大魔法使いクレストマンシー

世界’は、私たちが住む世界だけではありません。
実はたくさんたくさんいろいろな世界があるのです。
九つの関連世界に、そこから虹の色のように分かれていった多くの世界。
そこには魔法があふれる世界・機械文明の世界・ドラゴンや人魚のいる世界、
もちろん、わたしたちの世界もあります。
(魔法使いハウルの世界も、ジブリのハウルの世界も・・・爆)
その、たくさんの世界を行き来し、魔法がおこす問題を解決するのが
大魔法使いクレストマンシー。
「クレストマンシー!」と呼べば、彼はそくざに時空を越えてやってきます。


魔法使いはだれだ クリストファー魔法の旅 魔女と暮らせば トニーノの歌う魔法 魔法がいっぱい

出版順でなく、ワタシの読んだ順(笑)。


魔法使いはだれだ 表紙 魔法使いはだれだ

 原題 Witch Week
           (1982)

  訳 野口絵美 
  画 佐竹美保

     徳間書店
 「このクラスに魔法使いがいる」
ワークブックに挟まれた告発メモを見た先生は動揺します。
なんせ、「魔法使い・魔女」とばれたら最後、捕まって火あぶりにされてしまうのですから。
・・・イギリスの小さな街にあるラーウッド寄宿学校の生徒には、身内が火あぶりにされてしまった子が大勢。
「誰かがホントに魔法使いだ」という可能性は十分、先生や生徒たちは疑心暗鬼にかられます。
音楽室に鳥の大群がおしよせたり、学校中の靴が全部体育館が詰まっていたり、ついには魔法使いにさら
われた男の子が・・・さあ大変!魔法使い審問官が学校にやって来ちゃう!!
我らのクレストマンシーはどうやってこの事件を解決するのだろうか。

   * * *

 出てくるガキどもは実にかわいげの無いヤツばかり。
陰気なチャールズ,いじめられっ子のナンにブライアン,孤高のニラパム,調子の良いエステル。
いじめっ子の優等生サイモンにテレサ・・。
いつも不満ばかり抱えていたチャールズは、自分が「魔法使い」だと気付くや、火あぶりの恐ろしさに震えな
がらも魔法を使う快感を覚え、しまいには火あぶりの恐怖に陶酔する始末。
‘大魔女ドルネシア’の子孫なのに、その気配も無いナンは、校長先生との会食中に緊張で頭の中が真っ白
になり、出てくる料毎に「カスタードをかけたミミズ」,缶詰のトマトには「うまく皮を剥いだ小型のほ乳類」と、
世にもおそろしい解説をする。
いじめられっ子ブライアンは学校から逃亡するために、他のクラスメートを陥れようとする・・。

 大魔法使いクレストマンシーは、問題を解決するだけでなく、「友達なんか信用ならない」「自分には何
の才能も無い」
、なんて思い込んでいる子供たちの目を開かせてあげます。そして、最後に一番活躍したの
は、意外なふたりだったのでした。

   * * *

 ‘ラーウッド寄宿学校’があるのは、平行して存在する世界のひとつ。どうやら、この世界は私達の世界から
魔法の力を持っていって分かれた世界のようです。
 「火あぶり」なんか無い世界に戻すための鍵は「ガイ・フォークス」


 英語の講習会で、英国出身の講師から「イギリスではハロウィーンでお祭り騒ぎはしない。それより
盛んなのはガイ・フォークス・ディだ。英語圏すべてでハロウィーンをしているなんて思い違いだ。」

などと言われて???だった事がありました。
 ガイ・フォークスは400年前の実在人物。カトリック教徒で、ジェームズT世(カトリック教徒を弾圧した)の
暗殺計画を立て、貴族院の地下に大量の爆薬を仕掛けましたが、実行の日(1605.11.5)を前に発覚し捕まり
処刑されました。国王の無事を祝って、毎年11月5日にガイ・フォークスの人形を作り、それを燃やす祭が
イギリス各地で行われるようになりました。(大きい祭になると、火が燃え移って死者も出るらしい・・)
子供たちは毎年ガイ・フォークス・ディが近づくと「ガイのために小銭を」と募金を集め、そのお金でガイの人形
を作るそうです。募金のエピソードが「九年目の魔法」にも出てくるのですが、いかにも英文学!って感じで、
読んでいてなんだか嬉しかったですね〜。
 また、10月31日から始まる‘魔の週’ハロウィーンの最終日はガイ・フォークス・ディと重なります。‘魔の力’
がいっぱい結集する日らしい・・・。そんなわけで、「魔法使いはだれだ」の原題はWitch Weekなのです。


徳間書店・東京創元社から出版されているD・W・Jの本の絵は
全部!佐竹美保さんです。原作者のお気に入りの作品がこれらしい。
(魔法で犬になった毛糸の靴下・・・)
「魔法使いはだれだ」裏表紙


 クリストファー
     魔法の旅

 原題 The Lives of
   Christopher Chant
           (1988)

  訳 田中薫子 
  画 佐竹美保

     徳間書店
・・・大魔法使いクレストマンシーだって昔は小さな子供でした。

‘クレストマンシー’は人の名前では無く、称号。
政府から任命された、魔法を統括する役人なのです。
血筋で継がれるのでは無く、大魔法使いたる能力と資格を有するものが選ばれます。
その‘資格’と言うのが・・・びっくり、「9つの命を持っている」事なのです。


現クレストマンシーであるクリストファー・チャントの少年時代のお話。
(シリーズ4作目ですが私が読んだ順ですみません(^^;)

クリストファーは、小さい頃から夢の中でいろいろな世界を旅していました。ただの夢かと思えば、行った先で
もらった物を持ち帰る事が出来たのです(幽体分離?)。その能力がまわりの大人達に知られてしまってから、
彼の運命が動き出します。


他のシリーズの挿絵ではクリストファーがどんな顔なのかハッキリ描かれていませんが、少年時代の表情だけ、
実にぶーたれた表情で登場します。(佐竹美保さんの心憎い工夫!)
両親が不仲(離婚してしまう)、召使いや家庭教師も長くいつかないお寒い家庭に育ったため、自分の能力を認め
てくれた母方の伯父の期待に応えたくてたまらない。異世界と取引をするラルフ伯父さんのお使いで夢の世界へ
いけば、兄貴分のような青年タクロイに会える。おまけに‘女神’に出会い、初めて同世代の友達が出来ます。
「死ぬ」経験をしたってこわい目にあったって平気でした。
寄宿学校に入学し、たくさんの仲間が出来て(寄宿舎で隠れてノーカット版「千夜一夜物語」を読む連中・・爆)ど
んどん世界が広がっていこうとしていた時、突然クリストファーは父親によって学校をやめさせられます。「お前が
次のクレストマンシーになるんだ。」そうお父さんに言われても、クリストファーには承服出来かねる事でした。
魔法使いの子供であるのに全然魔法が使えないし(実はわけがあった)、せっかく気の合う仲間が出来たのに、
クリケットの選手になるのが夢だったのに、何もかも閉ざされて現クレストマンシーである老ゲイブリエルに引き取
られ、クレストマンシー城に連れて行かれます。
自分の意志など何も聞いてくれない大人達に指図され、クリストファーが四六時中ぶーたれていても仕方が無い
事だったのです。
「クリストファー魔法の旅」は、そんな彼が自分の運命を受け入れ、才能を発揮できるようになるまでを描きます。

   * * *

「クレストマンシー・シリーズ」だけでなく、他のD・W・ジョーンズの作品には、イロイロ共通点があります。
ひとつは猫。
ハウル続編の「アブダラと魔法のじゅうたん」では、真夜中はねっかえり
「九年目の魔法」に出てくるおばあちゃんちの猫はミントチョコ
クレストマンシー・シリーズの「魔女とくらせば」には、ヴァイオリン型猫(?)のフィドル
この作品には、異世界から来た二匹の神殿の猫が登場します。
一匹はクリストファーが‘女神’から譲受けたどう猛なスログモーテン。戦闘時(?)には頭が3つ、足が七本に
変身し、噛みつきひっかきレベルが上がります。嫌われ者の猫でしたが、クリストファーを‘兄貴分’と慕い、
事件解決にあたって大活躍します。
もう一匹は‘女神’が神殿から脱走してきた際に連れてきた、かわいいかわいいプラウドフット。‘癒し’を求める
人間達に、まさに‘猫かわいがり’されます。
・・・作者のお宅には、どうやら猫がいるようです。

「九年目の魔法」もクレストマンシー・シリーズも、「お幸せな家族」はなかなか出てきません。
クリストファーの父は、大魔法使いをたくさん輩出するけど必ずとんでもないやっかい者も出るチャント家出身。
母は、才能はあるが鼻持ちならない性格ばかりの呪術師の家系アージェント家の出身。
二人は親戚中の反対を押し切って結婚したらしいが、それだけの情熱を持っていたにもかかわらず、冷え切った
関係になっています。(父の能力は経済的には何の役に立たなかった・・)
修復不可能か、と思えば物語の最後で二人は‘日本’で仲良く暮らしている事がわかります。それとて、夫の経済
状態が改善されたからのようで・・・シビアだ。
父親の顔も見ないで育ったクリストファーが、どんな家族を作り上げていくかは、またのお話。

   * * * 

さて、原題のThe Lives of Christopher Chantですが、当然自分の命が9つあるなんて知らないので、
クリストファーが事実を知った頃には2つの命を失った後でした。その後もまわりの大人たちへの反発もあったの
で、実に不注意に4つの命を失い(うち一つは本人が知らない間に奪われていた)、残りの命から一つをゲイブリ
エルに指輪に閉じこめて封印されてしまいます。
ではクリストファーが残された命を大切に守ろうとするのか、と言うと「ノー」なのでした。ただし、それと引き替えに
彼は生涯の友と伴侶(早すぎないか?!)を得るのです。



魔女と暮らせば

 原題 Charmed Life
         (1977)

  訳 田中薫子 
  画 佐竹美保

     徳間書店
 「キャット・チャントは、お姉さんのグヴェドリンが大好きだった・・・
                         グウェンドリンを崇拝し、いつもそばにくっついていた・・」

両親を事故で亡くし、ふたりぼっちになってしまった姉弟は、遠縁に当たるクリストファー・チャントに引き取られ、
クレストマンシー城にやってきます。才能ある魔女のグウェンドリンは、城での厳格な規則が我慢できず、次々と
魔法のいやがらせをしかけていきます。無力なキャットは姉の後ろでおろおろするばかり・・。ある朝、姉の部屋
で姉そっくりの少女ジャネットと出会います。そのかわりグウェンドリンはどこにも姿が見あたらない。それからと
いうもの、キャットの苦難の日々が始まります・・。


大魔法使いクレストマンシーの後継者となる、エリック(キャット)・チャントのお話です。

現クレストマンシーであるクリストファー・チャントは‘女神’であったミリーと結婚し、男の子(ロジャー)と女
の子(ジュリア)を授かりました。
ふたりのお子様は‘ふっくら’系のお母さんに似て、‘ぽっちゃり’系。容姿
云々はおいといて、家族に恵まれなかったクリストファーとミリーは暖かな家庭を築いている模様。

対する敵役のグウェンドリンはほっそりとした美少女。(挿絵の差がむごいくらいです、佐竹さん!)
グウェンドリンとジュリアのオンナの子の戦いが勃発するのも当然!ジュリアとのマーマレードとココアのかけ合
い合戦で魔法を禁じられたグウェンドリンは、何とかクレストマンシーに魔力を認めさせようと、魔法のいやがらせ
仕掛けていきます。なんせ彼女は誇り高き‘大魔女’なんですから。
いやがらせがエスカレートしてクレストマンシーの許容を越し、ついにグウェンドリンは魔力を取り上げられ、何と
異世界に‘家出’してしまいます。グウェンドリンに弾かれた異世界の少女が、ジャネットでした。(9つの世界に
自分と同じ命を持つ人間が一人ずつ存在するらしい。クレストマンシーはその9つの命をまとめて持っている。)
ジャネットの正体を隠そうと躍起になったキャット達に、‘グウェンドリンの悪行の尻ぬぐい’と言う試練が襲いかか
るのですが、ここからが主人公であるキャットの活躍の場となるのです。
聡明なジャネットは、グウェンドリンが隠していたキャットの秘密を明かします。次期クレストマンシーとなるべき
キャットの命は、既にグウェンドリンによって5つ消されており、6つ目はキャットが自ら消してしまいました。
追いつめられた二人がジャネットの元の世界に逃避行しようとした時、事件は起きます・・。


   * * *


グウェンドリンとキャットの両親は、親族の反対(なんせ優秀な魔法使いを輩出するけど、とんでもないやっかい
者も出るチャント家出身!)を押し切りって、いとこ同志で結婚しています。グウェンドリンは有能な魔女なのに
キャットは全然魔法が使えませんでしたが、実はこれは姉にチカラを使われていたからなのでした。
‘キャット’は弟が9つの命を持っていると気付いた姉が、つけた愛称です。(猫は9つの命を持つ・・らしい)
キャットにとってグウェンドリンはたったひとりの肉親であり、崇拝の対象でした。なのにグウェンドリンにとって
キャットは所有物であり、そのチカラを利用すべきものでしかなかったのです。
(シリーズ中最もイタイ設
定・・・)姉の呪縛を逃れた時、初めてキャットは才能を発揮できたのでした。


   * * *


「魔女と暮らせば」は、時間系列で言えば‘ちょっと前のお話’ですが、シリーズの1作目であり、1977年に出版
され、英ガーディアン紙の児童文学賞を受賞しています。日本で最初に1984年に出版された時は「魔女集会
通り26番地」
という題名でした。
‘魔女集会通り26番地’は、キャットとグウェンドリンがクレストマンシー城に引き取られる前に住んでいた所。
あまり羽振りの良くない二流三流の魔女やら妖術使い達が、一攫千金を夢みて住んでいる街らしいです。
このお話の最後で夢やぶれた妖術使いのなれの果てが、「魔法がいっぱい」の第一話に登場します。
原題
Charmed Lifeは、世界征服を夢みる姉グウェンドリンに振り回される弟キャットの生活を皮肉っているの
でしょうかね。グウェンドリンの魔法、最高です!(喰われる主人公キャットが益々あわれ・・。)



トニーノの歌う魔法

原題 The Magicians
        of Caprona
           (1980)


  訳 野口絵美 
  画 佐竹美保

     徳間書店
   「ペトロッキ家とモンターナ家は、七百年以上もの昔、
            カプローナの国ができたときまでにさかのぼる、由緒ある家柄だ。・・・」
イタリアの古い街カプローナを舞台に繰り広げられる、反目しあう二つの名家のもたらす悲劇・・いや、喜劇?!

トニーノはモンターナ家の男の子。なのにろくに呪いが覚えられないみそっかす。だけど歌声は誰より
美しく(呪いは歌にのせて発せられるのです)、ボス猫ベンヴェヌートと話す事が出来ます。
アンジェリカはペトロッキ家の娘。呪いの覚えはいいのだけど、唱える時にいつも呪いを間違えてしまい、
とんでもない結果を引き起こしてしまいます。こんな二人ですが、一族のみんなに愛されていました。

モンターナ家とペトロッキ家は、カプローナの街を守護する「カプローナの天使の歌」を託された、呪い作り
の名家でした。なのに両家は反目しあい、街で遭遇しようものなら即ケンカが始まる始末。時がたつにつれ
街を守護する魔法の力が弱まり、力のもととなるはずの「カプローナの天使の歌」の正しい歌詞が失われた
まま。周辺諸国はカプローナを狙って一斉に戦争をふっかけようとしてきています。
戦雲たちこめるカプローナの街で、大人たちが街を守ろうと必死で立ち回る中、ふたりは突然姿を消します。
両家は互いの家のたくらみだと思い込み、戦争そっちのけの大ケンカを始めてしまいました。
さあ大変!取り囲む周辺諸国に対し、宣戦布告が。一体誰が街を守ると言うのでしょう?!
小さな二人とクレストマンシーの活躍はいかに?!

   * * *

‘イタリアの二つの名家’・・・と言えば、‘ロミオとジュリエット’でしょう。
が、トニーノとアンジェリカがロミジュリでは無く、彼らのお姉さんとお兄さんがそれに当たります。恋人たちは
一族の大人達をまんまと出し抜いて添い遂げます。
相手も認め、互いに補い合おうとした子供たちと若者達の行動が事件解決と繋がる」という事で、
シリーズ中このお話が一番楽しく、安心して読めます。
「家族がとても仲良し」なのは、シリーズ唯一なんじゃ・・・。


もうひとつ、お話の鍵となっているのがイギリスの伝統的な人形劇「パンチ&ジュディ」。
主人公のパンチが奥さんのジュディや赤ちゃんを殴り殺してしまうわ、首切り役人や悪魔までやっつけるわ、
という超DVモノなのだとか。とんでもない反道徳的&反権力的な内容ですが、人形の仕草や役者の声の
面白さで、現代でもとっても子供たちに人気があるそうです。イタリアの「プルチネッラ」と言う人形劇が元なの
だそうで(バレエのプルチネッラと同じなのか?!)、カプローナに持ってきたのでしょう。
奥様に操られ、国政から遠ざかったカプローナ大公は人形劇に夢中になってしまうのです。さらわれた二人は
悪い魔法使いたる大公妃に、なんとパンチ&ジェディの操り人形(殺し合う設定!)にされてしまうのです。
(物語の最後で、大公はちゃんと「前ほど好きで無くなった」と言うのですが・・・よかった!)


フィレンツェやピサやローマなど、聞き覚えのあるイタリアの都市の名は出てきますが(注:別の系列世界)
カプローナ」と言う地名はイタリアにはありません。作者がダンテの「新曲・地獄篇」から取ったものだそう
です。が、出版後、D・W・ジョーンズはイタリアのホンモノの‘カプローナ伯爵’から手紙をもらったそうで・・。
う〜ん、なかなか奥が深かった。


   * * *

一族のみそっかすだったトニーノとアンジェリカには、実は素晴らしい能力があったのでした。
クレストマンシーに能力を認められたトニーノは、しばらくイギリスに行くことに。お話はそのまま外伝の「魔法
がいっぱい・キャットとトニーノと魂泥棒
」に続きます。





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