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第九章 「時は財産、夢は捨てるな」
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私が第一章で「中年に片足を突っ込んだ男」と書いてから、既に7年間が経過してしまった。光陰矢の如しとはこのことである。私もいよいよどっぷり中年ど真ん中の40代となってしまった。
日本人男性の平均寿命はまだ80歳に達していないことを考えれば、私の人生は既に折り返し地点を越えてしまったことになる。なんとも早いものである。 この一年間、私に様々な出来事が起こった。私のみならず、この年齢の諸氏には色々な予想だにしない、そのほとんどがあまり良ろしくないことが起きていたはずである。 中年オヤジになるということは、良ろしくない出来事との戦いの日々であるらしい。 そんな中、私は他の同年代諸氏と同じように忙しい日々の中、ふとありし日を振り返ることが多くなっていることに気がついた。「あの頃は良かった」などと。。。 不惑の年頃、心も体も気がつくと継ぎ接ぎだらけになっている。 耳にする、目にすることのほとんどはタメ息をつくようなことばかりだ。 ある時は知人、恩人の死を見て、そしての新しい命の誕生にも遭遇する。新しい命の誕生は少子化の加速する我が国には良いことであるが、悪いが正直他人の子供の顔を見ても自分の希望は見出せない。それはどういうことかと言えば、平たく言うと「慣れ」である。 人の死にも、誕生にも慣れてしまう。。。そしてその 慣れてしまうことが一番寂しいし、日々が早く過ぎてしまう理由でもあると思う。 人は誰でも「あの時に戻れたら」と思う瞬間がある。ダイエットに成功した者にとって、 自分を邪険にした者やフッた人間に「しまった」と思わせることが一番の快楽で至福の時であることは間違いない。 同窓会などに行って、良い意味で「あいつ誰だっけ?」と言われることは快感のはずだ。久しぶりに会う仲間との再会も楽しかろう。若年諸氏にはリベンジのチャンスはたくさんある。 30歳代後半以降になると、この同窓会もあまり楽しいものではなくなってしまう。あの美しかった学校のマドンナは、誰も口にしていないのに、 ””私太ってでしょう、アハハ・・・””などと他人に言われる前に開き直って付箋を引いておく。男女の立場は180度逆転してしまう。25、6歳の頃は、「あわよくばお持ち帰り」などと想像したりしたものだが、 今では逆にお持ち帰りされないように男性陣の引きが早い。悲しいことだが、そこに青春の思い出なぞ存在しない。同級生が上司となった者もいれば、行方知れずの者もいる。損得勘定が闊歩する「思い出打ち破り会」と化す。リベンジは違う意味で行われるようになるのだ。 私は何んの責任も背負うものもない少年時代に戻りたい。 ある時、同僚の女性と電車に乗ってた。隣の席には、姉妹とおぼしき少女達が乗っていて、お姉ちゃんと思われる少女がしきりに妹に説教をしていた。同僚女性曰く、””あんな年でも、一丁前に大人のつもりなんだよ。”” そんなものなのだろうか。私が少年の頃は、本気でウルトラマンや仮面ライダーのことを考えていたし、男の子とはそんなものだ。 運動会でそれなりに活躍の場があれば、男の子としてそれで充分だったような気がする。 追われる日々ではなく、追いかけるものさえ見つけられない頃に戻ってみたいものである。 中学生、高校生、大学生。。。チャンスも可能性もいくらでもある。 せいぜい人生の忘れ物をしないように必死に生きて欲しい。学校の先生のセリフのようだが、成し遂げたいと思う道を本気で目指せば、遅すぎるということは絶対にない。ダイエットも勉強も恋愛もスポーツもだ。日々の生活に追われ、「慣れる」前に道を見つけ出せ。 私よりも年長の方には、「何を青臭いことを」と思われるだろうが、オヤジとは信じられないような出来事さえも上手にサーフインしなくてはならない。ぶっ飛ぶくらい早く過ぎ行く日々の中で、ほんの少しだけある楽しい出来事を心待ちにしながら生きている。。。それが「オヤジ」「中年」というイキモノの心中である。だからこそ、体重を維持して健康を保つことが少しの楽しみの種となり得るのだ。普通体型を維持する努力は、少年時代の運動会で活躍することと同じ程度の必須条件であろう。ツギハギが少ないことは、決して損なことではあるまい。 女性におかれては、決して同級生男子の「我らのマドンナ」を自分自身で殺してはいけない。もっと惨めなことは、それを己自身で知っていて同窓会に出たくても出れないことである。 少なくとも、「後姿は昔のまま」と言われてみないか?「変わらないねぇ」と言われれば、それは最高の快感である。 さすれば男性陣の同窓会出席率も上がり、「40歳代の出会い」も増える。飲み屋も繁盛し、洋服も売れる。旅行も増えて景気回復に一役立つというものだ。全ての需要が増えて、やがてその影響は自分にも返ってくるに違いない。 妄想と言われればそれまでだが、何もしなければ、何も始まらない。 私のホームページの更新は、今回一年以上を要してしまった。読者諸氏には大変申し訳ないことだが、正直言って「それどころではない」状態だった。私生活の問題もさることながら、私のサイトはサーチエンジンでも随分と遠くに位置してしまい、ネット世界は「根付かせる」世界から今や完全に「確実な収益メディア」と化して大企業が投資を惜しまない。私のサイトのように一個人のサイトはサーチエンジンの奥底に埋もれてしまった。それに落胆した時期もあった。だがそれは仕方のないことである。これが正しい資本主義社会である。 私生活でも近しい叔父の死、テレビでも大きく報道された自宅近所のスパ爆発事件、知人の裁判沙汰等、様々なことがあった。数年前なら正直に感情的に書けたそんな出来事さえも、今では皆まで書く気がしない。 30歳になった時、男は自分の知識や口の上手さに「うぬぼれて」しまうものだ。だから口で若い女性を口説こうとする。そしてそれがまんまと成功してまったりする。だが、40歳になると、その先までが見えてしまう。だから30歳の頃に吐いたような「臭いセリフ」は知っていても封印してしまう。「慣れ」を超えて「億劫」になってしまうのだ。言っておくが、30〜40歳、この10年間はとても早い。今30歳前後の諸氏は心して大事に毎日を送ることをおすすめする。 体の衰えよりも、心の衰えのほうがずっと早く進んでくる。 女の子と夜遊びするよりも、家で「サンマ○まんまでも見てるほうが楽だ」と思ったら、 あなたの心はかなりホコロんでいる。そしてそういう私も、そんなことを考えることが増えてきたような気がする。海外ドラマ「24」のほうがスリルがあって待ちきれない。。。のかも知れない。だが、私はこのままで終わらない。こんな歳でもまだ独身、少し落ち着いたら海外の景色の良いビーチでも行って、欧米美人にでも猛烈にアタックしてフラれてこよう。エネルギッシュにいきたいものである。ホコロんだ心を修復するために。。。デフラグだ。 若年層諸氏には、「チャンスはいくらでも拾える、落ちている」と思って頑張って欲しい。 しつこいが、目指せば必ずその道に辿り着く。痩せたいのなら、何かを始めなければならない。そしてそれを続けなければならない。 いつの章でも書いて来たが、頂戴するメールの答えは必ずどこかの章に書いてある。私はあなたの側にはいられない。実行するのはあなただ。私は叱ること、そして奮闘を促すことしかできない。それが冷たいと感じられても、自分が痩せてみればきっとその理由が理解出来る。 山は自分の足で越えなければ決して満足はしない。ヘリコプターや飛行機で越えるのは一瞬だが、それで山超えをしたとは考えないで欲しい。 私のサイトの第一章を一気に読破してしまう人は多いと聞く。だがそれは7年前に書かれたものだ。その後の章もじっくりと時間をかけて読んで頂ければ幸いだ。きっとあなたの望む答えは見つかると信じている。 この章は読むに値しないことしか書いてないかもしれない。一部の方達にしか理解していただけないだろう。だが、実はこの章の原稿下書きはいくつも書いた。むしろ破棄した原稿のほうが皆さんのためになったかも知れない。だが、私はあえてこの文章を選んだ。それは他の文章が30歳の頃の思い上がった男共の口説きセリフのようなものと私は感じてしまった。 山を超えた後に起こること、不惑の中年の思い、健康という日々の積み重ねの大切さ、人の死、悲しむ間もなく仕事に追われる日々。。。率直に遭遇したことへの自分の意見を書いた。 だが、これだは言っておきたい。そんな環境の中でも、決して体重管理は怠らなかった。 結婚や恋でどんなに忘れ物をしても、これだけは忘れてはならない自分の課題だ。 一年以上もお待たせした上、中年の下らない愚痴を書いて申し訳ない。だが、いずれ誰かにはやってくるだろうことを警鐘として書かせてもらった。 私はどんな困難な状況でも健康で、リバウンドしなかったことだけはプライドを持っている。 私は数学という学問が嫌いだし、苦手である。現代の生活の中での計算は全て機械がやってくれるし、Π(パイ)だのr(アール)だのとギリシャ文字を使った計算なぞは成人してから全く接点がない。そしてこれからも、多分ない。 たが天才数学者ピタゴラスだかアルキメデスは、「世界の全ては公式で出来ていると」言ったらしい。愛や恋心もそうなっていると信じてそう言ったのであれば、本当に天才である。だが、私の経験では、どうやら世の中はプラス、マイナス、割る、掛けるだけではないということを今までの経験から悟った。しかし、ダイエットはかなりの確立で計算が出来る。 手遅れにならない内に、きちんと計算立てて、ダイエットに成功していただきたい。 ダイエットのきっかけは、計算だけでは割り切れない恋愛や人間関係であっても、減量実施は計算出来るカロリーの過剰の解消である。 これからの私は、計算出来ないが、多くの人が経験している不惑の年頃を心をリフレッシュして歩んで行きたい。 そして、全てのダイエッターにパワーを再度送りたい。負けるな。決して。 必ず未来に起こるダイエットよりも辛いこと。。。それを乗り越える力をつけるためにも。 それではまた次章で。今度はもっと元気な私になっている。
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