水晶の森の葬送歌

遠い遠い世界の果てに、水晶の森がありました。 透明な水晶が無数に生えている森です。 その森に、一人の少女が住んでいました。 少女は毎日水晶の森を見まわっていました。 此処の水晶はとても壊れやすいからです。 少女は、誰かが間違って水晶を壊してしまわないように、見回りをしていました。

ある日、いつものように少女が見回りをしていると、一羽の小鳥がふらふらと森を飛んでいました。
「こんなところで何をしているの?」
少女が尋ねると、小鳥はか細い声でいいました。
「ごめんなさい。お母さんが、何処かに行ってしまって……」
「そう……親鳥からはぐれて、迷い込んでしまったのね」
少女が小鳥を抱き上げました。
「ここは、水晶の森。こんなところにいては、いけないわ」
小鳥は少女に尋ねました。
「こんな所で、あなたは何をしているの?」
「私はこの水晶の森の守人。 この水晶が誰かに壊されたりしないよう、見張っているの」
「何故?この水晶って、そんなに大切なものなの?」
小鳥が尋ねると、少女は透明な笑みを浮かべて言いました。
「この水晶は全ての生き物の鏡。全ての命の象徴なの。 この水晶が割れる時がその命の終わる時。 だから、この水晶には誰も触っては行けないのよ」
「ふうん……」
小鳥は辺りを見まわしました。 大きい水晶や小さい水晶が、あたり一面に立っています。 小鳥はそのうちの一つの水晶に目が止まりました。
「あっ!」
小鳥は少女の手を離れて、その水晶の下に飛んで行きました。 その水晶には、深いひびが入っていました。
「この水晶の主は、もう長いこと病気を患っているわ」
後ろからついてきた少女は、静かな口調で言いました。
「お医者様も、もう長くない……そう言っていたわ」
「だから、ひびが入ってしまったの?」
「そう。……こうなってしまうと、もうすぐ割れてしまう」
少女の言うそばから、その水晶はぱきり、と乾いた音を立てて、内部から割れて行きました。
「あ……っ!」
小鳥が息を飲む中、水晶はぱきり、ぱきりと砕けて行きます。
「あぁ……また命が壊れて行く」
少女は悲しげな瞳で、それを見守っています。 小鳥は居たたまれなくなって、少女に言いました。
「ねぇ、どうにかならないの!?」
少女は哀しげに小鳥を見ると、頭を振りました。
「壊れて行くのを止めることは出来ないわ。 それが、命あるものの定めだから。 存在する以上、滅びを避けることは出来ない」
「そんな……」
「でもね、……見て」
少女が砕けた水晶のかけらを手に取りました。 少女の手の中で、水晶のかけらはさらに砕けて行きます。 細かく砕けた水晶のかけらは、風に舞って、溶けるように消えました。
「こうやって、壊れていった命はみんな溶けていくの。 溶けて土に、空に、海に……世界に還っていくの。 そして、他の命の糧となる。 そのあとどうなるか、私にはわからないけれど…… でも、ただ消えて行くだけじゃない。 その存在にはみんな意味があるの」
少女は水晶の生えていた場所に、そっと手を触れていいました。
「だから、貴方の命は、貴方の人生は決して無意味なものではなかった。 だから……安らかに眠って……」
少女はそのまま目を閉じて、静かに祈りました。 死んでいった命のために。 少女の目から一粒だけ、涙がこぼれました。 小鳥は少女をじっと見ていました。 小鳥には、その姿がとても哀しく見えました。
しばらくの後、少女は小鳥に言いました。
「さぁ、もう、この森を出た方が良いわ。 貴方は外で生きなければ行けない。 こんな哀しい森にずっといてはだめよ」
「一緒に行こうよ。そんなに哀しい思いをしてまで、此処にいなくても……」
小鳥は少女に言いました。 少女は、優しい笑みを浮かべました。 優しくて、儚げで、……どこか哀しげな、微笑でした。
「ありがとう。優しい子ね。 でも、私はこの森の守人だから。 この森を見守らなくては行けない。どんなに哀しい思いをしても」
「どうしてあなたが見守らないといけないの?」
「私でないと、この哀しさに耐えることが出来ないから。 命が壊れて行く様を、何も出来ずに見守るしかない、哀しさに。 数え切れないほどの、永遠の別れの哀しみに。 私でないと、耐えられないから……」
少女が優しく小鳥の頭をなでました。
「さぁ、貴方は帰らないといけない。もとの所で生きていかなくては。 貴方のいるべき場所へ、今戻してあげる」
少女の背から、一対の透明な翼が生えてきました。 頭の上には、小さな光の輪が浮かび上がります。 少女の手の中に、不思議な光の模様が浮かび上がりました。 その中に包まれた小鳥は、まわりの景色が薄れて行くように感じました。 小鳥は少女を見上げました。 淡く微笑んだ少女が、小鳥にはひどく霞んで見えます。

「さようなら。……精一杯、生きて」
少女の声が、聞こえたような気がしました。

小鳥が目を覚ますと、そこは近所の森の中でした。 遠くで母鳥が鳴いているのが聞こえます。
……全部、夢だったのかな……?
小鳥はそう思いました。 立ちあがろうとすると、自分が何かを持っているのに気づきました。
それは、水晶のかけらでした。
かけらは、見る間に砕けて、風に溶けていきました。

小鳥は今でも考えるそうです。 水晶の森の少女のことを。 あの、水晶と同じ色の翼を持つ少女は、まだあの哀しい森にいるのだろうか、と。 今でも壊れゆく水晶を見つめては、水晶と同じ色の涙を流しているのだろうか……と。

おしまい。

+コメント+
『水晶が乱立する森』というイメージに引きずられて出来た話。
透明な世界を感じていただければ。


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