篠原千絵の作品から
海の闇、月の影
1995年から連載された「天は赤い河のほとり」が完結しました。 途中参加の私にとっても、ツボにはまって、とっても楽しみにして読んだ作品でした。 わりに予想範囲の完結でしたが、それで十分お腹いっぱい、よかったです。 特にナキア様の悪女たる「理由」、連載時にはいまいち動機が不十分でしたが、 コミックスで書き足されていて、なかなか良かったです。(泣けました!) が〜!! 何か、中途半端な気がしないでもない。 歴史ロマンとして読むのも、 冒険物として読むのも、 魔法物として読むのも、どれを取ってもちょっとずつ不満が残る。 カイルよ、政治に魔力は使っちゃいけないが、魔術には魔術で対抗したって悪くはないと思う。 一巻でユーリがカイルを‘落とした’「身分ってのは、上の者が下の者を守るためにあるんじゃないの?!」 のセリフの論理でいけば。 一体‘篠原 千絵’はナニモノなのか?! どんな作品を描いてきた漫画家なのか? 他の作品も、こんなスケールの大きさなのか? 謎と恐怖に満ちた世界なのか? エロいのか?(爆)。 そんな興味で、他の作品を読んでみる事にしました。 なお、別冊宝島316「日本一のマンガを探せ!」*では、篠原千絵は、『謎と恐怖』ではなく、 『愛の試練、性の深淵』ジャンルの振り分けられている。 (ちなみに細川智栄子も同じである。納得いくような、いかないような・・・。) *別冊宝島316「日本一のマンガを探せ!」 2000作品1000人の作家を12のジャンル別に紹介。あなたの気になる作家はどんなジャンル? (1997年発行なので、最近の作品は載っていません。) |
海の闇、月の影 (1987連載開始 小学館文庫全11巻 小学館さん、連載期間くらい明記してよ) 【おはなし】 一卵生双生児の流水(るみ)と流風(るか)の姉妹、 そしてふたりから愛された当麻克之をめぐる信じがたい事件ー。 女子陸上部のハイキングで、一行は海辺の洞窟(古墳)で雨宿りをする。 崩れた岩の向こうから流れてきた異臭に部員達は倒れ、姉妹を残して全員死んでしまう。 古墳の玄室から流れてきたのは実は未知のウイルスであり、 生還したものの、ウイルスは双子の体内で増殖を始め、流水と流風のなかで、違う作用を引き起こした。 流水の中では、彼女の欲望や憎悪を増幅させ、ついには望んだものを手に入れるための‘能力’を。 流風の中では、それに対抗する免疫を、流水の暴走を防ぐ‘能力’を。 見た目そっくりの仲良し双子は、当麻克之をめぐって、壮絶な戦いを繰り広げる事に。 彼女達の能力に目を付けた天才科学者ジーン・ヨハンセンの登場で、お話は地球規模になってゆく。 ジーンは、自分の意に添う世界をつくるために、ウイルスを世界中にばらまこうとしはじめるのだ。 彼を倒す事で利害が一致した流水と流風は、力を合わせて戦い彼を殺すが、 ジーンが作った抗ウイルスの治療薬の処方箋をめぐっての、新たな戦いが始まる。 処方箋を持つ5人(ホントは6人)の‘能力者達’との戦いを切り抜けるものの、 処方箋はそろわず、彼女達の敵は、警察になってしまう。 投降の前に、協力者の科学者のもとで、もとに戻るための治療を受けるも、失敗に終わる。 一度は者の自分に戻る決意をしていた流水は、警察の尋問でキレて暴走し、 絶望から流風と永遠の決別をするー。 【謎と恐怖】 流水と流風がウイルスによって得た能力、 空中に浮かぶ 物体の中を通り抜ける タフ&そう簡単に死なない 一年以上は絶対経過しているのに、お手入れする余裕もなかっただろうに、 髪が全然伸びない(それって能力か?!) そして、その力は月の満ち欠けに支配され、満月期には最大の力を発揮し、 新月期には力は発揮できない。 流水は血液感染によって、意のままに操れる‘仲間’を次々と増やす事が出来る。 最初はキスで相手の唇に噛みつき感染させるのだが、なかなか倒錯した場面だったりする。 仮死状態に陥った感染者の体は、マリンブルーに変色し、2時間たつと流水のロボットと化す。 (流水は狼男と吸血鬼の力を持つのか?>おい) ところが、ジーンはロボットの大量生産(!)のために、流水の血をダム湖に投入するのだ。 それによって県全体、警察から自衛隊まで支配下に入れてしまう。(すごい感染力!!) なぜかしら感染しなかった者は、骨も残さず焼却処分される。 1987年連載開始の作品だが、オウム事件と炭素菌事件を経験した我々には、 たかがマンガと、なんだか笑えない。 天井からさかさまにヌッと出てくる流水の姿も十分コワイが、私にはこっちの方がはるかにコワイ。 【愛の試練、性の深淵】 家族以外は誰も双子を見分けられないのに、当麻克之だけが彼女達を過たずに見分けられる。 (ただし、読者は見分けられる。作者の微妙な描き分けは見事です。) 流水曰く、「まず流風、そして残ったのが私」と。 「なぜ私ではなく、流風なの」と。 ふたりを隔てたのは、ただ当麻克之の愛だけだった。 流水にとって一番欲しかった相手は、流風を愛しており、ついでに流風の免疫をもらっており(!)、 流風のためには命さえも惜しまないのだ。 どうにもならない気持ちを暴走させた流水は、克之の両親を惨殺してしまう。 その事がかえって自分を傷つけ、流水の流風への憎悪はさらにつのってゆく。 「正気でない克之だったら、自分と流風を間違えるのだろうか」と、 流水は睡眠薬を使ってまで、正気のない克之と‘やって’しまう。 『最高で最悪の時間』を過ごしてしまった流水はさらに傷つくのだ。 自分とやっちゃった事を克之への脅しに使う流水だが、結局彼女はカードを使えなかった。 何をしようとしても、克之と流風の絆を断ちきる事は不可能だと知っていたから。 ‘怪物’と言っていいような流水だが、彼女の心の悲鳴を聞く読者は、決して彼女を憎めないのだ。 そんなところで、『天河』のナキア様と通じるものがある。 対して、克之の愛を一身に受けた流風。 すべての美徳を手に入れたような流風だが、それはあくまで大切な人が側にいるからこそ。 克之が行方不明の時、 姉が目前で殺された時、 ‘たが’がはずれようとする。 「流水に何かあったら、ビルくらい破壊する」などとおっしゃる。 流水と流風は紙一重なのであり、このへんが作者のうまいところだ。 克之と流風は、出来そうで出来ない。 いつも寸前でストップ、又は自制心が働きすぎ。 前の恋人の椎名今日子(彼女は能力者だった)とはやっちゃってたクセに。 流水との最後の決戦で死を覚悟した流風が、克之の寝込みを‘襲う’がまたしても未遂で終わる。 死を覚悟している相手に、「止めはしない、絶対戻ってこい」と言う恋人なのだ、彼は。 【人が死ぬ!】 ひょっとして篠原センセの作品中、一番人が死ぬ作品なんだろうか。 (『天河』の戦争場面はこの際おいといて) およそ少女マンガらしからぬ設定だ。 同じ陸上部員、そして克之の両親を殺したあたりから、完全に流水の‘たが’がはずれる。 流風と克之に味方したもの、もしくは感染しなかったものは、容赦なく殺されていく。 都合良く彼らに手を貸す者が現れるが、「コワいから味方したくない!」と思うヒマ無く殺される。 なんと主人公流風でさえ人を殺す。 ジーンと最強の双子イアンとクリスのヨハンセン兄弟。(この人達は自業自得か) 克之も流風を助けるためとはいえ、操られた人々を殺してしまう。 結果、拳銃をはじめ武器を見事に扱い、超能力者とわたりあえる最強の一般人と化す(おいおい)。 『天河』でザナンザ皇子はじめ、多くの主要人物が死んでいき、最後にルサファも死んでしまったのは、 この作品にしてみれば、言葉は悪いが‘軽いモノ’か。 【結末】 甘くない結末だった。 最後の決戦は、ふたりとも高校の制服姿。 彼女達が幸せな双子の姉妹だった頃の象徴。 流水は、心の奥深い所に元に戻りたい気持ちがあるものの、何としても流風を殺して自分の望みを達成し、 生きていこうと。(流水には、感傷的な相手の手による自殺行為などする気は、さらさら無い。) 流風は、人を殺し支配するしか生きる道が無い流水を 自分が連れて逝こうと。 皆既月食によって先に力を失った流水が致命傷を負い、 流水は「幕を降ろすのがあんたの義務だ」と言い、 「もし逆の立場だったら自分が望む事をするのだ」と流風は言い、拳銃で流水の頭を撃ち抜く。 ハッピーエンドを期待する読者の気持ちを こうまで無視する作品もめずらしいんではないかと思う。 愛する流水を自ら殺し、遺品も何もかも持ち去られてしまう流風に、告げる克之の言葉だけが救い。 「きみ自信が流水の形見だ」と。 そしてわかった。 たいていの篠原千絵の長編は、終わり4ページほどは風景で終わる(笑)。 【思い切り蛇足】 『天河』で動物たちが活躍するが、ここでは犬。 四人目の‘能力者’は、犬のシンだった。 彼(?)は飼い主の真由子を流水に殺された後、 気持ちを理解し傷の手当てをしてくれた流風についてくる。 結構コワイ犬なのに、存在するだけでなごむのが動物キャラだったりする。 ヨハンセン兄弟に操られるも、最期は流風を助けるためにイアンに撃たれる。 ジーン・ヨハンセンも、いとこであるイアンとクリスの双子兄弟も、ソ連領カレリアの出身という設定。 連載当時は、まだ‘壁’は崩壊していなかったのだなあ(しみじみ)。 カレリアは実際にある地方で、第二次大戦後フィンランドからソ連に割譲された土地。 フィンランドを代表する作曲家シベリウスの作品に、組曲「カレリア」があります。 (若い頃好きだった曲です。今でも十分好きですけど。 いかにも北欧風のプレリュードに始まって、白夜のもとでお祭さわぎしているようなマーチに終わって。) ジーンが生まれた土地の住民は土地に定住する事にこだわり、 双生児の出生率が80パーセントを越える・・・って本当かどうかは知らないが。 家族は西側へ亡命しようとして全員射殺されてしまう。 流水と流風に「カレリアを見せたかった」というのが、ジーンの極悪人たる‘理由’。 (つまり、彼の自由になる世界が欲しかった・・・と。) |
その他の作品から 稜子の心霊事件簿(1987〜1991 ちゃお連載 小学館文庫全2巻) 翠川稜子(みどりかわ りょうこ)が飼っていた猫のポウが突然死んだ。 母と兄と、三人で庭に埋めたハズなのに、翌日、ポウはもどってきた。 宙に浮いて、稜子に話しかけてくる。 その後に見えたのは、若い男の霊だったー。(きゃあきゃあ〜) ポウの死体に住み着いたのは、日下部 拓(くさかべ たく)の生き霊。 彼の本体はどこにあるかわからない。 霊を感知し呼び寄せる体質の稜子と、悪霊を退散する力があるポウ=拓の、共同戦線が始まる。 彼らふたりは、12月12日の正午生まれ(4年の差はあるが)。 その数字が物語のキーナンバーとなるのだ。 すなわち、12は13=魔を封じる数。 ふたりがそろえば、‘魔’に対し、大きな力を持つ。 それゆえ、拓は悪霊に襲われて体を奪われ、稜子も狙われる・・・。 いろいろあるんですが(笑)、めでたく拓は自分の体に戻り、激しい戦いの末、ふたりは勝利をつかむ。 キーポイントは猫でしょう。 篠原センセは猫を飼われているらしい。 稜子は毎晩、猫と一緒にベットに入る。 実はその中身は大学生のオトコだ。(考えるとアブない設定で、結構笑える) 拓が自分の本体に戻った時、ふたりはポウの体を万年雪に埋める。(後でまたその体が必要とされるのだが) なかなか泣ける場面です。 前半は様々な心霊事件にブチ当たる話が続きますが、 ‘ストーカー’のお話が出てくるんですよね。(「闇の呼ぶ声」1988) 稜子に一方的に愛を告白した男が、事故死した後も悪霊になって稜子をとり殺そうとする。 これも結構‘先見の明’がある作品かも。 掲載がちゃお誌であったせいか、エロ度は低い。 ふたりがKISSをするとパワーアップする程度。 それ以上の場合はどうか、不明(爆)。 短編集より 「凍った夏の日」「そして5回の鈴が鳴る」ふたつの短編集が出ています。 どちらも、心霊モノ、猟奇モノ、サスペンス&SF満載! デビュー作(紅い伝説 1981)からこのかた、ごく普通のラブストーリーは無い!!(あったらスマソ) 凍った夏の日 (短編集「凍った夏の日」より 1988週刊少女コミック掲載) エロも、超能力も、もののけも、何もないけど「やられた!」と思った作品。 ある夏の日、主人公の少女が留守番をする家に、拳銃を持った青年が押し入る。 「家を売却した金があるハズだ!」と。 父は2年前亡くなり、継母とふたり暮らしの家は、確かにもう売却されていた。 母親が帰ってくるまで人質にされた少女は、スキを見て拳銃を奪い冷蔵庫に入れて鍵をかける(!)。 そのまま青年と籠城するハメになり、二晩を過ごす・・・。 平凡な日常を突き破る恐怖、 だがその日常こそ、少女にとって耐え難い日々であった事が、読者のもとにさらけ出される。 少女の体に残る無数のアザを見た青年は、なぜだか少女に対し、やさしくなっていく。 誰にも言えなかった継母からの虐待を告白し、少女もまた、青年に心を許す。 物語の最後に、ドンデン返しが用意されている。 やられました。 あえて結末は書かないでおこう。 読者は少女の幸せを願わずにはいられないのです。(おみごと!) 自殺室ルームナンバー404 (短編集「凍った夏の日」より 1985女性セブン増刊Wink掲載) これも「あっ」と驚くドンデン返しが・・・。 あるアパートの404号室は、過去ふたりの飛び降り自殺者を出した部屋だった。 その部屋に、主人公の女性衿子は友人の真理と住むために越してくる。 衿子は、真理とその恋人透が最近仲がしっくりいっていない様子なのが気に掛かる。 本当は衿子は透の事が好きだったため、透の部屋の真上の、その部屋に越してきたのだった。 その晩から、衿子は金縛りに遭い、窓に不気味な影を見る。 そして、404号室に新たな犠牲者が・・・。 女性誌にも描かれていたんですね〜! さすがに少女向けにはムリな、Hシーン満載の大人なサスペンスです。 あれ、心霊モノじゃないのっ?て・・・・はい、これもキッチリやられました。 読んでのお楽しみにしときましょう。 |
表題作 「そして5回・・」 では、霊に取り憑かれていたとは言え、ヒロインは3人の男を殺してしまう。やっぱり、篠原千絵はコワイ。 |