犯人の色


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FILE1、ブティック

 私は萌ちゃんとともに服を選んでいた。とは言え、私はファッションというものについては何も知らない。今の服装もトレーナーに愛用のくたびれた白いジャンパー、それにもう色の落ちかけてベージュから白になりかけた長ズボン、という服装だ。
「そのジャンパーも買い替えたら?確かかなり前から使ってなかった?」
 私の格好を見ていられない、と言いたそうにアドヴァイスする。私は、苦笑して、
「使えるものは最後まで使ってあげないと」
 口では大層な事を言っているが、金欠病だと言うのが私の本音である。しかし、これはこれで裏地が保温性の優れた材質でできており、今日のような寒い日や家で羽織るにはもってこいのジャンパーだ。おまけにポケットも深く、私のように無精で小銭や紙幣をそのまま入れても落ちない構造になっている。
「はいはい、ところでこの服どう?」
 黒っぽいセーターを指差す。私に服の事を訊くつもりか。こんな格好の男に。私は肌触りや縦や横に引っ張ってみる。
「うーん。色はともかく、ウールが半分を占めてるね」
 と言って成分の表示を見せる。ウール六十パーセント、ポリエステル四十パーセント、と記されていた。
「管理大変だね」
 彼女は苦笑しながら言った。
「どうでもいいけど早く決めて」
 もうかれこれ一時間近くこの店にいる。私は店内を伸欠をしながら見回した。六九〇〇円と言う値札ばかりだ。私のは近所のスーパーやフリー・マーケットで買うものばかりなので二千円以下で抑えられる。
「ふうん、こんなものが七千円ね・・・」
 とび色のセーターを見て思った。確かに趣味は好いのかもしれないが、七千円という値札を見るとどうも買う気がなくなる。
「これはどうも色が・・・」
 茶色いセーターを見て、呟く。派手なピンクなど余り変な色でなければ、どうでも好いではないか、と私は思う。
「どう思う?」
 私は苦笑して、余り変な色でなければ好いのでは、と言った。
「違うわよ。材質よ」
 私にファッションの事を訊く程、彼女は馬鹿ではないらしい。私はアクリルだと成分表を見て言う。
「うーん。アクリルか・・・」
 彼女は呟くと、そこでまた三十分程迷った挙句、そのアクリルのセーターを買う事にした。ふと顔を客に向ける。誰も買わないような趣味の悪いレタス・グリーンのトレーナーを品定めしている男性客。私は彼には悪いのだが、
「あんな色の服買う人いるんだ」
 と呟いた。流石にファッションセンスのない私でも、あのようなレタス・グリーンの服は買わない事は確かだ。置く店も店だが、買う客も買う客だ。
 ・・・もしかして最近のトレンドか?そうだとしたら、最近の美的感覚は麻痺しているに違いない。そんな事をぼんやりと考えていると、私の携帯電話が鳴り出した。

FILE2、事件

 「今、どこにいる?お前の家まで車で行ったがいなかったぞ」
電話の相手は西口警部だった。
「当然ですよ、今栄にいます」
「ほう」
 意外そうに声を上げた。
「で、今から来られるか?」
「どこですか?場所は」
「栄ならお前の方が近いかもな」
 と言って場所を告げた。警部が言った場所なら確かに私たちの方が現場に近い。その前に私は事件の概要を訊くことにした。
「どんな事件ですか?」
 「事件」というキーワードに反応してか、店員たちの視線が一斉に私に向けられる。
「強盗事件だ。怪我を追ったのは黒川渥美、十七才、女子高校生。どうやら突き倒されて脳震盪をおこしただけのようだ。幸い命に別状もないし、意識もはっきりしている。犯人が空き巣に入った所を被害者に見つかり乱闘の末、突き倒した、と見て間違いないだろう。室内は荒らされた形跡があったしな」

「目撃情報はないんですよね」
 私は余り期待せずに尋ねた。
「いや、あるにはあるのだが、どうも妙でな・・・」
 警部はさも困って悲鳴をあげたそうだ。
「まずお聞かせ願えますか?」
「おう。まず第一の目撃者、金堂勇一の証言によると緑の服で赤い鞄の男だと証言しているし、アメリカ人で仕事でたまたま来日していた、トマス・グリーンの話だと緑の服で緑の鞄を持った男だと証言している。赤松筆二郎の話だと青の服を来た女だと証言している。被害者の話だと白い服の黒い鞄の男だと証言している。つまり目撃情報が全員、ばらばらだと言う事だ」
「容疑者の割出は?」
「今、部下がやっている」
「グリーンさんの話す英語を警部が聞き違えた、と言う可能性は?」
 通訳を通して話したから間違いないと言う。
「おまけに色紙まで買ってきて実験させた」
「ふうむ・・・、目撃者たちがパニックになって色を正確に思い出せない、と言う可能性は考慮しましたか?」
 目撃者が非常事態に陥るとパニックになって情報の混乱が起こる、と言う事は好くある事だ。ポオの『モルグ街の殺人』では、犯人の叫び声をある者はイタリア語と証言し、またある者はスペイン語と証言した。また江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』では二人の学生の証言が食い違っていた。
「それもない。被害者はともかくとして、目撃者たちには事件の事は伏せてあるからな」
 庇っている、という可能性はないか尋ねた。
「それもないと思うぞ。グリーンは日本へ来るのはこれが初めてだと言っているし、赤松は身内もいない独居老人だ。金堂は暗い性格で、余り友人がいないようだしな」
「ふうむ」
 私は呟いた。中々、面白そうな事件だ。一人は青の服で赤い鞄、一人は青い鞄で緑の鞄、一人は青の服、被害者の話だと、白い服、黒い鞄だと言う。
 つまり、全員の色についての証言が食い違っているわけだ。
「まあ、とにかくそちらに向かいますよ」
 と言って電話を切った。萌ちゃんが私の笑みを見て状況を察したのだろうか、興味津々に目を輝かせて、言った。
「何々?事件?」
「うん」
 と言って、事件の概要を説明しながら駅のプラット・フォームへ移動する。
「ありえないわね。全員が別々の色を証言するなんて。しかも庇ってないんでしょ?」
「キング・リア魔術団の事件でも“ありえない”ことが“ありえる”事になったじゃないか。それに実際問題として起きている」
「それはそうだけど」
 萌ちゃんは不服そうに言った。プラット・フォームの椅子に腰を下ろした。
「どんなに解決不可能に見える問題でも解決への糸口はどこかにあるんだよ。絶対に」
「まず、被害者の証言は除外すべきね」
 萌ちゃんが考え深げに言った。そこへ東山線特有の黄色い地下鉄が辿り着いた。私たちはそれに乗り込むと、シートに座る。幸い、がら空きで、向かいの席などはシートの群青一色に染まっていた。
「なぜ目撃者たちは、それぞれ違う証言をしたんだろう?」
「そう、それが問題よね」
 萌ちゃんも同意する。
「まあ、目撃者全員に話を訊いてみてからだね」
 三つ目の駅だったので、早かった。これなら警部が着く前に到着できそうだ。改札を抜け、外に出ると日光の眩しさで目が少し眩んだ。駅の真向かいの住宅には、「立入禁止」と書かれた黄色いテープが張られているので、犯行現場だろうとすぐに解った。

FILE3、食い違う証言

 横断歩道にはかなりの距離があったので私は斜め横断をした。私たちが中に入ろうとすると見張の警官に不機嫌な顔付きで
「ちょっと、ダメだよ。勝手に入っちゃ」
「西口警部の依頼できた、有沢という者ですが」
 彼からは何も聞いていないのかと不安に思ったが、それは私の杞憂に過ぎなかった。警官ははきはきした口調で、
「私立探偵の、ああ、聞いております」
 と言って素直にテープを外してくれた。西口警部は私の事をどのように言っているのだろうと気にはなったが「私立探偵」と呼ばれるのは、毒にも薬にもならない。従って私は放っておく事にしたのだった。
「さっ、どうぞ中へ」
 と案内され、中に入って今へ通される。
「事件概要は、警部から聞いていますね」
 警官のその質問に私は聞いている、と答える。
「では左からトマス・グリーン氏、赤松筆二郎氏、黒川渥美氏、そして金堂勇一氏です」
「では、あなたがたの見た鞄の色を順番におっしゃって下さい」  通訳が英語に変換した。
「Green bag(緑の鞄)」
 と小柄な黒人男性が言った。一方、老人は、
「儂は見てない」
「俺が見たのは、赤い鞄です」
「私は白っぽい鞄だったような気が・・・・」
 と被害者、黒川は伊達眼鏡を弄びながら言った。萌ちゃんの話だと、目にゴミが入るのが嫌で伊達眼鏡を掛けている人がいるらしい。
 警官の前でだろうか、睨みあっただけで言い争いはしなかった。
「次に服の色を教えて下さい」
 再び通訳が英語に変換する。グリーンは緑だと答え、赤松は
「青じゃよ」
 と答えた。被害者は黒だったような気がすると言う。
「犯人の特徴はどんな感じでしたか?身長、体格とか」
 通訳が英語にする。
「5.5feet. He is waring vale,quite fat and ummmm.(五、五フィート、覆面の肥った男で・・・うむむむ)」
 五・五フィートとは約一六五センチの事だ。私はサンキューと礼を言った後、赤松の方を向き、同じ質問をした。
「儂が見た所はちょうど覆面をとる瞬間じゃった。かなり肥っていたが、イヤリングが見えたから女で間違いなかろうて」
「私が見たのは覆面の肥った男でした」
「その眼鏡を掛けていらっしゃいましたか?」
 被害者は肯定する。私は礼を言うと、金堂に向き直った。彼はぼそぼそと、
「俺が見たのは一八〇くらいの男でした。あそこの本屋から見てたんですけど、十二時位で昼飯時だと言う事もあり隣のコンビニで飯を買う人たちと有名レストランの行列で人が沢山いました」
「黒川さん、襲われた時刻に間違いはありませんね」
「はい。間違いありません。今日は学校が午前中で終わったため、ソファで窓に背を向けて、雑誌を読んでいました。ふと目を上げると十二時でしたので。でも私が見たのは一八〇もなく一六五弱だったと思いますけど・・・」
「ふうむ」
 私は唸った。私はグリーンさんに近寄り、
「Mr.Green,which color was his bag and his close?Please choose.(グリーンさん。鞄と服はどの色でしたか?選んで下さい)」
 仏頂面で、
「His bag was this and close was this color(鞄はこれで、服はこの色でした)」
 と間違いなく鞄は緑の色紙を、服は青い服を摘み上げた。そこへ車が横付けされる音がしたので、私は西口警部が来たなと思った。しかし、それは違った。
「警部、容疑者が四人見つかりました」
 と中年の制服警官が皺枯れた声で言った。
「僕に見せてくれますか?」
 私は透かさず言った。警部が全面協力するように言ってあるらしく、すぐに通された。
「入りたまえ」
 四人の男女が入ってきた。一番最初に入ってきたのは緑の服で赤い鞄を持った若い男だ。かなりの肥満で身長は一六〇から一六五だろう。妙におどおどした態度だ。
「あのう、僕、これからバイトがあるんで、出来るだけ早くお願い致します」
 刑事が青木憲司、と教えてくれた。次に入って来たのは、緑色の服と赤い鞄を持った二十代前半の男でかなり肥っている。耳にはピアスをつけており、身長は一六五から一七〇だろう。
「俺も出来るだけ早くお願いしますよ。こんな事に時間を裂いていられないんで」
 不平そうに言う。彼の名を尋ねると、白山宣明(しらやま のぶあき)だと言った。
 白山とほぼ同時に入ったのは、紺野由佳という女性だ。かなり大柄で、ほとんど白に近い桃色のワンピースを着て、藍色の鞄を持っている。身長は一七〇位だろう。
「ちょっと、何なの!早く帰してちょうだい」
 とヒステリックに叫びまくっている所を、下端の刑事が必死で宥めている。最後に登場したのは力士のように肥った白人女性、エヴァ・ブラックウェルだった。片言ではあるが日本語で、
「何が起こったのですか?」
 身長は一八〇、青い服に黒い鞄を持っている。警官は、この中に知り合いはいるかと目撃者に尋ねた。グリーンは、
「I don't know(知りません)」
 赤松も知らないと首を横に振ったし、金堂も
「俺もこんな奴ら知りませんよ」
 被害者も知らないと言った。容疑者たちは口々に不平を言いだした。萌ちゃんは犯人が解りそうかと私に尋ねた。
「全然」
 私は微笑して答えた。ふと、机の上に置いてある伊達眼鏡に目をやる。赤く色付いていくのが見えた。どうやら紫外線があたるとレンズが赤く変わる仕組みらしい。ふとその瞬間、ブティックでレタス・グリーンの服を購入した男性客の事を思い浮かべた。
「そうか、あの人は赤緑色盲だったんだ」
 私は思わず大声を立てて笑った。誤解のないように言っておくが決して色盲の人を嗤った訳ではない。事件の謎が解けたのだ。
 目撃者、容疑者たちが不審そうに私の顔を見つめた。
「成程ね、解ったよ。全ての謎が。誰もが本当の事を述べていたんだ」
 不敵な笑みを零して呟いた。

幕間~読者への挑戦状~

 さて、賢明なる読者諸君よ。ここで犯人を特定する全ての手掛かりが出揃った。読者諸君は山勘などではなく、論理的に読者を割り出すことが出来るのである。さあ、正に色々な色の鞄と服に関する目撃情報の中で犯人を割り出してほしい。  全員が本当の事を述べている、という事が信じられないらしく、萌ちゃんは私を好奇の眼差しで見つめた。
「どう言う事?全員が本当の事を言っているって」
 萌ちゃんが私に囁いた。私はそれを無視し、
「皆さん、犯人が解りました」
 と微笑しながら私は言った。ゆっくりと容疑者たちの顔を見る。白人女性、エヴァは、日本警察はこんなに無能なのか、と言いたそうに警官たちの顔を見つめている。
「証人は誰一人として嘘は吐いていないのです」
「お言葉ですが、有沢さん」
 若い巡査が率直に言った。
「全員が違う色を証言しているんですよ」
 私はその通りだ、と言う。
「ではどうして同じだと言う事が言えるのです?」
「そう、それがこの事件の興味深い点なのです」
 と私は一呼吸置いた。青木が癇癪を爆発させる寸前のような声で、
「僕、そろそろバイトがあるんですけども」
 と仏頂面で言った。
「五分と掛かりませんよ」
 私は微笑して言った。
「さて、さっきお巡りさんが言ってくれたように服と鞄の色、そして身長についての証言はばらばらです」
「そうそう、誰かが嘘を吐いているとしか考えられませんよ。全員が本当の事を言っている、という突飛な発想より俺だったら被害者が錯乱して被害当時の状況を好く思い出せない、と考えますけど」
 白山は私を小馬鹿にするように言った。
「もし、仮に被害者が錯乱していて当時の状況を好く思い出せないとしましょう」
 私はここで間を取った。
「しかし、他の四人の証言はどうなるのです?赤松老人は青い服の男を見た、と証言しました」
「うむ」
 赤松がうなづく。私はそれを確認して、
「Mr.Green.He had green bag and and blue close,didn't he?(グリーンさん。緑の鞄に青い鞄の男でしたよね)」
「Yes, and he's 5.5feet(ええ。それから五・五フィートだと言う事もお忘れなく)」
 小柄な黒人男性が高い声で答えた。私は英語で解っている、と言った。
「さて、金堂さん」
 私は微笑しながら金堂の顔を見た。
「は、はい」
 相変わらずぼそぼそした声ですこぶる聞き取りにくい。まるで独り言を言っているかのようだ。
「俺が見たのは緑の服の赤い鞄でした。それに身長は一八〇センチくらいだったと思います」
 私は彼に礼を述べた後、黒川渥美に向き直った。 「あなたが見たのは・・・」
「白い鞄、黒い服だったと思います。身長は一六五くらいでした」
「あの眼鏡を掛けていらしたんですね?」
 テーブルに置いてある伊達眼鏡を指差すと、黒川はうなづいた。青木が出し抜けに、
「刑事さんよ、その眼鏡の事なんてどうでも好いんじゃないですか?」
 私は黒川に少し借りる、と言って、窓際の陽が一番好く当たる所に置いた。みるみる内にレンズが赤くなる。赤松老人は心底、驚いたように
「こりゃたまげた」
 と呟いた。どうやら赤松はこの眼鏡を始めて見たらしい。私は高々と伊達眼鏡を頭上に掲げた。
「皆さん、これが白い鞄、黒い服の種明かしです」
「つまりその伊達眼鏡をつけていたために、赤が白に緑が黒っぽく見えたのね」
 萌ちゃんが納得したようにうなづいた。私も高校時代は日本史等、暗記科目は赤と緑のマーカーを用意して、その上から緑や赤の半透明の下敷を当てたものだ。
「そう言う事」
 私は微笑しながら言った。
「でも赤松さんの証言はどうなるの?」
「何々と生い茂った葉」
 私は小説の一文でも朗読するように言った。一同は私が狂人であるかのように見つめた。
「さて何々には色の名前として何が入るでしょうか?」
 一同は私の発言が何を意図しているのか、解らないらしい。
「青に決まってるじゃない」
 紺野は私を嘲嗤うかのように言った。
「なぜ緑を入れなかったんですか?」
 一同は私をますます狂人でも見るような眼差しで見据えるが、萌ちゃんは好奇の眼差しで私を見つめた。
「なぜって・・・青々とした葉っぱっていうじゃない!?」
「おかしいと思いませんか?僕たちの感覚から言うと、葉っぱは緑なのに“青々”なんて」
 私は微笑しながら言った。
「おかしいとは思うけど、私たちは日本語の講習を受けに来たんじゃないの」
 もう爆発寸前の紺野由佳を余所に私は微笑して、
「解っています」
 と言った。私はここで一息継いで、
「つまり、昔の方は“緑”も青と言ったのです」
「そうか!俺も米寿になる祖母がいますけど、緑の事を青って言います」
 金堂が手で膝をぴしゃり、と叩く。
「そう。そしてこの赤松さんの言う緑も青だったんですよ」
「でもグリーンさんの場合は?」
 萌ちゃんのその問を無視し、グリーンの方に歩み寄った。 「Mr.Green.You are blindness,aren't you?(グリーンさん、あなたは色盲ですね)」
 立ち入った事を聞かれて不機嫌になったのか、尋問で精神的に疲れたのか、不機嫌そうに赤緑色盲だと言った。
 色盲については、読者諸君も御存じの通り、色の識別がしにくくなる、というものだ。これは目の色を感知する錐体細胞の異常によるもので、X染色体と呼ばれる性を決定する遺伝子とともに遺伝する。
「つまり、グリーンさんは赤と緑の区別がつきづらかったのです。緑の鞄と赤い鞄を誤認していても不思議はありませんよ」

「なるほど」
 赤松は色盲の事を忘れていたか、と言いたそうに唸った。
「でも、儂がみた犯人は女だった。その点についてはどう説明する?」
 熱弁を奮う赤松を余所に、私はさらりと
「イヤリングをしていたから女だと思われたのでしたね」
「ああ、そうじゃよ」
 私は容疑者を好く見るように促した。
「赤松さん。白山さんを好く見て下さい。男の方でもイヤリングをつけているでしょう?」
「うむ・・・」
 男がイヤリングをするなんて、と言いたそうな口調だ。
「でも俺が見たのは身長一八〇の男でしたよ。頭一つ分、出てましたから」
 金堂が聞き取りにくい声で言った。
「そうよ。この人が見た証言が本当なら犯人はこの外人って事にならない?」
 紺野は自己弁護するように言った。
「なりません」
 私は落ち着き払って言った。
「何で?超意味不明」
 彼女は所謂“ギャル言葉”で言った。私の苦手な人種だと思って、私は心の中で苦笑した。
「まあまあ、じきに解りますよ」
 私は興奮と“ギャル言葉”からくる不快感を抑えつつ微笑しながら言った。

FILE5、身長のプラス・アルファ

「でも、色についての証言は解るけど身長についての証言は私も解らないわ」
 私よりも背の低い萌ちゃんが背伸びをして私に囁く。私はじきに解る、とアイ・コンタクトを送った。流石、長年の間ワトソン役を務めているだけあって、私の言わんとする意味が解ったようだ。すぐにそれもそうだ、と言った。
「あなたが犯人を見た時の道路の状況をもう一度説明して頂けますか?」
 金堂はまた言わなければならないのかと、思ったらしく不機嫌そうに
「俺が見たのはお昼時で道路はかなり混雑していました」
「ありがとうございました」
 私は微笑して言った。
「そう・・・犯人は、混雑した道を通った事を頭に入れておいて下さい」
 私は話の転換のために一呼吸置いた。
「ところで犯人は急いでいたはずです」
「当たり前だろ。一刻も早く逃げなければならないからな」
 青木は何を言っているのだ、と言いたそうだ。
「しかし、さっきの金堂さんの証言にもありましたように道はかなり混雑していましたよ」
「それなら人混みを掻き分ければ好いだろう?」
 青木が当たり前の事を言わせるな、と言いたそうに言った。私はにやりと笑って、
「それでもダメな場合は?」
「車道と歩道の間にある石みたいのに乗れば・・・あっ」
 金堂はようやく気付いたらしい。
「そう・・・、あれに乗れば身長がプラス・アルファされますね」
「そうだったのか」
 青木は呟いた。
「そう・・・。では今までの証言を纏めてみましょうか?緑の服に赤い鞄の男、と言う事になりますね」
 私は微笑しながら言った。
「ということは犯人は白山さん、という事になるわね」
 萌ちゃんが言った。白山は刑事に連れられた時からもはや諦めていたらしい。稲の穂のように首を垂れていた。
「なぜ、私を襲ったのですか?」
 黒川が震える声で訊いた。声が震えているのは恐らく、怒りのためだろう。
「俺は最初からあなたを襲うつもりなんてなかった」
 言い訳がましく、白山は言った。
「でも結果的に私を突き飛ばしたでしょ」
 被害者の憤りは収まる訳があろうか。彼女にとってみれば白山の発言は先生に叱られて、「だって・・・」と言い訳している小学生のように聞こえただろう。
 しかし、白山の言っている事も事実だ。彼女を襲うつもりは白山にはなかったのだろう。もし、襲うつもりがあったのなら突き飛ばすだけではすまないのだから。
「まあまあ、お嬢さん」
 赤松が孫に言い聞かせるように優しく宥めた。
「それよりもどうして、強盗に?」
 黒川の怒りを鎮める事は赤松に任せて、私は鋭く言った。白山のさも申し訳なさそうな口調や全体から漂う雰囲気からして、やむにやまれぬ事情があっての事だろうと私は推測したのだ。
「一カ月前の不審火騒ぎ、覚えてますか?」
 恐喝、殺人、窃盗等の主な刑事事件の新聞記事をファイリングしてある私は、すぐ思い出すことが出来た。
「ああ。最初、バイクのシートが燃やされ、次は三分後に六百メートルほど離れた民家の雑誌の束に火をつけたあれですね」
 白山は肯定した。
「そうです。そうです」
「僕の推測では二人組の犯行で犯人は自転車で移動し、一人暮らし、鬱憤晴らしの犯行ですね」
 私はジャンパーのポケットに手を突込んで、答えた。
「どうしてそんな事が言えるの?自転車は距離の問題だろうけど」
「まず、一人暮らし、という点は犯行が深夜一時頃に行われている事から推測して、誰にも気付かれずに犯行を成し遂げる事は不可能だ。鬱憤晴らしの犯行って言うのは、無差別に狙っている事から用意に推察出来る」
 私は白山の方に向き直り、
「それでその不審火がどうかしましたか?」
 白山は言いにくそうに下を向いて黙っていたが、やがて決心したかのように顔を上げた。
「実はその放火犯って言うのが俺なんです」
 黒川、紺野は新聞を見ないらしく妙な顔付きをして私たちの顔を見ていた。そうは言ってもと言ってもこの記事は新聞には一行で終わっていたし、テレビのニュースでも一、二度しか取り上げられなかったため、彼女たちが知らないのは当たり前かも知れない。
 赤松と金堂はニュースを見ているらしい。朧げながらにも思い出せたようである。
「あの頃、俺は彼女と別れたばかりでむしゃくしゃしてて、それでついつい放火してしまったのです」
 黒川はいきり立った声で、
「放火の次は泥棒?信じられない」
 私はジェスチュアで白山に先を続けさせた。私のジェスチュアを見た白山は、黒川を申し訳なさそうに一瞥した。そしてすぐに話を続けた。
「それで、放火の二、三日後、俺の元に写真が届きました。火を点けている写真が二枚です」
「脅迫、ですね」
 私はポケットに手を突込んで鋭く言った。白山は力なく
「はい、そうです。文面だけならまだ虚仮威しかな、とも思えるのですが・・・」
「写真まで撮られてしまっては、ねえ」
 萌ちゃんが同情するように言った。
「それで初めは千円単位の小さな金だったのですが、次第にエスカレートして言って、一週間前は十万円を口座に振り込むよう要求されました」
 十万、という金額に一同は驚いた様子だった。
「それで、どんなに努力してもあと三万程足りなくて・・・」
 と今にも泣き出さんばかりの声で言った。
「それで強盗に押し入ったのじゃな」
 赤松老人は優しく言った。ええ、と白山はうなづいた。頭に包帯を巻いた少女は自業自得だと言いたそうな表情で白山を睨んだ。
 駐車場に車の横付けする音が聞こえた。今度こそ、西口警部が来たのだ。私はそれを見計らって素早く、
「さあ、僕の友人、西口警部が来たみたいです。自首したら少しは罪が軽くなるでしょう」
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