お菓子の国

 

序、修学旅行

 

退屈だが、仕方が無い。

絡もうとしても鬱陶しがられるだけだし。

何よりこの時期には、もうグループがガチガチに固まっている。

毎年毎年こうらしいけれど。

女子の縄張り争いは男子よりも遙かに熾烈だ。

意味のない群れを造り。

間違っていようが正しかろうが。

そのグループ内での決め事は絶対。

これは子供の頃から始まり。

大人になっても続く。

地域のボスママとやらが、カルトを広めた場合、爆発的に感染する事があるが。

これがその理由だ。

女子のグループから外されることは死活問題で。

それが嫌だから、周囲に何でも合わせる。

反ワクチンだのヴィーガンだの。

訳が分からないカルトにのめり込む人間が出るケースも。

大体は地域のボスママがそういうのにのめり込んでいて。

グループから外されたくない人間が、それに追従する。

信じていようがいまいが。

関係無い。

重要なのはグループ内のルールであるかどうか、だ。

新幹線は既に動物園状態。

仲良しのグループ同士で集まってぎゃあぎゃあ騒いでおり。

引率の教師は退屈そうに寝ている始末。

私の隣は誰も座っておらず。

荷物置き場と化していた。

まだ二時間ほど、この新幹線は走り続けるのだが。

その間これか。

うんざりだなあ。

そう思っていた所に。

声を掛けられる。

変わり者で知られる、理科の能野先生だ。

いつも分厚い眼鏡を掛けて、みょうちくりんな帽子を被っているので、素顔はよく見えないが。

眼鏡を外すとかなりの美人だとか聞いている。

私は普通なので。

何かすれば美人、とかいうのは。

聞いてみると羨ましい話だ。

まあ化粧とかすれば多少は変わるが。

まだそういうのをする時期でも無いし。

「何だ、他のグループと混じらないのか」

「いえ、興味が無いので」

「……まさかお前、噂に聞いている西川か」

「はあ、まあ」

あまり大きくない学校だ。

有名にもなっているのだろう。

私の学校では、有名な女子グループが二つあり、そのどちらかに所属することが絶対条件になる。

しかもタチが悪いことに、このグループの双方が、それぞれ地方を代表する資産家の娘であり。

逆らう事は死に値する。

此奴らは事実上法律も守っていない。

地方の資産家というのは。

それだけ絶大な力を持っているのだ。

事実虐めを受けて精神を病んで、学校を出て行った子もいるが。

此奴らが主犯にもかかわらず。

何らペナルティは受けていない。

行政も警察も何もせず。

事件は完全にもみ消された。

そういうものだ。

学校の悪い場所が一点に凝縮されたような所。

それが此処だ。

田舎でスローライフなんて大嘘。

田舎の学校なんて。

都会以上にスクールカーストがきつい場所なのだから。

「何か聞いたが、今両方のグループで水素水だとかが流行ってて、それを無視しているからグループから弾かれたって?」

「はあ、まあ」

「まああんなのは猿以下が信じるものだがな」

けらけらと笑う能野先生。

聞こえていたらしい女子が一人、睨み殺すような目で見ていたが。

この人は学校が頼んで教えに来ている超やり手だ。

流石にこの人に対して文句を言う権力を持つ女子はいないし。

能野先生もその気になればすぐに学校を出て行くだろう。

なんでこんな田舎に来てくれたかというのも。

両方の資産家が金を出したとかで。

それも、互いに争って出したとかで。

絶対に悪口を言ったりしないようにと、お達しまで出ているらしい。

「で? 大まじめに水素水なんてインチキだって言ってこうなったって。 本当にバカだなー、こういうグループの独自ルールは」

「事実だろうが関係ありませんから」

というのもだ。

両グループとも、ボスの親が水素水の販売に関わっているのである。

そんなもんオカルトだと、口が裂けても本来はいえないわけで。

それが学校に持ち込まれている訳だ。

子供は親に従順ではないが。

金持ちの家となるとそうでもなくなる。

特に企業系列の金持ちとなってくると。

子供は滅茶苦茶こういったことに厳しく躾けられる。

結果として、半ば親の命令で、グループ内に水素水やら、水素水関連グッズやらを貴ぶ風潮が出来ていて。

それを拒否した私は。

弾かれた。

そういう事だ。

なお、男子がいたらより面倒くさかっただろうが。

残念ながら女子校だ。

だからこそ、余計に陰湿になっている訳だが。

「まあ水素水なんかどうでもいいがな。 ちょっと面白い事がそろそろ起きるかも知れない」

「は、はあ……」

「まあ見ていろ」

能野先生は、何だか知らないけれど、意味ありげな笑みを浮かべている。

やがて、新幹線はトンネルに入った。

はて妙だ。

随分長い。

この新幹線は、相応の速度が出る。

速度が出る電車なら、よその国にもいくらでもあるが。

「速度をしっかり維持して」「時刻通りの運用が出来る」電車は殆ど存在しない。

特に高速鉄道の類は非常に運用が難しく。

最高速度を自慢するのは愚の骨頂と聞いた事がある。

その相応の速度で。

妙にトンネルを出るまでに時間が掛かっているのだ。

能野先生はずっとにやついている。

そして、トンネルを出たとき。

不思議な事に。

外は雪国になっていた。

騒いでいる連中は、気付いていない。

能野先生は。

じっと、湿った笑みを浮かべていた。

「さて、ゴミ掃除の時間だよ」

背筋が凍るかと思った。

だが、既に。

能野先生の顔から、湿った笑みは消えていた。

 

1、ルール

 

新幹線の名物と言えば車内販売だが。ちょっと来たのは、様子がおかしいカートだった。

積み上げているお菓子が。

何だか嫌に派手なのだ。

最近はスイーツとか言うのか。

何だか却って名前が長くなっているような気がして。

個人的にはなんでそんな呼び名をするのかよく分からないのだけれど。

ともあれ、販売しているのは菓子だ。

「水素水たっぷりのスイーツですよー。 一つ100円ですよー」

アホか。

思わずぼやきそうになる。

そもそも水素水とか言うのがナンセンスの塊なのに。

それを突っ込んだ菓子とは如何に。

しかも、どれもこれもマカロンだのチョコだの。

甘そうで。

女子が好きそうな奴ばかり。

グループのボス達が飛びつくと。

後はあっという間に群がって、貪り始める。

見る間にカートから菓子が消えていく。

寝ている引率の先生は興味なさげ。

そして、私の近くまで来たときには。

菓子はすっかり売り切れていた。

能野先生が少しどいて、カートを通す。

菓子を手にした女子の一人が、ザマア見ろと視線を送ってきていたが。

水素水入りの菓子なんていらん。

しらけた目をしている事を確認した瞬間。

逆ギレして、ついと視線を背けていた。

割とどうでも良い。

どうせ帰ってから嫌がらせしようとか。

或いは旅館に着いてから嫌がらせしようとか。

そういう事を考えているのだろうけれど。

どうでもいい。

能野先生はによによしているが。

それにしても醜い有様だ。

女子に幻想を抱いている男子には悪いが。

菓子にがっつく様子は、まるで豚が餌に群がっているかのようだ。

そういえば、最近はその豚を妙に持ち上げる動きがあるのだったか。

こういう光景を見られた人間が。

自己弁護するために始めたのではあるまいか。

豚は雑食で何でも喰う。

親兄弟だろうが死ねばエサに早変わり。

しかも顎が強いので、骨ごとばりばりと何も残さず食べ尽くしてしまう。

マフィアが死体の処理に使っていた所以だ。

きれい好きだの。

人間に懐くだの。

そういう良い情報ばかり持ち上げて。

豚は良い動物だ、等という言説を見ると反吐が出る。

アレは猪の親戚で。

猪が猛獣である事を考えれば。

どういう生物かなど、一目瞭然だろうに。

そんな事も分からないから、水素水なんてものに騙されるのだろうし。

今の醜い光景を現出させているのだろうが。

さて、能野先生は近くから離れない。

笑みを浮かべているが。

湿った笑みでは無い。

もう何が起きるか、知っている笑みだ。

何だか少し怖いが。

まあ見ていることにする。

「時に、日本神話の、伊弉諾尊と伊弉冉尊の話は知ってる?」

「はあ、まあ」

「感心感心」

「天照大神、月読命、素戔嗚尊。 いわゆる三貴神は、男神の伊弉諾尊の方が産んだんですよね」

そう。

妻を失った伊弉諾尊は。

あの世に妻を迎えに行った。

しかし妻は既にあの世の食物を食べてしまっていた。

故に帰る事が出来ないと言われた。

それでもと懇願した伊弉諾尊は。

やがて堪えきれなくなって、見ないようにと言われていた、伊弉冉尊を見てしまった。

その腐敗し。

無数の雷神が巻き付いた。

恐ろしい、もはやこの世の者とは思えない姿になった姿を。

命からがら逃げ帰った伊弉諾尊は。

あの世の汚れを落とすために「禊ぎ」を行い。

その結果三貴神が生まれた。

そういう面白い神話がある。

昔読んで、覚えていたのだ。

神話は何でもありで。

面白いなあと思ったのだけれど。

当時から、そういう変わったものに興味を持つ時点で周囲からは「生意気」だとか言われたし。

「知らない事を知っている奴はバカ」という謎の風潮があったせいで。

随分苦労した。

よく分からないが、何もかも周囲と歩調を合わせなければならない。

出た杭は叩いて良い。

それどころか、叩き折って良い。

そんな風潮があるこの世は、どうなのだろうと思う。

「詳しく知っているじゃ無いか。 何処かの神話解説本かなにかで読んだのか」

「ええ、まあ」

「最近はゲームで三貴神が出てくる事が多くなったが、どうもその辺りの説明は雑に済まされる事が多くなったからな。 天照大神と素戔嗚尊が姉弟だと聞いて、驚く輩まで出てきた有様だ」

「はあ……」

そういえば。

近年主流になって来ているソシャゲのガチャ関連で、この手の神様はフリーツール扱いされているから。

情報としては、殆ど個別に。

しかもデータばかりが着目されるのか。

故に、神話の由来を知らない人間も多いのだろうか。

そういえば、北欧神話のフレイが、女神だと勘違いされているケースもあるらしいが。

それもゲームが原因らしい。

昔のゲームなので私は知らないが。

前にその話を聞いて驚いた。

「それで、日本神話がどうかしたんですか」

「異界の食べ物を口にして、戻れなくなる。 その逸話は、世界中にあるんだよ」

「は……はあ」

「神話ってのは拡散するものでな。 日本神話の源流が、遙か中東に遡る事さえ出来るケースもある。 仏教にしても、韋駄天という神様が存在するが、その正体は誰でも知っているアレキサンダー大王だ。 速さを表す単語とかしているもののなかにも、古代の偉人がいるんだよ」

まあアレキサンダー大王の件は兎も角。

よその国の神話でも、食べてはいけないものを食べた結果、戻れなくなる、という話はあるらしいとは私も聞いたことがあった。

そういえば、窓の外。

何だあの雪は。

今はそんな季節じゃ無いし。

大体この辺り、雪なんか降らないはずだが。

不意に。

またトンネルに入る。

トンネルはまた、随分と長く続いた。

能野先生は。

そろそろだろうと言った。

ぞくりとしたのは、その時だ。

前の方。

トンネルの灯りの中。

何かがうねうねと動き回っている。

いつの間にか、かしましく騒いでいたクラスメイトどもが。

何か得体が知れない変化を生じさせている。

どういうことだ。

何が起きている。

トンネルの中。

それは、踊り狂っているようにも。

荒れ狂っているようにも。

或いは、何かしらのみだらなまぐわいにも見えた。

「郷には入れば郷に従え」

能野先生は、少し冷たい口調で言う。

その言葉は。

確かに冷酷で。

残忍な意味を持っている。

それは私も知っている。

どんな暴力もその言葉の前には容認され。

どんな理不尽も正当化される。

間違っているとか正しいとか、そんな事はどうでも良いのである。

集団の中にある独自ルールを守る事が、命より大事。

そういう人間は多数いて。

そういう輩が、反ワクチン運動を起こして大量の子供を死なせたり。

水素水だのEM菌だの怪しいものを賛美したり。

ネットにトンデモ医療情報を載せたりして、それを真に受けたボスママが更に汚染を拡大させる。

だが、それは進化に逆行する行為だ。

ワクチンを作り出すのに、人間は多大な労力と、涙と犠牲を払ってきた。

病に対抗する術を編み出すために。

多くの偉人が人生を捧げてきた。

それらを無視して、集団に迎合することが。

それほど大事なのか。

能野先生は、別に熱い口調では無く。

冷め切った言葉でそう言う。

トンネルを抜けた。

ぞっとする。

周囲は、真っ暗だった。

指を鳴らす能野先生。

がちゃんと、音がして。

新幹線の前後の車両が、切り離されたようだった。

急速に。

だが、激しすぎない程度に、速度が落ちていく。

私は、もう生きた心地がせず。

ただ見ている事しか出来なかった。

「それは多様性を否定する言葉だ。 そして多様性はどうして必要だと思う」

「何かしらの災害が発生した場合、対応出来る個体を用意するためです」

「その通りだ。 一見役に立たないような性質を持っている個体が、大きな災害で生き残る事により、優位性を生じさせることはよくある。 人間という動物は、群れを成すことに重きを為しすぎた結果、それを自分から潰すような行動に出始めている。 故に、ちょっと剪定が必要だと判断してな」

不意にアナウンスが流れた。

そして、電車は。

というか、この車両だけが。

駅に止まった。

駅の名前は。

屠殺場、だった。

「丁度良い、見学していくと良いだろう」

能野先生の顔を。

もう怖くて見られなかった。

 

2、レミングス

 

駅に止まった車両。

薄暗い其処は。

何処かもよく分からない場所。

ただ分かっているのは。

血塗られていて。

とても不愉快な何かが蠢いている、と言う事だ。

駅のホームには。得体が知れない何者かがいる。

そして、車両の中にいた同級生達は。

皆、既になんかよく分からない肉塊と化していた。

ドアが開く。

そして、入ってきたのは。

大きな人型。

そうとしか形容しようがない存在だった。

「ノノ先生、今回の出荷分はこれかね」

「おう。 頼むよ」

「分かった。 では持ち出すとするよ」

きいきいと声がする。

同級生だった者達が上げている声だ。

何ら主体性を持たず。

地域の有力者の子女の言うままグループに入り。

保身にだけうつつを抜かしてきた者達。

その末路は。

肉塊だというのか。

蠢いている肉塊。

それには多数の目があり。

口や鼻も存在していた。

まるで、壊れた人間が。

昔のゲームの、出来損ないのポリゴンに埋め込まれたかのようだ。

うっと思わず口を押さえる。

それらには、好印象を一度も抱いたことは無いが。

それでも、同級生の面影があったからだ。

いずれ地域のボスママになっただろう二匹。

グループのボスであった富士と御館の二人は、一際大きな肉塊になっていた。

能野先生は言う。

「どっちも水素水ビジネスでどう稼ぐか、親に言い含められていたからねえ。 一際大きくなったものだねえ」

「どういうことですか」

「あの肉塊は、集団と、それに迎合する姿勢が強ければ強いほど大きく美味しくなるんだよ。 はっきりいうが、多様性を喪失した集団何てあっという間に瓦解する存在でしかないからね。 ならば、精々剪定するときに美味しくなるように太らせる。 これだけの事だよ」

ぞっとするほど。

冷酷な物言いだ。

私は思わず生唾を飲み込んだまま。

入り込んで来た人型達が。

リヤカーだったか一輪車だったかに肉塊を手際よく乗せて、「出荷」して行く様子を見ていた。

あれ。一人人間のままのがいる。

見ると担任だ。

寝たままだと思っていたのに。

いつのまにか起きていた。

まさか、あいつもグルなのか。

「これまた随分良く育ったもんだ。 相変わらず育てるのが上手いねえ、紗綾先生」

「何、どうせ「外の世界ではなかったことに」なるだけの事だからね。 此奴らの権力争いを見ているだけでいいんだから、むしろ楽な仕事だよ」

紗綾先生は此方を見たが。

私には気付いたようだけれど。

それだけだった。

何もしないと言う事は。

これを見ても。何もできないと判断しているか。

告発しても無駄だと知っているか。

どちらかなのだろう。

不意に、能野先生が私の腕を取った。

悲鳴が漏れそうになるが。

能野先生の握力は、まるで万力だった。

「別にあんたは出荷しないよ。 丁度良いから、出荷と加工の様子を見ていくといい」

「ひ……」

思わず小さな声が漏れるが。

作業はあまりにも機械的に行われて。

そしていつの間にか、車両から肉塊はいなくなっていた。

きいきいというあの豚のような声も。

聞こえなくなっていた。

集団の秩序を乱す。

それだけの理由で、私を迫害していた連中は。

集団としての価値しか無い。

その理由で、今剪定され。

そして運び出されようとしている。

様々な漫画だのアニメだので。

仲間だの何だのを免罪符にして。

それ以外の集団を徹底的に攻撃するシーンがあるが。

今私は。

その「仲間」ではないが故に、死を免れた。

駅に降り立つ。

働いている人型は。

いずれも何処かが人と違っていて。

怖くてとても見られなかった。

特に、汚れている服が怖い。

普通の汚れ方じゃない。

あからさまに、この世では無い場所にいて。それでついた汚れ。それが、一目で分かってしまう。

此処がとても薄暗くて。

月明かりしか差し込んでいないのに、だ。

きいきいと声を上げる肉塊達が。

トラックの荷台に詰め込まれる。

抵抗も出来ない。

というか、抵抗するという発想がないのだろう。

集団に特化しすぎるとああなる。

事実を見ようともせず。

集団内での独自ルールにだけ従って動いているから。

こういうときに、判断も出来なくなる。

あの時。

水素水入りの菓子とやらが運ばれて来たとき。

どれだけの子が、自分の意思であの菓子を食べたのだろう。

いや、意思なんて誰も持っていなかった。

ただ集団のルール通りに動いただけ。

その結果がこれだ。

私は必死に逃げようとするが。

能野先生は離してくれない。

というか、能野先生の顔が。いつの間にか、人間のものとは違うものになっているような気がする。

「正気を保っているか、えらいえらい」

「あ、貴方は何なの」

「この星は随分前から駄目になっていて、管理を委託されているんだよ。 私はその管理者の一人。 まあ下っ端だけれどね。 こういうあまりにも独自ルールを強めすぎた集団を剪定して、人類に柔軟性を取り戻すように仕事をしているの。 剪定した後のお肉は、よその星に輸出するんだよ」

輸出。

肉。

トラックが走り始める。

能野先生が飛んだ。

肩が普通だったら抜ける筈だけれど。

抜けずに、私も一緒に飛んでいた。

気付く。

空にあまりにも大きな月。

辺りには乾ききった大地。

泥のように黒く。

そして木さえ生えていない。

点々としているのは何だろう。

家の残骸だろうか。

まさか、これが。

本当の現在の地球なのか。

「鋭いねえ。 その通り」

心まで読まれたのか。

もう、怖くて言葉も出ない。

ほどなく、何か見えてきた。

それは何か、ドーム状の半透明の建物。

中では、何かが動いていたが。

行っている事は分かった。

トラックが横付けし。

肉塊を運び出し始める。

肉塊はどれも抵抗しない。

人間では無い何かは。とても気さくに話をしているようだった。

「良い肉だねえ。 だけれど、現実世界においておくと、害になるだけだねえ」

「今回の生き残りは?」

「其処の子だけだよ」

「ああ、ノノさんが連れている。 あの人、いつも生き残りを連れてくるねえ」

からからと笑う何か得体が知れないもの。

震えている私は。

連れて行かれる。

まず肉塊は、高圧洗浄され。

汚れを落とされる。

「家畜だと、色々やったとしめるんだけれどね。 方法は薬を使ったり色々なんだけれど、この状態の剪定した肉は、そういう作業が必要なくていい」

「……どうして」

「ん?」

「どうしてこんな光景を見せるんですか?」

フックが肉塊に突き刺さる。

悲鳴さえ上げず。

きいきいと鳴きながら、運ばれて行く肉塊。

やがて先にあるのはミンチマシンだ。

肉塊は次々に放り込まれていく。

「アレを見てどう思う」

「人殺し……」

「違うね。 放置しておいたら、あの肉達が、多様性に対してああいうことをしていたんだよ」

能野先生は見ろという。

クラスメイトだった肉塊が。

全てミンチマシンに放り込まれていく。

やがて全員がミンチマシンに消え。

原型を無くした肉塊は。

加工され。

成形肉になって行った。

「数の補充はしっかりやっておくようにね」

「分かっていますよー。 惑星保護条約に従って、しっかりやっておきます」

「よろしくー」

声を掛けながら、作業は行われている。

衛生的で。

安全な職場だ。

見ると、作業員の安全を考えた、幾つもの設備が整っている。

これが人間の成れの果てを加工する場所で無ければ。

見入ってしまうほどだ。

ほどなく。

何か良く分からないパックにされた完成品が。

積み上げられていった。

「不良品チェック」

「非破壊検査実施。 内容物問題なし」

「栄養価充分。 輸出実施OK」

「OK」

声を掛け合っている人影を見る。

見てしまう。

それは、いずれもが、人間とはとても思えず。

薄暗い世界の中。

蠢いている、無数の「何か」としか言いようが無かった。

「さて、帰ろうか」

言葉も無い。

私は、青ざめて。

もう、何も喋る事が出来なかった。

 

3、事実

 

気付くと、新幹線に乗っていた。

目的地はもう少し。

同級生は一人もいない。

それはそうだ。

私の学校には。

今、「私しか」いないのだから。

経緯は全て覚えている。

代わりに多数の人間が、何処かで補充されているのだろう。

側に立っている能野先生は。

湿った笑みを、誰も座っていない席に向けていた。

「私達は呼ばれた」

「……」

アブラムシの話をされる。

害虫として有名なアブラムシだが。

数が増えすぎると、天敵を自ら呼ぶ習性がある。

そして天敵に間引いて貰うのだ。

アブラムシは蟻に自分を護衛させる一方で。

そういった自壊作用も持っている。

全てのアブラムシがやるわけではないのだが。

そういった行動を取ることをする種族もいるのだ。

「私達を呼んだのはこの星そのものだ。 現在見えている光景は、実際には再生中の土地でね。 本当は……」

「核でも撃ちあったんですか」

「そんな生やさしいものだったらまだ良かったんだけれどね。 実際には呼ばれて来たときにはほぼ手遅れ状態だったのさ」

肩をすくめる能野先生。

車内販売が来るが。

普通のものしか売っていない。

だが、通り過ぎる時。

冷や汗がずっと流れ続けていた。

「現実は、どうなっているんですか」

「んー、もうちょっと大人になったら見ると良い。 いずれにしても、今は自分が生き残ったことを、喜ぶべきだろうね」

「……」

「多様性を自ら潰す生物に未来はないよ。 覚えておくことだね」

能野先生が自席に戻る。

喧しかった豚のような同級生達はもういない。

あの本当の世界で。

肉にされて出荷されてしまった。

いや、アレは本当にそうなのか。

ひょっとすると、私もあのような姿をしているのでは無いのだろうか。

あの働いていた人ならざる者達の言葉を理解出来たのは何故だ。

あれは、ひょっとして。

生唾を飲み込んだ後、窓の外を見る。

やがて東京に入る。

その後は、一人だけしかいない紗綾先生に引率されて。軽く観光して修学旅行は終わりだ。

だが、私は知っている。

その後、きっとこの色々な色がある世界はなくなり。

現実で私は目覚める。

その時に私は、きっとあの恐ろしい者達と同じ姿をしていて。

剪定された肉を加工したり。

或いは、あの真っ暗な世界になってしまっているこの世を。

直していかなければならないのだろう。

いや、そもそもだ。

本当に私は人間なのか。

新幹線が停車する。

先生の引率で降りる。

世界でも最大級のメガロポリス。

東京。

だが、此処は。

本当に存在しているのだろうか。

今の私は、全てを信じられない。

あの見せられた光景は、とても嘘だとは思えない。

水素水の宣伝をしている。

あれは多分、バカ発見器として売っているのだろう。

前は、バカだなあと思っていたが。

その真意を悟ってしまった今。

むしろ恐怖しか感じなかった。

何が水素水だ。

ちょっと考えれば、そんなものがインチキだと一発で分かるのに。「回りがそうだから」「テレビで言っていたから」「グループで流行っているから」そんな理由で思考停止して、その結果がアレだ。

はっきり言って死んだ連中には微塵も同意できないが。

一方で私も自信はあまりない。

今後、もしも自分とあまりに違う存在が現れたとして。

受け入れられるのだろうか。

多様性を失った生物に未来は無い。

そう能野先生は言っていた。

あの人は管理する立場なのだとも分かった。

だとしたら。

震えが止まらない。

引率を受けて、東京の名所を回る。

だがその間。

とてもではないが、生きた心地はしなかった。

 

目が覚める。

高校を卒業して、大学も出て。

そして次の年だ。

手を見る。

まるで枯れ木のような手だ。

鏡は見たくない。

きっと、あの時見たような姿をしているのだから。

でも、慣れていかなければならない。

培養槽から出た私は。

慣れない重力に苦労しながら歩き。

そして外に出た。

枯れ果てた大地。

腐り果てた土地。

空は真っ暗。

巨大な月。

いや、知識が流れ込んでくる。

アレはもはや生物が生存できなくなったこの星をハビタブルゾーンに引き戻すために打ち上げられた人工太陽。

そして私は。

人類の成れの果ての一人。

これから、私は。

この星を再生していかなければならない。

トラックが来て止まる。

顔を出したのは。

形容しがたい存在だった。

人のようだけれど。

顔の部分には腕がたくさん生えていて。

掌にはそれぞれ目や口がついていた。

「西川薊さんだね」

「はい」

「迎えに来ましたよ。 仕事は幾つかの中から選ぶ事が出来ますが、どの職場も貴方を望んでいます。 適性に合わせて仕事を選ぶのが現在のあり方です」

振り向く。

小さな卵状のカプセルがたくさんあった。

そうか、あれらで人間の成れの果てが育てられているのか。

そしてこの星に多様性を取り戻すため。

多様性を肯定できる個体だけを育成し。

出来ない者は肉にして出荷しているのか。

そう思ったのを読まれたのか。

目の前にいる相手に、苦笑される。

「残念ながら違いますよ。 恐らく例の出荷の行程を見たのでしょうが、あれはあくまで「精神」の剪定です。 人間は多様性を途中から否定するようになり、その結果で滅びました。 それ故に、精神を仮想世界で育て、多様性をもてない存在は一旦リセットします」

あの肉は、その過程で使われる「乗り物」に過ぎず。

人間の精神は肉体が無いと育てないため。

適当に作られた乗り物なのだという。

ただし肉体も精神に影響を受け。

多様性を否定し。

集団の論理を強制する肉体は。

ああなってしまうのだとか。

「さ、急いでください。 人材は幾らでも必要です。 仕事が合わないと判断したら、いつでも変えてくれて大丈夫ですからね」

優しい言葉だ。

既に滅びた地球では。

人間が一番多かったときの地球よりも。

優しい言葉が行き交っていた。

 

(終)