予告された死の事件

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FILE1、記述者になった理由

 今回の事件はジージョが小学生の時に解決した事件で、私、浅香萌が一人称として描かれている。
 その理由を説明するには話を3日ばかり程にさかのぼらなければいけない。
 私はいつもの様に彼の家を訪れていた。ジージョはその時ちょうどパソコンに向かって私が「名探偵殺人疑惑事件」と名前を付けたその事件の記述をしている所だった。椅子を回転させて
「やあ、萌ちゃん。」
と挨拶した。私も挨拶すると
「ちょっと待ってて、もうすぐ終わるから」
と言ってまたパソコンの方に向かって打ち始めた。私は彼の肩ごしに顔をやってジージョの作業を見ていた。相変わらず彼はポーカーフェイスでどきりともしない。
 私はルックスに自身がある方ではないが、年頃の女の子にこうやって肩ごしに顔を近付けたら普通どきりとするはずだ。どうでもいいけど。
「ねぇ。」
「ん?」
「ここの所さぁ」
私は画面を指差した。
「『車軸を流すような雨』止めて、『ドシャブリ』って片仮名で書く方が感じ出ると思うよ。」
と言うと少しむっとした表情で、
「んじゃ、お手本見せてよ」
と言ったので、こっちも後には下がれず引き受けてしまった。彼は苦笑いを浮かべて
「冗談だよ。」
と訂正した。私は、
「いいわ。やるわ。」
と言った。ここまで来たらもう後には下がれない。
「本気にしてんのかい?始めからジョークだったんだよ。」
彼は苦笑して言った。
「いいの。一回、記述者になって見たかったしね。」
「ああ。。。。そう。。。。なら頼むわ!」
と言って、手帳と鉛筆を渡した。
「何?これ?」
私は何でこんな物を渡すのか解らなかった。不思議に思って尋ねると
「何これって・・・。メモ用紙と鉛筆だよ。」
と彼は私が何を訊いているのか解らないと言う口調で言った。
「それは見れば解るよ。」
「これにメモして。事件の状況とかを」
「解った。」
私はやっと納得した。
 こういう訳で今度の事件の記述者は私、浅香萌となった。
 しかし、私は平日は学校なのでなかなか事件が転がっていない。放課中、私のシャーペンをくわえて何にしようかと考えていた。
「何にしようかな~」
と呟きながら考えるとふと名案が閃いた。
 そうだ!と思った。思い出話にすればいい。
 私は授業が終わると久々に部活をサボって、家に帰った。母が、
「萌~~。」
といつもの様に注意した。母は私にもっとおしとやかになって欲しいらしいが私の方としては全然直す気もない。
 私は急いで二階にある自分の部屋に行くと、制服を着替えて日記帳を引っ張り出した。当時の私はワトソン博士の真似事をしていて、死んだ兄とジージョの事件記録を綴っていた。兄には当時これを笑われていたが、まさかこんな形で役に立ちとは!
 私はこの時兄に、もう笑わせないと言う奇妙な勝利感でいっぱいだった。
 日記帳を開くと私は恥ずかしくなった。昔の日記を思い返すと誰だって私の様な気分になるはずだ。特に小学校ぐらいの日記を高1になって見るとすごく恥ずかしい。下手な字、誤字脱字の量、そして文章力のなさ・・・・。どれを取っても、一級品の恥ずかしさ。
 兄の死は思い出したくないので、それ以外で最も印象的なのは1992年7月19日に起こった一見、超常現象や心霊現象とも思える事件を紹介しようと思う。これを読んで心霊現象は人間の心理状態とある時は殺意によって説明がつく事を実感して欲しいと思う。

FILE2、思い出話

 あれはすごい蒸し暑い日だった。
 私は当時まだ8才の小3で終業式も終えて明日から何して遊ぼうかと考えていた。私は兄とそして兄の友人であるジージョと帰るのが日課だった。
「うー暑ぃ」
「暑いな~」
「暑い~」
3人とも同じ事を言いながら歩いていた。私はある中年の男の人にぶつかった。
「何やってるんだ。ごめんなさい。」
と兄が代わりに謝った。私も急いで謝った。
「おじさん。何か困ってる事あるんでしょ?だったらうちに来たら?ぼくのお父さん探偵だから何か解るかもしれないよ?」
とジージョ。
「あ、ああ。ありがとう。お言葉に甘えて君のお父さんに相談させてもらうよ。でも何で私が悩み事あるとわかったんだい?」
彼はその答えを言わなかったが、また例のジージョの“手品”だと思った。人をよく観察すると色々面白い事が解るらしい。16才の今でも彼の“手品”には感心するので当時の私にしてみれば“魔法”のように思っていたに違いない。
 それから私たちは彼の家の方へ汗だくになりながら向かった。蝉がうるさい程、鳴いていた。
 「ただいま~」
ジージョが言った。
「おかえり。」
彼の母親が言った。彼の後ろに隠れていた私たち兄妹を見つけて、
「あら、いらっしゃい。」
と優しい声で言った。
「お客さん連れてきたよ」
と彼が手招きすると、
「失礼します。」
と私がぶつかった男性が入ってきた。
 その人の特徴は、背は低く、腹が出ていて典型的などこにでもいそうな「おじさん」というイメージだった。
 ただ気になる点は病気のようにひどく顔は蒼ざめ、時折がたがた震えている。それはジージョでなくてもただ事ではないと解った。私はなるほどと思った。これでは彼でなくても何か悩み事があることが解る。暑さのため、私は観察していなかったのだ。
 落ち着いて話すよう優しい口調で彼の父親は言うと幾分、震えは止まった。しかしまだ小刻みに震えている。
「で、1年前その男が現れて死の宣告をしたわけですね。」
彼の話を聞き終えると探偵は言った。
「はい。そうなんです。一年前、ある男が現れて一年後の・・・つまり今年の・・・明日心臓発作で死ぬと言うんです。その男は取り立てて金も要求しませんでした。」
「ふうん。そうすると霊感商法でもない訳ですか。」
と探偵は呟くように言った。
 その時、彼の母親がコーヒー2つとオレンジジュース3つをお盆に入れて持ってきた。それをコーヒーは依頼者と探偵、ジュースは私たちの前に出した。ジージョの母親は私たちにランドセルを置いてくるよう促した。
 私たちはそれに従い、走って家に駆け込むと昼ご飯を急いで食べ、また探偵事務所へ戻った。探偵事務所は2階にあるため階段を上らなければいけない。一階は喫茶店だ。(今は1階の喫茶店が廃業になって、1階・2階はジージョの会社の物となっている。そして向い側に私の家がある。)階段を上がる途中、
「ねぇ、お兄ちゃん?」
と兄を呼んだ。
「何だ?」
面倒そうに兄は言った。
「あんな話って本当にあるのね。」
私はその時、怪談話を聞いた子供のような心地だったと思う。
 今だからこそ、幽霊とかは下だらないと思うが当時の私はまだ知識がなかったため怯えていたに違いない。
「あんな話ってどんな話だよ。」
となおも面倒そうな口調を変えずに言った。
「死の予告よ。」
「死の予告?」
とばかにした様な口調で言った。
「そうよ。今言ってたじゃない。」
と「有沢俊作探偵事務所」と書かれたガラスの私の膨れっ面が映っていた。
 私はそのドアノブを回して入った。

FILE3、ジージョの部屋にて

 探偵事務所の中は別世界のように涼しく、外の暑さから私を解放してくれた。冷房の微かな音が聞こえる程、4人は黙り込んでしまっている。
 私たちは、あまりの静けさに
「おじゃまします。」
とも言えずただドアのこちら側に立ち尽くしていた。ジージョが私たちを見つけて手を振った。そのため、私たちはいそいそと彼の方に行って事情を聞いた。
「今、大変な事になってるんだ。」
「大変な事?」
私と兄の声が重なった。
「うん。そうなんだ。詳しくはぼくの部屋で」
と誘われて私と兄は部屋へ入って行った。
 彼の部屋を見て私は驚いた。本棚いっぱい推理小説だらけなのだ。コナン・ドイル、アガサ・クリスティ、G・K・チェスタートン、エラリィ・クイーン、モーリス・ルブラン、エドガー・アラン・ポオ、ジョルジュ・シムノン、江戸川乱歩、E・S・ガードナー、横溝正史、レイモンド・チャンドラー、ダージル・ハメット、西村京太郎、イーデン・フィルポッツ、ウィリアム・アイリッシュ、内田康夫、赤川次郎、ミステリ・ハンドブック「シャーロック・ホームズ」・・・・・・・
 ここに書き出していたらキリがないので止めることにするがとにかく推理小説とその解説書の豊富さに驚いた。しかもどれも5回は読み返しているとみえ、背表紙がぼろぼろだったのを今でも記憶している。
「また、一段と増えたんじゃないのか?」
「そうかな。あれから10冊しか買ってないけど。」
私は「しか」の使い方を誤ってると思った。
「あれからっていつから?」
と私が訊くと兄は2~3週間前だと答えた。
「だってぼく気に入ったのを繰り返し読み返しているから」
兄には聞いていたもののこれだけすごいとは夢にも思わなかった。まるで、このペースで行けば図書館が作れてしまいそうだ。今になってもジージョの推理小説はなお増殖して本棚8個位に納まっている。(今の本棚は広辞苑やら模範六法、六法全書、医学書、パソコン関連の本、彼の父親の暗号論文・事件ファイルなどがあるがやはり、推理小説とその解説書が95%以上を占める。)
 私は彼の部屋をぐるりと見回した。木製のベッド、白い机の上にパソコンが乗っかっている。今のソファーで寝ている彼とは比べ物にならない位の贅沢だ。
「それで??なんだよ。大変な事って。」
「うん。実はあの人の話がより一層、本当っぽくなってきたんだ。」
「ねぇ、人の死って予想できるものなの?」
私は今思い返すと恥ずかしいことを訊いた。
「病気とかだったらある程度は予想できるけど心臓発作で死ぬと言ったんだよ?発作なんて簡単に予知できるものじゃない。」
「あの人、心臓に病気でも?」
兄が訊いた。
「いや、心臓は異常なしだったそうだ。かなりのヘビースモーカーだったから心臓は少し弱っていたみたいだけど。」
とジージョは探偵らしい口調で鋭く言った。
「そうか・・・って、何であの人がヘビースモーカーだって解ったんだ?」
「歯とポケットだよ。」
「歯?ポケット?」
私は彼が何を言ってるのかさっぱり解らなかった。
「まず、歯が黄色かったんだ。これはタバコのニコチンとかタールが唾液の中のカルシウムとかと結びついて歯に着くからだよ。」
今でも彼が小6にして何でああいう知識を持っていたのかが不思議に思う事がある。
「本当に小6?」
と兄が訊くと、
「え、ああ、うん。次にポケットの件なんだけどライターが入っていたんだ。ライターと歯のヤニ。
 これだけそろえばあの男の人がヘビースモーカーだっていうことが容易に察しが付くんじゃないのかい?ワ・ト・ソ・ン・君♪」
 私はタバコを吸うと肺が黒くなったり心臓の働きが低下すると言う事をテレビでこの間・・・確か小3の12月位に・・見た事があったので彼の言う事が解った。 「で?何が大変な事になったんだよ?」
「ああ、すっかり忘れてたよ。」
私はごくりと唾を飲み、彼が言いだすのを怖さ半分、面白さ半分で期待していた。
「ここ半年の間に死を予告した人と同じ人影が目撃されているんだ。しかも最初会った時はフード付のローブみたいので顔は見えなかったんだけど、その顔って言うのが・・・・」
私は息をごくりと飲んだ。今度は怖さ75%、面白さ25%位だ。
「萌ちゃんは耳塞いでた方がいいんじゃない?」
彼は私の気を使ってこう言ったが、私は片意地を張って首を横に振った。
「んんん。いいの。私、怪談話とかって結構好きだし。」
本当は怪談話なんて大の苦手だったが強がりを見せた。
「あっそう?なら・・・」
彼は遠慮がちに話し始めた。
「片目が酷く焼けただれて見るも無残な姿だったそうだよ。」
と左目を手で覆い、おどろおどろしく不必要に声を潜めて言った。私はさっき言った事を心から後悔したのを今でも覚えている。その晩の夢にでも出てきそうだった。

FILE4、依頼者宅を訪問す

 私はその幽霊の話を聞いた時に怖くて怖くてたまらなかった。兄がいなかったら泣いていたに違いない。泣こうとするのを必死に抑えていた。
「んで?信じるのかよ。探偵の息子が。」
とぶっきらぼうに兄は言った。
「もちろん信じるさ。依頼者の話は信用するからね。でも幽霊は絶対にいないとおもうよ。」
「何だそれ?矛盾してるぞ」
兄が嘲笑的な口調で言った。
「いや、してないさ。『魔術師』の作者は?」
「明智の奥さんが初登場するやつだろ?江戸川乱歩作の。」
「じゃあ、あの小説の面白い所は?」
「5.4.3.2と書いた紙が枕元にあって、数字が0になったら殺される所。しかも、密室殺人」
と兄は関係ないとでも言いたげな口調で言った。ホームズ位しか読んでいない当時の私にとって遠い国の言葉のようだったに違いない。
「ああ、そうだ。江戸川乱歩の作品は怪奇と幻想がつきまとう。一番いい例が『蜘蛛男』。でも実際には論理的に説明がつく。」
彼は一呼吸おいて、
「この事件も一見、幽霊とかが出てきて科学的に説明が不可能だと思うだろ?でも、幽霊なんて実際にいる訳ないんだから何らかのトリックがあるはずなんだ。」
 私はジュースに口を付けて話の続きを聴いた。彼は探偵らしい口調で自信に満ちた笑みをして、
「この世に解けない謎なんかないよ。」
と言った。兄は嘲笑的に微笑した。
「んで?どうすんだ?」
「何を?」
「事件をだよ。」
ジージョが今の時刻を尋ねたので私はこの部屋には時計置いてないのかしらと思いながら、
「え~とね・・・」
と手首を自分の方に向けて時刻を見た。そして
「1時40分よ」
と答えた。
「1時40分か・・・。よし!外へ行こう。」
と青いぼろぼろのキャップをぐっとかぶった。部屋の戸を開けると、
「お母さん!遊びに行ってくる!」
と行って出て行った。
「んで?どこにいくんだよ?」
階下に来て兄が尋ねると、
「あの人の家。」
と平気な顔をして言った。
「でも、住所は・・・・」
と私が言いかけると彼は一枚の小さな紙をポケットから取り出し私に手渡した。
「後からお邪魔する予定で名刺を一枚失敬しておいたんだ。」
見ると金村昭一と書いてある。
「うーん。」
と兄は彼を頭から足の先までなめ回すように見た。
「さ、早く」
「う、うん」
私は戸惑いがちに答えた。
 とにかく暑かったので、私は一刻も早く依頼者の家に着きたいと願ったが、私の意志に反して、金村という家を探すのに30分以上かかった。まるで百熱地獄にいるような心地だった。砂漠をさ迷い歩く旅人の気持ちが少し解った。やっと金村さんと言うお宅を見つけたのはもう脱水症状ぎりぎりだった。
 彼はチャイムを押した。結構な家だった。白塗りの壁。整った形。
「誰?」
と中年の婦人がドアを半開きにして出てきた。そして、あからさまに不機嫌と解る口調、そして一刻も早く私たちに立ち去って欲しい様子だった。
 私はどぎまぎしたが、兄は意外に落ち着いている。ジージョは、
「はい、ぼくたち、有沢俊作の息子の翔治って言います。この子たちはぼくの友達の浅香優太とその妹の萌ちゃんです。今日は父のお遣いでやって来ました。」
と言って礼をした。兄は礼儀正しくお辞儀をした。私も小さくお辞儀をした。そうすると夫人は急に態度をころっと変え、
「まあまあ、それはご苦労さん。中に入って麦茶でも飲む?暑かったでしょう。」
と優しい声で言った。私は表面上は遠慮がちに入ったが、冷たいものが飲める喜びでいっぱいだった。
 居間に案内されると冷房が付いていた。生き返った心地がした。
 フローリングの床にリビングキッチンがある。テレビと深緑色の横になれる椅子。白いソファーと四角い背の低い床が好けて見える机。その上にはどこにでもありそうな円くてごついガラス製の灰皿・・・。
 冷たい麦茶を用意していると兄が肘で突いて
「おい。よくもまああんな抜け抜けと嘘が言えたもんだな。」
と皮肉っぽく言うと、
「まぁ、細かい事は気にするな。それにお父さんも許してることだし。」
やがて冷たいものが運ばれてきた。私は前に出されるなりぐいとつかんで一気のみしたのを今でも覚えている。
「用はなあに?どんな事訊きたい?」
と優しい声で訊いた。ジージョは、
「まず、ご主人がある男に死を予告されていたという事をご存じだったでしょうか?」
と単刀直入に切り出した。
「ええ、知ってたわ。っていうか一番最初にあのフードの男の人を見たの私だもの」
私は今まで考えていた事を根底から覆されたような気がした。なぜなら、私は最初に目撃したのは男の人とばかり考えていたからだ。
「奥さんが?」
意外そうな口調でジージョが訊いた。どうやら私と同じ事を考えていたらしい。
「ええ。そうよ。あれは・・・確か、そう去年の今頃だったかしら。ぼんやりと窓の外を見てると、あのフードを来た男の人が立っていたの。暑いのに何やってんだろうと思ったけどね、さほど気には止めなかったわ。」
「その男の人の顔は見えましたか?」
「いえ。ごめんなさいね。見えなかったの。フードかぶっていたから」
とかぶりを振って申し訳なさそうな口調で言った。
「でも、気になった事が一つだけあるの。」
私はこの言葉に興味を引かれた。兄は、
「気になった事?それは何ですか。」
と訊いた。
「ええ。私には見えて他の人には見えなかったらしいの。」
「見えなかった?」
今度はジージョが疑問とも肯定とも取れる曖昧な口調で言った。 「ええ。普通は夏だからフードをかぶってる人は気になるでしょ。でも街を通る人は見向きもしないの。それにね。じっと動かないのよ。私の方を見つめたまま。
 私ね、結構霊感とか強い方だからそれで見たのかもしれないけど。
 それでさっきの話の続きなんだけど怖くなってカーテンを閉めたの。そしたらカーテンを閉めたすぐ後に後ろから忍び笑い・・・ちょうど鳩みたいなね・・・が聞こえたの。
 びっくりして後ろを振り向くと・・・」
私は息を飲んだ。怖いもの見たさというやつで先を促した。
「表で見た人がにやにや笑って立ってるのよ。」
「その人の顔は?」
私が怖いもの見たさで訊いた。
「顔?そうね・・・なかなかの美青年だったわ。」
夫人は顎に人差し指を当てて上を見て言った。
「美青年?」
私たちは互いの顔を見あわせて、信じられないと言った口調で訊いた。
「左目が焼けただれてなかったですか?」
「左目?」
と何を訳の解らない事を訊いているんだといった口調で訊いた。
「焼けてなんていなかったわよ。」
とごく当たり前と言いたげに即答した。
「変ですね・・・、ご主人は顔が焼けただれていてたと言ってるんですよ。」
これを言ったのはジージョだった。
「そう・・・・。」
と夫人は思案深げに言って、その後に
「あっ、そうそう。」
夫人は思い出したというような口調で言った。
「何ですか?」
興味津々といった口調でジージョ。
「実はね、あのフードの男の子、私の実家の近所に住んでた男の子が大きくなってたらあんなふうになってたかも・・・」
と遠い記憶を思い出しているように夢見るような調子で言った。
「住んでた?」
私はなぜ過去形なのか気になったので夫人に尋ねた。
「ええ、そうよ。私と4才年下でね姉の友達の弟だったわ。あなたたちとちょうど逆ね。でも、その子が12才・・・たしかそうだったと思うわ・・・の時に不審な死に方をしてね。
 川で溺れて死んだの。」
と物悲しげに言った。私は気分が沈んでしまったが探偵は今と変わらぬポーカーフェイス。
「でも、それのどこが不審なんですか?」
と尋ねたのは兄だった。
「川に滅多に行く子じゃなかったし、それに泳ぎもすごく巧い子だったのよ。」
「それは確かに妙ですね。」
と真剣な顔つきでジージョが言った。
「ねっ、変でしょ。」
同意を求めるような口調で言った。その時電話が鳴った。夫人は電話の方に走って行った。
「はい。もしもし金村です。」
と愛想たっぷりに言った。
「誰ですか?・・・・・・・いえ、そんなはずはありません。だってあの人はもう死んでいるんですよ?・・・・・・・ふざけないで下さい。」
電話を乱暴に切ると、私たちにたっぷりの愛想笑いを浮かべて
「イタズラ電話だったみたい。」
と言った。

FILE5、心霊写真

 「あっそうそう。それともう1つ」
と夫人は引き出しから一枚の写真を取り出した。そして私たちの方向に小走りに来ると、その手紙をテーブルに置いた。
 私たちはその写真をよく見た。金村昭一とこの夫人そして、もう一人別の男が写っている写真だ。そして白くて長いものが横の長い長方形のような物。5cm位間隔を開けてまた同じ物が写っている。
「すみません。虫眼鏡お借りできますか?」
とジージョが頼んだ。夫人が虫眼鏡を渡すとお礼を言って借りた。
 彼はまるで『緋色の研究』で壁の「RACHE」と書かれた文字を調査するホームズのようにその写真を観察した。やがてふぅとため息を一つつくと険しい顔をして、
「遺影、ですか」
ときびきびした口調で言った。私は何が何だか解らなかった。兄がどうして遺影なのかと尋ねると写真を横にして虫眼鏡を渡した。
「ほら、ここんとこ。よく見るとお葬式の時に飾る黒いリボンだろ。」
と例の白い物体を指差して言った。
「更に真ん中のとこ・・・」
 確かに遺影であった。私は
「キャッ」
と思わず声を恐怖で戦きの声をあげた。しかし、私とは裏腹にジージョは冷静な態度で、
「この写真、お借りできますかね?」
と眉一つ動かさずに言った。私は彼を畏敬の念で見あげた。冷静さを尊敬すると同時にこの人には喜怒哀楽がないのかしらと不思議に思った。彼は私の行動に気付き、
「ん?どうしたの?」
と優しい声で訊いた。今の彼ならぶっきらぼうに夫人の方を向いたまま尋ねるだろう。
 どっちがいいのかは一概には決められない。
 ジージョは事件の謎を解いてる時が昔も今も変わらず目が生き生きして声も機嫌が良さそうだ。つまり、彼が一番彼らしい時、それは事件の謎を解いてる時・・・・。
 しかし、私はやっぱり優しい声をかけてもらった方がいい。どちらか一方を選択しろというのなら前者を選ぶに違いない。
 もし、彼が私の命と引き替えに殺人事件を始めとする事件の捜査が永遠にできなくなって、それを私に選択させる場合があったなら死ぬのは怖いがやはり殺人事件の捜査を選ぶと思う。
 しかし、当時の私ならば命を選んでいたかも知れない。
 とにかく、私は優しい声をかけてもらった時、ほっとした。思考機械のようで全く人間味のない人だと思っていたからだ。
 顔を見あげている時、兄が多分冗談だとは思うが
「お前ひょっとして・・・・」
と含み笑いをしながら囁いた。
「何?」
と訊き返した。兄は、
「いやいや。」
と手を振って含み笑いをしながら言った。
「ただな、」
と更に小声にして口を私の耳元まで持っていき、
「あいつの事、好きなのか?」
と含み笑いをしながら言った。私はその時、本当に彼の事を何とも思ってなかった。私が彼を特別な相手として認識したのは小六位だったと思う。
「なんでそう飛躍するの?」
と兄に言ってやった。
「いやいや、俺は止めんよ。ただ物好きがいるもんだと思って。」
兄はなおも含み笑いをしていた。
「だから、飛躍させないで!」
私はムキになって自分でも驚く位大きな声で叫んだ。
「しっ!」
探偵が鋭い声で私を制した。

FILE6、写真の男

 「この男は誰なんですか?」
探偵が「心霊写真」の男を指差してそう尋ねた。
 その人は金村夫妻の間に立っている。
 七、三に分けた黒い髪。割と長身で痩せてもないしかといって太ってもいなく、胸板は程よく厚い。紺の半袖シャツから見える腕は筋肉質だがボディー・ビルダーの選手のようにムキムキではない。上よりも少し青みの強い紺色の長ズボン。顔とそれ結構黒く日焼けしてしているが右腕程は日焼けしてない。整った顔。意外と美青年だった。
 足を肩幅程に広げ、歯を見せて笑い、手は大げさに腕組みをしている。
「この人はスポーツ選手でしょ?」
と私はジージョに同意を求めた。
「うん。それからまだまだ解るんだよ。例えば、バスケを子供の頃から続けていることや車を運転する。登山が趣味で上り終えた時の写真だという事位、すぐに解るよ。」
まるで先生が生徒の答えを補足するようにいった。私と兄は目を丸くしたて何でかを問うと、
「ほら。背が高いだろ?これは成長期にジャンプしたりした運動をよくするからなんだ。それと両腕の筋肉が発達している。これは腕を使った運動をよくして、今も続けているという証拠なんだ。そんな運動といったらバスケしかないだろう?
 車を運転するというのは右手が著しく日焼けしている事から解るじゃないか。」
「でも登山が趣味で上り終えた時の写真というのは?」
「ああ、それか。三人とも頑丈な靴を履いている。これは、今から登山に行くか、あるいは帰ってきたかのどちらかなんだ。だけど、半袖を着ているだろ?後ろの山を見ると木が沢山で、長袖じゃないと行けない。ということは帰ってきた方になるという事位、簡単に解るだろ?
 初歩的な事だよ。ワトソン君!」
 彼は歯を見せながら言った。その後、「ホームズ」は夫人の方に向き直り、
「この男の人は誰なんですか?」
とさっきとは打って変わった真剣な口調で尋ねた。夫人は微笑みをたたえながら、
「ああ、その人ね。私たちの共通の友達で舘由木夫君っていうの。」
「その人の住所とか電話番号とか解りませんか?」
夫人は私たちに少し待つよう言って、数秒後、紙と鉛筆を取って戻ってきた。書くとそれを「はい」と言って手渡した。私たちはその紙を見た。電話番号と住所が書いてある。
 ジージョが他にも写真あるかどうか尋ねると夫人は卒業写真ならあると言った。
「では、それを見せて頂けませんか?」
と彼が頼むとまた少し待つよう言った。夫人は本棚の下の段を探し始めた。やがて赤い表紙の卒業写真を持ってくると机の上に置き、ページをパラパラと開き始めた。
「これよ。」
と夫人が指差しながら言うと、彼は意外そうに
「あれ?ゆきおさんの「き」の字は糸に自己紹介の己じゃないんですね。」
「ええ。そうみたい。」
と夫人は短く答えた。
「ところであなたたちまだ大丈夫なの?外、もう薄暗いわよ。」
 私は窓の外をちらっと見た。夫人の言う通り確かに薄暗かった。その時、私は息を飲んだ。窓の外に人影が見えたのだ!

FILE7、幽霊

 「キャーーッ!」
 私はそう叫び声をあげ隣のジージョに抱きついたのを今でもはっきり覚えている。抱きつきながら私は鈍い音を聞いた。
 それに対して、動揺の色も見せず(今だったら顔を真っ赤にしていたに違いない。)落ち着いた声で
「どうしたの?」
と私を落ち着かせるように言った
「あっ、あっ、あそこ」
と怖々窓の外を指差した。
「ん?誰もいないよ。」
と言った。
 そんなはずない!私は確かに見たのだ。その光景は8年たった今もありありと思い浮かべることができる。
 あの緑色のフードをかぶった男。あのただれた左目。あの無表情に笑った口元。全てを知った今でさえ背筋が凍る思いだ。
「見間違いじゃないのか?」
兄が疑うような口振りで言った。
「見間違いなんかじゃないよ!」
「よし!一応調べて見よう。」
と探偵は言ってばっと外へ飛び出して行った。私たち兄妹も後から追った。
「この辺りだね?」
とジージョが鋭い口調で尋ねた。
「う、うん・・・。」
と幽霊を見るのは怖くてどぎまぎして答えた。
「ようし。」
と言って犬のように嗅ぎまわると、突然笑い声をあげた。
「どうした?」
と兄が言うとごまかし笑いを浮かべた。そして、
「もう帰ろう。」
と言った。
「う、うん。」
と私は困惑気味に答えると、
「先帰ってて。」
と言うではないか。私はますます混乱した。
「ねっ、」
とウインクしてジージョは念を押した。兄は私の手を引っ張って
「萌、何してんだ。行くぞ。」
と言った。
「あいつのやり口なんだ。面白い物発見したら、自分の胸の内だけにしまっておく。そして犯人をあばく時になったら、それを見せる。
 あいつが手品師だったら俺たちは見物客というわけさ。」
と兄は説明してくれた。
 私たちは家に帰り夕飯を食べてお風呂に入った。しかし、その帰り道も帰ってからもあの不気味な男、そして探偵が何を見つけたのかが気にかかって仕方なかった。
 そして布団に入ってそういう事を考えてる内にまどろんでいつの間にか眠ってしまった。

FILE8、予告された死

 私は朝、最初6時に目覚めた。そして
「まだ6時じゃない。」
と悪態をつきながらまた寝た。
 次に起きたのは確か9時頃だったと思う。最初、やばい。学校に遅刻する~~と思ったが考え直してみたら今日から夏休みなのだ。その時、下の電話がなった。
「はいはいはいはい。今出ますよ。」
と言いながら階段を駆け下った。
「はい。もしもし。」
寝ぼけている上に寝起きが非常に悪い(と自覚している)私はあからさまに不機嫌な声を出した。私は兄を呼ぶとすぐに自室に戻り半袖半ズボンに着替えた。
 私の部屋のたんすには今も昔も私服でスカートというものが一枚もない。おまけに小6まではスポーツ刈りだった。中学校の初期はスポーツ刈り程ではないが結構ショート。中学校後期から今はショートで今後もショートで行くつもりだ。
 そういう昔は(今も?)ボーイッシュな子だった。電話の用件を聞き終えると兄は、
「萌!出かける仕度しろ!獲物が飛び出したぜ!さぁさぁ、お喋りは無用!」
私は眠気が一気にふっとんだ。私は階段を1度に2段づつ下りると、歯を磨いてすぐに兄と家を飛び出した。パンを牛乳で押し込むようにして飲んだ。
「ちょっとジージョんち行ってくる!」
と兄が母にサンダルを履きながら言った。
「お兄ちゃん何だって?」
と息をはぁはぁ言わせながら事務所の階段を上り、扉を勢いよくバンッと開けた。
「あのおじさんが・・・・死んだって・・・本当か・・・・・」
「ああ本当だよ」
彼は低くトーンを落とした声で言った。しかし彼は物悲しげな口調ではなかった。彼の冷静沈着な物の考え方に私は尊敬と非難が入り混じった気持ちになった。
「お父さん、連れてきたよ。」
と彼は言った。
 彼の父親、有沢俊作はぼさぼさの髪に不精髭が目立つ健康的に焼けている色黒の男の人だった。端正な顔に探偵らしい鋭い目付き。眉はつり上がっていてアルファベットのVの字に似ていた。真一文字に結んだ口。
 体格は痩せ気味。ほっそりとしてるがスポーツをやってるらしく少し筋肉質なその腕。
 足を組み、目をつむった姿はどこか瞑想に耽ってるようにも見えた。
 彼はどこかダージル・ハメットの代表作『マルタの鷹』に出てくる、サム・スペードのような印象だ。
 鋭い目と真一文字に結んだ口が信じられない程、優しくなった。それはまるで別人のようだった。
「やあ、君が浅香君か。そっちにいるのは弟さんかい?」
と躊躇なしに「弟」と言う言葉が出てきたので私はむっとした。ジージョが弟ではなく妹と訂正したので、彼は一瞬信じられないと言う目付きで私を見た。が笑って、
「失礼っ。」
と言った。
「で、用件は言うまでもなく君が昨日会ったあの男の人だ。」
と少し元の鋭い目になった。
「えっ、でもジージョから聞いてるんじゃ・・・・」
と兄が言った。
「聞いてるよ。でもより確かな物にするためにね」
探偵は優しく微笑して言った。私は最初から昨日の出来事を話した。昨日の夫人のこと、金村さんのこと、私の見た幽霊の事・・・。
 それを聞き終えると探偵は軽く目を閉じてふうむと元の険しい顔で低い考え込むようなうなり声をあげた。やがて、チャイムが鳴ってジージョの母親が出た。
「あら。刑事さん。」
と言って開けた。
「暑いですよ、外は。」
と悪態をつくように刑事は言った。
「俊作さんは?」
「そこで座って考えごとしてますよ。まぁ、あの人が考える事と言ったら殺人事件のことですけどね。」
とくすくす笑いをもらすと
「ちょっと、栗越さんみえたわよ。」
と探偵を呼んだ。
 栗越と呼ばれたその警部補(らしい)は30才前半から30才後半。少々前髪がヤバい。髭はキレイに剃ってある。少しふっくらしている頬。緩やかな「へ」の字型の眉。顔は色白。目は少し垂れ目。顔の何もかもが探偵とは対照的。その顔つきは不細工ではないが、どこか滑稽に見えた。
「栗越君。事件の状況は。」
と多少命令するような、しかし穏やかな口調で探偵は目をつむったまま言った。
「はい。死因は心臓発作。死亡推定時刻は金村雪子夫人の証言、死後硬直などから考えますと、夜11時から朝7時の間。」
私はあの人雪子って言うのかと心の中で言った。
「それから?」
探偵はなおも目をつむり下を見て、先を促した。
「はい。夫人が夜寝たのは夜9時ごろ。いつも、この位になるそうです。
 一方、夫が寝たのは不明ですが、夫人の証言を踏まえて考えると11時ごろと考えられます。」
「ちょっと待って下さい。栗越刑事。」
と隣に座っていたジージョが話を遮った。
「何だい??」
と警部補は優しく言った。
「あの家は金村夫婦の二人暮らしなんですよね?」
「うん。」
「じゃあ、何で夫人は夫が11時にいつも寝ると解ってたんでしょう?」
「ああ、そのことか。近所の人の証言だと夜11時に明かりが消えるそうだ。その晩も夜11時ごろに消えたそうだよ。」
「ふうん。」
と解ったか否か曖昧に言った。
「ところで栗越君」
と探偵は初めて顔をあげて警部補の名をよんだ。
「はい?」
と急に呼ばれてすっとんきょうな返事をした。
「いや、後にしよう。それから?」
と探偵は言って再び目を閉じてうつむいてしまった。
「はい。夫人はいつも6時頃に起きてくる昭一を不審に思い、様子を見に行ったら死んでいたというわけです。」
「ふむ、何で被害者が死んでいると解ったのかね?心臓発作なら・・・特に夜眠っている時に起きた発作なら・・・滅多に外傷は残らず単なる眠りこんでしまったと思いがちなのに。」
「いえ、そうじゃないみたいなんです。遅くても7時に起きる人だったそうです。それで解ったんだと夫人は言っています。」
探偵は一見関係なさそうな質問を警部補にしたので驚いた。
「2人は結婚何年目かね。」
「は、はい。25年目だそうです。」
警部補は困惑気味な表情で答えた。
「銀婚式か。すると大体10000日位一緒にいる訳だね。ふむ。その位いれば生活パターンも解るだろう。」
探偵は目をつむりうつむいたまま答えた。
「ふむ。大体解った。でも、君の話だと一見事件性はなく病死だと思うが・・・」
探偵は意地悪っぽくそう言った。
「あなたの依頼人だったそうでしたので」
と警部補は多少ぶっきらぼうな調子で言った。 h2>FILE9、幽霊の話  「ところで、俊作さん。さっき言おうとして止めた事は何だったんですか?」
「ああ。それかね。栗越君。君は霊の存在を信じるかね?と訊こうとしたんだ」
急に妙な事を言われたので変な顔をして、探偵をよく見た。
「霊って・・・あの霊ですか?」
と両手を前でぶらんぶらん揺らして、幽霊のマネをした。
「そりゃあ、話としては面白いと思いますが・・・」
「信じるのか信じないのか。」
とトーンを落として低い声で静かに言った。その声はどことなく威圧的で早く言えとじれったい様子だった。
「信じませんよ。そんなもん。」
と多少嘲りの入った口調で言った。
「実はこの子が見たと言ってるんだ。」
警部補は私の方を見ると、
「坊や。こんにちわ。」
と愛想笑いを浮かべて優しい調子で言った。私は「坊や」と言われた事にむっとしていると
「何を膨れっ面してるんだ?萌。」
と兄が言った。その返答として
「べ~つに~。」
と言った。
「萌ってこの子女の子なの!?」
と信じられないと言う口振りで尋ねた。私と警部補以外はうんうんと無言でうなづいた。
「嬢ちゃん。ごめんね。」
「嬢ちゃん」と言う言葉が非常に言いにくそうだったがまあ気にしないことにした。
「活発そうな坊・・じゃなくて嬢ちゃんだ。」
と警部補が言った。かなり言いにくそうだ。彼は更に続けて、
「事件の様子を話してくれるかい?」
優しい口調だったが目は真剣だった。私は幽霊のことを中心に、ジージョの父親に訊けばいいのに面倒だと思いながら話した。
「俊作さん。もしかして、この子の言うこと真に受けてるんじゃないでしょう?」
探偵は首を横に振ったのが私にとって嬉しかった。
 探偵はゆっくりと立ち上がると。紙タバコを胸ポケットから取り出した。タバコを一本口にくわえると箱を元の場所にしまい、ズボンポケットからライターを取り出した。タバコに火をつけると、ソファーの周りを歩きだした。
 そして息子の方に近づき何やら耳打ちした。ジージのあの生き生きとした目!光り輝いていた目!
「優太たちもつれてってい?」
と無邪気に訊いた。まるで彼はキャンプかどこかに行くように喜んでいた。
「しかし、俊作さん。そんなこと私たちがやるのに・・・・」
と栗越刑事はどことなく不満げな調子で言った。
「いやいや。」
と探偵は短く答え、それ以上は黙りこくってしまった。いざと言う時まで喋らない・・。そんな探偵の姿が今のジージョの姿にそっくりだ。
 ただ、一つ違う点はジージョは禁煙家であり嫌煙家であることしか決定的な違いはない。それは昔、彼の解いた事件に深く関わっているのだがまた別の機会にお話しよう。

FILE10、私の家

 「ところで、二人とも自転車持ってる?」
「ああ」
と兄は不意を付かれて驚いて答えた。
「ようし。」
と言って彼は自転車を持って来た方がいいと言った。私たちはこくりとうなづくと家の前に止めてある自転車をだしに行った。
「あっと、それから。」
と彼は慌てて付け足すように言った。
「何?」
私は出端を挫かれたような気がしたがいつものことなのでさほど気にもしなかった。
「ちょっと、昼飯食わせてくんない?」
私はジージョとの昼食をさほど珍しいものではなかったので厚かましいなどとは思わなかった。
 父親が探偵、母親が夫の推理活動をドラマにする脚本家なので事件が発生すると昼食はもちろん、時には夕食、兄と一緒に寝たりと私からしてみれば「第二の兄」であり「真面目なシャーロック・ホームズ」といった感じだった。(今はさすがに母が誘っていると私から言わないと恥ずかしくて私の家に来れないらしいが、喫茶店で時々食事する。もちろん、特別なことがない限り自分の分は自分で払うが。)
 そんな訳なので私がこの後、特別視するのも無理のない話だった。まあ、それはそれとして。
「もう。人の家きて昼飯ご馳走になる子供がどこにいるんだ。」
と兄が大して迷惑そうじゃない、いや、むしろ嬉しそうな口調で言った。
「まあ、細かいことは気にするな」
「細かくないと思う・・・」
と兄は言った。
「そんな訳で宜しく」
「どんな訳だ。どんな」
「まあ、細かいことは気にするな。」
二人の漫才みたいなやり取りを見ていた私は笑いをこらえるのに精一杯だった。ジージョの辞書には「謎」と「常識」という文字が昔も今もない。
 本業である会社経営をほっぽりだして、金にもならない事件を解決するわ。始めてあった人の職業・趣味などを推理して口に出すわ。事件には鋭いが人の恋心には鈍いわ。解く事件を選り好みするわ・・・。ここに挙げていたらキリがない。しかし、そんな彼が好きなのも事実。(初めてなので話が飛ぶのはご了承頂きたい。)
「じゃあ、軽く食ってくか?」
と兄が提案すると、彼は笑顔でうなづいた。
「萌もそれでいいよな?」
兄は訊かなくてもいいことを一応確認した。私はOKのサインを出した。
 「お邪魔します」
とジージョは私の家に入る時に言った。
「お母さんもお父さんもいないからいいよ」
と私は言うと、彼は
「えっ、でも、鍵かかってなかったよ。」
と困惑気味に言った。
「だって、ジージョが今すぐ来いっていうから・・・」
私はどもりがちに言った。彼は全く物騒だと言う表情をした。
「でも、いいもん。いざとなったらジージョに泥棒捕まえてもらうから」
「おいおい。萌ちゃん・・・。」
と困り果てた表情をした。
「何してんだ。二人とも。」
と兄が急かすように言ったので私たちは居間へと向かった。
 居間に行くと暑いので躊躇なく窓を閉め、クーラーをつけた。キッチンの戸棚にカップラーメンでもないか捜しながら、兄が妹の私に料理できるか尋ねた。
 簡単な料理ならできると答えたので私が料理する羽目となってしまった。
 クーラーは効いてるとはいえ、料理は火を使うから熱気がむんむん籠る。私の頬や額、首筋から汗がだらだら出てくる。
 今も年に数回、母が友人との忘年会やら何やらで父も帰りが遅い時にはジージョを呼んで一緒に食べるが料理する時程、暑いものはない。特に夏場の料理はほとんど拷問に近い。
 そういう訳で汗だくになりながら私は料理を作ったに違いない。この時、料理を作り終えると私は自分の部屋に着替えを取りに行って水のシャワーを浴びたことが私の当時の日記に記されている。
 そして、シャワーを浴びて汗を流し終えた所で、元とは別の服に着替えた。そして、三人で仲良く昼食を食べた。
 昼食の最中、
「ジージョ?」
と兄が口をもごもごさせながら言った。
「ん?」
「舘っていう人の家、行く気か?」
「ん?ああ。」
と冷静に答えた。事件が関係すると冷静沈着になるのは今と変わっていない。
「俺は嫌だぜ。この暑い中、行くのは。」
と兄がさも嫌そうな顔をした。外は猛暑なので解らないでもなかったが私は好奇心に押されて、
「じゃ、私とジージョで行ってくるね。」
と元気よく言った。
「ああ、勝手にどうぞ。」
と皮肉な調子で言った。
「じゃ、萌ちゃん、一緒に行こうか。」
「うん!」
と私は元気よく返事した。
「じゃあ110円(当時のジュースの値段)位もっといで。」
と優しく言ったので私は返事して階段を二段ずつ駆け上がると財布に200円ばかり入れて、また急いで駆け下った。
「さ♪行こう♪」
と私はジージョの腕を引っ張ったが、
「そんなに慌てることもないから2時位になったら行こうよ。」
と言った。兄は彼に
「感謝しろよ。こいつと折角二人きりになるチャンスを与えてやったんだからな。ああ。それと、妹に手出し・・・」
私は次の言葉に怒りを通り越して呆れてしまった。むろん本心からではないと思うが。
「してもいいぞ。多分、一生結婚できないと思うからな。」
と兄は笑いながら言った。
「お兄ちゃん!!!」
と私は怒った。兄は面白そうに
「それとも1人でお嫁さんになるつもりか?」
と言った。
「ああ。それから。」
と急にジージョが遮った。
「何だ?」
「悪いんだけど、別の所もよるから帰り遅くなるかも。5時半を目安に帰るから」
兄はどこかを尋ねずに
「解った。」
とだけ言って、自室に上がって行った。私は小声で、
「お兄ちゃん。気遣ってるんだよ。あれでも」
と囁くように言った。さほど驚きもせず、
「ふうん。」
と聞き流すように言ったので私は事件に集中してるんだと思ってそれ以上はもう口をきかなかった。
 これがもう1段階進むと私はもちろん周りのことなんか耳に入らなくなる。多分、ケンカを吹っ掛けられたとしても蚊が飛んでるぐらいしか感じないと思う。
 そういう訳だから兄もそれを感じとって2階に上がったんだなと思い直した。

FILE11、ゴミの捜査

 やがて2時になった。出発。私は胸の高鳴りを覚えたことが当時の日記にも私の記憶にもある。
 道中、私たちはジュースを飲みながら事件の話をした。
「ねえ。」
と私が興味津々といった調子で尋ねた。が当の本人は暑さでぐったりしていて元気がない様子がはっきりと解った。
「ん?」
彼の口調は嫌々返事をしたようだった。だが、私は彼を元気づける方法を知っていた。そのことについて尋ねると目が生き生きしだして冷静に物事を判断する。例え暑い日だろうと。
「今回の事件、どうみてるの?」
と彼のツボを刺激した。
「萌ちゃんは?」
案の定。彼の暑さで今まで鈍かった目が急に輝きを増した。
「私?さっぱり解らないよぉ。」
と元気なげに答えた。
「ぼくはばっちり解る。」
と探偵は自信満々に答えた。この表情は昔も今も変わらない。そして、事件を解いてる表情でも好きな表情の一つ。
「えっ。」
私は思わず驚きの声を上げた。この私の驚きの顔は今も昔も全然変わってないとジージョは言う。
「いいかい?」
と言いかけておいて気が変わる癖は今では消え去っている。
 「おっと。お喋りはここから必要ないよ。」
そう真顔で言うと一つの家に入って行った。しかしそこは全然違う家なのだ。私は
「家、違う・・・」
と言いかけると、
「しっ!」
と唇に指を当てて言ったので訳が解らないまま黙っていた。いったい彼は何を考えているんだろう。いくら考えても解らない。とジージョは、
「隣の人に本人の様子を訊くことはすごく参考になることなんだ。」
と小声で話してくれた。
「隣の人って言ったってここずいぶん離れてるよ」
と言うと彼は含み笑いをして、
「あれさ。」
とゴミ収集場所を指差した。
「ゴミというのはね。付近の人たちとどう付き合っているかを示す重要な手がかりなんだ。」
と言いながらチャイムを鳴らした。
「は~い」
と人の良さそうなおばさんが扉を開けてくれた。おばさんは目線を私たちに合わせて、何の用かと優しい声で尋ねた。私が、
「この先に、舘さんというお宅ありますよね。その人のゴミだしの様子とかを訊こうと・・・」
「ああ。あの人ね。かなり悪かったわよ~~~~~」
この後、延々愚痴を聞かされることになるが省く。
「でも、何でそんなこと訊くの?坊やたちは一体・・・。」
不思議そうに私たちの顔を見つめるおばさんに、今も時折使ってる台詞を言った。
「有沢翔治。探偵だよ。」
「さあ。次の場所。」
 この後、私たちは二手に別れて訊き込むことになる。
「そっちは?」
「んんん。全然だめ。」
探偵は微笑してこう言った。
「こっちはかなりの収穫だよ。」
と・・・。

FILE12、第二の殺人

 ジージョは辺りを見回した。電話ボックスを探しているようだった。彼はそれを見つけると走りだした。私も走って彼の側へ行った。
「あっ、お父さん?近所の評判はかなり悪いみたい。ゴミ出す日も全然守らなかったみたいだし・・・うん・・うん・・じゃ、ぼく2つちょっと気になることがあるからそれ調べてから帰るね。」
 やがて彼はにっこりとした機嫌の良さそうな表情で私に言った。
「パズルが解けたよ」
と。そしてその後、あの舘の家ヘ行くことになった。のんびりと色々な話をしたが、肝心の事件のことは全然話してくれなかった。
 舘の家に着くと彼はチャイムを鳴らした。しかし、一向に返事がないので仕方なく私たちは中にそろりそろりと入った。
 つんとする生ゴミの臭いが鼻を突いた。見ると玄関付近の生ゴミに蝿が集ってた。中は足の踏み場もない位に紙くずやらビール瓶やらが散らかっていた。
 私は余りの汚さに顔をくしゃくしゃにしかめて、これがあの人の部屋なのだろうかと信じられない思いで中に進んだ。一方彼の方は眉一つ動かさず中に入った。常に冷静でポーカーフェイスの彼。
 足が襖の隙間から出ているのが見えた。私は好奇心に駆られてごくりと唾を飲んでそろりそろりと歩いて行った。近付くとぬるっとした物を感じた。赤い。血だ。
 私は悲鳴を上げた。彼は、鋭い声で
「どうしたの!?」
と訊いた。その声からその時、私を彼はどう見ていたか。それはもはや「兄妹」でも友達としてでもなく明らかに探偵と死体の第一発見者としての声だった。もっとも、それが死体と解るのにはもう少し後になるが。
 私はたじろきながらも事の次第を説明すると、
「外で待ってて。」
と低くて押し潰したような声で言った。私は、
「でも・・・」
と言うと
「死体なんか子供は見ない方がいい。」
と呟くように言った。私は「死体」と言う言葉で今まで抑えていた感情がわっと溢れだして泣きだしてしまった。
 今ではもう彼と8年近く一緒にいるため、もう死体について免疫がついてしまったが当時の私にしてみれば、怖かったに違いない。
 それで、私は涙を拭き拭き外に出て行って待った。
 数十分後して、探偵はやっと戻ってきた。
「警察に連絡だ」
と呟いて、電話ボックスに走って行った。ぐずっていた私を彼は優しく髪を撫でて、
「もう少し、辛い事が続くかもしれないけど・・・・」
と言った。だが彼も疲れているように見えた。
 数分して刑事たちがけたたましい程のサイレンと共に現場に駆けつけた。
 私とジージョはすぐ事情聴取のため、警察署へ連れていかれた。色々と聞かれたがそんなことは一々覚えていないし、日記にも書かれていない。
 警察から帰る途中、彼は
「まぁ、よくあることさ。」
と平然と何でもないふうに言ったので泣きながら、
「ないわよ。こんな事!」
と言った。慌てて彼は、
「は、早く忘れた方がいいよ。」
と言ってくれたが頭では別の事を考えている様子だった。
 あの金村夫人宅の前へ来ると、時計をちらっと見て 「5時45分か・・・」
と呟いて、先に帰るように言った。彼のよく事を知っているので不服に思いつつも私は言う通りにした。
 日記によると家に帰った時は6時を過ぎていたらしい。家に戻った私は一目散に電話の方へ向かってジージョの家へダイヤルしてみたが留守電になっていてた。どこへ行ったのかしらと思いながらすぐコールバックするようにメッセージを入れた。
「あれ?ジージョは?」
とメッセージを入れ終わった後に来て行った。
「うん。先帰っててだって。」
「小さくならない事を祈るか。」(注:名探偵コナンの題1巻の初版本が発売されたのが1994年7月21日。しかしこの物語は1992年の事である。時代錯誤があるけど気にしない、気にしない。)
とイタズラっぽく笑って兄は言った。
 彼から電話があったのはその1時間も経たない後だった。
「はい、もしもし」
「あっ、萌ちゃん?電話くれた?」
「うん。したよ。」
「何か用?」
「あの後、何か解った?」
「ああ」
と短くしかし自信満々に答えた。
「でも、それは後からのお楽しみ。」
この後、何度せがんでも彼は教えてくれなかったので私は渋々諦めた。
「あっそうそう。お兄ちゃんとね、小さくなってないかって話してたんだよ。」
と私が言うと彼は声を立てて笑った。  解決編を明日やると言うのでそれが気になり私はベッドに入ってもなかなか寝つけれなかった。
 ベッドの中で私は自分なりに事件を整理してみた。しかし、何度考えてもあの幽霊の事や怪老人の事が頭から離れない。
 これは本当に幽霊の仕業ではないのだろうか?もしかしたら本当に幽霊の仕業なのかもしれない・・・。そういう考えが出る度に私は考えを断ち切るために頭を強く振った。
「第一、手がかりが少なすぎるよ。あの死体の事といい、おばさんの家にもう一度入った事といい・・・。」
そう私は呟いて諦める事にした。

FILE13、解決

 「おい!萌!起きろよ。おいったら」
そう言う兄の声でうっすらと目を開けた。私はあくびを一つするとベッドから這い出した。
「全く!下に先行ってるから、お前も早くこいよ。はやいとこ着替えて。」
と兄はぶつくさ言いながら私の部屋の戸をバタンと勢いよく閉めた。
「は~い」
気の抜けたような生返事をした。そして、私は寝ぼけ眼で着替えると下にぼんやりとした頭のままで行った。
「おはよう、お母さん。」
「やっと起きたの?おはよう。」
眠い眼をこすりながら下に降りると母が多少軽蔑のこもった眼で私を見た。母はご飯とおかずを私の前に出した。
「いただきま~す」
私はそう言うと割と早口で朝食を食べた。
「ごちそうさま~」
そう言うと私は歯を磨いて、顔を洗って行き先を告げて兄と出て行った。
 「あの、金村さんの家でやるから」
ジージョはそう言っていたので私たちは金村夫人の家へ行った。
 しばらくすると私たちは人盛りができている家を見つけたのでここに違いないと思った。一人の刑事が私たちを追い出そうとすると中から俊作探偵が顔を出してきて、
「その子たちは特別だ。入れてあげなさい」
と言った。刑事は私たちに謝ると黄色いテープを上げてくれた。その為、私たちはそれをくぐって中に入ることができた。
 「これで役者は全員そろったようだな。」
と探偵は呟いた。
「まずこの事件を整理してみましょう。奥さん、ソファーに座っても宜しいでしょうか?」
「ええ。もちろんです。」
探偵は礼を言うとソファーに腰を下ろした。
「皆さんもどうぞお掛けになって下さい。」
と夫人は席を勧めたので私たちも腰を下ろした。
「まず、翔治が私の事務所に中年の男性を連れてきた事からお話した方がいいでしょう。翔治。その様子を説明してくれないか。」
と言うと、
「えっと、あれは7月19日の事でした。そこの萌ちゃんと一緒に帰っていたら萌ちゃんにその男の人がぶつかってきたです。その人が言うには明日死ぬ。との事でした。」
とジージョが簡単に説明した。
「はいもういい。さて、ここで一つの疑問が沸き上がります。果たして、人の死を予告できる物かどうかということです。確かに話としては面白いが実際問題そんなことは不可能です。」
「でも、当たったじゃありませんか。俊作さん。」
と栗越刑事。
「そんな事は当日殺して、あたかも予告が的中したように装えばいいだけの話。」
とばかばかしいと言いたげな口調で言った。
「でも、心臓発作が死因ですよ?」
「司法解剖をしたのかね?」
「いいや。病死と判断しましたので・・・」
「ああ、勝手に判断するから。」
とすげさむように探偵は言った。
「司法解剖さえしていれば強心剤を料理の中に混ぜて人為的に心臓発作を起こさせたことが簡単に解ったかもしれないよ。」
と責めるような口調の探偵。
「まぁ、それはそれとして・・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。探偵さん。そ、それじゃまさか私が主人を殺したみたいじゃないですか。」
と金村夫人が話を遮った。探偵は真一文字の口をにやりと曲げた。
「ええ、そうです。まさにその通り。奥さん。あなたがご主人を殺したのです。」
と平然として答えた。私はそんな馬鹿なと思った。探偵は更に続けて、
「ところでこういう話をご存じですか?あるピアニストが奥さんにも親友にも行き付けのパブの主人にもちょっと手がおかしいと言われ続け、最終的にはピアノが全く弾けなくなったと言う話を。これが『呪い』のトリックです。
 これも同じ心理トリックです。奥さんに1年後に死ぬと言われ続け最初は馬鹿ばかしいと思っていても信じてしまって顔色が悪くなる物です。あの舘さんと協力していたのならなおさらね。」
「でもこの子実際に霊を見たのよ?そうよね?嬢ちゃん。」
と金村夫人が私に同意を求めてきたのであの時の状況を子細に説明した。
「ああ、それか。翔治。例の物を。」
と言った。彼は緑色のぐにゃぐにゃした物を探偵に渡した。探偵はそれを膨らませると全員に見せた。
「これは店の前でよく見かける人形です。もっとも実物はもっと可愛いでしょうがね。実物は弾け飛んでしまいましたが市販のパーティー用品にこんなのが売ってます。
 まず木に重りを吊し、その下にこの『幽霊』を設置します。後は何食わぬ顔で時間を何かの理由をつけて窓の外に子供たちの視線を向けさせればいいのです。
 ちなみに舘さんを利用しなかったのはしたくともできなかったからです。この世にいなかったからね。」
「でも、私にはアリバイがあるわよ。私は主人よりも先に寝るもの。死亡推定時刻は刑事さんの話だと夜11時から7時の間じゃそうじゃない。そうよね。刑事さん。」
「ああ。その通りだ。」
と栗越刑事が言った。
「ちなみに念の為言っておきますが、私、主人より先に寝て起きるのも主人より遅いですので。」
「言ったはずですよ。奥さん。あなたは一年前にこの殺害計画を立てたとね。ごまかす事もできるし、もしも本当にご主人が11時に寝るとしても遅くまで起きてて11時になったら部屋の電気を消せばいい。」
「証拠を見せて下さいよ。」
「証拠?」
探偵はまたにやりと笑った。
「証拠なら、もう既に自白してるじゃないですか。」
夫人は鼻で笑って
「いつ私が自白したんですか?」
と言った。
「死亡推定時刻ですよ。あなた確かさっきこうおっしゃいましたよね。『死亡推定時刻は刑事さんの話だと夜11時から7時の間じゃそうじゃない。』って。」
夫人は探偵の言葉に肯定した。探偵はその言葉ににやりと笑った。
「その言葉忘れないで下さいね。刑事はそんな事一言も言っていません。私が口止めしたからです。さあ、これでも反論の余地は・・・ありませんよね。」
この後、殺害を認めた。後々解った事によると、保険金殺人で舘は分け前として100万単位の恐喝をしたから殺したらしい。帰る途中、
「ねぇ、ジージョ?」
と尋ねた。
「私どうしても解らない事があるんだけど・・・」
「ん?」
「あの心霊写真ってどうやって撮ったの?」
「ああ、あれか。心霊写真のほとんどのトリックがこれさ。まず、20年前の古い型のカメラを用意して、重ね撮りすれば心霊写真のでき上がりってわけさ。」
「事件というのは。」
帰りがけにジージョが言った。
「概して事件が奇怪に見えれば見える程、その本質は単純な物だよ。」
「はい。これ。」
私はジージョの事務所で今まで書きつづった「予告された死の事件」の原稿を渡した。一通り目を通した彼は照れて頭を掻いて、
「ぼくってそんなに顔に表情を出さないかな。」
と言った。
「うん、出さない。」
と私はきっぱり言ってやった。
「あっ、そうそう。あの事件ね、その後の調べで使われたのはアドレナリンと解ったって。」
「アドレナリンって?」
「副腎の髄質ホルモンさ。心筋の収縮力を高めて心・肝・骨格筋の血管を広げて、肌とか、粘膜とかの血管を収縮させるから血圧を上昇させる作用を持つんだ。気管支平滑筋を緩めるけど立毛筋・瞳孔散大筋を収縮させて、代謝面では肝、骨格筋のグリコーゲンの分解を増やし、血糖を上げ脂肪組織の脂肪を分解、一般に酸素消費を高めるんだよ。」
 今、自室にジージョがいないから書こう。私は彼の事が好きだ。
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