夢の卵

ある冬の日でした。 さやは、家のそばの山に来て、遊んでいました。 どれくらい、奥に入ったでしょうか。 もう、辺りは薄暗くなっています。 ふと、さやは少し開けたところに出ました。
「こんなところ、あったかなぁ。」
さやは少し不思議に思いながら、辺りを見まわしました。 そこはおおきな湖でした。 湖の水はその寒さで凍って、薄いきれいな青色をしていました。
「スケートリンクみたい」
さやは、そぉっと氷の上に乗ってみました。 その氷はとても厚く張っていて、さやが乗ったくらいではびくともしません。 さやは、すっかり楽しくなって、スケートのように氷の上で滑り始めました。 湖の真中のほうに進んでいくと、さやはそこに何かがいるのに気がつきました。
「なんだろう?」
さやは、恐る恐る近づいていきました。

湖の真中にいたのは、大きな卵を抱えた小さな子どもでした。 赤いコートと、白いふわふわのぽんぽんがついた赤い帽子をかぶった子どもです。
「何をしているの?」
さやが近づいても、子どもはぴくりとも動きません。
「ねえ、何をしているの、ったら。」
もう一度強く呼びかけると、子どもはやっとさやのほうを見ました。
「卵を温めているの」
子どもはかわいらしい声で言いました。
「卵? 何の卵?」
子どもが抱えている卵は、人の頭の大きさほどもありました。 さやはいままでそんな卵を見たことがありません。
「これはね、夢の卵なの」
こどもは、楽しそうに言いました。
「夢の卵?」
「そう、夢の卵。これが孵れば、あたしの夢がかなうかもしれないの。」
「夢がかなうの?」
「夢がかなう、かもしれないの。」
「ふぅん。」
さやは、もう一度まじまじと卵を見詰めました。
「ねぇ、私にも、ちょっと抱かせて。」
「だめ。これは、あたしの夢の卵だもの。お姉ちゃんのじゃないよ。」
「ちょっと位良いじゃない。」
「だめ」
「けち」
さやはちょっとむくれてしまいました。
「ね、その卵、重くない?」
「平気だよ」
「ね、こんなとこに座り込んでて、つまらなくない? 遊んできなよ」
「平気だよ」
さやは、何とかして卵に触りたくて、子どもにいろいろといってみます。 けれども、子どもは卵を抱いたまま動きません。

「本当に孵るの?」
「うん、多分、孵るよ」
「孵っても、夢がかなうかどうか、判らないんでしょう?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、なんでそんなに一生懸命なの?」
「だって、夢の卵なんだもん。 夢を叶えたかったら、夢の卵はずっと持ってないとだめなんだよ。 その辺に置いといたら、割れちゃうもん。」
子どもがあまりに一生懸命なので、さやは聞いてみました。
「ね、あなたの夢ってなぁに?」
「何だと思う?」
「お花屋さんになる事?」
「ちがうよ」
「学校の先生?」
「ちがうよ」
「およめさん?」
「ちがうよ」
さやは思いつく限りに色々言ってみますが、答えは全て「ちがうよ」でした。 とうとう思いつかなくなって、さやはいいました。
「結局、何が夢なの?」
「この卵が孵ったら、教えてあげる」
「いつ孵るの?」
「もうすぐ孵るよ」
子どもがそう言ったので、さやはもう少し待ってみる事にしました。
しばらくすると、子どもが言いました。
「もう、生まれるよ」
さやは卵をじっと見詰めました。
すると、ぴしりと卵にひびが入ったのです。
「あ……」
ぴしり、ぴしり。
卵はだんだん割れていきます。 割れ目から、淡い光が漏れてきました。 さやはじっと目を凝らしました。 卵の中から何が出てくるのか、じっと見つめました。 卵が完全に割れると、淡い光は丸いボールのようになって、子どもの手の中に収まりました。 子どもはゆっくりとそれをなでていきます。 すると、光はだんだん消えていき、ついには小さな茶色い物が残りました。 子どもはそれを愛しそうになでています。
「それは、なぁに?」
「あたしの、夢の第1歩。」
さやは子どもの手の中にあるものをじっくりと見ました。 それは、生き物のようでした。 それは、ゆっくりと立ちあがると、子どものほうに頭を摺り寄せました。
「トナカイ?」
それは、絵本で見たトナカイにそっくりでした。
「そう。このこは、トナカイ」
子どもが体をまんべんなくなでてやると、トナカイはたちまち大きくなりました。
「あたしの夢は、サンタになることなの」
こどもは、嬉しそうに言いました。
「みんなに夢をいっぱい配る、サンタになるのが夢なの。」
「サンタ……」

トナカイが、自分の生まれた卵の殻を、立派な角でつつきました。 すると、殻は小さな子ども用のそりにかわったのです。
「サンタになるには、まだまだしなくちゃいけないことがいっぱいあるの。 いっぱいいっぱいがんばらないと、サンタにはなれないの。 でも、あたしあきらめないよ。サンタになりたいんだもの。」
子どもはぴかぴかの笑顔を浮かべながら、嬉しそうに言いました。
「うん。がんばってね。」
さやがいうと、子どもはにっこりと笑いました。
「おねえちゃんもね。自分の夢の卵を、ちゃんと見つけてね。」
子どもは小さなそりに乗りこみました。
「それじゃあね。ばいばい」
「まって、最後にあなたの名前を教えて」
「あたしの名前はココ。このこの名前は、ザザよ。 忘れないでね、夢の卵の事。あたしたちの事!」
そりは、ゆっくりと舞い上がりました。 子どもとそりは、暗くなった空へ消えていきました。
さやは今でも、あの日のような寒い雪の日になるとあの子どもの事を思い出すのだそうです。 あの子と、トナカイの事を。そして、夢の卵の事を。
さぁ、ココはサンタになれたのでしょうか。 さやは、自分の夢の卵を見つける事が出来たのでしょうか。
それはまた、別のお話。

おしまい。

+コメント+
台本として書いたのに結局提出しなかった話です。
説教くさい内容になってしまって、気に入らなかったのです。
これのかわりに出した話が、クリスマスの贈り物です。確か。


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