思い出の箱

もうほとんど荷造りを終えたダンボールだらけの部屋の中に、あたしはぼんやりと寝っ転がっていた。
18年間育ってきたこの部屋ともついにお別れか…
そんなことを柄にもなく考えていた時、ふと視界の端に押入れがひっかかる。
昔はよくあの中の布団に潜りこんで眠ってたな…。いつまでたっても出てこないからお母さんに心配かけて。見つかったら見つかったで布団をぐちゃぐちゃにした、って怒られて。それでも居心地が良かったからよく潜りこんでは眠ってたなぁ…。
そんな昔のことをふと思い出す。

あの時の小さな私はこの部屋を広く広く感じていた。押入れの中はまるで別の世界に繋がっているみたいだった。この部屋を狭くてつまらない部屋、と思い出したのはいつからだろう。 そんなことをつらつらと考える。

そういえば。
小さい頃の宝物、どうしたんだろう。 その頃凄く大事にしていたもの。 人形やきらきら光るキーホルダー。 特に大事にしていたのは…なんだったか。 宝物、どこにしまったんだろう…。

あたしはそっと立ち上がった。 宝物は、確かこの部屋に隠していたはずだ。 どこだったろう。 確か…押入れの、中?
押入れの奥にある小さな小さなひび。 そこに何か、隠したような。

何年かぶりに、押入れの中に入ってみる。 懐かしい押入れの匂い。 記憶の中のひびは、今も変わらず残っていた。 その中を懐中電灯で照らしてみると、何か小さな紙が入っていた。 そっと引き出してみると、それは小さく折りたたまれた便箋だった。 小さな頃大好きだった漫画の絵が書いてある便箋。 使うのがもったいなくて、あまり使えなかった記憶がある。 便箋を破かないように恐る恐る開いてみると、そこには子どもの頃の汚い字で、こう書いてあった。

『じんじゃのきのした 10ねんごのおまつりのよる』

神社の木の下。10年後のお祭りの夜……。 ……タイムカプセル?

そう言えば、小さな頃にタイムカプセルを埋めたんだ。近所の幼馴染と一緒に。いつだったかの、お祭りの夜に。 10年後に掘り出そうって約束したんだ。でも確か2・3年後にその子は引っ越してしまって。タイムカプセルを掘り出す時にまた逢おうって約束をしたんだ……。その何年か後にその子とはふっつり連絡が途切れてしまって。

……今まで、忘れてた。 幼馴染の、ゆうたくん。 どんな字で書くのかも、苗字ですらもう憶えてない。 でも、その満面の笑顔だけはまだ思い出せる。 歯が一本抜けてしまった、ちょっと間抜けで可愛い笑顔。 一緒にいると楽しくて、毎日外を駆け回ってたな…。 懐かしい、昔の情景。今でも詳細に思い出せる。

あのタイムカプセルはどうしたんだろう。いつ埋めたんだか正確な時間が全然わからない。小さい頃のお祭りの時。……っていつだろう。日付を書かなかった昔の自分にちょっと苛立つ。確かあの子が引っ越したのが小学校の中学年くらいだったはず。その2・3年前だから……多分幼稚園か小学校低学年の時。だとすると……5.6歳の頃? 多分、もう『10年後のお祭り』は終わってる。
……なんだ。

でももしかして、『ゆうたくん』の方もタイムカプセルを忘れているかもしれない。 ……それなら、まだ神社にタイムカプセルは埋まってる、のかな。

「ちょっと外出てくる」
そう言って、家を出る。
自転車に乗ってあの神社に向かう。昔と変わらない……ちょっと古びたかな。そんな神社。階段の下に自転車を置いて、境内に入っていく。昔はこの神社でもよく遊んでたな。ちょっと懐かしく思いながらも、タイムカプセルを埋めた樹を探す。

……。
…………。
………………どこに埋めたっけ。
…………樹、いっぱいあるし。
……。

………………………。
地図書かなかったあたしの馬鹿。

えぇと。確かこの辺りでよく遊んでたはず。だったら、多分この辺の樹のどれかの下。

……。
…………どの木の下……?
ちょっとくじけそうになりながら、手近な樹を見る。 そう言えば何か目印をつけたような。
そうだ。地面に棒を刺したんだ。

………………。
10年間も残ってるはず無いし。
……つくづくあたしの馬鹿。

はからずも昔のあたしがいかに浅はかで考え無しだったかが露見してしまった。その上約束を平気で忘れるという失態まで。何故引っ越そうという時にそんなことを思い出すのか。ちょっと情けなさに涙が出そうになった。

とりあえず、他に何か無かったか。目印になりそうなものの記憶を辿る。お祭りの、夜?
お祭りの夜、この辺りは夜店が出ていたはずだ。それ以外の所は幕がはられていて近寄れなかった。確か埋めたのはお祭りの夜。灯りがともってる木の下なんて掘っているのを見つかったらどうなるかわかったものじゃないし。かといって幕に潜りこんで地面を掘るわけも無し。唯一近寄ることが出来て、かつ人目に付かない木。
…そんな木、あった?

境内をくるりと見て回る。奥まった所には、親が行くのを止めただろうし。目を離しても大丈夫なのはこの辺り。くるりと見まわして、目に入ったのは一本の大きな木。
この神社の御神木。
……。
確かにこれ、『神社の木』だけど。 それに、夜店が出ている辺りからは死角になって見えないけど。

よりにもよって、御神木の下に、埋める……?

まぁ、この下に埋めた、という確証があるわけで無し。そんなのばれたら怒られるだけじゃ済まなさそうだし……。とりあえずあたしはくるりと御神木の回りの地面を遠目から見る。

入口からも、境内からも、割と死角になる位置に。
細い金属の棒が突き立っていたりした。
おまけに、幹に『たいむかぷせる』とか彫ってあったりした。
わぁい。発見。
あたしは力無く笑うしか出来なかった。

……流石に、棒が刺さってて、文字が彫ってある以上……此処に埋めたとしか考えられない。小さな頃のあたしと『ゆうたくん』は、神をも恐れぬ元気なお子様だったらしい。親はもう少し思慮深い子であって欲しかったことだろう。

それはともかく。
多分棒が刺さったままだということは『ゆうたくん』も忘れていたのだろう。そしてあの下には私と『ゆうたくん』の幼い宝物が埋まっているのだろう。あの、『たいむかぷせる』と彫られた御神木の下に。

…………回収しよう。
心に深く誓うと、回りに人がいないのを確かめ、あたしはそっと御神木に近づいた。

とりあえず、棒を引き抜いて、掘る。
しばらく掘ると、小さな缶の箱が出てきた。
お菓子の箱。錆びてぼろぼろになっているけど、確かに見覚えがある。
適当に土をならして元通りにすると、缶を持ってあたしは家に急いだ。

……。多分御神木の下を掘ってたのは見られてない。お母さんに不審そうに見られたりもしたが、まぁ許容範囲だろう。部屋に入って一息ついて、あたしは缶の箱をそっと開く。中に入っていたのは、あたしが昔大事にしていた玩具たち。キーホルダーに小さな人形。匂い玉を入れた小さなビンに、練り消しゴム。こんなものを大切に思ってたんだなぁ、という気持ち。昔の宝物を見つけて、ちょっとわくわくしている自分。たまには、悪くないか。

中身を確認して行く内に、中に手紙のようなものが入っていることに気がつく。
二通。
一通は多分あたしが書いた物だろう。ひびに隠してあったのと同じ、漫画の絵が描いてある可愛らしい古びた便箋。
……もう一通は、妙に新しい。あたしの書いたものと同じ頃の紙には、どうしても見えない。不思議に思いながらも、まずはあたしの書いた手紙を見る。そこには、やっぱり汚い字でこう書いてあった。
『あたしは ゆうたくんの およめさんになるます』

……。
そういえば、昔あたしは『ゆうたくん』を好きだったような。お互いに、『大人になったら結婚しようね』とか言い合っていたような。懐かしいような、恥ずかしいような。そんな微妙な感情。ちょっとは可愛いところあったんだ。昔のあたし。でも『およめさんになるます』はないだろう自分。

そんな感慨を抱きつつ、もう一方の手紙を見る。こちらは、ちょっとくたびれてはいるけどあたらしめの紙。何かのメモ帳を破いたような、そんな手紙。裏返してみると、角張ったちょっと丁寧な字でこう書いてあった。

『ゆうちゃんへ。悠太』

……悠太、って。
…………『ゆうたくん』、だよね。
ゆうちゃん、というのは小さい時のあたしの呼び名である。本名は夕実だけれど、ずっとゆうちゃんと呼ばれていた。もしかして『10年目のお祭り』の約束を、ゆうたくんは覚えてたのかな。それで、来なかったあたしに、手紙を残したのかな……?

恐る恐る、手紙を開く。

『ゆうちゃん、コンニチハ。っていうのも変だけど。 約束、忘れてただろ。こっちは憶えてたんだけどな。 とりあえず、こっちの分の宝物はもらって行きます。 ゆうちゃんの分は残しておきます。 いつ思い出すのか、思い出してもらえるのかもわからないけど。 こっちがもう一度引っ越してから、もう連絡つかなかったけど、元気でしたか。 とりあえず、今の連絡先を書いておきます。 気が向いたら連絡くれると嬉しい。昔の話でもしよう』

角張った、昔より大分上手くなった字で書かれた手紙。文面の下にはその内容通り、住所と電話番号、氏名が付記されてあった。なんだか凄く懐かしい。 やっぱり『ゆうたくん』……悠太君は覚えていたんだなぁ、とぼんやりと思う。あたしはすっかり忘れてたけど。
手紙の下のほうに、追伸がついていた。

『埋めた場所、忘れてたんだけど、さすがに御神木の下に埋めたとは思わなかった。 どうしようかとも思ったけど、元通りにしておきます。 ……更に御神木に文字を彫ってるとは思わなかった。 なにやってるんだろうな俺ら』

……。
やっぱり御神木の下に埋めたとは、あまつさえ御神木に傷つけたとは思わなかったらしい。ほんとに……なにやってるんだろうあたしたち。

ちょっと溜息をつきながら、『宝物』の整理をする。キーホルダーや壊れ物をハンカチに包み、割れなさそうなものをダンボールにつめる。その中に、小さなプラスチックの箱があった。 記憶には無い。 開けてみると、中には小さな小さな指輪が入っていた。
指輪? あたし、こんなの持ってたっけ? 一緒になにやら紙が入っている。ぼろぼろの紙を開いてみると、

『おおきくなったらけこんしよう』

と角張った汚い字で書いてあった。

……けこん。……結婚?
これは、もしや、婚約指輪のつもりだったんだろうか。 あの前歯の無い笑顔で、この指輪を買ったんだろうか。 多分、夜店で買ったんだろうな。この指輪。 今はもう小さくて入らない、可愛い婚約指輪。

昔のあたしたちは、本当に可愛らしいバカップルだったみたいだ。

それもまた、良いかもしれない。 忘れていた思い出が蘇ってきて、ちょっとしたタイムスリップのようだった。

箱に小さな婚約指輪をしまうと、あたしは荷物からレターセットを一組取り出した。封筒に悠太くんの手紙に書いてあった住所を書く。気に入っている便箋に、何を書こうかちょっと迷う。とりあえず、約束を忘れていたことを謝らなくちゃな、と思う。忘れていた思い出話を、また二人でしていけたらきっと面白い。どんな子どもだったのか、忘れてしまったことを取り戻せるかもしれない。そう思うと、知らず口元がそっと緩んだ。


まぁ、こういうのも……たまには悪くないんじゃないかな。


+++おしまい+++

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お題はラヴコメ。
全然ラヴコメっぽくないのは気のせい。

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