4 ガラスのKiss 〜エピローグ〜

                        

「ここがリハビリセンター。・・・、ほら、あのロン毛の療法士が熱血鴨狩 圭太よ。」
「へえ〜、あれがウワサの・・・かっこいい人ですね。あの人も琴子さんと同期?」
「そーなのよ、入江先生と琴子取り合って玉砕したのよー。」

マヤは看護士の桔梗 幹(もとき)につれられ、昨日から医学部と病院施設を見学していた。
今日は看護学生の実習服を着て、ちょっとずつ看護体験もさせてもらっている。

「紅天女」のクランクインまで、マヤはFNAテレビの病院モノのドラマに主演する事になった。
初めての病院モノ、しかもラブコメに、マヤはなんだかうきうきしていた。

恋人にふられ、失敗で職も失った‘麻衣子’が、心機一転、ナースを目指す物語である。
あわよくば医者をGETしたい、という不純な動機もあった主人公だが、
キビシイ現実とぶつかりながらナースとして成長していく・・・といった役どころだ。

シナリオを読んで、どうもやる事なす事ヘマばかりの‘麻衣子’に、
いつも真澄に聞かされていた琴子の事が、真っ先に頭に浮かんだのだ。




「おい、幹、余計な事を言うな!・・・それで彼女が北島さん?」
「こんにちわ。おじゃまさせて頂いています。」
「最近おたくの社長さん、来てないな〜。会ったら、サボらないでリハビリするよう、言っといて下さいよ。」
「うふっ、伝えておきます。」

何で僕まで来なきゃなんないんだ、と言わんばかりの顔で医学生役のノブヒロがふてくされて立っている。
女性患者のほとんどの視線は彼に釘付けだった。

「僕なんか、お世話になったセンセイ達の仕草、ぜーんぶ再現できるさ。
入江先生みたいなんだったらお手のもんだぜ。」


退院後撮影した主演映画で、ノブヒロは最近俳優として注目されている。
モデルの仕事より、少しずつドラマの仕事が増えつつあった。

彼は今回のドラマでは、当初主人公が担当する患者役候補だったのだが、
子供の頃から腎臓が悪く、ずっと入退院を繰り返してきただけに、患者役はかなり抵抗したらしい。
それだけに、マヤにからんでくる医学生役、と聞かされた時は、ノブヒロにしては素直に喜んでいたようだ。


「・・・そうでしょうね。でも、マネだけじゃあなたの‘役柄’では無いわ。」
「はいはい、おねーさま。わかっておりまする〜。」
「お、おねえさま・・・?」
18歳のノブヒロを前に、マヤは改めて自分のトシを感じた。



「琴子はっと・・・、ついてきて!」
マヤとノブヒロは琴子がいるという個室までついていった。

「・・・!なんかうなってますよ・・・大丈夫なんですか?」
「陣痛が来たり、よわまったり・・・の繰り返しなの。ダイジョーブだって。でもそろそろ24時間だわね。」
「に、24時間も苦しんでるんですかぁ?」
「そんなのザラよぅ。あ〜ん、私も体験してみたーい!」
幹の言葉に、マヤは一瞬ひいてしまった。


「・・・こんにちわ・・・ハアハア・・・」
「ごめんなさい、こんな所までおしかけちゃって・・」
「ハーイ、マヤさん、もう一日たったって?」

なかにいた入江医師とそっくりの弟と母親らしい人とあいさつをかわした。
「んまあ〜、北島マヤさんなの?!私、主人と『紅天女』、観に行きましたのよ。すばらしかったですわ〜。
まあまあノンちゃん、こんなすてきな方と共演するのね!スゴイわ〜。」

どうも入江ママは、息子よりも嫁の方と波長が合うらしい事が、マヤには一瞬で感じ取れた。


「・・いま・・・ちょっとだいじょうぶ・・・おさまった・・昨日は看護科行ったんですって?」
「はい!ちょうど戴帽式で、こっそり参加させてもらいました。」
「・・・そんな季節なんだ・・あ〜、思い出すなあ〜。」

どうやら琴子にとって看護生達が病院実習に入る前のこの儀式には、思い出がいっぱいのようだ。

「何人かでキャンドル持って朗読していた・・・ナイチンゲール誓詞・・ってすごく感動しました。・・・えーと、

     我が生涯を清く過ごし
     我が任務を忠実に尽くさんことを

     我はすべて毒あるもの 害あるものを絶ち  
     悪しき薬を用いることなく
     また知りつつこれを勧めざるべし

     我は我が力の限り 
     我が任務の標準を
     高くせん事を努むべし

     我が任務にあたりて取り扱える人々の
     私事のすべて 
     我が知り得足る 一家の内示のすべて
     我は人に洩らさざるべし

     我は心より医師を助け
     我が手に託されたる 
     人々の幸いのために
     身を捧げん

                 ・・・・・・でしたっけ?」


「・・・いっぺん・・・聞いただけよね?」

「はい。一度聞いたセリフ、覚えちゃうんです。」
病室にいたマヤ以外の全員、ぽかん、と口を開けたままだ。

「う、うっそー!」
「うわ〜、ホントに天才だ!」
「でもさー、一度で覚えちゃったら全然ドジな看護生って感じじゃないわよ〜!」
「そ、そうですか・・・?」
幹の言葉に、マヤはあせってしまった。
「この子ったら、ナイチンゲール誓詞の最後の方、たったあんだけ覚えられなくって、私と半ぶんこしたのよ。」
「・・・・・そういうモトちゃんだって・・・自分が言いたかったんじゃない!」
「そーよ、私は一年も前からそらで覚えてたんだから!」

マヤはふたりのやり取りを聞きながら、琴子が朗読したという最後の一節を心の中で繰り返してみた。

      
     我は心より医師を助け
     我が手に託されたる 
     人々の幸いのために
     身を捧げん


・・・・琴子さんにとって‘医師’とは、入江直樹以外の何者でもなかっただろうな。
・・・・私の‘麻衣子’には、そんな人が出来るのかな?




「さ〜、琴子ちゃん、様子はどうかな。ちょっとごめんなさいね。」
入ってきた助産婦が手早く内診した。

「よーし、全開だ。琴子ちゃん、覚悟はいい?」
「・・・ハア・・・イタタタッ・・・もう・・・覚悟だけなら昨日から・・・・ウウ・・・できてるんですけどー!」
「ホラホラ、呼吸法!入江先生、分娩室で待ってるわよ!」
「・・・ひえ〜!スースー・・・入江くんが〜?・・」
「やるわね〜、お兄ちゃん!我が子を自ら取り上げるのね〜!んも〜!私たちもはいれないの?」
「・・・・お、おふくろ!迷惑だってば!」
「琴子!頑張るのよっ!・・・あ〜ん、なんで私は子供を産めないのぉっっ!」
「男のくせに何いってんだよ!」
「オトコって言わないでよー!」
「ちょっと裕樹、ビデオのバッテリー大丈夫?」


賑やかな声が分娩室まで続いた。






「ただいま」
「おかえりなさい」

麗と一緒だったアパートを出て、一人でマンションで暮らしはじめたマヤのもとに、
すこし前から真澄が通ってくるようになっていた。

「琴子さん、男の子、産まれたんだよ〜。」
「へえ・・・そうか・・そりゃめでたい。」
「あんなにちいさいのに、目鼻立ちがお父さんに似て、口元がお母さんに似てって、わかるの。」
「はは・・・性格はなるべくごちゃまぜがいいな。」
「うふっ」

上着を脱いだ真澄の胸に、マヤが体を預けてくる。

「鴨狩さんが、ちゃんとサボらずにリハビリして下さいって。」
「・・・」
「ちょ、ちょっと!」
いきなり真澄はマヤの背中とヒザに手を廻し、抱き上げようとした。
「ーくっ!」

抱き上げられず、そのままソファに倒れ込んでしまった。

「・・フッ、まだまだお姫様抱っこにはほど遠いな。もう少し頑張るとしよう。」
「・・もう〜、いきなりやるからびっくりしちゃった。」
「いつかオレ達の子供も、肩車してやらなきゃな。」

マヤはちょん、と真澄に口づけた。
「ちょっと気が早すぎます!」
「映画が終わったら、婚約発表だな。」
「・・ん。」
今度は真澄から、深く口づけた。


 

ようやく終わりました。(感涙!)
予定より、ずいぶん長くなってしまいました。
ここまでつきあってくださった皆様、とうもありがとうございました。
おかげでスッキリしましたぁ!
最後のくだりは、ほとんどオマケ状態です。色っぽいのは苦手でございまして・・・(汗)。


長編コミックスには、ファンにとって必ず「○巻よっ!」というお気に入りの「聖典」があるもの。
イタkissは何と言っても、
降りしきる雨の中、入江君が琴子に愛の告白をした10巻、
ふたりの間がギクシャクしていた時、入江君が満員の学生食堂で恋敵の鴨狩圭太に、
「おまえには琴子は必要ない、必要なのはおれだ」と宣言した16巻でしょう。
この16巻には、戴帽式のくだりもあり、何度も読み直しては涙したもんです。


しかしいくらマヤちゃんでも、あんな難しげな言葉は1度聞いただけじゃ、覚えられないと思う。
(なら書くな>自分!)
それとも、意味なんておいといて、音で覚えるんでしょうか?
そこんところ聞いてみたいぞ天才少女!


最近、多田かおる先生のオフィシャルサイトが、旦那様の西川 茂氏により、立ち上げられました。
イタkissはじめ、「愛してナイト」「デボラがライバル」等のイラストが公開されています。

http://www.minato-pro.com/kaorutop.html