隠された麻薬
FILE1、依頼
私は警部からこの事件を持ち込まれた時、コナン・ドイルの「赤輪党」を読んでいた。お気に入りの作品を何度も読み返す癖のある私の本の表紙は管理がいいのにボロボロなのはそのためだ。
「はい。有沢ですが。」
「もしもし」
「あっ、警部ですか?」
「おう、実は・・・。」
警部の話を簡単な事件の説明を聞いたごくありふれた事件でつまらなそうだったので断った。
「そうか。引き受けてくれないか。」
と残念そうに答えた。
「でも、殺人課の警部が何で麻薬捜査なんて頼むんですか?」
と私は捜査機密を訊くようで躊躇ったが、疑問に思った事をぶつけてみた。
「ああ、実はな。麻薬常用者が殺されたんだ。まぁ、幻覚でも見て殺したんだとは思うがな。」
意外にあっさり答えた。
「で、ぼくにその犯人を見つけろと。」
「話が解ってるじゃないか。」
と含み笑いした声で応えた。
「冗談じゃありませんよ。全く・・・」
警部は奥の手を出したとみえた。
「なら、これでどうだ。秘密の暗号がやり取りされているらしいんだ。」
「暗号」。この言葉に私は興味をそそられた。
「で?その暗号とはどのような物なんですか?」
と一度断ったので興味がない事を装って言った。
「光だ。」
「光?」
私は聴き取りにくい言葉を訊き返すような調子で言った。更に続けて、
「モールス信号か何かじゃないんですか?」
といささか決めつけるような口調の私。これも興味を隠すためだ。
「いや。そうでもないみたいなんだ。いや、一応、モールス信号が解る部下に訊いてみたんだが・・・・」
「解らない・・・・と。」
私は興味津々と言った声で眼鏡を鼻のフレームを押しあげて答えた。口から本音を思わずこぼしてしまった。
「面白そうじゃないですか。引き受けますよ。」
FILE2、昼間の繁華街
今日は土曜だと言う事を私は思い出した。「妹」でも誘って、どっか繁華街でもぶらつこうかどうか迷っていた。いつものように彼女は午後から私の事務所に当てもなくやって来る。
家でこもるよりも天気もいい事だし、どこかに出かけた方がずっといい。私は外へ出るのが好きなのだ。
私は彼女に連絡を入れるために携帯に掛けたところ、数回呼び出し音がなって出た。
「はい、もしもし。萌です。」
「あっ、萌ちゃん?今日、ぼくの事務所に来るでしょ?」
「あれ?いけない?」
「いやいやいや、別にいいけど。お昼お天気だしどっかに食べにいかないかなあと思って。」
「おごってくれる?ジージョ。」
と私に拒否されるのを解ってて言う。
「何言ってるんだよ、貧乏なの解ってて。自分の分は自分で払うの。」
お約束通り断った。
「えー。」
と言った。その後(のち)、数秒経って
「いいよ。でどこ行く?」
と言ったので私は時間と場所を指定した。
私は彼女が来る間、何をしていたか。身支度を整え、コーヒーを飲みながらクラシック音楽に聞きいっていた。(推理物を読むとチャイムがなった事すら気付かないので)
「おはよう、ジージョ」
やがて萌ちゃんがやって来た。彼女はジーパンにトレーナーと言う何とも活発そうな、男の子のようなスタイルでやってきた。
「おはよう」
と私も挨拶すると、
「どこ行く?」
「何が食べたい?」
「ん~っとねぇ」
と考える仕草をした。
「あっ、1000円以下のものでね。」
と高い物を言いそうで怖かったので私は言った。
「解ってるって。この辺りで安い所と言ったら・・・、よく行くフィガロか、ミスドか、マックかモスかよ。まぁ。少し歩くんならデニーズや地中海もあるけどね。」
「違う違う。近くじゃなくって。地下鉄でどこか遠出しようかなと思ってるんだ。」
彼女は嬉しそうな歓声を上げた。
私たちはとりあえず栄まで行き、そしてその場で何を食べるか判断することにした。
地下鉄の中で、
「ねぇ」
とかなり大きな声で耳元で言った。いや、言ったと言うより怒鳴ったと言う方が正解かもしれない。私は驚いて、びくっとした。
「ん?」
「聞いてるの?」
「聞いてるよ。何だい?」
「事件?」
と萌ちゃんが訊いた。
「ん?どうして?」
「ジージョがそんなに私の呼びかけをそっちのけで熱中する事と言えば事件しかないじゃん。で、今度の事件は?」
私は苦笑すると、西口警部から聴いた麻薬事件を話した。
「ふ~ん、『太陽の戯れ』みたいね。」
「ああ、ルパンか。あれねぇ。ちょっと欠陥があるよ。」
「えっ、普通だと思うけど?」
萌ちゃんは驚いて答えた。
「あれは、秒数でやったでしょ?でも秒数でやると数え間違いが起こるかもしれない。あれは1秒でも間違ったら全然意味が通じないからね。」
「ふ~ん。じゃ、ホームズの『赤輪党』は?」
「ああ、あれは非常によくできた作品の一つだと思うけど・・・。」
私はここで言葉をとぎらせた。
「思うけど?」
「いいかい?もう、既にモールス信号は開発されていたんだ。だから、あそこはモールス信号を使うべきじゃないかなと思ってさ。」
伏見に着いたので私たちはここで降りた。ここ、伏見で東山線に乗り換えなければいけない。
1駅で着くので、しかも混むのでゆっくり話してる時間なんてなかった。
「さぁ、何食べようか。」
栄地下街に降りた私は萌ちゃんにそう訊いた。
「おまかせするよ。」
萌ちゃんは私に何を食べるか任せたようだ。
「そう?なら・・・・。」
と私はその辺を歩いて適当に美味しそうな寿司家へ入った。
「ここにしない?」
「お寿司かぁ。近頃食べてないな。そう言えば。」
「あっ、お腹空いてる?荒玉の方に美味しい回転寿司の店、あるんだけど。あんまりお腹空いてなかったらそこ行こう?」
と私が誘うと、
「回転寿司かあ。ついつい、食べすぎちゃうんだよね。」
と心配そうに言った。
「いいじゃん。お金は自分持ちなんだし、」
「そう言う問題じゃなくて・・・。」
「なら、どういう問題?」
とイタズラっぽく訊くと、
「カロリーの問題。」
「カロリー?いいじゃん。萌ちゃんは沢山運動してるんだから。」
とぶっきらぼうに私は言った。
「それもそうね。行こ。早く。」
こういうことで私たちはその寿司屋に行くことになった。
昼食を食べ終わった私たちはまた栄に戻ってLOFTという大きな本屋に行った。
「調べ物があってね」
「何調べるの?」
「モールス信号。」
本屋でこういう会話をしていると私の携帯が鳴った。
「ちょっと、ごめん。」
私は隅に寄って、携帯を取った。
「はい、もしもし。あっ、警部。」
「今どこだ?」
私は今の場所とモールス信号について調べ物をしている事を告げた。
「夜、来れるか?」
私はこの意味がすぐに解った。
「ええ、来れると思いますよ。ただ萌ちゃんと一緒なので・・・。」
「いいだろ。」
「まぁ、いいですけど・・・。明日は日曜ですし。」
私はそう言って電話を切った。
「おまたせ。」
と私は彼女の方にゆっくりと近付きながら言った。
「警部さんからでしょ?何て?」
「夜来れるか?だって」
私は警部の口調をマネして言った。
「夜?じゃあ、私は行けないわね。」
としょげて答えた。
「いやいや、そんな事はないよ。」
「本当に?」
と嬉しそうな明るい声で答えた。表情までもすごく嬉しそうである。
「その代わり。」
「その代わり?」
「おばさんやおじさんにはちゃんとOK貰うんだよ。ぼくが一緒なら常識の範囲内なら許して貰えると思うけどね。おばさん、ぼくの活躍ぶりを知ってるだろうから。」
「は~い」
と子供のような声で言う。以前、彼女の家へ夕食をご馳走になった時に、両親から事件について質問攻めにあったことがあるので、活躍ぶりを知ってるはずだと思った。
彼女は手慣れた手つきで携帯を操作すると、
「あっ、お母さん?ジージョ、事件が入っちゃって・・・・えっ、違うよ。・・・うん・・・うん・・・で夜まで・・・」
一旦、ピンク色の携帯を離して何時頃になりそうか訊いた。
「さあ・・・、でも10時半頃には何が何でも、例え萌ちゃんが嫌だって言っても返すつもりだよ。そうすれば11時には家へ着くだろ。」
「10時半には私が帰りたくないって言っても返すって」
私はかなり許容範囲が広いと自分でも思うが一応、けじめはつけているつもりだ。
「夕食?まだ決めてないよ。」
また、一旦携帯から手を離しそのことを私に訊いた。
私は萌ちゃんに今の所持金を訊いた。彼女はポーチから財布を取り出し、開いた。そして財布の中を見ながら、
「う~んっと、大体3000円位かな。」
「よしっ。じゃ適当に食べるって言っといて。」
携帯をまた耳につけると、私が言った事を伝えた。
「うん・・・今、代わる。」
と私は彼女から携帯を受け取った。
「あっ、翔ちゃん?いいの?本当にご馳走させて貰って」
「あっ、こっちは全然構わないですよ。それにお金は本人持ちですので。」
「ごめんね。いつもいつも。」
「いえいえ。ぼくこそおばさんちに呼ばれっぱなしで。」
「では、お預かりします。さっきも萌ちゃんが言ったように10時半には何としても家へ戻しますんで。」
「お願いね~。」
私は別れを告げて切ると、萌ちゃんに携帯を手渡した。
「さっ、行こ。と言っても萌ちゃんにはあんまり興味ないかな?」
と事件を解く時とはまた違った微笑で言った。
「モールス信号だよね?うーん。どうしようかなぁ。何かに使えるかもしれないし・・・」
「使えないと思う・・・」
と私は笑いをこらえて言った。
「私も調べ物手伝おうか?」
「そうしてくれると、ありがたいんだけど」
「じゃ、手伝うよ。」
「ありがとう」
こうしてる間に、私たちは売り場に着いた。そのフロアで夕方の6時位まで時間を割いたが、結局いい資料は発見できなかった。他の調べ物の麻薬についての調べ物も含めると実に3時間近く本屋に居た事になる。
私たちは栄をしばらく・・・1時間程・・・ぶらついた後、警部との待合せ場所に着いた。
「おう、待ってたぞ」
私はその言葉に軽く返事をし、被害者の状況を尋ねた。
「まず、被害者の名前は橋本裕子。」
「歳は割と若いですね・・・・。」
と私は被害者の顔の側に屈みこみ、側に立っている少女と顔を交互に見比べた。
歳は側にいる少女と同じ位、いや下手をするともっと若いかもしれない。顔の全体は若さそのものだが、ひどくやつれて細かく見るともう若さを失っていた。肌は正に鮫肌そのもの。いや岩石と言った方がいい程、ぼろぼろだ。腕には幾本もの注射の跡がある。
私はゆっくりと立ち上がると、
「これは、誰がどう見ても麻薬をやっていたと言う証拠ですね。」
と膝についた砂を払いながら言った。
「んで?犯人の目星はついてるんですか?」
「ああ、でも殺人の動機はぺらぺら喋るんだが肝心の麻薬の隠し場所については口を閉ざしたままなんだ。」
うんざりした口調で警部が言う。
「んで?夜まで待つ理由は?」
「夜9時頃になると、決まって光の通信が始まるんだ。」
「ところでブローカーと使用者は何人ですか?」
「ブローカーは中国人やイラン人、使用者は日本人が殆どだな。」
「そうですか。」
と短く答えた。
暗号の方向は大体読めた。後は今夜、そのブローカーを捕まえればいい。そう言う事を考えてにやりと笑った。
FILE3、暗号
7時まで私は栄地下で萌ちゃんの買い物に無理矢理、付き合わされていた。そしてその後、私たちは軽い食事を済ませた。
「ねぇ、ジージョ。」
「ん?何?」
「暗号が解けたんでしょ。」
「ん?まあね。」
と私は曖昧に言った。
「教えてよ。」
「それはお楽しみ」
「ヒントは?」
「ヒント?ん~そうだな~。『The Adventure of the Red Circle』とでも言っておこうかな。」
と私は含み笑いを浮かべて言った。
「あっ、もうこんな時間。急いで食べて。」
8時半少し過ぎになっていたので焦った。
急いで食べ終えるとすぐ警部の下へ向かった。
「何だ。まだ交信ははじまらんぞ」
「いいですか?警部、うまく行けば隠した全ての麻薬を押収できるかもしれません。そのためには、警部の協力が必要なんです。」
私は作戦を話した。
9時ちょっと過ぎたところで点滅し始めた。私はボールペンでそれを子細に記録すると交信が終えた所でふぅとため息を漏らした。
・ 2
・・・・ 1 -------- 1 ----- 1 ・・・・・・・ 2
・・・・・・・・・ 1 ------- 2
----- 1 ・・・・・・・・・・・・ 1 ・・・・ 1 ・・・・・ 2
------ 1 ・・・・・・・・ 1 ・・・・・・ 2
------ 1 -------- 1 ・・・・・ 1 ・・・・・
・・・・・・・・・ 2 ------- 1 ・・・・・ 1 ・・・・・
乱雑と言う言葉の比ではない。このメモの方こそ見方によっては暗号に取られかねないかも知れない。
「ちょっと、懐中電灯かペンライトを持ってる方。」
「あっ、はい。私持っていますが。」
と一人の巡査が名のり出た。
「では、貸して下さい。」
彼はポケットからペンライトを出して、渡してくれた。
---- ・・・・・ ・ --------- ・・・・・ --------- ------- ・・・・・ ----------- ------------ ・・・・・・・・・ ・・・ ・・・・・
3秒開けてまたメッセージを発信した。
-- ----------- ------ ---- ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・ ・・・・・ ・ --------- --------- ・・・・・ -------- ------- ・・・・・ ・・・・ ・・ -- ----- -------
しばらくして返事が返ってきた。
--- ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・ ・ -------- ・・・・・ --- ・・・・・・・・ ・・・・・
私は返事を返す。
・ -------- ・・・・・・・・・ ------- ・ --- ・ ------- ・・・・・・・・ ----------- ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
・ ・・・・ ・・・・・ ------ ・・・・・ ・・・ ------ ---- ・・・・・
警部は今頃犯人を取り押さえている頃だろう。
「犯人を逮捕したぞ」
「ご苦労さん。」
と私は言った。
「そろそろ、種明かしをしてくれないか?」
「ああ。あれですか。じゃあ、アルファベットの順番を言ってってくれませんか?」
「ABCDEFG、HIJKLMN、OPQRSTU、VWXYZ」
「それが解ってれば解けたも同然ですよ。あと簡単な高1レベルの英語が解っていればね。」
私は更に続けて、
「いいですか?まず短い点滅が1つだったらA、2つだったらBというふうになります。」
「でも長い点滅は?」
と萌ちゃん。
「今からその事を言おうとしていたんだよ。萌ちゃん?
We are in a zoo(我々は動物園にいる)って文を送りたい時、We のWやzooのzをどうする?わざわざ20何回光を点滅させる回?Year E in zoo(イエー、エは動物園にいる)っていう文にも捕らえかねない。
この方式は1回でも数え間違うと他の文字になりかねない。第一Zを打つ時は非常に間違えない方がおかしい。そこで、誤解を防ぐために長い点滅はZの方から数えるようにしたんだ。1回ならZ、2回ならY、3回ならXというふうにしたんだ。この方法で解くと、
A drug is under the tree.(麻薬は木の下だ)
I see.(解った)
というふうになるよね。」
「じゃ、ジージョが送ったメッセージは?」
「We are the prices.You'll arrested be by us.つまり、『警察だ。まもなく捕まるだろう。』だよ。」
「送ってきたメッセージは?」
興味津々と言った表情である。
「Who are you?『お前は何者だ』だよ。」
「で、何て送り返したの?」
「Arisawa Shoji.Detectve.」
「ディテクティブ(detective)って?」
私は微笑して、
「探偵。」
と短く答えた。
その時、警部が部下の報告を聞いてさっと顔色を変えた。
「そんな筈はない!捜せ。ちゃんと!」
と部下に命令した。私は含み笑いをして、
「そりゃ、出る訳ありませんよ。」
と言った。
「なぜだ!」
警部はいらただしげに怒鳴った。私は手の後ろにあった「コムギコ」を警部に渡した。こういう場面を見るとポオの「盗まれた手紙」や我が愛するドイルの「海軍条約」を思い出すのは私だけだろうか?
「はい、警部。お捜しのものはぼくが見つけておきましたよ。」
警部は「へ?」と言いたげな間抜けな顔をして私の顔をじっと凝視した。
「何で?お前が?」
間抜けな声で警部が尋ねた。その声の滑稽さ。咽まででかかった笑いを必死に私は飲み込んだ。やっと真面目な声になり、どうやって見つけたかを尋ねた。
「まず、街路樹ではない事は確かです。街路樹なら沢山ありすぎて2番目等の指定をしてくるはずですので。これと同じ理由で公園の木も却下されますよね。」
警部はふんふんと聞いている。
「ところで、ぼくのような、私立探偵のいい所はばれなければ人家に侵入してもいい事です。
本当は刑法第130条に『正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。』とありますが麻薬捜査と言う立派な理由がありますので。」
「一つ間違えば獄中行きだぞ。」
「う~ん。獄中のホームズ。ハニバル・レクターみたいでいいですねぇ。」
私はわざと大げさな素振りをして見せた。
「あっ、それはそうと話の続きを続けてくれ。」
警部は私を咎めるよりもどうして麻薬を見つけたか聞きたいようだ。
「あの家をどう思います?」
私はある家を指差した。
「あれって、大きな木が一本生えてる家か?」
私は黙ってこくんとうなづいた。
「別に普通の家だが・・・・」
私は微笑して、
「外見上はね。」
と言った。
「外見上?」
萌ちゃんが訊いた。
「中をよく見てごらん。その異様さに驚くはずだから。」
私は微笑して答える。彼女が中をよく見ると声にならない驚きの声を上げた。
「どうだい?異様だろ?」
「中が何もかも紫に統一されてる。壁も床も机も椅子も。何もかも。」
「他に変わった所は?」
私は生徒の答えを促すようなもの柔らかな調子で言った。
「壁がぼろぼろ。蹴ったような跡がついてる。」
私はにやりと笑って、
「そうだね。まず、ある一色・・・この場合は紫だけど・・・の色に執着するのは麻薬常習者の特徴なんだ。
次に壁がぼろぼろなのは麻薬が切れてくると恐ろしい、例えば蛇が壁から這い出してくるだとか、口から無数の小人が出てくるだとかの幻覚をみるからなんだ。」
と言った。
「その幻覚を追い払おうとして壁がぼろぼろなのね。」
と萌ちゃん。
「でも、これだけなら状況証拠にしか・・・・」
と警部。私は
「だったら、裁判所に捜査令状を請求して中を調べてみて下さい。」
と言った。私は更に続けて、
「もっとも、その必要はありませんがね。」
と言った。警部は、
「どういう意味だ?それは。」
と言ったので含み笑いをして、
「じゃーん」
と注射器のピストンと数本の注射針を出した。
「これ、まさか・・・・」
「そ。あの家の部屋の中から頂戴してきたもので~す。無断でね♪ここが私立探偵のいい所♪
もっとも、ぼくの場合は捜して面白いものが見つかるという確証を得た時にだけ家宅捜索しますけどね。」
「そりゃそうだ。」
と警部。
「でも、どうやって入ったの?」
と萌ちゃん。私はポケットに入れてあった針金を取り出し、
「こいつでちょいちょいっとね。」
と針金を素早く動かした。
「でも、1つ間違うと犯罪よ。」
「いやいや、間違わなくともこいつのやってる事は犯罪さ。」
と警部。私は苦笑して、
「で、捜査第一課、西口令士警部は犯罪者に事件解決を要請してる。と」
と言った。その私の言葉に警部は慌てて、
「いやいや、これからも事件解決宜しく頼むぞ。」
と言った。
「さっきの話の続きは?」
と萌ちゃんが首をかしげた。彼女の言葉で私はまだ続きだった事を思い出した。
「どこまでやったっけ?」
私は呟くように言うと
「麻薬常習者の家の話までだよ。」
と萌ちゃんが教えてくれた。
「あ~、そうだった。」
と私は低く呟くと、更に続けた。
「一人暮らしである事、前は奥さんと子供数人がいたが麻薬をやるという悪癖を知り逃げたものだと疑いようのない事実だね。」
相方は納得した様子だったが警部は今一つ解ってない表情なので、
「いいですか?こんな男の人がこんな大きな家に一人暮らしである事は考えにくいですよね。ということは奥さんと子供がいたに違いない。
ところが、夫が麻薬漬けになるようになってさっき言ったような異常な事が目立ちはじめました。そこで、奥さんは子供を連れて出ていってしまった訳です。
ぼくがここに麻薬があると思ったのは、treeという単語です。街路樹や公園の樹だとさっきも言いましたように多数ありすぎてどの樹か解りませんよね。
ならば個人の家ならどうでしょう?ちょうど、樹の一本生えた麻薬常習者の家を見つけました。そこでぼくは樹の根本を軽く掘ってみたら思った通り麻薬を見つけた訳です。
第一、そんなに深く埋める必要はありません。数ミリか、深くてもまあ、2センチ位ですよね。だから手で掘り起こせた訳です。」
と私が麻薬を見つけた経緯を説明した。
「それは解ったけど光の暗号の間隔はどんな関係があるの?」
「いいかい?萌ちゃん。短く開けるのはyouのy、o、uの間みたいに文字と文字との間なんだよ。中位の間隔は単語と単語の間、例えばYou areのyouとareの間みたいにね。長い間隔は文と文との間なんだ。」
「ふーん」
と相方は納得したような表情を浮かべた。
「用事は済みましたのでぼくはこれで帰りますね。」
地下鉄駅まで歩いて行き入ろうとした時、私は警部の方に向き直り、
「あっ、そうそう、警部あの家を色々と調べてみて下さい。面白いものが見つかるかもしれませんよ。」
と言った。そして、浅香萌と色々話をしながら地下鉄の階段を降りて行った。
「ねぇ、ジージョ?」
と電車の中で萌ちゃんが私の名を呼んだ。私はそれに答えて返事をすると、
「夕ご飯の時くれたヒントがまだ解んないんだけど。」
と言った。
「ああ、あれね。『The Adventure of the Red Circle』は『赤輪党』の原題だよ。」
それから私たちは色々な事を話して帰った。
この作品はいかがでしたか?
一言でも構いませんので、感想をお聞かせください。