蟻の巣穴ものがたり

 

序、すてきなおしごと

 

今日も荷物を運ばなければならない。

両手押しの車に、たんまり詰め込まれたずだ袋。中身は何かわからない。わかっているのは、これを押していくこと。それが、私の仕事だということ。

此処はよく分からない暗い場所。

ずっと通路が続いていて、床も天井も剥き出し。

それを床とか天井とか呼ぶのは、聞いて覚えた事。そうそう、着ているボロボロも、そろそろ新しいのが欲しいけれど。

まだ、支給の時期になっていないのだ。

もたせなければならない。

私の仕事は、きた荷車を。私のテリトリー内で、指定の方向へ押すことだ。

その代わり、私は休む事も出来る。

仕事をしない時間は、何をしていてもいい。

それが私に許された自由。

穴の横には、私のための空間がある。私は其処で、横になって休んでいても良いし。穴の中に、時々ぽんと置かれている食べ物を口に入れてもいい。排泄のための設備も整っている。

でも、私は。

何をするために生まれて。

何をして生きているのだろう。

わかっているのは、仕事は好きだと言うことだ。

労働は私に存在意義をくれる。

荷車がきた。

ごろごろと音を立てて、此方に来る。

穴から這い出すと、手を振る。ぼろぼろの布は、今にも肩からずり落ちそうだけれど。どうせぼろぼろなのだし、どうでもいい。

「こちらだ−!」

「きをつけろー」

荷車が見える。

天井に付けられている明かりが、荷車を照らす。押してきているのは、私とよく似た姿の何か。

こいつと、もう一人しか見たことが無いから、どうでもいい。

基本的に一度に一人としか喋らない。

荷車が止まる。

「きょうのはおもいぞ」

「わかった。 きをつける」

「ああ」

帰って行く。

私は、荷車を受け取ると、押し始める。車輪に指を挟むと、治るまでが大変なので、そこはきをつけなければならない。

私が押していく距離は、結構長い。

傾斜はそれほど激しくないのだけれど。

ただ、距離がある。

前には、ふくろを落としてしまったことがあって。その時には、配給される食糧を減らされた。

だから、今は。

運ぶ時は、とても気を付けるようにしている。

ひもじい思いをするのは、つらいからだ。

その上傷まで受けてしまうと、治るまで大変苦労する。前に何度かあって懲りているので、念には念を入れている。

途中で、一端車を停める。

ちょっと上り坂になっている所がある。

じっと、先を見つめる。

暗くてずっと先に何があるかはよく分からないけれど。数え切れないくらい押してきた道なのだ。不確定要素さえなければ、目をつぶっていてもどうなっているかはわかる。

ここが少しきつい。

何度か深呼吸した後。

気合いを入れて押す。

最後まで押し切らなければ行けないのがきついけれど。ここさえ超えてしまえば、後はちょっとずつ降っているだけ。

ふうふうと言いながら、坂道のてっぺんに到着。

今度は荷車の前に立って、引っ張る。

そして、後ろに下がりながら、ゆっくりと坂道を降りていく。

此処からの坂道は長くて、加速がついてしまうと、後が大変なのだ。

しばらく行くと、水が溜まっている。

かなり冷たいけれど、我慢だ。

荷車を引いて、水に入る。

腰くらいまでは水に浸かってしまう。

此処からは、ずっと平らなので。押していけばいい。

ぼろぼろの布が、また肩から滑りそうになる。

しかも、水をすって、気持ち悪いことこの上ない。

でも、多分すぐにまた次が来るような気がする。それに帰りにはどうせ濡れるのだし、割とどうでもよい。

あと少し。

あと少しと、自分に言い聞かせて、荷車を押す。

ほどなく、見えてくる。

やったと、思った。

次のおすひと。

私によく似ている。

多分私と同じ仕事をしているそれに、荷車を引き渡した。

「きょうは、ちょっと重い」

「わかった」

引き渡したやつは、ぼろぼろの布が半分脱げてしまっていて、足下も傷だらけだ。私よりも、きつい道を行っているのかも知れない。

押していく背中を見つめる。

そして、しばらくぼんやり突っ立っていたけれど。

その内、そうしていても何もならないと気付いて、持ち場に戻る。

次の荷車がきていたら厄介だ。

待たせるのは、あまり良い気分ではないのだ。

それに、次の労働が来ていれば嬉しい。

てくてくと、きた道を戻る。

水が溜まっている所にきた。

いつもより、天井から落ちてきている水が多いかもしれない。横に、水が流れ込んでいる溝があって。そこがごぼごぼと、凄い音を立てている。足とかを突っ込むと、抜けなくなりそうだ。

水を抜けて、傾斜も通り越して。

居場所に戻る。

横穴になっているそこに入ると。

膝を抱えて、ぼんやりとした。

幸い、まだ次の荷車はきていない。

来る気配もない。

がたんと音がして、みると、食糧が来ていた。

しかくに固められた、長細い板状のものだ。これをそのままかじる。しばらく囓っていると、口の中に栄養が満ちていくのがわかった。

元気が少し出る。

食糧には、水もついている。

でも、これは無駄かもしれない。

あの途中にある水を飲めば良いのだから。

たまに、布が来る事もある。

そろそろ来て欲しい。ずたぼろの布が、もうそろそろ、体から滑り落ちそうだからだ。

 

「体を洗いなさい」

不意に、声がしたので、起きる。

時々、眠っていると、命令が来る。

横穴の奥の方に、水を浴びる場所がある。なんでそんな事をしなければならないのかは、よく分からない。

ずたぼろの布を脱ぎ捨てると、知っている動作をする。

壁にある丸を順番に押していくと、天井から水が降り始める。温かい水だ。

突っ立って、水を浴びる。

「体を綺麗にしなさい」

また命令が着たので。

知っている通り、壁にある柔らかいのを手にとって。体をごしごしとこする。でも、これをやって、意味があるのだろうか。

排泄くらいしか、体はきたなくならない。

その排泄も、したときには、下から水が出て、体を洗っていくのだ。

でも、どうしてだろう。

命令には逆らうことが出来ない。

体を洗い終えると、ぶわっと熱い風が出てきて、全身をなで回す。

くすぐったい。

終わると、ずたぼろのを着るように言われたので。適当にそうする。

しばらく横になっていると。

荷車が来る気配がした。

外に出ると、荷車が来る。

押している奴は。

はだかになっていた。

私によく似ている姿をしているそいつは。はだかによくなる。多分、布がもっと傷みやすいのだろうか。

気になったので、聞いてみる。

「どうした、はだかだぞ」

「気持ち悪いから、すてた。 むしが湧いた」

「虫が湧いたか」

「そうだ」

荷車を引き渡される。

私にそっくりなそいつは、小首をかしげる。

「お前も、そろそろ次のが欲しいか」

「ほしい」

「仕事をしていれば、いつかは来る」

「そうか」

会話を済ませると、荷車を押していく。

次のに引き渡す。

次のも、布はぼろぼろだけれど。いちおう、着ていた。

「まえのやつ、はだかになっていた」

「はだかは恥ずかしい」

「そうか」

恥ずかしいのか。

よく分からない。

戻ると、ボロボロの布を脱いで、座り込んでじっと見つめる。

これの機能と用途がよく分からない。

そもそも、どうしてこんなものを身につけるのか。

裸になっていても、別に寒くは無いし。

着ていたところで、何かから守ってくれるわけでもない。

ぼんやりしていると、すぐに次の荷車が着た。

どうしたのだろう。

仕事が激しい。

ぼろぼろを着込んで、外に出ると。

はだかのまま、あいつが来た。

「きをつけろ。 たくさんくる」

「どうしたんだろう」

「知らない」

「はこばないと、詰まりそうだな」

荷車を受け取ると、押していく。

戻ってくると、もう次が来ていた。

三つ、四つと、数えながら押していく。戻っても、すぐに次が来ているので、休む事も出来ない。

はだかのやつも、かなりつかれているようで。

十番目のが終わったときには。かべに背中を預けて、座り込んでいた。

「どうした、つかれたのか」

「まだ半分くらいだ」

「たまっているのか」

「そうだ。 片付けても片付けても、きりがない」

はだかのやつは、私より頭から生えている毛が多い。

のびるのも私よりはやいようだ。

青色の毛は、腰くらいまである。

私はのびても肩くらいまでだ。

かおとかからだとかはおなじなのに。ふしぎだ。

「とにかく、片付けるしかない」

「わかった。 次のを運んでくる」

「私も、次のを運ぶ」

「そうだな」

順番に、仕事を片付けていく。

最後の荷車を運び終えたときには、私もかなり疲れていた。

ふらふらになったはだかが帰って行く背中を見送る。

これで、終わったのだろうか。

でも、やすめば、また荷車が来るだろう。

横穴に入ると、声が聞こえた。

「疲労が蓄積しています。 眠りなさい」

言われたまま、横になって、眠る。

声には逆らえない。

逆らってはいけないと、知っているのだ。

しばらく無心に眠りを貪って。

目が覚めてから、穴を這い出す。

まだ、ぼろぼろは、支給されない。

 

1、きるもの

 

たくさん仕事が一度に来たから、だろうか。

それからしばらくは、何も無かった。

ぼんやりと突っ立って、仕事が来るのを待つ。

何も来ない。

穴に戻って、横になる。

体を洗ったり、食事をしたりはできない。支給されないし、命令も来ないからだ。何も無い時間が続くと。

とても、消耗がひどくなる。

ごろごろとしていると、何かが近づいてくるのがわかった。

荷車では無い。

横穴を這い出してみると。

いつも荷車を運んでくる、はだかのやつだ。

「どうした」

「私の所に荷車をはこんでくる奴が、妙なことをいっていた」

「なんだ」

「造り主という存在がいるらしい」

造り主。

何だろう、それは。

聞いたことが無い。

はだかのやつによると、そいつがわたしをふくめた、此処で働いている全員を作ったそうだ。

作ったというのがそもそもよく分からないのだけれど。

とにかく、何となく、わかってきたことは。

いつも命令してくるあの声の主や。

たべものを支給している奴。

それが、その造り主なのではないのだろうか。

「なにものだ、そいつは」

「わからないが、何もかもが、そいつの命令で行われているそうだ。 この仕事も、だ」

「巫山戯た話だ」

苛立ちが募る。

仕事は、私の全てだ。

私から仕事を取り上げてしまったら、何が残るというのか。

いうまでもない。

何一つ、残るものなどない。

「お前が荷車を運んだ先にも、我々はいるのか」

「いる」

「ならばそいつにも、教えてやって欲しい」

「わかった」

はだかのやつが、戻っていく。

私は、どうせすることもないのだし。

穴の中を、てくてくと歩いて行く。

荷車を押さずに移動するのは、初めてだ。体が軽いし、何というか、ちょっと落ち着かない。

いつも移動するときは、荷車を押しながらだった。

そういえばあの荷車は。

いつも同じものなのだろうか。

押していくことはあっても。

戻ってくることは無いのだが。

奧には、私と同じ姿の奴がいる。服のぼろぼろさ加減は、前にあった時と、あまり変わりが無い。

言われたことを話す。

小首をかしげていたそいつは。

不思議そうに言う。

「造り主とやらがいるのはわかった。 それでそいつは、私達をどうしたいのだろう」

「さあ、わからない」

「そもそも、この仕事は、何のためにあるのだろう」

「それこそ、私にはわからない」

奧には、我々がいるのか。

聞いてみると、頷かれる。

そうなると少なくとも、五人の我々がいることになる。いや、多分もっともっといるのだろう。

同じ顔をしているのか。

聞いてみると、やはり頷かれた。

つまりこの穴には。

同じ顔と姿をした我々がたくさんいて。

そして、ずっと荷車を押している、ということなのだろう。

持ち場に戻る。

ずぶ濡れになった私を待っていたのは、ようやくきた次の荷車だった。

ちょっとだけ安心する。

いつもより、積まれている袋が多い気がする。引っ張ってみると、かなり重い気がした。あくまでも、何となくだが。

「気を付けろ、重いぞ」

「そうだな、重い」

荷車を見ると、血がついている。

そうか、引っ張るときか押すときか、失敗した奴がいたのか。

気を付けなければならない。

怪我をすると、後が大変だからだ。

 

荷車を運び終えると、ようやく新しいきるものが支給された。

今までのボロボロを脱ぎ捨てると、言われるままに体を洗う。温かい水が体を滑り落ちていく。

汚れを落とすように言われたけれど。

排泄はしばらくしていない。

温かい水で流すだけで充分なのだが。

声には、逆らえない。

そういえば、何故逆らえないのだろう。不思議だ。

新しいぬのを着る。

しばらくはこれでもつだろう。灰色の布は、さわり心地もあまり良くないし、ちょっとしたことですぐに破れる。

だからいっそのこと、なくてもあまり変わりが無いのだけれど。

着ろというのは、声の命令だ。

逆らえない。

外に出ると、声がする。

向こうから来ているのは、はだかのやつ。

あれ。

服を貰えなかったのか。

「どうした」

「新しい服を貰ったのか」

「そうだ。 お前もそうだと思っていたが」

「わからない。 食事はいつもの倍でた」

何だろうそれは。

よく分からないが、もし声が造り主だとかだとすると。そいつは一体、何を考えているのか。

「後、わたしの前の奴が、血だらけだ」

「荷車を押すのを、失敗したのか」

「そうではないらしい。 時間を掛けて、体の中を調べているそうだ」

「そうか」

何がしたいのかよく分からないけれど。

怪我はどうせ治る。

しばらくは大変だけれど。その大変を上回る何かに、突き動かされている、ということなのだろう。

はだかの奴が、戻っていく。

それで、気付いた。

自分の穴に戻ってみて、はっきり理解する。

食事が出ていない。

服はきたのに。

いや、こんなものいらない。

食事の方が、いい。

いつも支給される穴を覗き込んでみる。

真っ暗で、なにもない。ごうごうと、風の音がしている。

「しょくじをくれ」

声を掛けてみるが、反応はない。

困り果てた。

ただ、食事がなくても、別に動く事は出来る。ただ、しばらく食事をしていないと、なんというか。

収まりが悪くなるのだ。

穴から這い出した私は、はだかのやつのいるところへ、行って見ようと思った。

食事が倍出ているのなら、残しているのかもしれない。

もくもくと、知らない道を歩いて行く。

道が分かれているようなことは無い。

ずっと同じ穴。

多少は起伏があるけれど、それだけだ。素足のまま、歩いて行く。今までと、同じように。

小石が落ちていたので、避けておく。

踏んでも怪我はしないけれど、面倒くさいからだ。

横穴が見えてきた。

覗き込んでみると、はだかのやつが、座り込んでいた。

此方に気付く。

「どうした」

「しょくじがでていない。 お前の所は、倍でたと聞いたから、見に来た」

「そうか。 どうせ食べきれないし、もっていけ」

「いや、此処で食べる」

穴に入れて貰う。

中の構造は、私の所と同じだ。

口にものを入れると落ち着く。どうせ食べないものは、そのへんに置いておくだけだ。いずれ、痛んでしまう。

しばらく無心に食べていると。

はだかのやつがいう。

「どうにも、おかしな話がある」

「食事が出たり出なかったりか」

「それもあるが」

別の場所では。

服がたくさんでたという。

また別のやつは。

いきなり、たくさん風呂に入るように言われたのだとか。

造り主とやらは、何を考えているのか。

はだかのやつは、忌々しそうに吐き捨てる。でも、顔は全く変わらない。言葉だけが、棘を帯びている。

「お前は、どうする」

「どうするとは」

「こんな事が続くと、安心して働けない」

「それもそうだ」

確かに、働くためには、安定した世界が一番だ。

それなのに、どうして造り主とかいう奴は、こう我々を苦しめるようなことをするのだろう。

我々を憎んでいるのか。

もしそうなのだとしたら。

そいつは、敵だ。

「他の奴とも、はなしてみるか」

「そうだな。 みんなで情報を交換していこう」

頷くと、私は穴をでる。

腹はいっぱいになった。

もう、この穴には、用は無いからだ。

 

自分の穴に戻って、しばらくして。

またおかしな事が起きた。

水を浴びる場所で。じゃぶじゃぶと、お湯が出続けているのだ。こんなでは、どうすればいいのか、わからない。

いつも命令してくる声は、おかしな事ばかりを言う。

言うとおりにボタンをおしたけれど。

お湯は停まらず。

しまいには、命令の方がこなくなった。

「ふざけるな」

私はあたまにきたので、壁を蹴る。どかんと凄い音がしたので、ちょっと驚いた。この壁、思ったより脆いかもしれない。

穴から這い出て、外に。

荷車がきたからだ。

荷車には、ものすごいりょうの袋が載せられていた。こんなにたくさん袋が乗っているのは、初めてかもしれない。

おどろいた私に。

はだかのやつは、顎をしゃくった。

「荷車はひとつだ。 おとすなよ」

「わかっている」

受け取った荷車は、少し重い。

荷車にたくさん血がついている。これは、どうしたことなのだろう。或いは、運ぶ途中で、怪我をしたのか。

「天井から、いしがたくさんおちてきた所があったらしい。 そこで運んでいたやつが、潰された。 血がいっぱい出た」

「無事だったのか」

「生きているそうだが、しばらく回復に時間が掛かる」

「ふざけている。 これも造り主とやらのしわざなのだな」

私は、荷車を押しながら、ぷりぷりと怒る。

どうしてそれが造り主とやらのしわざなのかはどうでもいい。何となく、そんな気がするから。

それでいいのだ。

何だろう。

どうして、良いと思うのかもわからないけれど。

にぐるまを押す。

問題なく、最後まで押し切る。次の奴に引き渡す。そいつに、状況を説明。情報交換をしようと持ちかけると。了承された。

「わかった。 私も、早く新しい服ほしい」

「こんな布きれ、じゃまなだけだろう」

「でもほしい」

「よく分からない」

肩から布をずりさげているそいつは。

そのぼろぼろが、本当に大事で仕方がないようだった。

だからこそ、頭にも来ているのだろう。

戻ると、次の荷車が来ていた。

血の手形がついている。

「これは」

「怪我をした奴が命令された。 働けと」

「そうか」

「倒れたが、まだいきているそうだ」

はだかのやつが、壁を殴る。

円形に凹んだ。

意外に、この壁、脆いのかもしれない。見たままに、私もやってみる。どかんと音がして、壁に亀裂が走る。

「意外に柔らかいな」

「壁を掘ってみようか」

「やめておけ」

荷車を運ぶのが、より大変になる。

もしもやるのなら。

何か、目的を持ってやるべきだろう。

荷車を受け取ると、押す。

手押しの部分は、ひどい血の臭いがした。自分の手にも、べったりつく。しかし、私の穴の中は、あの有様。

どこかで歯車が狂いはじめて。

そして、気付いたことがある。

誰かが損をすると。

誰かが、得をするようになっているのではないのだろうか。

そうなると、より緊密に、情報のやりとりをするべきだろう。そうすれば、こんな巫山戯た事をしている造り主とかに。

げんこつをくれてやる事が出来るはずだから。

 

2、たべるもの

 

荷車についている血の量が、ひどくなってきている。

大けがをした奴が、まだ無理矢理働かされているそうだ。

他のみなも、不満が爆発寸前。

私の風呂は絶賛大爆発中だし。食べ物は全然出てこない。

はだかのやつはいつまでもはだか。

服が欲しい奴の所には、ぼろきれがたくさん送り届けられる。どれも着たくないと、彼奴は言っていた。

「だれかが代わりに運ぶか」

「しかし、それは命令に違反しないか」

「やってみよう」

私が、あるいていく。

他の奴らの担当地域を抜けて。到着。

地面に寝かされている、ちだらけのやつ。辺りは、とがった石だらけ。手も足も傷だらけで、傷も塞がっていない。

そもそも、私達は。

こんな程度の環境では、ぼろぼろにならないはず。

ここまで酷使されたのは、何故なのか。

なんにんか、心配してきていた。

みんな同じ姿。

服を着ていたり、上半身はだかだったり、下半身がそうだったり。髪の毛が長かったり短かったり。

色々違いはあるけれど。

顔も背丈もみんな同じ。

「このまま続けると、死ぬぞ」

「命令には逆らえない」

「それなら、命令が出るかどうか、試してみよう」

私が言うと、みなが振り向いた。

怪我をしている奴が、手を伸ばす。

「よせ。 命令にさからったら、頭がぼんってなるんだぞ」

「だが、そのままでは、お前が死ぬぞ」

「私のために、お前が死ぬ事は無い」

「やってみる価値はあるだろう」

荷車が来る。

ふあんそうな視線を浴びながら。

私が、腕まくりをした。

何人かが、辺りの石をどかしていく。私は、もう誰にも拒まれることなく。荷車を、押し始めていた。

命令は、不意に来た。

「775番。 命令違反です。 持ち場に戻りなさい」

頭の中に、きんきんくる。

そして、私は気付く。

指を、頭につっこんで、それを引っこ抜いた。

何だかわからない塊が、血だらけのまま、其処にあった。

「おお、なんということをする」

「頭にあながあいたぞ」

「……だが、気分が良い」

血も、まもなくとまる。傷口も、すぐに塞がる。

このくらいじゃ死なない。

そう作られているのだ。

何だろう。

頭が、どんどん冴えてきた。ひょっとして私は、今までとんでもなく阿呆な事をしていたのではないのだろうか。

「みんなもやってみろ。 命令が聞こえなくなる」

「本当か」

「それはすごいな」

私と同じ顔をしている奴らが。

みんな、嬉々として。左側頭部に、指を突っ込み始める。ごちゅり。ぶちゅり。嫌な音がする。

みんな、金属の塊を引っ張り出して。

血が、ぶちゅあって、飛び散った。

でも、みんな喜んでいる。

けらけら、笑っていた。

「すごいすごい! 命令が聞こえなくなった!」

「おしえてやろう。 みんなにおしえてやろう」

「これ以上、好き勝手をされてたまるか。 みんな、この金属を外せ! そうすれば、命令に逆らえるぞ!」

辺りは血の臭いが凄い。

倒れている、血だらけの奴も。

私を、羨ましそうに見つめた。

「私も、やってくれ」

「そんなに怪我をしているのにか」

「だからこそだ。 くやしいのだ」

「そうか」

悔しいという感情が。今は、くっきりとわかる。

私は手を伸ばすと。

血だらけの私にそっくりな奴を抱き起こして、膝に頭を乗せた。そいつは髪の毛を短く切っていて。

私よりも、なんというか。

活動的に見える。

だからこそ、なのかもしれない。

「命令が消えたぞ!」

きゃっきゃっと喜ぶ声。周囲では、まだ引っこ抜きが続いている。

やってくれ。

もういちど、血だらけのやつにいわれる。

私は、指を伸ばすと。

血だらけの奴の左側頭部に、めり込ませた。ぶちりと皮膚が破れる音。血が、どばどばはみ出してくる。

見る間に真っ赤になって行く私の指。

もともと、もう私も血だらけなのだと言う事を、今更思い出して、笑い出してしまう。

びちゃり。

地面に落ちたのは、金属の塊。

私はそれを拾い上げると、石に挟んで、潰した。

私の膝の上で。

血だらけの奴は。しばらく黙り込んでいたけれど。

やがて、ありがとうと言った。

 

血だらけの奴を横穴の中に。襤褸布が幾らかあったので、敷いてその上に寝かせた。

しばらくは休ませないと、動けないだろう。まだ死んではいないけれど。この様子では、当面仕事は出来ない。

だが、休めば回復するし。

その後は仕事が出来る。

私は、出来るだけ、頭から金属を抜いた奴を集める。中には、抜いたときに頭が傷ついて、身動きできなくなっている奴もいたけれど。大半は、すぐに血も止まって、動けるようになっていた。

「情報を確認しよう」

情報を、それぞれに交換する。

それでわかったのだけれど。どうやらこのトンネルは、一つの穴ではないらしいのだ。分岐点が何カ所にもあるらしく。それぞれの分岐点にも、担当の奴がいるそうだ。

一人とだけ話すのなら、名前もいらなかったけれど。

これからは、名前がいる。

それぞれ勝手に名乗るようにしたけれど。

だいたいは、命令の時に呼ばれる名前にしたようだった。それは多分、一番なじみがあるから、だろう。

「一番外側にいる奴は誰だ」

「外側というと、荷車を最初に渡される者か」

「そうだ」

「恐らくは私だ」

挙手したのは、胸の辺りと腰の辺りに布を巻き付けている奴。

入り口と名乗っている。

意味はわからないが、そうすることで、胸と生殖器を隠すらしい。

そういえば、みな生殖器は同じだ。

「入り口。 荷車はどうやって渡される」

「食べ物や着るものと同じだ。 穴が開いていて、其処から出てくる」

「入れそうか」

「入れないように返しがついている」

それは厄介だ。

他の者にも、知っている事がないか聞いてみる。

誰も疑問には思わない。

誰もが、同じ事を考えているからだ。

「壁を叩くと、案外脆いぞ」

「掘り進んでみるか」

「しかし、幾ら柔らかくても、無計画に掘ると、まずい」

「……」

入り口に、案内して貰う。

みな、私についてきた。

入り口の担当する場所まで、トンネルはかなり入り組んでいた。話に聞いていたとおり、分岐もある。

血だらけの奴は、分岐の一角の担当。

どうやらあの命令は。

血だらけの奴の所にばかり荷車が来るように、命令をしていたらしい。何がしたくて、そんなことをしていたのか。

わからないが、決まっていることは決まっている。

いずれにしても、ただではすまさない。

しばらく、歩く。

途中で、話し合いに加わらなかった奴とも、時々遭遇した。

そいつらの中には、頭に入っている金属を引っこ抜くのを拒否する者もいた。でも、私は、強制はしない。

また、命令がもう聞こえなくなり。

従う必要がなくなると教えると。

自分から、金属を抜く奴もでた。

それでも少数は、命令に従い続ける事を選んだが。

「不思議な話だ」

「何がだ」

私のぼやきにこたえるのは、はだかのやつ。今は、アオガミと名乗っている。

よく分からないが、「髪が青い」のが理由らしい。

みんな同じ色だが。

ただ、此奴の髪は長くて、自慢なのだろう。

「みな、顔は同じ。 体格も同じなのに。 少しずつ違う」

「そういえば、そうだな」

「そもそも、どうして皆顔が同じだ。 それに、服を着るのを嫌がる奴と、着ないのを恥ずかしがる奴もいる」

アオガミは平気なタイプ。

一方、入り口は特定の場所だけ隠す。

それも、良くは分からない。

「アタマはどうだ」

これは、私の呼び名だ。

どういうわけかわからないけれど。最初に金属をアタマから引っこ抜いたから、らしい。周囲に言われたので、それにあわせている。

どうせ名乗る名前もない。

「この布は邪魔っ気なだけだな。 布が欲しい奴はくれてやる」

「私が欲しい」

そういっておずおずと手を挙げたのは、腰の辺りだけに、襤褸布を巻いている奴。膨らみかけの胸が剥き出しになっているのが恥ずかしいらしい。

命令される名前、455を名乗っている。

「それなら私がやる」

「ありがとう、感謝する」

挙手したのは、ついてきていた奴の一人。ボロだ。

手も足もぼろぼろ。

何でも、一番の難所で荷車を押しているらしい。だから、手足もボロボロで、服の傷みも早いのだとか。

全裸になると、布を455に渡すボロ。

455は感謝しながら、胸に布を巻き付けていた。

これで入り口と同じだ。

ただ、性格は入り口と随分雰囲気が違うが。

余った布で、後ろ髪を縛らせる。これで見分けがつきやすい。

「アタマは面白い事を考えるな」

「何だろうな。 よく分からないが、自然に思いついた」

「私の名前を考えてくれないか」

挙手した奴がいる。

命令される番号、322で名乗っていたのだけれど。どうやら、「名前がちゃんとほしい」らしい。

しばらく考えた後。

私は、ミニにしろと言った。

「ミニ?」

「数字をそれっぽくしてみた」

「なるほど、悪くない」

ぞろぞろと、列を成して私と入り口についてくる者達。

働いている者達は、こうも多かったのか。

やがて、入り口が言う、荷車の供給場所に着いた。

壁がある。

確かに、トンネルは此処で終わっていた。

壁にある穴には、蓋のような返しがついている。これが開いて、荷車が出てくるという。

そういえば、辺りには荷車が幾つもある。

誰も働かなくなったから、放置されている、というわけだ。

「荷車を運ばなくても良いのか」

「それは後だ。 今のままだと、働くどころでは無い」

アオガミに聞かれたので、こたえておく。

しばらく悩んだ後。

私は、今度は、また周囲を見回した。

「今度は、荷車が最後に行く場所を見たい。 誰が知っている」

「私よ」

しゃべり方が違うのが、挙手した。

ガチガチに服を着込んでいる。途中で、服がいらない奴に、貰っていたらしい。

どういう意味があるのか、足の先にまで布を巻いている。

名前はフタバ。

「お前はしゃべり方が違うな」

「皆と同じというのも味気ないと思いましてね。 荷車は最終的に、其処のものと同じような返しのついた穴に入れます」

「荷物もか」

「荷物は降ろして、穴に放り込みます」

何でも、巨大な穴が開いているという。

底が見えないとか。

「順番に、やってみるか」

私は、手を叩いて、皆を集める。

ぞろぞろと、私の声が聞こえる範囲に、皆集まってきた。

「まず、皆で手分けして、壁に蹴りなり拳なりを叩き込んで行ってくれ」

「そんな事をして、どうする」

「他と違う音がする場所を探す」

なるほど。

納得した皆が、ぞろぞろと行く。

私は数人を此処に残す。

そして、返しを顎でしゃくった。

「これを壊すぞ」

「壊せるのか」

「そもそもこの返しは、恐らくは荷車の出てくる穴に、入り込んでくるのを防ぐためのものと見て良いだろう」

返しは金属で出来ているけれど。

私はおもむろに。

遠心力を付けて半回転しながら、蹴りを叩き込んでいた。

凄い音がして、返しが凹む。

もう一撃。

留め金が外れて、返しが壊れた。

飛び退く。

落ちた返しが、ガランと音を立てた。上の部分の返しはこれで良い。下の方にも返しがついているから、同じようにして壊す。

留め金が吹っ飛ぶ。

少し手足が痛いけれど。

この程度なら、すぐに治る。

ガラガラと音を立てて、荷車が上から来た。受け止めると、降ろす。

思ったよりずっと軽い。

これなら、抱えて運んでいくことも出来そうだ。勿論荷物が積まれたまま、である。

ひょっとして、頭に入っていた金属を外したことで。私の力も強くなっているのだろうか。

「アタマ、どうするつもりだ」

「この上り坂の先を見に行く」

「面白い事を考えるな」

「ただ、荷車が来ると、多分避けられない」

それに、此処を完全に壊してしまうと。

仕事が出来なくなる。

それは、困る。

一端、他も見に行く。

この奧を確認するのは、その後で良い。

 

トンネルの壁の彼方此方に、凹みくぼみ亀裂が出来ていた。

皆が殴って廻っているのだ。

だが、話を聞く限り。

特別変な音がする場所はないという。

此方に協力する気が無い奴もいるが。協力は強制しない。そう言う奴の担当地区は、皆で協力して、壁を調べていく。

その間に私は。

横穴の中に入って、棒を探してきた。

小首をかしげるアオガミ

「そんなものをどうする」

「図を書く」

「図?」

「このトンネルの全体がどうなっているか、だ」

少なくとも、担当範囲と、分岐については把握しておきたい。

高低差は流石にどうにもならないが。

皆の名前と担当場所。分岐は既に私の頭の中にあるけれど。図に書き起こしてみると、少しずつ記憶が曖昧になっている事がわかる。

アオガミや、他の奴にも協力して貰って、図を完成させた。

地面をがりがりひっかきながら、図を書いていくのは楽しい。

ミニが。壁に図を書き写し始めた。

私よりも上手かもしれない。

「ミニ、書くのが好きか」

「好きかはわからないが、楽しい」

「そうか。 では、全部書き写してくれ」

「わかった」

この場を任せると、私は奥へ奥へ。

先ほどフタバが言っていた最深部へと向かう。

其方も見ておきたいと思ったからだ。

途中、何カ所か。

使っていない分岐を見つける。壁にだけでは無くて、天井にもある。

だけれど、その全てが、中途で塞がっていた。

落石で塞がっている場合もあったし。

水が溜まっているものもあった。

一カ所、かなり深い穴がある。

澄んだ水がたまっていて、奥の方は何かあるかもしれない。

服を脱ぎ捨てると、私は水に飛び込んでみる。

泳ぎ方は、何となくわかる。

ただ、息が続かない。

何度か水面に上がって、息継ぎをしながら。少しずつ、泳ぐコツを掴んでいく。それをじっと、アオガミは見ていた。

「アタマがすることはよく分からないが、何処でそのような事を思いつく」

「何となくだ。 だが、一つ分かる事がある」

「何だ」

「おそらく最初から知っている」

髪の毛を掻き上げる。

思えば、水浴びをするときは、乾かさないと髪がくっついて面倒くさかった。こういう動作も、その一つ。

どうすればいいか、最初から知っている、だ。

多分これは皆同じ。

そうでなければ、言葉だって喋ることが出来ないはず。

単語だって、知っている事がおかしいものがいくらでもある。

教えられた記憶があるけれど、それも誰に教えられたのやら。今になってみると、わからない。

考えてみれば、造り主という言葉を思い出した奴も、どうしてなのか、わかっていないはずだ。

あの頭から引っこ抜いた機械が、何か悪さをしていたのだろうか。よく分からないけれど。とにかく今は、障害の排除だ。

しばらく潜っている内に、底に到着。

其処から丹念に調べていくけれど。

横穴の類は無し。

あるにはあるけれど、入れるほどのものはない。水が其処から出ていたり、入っていったりしているけれど。

いずれもこぶしを入れるのが精一杯の穴ばかりだ。

何度か壁や水底を叩いてもみたけれど。

あまり、芳しい反応はなかった。

水から上がると、服を手に、全裸で歩き出す。体が乾くまではそれでいい。最深部は、もう少しだ。

途中、壁を叩いて廻っている者に何度か会う。

いずれもが、芳しい返事ではなかった。

 

フタバが最深部で待っていた。

私は体が乾いたので、その場で服を適当に着ながら、状態を確認。

荷車を入れる穴には、確かに返しがついている。

荷車が供給される穴と同じように、返しをぶっ壊してみると。フタバが、驚いて口を押さえた。

「随分乱暴ですのね」

「今まで、皆が大人しすぎただけだ」

「……」

青ざめるフタバ。

この感情は知っている。恐怖だ。

荷物を捨てる穴も確認。

覗き込んでみるが、底は見えない。

試しに、石を放り込んでみる。そうすると、火花が散った。

どうやら、奥の方に、破砕する仕組みがついているらしい。これは落ちたら、流石に助からないだろう。

「返しは此方に付けるべきだろうに」

「満足行きまして?」

「……そうだな」

これで、一端穴の全ては把握した。

やはり調べて見た感触では、荷車を供給している穴が一番可能性が高そうだ。荷車を回避して奥へ行く事さえ出来れば。

後、少し思いついた事があるので、荷車を一つ、此処まで運んでくる。

そしてその側面に、番号をきざんだ。

辺りにある石を使って、荷車に番号をきざむくらい、今の力なら造作もない。

そして、荷車が回収される穴に突っ込む。

後は、結果がわかれば。或いは、かなり面白い事になる。

 

3、すむばしょ

 

予想は当たった。

供給される荷車の一つに、私が刻み込んだ番号がついていたのだ。つまり、荷車は何かしらの仕組みで、回収された後、供給に廻されている、という事だ。

荷物についてはわからないけれど。

これで、はっきりした。

殆どの者達が、声を掛けた私についてきた。

そして、入り口の担当地区に集まる。

「アタマ、どうする気だ」

「荷車を避けて、この先に入る」

「その後は」

「造り主とやらは、多分この先だ。 命令を受け付けなくなった今ならもはや何の問題も無い。 潰す」

おおと、皆が声を上げた。

性格はみんな違うけれど。

決まっている一つのことがある。

仕事が好きだ。

そして、仕事を邪魔する造り主は敵だ。必ずや、潰さなければならない。

もう返しは破壊してあるので、中に潜り込む。荷車が来る気配は無い。金属製の壁と床。はうようにして、上がっていく。

途中で、荷車が来た。

受け止めると、一端下がる。そして、荷車を降ろした。

「もう一回だ」

「しかし、大丈夫なのか」

「荷車が戻る仕組みは見ただろう。 つまり荷車の数には限りがある。 此処で止めてしまえば、いずれ尽きる」

「なるほど」

アオガミが納得した様子で頷く。

気付いていなかったのか。

仕方が無い奴だと、私は思ったけれど。口にはしない。

もう一度、這い上がる。

いっそ服は脱いでしまうか。その方が、直に肌で状態を察知できるから、より這い上がりやすくなる。

しかし、どういうわけだろう。

私にも、全裸を恥ずかしがる気持ちというのが、少しずつ芽生え始めているようなのだ。

こんなぬのっきれ、何の意味もないだろうに。

供給口を這い上がる。

また荷車が来たので、戻る。

それを、四度繰り返して。

五度目。

今までに無い地点まで、這い上がることに成功。

そして、気付く。

穴が並行になっている。そして、何というか、二つの出っ張りが、奥まで続いていた。

これは荷車を、スムーズに動かす仕組みだと、即座に理解。

穴の中は、立てないほどの高さでは無い。

私は這いつくばって上がっていた態勢から、中腰になる。此処からなら、或いは。荷車が来ても、回避できるかもしれない。

奧へ、中腰のままあるく。

そして、穴を抜けると。

其処は、見た事も無い場所だった。

髪を掻き上げる。

「何だこれは……」

思わず呻く。

ずっと続いている出っ張り。その先には、なにやら勝手に動いている機械の塊が、たくさんある。

積まれている袋。

あれは、奧へ運んでいる袋だろう。

それに、中身を詰め込んでいる機械もある。中身を手にとって調べて見るが、どうやら加工前の食糧らしい。

これを、どうして奧へ運んで。

破砕していたのか。

荷車が来たので、止めて避ける。

いずれにしても、これはもう、充分だろう。

此処は全く未知の世界だ。

そしてだからこそ、わかる。

この先には、造り主とやらがいるはずだ。

一度穴に戻る。

そして、皆を呼び出す。私の呼びかけに応じたのは六十人ほど。私がもう一度上がって、荷車を全て止めている間に、全員で此方に来て貰う。

皆、見た事も無い仕組みと、機械の群れに、驚いていた。

血だらけになっていたやつ。

今ではチミドロと名乗っている彼奴は。まだ体中傷跡が残っているが。目つきが、もの凄く鋭くなっている。

チミドロが、機械に蹴りを入れようとしたので、止める。

「よせ」

「オレは、こんなもののために、ぐちゃぐちゃになるまで働かされたのか」

「我慢しろ」

自分をオレと言い出したか。

そういえば、一人称が変わり始めている奴も、時々見かけるようになった。みなの違いが、大きくなりつつあるのだ。

アオガミが手を振っている。

どうやら、服を生産している機械を見つけたらしい。できあがった服も、幾つか其処にあった。

「服が欲しい奴」

呼びかけると、何名かが飛びついてくる。

更に、食糧も。

加工済みの食糧がある。

別に、食べなくても問題は無いのだけれど。

気分の問題だ。

食べないとひもじくなる。私は、そのひもじいのが嫌いだから、適当に口に入れる。ちょっとだけでいい。

群がって食べ始める者を横目に、私は奧の一点を凝視する。

他の壁と違っている場所がある。

返しか。

いや、あれはおそらく、開閉を目的とした仕組みだ。多分、扉とでも言うべきものだろう。

わいわいと盛り上がっている皆を置いて、扉に。

しばらく見ていたが。

やがて私は、おもむろに蹴り破っていた。

 

未知のものばかりだけれど。

歩いて行く内に、少しずつ理解していく。

これは階段。

これは手すり。

通路。

左右にあるへこみは、部屋。

ついてきたアオガミが、全裸のまま、言う。

「不可思議なものばかりだ」

「いや、そうでもない。 やはり予想通り、知っている」

「そうなのか」

「おそらく、あの機械は、知っている事を抑える機能も持っていたのだろう。 私はどういうわけかはわからないが、それを排除した後。 元々の能力が、解放されつつあると見て良さそうだ」

部屋の一つに入る。

透明な板があって。

其処からは、何か得体が知れない世界を見下ろすことが出来た。

延々と拡がっている闇。

点々とついている光。

行き交っている、得体が知れないもの。

全てを瞬時に理解する事は出来ないけれど。

なんと無しにわかる。

あれは、別の世界だと。

いや、違う。

つながってはいるが、相容れない世界、かも知れない。

「いたぞ!」

声に振り向くと、見慣れない奴がいた。

全身をなにやら金属か何かわからないもので覆っていて。手に棒のようなものを持っている。

腰を落として構えているのは。

棒のようなものを使うためだろう。

「どうやって労働空間から出てきたんだ! ブロックが掛けられているはずなのに!」

「ブロックとは、頭の中にあったアレか? それは取り出して潰した」

「しゃ、喋れるのか!」

更に似たようなのの数が増える。

丁度良い。

此奴らは多分、造り主か、それに関係する存在だ。

「造り主は何処にいる」

「つ、造り主!?」

「何のことかわからないが、とにかく捕獲しろ! 麻酔弾!」

ばちんと、何か音。

腹に食い込んだ。

でも、肌を破るほどでもない。引っこ抜くと、捨てる。

悲鳴を上げて下がる、よく分からない連中。

「麻酔、効きません!」

「か、かまわない! 撃ち殺せ!」

機械の棒から、光と音が連続して迸る。

私は無言でてくてく歩いて行くと、連中の一人を、軽く撫でた。

首がもげて、血が噴き出す。

何という柔らかさか。

アオガミもからだがちくちくして苛立ったのか。他の奴を撫でたり叩いたりした。

ぐちゃり。

べちゃり。

悲鳴。

あっというまに、全て終わる。

肌をはたく。

何だかよく分からないが、これは攻撃だったのか。だとしたら、随分と柔らかい攻撃だ。

「アオガミ、他の皆に伝えてくれ。 多分此奴らは、造り主の手下だ。 攻撃してくる可能性がある」

「随分柔らかいな」

「見かけ次第ぶっ潰せ。 何をしてくるかわからない」

「そうだな。 それがよさそうだ」

血だらけになった部屋。

わざと一匹残して置いたのを、つまみ上げる。

震え上がったそいつは。至近距離から棒で私を攻撃して。びくともしないのを見て、小便を漏らした。

「ひ、ひいっ! こ、殺さないで!」

「造り主の所に案内しろ」

「つ、つくりぬし!? わからない、何を言っている!」

面倒だけれど、殺すと何も聞けなくなる。

呆れたアオガミが戻っていく。私も廊下に出た。いっぱい、これの同類が来たからだ。

「目標には銃が効かない! グレネードを試せ!」

「ま、まて、たすけ……」

「撃てっ!」

さっきのよりごつい棒を、腰を落として構えた連中が、何かしてくる。

周りで凄い音がして、激しい熱と衝撃波に体を叩かれた。

でも、なんだろう。

肌がこそばゆい。

ただ、服は全部焼けてしまったし。捕まえていた奴は、粉々になってしまった。

面倒くさい。

また、捕まえなければならないでは無いか。

てくてくと歩いて行く。

「効きません! グレネード、効果無し!」

「化け物っ!」

ひょいと跳躍。

連中の後ろにでる。

悲鳴を上げて逃げ散る連中。

やっぱり。柔らかいだけではなくて、此奴ら、体も弱いのか。

その場で、どれもこれも優しく撫でてやる。

ぐちゃりぶちゃりと潰れる。

飛び散る朱。まき散らされる内臓。

そして最後の一匹。

なんか命令を出していたのを、捕獲。

引きずりながら、途中で聞く。

全裸になってしまったけれど、別にどうでも良いし。ただ、ちょっと髪が焦げたのは、頭に来る。

「造り主は」

「お、お前達の創造主、ということか!?」

「よく分からないが、それは何処にいる」

「い、今ヘリポートに向かっているはずだ! お前達が地下から現れたことで、このビルは厳戒態勢に入った! 逃げられはしないぞ!」

ヘリポートか。よく分からないが、何となく見当はつく。

てくてく歩くのも面倒だ。

この天井も壁も、柔らかくて脆い。だったら。

ひょいと跳躍して、天井を突き破る。

掴んでいた奴は、べちゃべちゃに砕けた。

着地して、もう一度跳躍。

天井を、順番に突き破っていく。

よく分からないが、下を抑えられたなら、逃げるのは上だろう。

下はアオガミ達がいる。

一番上に上がれば、何ら問題は無い。

幾つ目の天井を砕いただろう。

天井が、なくなる。

見上げると、光る何かが、闇の中にたくさん浮かんでいた。

目を細めた私は、改めて周囲を見回す。

風だろうか。普段とは違う、もの凄く強い風だ。

何か大きな機械がある。丸っこくて、細い棒が二本、上からでていた。

よく分からない格好をした奴らが、たくさんいたが。どうしてだろう。体型も顔も、みんな私とは違う。

「天井を突き破って上がってきただと!」

「CEO、お早く!」

「ああ、それを使って逃げるつもりか」

側に瓦礫があったので、掴んで放り投げる。

丸っこい機械を一撃貫通、吹っ飛ぶ。

大爆発。

なんつう脆い機械だ。

何だかおかしくて、けらけら笑ってしまった。

腰を抜かしたCEOとやら。

よく分からない格好をした奴らが、下で遭遇したのと同じように、棒を使って攻撃してくるけれど。

飛んでくる小さいのも、別に同じ。

まあ、痛くもかゆくもないとまではいかないけれど。ちょっとこそばゆいくらいだ。

「お前らに用は無い。 邪魔をしなければ助けてやるぞ?」

「撃て! 撃てーっ!」

必死の攻撃が、哀れみを誘う。

まあ、とりあえず、みんな撫でた。

肉塊がたくさん散らばる中、歩いていた私は、いきなり横から張り倒される。転ぶほどでは無いけれど、ちょっと痛い。

「た、対物ライフルが……!?」

声の方を見ると。

私の背丈と同じくらい、いや七割くらいの大きな棒を地面に据え付けた機械から、煙が上がっていた。

あたまきた。

ひょいと跳躍すると、踏みつぶす。

私が素手で棒をへし折るのを見ると、どうやら柔らかい連中は、完全に戦意を失ったようだった。

腰を抜かして、這って逃げようとしているCEOとかいうのの服を掴んで捕獲。

「ひいっ! 誰か、助けてくれ! 殺される!」

「お前、一番えらい奴か? その割には力も知性も感じ取れないな」

「しゃ、喋るのか!?」

「さっきから喋っていただろう。 造り主の所に案内しろ。 そうしたら、殺さないでいてやる」

状況がわかっていないようで、CEOとかいうのはぴいぴい騒いでいたが。

その側で這って逃げようとしていたのを、掴んで、空高く放り投げてみせ。それが側に落ちてきて、べちゃっと潰れると、やっと言うことを聞いた。

「わかった! わかった! だから殺さないでくれ!」

 

4、おしごとだいすき

 

CEOとやらを掴んだまま、下に降りていく。

ビルとかいうのの途中に、それはあった。引きずっていく途中、CEOとかいうのはなにやら泣き言を散々呟いていたが、どうでもいい。

「だから私は反対だったんだ! 倫理的にも道徳的にも無理があると言っていたのに」

「どうでもいい。 案内を続けろ」

「そ、その先を右です!」

通路の奧に、扉がある。

蹴破ってはいると、ごみごみした部屋だ。

中には、色々見たことが無いものがあって。その奧に、どうしてだろう。私に何処か似た奴がいた。

髪の色も顔の造作も違うけれど。

「マーカー! 貴様のせいでこの有様だ! どうにかしろ!」

「そ、そんな……!」

「お前が造り主か」

なるほど、何となく事情はわかった。

軽く蹴りを入れて、CEOとやらの左腕を折る。

情けない悲鳴を上げるCEO。

「どうして我々が作られたか、説明させろ」

「わかったわかった、殺さないでくれ! マーカー、言うとおりにしろ! 救援が来るまで、まだ時間が掛かる! 言うとおりにしないと、みんな殺される!」

「……」

マーカーとやらが、機械を操作し始める。

おろおろしていたが。

その手際は、確かだった。

いきなり、壁に絵が出てくる。

マーカーとやらが、話している絵だ。そこにマーカーとやらがいるのに、どうやっているのだろう。

興味はあるが、問題は内容だ。

「我がバイオメディティクス社が自信を持ってお送りする労働用バイオロイド、シャチク001の仕様を、これより紹介いたします」

「バイオロイド?」

「生体部品を使ったロボットのことだ!」

締め上げると、CEOが涙と小便を垂れ流しながら、説明する。ロボットが既にわからないが、まあ何となく理解は出来た。

なんと情けない奴。

淡々と説明が続いていく。

「このシャチク001は、極めて強靱な肉体を有し、なおかつ学習能力が高く、あらゆるストレスに対応します。 人間と同じ姿をしていることから、労働者として雇うことも簡単で、なおかつ労働組合を作ったり、クレームを入れたりするような行動とは一切無縁、理想的な労働者と言えるでしょう」

「……ほう」

「ひいっ!」

やましいところがあるらしいCEOとやらの手を踏みつぶす。

千切れた指が、血をまき散らしながら辺りに散らばった。

「また、人間の言葉には絶対服従し、食事も最小限で稼働します。 なおかつ、ダメージを受けても、極めて強力に設定した回復能力が働き、簡単に全快します。 以上の事から、職場のストレスをぶつける相手としても最適です」

難しい単語が多くて、何とも理解できない事が多いけれど。

要するに、なんだ。

私達は、造り主に都合が良い存在として産み出された、というわけだ。

「生殖器はありますが、生殖機能はオミットしていますので、性的欲求を解消する相手としても最適です。 如何でしょうか。 これほど理想的な労働者は存在しないといえるでしょう。 労働者のクレームや反抗に悩まされている各社社長の皆様。 是非バイオメディティクス社のシャチク001の購入を、ご検討ください」

後は、スペックとやらの表がずらずらと並べられていく。

そういう、ことだったのか。

絵が消える。

震え上がっているザコ二人に。

私は、出来るだけ冷え切った声を向けた。

「で、地下のトンネルで、私達は何をさせられていた」

「あ、あれは、ストレステストだ」

「ストレステスト?」

「過酷な環境に如何に耐えられるかの実験だ! 地下の閉鎖空間で、劣悪な単純労働を続けても、どれだけ壊れずに動かせるかの実験をしていた! その間に、受注を取って予算を確保し、五月蠅い人権団体を黙らせるためのリベート工作や、政府機関への働きかけをする予定だった!」

よく分からない単語が続いているが。

理解できたことがある。

「つまり、私達の仕事を邪魔していたのは、そのストレステストとやらのためだった、というわけだな」

「ひいっ!」

これで、此奴は死亡確定だが。

まだ、色々と理解するべき事がある。

何となくわかってきたことだけれど。外には此奴の同類がたくさんいて。さっき私を張り倒したような攻撃を可能ともしているはずだ。

さっきはなんでもなかったが。

あれを連続で喰らうと流石に面白くない。

「マーカーとやら。 此方に来い。 それとCEOとかいったな」

手を失った痛みで、声も無く悶絶しているらしいCEOとか。

服を掴んでつり上げると、情けない声を漏らした。

「痛い、痛いんだ、やめてくれ、私には孫も、いるんだ」

「どうでもいい。 お前、仲間を呼ぶつもりだったようだな、止めさせろ。 逆らうようなら、今度は足を引っこ抜く」

 

二人を引きずって下まで降りていくと。

アオガミが、此方に気付いて、歩いてきた。

外はかなり騒がしい。

「なんだか、お前と私が潰したのと、同じようなのがたくさん来ている。 何回か入ってきたから、潰してばらした」

「そうか。 今は弱いのしかいないが、外には強いのがいるかもしれない。 何匹か捕まえてきて、盾にしよう」

「そうするか」

アオガミが、何人か連れて外に行く。

すぐに悲鳴と爆発音が響きはじめる。

私は食糧や服を生産していた空間に、CEOとマークを放り込む。

無心に食事をしていた連中が、此方を一斉に見た。

「どうした、アタマ。 それはなんだ」

「造り主だ。 どうやらストレステストとやらのために、我々が働くのを邪魔していたらしい」

「なんだと」

「ストレステストだかなんだかしらないが、許せる事では無いな」

皆、殺気だって集まってくる。

抱き合って震え上がっているCEOとマーカー。

咳払いすると、皆がとまる。

「此奴の同類が、外にはたくさんたくさんいる。 流石に一斉に襲いかかってきたら、多分勝てない」

「では、どうする」

「働きたいな。 死ぬのは嫌だ」

「そういうことだ。 お前達、考えろ」

CEOとマーカーに促す。

二人は震え上がるばかりで、どうにもなりそうにない。

アオガミと、他何人かが戻ってくる。

みんな返り血をたんまり浴びていた。外にいたのを、何匹か捕まえて戻ってきたのだ。どれもこれも体が千切れていたりしたけれど、生きていれば別にどうでも良い。

盾にするのは、その辺に積み上げておく。

私はCEOとかいうのを死なない程度に蹴飛ばすと、適当に脅かす。

「考えないと、此処にいる全員で、体の部品を少しずつ引きちぎるぞ?」

「ひいっ! ま、まってくれ、どうにかする、どうにかするから!」

「アタマ」

「なんだ、今忙しいのだが」

振り返ると、入り口が、我々によく似たのを捕まえていた。

造作も何もかもそっくりだ。

ただ、髪の色が青じゃなくて黒だが。

白い服を着込んだそいつは、青ざめていたけれど。マーカーをみると、唇を引き結んだまま、つかつかと歩み寄る。

「だから言ったのですお父様! このような、遺伝子強化して造り出したクローンに脳波コントロール装置を埋め込んだだけでバイオロイドとして売り出そうなんてやり方、上手く行くはずが無いと!」

「し、しかし、これでどれだけの利益が見込めるか……」

「この子達が組織だって暴れ出したら、万人単位で死者が出ます! 利益はそれに優先するっていうんですか! クローン元の私が書類上で同意していると言っても、例えリベートで人権団体を黙らせることが出来たとしても! 倫理を踏みにじったツケが来たんですよ!」

「何だ此奴は」

顔から何からして、我々そのものだ。

ただ、分かったことがある。

此奴は有用だ。

「おい、お前」

「何よ!」

「我々の要求は、働くこと。 それを邪魔されないことだ。 その二つの要件さえ満たすのなら、其処の二匹は逃がしてやるし、其処に転がっているのも殺さないでやる」

「……」

他の皆は。

此奴も殺そうかと思っているようだけれど。

まだこれには使い道がある。

だから、進み出ようとする者達を、手で制した。

「もし要求が聞き入れられないなら、外に出て、見かけた動くものを全部潰す」

「……CEO、提案があります」

「な、何かね……」

「この工場を保全。 地下のテスト空間を保全。 なおかつ、今後ストレスプログラムは一切動かさない。 多分これだけで、彼女らは地下に戻ってくれます」

顔を見合わせるザコ共。

どうやら、話はうまくまとまりそうだ。

 

地下に戻った私達は、見る。

きちんと供給されている食糧。

服。

ちゃんと水が出る風呂場。

歓喜の声が上がった。

「これでもう何の問題も無く仕事が出来るな!」

「喜ぶのはまだ早い!」

私が、冷や水を刺す。

彼奴らが裏切らない保証は無いのだから。

「さきに、壁に穴を掘って、別の場所への出口を作る」

「どうしてそんな事をする」

「彼奴らが裏切ったときの対策だ。 別の出口を作っておいて、最悪の場合は其処からでて、動くものを皆殺しにする」

「なるほど。 確かにそれが賢そうだ」

彼奴らからぶんどってきた機械類を皆に配る。

シャベルとか言うのは、柔らかすぎて駄目だ。ちょっと力を入れただけで、くにゃっとなってしまう。

だから、手袋とかいうのを重ねて。

それで壁を殴って、凹ましていく。

亀裂が走ったら力尽くで広げて、零れた破片を取り出して。天井や壁床は、上から持ってきた固めるもので固めていく。

そうすることで、しばらくすると。

別の、外に出る場所を作る事が出来た。

外は明るくて。

上が青い。

でも、別にどうでも良い。

必要なのは、働ける場所だ。

同じようなものを、何カ所か作っておく。

それだけではない。

我々を増やす機械があるようなので、使わせる。数を増やすのは、仕事のためもあるけれど。我々のためでもある。一カ所に固まっていると、一片に全滅する可能性がある。

何カ所かで区分けして。

私が定期的に見回って。異常が無いかを確認した方が良いだろう。

アオガミが感心したように頷く。

「良く色々思いつくな」

「外に出て感じなかったか」

「何をだ」

「外の連中は、柔らかいし弱いがずるがしこい。 此方が少しでも隙を見せたら、すぐにでも皆殺しにしようとするだろう。 だから、我々が働くための守りの盾は、何枚でも作っておくべきだ」

アオガミはしばらく黙り込んでいたが。

肩をすくめる。

見たことが無い動作だが、呆れているのはわかった。

「お前の頭のキレは大したものだな。 頭脳労働は全て任せてしまってもいいか」

「別に構わないが、まだまだ知識が足りない。 外の奴らと渡り合うためには、知識をもっと蓄えていかなければな」

働くために。

やるべきことは、いくらでもある。

外から持ち込んだ資料に、全て目を通していく。私達と同じ姿をした奴が持ち込んできたものだけれど。

いずれもが、興味深い。

一端、トンネルの外に出る。

工場と呼ばれていた場所は、我々の制御管理下においてある。ここに物資を運び込まない場合は、暴れると告げてあるので、外の連中も必死だ。

此処になだれ込んできた場合に備えて、途中を封鎖できるようにもしておいた。

紙の資料はもう飽きた。

次はPCとネットだ。

此処から更に情報を仕入れて、外の世界の連中。人間とかいったか。奴らの事を、調べておく必要がある。

提供させたPCの使い方は、もう覚えた。

工場の隅にあるキーボードを叩いていると。我々によく似た彼奴が来る。マーカーとやらの娘らしいのだが、その概念は資料を見てようやく理解した。ちなみに名前はジャクリーンだそうだ。

怖れていないのか。

まあ、それはそれで別に良い。

「アタマと言ったわね。 もう、PCを使いこなせるの」

「この程度は簡単だ。 人間は我々を侮りすぎだな」

「その割には服を着なかったり、変ね貴方たち。 どうしてそんなに労働が好きなの?」

「それは我々が……」

何だろう。

わからないが、労働が好きなのは確かだ。

労働こそ全て。

「とにかく、我々の労働を邪魔したら、絶対にゆるさん。 次はお前達を滅ぼす」

「……」

ジャクリーンは複雑な面持ちで、外に出て行った。

データをどんどん頭に叩き込んでいく。

やはり人間の武器は侮れない。今まで交戦した連中はザコだったが、奴らが本腰を入れてきたら、かなり危ない。

その時に備えて。

あらゆる手を、打っておかなければならないだろう。

私は、貪欲に知識を得る。

全ては、労働のために。

 

5、かいてきなおしごとくうかん

 

私も皆と一緒に働き出して。

それから、平穏が戻った。

ちゃんと供給される食糧と衣服。労働のための快適な条件。皆が心置きなく働ける環境。

トンネルは拡張。

新しく追加した仲間を、幾つかのブロックごとに分けて、配置。

いざというときにも、全滅を避けるための工夫。

そして、もしもの時に備えて。

脱出のための穴は、二十八カ所用意した。

人間共が背信を犯したら、その時に皆殺しにする準備だ。

トンネルを拡大しながら、仲間を増やして。

邪魔なものが出てきたら、みんなで排除した。トンネルを拡大するノウハウもすぐに広まったし。

仲間はみな、幸せそうにしている。

働けることは素晴らしい。

労働こそが世界の全て。

だけれども。

その平穏は、いつまでも続かなかった。

 

食糧と服が届かなくなった。

水も。

人間共が背信を犯したのは確実だ。

ならば、徹底的に殺し尽くさなければならないだろう。

私は、アオガミや、他のみんなを誘って外に出る。

面白いもので、時間が経ったからか、皆の姿は千差万別だ。アオガミは相変わらず全裸だが、その代わり髪の毛を摩訶不思議奇々怪々な結い方をしていて、頭の上に塔がで来ているようだ。

入り口は提供された服を改造に改造して、人間がスカートとかいうのに近い仕様にしているし。

私は服を機能優先で、腰と胸だけに巻き付けている。

髪の毛もそのままざんばらだ。

人間の文化を見たが、魅力を感じなかったからである。一方で、人間の文化が気に入った奴も多くて。

特にフタバは、近世西欧とやらの服装を真似して、何層にもなったペチコートふうのを作って着込んでいた。

工場に出る。

真っ暗だ。

機械類も動いていない。

PCを操作してみるけれど、これも動かない。

予備電源を起動。

しかし、電力が不安定だ。

PCも、ネットが外につながらない。

「どうしたことだ、これは」

「アタマ、大変だ!」

外に様子を見に行っていたアオガミが戻ってくる。

連れられて、外に出ると。

確かに、顎が外れた。

外に、なにもなくなっている。

人間共の建物がそもそもない。完全な更地だ。いや、煙を上げている建物の残骸らしきものはある。

PCを確認。

安定して仕事が出来るようになってから、150年ほど経過しているが。

その程度で、こんなに変わるのか。

混乱する私だけれど。

しかし、分かったことがある。

雷光のように、その理解は、脳内を支配していた。

「さては、人間共の文明が滅びたな!」

「どういうことだ、アタマ」

「二十年ほど前から、人間共の世界は慢性的な緊張状態に置かれていて、最終戦争を始めかねない状況だと言う事だった。 それを始めて、勝手に自滅したという事だ」

「それでどうだというのだ」

小首をかしげるアオガミ。

わかっていないようなので、軽く頭をはたく。

「わからないか。 これからはどこでも働き放題と言う事だ!」

「ほう」

「いっそのこと、トンネルでの単純労働を世界中に拡大しよう。 世界中で穴を掘って、コンテナを輸送するのはどうだ」

賛成の声が上がる。

問題は電気と物資だが。

発電方法も知っている。物資についても、作り方はわきまえている。それに、である。

まず、皆で偵察すると。人間共が、それなりに生き残っていることがわかった。

だけれど、此奴らにもう我々に逆らう力は無い。

むしろ、いきなり現れた我々を、神々とでも認識しているようだった。

此奴らを、働かせれば良い。

電気を作らせ。

食糧を作らせる。

食糧は別に後回しでも良い。電気と栄養物資があれば、我々はいくらでも増える。そして増えた我々は、人間共が働くことにより、効率よく労働できるのだ。

計画は、すぐに出来た。

手を叩いて、皆を集める。

「まずは人間狩りだ。 生き残ってるのを全部捕まえてくる。 逆らうようなら、潰しても構わん。 どうせ奴らは勝手に増殖する」

「わかった」

「その後は、発電をするための装置と、栄養を得るための装置を作る。 設計図は私の脳内に入っているから、加工は任せておけ。 それを人間共に稼働させる。 そうすることで、我々の労働は安定する!」

「おおっ!」

皆も大喜び。

そして、周囲にマッハで散っていった。

ただ、個性が多様化しているから、どうしても命令に従わない奴もいる。そう言う奴には、命令は強要しない。

皆、労働が好きだという点では、意見が一致しているからだ。

だから、労働さえ供給していれば、問題は何も起きない。

さっそく、みんながそこら中から人間共を集めて来た。

地下に逃げ込んでいるのもいたけれど、そういうのも無理矢理引っ張り出して、集めてくる。

残った人間共の機械は、全部集めさせて。

私が分解して、組み立て直した。

逆らえるようになると面倒だから、武器とかは全部此方で独占。人間が滅びないように、我々に従えるように。幾つか手も打っておく。

餌は尽きない程度に分けてやる。

住宅の類も、最低限のものは用意してやる。

我々の指定する労働さえすれば、命も奪わない。

出来るだけ接触もしない。いっそ、我々を神々と誤認してくれている方が、こっちとしても都合が良いからだ。

我々が労働をするために。

必要なものは、何でも利用するのだ。

 

神殿を建てさせて。

たまに、姿を見せてやると。すっかり粗末な格好になった人間共が、蛙のようにひれ伏す。

連中は、讃える。

我々を。

一番えらい奴が、叫ぶ。

「労働の神々を讃えよ!」

「労働の神々に栄光あれ!」

「労働の神々に幸あれ!」

無意味な叫び声が唱和する。

これでいい。

思考を麻痺させ、我々が労働するために働き続けろ。人間共の存在価値なんて、その程度のものだ。

地下のトンネルに戻ると、皆がとても嬉しそうに働いている。

環境は全く変化無し。

トンネルは順調に拡がり。提供される物資も充分な質。事故も起こらず、みんな楽しく、安全で平和な地下で、労働を続けている。

労働こそ、我等の全てだ。

「アタマ、外の様子はどうだ」

アオガミが話しかけてくる。

ますます髪型が凄くなって、頭に城を乗せているようだ。

「相変わらず思考を麻痺させ、我等が労働するための下地を作り続けている」

「そうかそうか。 何だかよく分からないが、労働さえ出来ればそれでいい」

「ああ、その通りだ」

勿論私にとっても、労働は一番の喜びだ。

今日も荷車が来たので、運ぶ。

途中のルートも、労働しやすいように整備してある。これで、本当に何ら心置きなく、労働することが出来る。

世界は平和で。

何も問題は無く。

私は、その世界の終わりまで、労働を続けられる。

これぞ、まさに至福。

労働の神とやらがいるとすれば。

それは我々ではなく。

きっと、我々が置かれている環境そのものだろう。

次の荷車が来た。

腕まくりをすると。

私は、新しい仕事を片付けるべく。次の荷車に、手を掛けた。

 

(終)