白剣閃く

 

序、刈り取るもの

 

面倒くさいが、今年も行くしかない。

配達センターで、私は腰を上げる。

サンタクロースは幸せ者だ。

みんなに好かれるし。

何よりも、子供達に夢を配っている。

あれは実際には、オモチャやら何やらを配っているのではない。人々に夢を配るという仕事をしているのだ。

だから明らかにおかしな国でも普及した。

人気が出るわけである。

誰だって夢はみたい。

それに便乗して、色々な人間が商売に使い始め。

巨大なビジネスが形成された、というだけである。

私のいる職場の外に出ると、其処は一面の白い世界。雪では無い。白いのは、雲だ。

此処は空の上の世界。

そして私は。

神格と呼ばれる存在。

サンタクロースと同じである。

元が聖ニコラウスとか呼ばれていたサンタクロースは、もう色々と変化を遂げすぎて、元の姿がまったく残っていないけれど。

私は違う。

単純であるが故に。

形は変わらない。

外には、無数の出かけるための乗り物。

サンタはたくさんの亜種がいるので、今日は大忙しだ。

私は毎日満遍なく仕事がある。

だから、サンタと違って。

専用の乗り物もない。

白い敷地を歩いて行って、辿り着くのは「外側の」駐車場。其処では、専用の神格が、切符を切るため待っている。

レンタカーがたくさん並んでいるのだ。

つまりここは。

自分の車をもてない神格のための場所。

嫌われ者だったり。

マイナーだったり。

或いはもっと何かしら別の理由があったりする神のための場所だ。

私が不機嫌な顔でパスを見せると。

黒スーツをぴっちり着こなして。サングラスをつけた駐車場係が、整理券を渡してくる。今日は、色々な神格が出て行く。

その中には、私の嫌いな奴も。

好きな奴もいるし。

此処を利用するマイナーな神もいる。

駐車場の中で、別の神に会う。

私と同じ。

この駐車場を使わざるを得ない神だ。

事情は少し違うが。

「やあや今日も仕事かね。 それだけまめに働いているのに、嫌われるというのもまた大変だねえ」

「五月蠅いクソ爺」

私は口が悪い。

すらっと背が高いせいで、容姿は恵まれているらしいのだけれど。あんまり実感はないし。

神には基本的に人間が影響を与えるから。

自由も何も無い。

私はその神格に合わせて、人間が想定している性格が与えられているので。こう口も悪くなる。

向こうもそれは理解しているので。

適当に相づちをうって、それぞれの車に向かう。

さて、今日の車は。

なんと馬車だ。

蒸気自動車とかが当たれば良い方。

酷いときはこういうのが来る。

車でも、クラシックカーと呼ばれる奴が出てくる場合も多い。

オート三輪が廻ってくれば、まだマシな方というのが悲しい真実。それが、神々の格差社会だ。

どうして車かというと。

人間が想像する移動手段だから、である。

だから別に馬は神の馬でも何でもなく。

ただ空を飛ぶ移動装置の動力。

それ以外でも何でもない。

嘆息すると、二頭立ての幌馬車に乗り込んで、命令する。

「とっとといけ」

私は嫌われものの神。

クリスマスとか呼ばれる日から。

新しい年が始まる日まで。

かなり忙しい。

理由は簡単。

この時期、死ぬ人間がとても多いから。

その大半は、生まれてくることさえ出来ない命。

私と同じ仕事をしている神も他にたくさんいる。

そいつが、さっきの爺だ。

とはいっても、爺は文字通り骨の姿をして、手には鎌を持っていたが。

私の場合は、すらっと背が高い、鎧姿。

昔、北欧で。

ワルキューレと呼ばれていた存在。

昔は、戦死者限定で迎えに行っていたが。

世界の人間が増えすぎてしまった今は。

もはや戦死者も何も関係無く。

死んだ人間。

いや、命数を使い果たした人間を。

片っ端から迎えに行く仕事をするようになっていた。

青く輝く鎧は。

昔は戦死した勇者を感動させた。

俺はワルキューレの迎えを受ける名誉を受けた。そう、どの戦士も、死に際に喜びの表情を浮かべていた。

適当極まりない北欧神話だから、ワルキューレの設定もいい加減。

どの戦士も適当に自分好みな姿を想像していて。

その総合的な結末が、この鎧姿だ。

昔は自分だけで空を飛んだり。

或いは車にしても、猫の車を使ったりした頃もあったっけ。

今は、ワルキューレというのは、既に信仰から外れてしまった存在。

他の生きている信仰の手助けをして。

こうして、命数を使い果たした人間を迎えに行く。

それは当然。

生まれる前に命数を使い果たした人間も含んでいる。

だから、この時期はとても忙しいのだ。

馬車で出動する私を。

サンタクロースどもが追い越していく。

数だけで数千はいるかも知れない。

どいつもこいつも、自分の車を持っているので腹が立つ。

まあ怒っていても仕方が無い。

兎に角今は。

ただ、仕事に向かうだけだ。

 

1、孤独死

 

最初の仕事を見る。

神々の世界も、色々あるのだろうけれど。此処の役所は、花形と窓際で明確に別れている。

私のような既に信仰を失った神々はヘルプで窓際。

未だに熱烈に信仰されている神々は、花形。

待遇も明確に違っている。

なお、サンタ達にはスマホ型デバイスが支給されているが。

我々は紙のメモ帳である。

其処に毎日文字が転送されてくる。

無駄にハイテクなので。

この辺りは笑いがこみ上げてくるところでもあるのだけれど。まあ、そうも言ってはいられないか。

今日だけで五十件ほど見て回らなければならないのだが。

それも、全てこの馬車でいかなければならない。

死神というのは難儀だ。

何しろ、命数を使い果たした人間を迎えに行くだけなのに嫌われる。

ワルキューレはむしろ幸運な方だが。

それでも信仰を貶められ。

首を落とされたりしているから。

まあ、察しという所である。

馬車が止まる。

実際には馬車の形をした移動車両だから、どうでもいい。降り立ったのは、マンションの一室。

私は神なので。

ドアからすっと。そのまま中にはいることが出来る。

勿論物理法則は無視して、である。

ただし、これには色々制限があって。

私の場合は、ドアからでないと入れない。

これは昔は、戦士を迎えに行く存在だった、という理由から。

一種の呪術的な意味で。

正々堂々と戦った勇者を迎えに行っていた、という属性が今も生きているのだ。青いこの鎧は、後世の西洋圏のプレートメールを意識していて、当時北欧で主流だった鎧とは似ても似つかないし。

そもそも私自身、当時の北欧の主要構成民であるノルマン系とは似ても似つかない。

信仰が歪んだ結果である。

家に入ると。

其処では、まだ綺麗な死体が、突っ伏していた。

そしてその上には。

呆然と自分の死体を見下ろしている奴がいた。

「西山紀秋だな」

「あんたは」

「死神だ」

明確に狼狽する死者。

様子からして、起きだして、寒暖差に心臓麻痺を起こしたのだろう。やせこけている様子からして。

状態としては過労死に近い。

この国では、ブラック企業という奴隷労働形態が大流行しているが。

それの犠牲者というわけだ。

「お、俺は仕事に行かないと」

「もう行かなくて良いんだよ」

「でも、引き継ぎが」

「死んだのに引き継ぎも何もあるか。 そもそも部下を使い殺しにしているような職場に、其処まで義理立てする必要なんてないね」

はっきり言い切ると。

私はすっぱりと。

現世とのつながりを、青く輝く神の剣で切り裂く。

そうすると、そいつは。

自我を失って。ぐったりした。

後は、形を変えて。

球形にし。

腰に付けている袋に入れる。

これで一人終了。

次だ。

私は仕事上、毎日出ているのだけれど。

最近、この職場の担当地域では、この過労死による死者が激増している。しかしながら、実際には警察やら何やらが過労死としては認めていないケースも多いようで。実際の数字とかなり統計上の数字が乖離しているらしい。

あの世の職場で聞かされた話だ。

さて、此処はおしまい。

定職に就いていた人間だ。

しかも過労死するような職場にいた奴である。

無断欠勤が続けば、すぐに死体も発見されるだろう。

それにしても、此奴。

いや、此奴に限らず、過労死するために生まれてきたような仕事をしている人間は。見ていて気の毒になってくる。

何のために生まれてきたのか。

さっぱり分からない。

こんな死に方をして。

子孫も残さず。

社会にも貢献せず。

これでは犬死にでは無いか。

勿論、北欧の戦場が良かったなどと言うつもりはないけれど。

これでは何の意味がある命だったのか。

命数とは何だったのか。

私にもよく分からない。

さて、外の空中に浮かんでいる馬車に戻ると。

次の仕事に行く。

メモに記載されている家は、このすぐ近くだ。

過労死した人間が結構多いな。

それは仕方が無い。

今の時代、シフトとやらで、24時間関係無く働かせるケースが多い。そのシフトで仕事をさせる場合。

年始も年末も関係無いどころか。

むしろ年始も年末も更に忙しくなる。

過労死する奴が出るのも当然か。

さて、次だ。

次は、更にわびしいアパート。

家に入ると、目を細める。

これは、一酸化炭素か。

神である私には全く関係ないけれど。

フトンでそのまま死んでいる自分を見下ろして、呆然としている奴。さっき以上にやせこけて、酷い無精髭だらけだった。

側には、つけたままの石油ストーブ。

なるほど。

多分、寝る時にストーブをつけたままにして。

換気もしていなかった。

しかも、明らかにおかしな構造の小さなアパート。

換気も充分では無かったのだろう。

結果起きたのは、一酸化炭素中毒。

人間は空気が変わると簡単に死ぬ。それを証明したような状態だ。

これも、多分過労死とはカウントされないのだろう。

普段だったら気付くような状況も、気付けないくらい疲れ果てていて。その結果の死。しかも、こんなやせこけるような働き方をしたのに。このアパートで、この貧乏生活である。

「何だ、あんた。 その鎧姿……」

「私は死神だ。 前田小路だな」

「そうだけれど、死神って何だよそれ……まだ納期分の開発が終わってないんだよ……出社しないと、また会議室で、散々どやされるんだよ……!」

「ふうん」

調べて見る。

どうやら此奴、システム開発で仕事をしていたらしいのだが。

毎日のように代わる「仕様」のせいでいっこうに仕事が終わらず。

納期は永久に続くという砂地獄のような仕事場で。

悪夢のような仕事を続けていたらしい。

結果がこれだ。

しかも、上司達は毎日怒鳴り散らすばかりで何ら有効な対抗手段を打てず。そして此奴は。

無駄死にした。

犬死にである。

溜息が出る。

「さっさと行くぞ。 この時期はな、特にお前みたいな死に方をする奴が多いんだ」

「待ってくれよ! ただでさえ炎上してて、収まりがつかない案件なんだ! 俺がいないと、どうにも……」

「お前が仮に今日生きて出勤していても、どうにもならなかっただろうよ」

絶句した死者。

私はまた剣を抜くと。

この世との縁を絶ちきった。

死者と死体の間に結ばれているケースが昔は多かった縁だが。今は、会社と死者の間に結ばれているようなケースが多い。

そしてその縁は。

性質によって色が違う。

昔は美しい色をしていたが。

今は大体どす黒い。

此奴も、もう少し私が来るのが遅れていたら、真っ黒な縁に引きずられて、それこそ怨念の塊になり果てていただろう。

「さて、次か」

今日だけで五十人。

私の担当地域だけで、である。

これは人材が枯渇するのも当たり前か。

私は苦笑いしながら。

次の仕事場に向かう。

馬車は淡々と行く。

死者の境遇に同情はするが、私はもう信仰を失った神。信仰があった頃は、それはもてはやされたこともあったけれど。

その頃から、毎日のように設定が変わって。

人間の勝手さにはうんざりさせられた。

どうしてかは分からないけれど。

この地区では私は人気がある。

ただし何故か別地方の言葉によるヴァルキリーという呼び方の方が定着しているようなので。

個人的にはそれはそれで困っている。

次に到着。

今度は、キラキラ瞬いている店だ。

ネットカフェとか言う奴か。

中に入ると、露骨に不衛生な環境で。

しかも、簡易の宿泊施設としても使われているようだった。

明らかにカタギでない人間も利用している。

まあ私にはどうでも良いことだが。

神である私を見ることが出来る人間は、もう随分と長い間遭遇していない。死んでからで無いと、私を見ることが出来ない存在に、人間は成り下がったのだ。

人間は技術だけ進歩したが。

生物として進歩はしていない。

むしろ精神という点では。

退化しているかも知れない。

奧で見つける。

個室の中で、冷たくなっている死体。貸し出されたのか、それとも持ち歩いていたのか。薄いタオルケットを巻いて。

その中で、死んでいた。

これも過労死だ。

脳溢血である。

高ストレスが掛かって、それに脳が耐えられなくなったのだ。死んでから随分と断っているが。

狭い個室の隅には。

死者が、呆然と立ち尽くして。

完全に真っ白になった自分の死体の顔を見ていた。

否。

この様子だと、生前から死人同然の有様だったのだろう。

「有田幸光だな」

「そうだけれど……」

「死神だ」

さっと経歴を見る。

此奴は外食関係で仕事をしていたらしい。

今、この地域では、IT関係というのと、外食関係というのが、過労死の双璧なのだけれども。

さっきは連続でIT関係。

今度は外食関係か。

要するに食堂関連の仕事なのだけれども。

名ばかりの名誉職につけ。

死ぬまでこき使うというスタイルで、安値を実現している。その結果、異常な時間の労働が行われ。

家にも帰れず。

こうして死んでいく者が出るのだ。

「大半が捨てられる料理を造り続けて、そしてこんな所で死ぬ、か。 哀れだが、そのままだとこの世に害を為す事になる。 行くぞ」

「……」

「どうした」

「あんた、死神なんだろ。 あの店の会長、いつ死ぬか分からないか」

まあ、それくらいなら良いだろう。

その会長とやら。

ワーミというチェーン店のオーナーだが。

80を超えて健在。

まだ五年は生きる。

ただし、死に際は悲惨だ。

具体的な内容を、此奴に教える事は出来ないけれど。

「そうか、悲惨に死ぬのか」

「そうだ」

「なら満足だ。 好きにしてくれ」

此奴の縁もどす黒い。

私は剣を抜くと。

一息に切り裂いていた。

 

2、寒空の下で

 

黙々と仕事をこなしていく。

過労死した人間ばかりだったが。

この全員が、実際には過労死認定されないらしい。移動中に手帳を見ると、そう書かれていた。

アホらしい。

何でも過労死とか、労働に関する法とかを取り締まっている国の機関が、金を掴まされたり、真面目に仕事をしていなかったりで。

過労死による死者を大量に出させているような企業ばかり、目こぼししているそうである。

まあどうでもいい。

私は神で。

仕事をするだけだ。

人間の世界に干渉はしない。

勝手に滅び。

勝手に生きろ。

信仰を失った私は、干渉するつもりもないし。

神として降臨して、それで何ができるというのか。何もできない。

随分前から、ヘルプでの死神をこなし続けて。

すっかり私は心が渇ききった。

次の仕事。

小さな家だ。

一応一軒家だが。手帳を見ると、死んだ人間はまだ九歳である。

嘆息すると、玄関から入る。

同時に、凄まじいゴミの山が目に入ってきた。

家には誰もいない。

化粧台の周辺だけは綺麗に片付いているが。

それだけ。

ベランダに出ると。

其処には、小さなボロ切れのような死体。

九歳とは思えないほど体が小さい。

余程栄養状態が悪かったのだろう。

側には、膝を抱えた。

目の下に隈を作った、子供の死人がいた。

一応この地域でのヘルプをこなすようになってから、言葉は全て習得したが。それでもこの名前には困惑した。

「藤木……ええと、これはアースでいいのか? 大地と書いてアースと読むのか。 お前は藤木アースだな」

「誰?」

「迎えに来た」

「ママは?」

手帳を見ると。

どうやら男と遊びに行ったらしい。

いわゆるホストで。

そいつに稼ぎとかをごっそりつぎ込んでいる様子だった。

この子供は、別れた夫との子供。

ホストにはまってから。

完全に愛情も失せたらしい。

そして放置して、こうやって凍死させた、と言うわけだ。

まあ、子供にこんな名前をつける親だ。

その愛情も知れている、という事か。

「ママはお前に飽きたようだ」

「あの男の人の所に行ったの?」

「そうだ」

「あの男の人嫌い」

そうだろう。

この子くらいになると、親を憎めるようになってくる。もう少し幼い頃だったら、それでも親を憎めないのだが。

恐らく、親を嫌いになるのにも、そう時間は掛からなかっただろう。

「あの男の人、死ぬの?」

「どれ」

調べて見ると。

どうやら痴情のもつれで、二ヶ月後に滅多刺しにされて、ドブに捨てられて死ぬようだ。まあ自業自得である。

それを告げてやると。

アースは壮絶な笑みを浮かべた。

九歳児とは思えないほどの。

「じゃあもういいや。 ママなんて大嫌いだし、好きなようにしていいよ」

「そうか。 来世はマシだといいな」

「……」

即座に縁を切る。

この子の縁も。

やはり真っ黒だった。

 

馬車が止まったのは、今度は公園である。

寒空の下。

点々と青いテントが見える。

なるほど、ホームレスか。

この時期、ホームレスは一番辛い時期だ。兎に角乗り切るのが大変である。

昔は、いわゆるならず者が、こういう社会の最弱者を痛めつけるのを楽しんでいて、一種のブームになっていた時期があったが。

今はそれが無くなった代わりに。

非常に社会そのものも冷淡になった。

否。

もはや構う余裕が無くなったのだ。

しかもこの地区は、近年異常気象に悩まされている。夏は暑すぎて、冬は寒すぎる。

そして昔、善意で行われていたボランティアには。

悪意が宿り。

今は完全に悪徳業者が蔓延るようになっていた。

小さなテントの中に入る。

毛布にくるまって死んでいるのは。

小柄な中年男性だった。

呆然とそれを見下ろしているのは。

完全に気力を失ったらしい、中年男性である。

「秋田日襟だな」

「あんた、何だそれ、コスプレって奴か」

「違う。 死神だ」

「何だよ、死神なんているわけが」

顎で死体をしゃくって見せる。

それで取り乱すかと思えば。

ホームレスの男性は、がっくりと項垂れたようだった。

本当だったら、凄まじい異臭がしていただろうけれど。

神である私にはあまり関係がない。

さっと見てみる。

此奴も、現在の奴隷労働制の犠牲者だ。

そして耐えられなくなって逃げ出した。

だが。

現在では、社会保障は極めて手薄い。

死ぬと思い、会社を逃げ出したこの男に。

社会は極めて冷淡だった。

あっという間に失業保険は尽き。

アパートをたたき出され。

ホームレスに転落するまで、半年と掛からず。

そして今。

命は尽きた。

「そうか。 やっぱり、俺、死んだんだ」

「理解が早くて何より」

「なあ、死神さんよ。 俺、少しはマシな来世に行きたいな」

「そんなものはない。 私は長い間世界を見てきたが、基本的にどの地区もどの時代も、世界は地獄だ。 人間という生き物そのものが欠陥品だということだ」

がっくり項垂れるホームレス。

私は剣を抜き。

縁を絶ちきった。

とはいっても、このホームレス。

縁は自分の死体につながっていて。

それは珍しく無色透明。

つまり、である。

もう、生きる気力そのものが尽きていた。

肉体が死ぬ前に。

とっくの昔に、精神が死んでいた、という事である。

まあ、これでは仕方が無い。

会社に殺されるか。

寒空に殺されるか。

二択だったのだ。

そしてホームレスは。

寒空に殺される事を選んだ。

 

馬車が止まったのは、人間が使う電車の駅。

駅の屋根を突き抜けて降り立った馬車は。

ホームと呼ばれる場所で停止。

私は降り立つと。

止まっている電車と。

飛び交う怒号の中。

線路に降り立った。

既に現場検証が始まっている。

辺りには、木っ端みじんに飛び散った人間の死体。戦場で死んだ人間は山ほど見たが。大砲の直撃を受けても、此処まで悲惨にはならない。

ちなみにこの状態のことを。

業界用語でマグロというそうだ。

マグロの叩きという料理があって。

それに似た状態になるから、だそうである。

この地域の人間はだじゃれが大好きだが。

真っ黒なだじゃれである。

ちなみに私に取ってはそれこそどうでもいい。

そもそも神の食糧は信仰心。

信仰を失った私は。

死神のヘルプをしながら、クリスマスやバレンタインといった曖昧模糊な「信仰的なもの」の欠片を食して、日々をつないでいるのだから。

電車に飛び込んだ男性は。

真っ青な顔で。

線路を見つめていた。

此処まで酷い事になるとは思わなかったのだろう。

周囲の怒号も酷い。

「迷惑を考えろクズ!」

「死ぬならよそでやれ!」

ぎゃあぎゃあ騒いでいる連中。

だがそいつらも知っている。

明日は我が身だと言う事を。

だから恐怖で騒いでいるのだ。

「市田啓介だな」

「……その非常識な格好、何かのイベント帰り?」

「違う。 私は死神だ」

「そうか……」

調べて見る。

此奴は労働のしすぎと言うよりも。いわゆる上司からのパワハラが限界で、耐えられなくなったタイプのようだった。

連日無茶苦茶な仕事を押しつけられ。

達成できなければ怒鳴られる。

難癖をつけられては怒鳴られる。

一日中怒鳴られている事もあった。

会社には一時間前に出勤することを強要され。

周囲の誰も助けることは無かった。

当然だ。

下手に目をつけられたら、自分が次にやられると、知っていたからである。

もっとも、此奴が死んだ今。

ターゲットは既に別の人間に移ろうとしているだろうが。

精神が限界に来ると。

吸い寄せられるように、死を選ぶケースがある。

電車の柵は、そういうケースは防げる。

しかし、本気で死のうとしている相手は止めようがない。

転職の厳しさ。

徹底的に破壊された精神。

その二つが、この男性を死に追い込んだのだ。

ホームにあった柵を乗り越えて電車に飛び込んだ男性は。

望み通り木っ端みじんになった。

「自殺すると、地獄に落ちるって、本当なのか」

「嘘だ。 そもそも天国も地獄も存在しない」

「神様はいるのに?」

「天国も地獄も、社会を維持するために造り出された都合が良い幻想だ。 死んだらみんなそれまでだ。 我々神だって、信仰を完全に失えば消滅する。 万事に「永遠」なんて存在しないんだよ」

剣を抜く。

男性の縁は。

木っ端みじんになった死体につながっていたから。

彼方此方に伸びていた。

その縁は真っ赤で。

既に死を覚悟していたことは、確実だった。

しかもどす黒い赤。

戦場に、何かを守るために出向いた死者は。美しい赤をしているケースもあったが。それは結局自己満足の美しさでもあった。

縁を切り裂く。

この世に救いなど。

存在しない。

 

馬車が止まる。

今日最後の迎えだ。

小さな繁華街の路地裏。

其処で、壁にもたれるようにして、息絶えているのは。まだ十代の女性だった。手にしているのは、アルコールの缶。

それもこの地域で、最近流行だした。

強烈に酔うと噂の奴である。

ストロング何とかとか言ったか。

そういえば、私は信仰が存在していた時代は、宴会に毎晩出る事を強要されていたし。酔っ払いの相手もさせられていた「設定」になっていた。

まあどうでもいい。

それにしても、この年で飲酒。

そして寒空の下で凍死か。

確かこの年での飲酒は法で禁止されているはずだが。

そんなものは、完全に無視されている、という事なのだろう。

私が側に立つと。

結構顔立ちが整った(この地区の、この時代の基準で)女性が、顔を上げる。

死体は、みすぼらしい服装なのに。

死者は、きらびやかな服装をしていた。

見た事がある。

この地区限定の職業である、アイドルという奴か。

それもプロでは無い。

地下アイドルと言う奴だろう。

「相沢桜花だな」

「何あんた。 何が起きてるの」

「お前は死んだ。 私は迎えに着た死神だ」

取り乱すかと思ったが。

意外にも、地下アイドルは冷静だった。

そうかと言うと。

天を仰ぐ。

「何でもやったんだけどなあ。 メジャーデビューどころか、こんな所で凍死で終わりか……」

「ほう」

「学校帰りにね、どっかの芸能事務所のプロデューサーとか言うのが来てね。 声を掛けてきたの。 アイドルやってみないかって。 大喜びでついていったんだけれど、そうしたらさ……」

最初の一年は給料が出ない。

勉強用に金も貰う。

そういう契約書に、無理矢理ハンコを押させられたという。

無茶苦茶だが。

確か私も聞いたことがある。

地下アイドルとか言う職業は、元々非常に悲惨な状況で。あらゆる意味で目立ちたいという理由だけで其処に行くと地獄を見るという。

目立ちたい。

それは分かる。

どんな手を使ってでも、他とは別になりたい。

それも良く分かる。

だがそれを利用しようとして、舌なめずりしている奴らがいる。

忘れてはならないのはそれだ。

ライブやらで、歌ったり踊ったり。

一応客は来てくれたけれど。

どんどん過激なパフォーマンスを要求されるようになった。

枕家業もさせられ。

最終的には、酒も薬も「接待」でやらされた。

学校も行けなくなった。

体が無茶苦茶になっているのは分かっていた。

両親からも勘当された。

だけれども、それが故に。

もはや引けなくなっていた。

接待の帰り道。

完全に酔って、道に迷って。

そして酒を手に、路地で倒れて。

強い酒だった。

酒には弱かったのに。飲んでいる間は全てを忘れられた。だから、いつの間にか完全に中毒になっていた。

そしてこの終わり。

気の毒と言えば気の毒だ。

「何か願いはあるか」

「あのプロデューサー殺したい」

「放っておいてもいずれ死ぬ」

「今殺したい」

調べて見る。

どうやら、暴力団の下部組織の構成員のようだ。いわゆるフロント企業、と言う奴である。

ちなみに後一年ほど生きる。

好き勝手をしている間に、「商品」に手をつけて。

その結果、コンクリ詰めにされて東京湾に捨てられるようだ。

それを聞くと。

凄絶な笑みを浮かべる地下アイドル。

「そっか。 それは良かった」

私は頷くと。

縁を、剣で断ち切った。

 

3、明日のない空

 

一度職場に戻り、回収した魂を預ける。

全部回収完了。

幾つかの書類作業をした後。

今日の仕事は終わりだ。

窓際部署でも。

私は働きが良いから、そこそこ給料。つまり分け与えられる信仰心の量は多い。なお、預けた魂がどうなるかは知らない。

天国も地獄もないのは事実だが。

魂が何処へ行くか、私のような下っ端の神は知らないのだ。

作業が終わったので、今日は帰り。

タイムカードを押して、職場を出る。

なお、自宅へは歩く。

雲の上の世界は、何カ所かにワープゲートが設置されていて。

それぞれの神の住処へ行けるようになっている。

高位の神は自宅を持っているケースがあるが。

私のようなのは団地である。

それも、ハニカム構造の奴だ。

神は自分の娯楽を必要としない。

ハニカム構造の中に入ると。

後は寝る。

次の仕事に備えて、信仰心を吸収するのである。

完全に信仰が死んだ神は、寝ているときに、どんどん弱っていく。信仰が死んでも、知名度がある神は、ある程度ヘルプとして重宝もされる。だからエサとなる信仰心を貰って、ある程度力を取り戻せる。

しかし、そのバランスが崩れると、最終的に死ぬ。

私は得ている信仰心の方が、失う力よりも多い。仕事を真面目にやっている故だ。

他の神も概ね似たような状況。

北欧の神だと、オーディンやトールは、こういったヘルプの仕事で、彼方此方にかり出されているようだが。

私はもう信仰からしてグダグダなので。

何故か人気がある地区で、死神のヘルプをしている、と言うわけだ。

寝るのに寝具は使わないし。

パジャマを着ることもない。

神はその姿で神。

だから立ったまま寝る奴もいる。

私も鎧姿で寝る。

それだけである。

目が覚める。

今日も仕事か。

多分、今日も五十件くらいあるだろう。そう思って、職場に出る。周囲には、ぞろぞろと、私のような名前だけ知られていて、信仰が死んだ神。

この地域では、信仰が死んでいても、名前だけ知られている神の受け口が整っているので。

私の同類は結構いる。

職場に出て、メモ帳を確認。

今日は四十七人か。

やはりこの時期は私の担当する死者が多い。

私は、メジャーな死神がやりたがらないような死者を担当させられることが多いのだが、それは窓際の宿命だ。

駐車場に行く。

なんと今日はオート三輪である。

当たりだ。

切符を配っている黒スーツは、にやりとしていた。

結構良い車だな、という意味である。

私もこれくらいなら満足。

ちなみに、運転は不要。

仕事場まで、勝手に車は移動してくれるからである。

つまり。

趣味の問題だ。

最初の仕事場に到着。

会社だ。

しかも既に仕事をしているビル。

救急車が到着していて。

そして、警察も来ていたが。とても真面目に捜査をしているとは思えなかった。

顔を上げて、会社の看板を見ると納得。

この国有数の大企業である。

多分マスコミも殆ど報じないだろう。

堂々と玄関から入る。

というか、玄関からでないと入れない。

私はそういうルールの下動いている。

神というのは、結構不便なもので。その存在に沿った行動をしなければならないのである。

檻に入れられているのと同じだ。

例えば、この間ベランダで凍死している子供を拾ったが。

あれも、結局は玄関から助けに行かなければならなかった。

エレベーターとやらを使って、六階に。

死体に用は無い。

用があるのは死者だ。

その死者は。

まだ仕事をしているつもりのようで。

PCに触れながら。

反応しないことを、不思議がっているようだった。

周囲では警察がなにやら捜査しているが。

多分表沙汰にはならないだろう。

「田中雄一だな」

「? 誰、あんた。 よその会社の人? 何その格好?」

「気付いているんだろう。 私は死神だ」

「え……」

まさか、マジで気付いていないのか。

手帳を見る。

四徹の末に、脳の血管を切ってしまったらしい。

監視しているシステムに特大の問題が発見され。

それを直すために、無茶苦茶な仕事が課せられた。

寝る暇などある筈も無く。

「お客様」のために、四日間の徹夜が続いた。

元々酷使されていた体は、それでついに限界を向かえ。

線が切れるようにして。

命も落ちてしまったのだ。

呆然と此方を見上げている、四徹男。

何のためにこんな事をした。

何のために。

他と同じだ。

どうして私は。

犬死にばかりを看取っている。

いうまでもない。

信仰を失ったからだ。

戦士達が望まなくなったからだ。

無駄に浪費され。無駄に潰されていく人間達。有為な人材から潰し。そして小金に変えて喜ぶ連中。

そんな連中のために。

この地域は今動いている。

「この忙しいのに倒れやがって!」

「どう考えても過重労働が原因でしょう」

「うるせえ! こっちにはあんたんとこのキャリアも知り合いにいるんだよ! 適当にもみ消しとけ!」

吼えているのはこの会社の社長だ。

国内有数とか言う規模の社長だが。

朝っぱらから「こんな些事」で喚び出されて、相当に頭に来ているらしい。

どうでもいい。

ちなみに此奴、二年後に死ぬ。

業績悪化で首が回らなくなり、会社は倒産。

路頭に放り出されたところで。

今までに恨みを買っていた人間達に捕まり。

拷問を徹底的に行われ。

それこそ人格が崩壊するまで痛めつけられた後、死んでいくことになる。まあ、完全に自業自得だ。

どうでも良いことだが。

「行くぞ。 此処にいる価値など無いと、今の言動で分かっただろう」

「……俺、なんのために頑張ったんだよ……」

「お前が頑張ったことについては立派だ。 それについては私も認める。 だが、頑張るための対象と相手を間違えたな。 このような輩のために、命を捨てることなどなかったな」

項垂れる死者。

私は剣を抜き。

縁を絶ちきった。

 

つづいて、オート三輪が到着したのは、そのすぐ近くの路上だ。

誰かが歩いている途中、いきなり倒れたらしい。

救急車が来て、死体を運ぼうとしている所だった。

呆然としているスーツ姿の女性に、声を掛ける。

死体の主。

つまり死者だ。

「長沢恵だな」

「はい、え? な、何ですかその格好」

「死神だ」

「!」

取り乱して、恐怖の顔を浮かべるスーツ姿の女。中肉中背。顔立ちもそこそこ整っている。

だが、髪は乱れていて。

化粧も雑だった。

「分かっているんだろう。 自分が死んだことは」

「そ、それ、は……」

「ふうん。 お前も過労死か」

絶望の表情を、女が浮かべる。

まあそうだろう。

気持ちは、分からないでもないが。

しかし、同情は出来ない。

此方も仕事だからだ。

月間160時間に達する残業。

広告関連の企業に勤めていた彼女は、大学を出たときには、大手企業に就職できた、後は勝ち組だと、大喜びしていたらしい。

だが、すぐに現実が。

彼女の全てを奪っていくことになった。

忙しすぎて、毎日地獄。

実情をSNSに公開したら、その程度の残業何処でもしていると罵られる。

それまでいた彼氏とは休日も会えなくなった。

あげく。体調を崩したのを、会社は「自己責任」とした。

罵倒され。

レイプまがいの行為まで行われ。

ついに完全に壊れきった体は。

路上で死を迎えた。

メモ帳を確認。

少し未来になるが、この事は事件になる。

ただし、この事実を拡散したのは。

メディアではなかった。

本来行うべきだったメディアは完全沈黙。

SNSにより、この地獄のような実態が拡散され。それでも法は、この企業をまともに裁かなかった。そういう結末で、この地獄は締めくくられる。

嘆息する。

此処でも。

人間が奴隷以下の扱いを受け。

すりつぶされている。

「何か希望は」

「……」

「ないのか」

「私の家族、どうなります……」

どうもならない。

それは親は悲しむだろう。

勝ち組企業に入った娘を自慢していただろうから。

実態は地獄絵図に放り込まれ。

まともに生きているとも言えない状況で、悪夢のような労働を続けていたわけなのだが。その実態が分かったところで。

会社は居丈高に居直り。

警察も犯人を逮捕せず。

裁判も法もまともに犯人を裁かない。

それだけだ。

「何のために……私生きたんだろう」

「今はこの地域だけではなくて、世界中がこんな有様だ。 もうこの文明は終焉が近いと言う話もある」

「……」

「では、もういいな」

縁を絶ちきる。

この女の場合。

彼氏に未練があったようだが。

それもどす黒く染まりきっていた。

まあそれもそうだろう。

彼氏の方も忙しすぎて、半ば関係は消滅していたようだし。今更連絡したところで、何にもならなかっただろう。

1%の人間が。

99%の富を独占する。

そんな事をしていれば、そうなる。

しかもこの独占側の人間が、今は巧妙になって来ている。

だが、どんなに巧妙になっても。

終わるときは終わる。

ふと、手帳を見る。

そういえば。

五年後から先の未来が、見えない。

ひょっとして。

まあいい。

オート三輪を回す。

今日はまだまだ、縁を切りに行かなければならないのだから。

 

ぐちゃぐちゃに人が詰め込まれた部屋。

いわゆる貧困ビジネスの現場だ。

その中で。

血を流して、倒れている男性の周囲で。いかにも筋者の連中が、何か話していた。

呆然としているのは。

その倒れている男性と同様の姿をした死者だ。

どうして死んだのかも分からないらしい。

「オラ、とっとと出てけ!」

筋者がわめき。

部屋の住人達を追い出す。

この国では、弱者が守られない。

弱者を自称する人間が、弱者が受け取るべき保障を横からかっさらい。それをビジネスにさえしている。

いわゆる貧困ビジネスである。

筋者がそれに主に関わっているが。

此処もその現場のようだ。

小さな違法建築のアパート。

小さな部屋に十人以上が詰め込まれ。

全員が生活保護を受けている。

その生活保護を受けるための手続きが、今はとても難しくなっており。それが出来るように手助けをしてやる代わりに、筋者に上納金を納めなければならない。

そうして、残虐な犯罪組織が。

更に弱者から搾り取っていく。

昔は、保険金を掛けて殺していたが。

それも今は難しくなったから。

今度は生活保護に目をつけた。

どうやら殺された男性は、その筋者に何か逆らったようで。そうしたら、即座に殺されてしまったらしい。

「梶浦巧だな」

「あんたは……」

「死神だ」

手帳を確認。

本当に些細な理由で殺された様子だ。連日の過重労働で、散々悲惨な思いをしていたし、つい逆らってしまったのだろう。

そして筋者なんてのは、所詮クズの集まり。

加減など出来ない。

あっという間にリンチが始まり、死体のできあがりだ。

そして貧困ビジネスは。

芸能界を一とする、巨大なバックグラウンドがある、巨大な闇だ。

全て解きほぐせば、政党が一つや二つ転覆くらい簡単にする。筋者は、所詮手先として動いているにすぎない。

少し前に、芸能人がこの貧困ビジネスに関わっていることが判明した途端、マスコミがぴたりと報道を止めたが。

それだけで闇の深さがよく分かるというものだ。

「何か望みは」

「俺……田舎に帰りたい」

「いいだろう。 田舎の景色を見せてやる」

それくらいなら簡単だ。

そして、景色を見せてやると。

其処は無人街となっていた。

おおと、泣き崩れる貧困ビジネスの犠牲者。

私は淡々と。

縁を絶ちきった。

 

さて、次だ。

テレビの撮影現場に、オート三輪が止まる。

其処で、小さな騒ぎが起きていた。

海外から呼ばれた大物ロックスターが、頭から血を流して倒れている。この地区で死んだから、私の担当だ。

いい加減な大道具と打ち合わせ。

そして事前の確認ミス。

それによって事故が起きたのである。

殺されたようなものだ。

そして、海外と言っても。この地区では極めてマイナー。動く金も小さい。ということは、巨大な金を動かせるテレビ局にとっては、どうでもいいこと。

もみ消してしまえば良い。

ニュースにするにしても、ちょっと小さく報じて、それで終わりだ。

金の方が命より大事な連中だ。

勿論、海外のスターなんて。

テレビ局関係者にとっては、死のうがどうでもいい。金を多少でも稼がせて貰えればいい。

そう考えている者達が。

今この地区でテレビを作っているが。

正直テレビを作っている連中などどれも同じである。

私も他の神々に聞いて知っているが。

どこの国でも、これと大差ない下劣さだそうだ。

自由の国を自称する大国でも、ごくごく最近に大規模な枕営業が告発されたらしいが。それも大した問題にならなかった。

周知の事実だったからである。

呆然としているロックスターに。

私は歩み寄った。

ちなみに手帳で言葉は翻訳できる。

「何だあんたは。 アキバのコスプレイヤーか」

「あいにくだが違う。 死神だ。 ジェム=アーキスだな」

「そうだが……その名前で呼ばれるの、久しぶりだ」

「そうか」

小さな国なりに、大スターになって。

芸名で呼ばれるようになったのだ。

それがこの国に来たら使い捨て。

まあ局内でもカーストを造り、アニメ関連の人間を被差別階級にしている様な業界である。

海外の有名人なんて。

死んだところで何とも思わないのも普通か。

「こんな所、来なければ良かったぜ……」

「そうだな。 受けた仕事が悪かった。 自分の国にいれば、数年後までは安泰だったのにな」

「この国のカルチャーには興味もあったし、好きだったけれど、それを口にしたら害虫でも見るような目で見られたしな。 何だか、もういいや。 なあ、死神なら、故郷に返してくれないか」

「見せるだけならいいぞ」

故郷。

スラム街。

此処から這い上がった男は。

別の場所で、ゴミ同然に使い捨てられた。

警察も来ているが、どうせまともな捜査もしないだろう。キャリアにコネを持っているテレビ局関係者はゴロゴロいる。

「ちったあ、彼処のちびどもに、楽させてやりたかったよ」

「そうか」

もう、それも間もなく終わる。

私はそれを告げなかった。

慈悲だ。

そして、縁を絶ちきった。

 

4、終わりの時

 

予想はしていた。

だが、その通りになった。

手帳に情報が来ない訳だ。

地球を雲の上から見下ろす。

其処は今、真っ赤になっていた。

彼方此方で熱核兵器が炸裂しているのだ。自動操作で撃ち放たれた無数の熱核兵器は、シェルターも全て自動で捕捉し。

悉くを焼き尽くしている。

これで神々も終わりだ。

人間がいなくなれば。

信仰もなくなるのだから。

みな、ぼんやりと雲の下を見ている。

人類が一人でも生き残る確率は。

0.0000001%。

あらゆるシェルターが、悉く貫通されるバンカーバスターが開発された事により。人類の生存確率は零になった。

更に、核兵器は進化が進み。

いずれもが、極限まで破壊力を増している。

神々の話によると。

試験的に反物質爆弾までつかわれたそうである。

まあ、人類は。

その手に余る武具を手にし。

今滅び行くのだ。

私は、熱により溶け去る文明を見て、そして思う。

結局全てが犬死にか。

人間だけでは無い。

神々も。

これは、結局の所、決まっていた結末なのかも知れない。そして、神々は、いっそのこと。人間に干渉するべきだったのかも知れない。

「人類の生存数、0」

淡々と報告が来る。

そうか。

これで天界も終わりだ。

私は、面倒な仕事がなくなり。そして自分も消えることを悟ると。ふっと鼻で笑い。そして、消滅までの短い時間。

何もかもが無駄になった、暗い余韻に浸ることにした。

 

(終)