真夜中の音

ある所に、あっちゃんという女の子がお父さんとお母さんと一緒に住んでいました。 あっちゃんには、一つ気になって仕方がないことがありました。 夜になると、隣のお部屋ががさがさうるさい気がするのです。

あっちゃんの隣のお部屋は、物置です。 色々なものが、たくさん置いてあります。 あっちゃんが使っていたおもちゃも、お父さんの使っていた古い楽器も、 お母さんの使っていた古い服も、皆物置においてありました。 でも、夜中に動き出すようなものは何にもありません。

「音の正体を確かめよう!」
あっちゃんはある日そう思いました。 おやすみなさい、とお父さんとお母さんに言うと、あっちゃんは部屋に戻ってベットに入りました。 しばらくしてお母さんが扉をそっとあけました。 あっちゃんはすやすや眠ったふりをしました。 お母さんはそっと扉を閉めていってしまいました。

お母さんが行ってしまうと、あっちゃんはベッドから跳ね起きました。 そっと足音を忍ばせながら隣の物置の前に歩いて行きます。 耳をぴたっとくっつけて中の様子をうかがうと、やっぱり何かの音が聞こえます。 あっちゃんは音を立てないように扉をあけると、中を覗きこみました。

中を覗いてあっちゃんは吃驚しました。 あっちゃんのおもちゃが、まるで生きているように動いていたのです。 あっちゃんは声を出さないようにじっと中の様子を見ていました。 おもちゃは皆、部屋の真中を見ています。 あっちゃんは目を凝らして、真中に何があるのか見ようとしました。

部屋の中のおもちゃ達は、あっちゃんが見ていることも知らずに部屋の真中を見つづけています。 耳を澄ますと、おもちゃ達の話し声が聞こえてきました。
「あぁ、可哀想に…」
おもちゃのくまが涙をこぼしました。
「もう、助からないのかしら…」
着せ替え人形が溜息をつきました。
「何とかならないのかなぁ」
シンバルを持った猿のおもちゃがふらふらと歩き回っています。 あっちゃんはなんとか部屋の真中を見ようとして身を乗り出しました。

すると、バランスを崩して、あっちゃんは部屋の中にたおれこみました。
「あっ!」
あっちゃんは驚いて、叫び声をあげました。
「あっ!」
おもちゃ達はあっちゃんに驚いて叫び声を上げました。 あっちゃんが起きあがると、部屋の真中がやっと見えました。 部屋の真中にいたのは、おもちゃの看護婦と、ガラスで出来た人形でした。 人形は、体の真中からぽっきりと、折れてしまっていました。 あっちゃんが、落として壊してしまった人形でした。

「あぁっ、私が壊したお人形だわ」
あっちゃんは驚いて言いました。 おもちゃの看護婦は、ゆっくりとあっちゃんに向き直って、言いました。
「貴方がこの子を壊したのね。もう、この子は元に戻らないわ」
おもちゃ達がいっせいに泣き出しました。 あっちゃんはどうにも居たたまれない気持ちで言いました。
「ごめんなさい。わざとじゃなかったの。本当に、元に戻らないの?」
おもちゃの看護婦は哀しそうに首を振りました。
「えぇ。もう、元には戻らないわ。 私達はおもちゃだけど、生きてるのよ。 いつもなにも言えないけれど、生きているの。 皆に喜んでもらおうと、一生懸命なのよ。 だから、お願いだからもっと大切にして欲しいの」
あっちゃんは、小さく頷きました。

床に倒れこんでいたガラスの人形が、か細い声で言いました。
「壊れてしまうのは分かってるの。 飽きられてしまうことも分かってるの。 でもね、私達は皆に喜んで欲しいの。 私達で遊んで、楽しい気持ちになって欲しいの」
あっちゃんはガラスの人形に向かって言いました。
「うん。私、楽しかったよ。貴方で遊べて、楽しかったよ」
ガラスの人形は嬉しそうに微笑みました。
「ありがとう。私も、楽しかった。 私のこと、忘れないでね。 楽しかったこと、忘れないでね」
最後にそう言うと、人形は動かなくなりました。

おもちゃ達は泣き出しました。 おもちゃのピアノがゆっくりとした哀しい曲をひき始めました。 おもちゃの笛や木琴も、一緒に演奏を始めました。 やがておもちゃ達は声を揃えて唄い出しました。 あっちゃんも一緒に唄いました。 唄いつかれて、あっちゃんは眠ってしまいました。

朝、目を覚ますとあっちゃんはお部屋のベッドに寝ていました。 あっちゃんは隣の物置に行ってみました。 おもちゃ達はいつもと同じように動かず、じっとしています。 あっちゃんはおもちゃに向かってぺこり、とお辞儀をしました。
「これからはもっと大切にします。これからも一緒に遊ぼうね」
部屋の隅で、おもちゃの看護婦はいつもと変わらない優しい微笑みを浮かべていました。


みなさんは、今まで使っていたおもちゃのことを憶えていますか?  おもちゃ達は、皆さんと遊んだ思い出を大事に抱えて、眠っているかもしれません。

おしまい。

+コメント+
これは、紙芝居の台本用に書かれたものです。
友人に「何書いてるの?」と聞かれて、『人形の葬式の話』と即答しました。
是非悪魔くんの唄を唄いながら読んでください。


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