計し。

そして虚仮威しのために作った舞台である。鎧でこの階段を上り下りするのが、その内辛くなるのだろうなと思うけれど。

今は別に辛くないのでどうでもいい。

そして、重要なのだが。

玉座についた時、大槌を手にする。

戦場にいるかのように。

そうすることで、王の権利を見せるのである。

この大槌は、先代から国のシンボルになっているものなのだ。例え実戦で役に立とうが立つまいが関係無い。

王であるから大槌を持っている。

そして周辺国でもそれを認知している。

無礼者は大槌で殴り殺されるという噂も流している。

それでいい。

王は常に可能な限りを知り。

そして逆に、王自身は知られていない方がこのましいのだから。

王に届く情報は、直接、出来るだけ細かく。

逆に王から届く情報は、限りなく少なく。

それが統治のコツである。

まず最初の使者達が来た。

狙撃手が狙っているが、当然そんな事は使者達はしらない。というか、位置的に見えない。

階段の上の玉座からは狙撃手の動きが見えるので、動きが悪い場合は後で注意する。

此処に配置される狙撃手は、実戦で相当な訓練を積んでいる者ばかり。

そして万が一を考慮し。

この鎧は、狙撃手の射撃を防ぎ抜く。

先代は基本的に誰も信用していない孤独の人だったが。

それが故に、この完璧な防犯を作り上げたのである。

「大槌王のお姿を拝すことかない、誠に光栄の……」

何だかかんだが儀礼的なことを話しているが。

どうでもいいので、聞き流す。

基本的に大槌をもった鎧になって玉座に座っていればそれでいい。面倒事になれば狙撃手が始末する。

しばしして、儀礼が終わったので、本題に入る。

特産品だとか言う珊瑚を収めてきたので、鷹揚に頷いて受け取る。

別に大した品でもない。

珊瑚なんてただの生物の死体だ。

見て綺麗かどうかなんて何の興味も無い。

まあこの大きさの珊瑚ともなると、相当に価値があるらしいので、国庫にしまっておく。以上である。

次の使者。

また儀礼的なやりとりを聞き流し。

たまに適当に声を聞かせてやる。

そして貢ぎ物を受け取る。

計七組が終わると、玉座を離れ、執務室に。

夕方から夜に掛けて、また書類を処理する。

緊急の用事が出たときには、この玉座で使者の応対をしている時に対応しなければならないが。

玉座についてから七年。

今の時点では、四回しか緊急事例は起きていない。

今日も、特に緊急事例は起きていなかった。

なお、緊急事例が起きた場合、使者にそう知らせぬように、幾つかの手順をとって一旦退出する。

多くの場合、「疲れたので少し休む」というのが理由になるが。

まだ四回なので。

その内別の理由が出てくるかも知れない。

夕方からも、またうんざりするほどの書類を処理しなければならないが。

これについては王の仕事だ。

遠征とかに出るときでも、天幕の中にまで書類はついてくる。

敵将の首を検分した後にも。

書類の処理は当然しなければならない。

これが面倒くさい事この上ない。

流石に敵将と一騎打ちなどという事はまず無いので、自分自身が戦闘で疲労することはないが。

戦闘指揮で疲労することは多い。

疲れていても、しっかり書類に目を通さなければならないので。

大槌は振るう事になる。

この大槌は、戦闘よりも。

むしろ国政で活躍しているのだ。

戦場でも、敵を叩き潰すよりも。

むしろ敵の戦闘意欲を叩き潰すために用いる。

色々な意味で大槌は叩き潰しているのだ。

意外にも、物騒ではないものを。

「この書類について、大臣に聞きたいことがある」

「分かりました。 此方の書類は、文務大臣ですね」

「うむ。 良きように」

「ただちに」

側に控えている従者に言い。

書類に矛盾がある事を告げる。すぐに大臣は確認する。

既に六十を超えているこの大臣は、先代からの古株だが、最近少しボケが進んできているようで。

しかも息子がどうしようもないアホなので。

次の人材を育成しなければならない。

何人か候補を育成して、業務の引き継ぎを行わせ始めているのだが。

大臣は引退したら殺されるのではないかと怖れているようで。

引退しても別に殺さないと何回か説明したが。

そうすると余計に怖れるのだった。

意味がよく分からない。

まあ血迷っても控えている間諜が殺すだけだし。大体この鎧の前には、殆どの刃物は通用しない。

重装鎧を貫通して衝撃を与える戦闘用の大槌にも耐え抜く特殊な積層構造だ。

故にクソ重くて、椅子も特別仕様なのだが。

それはそれで面倒な話だった。

大臣はしばし書類を見た後、深々と礼をした。

随分と動きが遅くなっている。

それに声も震えていて、怯えも出ていた。

「申し訳ございませぬ。 すぐに確認をさせまする」

「この程度の失態誰でも犯す。 そなたの所まで矛盾が通ってしまったのは問題だが、それについてはしっかりと再発防止策を練るように。 面倒くさがらず、複数人数で確認をせよ。 人間は絶対に間違える存在だ。 一度や二度の失態で罷免するほど余は不寛容ではない。 そなたの今までの実績からすれば、些細な失態、気にする事はない」

「有り難きお言葉にございまする」

「うむ……」

まあ、こんな書類の矛盾程度で大臣を罷免していたら人材が枯渇する。

あらゆる虚仮威しをして王としてある身だが。

その一方でバカではないつもりなので。

この辺りはしっかりとやらせる。

とはいっても、このボケ老人。今の発言の意味をしっかり理解しているだろうか。

ボケ老人になってくると、上にはこびへつらい、下には傲慢と言う事を平気でやるようになる。

間諜に少し見晴らせた方が良いか。

大臣が行った後。

手を叩いて間諜を呼び。

部下をどなりつけたりしていないか、様子を確認するように指示。

黒フードで全身を隠している間諜が頷いて消えると。

また書類仕事に戻った。

嘆息する。

色々面倒くさいが、これの手を抜くと文字通り国が傾く。

印鑑の重み。

これを理解していない人間は、人の上に立つべきでは無いし。

ましてや玉座に座るべきでもない。

書類に徹底的に目を通す。

その内容はあらかた覚えているが。

別にそれは、実力で王になったのだから当たり前だ。

とはいっても、人間の範疇を超えているつもりもないので。

自分が失態を犯すこともきちんと計算に入れる。

このため、必ず書類は二度通して見て。

内容に問題があった場合は、必ず確認をするようにもしている。

王とは仕事をするものだ。

玉座であくびをするのが仕事では無く。

国政に目を通し。

国政が腐らないように目を光らせるのが仕事だ。

戦場でもこれは似ていて。

結局の所、油断しないように、相手を侮らないように。きちんと指示通り動くように。部下を見張ることが仕事になる。

戦争に関しては、どうしても才能がものを言うのだが。

これについても、先代から蓄えられた経験と、きちんと整備した装備、練度の揃った兵士によって、補うようにしていた。

伝説に出てくる英雄のような王と呼ばれることもあるが。

残念ながら。

鎧の中に入っているのは、堅実がデブになったただの不細工小太りである。

それでも、きちんと目を通すことで。

国も。

戦場も。

きちんと回す事が出来ている。

ただ、その内後継者は作らなければならない。

残念ながら才能は遺伝しない。

子供が都合良く才能を引き継いでくれる例など滅多に無いことを知っている。

何しろ、自分だって。

まあ、それは良いとして。

ともかく書類を片付けてしまう。

最後の書類を片付けると、丁度外が真っ暗になっていた。後は余程の重要な書類で無い限り、飛んでくる事はない。

自室に戻って寝る。

面倒な事に。

その途中で、大臣が追いついてきた。

軍務大臣である。

「大槌王陛下、ただいま重要な情報が入りましてございまする」

「何か」

「カンパーベルト公国が転覆いたしました」

「……まことか」

頷く。

カンパーベルトは南の海を越えた先にある国で、強力な海軍力を持つ国家だ。ちなみに海軍というのは厄介な連中で、だいたいの場合国で雇ったゴロツキである。軍船もまちまちである事が多い。

これをどうにかしたいと思っているのだが。

今の時点では、残念ながら自国でさえ出来ていない。

いにしえから海賊は残虐非道の極悪非道、人間と呼ぶに値しない二本足の獣。最低最悪のクズの集まりだったが。

結局の所、そういう連中が殺し合いになれているのも事実。

国で雇ってしまうのが一番早い。

「報告書は」

「とりあえず、後でまとめまする。 まず現在判明していることだけを述べさせていただきまする」

「うむ……」

軍務大臣は元々将軍だった人物で、初老に入った今も戦士としての動きをしている。

もっとも、流石に前線で剣を振るうのは無理がありすぎる。

若い頃には槍働きで名を上げた人物だったのだが。

それはそれだ。

「四人いた王子のうち、第三王子が第一王子を謀殺。 それを知った第四王子が、第二王子に嫌疑を着せて王に密告。 第二王子が第四王子に逆襲し、第三王子も乱刃に倒れ、王もろとも皆共倒れになった模様です。 王宮は血に染まり、軍は大混乱に落ちています」

「王子同士の仲がおかしいという話は聞いていたが、それほどのことになったか」

「いずれの王子も後ろ盾として、衛星国家の外戚がついておりました。 その意思が大いに暗闘に関与したものかと」

「それにしても急な話だ。 其処まで行っているとどうして情報が来なかった」

それが、である。

なんと三日でこれらが起きたというのだ。

三日か。

それでは、流石に急報でも、第一報が大慌てで飛んでくるか。

即座に書類を作らせる。

まず港の海軍に厳戒態勢を取らせる。

カンパーベルトは海軍国。つまり、軍の大半が金で雇われたゴロツキである。

王族が全滅した後、下手をすると無法者達が完全に野放し状態になる。そうなれば、組織化された盗賊の群れが周囲を略奪して回ることになる。一番最初にエジキになるのはカンパーベルトの王都だろうが。

その後にゴロツキ共は、すぐに周辺の村々に狙いをつけ。

やがてはこの国の港も襲ってくるはずだ。

場合によっては即座に介入しなければ危ないだろう。

そして、すぐにもっともカンパーベルトに近い港町である、フラガトールへと向かう手続きもする。

これは寝るどころではない。

即座に対応をしなければ危険な状態だ。

下手をすると、即座に海軍を動かさなければ、取り返しがつかない事態になる。

海賊はいつの時代も、様々な国を脅かしてきた。

最大規模の海賊が、解き放たれるようなものである。

見過ごすわけにはいかない。

近衛はすぐに集まり、首都に駐留していた軍部隊も順番に出立していく。それに混じって、馬に乗って南に向かう。

間諜が忙しく行き交い。

合間に、次々と新しい情報を持ってくる。

それを一つずつ、確実に整理させ。そしてある程度まとまるか、或いは重要情報が入った時のみ報告させる。

海軍にも使者を送っている。

既に集結は開始しており、フラガトールに到着した頃には、進軍を開始することが出来る筈だ。

勿論カンパーベルトから見れば侵略行為に思えるかも知れないが。

人間のダニを拡散させるわけにはいかない。

古今東西、賊の中でももっともタチが悪いのが海賊で。

その残虐性、凶暴性、更に被害は類を見ない。

故に自国のために。

手を打たなければならないのだ。

案の定、送り込んでいる間諜から、第二報、第三報が次々に届くが。

いずれもが思わしくないものばかりだった。

カンパーベルトは古い王制国家で、王族が三日で全滅するという未曾有の事態に対応仕切れておらず。

案の定。大混乱に陥っている。

王族以外の首脳部が、既に内乱を始める準備を開始しており。

そのまま放置しておくと、手綱を失った海軍が確実に暴走を開始する。

しかも現在海軍を統率しているのは、残虐な事で知られる男で。

戦には強いが兎に角非常に残忍極まりない。

此奴は先に暗殺するべきかも知れないが。

しかしながら、むしろ暗殺すると、海軍が拡散して好き勝手に暴れ始めかねない。難しい判断を要するところだ。

第六報が、一週間後に届いた。

第三勢力の出現だ。

皆殺しにされた王族の代わりに、先王の遠縁なる人物が不意に出現し、その人物を中心にまとまろうという話が出てきている。

有力な将軍が何人か後ろ盾についているが。

これは、今港に向かっている、此方の軍の動きを見て、慌てて結束を図っているのかも知れない。

カンパーベルト海軍も臨戦態勢に入った様子だ。

このままだと、うちの海軍が押し寄せる可能性がある、と判断したのだろう。

また、カンパーベルトの隣国も、既にこの血なまぐさい政変については察知している様子で。

軍を出動させている国もあるらしい。

移動しながらこれらの報告を聞かなければならない。

周囲には。短い台詞しか聞かせられない。

分かった。よし。ならばよし。よきにはからえ。すぐに次の情報を集めよ。

そうすることで、王としての神秘性を維持し。

実際に鎧に入っているのが小太りの不細工だという事を気付かせないようにする。

また、話を聞く際には馬の上で。

更に手に大槌を持ったままで。

手が疲れるが。

いい加減な報告をしたら、その場で叩き殺されるという威圧感を常に与え続ける事で。相手に恐怖を植え付ける。

恐怖をまき散らすことは、場合によっては有効で。

実際に暴力なんか振るわなくても、暴力的な格好をすることで相手を怖れさせる事も出来る。

近衛くらいである。

この大槌が実際に降り下ろされて、無能者を殺した事など無いと言うことを知るのは。

ただし、噂は流させている。

王の前でいい加減な話をすると。

常に手にしている大槌が降り下ろされ。

一瞬にして潰されてしまう、という噂だ。

これにより、部下達は王の前に出るとき、常に緊張している。

そうすると、何か隠している場合、ボロも出しやすくなる。

故にこの恐怖を常にまき散らす方法を変えていないし、変える気も無い。

第八報。

海軍の司令官が暗殺された。

真か、と思わず呟き。報告を届け出てきた者が恐縮する。

恐らく内紛の末だろうが。

そうなると、反発した海軍が王都に略奪に走る可能性もあるし。

離散して彼方此方で海賊としての害をもたらす可能性もある。

すぐに港に指示を出し、即座に海軍が出撃できる態勢を整える。もしも港から軍船が離脱し始めるようだったら。

海上で捕捉。

一隻残らず撃滅せよ。

苛烈な命令だが、手綱を失った軍事力ほど危険なものは他に存在していない。

緊張が走る中。

とうとう港町フラガトールに到着。

近くなれば近くなるほど、伝令の到着の合間は狭くなる。まあ当たり前、ではあるが。

間諜が使う小舟は、脆い反面非常に速度がでる。小回りがきくオール船だ。オールを左右で一斉に漕ぐことにより、荒海も渡ることが出来る。外海に出るのは出来ればやらない方が良いのだが、まあ幸い此処ではやっても問題ない。

カンパーベルトとこの国をまたいでいるのは。

内海だからだ。

広大な内海が拡がっていて、海峡は遙か西なのである。

司令部をすぐに作り。

到着した海軍のいかにも荒々しい提督達の礼を受ける。どいつもこいつも二癖ある面構えばかりである。

陸軍は軍と将軍を基本的に切り離しているのに対し。

海軍に関しては、まだそれがこの国でさえ出来ていない。

周辺国で出来ている国は存在していない。

一通り海軍司令部が集まったところで。

現在までの報告をまとめさせる。

「現在、カンパーベルトでは、複数の将軍に担ぎ上げられた「新王」が、着実に国政の掌握を進めておりまする。 既に王都は掌握したようで、現在反対派の粛清が始まっております。 王子達の後ろ盾になっていた有力者も、既に全員が処断された模様です」

「海軍はどうなっておる」

「現在、有力な提督が全て捕らえられているようで、身動きはしておりません。 港を勝手に出る軍船も確認できておりません」

「ふむ……」

血に飢えた目が此方を見ている。

すぐに攻めこもう。

提督達はそう考えている。

それはそうだ。

相手国を潰せば、王都を略奪し放題である。

海軍は基本的にゴロツキの集まりだ。

これを陸軍と同じように整備するのは、多分もっともっと後の時代にならないと無理だろう。

海はあまりにも広すぎて。

陸で生活する人間とは、考えが異なる。

この国はまだ制御出来ている方で。

他の国々ではそうもいかないのである。

「まだ情報が足りぬ。 敵に動きが無い以上、無為な戦をしても意味がない。 皆、待機を続けよ」

「ははっ……」

若干不満そうに提督共が下がる。

さて、ここからが正念場だ。

ただ、あの提督共も、ずっと王権の象徴である大槌は見ていた。

無礼があれば本当に殺される。

そう思っているのであればいいのだが。ああいう海千山千は、煮ても焼いても食えない奴らばかり。

そう簡単には話も進まないだろう。

司令部にしている建物の奥に、近衛に守らせた部屋を作り。

其処でやっと鎧を脱ぐ。

外では排泄から何から一苦労なのだが。

こういう安全な場所ならそれも特に気にしなくても良い。

風呂に入って。

しばしぼんやりとする。

さて、どう動く。

このまま収束した場合でも、海軍を集結させた以上、提督共は血を見たがるだろう。勿論、カンパーベルトの状況が収束した場合、手を出すつもりは無い。そんな状況で手を出しても、得られるものは小さいのだ。

一眠りすることにする。

疲れが溜まっているので、よく眠れた。

 

2、鉄槌は振り回される

 

カンパーベルトが新王によってほぼまとまった様子だ。

その報告が届いた時点で、即座に使者を送らせる。これは公式な使者だ。実のところ、既に使者は送ってはいたのだが、王宮の混乱が酷いとかで、王宮に入ることさえ出来ていなかった。

往復まで一週間ほどかかるので。

その間に周辺の土地を確認する。

東には問題はよく起こすが、土地が痩せていて、攻略しても旨みが無い小国がある。此処から賊が良く来て、軍と小競り合いを起こす。問いただしても、知らぬ存ぜぬ。頭には来るが、この国を潰すために一軍を動かすのも面倒くさい。

西にはそこそこ肥沃だが、王がしっかりと統治をしていて、国民も良く満足している国がある。

この国は前から欲しいと思っている官僚がいて。

攻略の下知をと王の一声を求められることがあるのだが。

常に取り下げている。

国が上手く廻っている間は、攻略してもおいしくない。

仮に戦争に勝てたとしても、内乱が多発して、とてもではないが上手く行きっこない。

この国でも、相応の善政は敷いているが。

それでも新しい国民達は納得しないだろう。

せめていわゆる麻のように乱れている状況ならともかく。

そんな風に乱れている国は、自ら軍を率いて出向き。

あらかた叩き伏せてしまった。

今、領土となっている土地の大半がそんな国で。

この間潰したのも、そう言った国の一つだった。

後は、カンパーベルトの西にちょっと大きめで、あまり良い政治をしていない国があるのだが。

此処は攻略しても飛び地になる。

制圧後の管理が難しい。

せめてカンパーベルトも一緒に制圧できれば、飛び地としての価値もあるのだが。

其処までして制圧する程の価値があるかどうか。

考えながら、鎧を着込み。

皆の前に出る。

海軍提督達が不満タラタラで突っ立っている中。

また新しい報告が来た。

「新しい海軍司令官が就任しました。 名前は……」

「ほう」

うえっと、何人かの提督が露骨に嫌そうな顔をした。

名将と名高い男で、今まで残忍で老獪な事で知られた先代司令官に押さえ込まれていたのだが。

そうか、「新王」についたのか。

「急速に海軍を掌握している模様です。 港の外に離脱する軍船は見受けられません」

「引き続き監視を続けよ」

「恐れながら大槌王」

たまりかねたか。

一人、海軍提督が前に出る。

非常に残忍な。そう、暗殺された前のカンパーベルト海軍司令官に匹敵する残忍な男である。

こう言う男も使いこなしていかなければならないのが、王の辛い所だ。

「カンパーベルトを攻略するのは今が好機かと思われます。 まだ混乱している現状であれば、攻略は容易であるかと」

「既に就任した新提督の名は聞いたであろう。 そなたらは、あの者が指揮する海軍に勝てる自信があるのか? 明確にどうやって勝つ」

「……」

青ざめて黙り込む提督達。

カンパーベルトの海軍規模はこの国の七割ほどだが。

それでも名将と名高い提督に率いられた軍勢となると、攻略するのには骨が折れるだろう。

此処で提督共が計算しているのは。

勝てるか、ではない。

戦って旨みがあるか、である。

「心配しなくとも、今回の件で生じた諸経費くらいは補填してやる。 余が心配しているのは、カンパーベルトの海軍が手綱を失った悍馬と化す事よ。 海賊共の残忍さは、そなたらが誰よりも良く知っておろう」

「は……」

苦笑が巻き起こりかける。

此奴らが海賊も同然なのだから。

ともかく、使者の帰りを待つ。この間に、打てる手は全て打っておく。丁度南に来ているので、国境線が近い東西の国にも使者を送る。東の国は、一軍を率いて王が来ていることを警戒しており、貧弱な軍を国境に並べ立て、来るなら来いと虚勢を張っている様子だ。とはいっても連れてきている一軍だけでも蹂躙できる程度の戦力に過ぎず、怖れるにはまったく値しない。

戦争は、九割まで数が多い方が勝つし。

残りの一割にも、装備や編成などが大きく関わってくる。

勿論奇跡的な逆転勝利も歴史的には実在はしているが。

それも派手に喧伝されている事が多く。

実際には多くの敗因が積み重なって、大敗という結果が殆どである。

東の国は問題は無い。

西の国に関しては、連絡後、非常に丁寧に返事をしたためて返してきている。

国内に問題は起きていない。

何も手を患わせることは無いので、ご心配なさらずに、と。

知っているのだ。

例え戦いに負けても此方が損をするだけだと。

まあだから名君と呼ばれるわけで。

こちらとしても、化かし合いをしてまで、美味しくない土地を得るつもりはない。

そしてカンパーベルトだ。

数だけは勝っているが。

今回無理に攻撃を仕掛ければ。

勝てるかも知れないが、絶対に大きな損害を被る。

海賊同然の提督達にとっては。

美味しくない戦いになるのだ。

カンパーベルトも良くしたもので、そういう海軍事情を知っているので、敢えて規模を此方の七割程度に抑えている。

絶対勝てる戦いでも無い限り、海賊はやりたがらない。

例えば小さな村を襲撃して略奪するとか。

装備や文明が劣っている相手を蹂躙するとか。

そういう戦いでも無い限り、彼らにとっては美味しくないからやりたくないものなのである。

数日待つ。

そして、使者が快速船で戻ってきた。

提督達は苦虫を噛み潰したような顔をしているが。

この使者に関しては、徹底して護衛をつけていたので。

基本的に余計な事をする事は誰も出来ない。

使者が跪いて。

書状を差し出してくる。

近衛の一人がそれを受け取り。

書状を読み上げた。

「カンパーベルトの新王である。 武名名高き大槌王の使者を迎えることが出来て誠に光栄の極み。 そして我が国が混乱したことで、貴国の「自衛」のために軍まで動かさせたことを謝罪させていただく。 海軍の移動費、更には一軍の動員に関する費用などは、此方から謝罪代わりに提出させていただくので、しばしお待ちいただきたい」

「ほう」

「以上です」

「であるか」

大槌を持ったまま、開いている手で書状を確認し、中身を確認する。

船型の印がしっかり押されていて。

確認させたが、カンパーベルトの玉爾に間違いない。

どうやら新王の素性はともかくとして。

カンパーベルトの新王による制圧は成功したらしかった。

苦虫を噛み潰している提督ども。

まあこうなってしまったら。

結果はどうあろうと決まってしまっている。

「一月駐留して様子を見る。 カンパーベルトの情報収集を更に密にせよ」

「はっ……」

「提督達には、追って沙汰を伝える。 西の国については別にかまわぬが、東の国に対しては警戒せよ。 血迷って軍を進めてくる可能性もある。 その場合には、提督達に動いて貰うかも知れぬ」

失笑が巻き起こり掛かる。

当然だ。

何しろ貧しい東の国は、そもそも略奪する者がない。提督達にとっては骨折り損どころではない。

ただ、一瞬でこの国の海軍が集結し。

カンパーベルト攻略に備えて態勢を取った事が、今回の鮮やかな解決までの流れにつながったことは否定出来ない。

軍司令官達は動くに動けず。

しばらくこの港町でやけ酒だろう。

連れてきた一軍については、しばらく東の国の動向に備えて貰うが。それにしても、各地に点在している前線の砦に散り、状況次第で動く事になる。まあ流石に戦力差がこれだけあると攻めこんでくる事はないと思うが。

人間血迷うと何をしでかすか分からない。

話によると、東の国は最近は南から異教徒に突き上げをくらっているらしく、相当に王は錯乱気味であるとか聞いている。

今後は、嫌だけれど、東の国を助けて異教徒と戦うために一軍、或いは二軍を派遣する必要が生じてくるかも知れない。

一軍一万五千だけでも負担なのに、迷惑な話である。

それからは、書類の整理に戻る。

司令部にした宮殿には、相変わらず書類が膨大に持ち込まれ。その全てに決済の印を押していく。

移動中にも同じ事はしていたので、別に困る事は何一つない。

食事についても、新鮮な海の幸が出るかというと、そんな事もなく。

調理した後、毒殺の恐れがないように毒味役がついて。そして面白くもない健康に良いものばかりを食わされる。

これらの食事については、料理士が栄養を考えて作っているし。

王としても料理士に一任しているので。

文句を言うことは許されない。

というか、文句を言う場合は書類を書いたり色々しなければならないので、それさえ面倒くさいのが事実だ。

他にも片付けなければならない事がたくさんあるのに。

飯の事なんかで、いちいち気を配ってはいられない。

更に言うとこの料理士、先代から仕えている老練の人物で。

敵対勢力に買収されるような弱みもない。

それは確認しているので。

飯が味気ない、というくらいの理由で。

更迭する意味がないのである。

一月、面白くもない、鎧が錆びそうな港町に駐留。その間に、どんどんカンパーベルトの情勢は安定していき。

ついには、完全に問題なしと太鼓判が押されるに至った。

海軍は再び持ち場に戻し。

念のために、即応できる態勢を整えるが。

カンパーベルト側も海軍を拠点に帰し始めたので。

まあ余程油断しない限りは大丈夫だろう。

軍も解体して、戻す。

この港町には防衛用の部隊も駐留しているし。

別に何ら問題は無い。

もし今後問題が生じるとしたら。

それはまたその時対応するだけだ。

王宮に戻る。

また長い時間が掛かるが。

コレばかりは仕方が無い。

今回は南の大国の危機で。此方にもなし崩しに問題が波及する可能性があったから、王がわざわざ出なければならなかった。

こういうことは出来るだけ減らして欲しいのだが。

まあそうも行くまい。

たった一年で別の国のように発展する場合もある。

数年で、壊滅していた国力を回復させる力量を持った政治家も見た事がある。

大国だからと言って、胡座を掻いていると。

あっと言う間に腐敗が忍び寄ってくるし。

周辺国の富国強兵策が、いつの間にか害悪になっていたりもする。

常に最新の情報を入手し続けなければならないが。

こればかりはどうしようもないことだった。

王になった以上。

処理していかなければならない義務だ。

 

王宮に戻り。

自室で鎧を脱ぐと。風呂に入って一休みする。書類をこれから嫌になるほど片付けなければならないからである。

そろそろ王妃をという声もあるが。

どうせ王妃なんかどれにしたってもめ事が起きるだけである。

先代王のように、有能な孤児を王にすればいい。

実は、既に育成を始めている。

各地の孤児院は育成機関を兼ねていて。

優秀な子供を選別している。

その中で使えそうなのが何人かいるので。

帝王教育を施してみて。

使えるようなら、「隠し子」ということにして、正式に後継者に据えるつもりだ。まあ、それにしても数年後になるが。

あくびをしながら、王権の象徴である槌を見る。

これにしても、最初に持ったときは、良い印象がなかった。

そしてずっと持っている今は、更に悪い印象しか無い。

「重い」である。

物理的にも重いし。

何より実際には何の役にも立たない。

それなのに此奴は絶対に必要で。

持っていなければいけない非常に厄介な代物だ。

鎧を着て姿を隠し。

手には凶悪極まりない大槌を持って歩く姿は、まるで「破壊の悪魔」のようだと言われているとか。

大槌王は人肉をくらい。

生き血を啜るという噂もあると言う。

勿論面白いのでそのまま噂は流させている。

たまに鎧の中に美少女が入っているとか言う噂もあるが。

残念ながら入っているのは小太りの不細工男である。

見かけで人間は相手を判断する。

先王はそれを最大限利用した。

自分もそうしている。

それだけの事である。

少し休憩して疲れをとったので、仕事に出る。うんざりするほどの書類の山だが、これら全てがこの国の情報。

国を支配するというのは、情報を管理することに他ならず。

自分でそれをやらなければならない。

そろそろ、北東の国の情勢が怪しくなってきている。

二軍は必要ない。

一軍を引き連れて遠征して、制圧する時期が迫っているだろう。

この間のカンパーベルトの件に関しては、新王が本当に物資を送ってきたので。どうやら将軍達の傀儡という事も無く、新王はそれなりに出来る奴のようだという認識を新たにした。

間諜達も新王は歓迎されているという報告をして来ており。

実際問題、アホな王族が一掃されて、新しくどこからともなく湧いてきた王が。

とても優れた人物だったという、何だか幸運な状況が起きたらしい。

まあ、無駄な遠征はしなくても良くなったし。

海賊もとい提督共も報酬をくれてやったから満足はしているだろう。少なくとも損にはならなかったのだから。

書類を処理し終えて。

やっと休む事にする。

その直前。

また軍務大臣が来た。うんざりしてるが、こればかりは王の責務だ。追い返すわけにもいかない。

「如何したか」

「好機到来にございまする。 北東の国家、シャリオラントにて内乱が始まりました」

「……収集はつくまい。 一軍を集めるのにどれだけかかる」

「この間カンパーベルトを制圧するべく集めた一軍を呼び戻すのであればすぐにでも」

少し考え込む。

そして、配置を換えることで妥協した。

軍編成は、基本的に違う土地の出身者同士で組ませる。軍内部で反乱が起きるのを防ぐためである。

そして長期間一緒の部隊にいた兵士達も散らせる。

訓練通りに動けば良い。

人間として動く事は考えなくて良い。

軍事行動中に人間性がどうのとかそんな風に考えると、却って被害を増やす事になる。

「将軍は誰を選ぶか」

「大槌王としては、カンパーベルトに連れていった将軍とは別の人選をお望みかと」

「分かっておるようだな」

「王都にいる三人の将軍に、一軍を分けて指揮させると良いかと想われまする。 王都の防衛部隊の一部も動員すれば、将軍達も動かしやすうございましょう」

まあ、その辺りで妥協するべきか。

いいようにさせる。

カンパーベルトと違って、長年の悪政で疲弊していたシャリオラントは、今が攻略の好機だ。

そして攻略するとなったら、一気に粉砕するに限る。

土地の広さも適当。

肥沃さもそこそこ。

国さえ腐っていなければ、侵攻など受けなかっただろうが。

こればかりは、世襲制を導入し。

そして無能な王が続いたのに、それを是正しようとしなかったシャリオラントの方に問題がある。

三日ほどで、兵の呼び戻しが終わり。

将軍達への指揮権譲渡も終わる。

王都に駐屯している親衛部隊の一部も動員し、出撃。騎兵500、歩兵18000の規模だから、一軍より少し多いが。このうち三千ほどは本来は機動軍として運用することを考えていない。

保険として動員する部隊である。

進軍を開始すると、シャリオラントはどうにか迎撃の態勢を取ろうとするが、そもそも内乱を起こしているのが王の従兄弟で、組織的抵抗どころでは無い。前線の砦をそれこそゴミクズのように蹂躙しながら、敵王都へと迫る。その間、「正当王」を自称する、反乱軍から書状が来るが無視。

大槌を馬上で掲げ。

まるで何も介さぬ魔王のようにして、軍勢を進める。

その姿に、敵は恐怖する。

黒い鎧。

全てを打ち砕くと言われている巨槌。

迫ってくる、物言わぬ軍勢。

その全てが、敵の心を打ち砕いていく。

都市を三つ制圧し。それらに駐屯軍を置く。王都の防衛部隊を抑えとして残していくのは、当然の流れだ。

どうにか敵は5000程をまとめて王都の前に並べてきた。

「正当王」を名乗っていた反乱勢力と。

王がどうにか直前で講和を結べたらしい。

だが戦力差は三倍以上。

そして敵の王都は籠城に向いていない。

狭い平原に布陣したのがせめてもの気が利いた行動か。

こういう狭い場所ならば。大軍が相手でも、ある程度の勝ち目はあるからである。

とはいっても、それは訓練を受けていない寄せ集めの軍勢が相手の場合。

うちの国の軍は違う。

「騎馬隊、進み出よ。 歩兵は陣形を組んだまま微速前進」

破壊の槌が前に出て。

それを受け止める金床が展開する。

敵陣がそれだけで乱れるのが分かった。

500といっても騎兵である。

しかも重装騎兵は、訓練も装備も雑多な歩兵程度で食い止められる代物では無い。そして事前に間諜が散って、前線に罠の類がないこともしっかり調べ上げている。後は、突撃を開始するだけだ。

弓の応射さえ雑多である。

歩兵部隊が前進を開始。騎兵隊が敵の中枢部を喰い破る。

当然、大槌を振るう機会はない。

一撃で敵中枢を突破して、それで終わり。

後は歩兵に任せる。

寄せ集めの敵部隊が、歩兵に蹂躙されていくのを見ながら、騎兵はまとめて、高所に布陣。

敵がまとまって組織的な反撃を試みてきた場合、だめ押しの追撃を入れるためである。

まあ、この様子なら必要はない。

歩兵部隊は既に掃討戦に移行していて。指揮も、ただ敵に退路を一つ残して徹底的に叩け、だけで良かった。

三刻で戦闘は終了。

味方の被害は騎兵5、歩兵411。

それに対して、敵の損耗率は九割を超えた。

敵の王族は前線に出てきていたが、揃って戦死。

どうやらお互いを盾にして逃げだそうとしていたらしく。

袋だたきにされて死ぬ中、同士討ちまでしていたらしい。

鬼の形相の首が持って来られて。

既に入り込んでいた間諜が、本人に間違いないと断定。

溜息が出るが。

勿論人前では、それは恐ろしい唸り声に聞こえるように調整している。

立ち上がると。

周囲の者どもがおののいた。

演出をしなければならない。

「このような愚かな王がいるから無駄な死者が大勢出たことを記憶せよ。 我が国はそなたら忠勇の士と我が槌によって支えられている。 敵にはそれがなかった。 だが我が国が腐敗したとき、この醜態は我が国が甘受することを知れ!」

「ははっ! 大槌王の仰せのままに!」

「それでは敵王都を制圧にかかれ! 一月以内に、シャリオラントは過去の存在と化し、国家そのものが消滅する! 我が国土は更に拡がり、そして民はよりよき政によって穏やかな生活に戻る事が出来るであろう!」

勿論。

それが出来なかった場合。

赴任した役人の責任になる。

それを言葉に臭わせながら威圧したのである。

すぐに軍は戦場を出立。

元々戦闘に向いた造りでは無い、シャリオラントの王都は、即座に陥落した。

敵の官僚は降伏してくる者が多かったが。

腐敗国家の官僚なんて、どうせ碌な事もしない。

それぞれ降格の上で、様子を見ながら使って行くことになる。

敵将にはこれといった活躍をした者もいなかった。

はっきり言って、この国の人材は枯渇していたと言っても良いだろう。

王都を制圧したあと、王宮に向かう。

狙撃手がいるかも知れないので、周囲の近衛が気を張っているが。この特別製の鎧は生半可な矢など寄せ付けもしない。

玉座は汚れきっていて。

暗闘の跡を残すかのようだった。

話によると、此処で戦闘が行われたらしく。

兵士達の血や臓物で汚れきっていたそうだ。

その汚れはどうしても取れず。

幽霊が出ると言う噂もあるとか。

まあそんな噂が出てもおかしくはあるまい。この状況である。こんな国のために死んだ兵士達は、さぞや無念だっただろう。

もっとも、幽霊なんぞ。

見た事も無いが。

散々多くの血を間接的に吸ってきた槌を手にし。

多くの恐怖を集めて来た鎧を着ているのだ。

幽霊がいるなら、まず自分の所に来るだろうし。

「この玉座はもはやいらぬな。 美術館にでも寄付せよ。 汚れは……どうせ落ちぬであろうし、この国の終焉を見せるためにも都合が良かろう」

「分かりました。 そのように手配します」

「適当な執務室を。 一週間ほど滞在した後、王都に帰還する」

しばらくはこの王宮で政務をする事になる。

シャリオラントは、それから殆どロクに組織的な抵抗も出来ずに全土が陥落。他の国が介入してくる余裕も無かった。

後は拡がった国土を、適切に管理していけば良い。

善政を敷くことは、自分自身のため。

王は足下がとても脆い仕事だ。

実際問題、この国を見ればそれも明らかである。

自分自身のために善政を敷く。

それが先代から伝えられたことであり。

それを忠実に守ることで。

この大槌が威圧し。

恐怖させ。

従えてきた国々は、今も反乱を起こす気配もない。それで良いと、王としても思っている。

孤独かも知れないが。

むしろ孤独は好きだ。

政務を片付けると、一人寝ることにする。

王は多数の女を侍らせていると妄想している輩もいるかも知れないが。

実際にはこんなものだ。

 

3、大槌は見せつけられる。

 

王都に戻ると同時に、ボケの報告が来ていた文務大臣を解任。粛正という形では無く、引退という形で、である。

実際能力に限界が来ているのは直接確認していたし。

本人はまだ働けると言ったが。

国政は個人の意思で回して良いものではないと説得し。能力が落ち始めていることと、これまでの功績には変わりが無いことを説明し。引退を納得させた。

後は今までの功績に免じて、老後を過ごすのに不足無い退職金を払い。

そして後任者は、育成していた何人かの中から選び。

当面は一人では無く、複数の補佐役をつけることで。

文務大臣と同等の働きが出来るように処置する。

同時に中堅所の役人の汚職が発覚したので。

賄賂を没収すると同時に、当人を降格。

賄賂なんか取らなくても、高官には適切な給金を払っている。その状態で賄賂を欲しがるのは強欲の極みというものだ。

だから適切に処置する。

それだけである。

とはいっても、半ば不可侵になっている海軍の事など。

この国にも矛盾は幾つもある。

また、シャリオラントの旧領を組み込んだことで、また仕事がその分忙しくもなった。まあ当たり前である。

シャリオラントはそこそこに豊かな土地で。

役人を総入れ替えし、きちんと規律が整った軍を派遣したことで、状況は一変した。収入は増え、国としてはまあ想定通りの利益を得る事が出来た。

ただし、これ以上国を拡げるとなると、問題は幾つも出てくる。

落としても旨みのある国が少ないのである。

属国になる事を認めている国は、もう属国になっているし。

そうでない国は、軍をわざわざ派遣するのも面倒くさいし、経費がかさむのが目に見えている。

つまり割に合わないのである。

とはいっても、国を豊かにするには、相応に新しい領土も必要になる。

海軍の整備を行って、海を渡って領土を拡げるか。

その場合、飛び地の管理をするために様々な方法が必要になる。飛び地が独立でもしたら即座に鎮圧できるようにもしなければならない。

時々会議を開いているが。

これといった案は出ていない。

古代王国の施策について説明する官僚もいるが。

それらが如何にして失敗したかという例を突きつけると、大体黙ってしまう。

新しい国がよりすぐれているというわけでもないのだが。

人間は見た目で相手を判断するように。

基本的には、まずわかりやすさを求める。

見るからに恐怖の権化であり。

逆らったら殺される。

しかしながら、良民には優しく。

善政を敷いてもくれる。

だから大槌王は歓迎される。

逆に大槌王が小太りの不細工だと民が知ったら、掌を返す可能性は極めて高いし。

そうさせるわけにはいかない。

見るからに逆らったら助からないと思わせる事が。

統治のコツなのだ。

書類の整理を終わった後。

会議に出る。

長期的な戦略についてだが。

新しい案が出た。

案を出してきたのは国境警備をしている将軍の一人で。この国でも最も若い将軍の一人でもある。

小太りの不細工である自分から見ても頭に来るくらいの美形であり。

女にもてるらしいと言う話は聞いている。

実績もそこそこ。

だが若いからだろうか。

少し功績を焦る節がある。

それについては、常に危険視していた。

「東の小国であるエスメントを攻略するべきかと思います」

「エスメントは国土が痩せていて、異教徒と境を接している。 緩衝地帯として残すべきではないのか」

「その異教徒が、ここのところ勢力を伸ばしているという話です。 国内で新しい軍政を導入し、総兵力は十万に達すると豪語しているとか」

「十万……!」

此方で言う七軍に相当する戦力か。

遙か東には、六十万を抱える大国が存在すると聞いているが、その文明圏とこの国には大きな距離が壁となって立ちはだかっている。距離だけでは無く、間にあるのは広大な不毛の土地。

文明圏が接触するのには、肥沃な土地を介して道がつながるか。

或いは海上の移動手段が発達するか。

いずれかしかないだろう。

「エスメントは緩衝地帯として長年役立ってきましたが、異教徒の戦力を考えると、もはや侵攻に対抗できるとは思えません。 直接領土を接し、敵との決戦に備えるべきかと思いまする」

「エスメントに臣従の可能性は」

「あのエスメントは長年「頑強に領土を守ってきた」事を誇っておりまする。 古くさい軍政を振りかざしているにもかかわらず、現実が見えておりませぬ。 異教徒の脅威が拡大していることに関しても、あからさますぎる楽観をしております。 このままでは、数年以内にエスメントは落ちるかと思われまする」

会議の場がざわつくが。

咳払いする。

それが、唸り声のように聞こえるよう、鎧を改良している。

王の唸りとして、怖れられている声だ。

「異教徒どもにエスメントをくれてやり、国力を割く策は」

「エスメントは一応同一文明圏です。 もしも異教徒どものてに落ちたとなると、衝撃も大きいでしょう」

「しかしエスメントを攻略しても、その後が大変にございまする」

反対したのは、逆に老練の将として知られる人物だ。

将軍の中でも古参で、先代の時代には脂が乗りきっていたが。

今はそろそろ古参兵、いや老廃兵になりつつある。

ただ、今の発言には同意できることも多い。

「エスメントを攻略するのは害ばかりが目立つ。 しかしながら、異教徒の勢力拡大を見逃すわけにもいかぬか。 単に攻略するだけでは芸もない。 誰か、他に名案があるものはおらぬか」

「異教徒といえど、同じ人間にございまする。 密かに同盟を結ぶのは如何でしょうか」

「流石にそれが発覚すると、国内に混乱が走ろう」

「しかしながら、十万の兵が総力を挙げて攻めこんできた場合、我が国の被害は相当なものとなりまする」

確かにそれも事実だ。

現在この国では、十軍までが存在しており、総兵力は守備に回しているもの、海軍も含めると二十万ほどになる。

ただしこれらの兵は普段は各地で哨戒任務についており、全軍を一箇所に集結させて決戦となるとあまりにも出費が大きい。

かといって、異教徒達は領土を拡げるのに積極的だ。

まあそれは、文明圏が異なっても。

此方でも同じ事だが。

ともかく、エスメントを攻略する前に。

幾つかやっておく事がある。

「まずは、周辺国との関係強化に力を入れよ。 異教徒が勢力を盛り返し、兵力は十万に達するという情報を公開せよ。 今後更に増える可能性もある、という事も含めてな」

「分かりました。 直ちに手配します」

「それと、シャリオラントを落としたことで国境を接した幾つかの国に対する調査を急ぐように。 もしも攻略する事で我が国が富むようなら、急いで攻略を行う必要がある」

「分かりました」

一旦エスメントの攻略は保留。

できればこの文明圏を統一したいところだが。

幾つもの問題があって、それは出来ていない。

元々この文明圏に住む人間は極めて凶暴な性質を持っていて、戦って死ぬ事で天国に行けると大まじめに信じるような者達だった。

いわゆる蛮族である。

今でもその好戦的な性質は変わっていないし。

他の文明圏への攻撃性も衰えていない。

今も異教徒異教徒言っていたが。

むしろ相手側の方が、文明的には理性的であると言う、客観的な報告さえ届いているほどである。

実際には密約を結んだ方が良いのではないのか。

書類を片付けると。

しばらく自室で、風呂に浸かって考え込む。

ちょっと風呂での考えが長くなってしまったので、慌てて上がる。

いずれにしても、大軍同士での正面決戦というのは面白い話ではない。それに、異教徒達も同一文明圏で国を統一仕切っているわけではないだろう。もっと間諜を増やし、情報を増やす必要がある。

はあと、溜息が漏れた。

鎧を着ていないからただの溜息だ。

王の責務は重い。

もしも異教徒の大軍と決戦をして大敗でもしたら。

この国そのものがひっくり返る。

その逆もしかり。

勿論多くの国を武でねじ伏せてきた、という事実もあるのだけれども。

いずれにしても全力での武力衝突は、下手をすると文明圏そのものを危機にさらす。

小さな国が大国に吸収されるとかそういう話では無い。

恐らくは、偉大な古代王国が滅びたときとか、それ以上の混乱を生じさせる。

危険が大きすぎる。

溜息が零れるが。

ともかく、準備を整えなければならなかった。

数ヶ月もしない内に。

異教徒達の軍勢が、外征用の戦力に限っても実数九万七千であり、十万という数字はあながち嘘では無いこと。

そして恐らくは。

此方の文明圏に対しての攻撃を準備している事がほぼ確定的になった。

それならばやるしかない。

吸収して旨みがある国は吸収し。

そうで無い国は無理矢理傘下にねじ伏せる。

エスメントには使者を送り、異教徒の軍勢が十万に達することを伝えたが、鼻で笑って信用しようともしなかったので。

とうとう軍を送らざるを得なかった。

無意味な犠牲が大勢出て。

そして大槌王の恐怖だけが拡がった。

とにかく痩せた土地で、兵士だけが無意味に多く。そして何よりも、攻略した時に出した犠牲と。これから得られる収入が、まるで割に合わない。

第十一軍を編成している間に。

異教徒達は、とうとう攻撃の明確な姿勢を示し。

各国に使者を出した上で。

決戦をする事がほぼ確定的になった。

やむをえない。

他国のわずかな援軍と。

外征用に準備している軍勢を全て集め。

荒れ果てたエスメントにかき集める。

異教徒達の軍勢は更に予想以上に増えており。

総合で十二万に達していた。

装備も此方が予想しているよりも遙かに進歩していて。そして何よりも、戦意も高いようだった。

これは、文明の攻防を決する戦いになる。

味方側は十八万に達するが、これくらいの兵力差で戦った場合、戦場が広ければどうなっても不思議では無い。

更に地形を徹底的に調べた結果。

敵も重装騎兵による集団突進戦法を警戒して、どうやら山岳での消耗戦を選ぶつもりらしいと言う事が明らかになった。

此処からは地獄だな。

過酷な戦いになる。

だが、大槌を手に。黒い鎧を着て。前線に出ると。

それだけで兵士達が沸き立つ。

敵は怖れる。

あの黒い悪魔は何だ。

そういう声が聞こえると、既に異教徒の言葉に通じている者から報告があった。

悪魔。

それでいい。

そして、全軍が、エスメント全域を舞台にして、苛烈にぶつかる。

主力になっている騎馬隊はどうしても活躍の場が限られたが。

それでも、数による差。

練度。

何より歴戦の指揮官達が多い事。

それらが、徐々に敵の数を削り取って行く。

敵の後方を親衛隊と共に遮断。

補給路を切断したことが決定打になった。

敵に補給を断ったことを、敢えて相手の言葉で伝えてやる。敵の王も撤退を決めたようだが、これは生かして返すわけにはいかない。絶対に壊滅させなければ、今後に大きな禍根を残し。

そして何よりも、払った損害を回収出来ない。

無益な戦いだ。

敵は侵略を怖れて攻めてきたのか。

それとも信仰が違う相手を殲滅するつもりだったのか。

分からない。

ただ、そうだとしても。

黒い鎧を着て姿を隠し。

巨大な大槌を手に前線に出て。

悪魔の権化と怖れられ。

そして多くの者達を恐怖で縛る以上。

本音などを、口にするわけにはいかないのである。

「全て殺し尽くせ。 ただの一人も生かして返すな」

その言葉を聞いて、近衛は驚いたようだったが。仕方が無い事だ。此処で徹底的に恐怖を刻み込んでおかなければならない。

その時。

壊滅していく中、秩序を保っていた異教徒の一団が、どっと押し寄せてきた。

突破を狙っているらしい。

勿論味方がそれはさせない。勿論戦場全域で乱戦が続いているから、逃げる敵はどうしても出る。

それでも、この分厚い場所を突破しに来るのは。

恐らくは、逆転勝利を狙っての事。

敵将らしき精悍な壮年男性が矢を放つ。

鎧に直撃。

びくともしない。

どうやら、普段は必要がない行動をする必要が生じたらしい。

指示を出す。

「あの将の動きを止めよ」

「はっ!」

近衛が動く。

練度は流石で、突破をはかる敵将の部隊を見る間に叩き潰していく。そして、無数の槍を浴びた敵将が、血を吐いて動きを止めたときには。

大槌を振るい上げて、至近に迫る事に成功。

多分先代からして。

これで敵を殺した事はなかっただろう。

だが、それも。

これで過去の話になった。

大槌を振り下ろす。

そして、敵将の頭は、木っ端みじんになった。

まあこれだけの大きさの槌だ。実用性などどうでもいいのだが。降り下ろせば、相手の頭は砕けるか。

槍で動きが止まっていたからそうなっただけだが。

結果だけで良いのである。

血に染まった大槌を振り上げ。

勝ち鬨を上げさせる。

「敵将討ち取ったり! 我が軍の勝利ぞ!」

「オウオウエイ! オウオウエイ!」

全土で勝ち鬨が連鎖し。

そしてそれで、勝負は完全に決まった。

後で分かった事だが。

今殺したのは、敵の王だったらしい。異教徒の文明圏をまとめ上げ、短時間で此処までの戦力をまとめた英雄。自分より、明らかに上だっただろう存在。だが、それも。結局の所、数と、兵の練度と、何よりも恐怖には勝てなかった。

死の瞬間。

相手の目には、明らかに異質な者に対する恐怖が浮かんでいた。

そう。

それによって、大槌王は支配を拡げ。そして善政を敷いてきた。

相手は理解出来なかっただろう。

今後も理解させる必要はない。

単なる恐怖の権化にて。

相手を絶対に殺す死の象徴。

そう思わせておけばいいのだから。

最終的に、敵軍の損耗率は九割を超えた。味方は死者一万三千と、完全勝利ではあったが、とても追撃を出来る状態ではなかった。とはいっても、敵の主要な指揮官はほぼ全滅に追い込み。練度の高い軍は全滅状態。更に英雄とも言える王まで失った。敵が此方の文明圏に侵攻してくる可能性は、これで消えた。

エスメントは全域が焦土と化し。

これから復旧をして行かなければならない。

また一軍に達する戦力が失われたこともある。各国の援軍はあまり役に立たなかったが。大槌王の軍と、その強さを見せつけるという意味だけはあった。あまり意味があるとも思えないが。

それにしても。

まさか、王が王を倒すとは。

こんなことが、実際に起きるとは、思わなかった。

多分誰も知らないだろう。

実際に本当に手を下して人を殺したのがこれが初めてで。

そして最後になるだろう、と言う事も。

軍をまとめて引き上げる。

これから復興関連でやらなければならないことがいくらでもある。

そして、その効率を上げるには。

恐怖がもっとも効果を示すのは、確実だった。

 

4、そして大槌は引き継がれる

 

目の前にいるのは、十代後半のそばかすだらけの女だ。とてもではないが美人とは言えないし、背も低い。

体つきも貧弱で。

何より、若干おどおどしていた。

兜を脱ぐと。

相手は驚いたようだった。

「額に目がない!」

「そのような話、嘘に決まっているだろう」

異教徒の軍勢を壊滅させてから二十二年。

結局これといった後継者が現れず。そしてようやく適当な素質を備えた者が現れた。だから引退する。

それだけだ。

この娘、王に必要なものは威厳以外全てを備えている。

駄目なのは見かけだけで。

記憶力に数字の管理能力、分析力、それに戦場の知識。

身体能力も実は相応に高い。

大槌を託すのは此奴がいいだろう。

そう決めたとき。

もう自分は老いていた。

結局妻は最後まで娶ることはなかったし。

子供もいない。

女ともたまに関係はしたが。

いずれも長続きはしなかったし。ろくでもない裏の話を間諜が調べてくると、遠ざけざるを得なかった。

そうこうしているうちに元々薄かった性欲も全て消え果て。

今ではもうどうでも良くなっている。

新しい大槌王には、全て教え込んである。

後は鎧と大槌を託すだけだ。

鎧を脱いで、大槌も持たせる。

鎧を着込むと、新しい大槌王がそこにいた。

なるほど、これは恐怖の権化にもなる。

そして今後も、同じように国を恐怖で支配していけば良い。

人間は見かけで相手を判断する生物だ。

だから王はこれでいいのである。

逆らったら殺される。

ただし、従えば善政を敷いてくれる。

そう思わせることで。

結局二十二年間、領土は寸土も失う事はなく。国は繁栄を続けている。そしてその繁栄を、これから新しい王が担うのである。

この鎧と。

大槌とともに。

中身はどうであろうとどうでもいい。

スペックだけがあればいい。

そして、能力だけを生かせるようにしたのが。

この黒い鎧と。

大槌という恐怖の見かけ。

そういう仕組みだ。

引き継ぎの全てを終えると。

王宮を離れて、貰っている離宮に移る。小太りの小さな初老の男。これが、戦場で大槌を振るって万の敵を殺戮したとか、大槌を振るうと雷が敵軍を焼き尽くしたとか、その率いる騎馬隊が無敵を誇って当たるだけで敵が吹き飛んでいったとか。そんなとんでもない噂の主である事など、誰が信じるだろうか。

むしろ鎧を着ていてもずっと小太り体型が治らず。

声は小さくてあまり相手に伝わらず。

顔も不細工。

能力のみは先代の王も認めてくれていたが。

実際に自分の手で殺した敵は一人だけ。

そんな真相は。

自分だけで抱えて、墓に入れば良いだけのことだ。

新しい家である離宮は、そこそこ綺麗で。充分に気に入った。目を細めて、良く出来ている新居を見やる。

これからは素の姿で過ごせば良い。

なお、近衛はそのまま新しい王に譲ったが。

何人かは、最後までおそばにと着いてきた。

物好きな奴らだ。

なお、海軍は改革を始めていて。既にゴロツキの集団ではなく、精強な軍勢へと変わりつつある。

次代にだけは、あの連中を引き継ぎたくなかったのだ。

後は、新しい王が自分と同じようにして。

安定して国を回してくれればそれでいい。

もう国政に口を出すつもりは無い。

実は、鎧と大槌を渡す前に、政務の三割ほどはこっそりやらせていたのだが。むしろ自分より手際が良いくらいだ。

血統で国を引き継いでいたら。

きっとこんな風に安心することは出来なかっただろう。

能力で引き継ぎ。

相手を見かけで判断するという人間の習性を、恐怖というもので補った。

故に安心して後を託せる。

それからは、時々離宮で仕事をしている者達に、不細工な小太りの爺と馬鹿にされながら。ゆっくりと国の行く末を見ていくだけで良かった。

やはり能力で引き継いだのは正解だった。

国は更に繁栄し。

異教徒との歴史的な和議にも成功した。

それから、年老いて死ぬまで。

恐怖の権化として怖れられ。

大槌を振るう黒い悪魔と呼ばれ。

異教徒達には、実際に悪魔として採用されてしまったと聞いて苦笑いしながら。

大槌王は国を見守っているだけで良かった。

これはこれで悪くない人生だ。

死ぬときには、廻りには数人の近衛と。

慌てて話を聞きつけて駆けつけてきたらしい今の大槌王だけがいたが。

それで充分。

不細工で小太りな男が。

此処までやれたのだ。

見かけで全てを決定する人間という生物の性質には文字通りクソ喰らえと言いたいところだが。

それでも、満足な人生だった。

大槌は黒い鎧とともに引き継がれる。

やがて神話にもなる。

それで十分ではないか。

最後の瞬間。

大槌王であった男は、そう思った。

 

(終)