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痩せる決意をつけたい
格闘記録
私のデブ時代と今

パート5 「時代を上手にサーフィンしよう!!!」

第五章もまたまたトラブルの報告から開始しなければならなくなってしまった。まったくもって恥ずかしく不覚な話だ。新年早々の平成十六年一月一日。よせばいいのに中年に片足を突っ込んだ男達とその連れ達が、初日の出に願かけでもしようなどと無謀な計画を実行しようとしたところ、運転手の自己体力認識過剰のおかげで”こうつうじこ”に遭遇したのだ。幸か不幸が運転手は私ではなかったが、運転していた男は去年の年末ジャンポ宝くじを100枚以上も買いながら見事な程外しまくる当りに縁のない男なのに、新年早々電柱に大当たりしてくれた。
助手席にいながら、のうのうと寝ていた私も不覚であったが、運転していた本人はエアバックに守られ軽いムチ打ち、私の手はドアと電信柱の餌食になって複雑骨折という結果となった。後席のその他一同は眠気が覚めただけ。どうやら私は当りに縁があるらしい。入院したのは私だけだった。あんまりの元日である。こんなことならば私も年末ジャンボを買うべきだった。一寸先は闇、先人達の言うことに間違いはない。。。

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ということで前章で約束した皆さんの減量と私のネットスキルアップ競争は私の完敗である。笑ってやっていただきたい。その間にも、減量に努めた方達には素直に陳謝したい次第である。次は私がリベンジしたい。
 

実はこの章は右手の人差し指一本で作っている。現在も左腕はほとんど動かずリハビリをしている。一月はほぼ病院で暮らした。久しぶりに入院という環境におかれると、自由な暮らしに想いもはせた。ここ数年、人の見舞いには随分行ったが”おめでとうございます”というこの時期に入院するのは実に複雑であり、見舞いにいらした方達も更に複雑そうであった。私の今年は、こんな恥ずかしい事件から始まった。混迷する一年になりそうである。
 

私のホームページを見てお見舞いのメールを送信してくれた方達に、この場をかりて心からお礼を申し上げたい。時間だけはあったので片指だけでメールを返してはいたが、つたないものであったことにもお詫びを申し上げたい。

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さてつまらない前置きはこの辺にして、本題に入りたいと思う。私の事故は別として最近の世の中の状況はなんだろう。。。どんどん混沌化するイラク情勢、みんなの密かな楽しみ牛丼の販売中止、鳥インフルエンザ。。。減量する人達にはある意味追い風かもしれないが、いままで考えもしなかったことがどんどん新しい問題にとって変わろうとしている。

ある人は哺乳類が哺乳類を食べたツケだという。牛や鳥が怒っているのだと。
その是非は私が論ずるべくもないが、確実にいえることは”時代は変わってきた”ということだ。最近特に感じることだが、昭和の時代の香りはどんどん薄れつつある。土曜日の夜八時には必ず見れた、いかりやのチョーさんは亡くなった。牛丼一筋のあの店から牛丼がなくなり、ついでに全てではないが携帯電話からアンテナもなくなった。
私が子供の頃は穴が開いてたり、ほころびのあるジーンズをはくことは恥ずかしいことであり、新しいジーンズを買う力がない家庭の一員である証でもあった。

昭和の香りは完全に現実からレトロになり、更に回想され、リメイクされるほどの旧時代にまでなってしまったようだ。
白い巨塔はリメイクされ、けがをして楽しみの少ない私を満足させてくれた。穴あきジーンズはフアッションリーダーの定番スタイルとなり、昭和の母達が手縫いやミシンで直してくれたような穴やホコロビをわざと作って楽しんでいる。日本人の基本である黒髪は今や見かけると逆にハっとし、いつかはクラウンだった高級車はゼロにもどされてしまった。検挙率の高さを誇る日本警察も日々の治安の悪化に悩まされ、イライラするからと見知らぬ子供達に暴力を振るうおかしな大人もいる。
改憲も現実味をおびてきた。確実に時代は変わった。体力に自信のあるドライバーも元旦から電柱に当るのも必然なのだ。

あなたは何が変わっただろうか?ここは減量のモチベーションを高める為のサイトだ。私がこれからしたいのは勿論減量の話でありそれに対する思考の話だ。太ったか、痩せたか。。。頑張ってるか、ヘコんでいるか。。。昭和の時代に痩せていたことにしがみついている人もいるに違いない。それはナンセンスであり、旧時代のことなのだ。しがみつく必要などもうないと思う。
白い巨塔のようにリメイクすれば良いし、クラウンのようにゼロからスタートすればよいのではないか。昭和の時代よりも洗練された今の自分を作れば良い。そうすれば、昔は恥ずかしかった、あの穴あきジーンズを自ら好んではく機会が得られるというものだ。ファッションリーダーとして。。。一生の中で、同じスタイルの服を違う目的で二度体験できるとは実に稀有なことではないか。楽しめ!!

とは言うものの、実は読者の多くの人達は昭和をほとんど実感していない人達が多い。だが人事なんて思うべからず。時代は更に進んで行き、今旬の世代の人達がレトロと言われる時代も必ずやってくる。そしてあなた達も年をとる。母になった時、中年になった時、今の自分の写真を眺めて後悔などしてもらいたくない。

若い世代の女性からのメールに興味深い言葉があった。”私は誘惑という甘い汁を吸いすぎました”との反省の談だ。甘い汁を吸うという言葉は、かなり古くから存在したことは想像に難くない。我が国の習慣を鑑みれば、古く江戸時代の役人、商人の言葉の中に頻繁に似たような言葉が使われていたに違いないし、もっと古くから使われていたことも想像できる。水戸黄門のドラマにも良く出てくる言葉だ。

こっちの水は甘いぞ〜、あっちの水は苦いぞ〜
だ。
甘い水は楽して何かを得ることの意味であり、苦い水は言葉通り苦汁をなめることであろう。だとすればこの平成生まれの若い女性にとってこの言葉は時代を超えての戒めである。苦しみから逃れた結果が今の自分を招いているという告白だ。
今度は私達大人がこの平成ギャルに教わらなくてはならない言葉をもらう番だ。人事ではない。
風車の矢七役を演じていた方も亡くなってしまったが、甘い汁ばかり吸っていると、どこからか赤い風車が飛んできてあなたを刺してしまうかもしれない。すけさん役の里見幸太郎さんは水戸黄門になった。時代は移り変わる。だが、いつの時代も甘い汁は印籠に退治されてしまう。時代や年齢が変わっても、変わらないこともある。先人達の言葉は常に正しいのだ。

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