名馬の失踪

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FILE1、電話

 元旦はもう過ぎたが、正月気分はまだ吹き飛ばない。そんな中途半端で宙ぶらりんの気持ちだった。
 そんなある日、西口警部から一通の電話がかかってきた。
「あっ、警部。明けましておめでとうございます」
と新年の挨拶をすませてそれから
「で、何ですか?また事件ですか?」
「おう。そうなんだ。実はな競馬用の馬が失踪し、そしてその馬のオーナーも殺害されたんだ。」
「『名馬シルヴァー・プレイズ』・・・・・」
私は思わず手から受話器を落としてしまいそうになった。 「えっ?何だって?」
「いやいや、何でもありませんよ。ただある小説の内容とあまりにも酷似していたので驚いただけです。」
「そうか。」
と警部は短く答え、
「ま、どこかの賞金目当ての仕業だと思うが。」
とつけ加えた。
「いや、それはないでしょう。」
「何でだ?」
「考えてもみて下さいよ、警部。宝石とかの小物ならいざ知らず、馬ですよ?あんな大きい物どこに隠すんですか?暴れるかもしれないし、逃げる時はかえって不利になる。馬は車よりもスピードが出ませんからね、当然の事ですが。
 で、事件を詳しく説明して頂けませんか?現段階では情報が少なすぎますよ。」
「事件は一週間前、競馬場で起きた。馬丁の猪野が厩舎へ行ったら馬がいなくなっていた。この事を知らせようとオーナーの部屋に行ったら死んでいた。あっ、部屋の鍵は開いていたからお前の好きな密室じゃないぞ。最後に馬を見たのは八日前の早朝5時。馬丁が見ている。
 容疑者は4人。まず馬丁の猪野智徳、こいつはオーナーと馬の育て方について意見がくい違っていたらしい。オーナーの本田雅哉は実力主義だったのに対し、猪野の方は努力派だった。つまり馬をめぐって対立していた。というのもその馬はいつもレースでビリ。猪野は馬をなんとか訓練させて一位にさせたかったのに対し、本田の方は馬を捨てたかったらしい。本人が言うには
『あんな馬、何の役にも立たん。』
らしいからな。あっやばい。」
 ブツッとここで電話は切れてしまった。どうやら公衆電話から掛けているらしい。そして数秒後また電話が鳴った。
「はい。もしもし。あっ警部。で事件の続きをして下さいよ。」
と私は呆れた声で言った。
「おう。で、猪野と本田の関係は以上だ。
 次は平井龍太郎。こいつは、数千万の借金を踏み倒されてかなり恨んでいた。本田のせいでかなり損失が出たとか言ってたよ。
 3人目の犬飼裕子は過去の浮気相手でひどい別れ方をされて恨んでいた。この女と本田は裁判沙汰になりそうな様子だ。と友人も証言している。何せ本田は慰謝料をビタ一銭も払う気がなかったらしいからな。
 最後の容疑者、牛田雅昭は一度、本田のせいで事故に遭いそうになっているてる。というのも、本田の運転する車が信号無視して牛田を轢きそうになったんだからな。一昨年の10/2。ニュースではやらなかったものの、かなりもめたらしい。本田は
『信号は青だった。』
と主張しているのに対し牛田は
『赤なのに突然車が突っ込んできた』
と言ってるんだからな。」
「目撃者はいなかったんですか?事故の」
と私は訊いた。
「ああ、いなかったらしい。人通りの少ないとおりだったからな。俺も警官になる前の事だからよくは解らないが。
 しかも牛田は当時かなり酒を呑んでいて千鳥足だった。」
「それじゃあ、証拠不十分で釈放されるわけですよね。」
と私が相槌を打つと警部は、いかにもと言う感じの口調で
「ああ。そうだ。」
と答えた。

FILE2、アリバイ

 「とにかく、そっちに行くわ。話はそれからだ。」
「もう小銭がなくなったんですか?」
と笑って言うと、
「ま、まぁ。これから、そっちに行くからな。」
とごまかした。私はその警部の声が妙におかしかった。
「あの・・・。一つお願いがあるんですけど・・・・」
と私は前々から少し悩んでいることを打ち明けた。
「パトカーでこないで下さいね。」
「えっ?何でだ?」
と何でそんな事を頼むのか解らないという口調で答えた。警部のきょとんとした顔が目に浮かぶようで声を立てて笑いだしそうになったがぐっとこらえた。
「パトカーで来られると連行されているみたいで嫌なんですよ!取引先もおかげで減るし。そんなわけでパトカーで来るのは止めて下さいね。自家用車か、せめて覆面パトカーにして下さい。」
「サイレンがないだけマシだと思え。」
と受け流した調子で言った。まったく・・・と思いつつもその反面、別にいいやと思ってしまう。最高のクリスマスプレゼントをもらえたのの7割、8割は警部のおかげなのだから。
「あっ、クイズです。容疑者の4人の名前にはある共通点があります。」
「共通点?」
警部はおうむ返しに訊いた。
「そうです。共通点です。答えは事件が解決したら教えますよ。」
「考えとくわ。」
と曖昧な返事をして、電話を切った。
 数分後、警部が私の部屋の裏口から入ってきた。私の部屋は一階にあり、会社内を通らなくても裏口から自由に出入りできるようになっている。裏口は外から直通になっていて、萌ちゃんとのやりとりもこの裏口からやっている。
「で、アリバイはどうなんですか?4人の。」
「まず鑑識の話だと死亡推定時刻は1月5日午前9時から正午の間だと解った。真っ昼間から堂々人が殺されたって訳だ
 馬丁の猪野だが、アリバイが一番確実なのはこいつだ。何せ、スーパーで昼飯の買い物をしてたらしいからな。レシートもちゃんとある。」
私は警部の話す速度があまりにも早すぎ、メモが執りにくかったので、
「ちょ、ちょっと警部。そんなに急いで話さないで下さいよ。メモが追いつかないじゃないですか。」
と頼んだ。
「スーパーで買い物をしていた・・・と」
これは私の癖で書いている内容を口に出してしまう。
「はい。一応レシートも見せて下さい」
「これだ。」
「指紋はとってあるんですか?」
と私が尋ねると、
「ああ、猪野と従業員の指紋が検出されたよ。」
とすぐさま答えが帰ってきた。
 私はレシートを見た。卵・鶏肉・大根・人参・・・・・。私は、いつもご飯はコンビニのおにぎりなので、自分で調理したこともない。そのため、材料を漠然と言われてもこの材料で何が作れるのか解らない。おまけに中学時代の苦手科目は音楽、美術、体育と並んで家庭科だったし。
 確かに彼のアリバイは完璧な物だった。レシートにも1/5.09:30という記載がされている。私は裏もよく見たが特に変な所は見られない。レシートは正真正銘のつるつるのレシート用紙で紙に書き写した様子は見られない。
「ふーん。これは確かなアリバイの証明ですね。」
と私はうなずいて警部にレシートを手渡した。警部はそれを丁寧に透明なビニール袋の中に入れた。それが済むと私は他の容疑者のアリバイを訊いた。
「平井龍太郎は会社に出勤していて、これも確かだ。会社に確認済だからな。」
と警部は説明した。更に続けて、
「犬飼のアリバイが結構あやふやで・・・・何せ無職だから・・・・、電車に乗って友人宅へ向かう途中だったと言ってるが、その友人は実際にはいるかどうかは不明だ。」
とその時、警部の携帯が鳴ったので電話に出た。
「はい、もしもし。何!?それは本当か?・・・・・解った。引き続き調査してくれ。」
「なんですか?」
「今話した友人が確認された。」
警部は笑顔で言った。
「では犬飼のアリバイは確認されたんですね。」
と言いながら私はメモの「犬飼祐子」に横線を引き、消した。
「牛田は?」
と私が訊くと、
「こいつが一番あやふやだ。まず一回目の供述は、『家にいた』と言ってるが二回目では『釣りをしていた』という具合に毎回ばらばらなんだ。」
「あやふやな供述・・・・と」
私はまたいつもの癖が出た。
 私は推理に必要な説明を全て訊き終えたので、
「では、現場に行きましょうか」
と言った。

FILE3、01.03

 警部の車に乗って現場へ向かった。いつもはパトカーなので今日は堂々と現場へ向かえる。
「なぁ、有沢はどんなふうに考えてる?俺にゃさっぱり解らんが・・・」
「この事件ですか?うーん。まだ何とも言えませんが・・・・。面白い事件だという事は確かですよ。」
「面白いってなぁ。」
と警部は不思議そうな声で言った。
「あっ。信号赤ですよ。警察官が信号無視というわけにはいきませんよ。」
と茶化すと警部は煩そうな顔をした。
「で、さっきの話だが・・・」
と警部が持ちかけた。
「事件の話ですか?ぼくが一番気にかかってるのは・・・」
警部はいよいよ来たぞという顔を見せた。
「シャーロック・ホームズの『名馬シルヴァー・プレイズ』にそっくりな事です。」
「『名馬シルヴァープレイズ』?」
と警部はおうむ返しに訊いた。私がシルヴァー・プレイズの説明をすると、警部は納得したのかそうでないのか解らない表情を浮かべた。
「ふーん。確かにそっくりだな。で、その話と今回の事件が何か関係があるのか?だって、それは小説だろ?」
私は少し不機嫌になった。がすぐに気をとり直して、
「『名馬シルヴァー・プレイズ』に似せた犯行なのか、あるいはただの偶然なのか・・・」
と私は小さな声で言った。
「考えすぎ。偶然だろ」
と警部は私の発言の前者を切り捨てるような口調で運転しながら言った。
「そうですかねぇ・・・・」
私はどうしても納得できなかった。
「そうだ。」
と警部は短く返事をした。
「そうですかねぇ・・・・」
私はまだ納得できなかったので再度口の中で言った。数秒後、警部はハンドルを切って駐車場に入れた。
 警部の車に乗っていたのは20分程だった。私はこういう競馬、競輪等の運のみが勝負の賭けはあまり好きではないので行く頻度が少ない。だが、推理勝負は前にさんざんな目に遭っておきながらも好きである。我ながら変な性格。
 私が4人の容疑者に会わせてくれるよう頼むと、警部は引き受けてくれた。
「向かって右側から猪野、犬飼、平井、そして牛田だ」
と警部は説明してくれた。
「ん?何だろう?」
猪野の右手の甲が茶色く染まっている。
 私は警部に納屋に連れてってもらうと、案の定あるものがそこにあった。臭いを嗅いでみた。油性ペンキに間違いない。今度は厩舎に案内してもらった。
「警部。ちょっとお尋ねしますが・・・・・・」
私はその馬の色を訊いた。
「茶色だが・・・。それがどうかしたのか。」
「解りませんか?ぼくが納屋で見つけた油性ペンキ・・・・・。茶色い馬。」
「あっ、ああ、ああ。はいはいはいはい。」
警部は理解したように、幾度となくうなずいた。
「そうです。その方法を使えば行方不明に見せかける事は可能なわけです。」
「あとはアリバイ崩しですね」
 私はとりあえず会社に戻った。その前に買い物を済ませようかと偶然、猪野が入ったスーパー(近くにコンビニがなかったので)に入った。そこで買い物を済ませ、レシートを受け取ると目の色が変わった。午後1時ちょっとなのに私の受け取ったレシートの時刻には01.03と表記されてるのだ。これでアリバイは崩れた。


FILE4、再び現場

 私は警部に現場へ戻るように頼むと彼は嫌な顔をしながらも渋々引き受けてくれた。私と警部は車に乗り込むと、車を駐車場から出し、そして競馬場へ向かった。私は車をあまりに速く急発進させたのでフロントガラスに頭をぶつけそうになった。スーパーを横切り、民家、マンション・・・・・・・・。次々と通り過ぎて行く。風が気持ちいい。
「で、証拠は?ばっちりなんだろうな?」
「当たり前ですよ。証拠がなかったら犯人をあばこうとしませんって。」
「そうか。期待してるぞ。」
覚えている範囲での交わした会話はそれっきり。後は私も覚えていないような、とりとめのない話ばかりした。確か、萌ちゃんの事が主だったと思う。話に夢中で何分経ったかは覚えていないが、結構時間が過ぎていたように感じられた。
 とにかく覚えている事といえば風が気持ちよかったという事だった。冬なのに風が気持ちいいという事は少し妙だ。しかし、なぜか今日この時間だけは寒いはずの風が気持ちよかった。途中で警部が、
「寒いから窓閉めるぞ」
と言ったが無意識のうちに閉めてほしくないという表情になっていたらしく、怪訝な顔つきだった。
 そんなふうだから、いつの間にか気がついたら競馬場。という感じだった。牛田が、あざけるかのように、
「刑事さん。また、戻ってきたんですか?まさか犯人が解ったとでも言うんじゃないでしょうね。」
「そのまさかですよ。牛田さん。」
 口を開いたのは私だった。彼は私たちを嘲笑するかの様にふんっと鼻で笑った。警部はその態度が我慢できないらしく、飛びかかろうとせんばかりの様子だったので私は警部をなだめた。
 私が、
「まずは納屋の前に来て下さい」
と5人を納屋の前まで誘導した。一同が納屋の前に来ると私は警部に例の茶色い油性ペンキを持ってこさせた。警部は不平を言いながら納屋の中に入って行った。出てくるまでの間、私は猪野にその馬の特徴を訊いた。
「はぁ・・・・・。額が星の様に毛が濃くなっておりました。それでシルヴァー・スターと名付けたのです。」
 しばらく経って警部が納屋から出てきた。警部はペンキの入っている重たい缶をドンと置いた。私の推理の幕開けである。

FILE5、推理披露


 誰なんだ!早く言えという声が飛び交う中、私はゆっくりと前へ歩み寄った。そしてこう言った。
「犯人はあなたしかいませんよね。馬丁の猪野さん。」
猪野は余裕の表情で、
「なんで、私が犯人なんです?えっ?」
と言った。
「ここでキーポイントとなるのがこの油性ペンキです。」
「油性ペンキ?」
おうむ返しに訊いたのは犬飼だった。私は丁寧に、
「そうです。油性ペンキです。水性ペンキは水に濡れると落ちてしまいますからね。油性ペンキはシンナーなどの化学薬品で拭かないとちょっとやそっとでは落ちてしまいませんがね。」
と説明した。私はまた猪野の方に目をやった。そして、慎重に言葉を選んで、頭の中で構想を練りながらこう言った。
「このレシートを見て下さい。実は今日、ぼくはあなたと同じスーパーで買い物をしたんですよ。西口警部。猪野さんのレシートを。」
警部はごそごそと胸ポケットに手を入れて、猪野のレシートをビニール袋ごと取り出した。警部は中からそのレシートを取り出そうとしたので私は慌てて、
「あっいいですよ。警部。ビニール袋のままで。」
と言った。警部はゆっくりとビニール袋のチャックを閉じた。そして私に渡した。
「猪野さん。これを見て下さい。これがあなたがスーパーでもらったレシート。そしてこれがぼくのレシートです。」
私は脇ポケットからくしゃくしゃに丸めたレシートを取り出した。そしてしわをよく延ばすと猪野に渡した。
「これが、一体どうしたというんです。別に普通のレシートじゃありませんか。おかしい所なんて別にないじゃないですか?」
猪野は2つのレシートを交互に見比べながら言った。
「ぼくのレシートの方の日付をよく見て下さい。」
「日付・・・・。」
と猪野は私のレシートの方の日付に目をやった。
「午後1時3分になっていますけど。それがどうかしたんですか?」
私は猪野が言った「午後」という言葉を踏み台にしようと思った。
「猪野さん。どうして午後だと解ったんです?」
と訊くと猪野は、
「それは、午前だったらスーパーはやってないでしょう?あそこのスーパーは他のスーパーと比べてると、9時30分までやってて夜遅く帰ることの多い私もよく利用するんですが、さすがに夜中の1時では閉まっていますよ。いくらなんでも。」
「では、朝9時と夜9時とを見間違える可能性は充分考えられるわけですね。」
猪野の眉がぴくっと動いた。そして不機嫌な調子で
「何が言いたいんですか?」
と言った。そして続けて
「すみませんでした。そりぁ、まあ、間違う事は考えられますが・・・」
と謝った後、もとの調子に戻った。
「考えられますが?」
私は後を促した。
「まず間違う事はないと思いますよ。」
「だが、全く知らない警察の人間だったら?」
「間違うでしょうね。」
警部が横から、急に大声で
「あっ、普通のスーパーのレシートなら20時と書いてあるのにこのスーパーのレシートは9時と書いてある。つまりこの買い物は朝9時じゃなくて、夜9時にされた物。言いたいんだろ。」
私は驚いたが、冷静さを保って、
「ええ、そうです。」
と言った。
「そういう可能性もある。ということだけで・・・・・。いや、確かにそうすれば私のアリバイは崩れますねぇ。しかし、証拠がありませんよ。」
よほど自信満々なのか猪野の顔からは笑みさえこぼれている。
「証拠は、この馬です。」
と後ろに大げさに手をやった。一同がはっと驚いた。

FILE6、The Racehorse Saw and Knew It!(馬は見て、知っていた)

 私の手の後ろには、茶色い馬がいる。一同はとても驚いたらしくぽかんと口を開けている。だが一番驚いたのは私自身だった。なぜなら、皆こんなに驚くとは夢にも思わなかったからだ。
「この馬はシルヴァー・スターです。その証拠に・・・」
私はシンナーを雑巾に付けて、馬の体をこすった。するとみるみる内に赤い模様が現れた。全部拭き終わると、私は一同があっと驚く中で猪野に向かってこう言った。
「赤の斑点がのある馬なんて珍しいですね。」
 勿論、これは肯定の意味ではなく皮肉である。
 私は警部に、
「これは被害者の血液です。鑑識にDNA鑑定を依頼します。つまり猪野の犯行はこうです。動機はぼくも解りませんが・・・・。いや、多分・・・・。」
私はイメージを頭の中に思い描きながら考えた。そうしたら動機もすぐに見えてきた。
「多分、何だ?」
警部が後を促てくれたので言い易くなった。
「多分・・・。いや、絶対。原因はこの馬『シルヴァー・スター』にあります。この馬をこれ以上、酷く扱うのなら逃がすとでも言ったのでしょう。もちろん、オーナーはそれを許すはずもなく、口論の末、殺害。
 馬に血痕が付着したので納屋から油性ペンキを取り出し、警察の目をくぐり抜けた。馬に血痕が付着するような事と言ったら馬をその場に連れていくしか考えられません。どうして馬を連れていったのか?答えは簡単です。馬をその場に連れていく必要があった状況といえば、馬を逃がす。のような雰囲気の事しかないですよ。
 反論の余地はまだありますか?猪野さん。」
と私の口から自分でも驚く位、数殊つなぎに次から次へ出てきた。
 数秒後・・・・。
「なぜ、私だと解ったんです?」
と猪野がゆっくりと穏やかな口調で訊いた。
「なあに、簡単な事ですよ。あなたの手の甲についている油性ペンキです。そのペンキはいつ、どうして付いたものか。と考えたらすぐに出てきましたよ。」
「は、はは、ははは。そんな簡単な事で。」
私は慰める為にこう言った。
「簡単な物だからこそ、観察をしっかりせねばいけませんよ。単純なものほど見落としやすいですからね。」
 シルヴァー・スター号は猪野の逮捕を知るよしもなく、ただブルルと身を震わせただけでただずっと草を食べていた。
 数日後、私と警部、そして例によって例のごとく萌ちゃんが私の会社の近くの喫茶店『フィガロ』にいた。私たちは窓側の席に座った。COFFEE、フィガロという文字が丁度反対になって見える位置である。今回の事件の話をした。
「ふーん。でも、何で馬にペンキが塗られていると解ったの?」
と萌ちゃんが興味津々といった顔つきで訊いた。
「そう言えば・・・・・。何で解ったんだ?」
警部も不思議に思っていたらしく身を乗り出した。
「簡単な事だよ。馬に触ったら、普通の馬との感触と違ったからさ。」
「ふーん。でも、私ジージョの活躍見れなくて、残念だったなぁ」
「仕方ないよ。その時間は高校だったんだから。」
と彼女を慰めた。
「あっそう言えば、俺に出した問題の答えは?」
「牛田、猪野、犬飼、龍太郎のやつですか?」
「そうそう。それそれ。」
「牛田、猪野、犬飼、龍太郎・・・・・。」
と「牛」、「猪」、「犬」、「龍」を少し強く発音した。がまだ警部は気付かないらしく、もっと強く発音した。
「解りませんか?名前に干支がついてるんですよ。」
と私は答えを言った。警部はやっと納得した様だが、萌ちゃんは私が問題の確認をした時から気付いていた様である。
「そういえば牛田。なんで曖昧な供述したんだろうな?」
と警部が訊いた。
「何、空き巣に入ろうとしていたからですよ。」
「空き巣?」
萌ちゃんがおうむ返しに訊いた。
「ああ、そうだよ。『空き巣に入っていました』なんて馬鹿な供述するやつはいないだろ。自分が殺人に関わっていないとしても。」
萌ちゃんは時計を見た。
「あっ、友達と待ちあわせの時間に遅れちゃう。じゃあ、またね。」
と自分の食べたサンドイッチのお金を払うと出ていってしまった。
「では、ぼくも、午後から会議がありますので」
と言って自分の食べた物の勘定をしてもらうと会社に向かって歩きだした。

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