The Muder Case at A Holy Night(聖夜殺人事件)

このエントリーをはてなブックマークに追加

FILE1、会社の中

 もう、すっかり季節は冬である。
 私と萌ちゃんの仲もあの誘拐事件以来、すっかり回復した。高校が冬休みに入って彼女は会社を手伝っている。といっても専門的知識がない彼女は書類の運搬、コピー等の雑用をやっているが、でも大分助かっている。仕事はきちんとやってくれるし、給料はおまけに普通の社員の半額以下だし。(別に私が頼んだわけでもなく、自分から進んで申し出たのだ)
 そして、クリスマス・イヴの夜。いつもは8時位までいるのに今日とばかりは皆、6時に帰ってしまった。そこで私は浅香萌に、
「萌ちゃん。夕食でも一緒に食べようよ。仕事手伝ってくれたお礼もしたいしさ。」
と食事に誘ったら、
「そんな・・・。お礼を言いたいのはこっちの方よ。ジージョに助けてもらったし・・。あっ、食事の方はオーケーだよ。」
と答えた。
「じゃあ、おばさんに電話して。」
「はーい」
と彼女はまるで子供のように言って自分の家に電話した。
「できるだけ早く帰ってこい、だって。」
 私は財布の中身と相談して行く店を決めた。萌ちゃんはホームズを思わせるような色のコートを着ている。
「さあ、行こ。」
と浅香萌がコートを着終わると言った。そして少し歩いたところにある料理店へ出かけた。その店は結構、混んでいた。ウェイトレスが、
「2名様ですね?」
と聞いたので私がうなずくと、
「では、こちらへ。」
とエスコートしてくれた。
 食事を始めてから数分後、私の携帯が鳴った。出てみると西口警部だった。
「おう、2人きりの食事の時すまんな。」
私はドキッとした。
「な、何で解ったんですか?」
「バーカ。イヴの夜と言えば好きな娘と一緒に食事するのが定番だろ。でどこまで言った?あの娘とは。名前はあえて言わんけど。
 勢い余って無理矢理やるなよ。罪になるからな。婦女暴行および強制わいせつ・・・あ、幼女虐待か。でも、相手の同意を得てるんならいいけどな。」
私は呆れたので、ぶっきらぼうに、
「で、もちろん冷やかすために電話したんじゃないんでしょう。何ですか?」
と言った。
「おう、それだ。それ。クラシック・ホテルっていうビジネスホテルで人が殺されたんだ。」
「で、被害者の状況は?」
と私が尋ねると、
「これが不思議なんだわ。部屋は完全に密室・・・・・・」
「密室ですって?」
私は興味をそそられた。クリスマス・イヴという聖夜の殺人。正にわくわくする限りだ。
「じゃあ、とにかくそちらに急行しますね。」
「おい。まだ話の途・・・・・・・・」
萌ちゃんが、
「殺人事件?」
と聞いた。
「うん、そうらしい。家に何時頃帰るって言った?」
「9時か10時よ。」 私は時計を見た。まだ、6時ちょいだ。
「じゃあ、おばさんに『ぼくは用事ができたから』って言って帰りな。」
「い~~~や。私、ジージョと一緒に現場行く」
「もう・・・。明日、食事ならまた明日一緒にしよう。」
「いや、何と言おうとジージョについて行く。」
数分間のやり取りの末、私が結局負けた。 「もう・・・・。解ったよ!そのかわり、手伝わなくてもいいから邪魔だけはしないでよ。絶対に!」

FILE2、クラシック・ホテル

 女ってやつはよく解らない。殺人事件があったのにうきうきしている。でも、まぁ私も人の事は言えないけど。
 十数分して電車を下りた。外は寒い。歩いている数分間、萌ちゃんと私は話しながら現場へ向かった。推理小説の話、学校の事・・・・・・・。やがて問題のホテルに着いた。中世の豪邸か城を思わせるような造りで、白く外にはクリスマスツリーが飾られている。言葉では表現できない美しさだ。
 萌ちゃんが、
「ロマンチックね・・・・。」
とうっとりした様子で言った。頬は少し赤みを帯びている。
「ぼくたちは遊びに来たんじゃないんだよ。ここで殺人が・・・・」
「解ってるわよ。そんな事。」
「解ってるならいいんだけどさっ。」
私は投げやり気味に言った。
 中に入ろうとすると刑事に押し止められた。
「ちょっと、困るよ、君達。中で殺人事件があったんだ。」
「だから来たんです。」
「だから?早く帰った帰った。」
「西口警部を呼んで下さい。」
「ダメだ。今、警部は忙しいんだ!」
こんな押し問答が続いた。とその時だ。警部が後ろから姿を見せたのは。
「おい、どうしたんだ?」
「あっ、こいつらが入らせてくれって言うんですよ。」
「こいつらって・・・・。あっ有沢!」
「えっ?警部の知り合いで?」
「知り合いも何も、何度も助けてくれた有沢翔治とその彼女、浅香萌よ。」
とその時、私よりも先に萌ちゃんが、
「ちょっと。警部さん。私とジージョは幼なじみです!決して彼女なんかじゃありません。」
と頬を赤くしながら力いっぱい言うのだった。
 私たちは何とか中に入れた。
「いやー。すまんすまん。」
と警部は笑って言った。私は曇ったメガネを拭きながら、
「笑い事じゃありませんよ。外は寒くて寒くて・・・。」
「どうでもいいけど警部さん。あんな作り話をするのはやめて下さいね。」
と萌ちゃんが言った。
「えっ?でもその調子で行けば恋人通しは確実なんだろ?」
 私と萌ちゃんは互いに頬を染め、顔を向き合わせた。そして、数秒後私と萌ちゃんの声がきれいに揃った。
「ちょっと。警部!」
「警部さん。」
という声が。
「ははは。冗談だよ。冗談。」
と笑い飛ばした。私は、 「で、本題に移りますよ。被害者の状況は?」
と尋ねた。
「おう。被害者は西村晶子。死因は部屋の小さいクリスマスツリーのコードで絞殺されていた。」
「身元を証明する物は?例えば、免許証とかはなかったんですか?」
「免許証はあるにはあるんだが、これが厄介な事に盗んだ免許証らしい。」
「窃盗していたという事ですか?」
と萌ちゃんが口をはさんだ。
「ああ。そういう事になる。」
「それで、第一発見者は誰なんですか?」
私が尋ねた。
「第一発見者は、夫の進一郎。ま、姓はこの際だから省略させてもらうぞ。」
「で、死体を発見した時の様子は夫の供述で何が解ったんです?」
「死体を発見した部屋には鍵がかかっていて・・・」
「その鍵はカードキーでしたか?普通の鍵でしたか?」
私が尋ねた。
「これだ。」
と言って、テーブルの上に「201」と書いてある鍵を渡した。普通の鍵だ。
「ふーん。で指紋は検出されたんですか?」
という質問を私がしたら。
「いいや。指紋一つ出てきやしない。」
「それは少し妙だな・・・」
と私は呟いた。
「何が?」
と萌ちゃんが聞いた。
「だって、考えてもみてよ。あのキーはお客さんの指紋と従業員の指紋がでてくるはずだろ?それが指紋が一つも検出されないということは変なのさ。」
「あっ、そっか。」
彼女は納得したようにうなずいている。  「ん?何だ?これは。」
私は鍵の取っ手に小さな傷を発見した。
「何?」
と萌ちゃんは興味深げに聞いた。
「ほら、ここに少し傷がついてるだろ?これは、何でついたのかな?」
「ん?鑑識の話によるとごく最近ついた物らしい。」
警部が説明した。私はもっと詳しく説明するよう頼んだ。これだけの状況で推理するにはアーム-チェア-ディテクティブの代表のミス・ジェーン・マープルでも無理であろう。
「んでだな、被害者の部屋は完全に密室だった。鍵はもちろん中にあって外に持ちだす事は不可能。
 彼の話によると被害者の部屋に戻ったのが、6時頃。部屋をノックしても返事がない為、不審に思った第一発見者が近くにいたボーイに部屋のスペアキーをとって来てもい鍵を開けたら死んでいたというわけだ。」
「ふーん。」
私は生返事をした。
「それで凶器のコードは各部屋にクリスマス期間限定の飾りとして、置いてある物らしい。計画性のない殺人事件とみて間違いなさそうだ。
 問題はどうやって密室を作ったかだよな・・・・。それで苦戦して、お前を呼んだわけだ。」

FILE3、201号室へ

 私たち2人(私と浅香萌)は殺害現場の201号室に向かう途中だった。しかし、何とも豪華なホテルだろう。私たちがいたロビーには立派なシャンデリアが吊してあるし、今いる所だってそうだ。床には一面赤いじゅうたんが敷かれているし、壁は鏡のようにつやつやだ。私には場違いな所である。
 萌ちゃんが、
「エレベーターの中で変なことしたら大声出すからね。解ってると思うけど。」
と言ったので、私は、
「変な事って?」
と試しに聞いてみた。
「そ、それは・・・・・。何と言うか・・・」
「解ってる。解ってる。っていうか、手を出しても反撃されるから出したくても出せないよ・・・。」
「やっぱり、思ってたのね。手ぇ出そうと。」
と彼女は嫌らしいという目付きで私を見たので、
「違う違う。例えばの話だよ。」
と弁解した。
「ふふふ。解ってるわよ。ムキになるところが全然成長してないね。」
私は顔が赤くなった。
 萌ちゃんが、
「ところで、この事件、ジージョはどう思ってるの?」
と尋ねたので、私は
「まだ、警部の話だけじゃ何とも言えないよ。とにかく、現場に行って実際に見てみないと・・・・・。」
と答えたら、
「じゃあ、ジージョはマープルよりも、ポアロ型なんだ!マープルは『青いゼラニウム』や『変わったいたずら』でもそうだったけど、話を聞いただけで事件の真相にたどりついちゃうよ。
 でもポアロの方は『死海殺人事件』でもそうだったけど、実際に現場に行って、いろいろ捜査してから、真相にたどりつくよね。」
「おいおい、萌ちゃん。ポアロだって『イギリス首相誘拐事件』の時は話聞いただけで解ったよ。」
 そんな話をしているうちにエレベーターがやってきたので、私たちは乗りこんだ。  エレベーターの中では推理に没頭していた。はたして、犯人はどのように密室を作ったのだろう。窓から脱出しようにも、ここは2階。飛び降りたらただではすまない。それに盗んだ免許証っていうのも気になる。なぜ被害者は盗んだ免許証を持っていたのか。それに一番気になるのはルームキーのあの傷と指紋だよな。警部の話だとごく最近ついた物だと言ってたけど事件との関連性はどうなのだろうか。全く無関係なのだろうか、それとも関係しているのだろうか。
 考えてる途中に、
「ジージョ。2階だよ。また~~。一旦推理しはじめると他の物が全く見えないんだから。」
と萌ちゃんが言うので、
「ん?ああ。解ったよ。」
と言って、エレベーターから出た。
 2階に着いてしばらく歩いていると、
「もう!ジージョ!ちゃんと私の話聞いてる!?」
と言ったので、とりあえず私はうなずいた。
「じゃあ、私が何言ってたか言ってみて。」
「そ、それは・・。」
私は回答に困ってしまった。何せ、推理に集中するあまり彼女の話を彼女の話を全くと言っていい程、聞いていなかったのだから。
「本当は聞いてなかったんでしょ。」
さすが幼なじみだ。解るらしい。
「ごめん。本当は聞いてませんでした。」
「やっぱり・・・。」
彼女は思ってた通りだと言わんばかりの表情を浮かべた。それを見た私は苦笑いした。そして、
「もう、1度しか言わないから今度はちゃんと聞いてね。」
と言って、更に続けた。 「いい?私なりに今回の事件考えてみたんだけど今回の事件はボーイさんが犯人だと思うの。」
「ボーイだって?」
「そうよ。エラリィ・クイーンの『ダイヤモンドを2倍にする男』みたいにね。」

FILE4、名探偵.萌?

 『ダイヤモンドを2倍にする男』とはエラリィ・クイーンの書いた短編小説で、ダイヤを2倍にする方法を見つけたという博士と宝石商の話である。金庫室に鍵をかけ、ダイヤとその博士を入れた。夜、宝石商が不安になって見に来たところダイヤが盗まれ、博士は殺されていた。という粗筋である。
 私はとりあえず、隣にいる少女の推理を聞く事にした。
「いい?まずボーイさんは何か理由をつけてスペアキーで201号室の鍵を持ちだしたのよ。あとは奥さんを殺して鍵を閉める。そして何食わぬ顔で勤務に着く。これで部屋は密室になる。
 どう?この推理。」
一応筋は通っているが、彼女の推理はあまりにも短絡的すぎる。
「一応筋は通っているけど・・・・・、それじゃあまりにも短絡的すぎるよ。第一、鍵の傷はどう説明するんだい?動機は?証拠は?」
と言ったら彼女はさも残念そうに、
「そっかー。結構自信あったのにな・・・・・・。」
と言ったので、私は励ます為に、
「誰だって、最初の推理は失敗するものさ。ぼくだって失敗してたんだから。それに、まずは現場へ行かなきゃ。意外と大事な証拠品を警部たちが見落としてるかもしれないしね。それを探すためにもね。」
と言ったら、
「うん・・・・・。励ましの言葉ありがと♪」
と答えた。

FILE5、殺害現場

 こういうこともありながらも、殺害現場の201号室に着いた。時刻はやっと6時半だ。たった15分ちょっとなのに何となく倍以上の時間が過ぎたような気がした。
 私が201号室の扉をそっと開けて、中に入った。客室もまた立派である。ふかふかのベッドにきれいなトイレ。
「萌ちゃん、何か変な物を発見したら教えて。それが案外重要な証拠となるかもしれない。」
と言うと、
「オーケー」
と答えた。
 警部の話によると、被害者は壁に寄りかかって死んでいたらしい。凶器はクリスマスツリーのイリュミネーション用豆電球コード・・・・・・・。
 私は机の中を探ってみた。やはり何も入っていない。とその時、手にちくっとした、針で刺したかのような痛みを覚えた。見ると釘が頭を出しているではないか!待てよ?あの時鍵がここに置いてあったとしたら。と思ったら、知らず知らずのうちに、
「萌ちゃん!警部からここの鍵をもらってきてくれ!」
と言ってしまった。私が気付いたのはもう言った後だった。これはもう反射神経となってしまっている。何せ彼女の兄とは8年近くもパートナーだったのだから、その癖が妹の彼女にまで浸透している。
「解ったわ。」
と嬉しそうに返事をして、部屋の外に出て行った。しかし私には彼女がなぜ嬉しそうに言ったのかが今一つ解らなかった。何がそんなに嬉しいのだろうか?
 これで鍵の傷の謎は解けそうだ。問題は犯人、そして密室トリックである。この二つの謎が解った時、はじめて真実が見えてくるのだ。
 鍵の件は“推理の環”にもうすぐ組み込まれるつつある。私がそれに組み込むか否かの最終決断は萌ちゃんが持ってくる。
 私は、
「おや?何だろう?」
と呟いた。白くて丸い物をベッドの下で見つけたのだ。ボタンだ。しかし何でボタンなんかがベッドの下なんかに?私は自分の服を見たが、今日は白のトレーナーとジーパンのため、ボタンなんかが落ちるはずがない。
 そうだとすると、萌ちゃんのだろうか?いや、違う。彼女は、こんなボタンのある服なんて身につけてなかった。残る可能性は2つ。1つは被害者の身につけていた服 、あるいは持ち物。2つ目は、犯人の服や身につけていた物ということになる。もし、後者だとしたら大変な手掛かりとなる。
 私は萌ちゃんがまだ来ていないのに201号室をだっと走って出た。エレベーターはよりによって最上階の9階で止まっている。ボタンは押したが来るのがあまりにも遅いので待っていられなくなった。そこで階段から行くことにした。  途中で転びそうになりながらも何とか1階に着いた。私は被害者の様子を近くにいる刑事に頼んだら、嫌な顔をされながらも承諾してくれた。西口警部の命令が行き渡っているらしい。
 刑事が布をどけると、まだ2、30才くらいだろうか。まだ意外に若い。問題の服を見た。私が先ほどベッドの下で見つけたボタンはついていない。次に持ち物を見せてもらった。高そうなバッグ(ブランド物らしいが私にはどうも流行りには疎いので解らなかった)、財布などが入っていたがどれもこれも問題のボタンはついていなった。私は体を水を浴びた犬の様にぶるっと奮わせた。

FILE6、ボタンの謎

 これで私の中の“推理の環”の一つが完成した。犯人はこれと同じボタンを身につけている人。前の客だということも考えられるがこういう大きなホテルでは大抵従業員がチェックするので気付くはず。その為、この説は除外する。
 最初のとっかかりができてしまえば後はドミノの様にバタバタと謎が解けていき、そして犯人という名の最後のドミノが倒れるのだ。
 しかし、このボタンを身につけている人なんて五万といる。ましてや、従業員だったら、
「あっ、掃除しに入ったんですよ。その時、落としたものかも」
とか言われて、うまく逃れられることは非を見るより明らかだ。この方法を何とかブロックしなければ。
 ボタンの謎を解く鍵は意外と身近な所にあった。が、私が最も恐れていた事態だった。そう、従業員が身につけていたのだ。これではどの従業員か解らない。もし解ったとしてもさっきの言い訳がうまい回避手段となり、それ以上駒を進めることはまず不可能だ。
「うーん。どうすればいいだろう?」
と独り言を言いながらも、心の中ではあのわくわく感が一層増大していた。私は難解な事件であればある程、楽しくなるのだ。
 西口警部が、
「何か楽しそうだけど何か解ったのか?」
と私に聞いてきた。
「ええ、少しですがね。」
と曖昧に返事をした。
「顔が嬉しそうだぞ」
「そうですか?ぼくは事件が難解であればある程、楽しいんですよ。うずくんです。ぼくの中の抑えきれない好奇心が。ふふふふふ」
「こっちは、簡単な方がいいと言うのに。」
「単純な事件はどうも頭より体の勝負といった感じであまり好きではありませんね・・・。やはり、複雑な事件ですよ。おもしろいのは。わくわくします。」
と言うと、どうも納得できないと言った表情で、
「そういうもんかね・・・・・。」
と言うのだった。
「ところでこれ、どう思います?殺害現場に落ちていた物なんですが・・・・。」
と私はさっき見つけた例のボタンを警部に見せた。
「これは、ここの従業員のボタン!」
と言うと近くの刑事に、
「おい!ここの従業員でボタンがとれているやつが犯人だ!」
と言うので私が慌ててさっきまで考えていたことを話すと、
「心配ご無用。後は我々の仕事だ。ごゆっくり2と人っきりの聖夜を過ごしてくれたまえ。あっ、そうそう、相方が探しとったぞ。」
 しまった!萌ちゃんのことをすっかり忘れていた。

FILE7、謎はまだ残る

 謎はまだ山とある。例えば最大の難関は密室の謎だ。あと鍵の傷などいろいろあるのだが、いずれ解けるからこの際はおいておこう。
 とにかく私が言いたかったのは警部のやり方は荒っぽすぎる。まだ証拠も固まっていないのに任意同行(この時点では逮捕状がないので逮捕はできない)するなんて。そういうことを考えているうちに私がつい2カ月程前に解いた例の富川ホテルの一件を思い出した。思い出したくない事件だ。そういえばここから新米警部の西口令士氏との付き合いは始まっていたのかもしれない・・・・。
 ふと見ると1人の従業員が刑事たちに囲まれてホテルの自動ドアをくぐるのが見えた。私はその時の光景をあの小学校の仲間たちとの同窓会で起こった事件で誤認逮捕された友人の坂本純と重なって見えてならなかった・・・・・。
 と、後ろから、
「もー。ジージョ!どこ行ってたの?『鍵をとってこい』って言うからとってきたのに!推理に集中しすぎると他の物が全く見えなくなるんだから。後で何かおごってよ?罰として。」
といかにも「ぷんぷん」という言葉がこの上なく、当てはまるような怒り方をした。
「ごめんごめん。どうしても気になる物を見つけてさ。」
「やっぱり・・・・」
彼女は予想していたようだ。
「で何が気になるの?」
好奇心旺盛な彼女のことだ。聞かないでいようか?
「そう言うと思った。ボタンだよ。」
「ボタンって服に付いてる?」
「ああ。そうだよ。ここの従業員が身につけてる制服のね。
 で、それを警部に話したら従業員の一人に任意同行を求めたってわけさ。」 「ふーん。でも、ボタンだけじゃ証拠に・・・・・・・・」
さすがは優太の妹だけある。私と全く同じ事を考えていた。もし、ここに優太がいても同じ事を言っていたに違いない。
「それを警部はぼくの制止も聞かずに『後は我々の仕事だ』とか言って任意同行したんだよ。どう思う。」
「えー!それじゃ、証拠がまだ不十分なのに・・・・。」
「ああ。証拠が固まってないのに、だよ。」
「とりあえず、警部より私たちの推理の方が正しいという事を証明しましょ。」
「もちろんさ。ぼく自身も真相を知りたくて好奇心がうずうずしてるしね。」
 こうして、私たちの捜査は始まった。

FILE8、捜査

 「ねぇ、まず何から調べるの?」
と萌ちゃんが聞いた。
「そうだなあ。まずもう一度殺害現場の201号室を調べようよ。まだ途中だったし・・・・。」
「はーい。」
 私と相方はエレベーターの前に来た。来るまで待っていると相方が、
「ねぇ、この事件をどうみてるの?」
と言って来たので
「まだ何とも・・・・・。」
と答えた。
「もう!さっきもそれだったじゃない!」
「だって証拠が少なすぎるんだから仕方ないでしょ。」
「証拠が少なすぎるってね・・・。」
「だから、今から材料を探しに行くんだよ。推理に必要な材料をね。おっと、来たみたいだよ。」
 私たちはエレベーターに乗りこんだ。
「それは、そうだけど・・・・。」
「だから、一緒に探そ。証拠を。」
「うん。でも、できるかな・・・・。私なんかに証拠探しなんか・・・・。」
「できるとも。簡単だよ。ただ変な物を見つければいいんだからさ。いる証拠かいらない証拠かはぼくが判断するよ。」
「それなら、私にもできるね」
 そういう話をしているうちに2階についた。そして、あっと言う間に201号室の前だ。私は相方に鍵を要求すると、
「はい。」
と言って手渡してくれた。鍵を鍵穴に差し込んで時計周りに回すと、ガチャリと音がして鍵が開いた。
 私は扉を押して中に入り、暗かったので電気をつけた。そしてしばらく行くとベッドが電気回路の並列つなぎのように2つ並んでいる。その間にはデジタル時計、金庫、電話等があった。
 金庫の中身は何だろう?という好奇心に駆られ私は暗証番号を0000から9999の1万通りの数字をいれてみた。正に気が狂いそうで果てしない作業だったが私はなぜだろう?やらなきゃいけないような気がした。
 0000、0001、0002、0003・・・・という具合にボタンを押した。これも違う、これもだ、これも・・・・・。そして、0201でやっと開いた。が、金庫の中は空だった。
「何?これ!」
私は思わず叫んでしまった。骨折り損のくたびれ儲けとはこの事である。
「どうしたの?」
と相方がびっくりした様子で聞いた。急に私が叫んだので驚いたのだろう。
「見てよ。苦労して金庫を開けたのに紙切れ1つ入ってないんだよ。」
と事情を説明すると、笑って
「ふふふふふ。そんなこともあるよ」
と言うのだった。

FILE9、意外なモノ

 「ねぇ、ところで床に変な跡がついてるよ。」
と相方が私のいる床を指差した。なるほど、何かを引きずったような跡がついている。私はその跡を目で探りながらずっと見てたら、それは何と被害者の死んだ位置まで続いていた。すごい!大発見だ!
「すごいよ!萌ちゃん!大発見だ!」
と私は相方の肩を揺さぶった。
 となると、犯人はここから被害者を窓際まで引きずったという事になる。一体、何の為に?それは犯人にとって不利益になるからに違いない。犯人にとって不利益な証拠とは何か?犯人の名前、もしくは部屋番号を記したダイイング・メッセージだ。
 まてよ?確か金庫の暗証番号は201。この部屋だ。犯人の目星は付いた。あの人だ。しかし決定的な証拠がない。決定的な証拠が・・・  コンコン!
 ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい。」
「ルームサービスをお持ちしました。」
明瞭な青年の声だ。
「頼んでませんけど。」
「ちょっと、西村さんが頼んだんじゃない?」
と萌ちゃんが言ったので、
「ボーイさん、誰が頼んだ事になってる?」
と聞いた。
「西村様となっておりますが・・・・」
「ほらね。」
とそれを聞いた萌ちゃんが少し勝ち誇った様に言った。
「死んだから帰っていいよ。」
とボーイさんに言うと、困った様子で
「そうはいかないんですよ。怒られてしまいますから。」
 私は仕方ないな・・・。と思いながら腰を上げ、ドアノブを回した。そして受領証にサインをした。
「ありがとうございました。」
とボーイは一礼をして去っていった。
 料理を見た相方が、
「ねぇ、ジージョ、この料理の量多すぎるよ。男1人、女1人にしては。」
と言った。
「うーん。そう言われてみれば・・・。男2人、女1人くらいの量だね・・・・・・・。」
「誰かもう一人来る予定だったのかしら・・・・。」
 誰かとは誰だろう?ルームサービスを呼んで招いている事から西村夫婦と親しみがある男性。おそらく、そいつが犯人だろう。
 しかしそうだとするとさっきの西村進一郎犯人説はくつがえされる事になるが・・・・。でもあの状況からして、犯人は夫の進一郎に間違いない。私は頭が混乱して、思わず、
「あー!くそっ」
と言いたくなるような気持ちだった。

FILE10、西村進一郎の証言

 私は頭の整理をするために、第一発見者の夫に聞き込みを求めた。彼はロビーでぼーっと座っていた。
「ちょっといいですか?奥さんが殺された時の様子を・・・・・・」
「嫌です!妻の事はもう忘れたいんです。」
とぴしゃりと言われた。無理もない。警察にあれだけひっかき回されたのだから。
「そこをなんとか・・・」
私も頑張った。
「ダメと言ったらダメです。ほっといてくれませんか?」
「そうはいきません。無実の人間が一人逮捕されてるんですよ。」
 5分間こういうふうな押し問答が続き、やっとオーケーがもらえた。
「で、何が聞きたいんです。」
と彼はむっとした様子で言った。
「はい。あなたがたがこのホテルに来るまでと奥さんが殺されてからの時間経過をお伺いしたいのです。」
「警察もこのホテルに来るまでの様子は聞きませんでしたね・・。いいでしょう。
 まず、私たちは9時に家を出て9時半に長野から電車に乗り、ここに来ました。このホテルにした理由は安田徹という友人が働いているからです。1時間くらいでここに着きました。そして5時半まで名古屋城などを観光して、ここに戻ってきました。
 で、友人の安田と10分か15分くらい、世間話をして6時頃に201号室に戻って入ろうとしたら鍵がかかっていました。私は妻の名前を呼びましたが、返事がないので困ってしまって・・・あっ言い忘れましたが、鍵は妻が持っていました。で、近くに安田が通りかかったものですから彼に鍵を開けてもらってもらいました。
 中に入ると真っ暗だったので電気をつけました。そしたら中には妻の・・・晶子の死体が・・・・。私はすぐ警察を呼びました。」
「窓際でしたか?ベッドのわきでしたか?」
「死体ですか?窓際でした。ずっと窓際じゃなかったんですか?」
と逆に聞き返された。
「いや、実はベッドのちょうど金庫のある辺りから窓際まで引きずられてきたんですよ。」
 次に私は西口警部に電話をした。
「西口ですが。」
「もしもし、警部ですか。」
「おお。何だ有沢じゃないか。何か用か?」
「ええ。ちょっと確認してほしい事がありまして」
「何だ?」
私は警部に西村進一郎の証言を一部始終話した。 「間違いありませんか?」
「ないが・・・・」
 これで確認がとれた。後は犯人探しとトリックだけだ。どうやって密室にしたのか? この謎が解けない限り解決の道はない。時刻は8時だった・・・・・。

FILE11、一年前の事件(1)

 私は次に西村進一郎の友人である、安田という男に話を聞く事にした。彼はこのホテルの従業員で3年前から勤務しているらしい。
「安田さんですか?」
「ええ、そうですが・・・・。何か用でしょうか?」
「ええ、実は事件の発生時の状況を聞きたいのですが。」
「解りました。立ち話もなんですのであちらで。」
西村進一郎とは対照的に快く承諾してくれた。
 私と安田はロビーのソファーに腰を掛け、話を聞いた。
「事件発生時の事でしたね?」
「ええ。そうです。」
 話はほぼ一緒で別にくい違う所もない。
「しかしこのホテルでまた、人が殺されるなんて・・・。しかもあの201号室なんて・・」
「また?前にもこのホテルで事件が起こっているんですか?」
安田は慌てて口をつぐんだ。
「いや、何でもありません。」
「よかったら話してくれませんか?その事件とやらを」
「そうですか?では。あっ言っておきますけど、このホテル内ではタブーとなっていますので。」
「解りました。」
 そんなに無残な事件なのだろうか?どんな事件だろう?私の好奇心が黒雲の様に広がっていくのを私自身でさえも感じていた。
「そう・・・。あれは1年前のちょうどイヴの夜でした。当時201号室には松永勇作様という、40才くらいの男性と飛鳥様というご夫婦が泊まっておられました。1泊2日のご予定で名古屋を観光とか言っておられました。そして8時に発つという事でモーニングコールをご予約されました。
 そして次の朝、10時になっても起きてこられない松永様ご夫婦を不審に思って部屋をノックしても返事がありませんでした。そこで部屋の鍵は中にあったのでスペアキーをとって参り、中に入った所・・・。」
安田は言葉が詰まっているらしい。数秒後、
「死んでおられました。ちょうどお二方とも今回の事件のように首にクリスマスツリーのコードを巻かれて・・・。でも、かなり服装が派手におられました。
 警察の判断は他殺でした。今もなお解決されてない様です。」
 私は少々不謹慎かもしれないがいよいよわくわくしてきた。
「で、その当時の客は泊まっていますか?」
「ええ、ええ。泊まっていますとも。202号室の中井久尚様、203号室の深谷光雄様。とんで206号室の砂田勝輝様。以上でございます。あっ、殺されました201号室の西村晶子・進一郎夫妻もそうであったと思いますよ。
 何か解ったらお知らせ下さい。私もこの事件に関しては個人的に興味がありますので。」
 私は安田にお礼をすると2階に上がっていき、萌ちゃんの待つ201号室に向かった。
 「萌ちゃん!面白い事が解ったよ!一年前にもこれと似た事件が起きてるんだ!」
と私は部屋に入るか、入らないかの時点で叫んだ。それを聞いた彼女は、
「もう、ジージョ。そんなに大声で言わなくても解るよ。」
「それより、聞いて・・・・」
 私は安田から聞いた話を簡単に彼女に説明した。
「じゃあ。その松永さんの事件と今回の事件は何か関係あるってわけ?」
「ああ、偶然の一致が多すぎる。これは一年前の事件と何か関係してるって考えた方が自然じゃないかな?」
「だけどどう関係してるの?」
「それはまだ何ともいえないよ。だけど何らかの関わりがある事は確かじゃないのかな?」

FILE12、一年前の事件(2)

 以上の理由から一年前の松永夫妻殺人事件と今回の事件は何らかの関わりを持っていると考えた私は一年前の事件について、もっと探ってみる事にした。事情聴取しかない。
 まず202号の中井だ。ノックして事情を話したら快く応じてくれた。私は彼に礼を言って、質問に入った。
「まず、一年前の事件についてできるだけ詳しく教えていただけませんか?」
「ああ。あの事件か。」
と彼は記憶を蘇らせようとする様に、宙に目を向けた。
「確か・・・・・、あれはイヴの夜だったと思う。201号室に泊まっていた松田・・・・いや違うな・・・。松村だったかな?違うな。松・・・。あっ思い出した思い出した。松永だ。その松永とかいう人が死んだんだよ。
 クリスマスツリーのコードを首に巻かれて。絞殺だったらしい。警察から聞いた話だけどよ。」
「で、鍵を開けた従業員の名前は?」
 その質問をした途端、中井の顔が歪んだ。がすぐに落ち着きを取り戻し、
「俺の弟だよ。政人っていうんだ。今、警察署で取調べを受けてるよ。」
そして哀願する様に、
「なあ・・・・。頼むよ。お前あの刑事と知り合いなんだろ?だったら、弟は何もしてないって言ってくれよ。」
 それに私はこう答えた。
「約束しますよ。弟さんの無実はぼくが証明しますよ。」
「頼むよ・・・・・。」
 何となく中井が私に協力したわけが解った様な気がした。そういうことを思いながら、私は一礼をし、202号室を後にした。
 次は203号室の深谷だ。私はドアをノックして事情を説明したが、
「一年前の事件?ああ。思い出したくもありません。」
と門前払いをくってしまった。そのため、くそっと思いながらも203号室を後にしざるを得なかった。  次は206号室の砂田だ。この人も最初は深谷光雄と同じ様に拒否されたが、私の必死の問い掛けに負けたらしく、中にいれてくれた。
「で、一年前の事件だったな。あの201号室で起きた。」
と足を組み横柄な態度で砂田は言った。
「はい。そうです。」
「で、何が知りたいんだ。」
「できるだけ詳しく、事件の全貌を」
「めんどっちいな・・・・・。」
と呟きながら机の上においてあった4枚の写真を私に渡した。
「ほらよ。これで用は済んだろ。いわゆる現場写真というやつだ。これ見りゃ大体の事はわかるだろ?さあ、さっさと帰りな。」
と1分も話さないうちに追い出されてしまった。
 全く・・・・。と思いながら私は206号室を後にした。
 一年前の事件の今まで仕入れた情報によるとこうだ。
 一年前のクリスマス・イヴの晩、松永勇作・飛鳥夫妻は名古屋観光の帰りあの201号室に泊まった。そして、モーニング・コールを8時に予約した。
 ところが、松永夫妻は10時になっても起きてこない。不審に思った従業員の中井政人がスペアキーでドアを開けところ2人はクリスマスツリーのイリュミネーション用のコードで絞殺されていた。とこんな具合だろうか。
 私は今回の事件と、この事件との共通点について考えてみる事にした。まず、現場は密室だったと言う事。それから201号室だと言う事やクリスマスツリーのコードが凶器だという事。
 そして、最も不可解な共通点は201号室の西村晶子・進一郎夫妻、203号室の深谷光雄、206号室の砂田勝輝・・・・。この4人のメンバーが一年前の事件の宿泊客だという事だ。
 このホテルは全ての階が1~6まであり、203と204以外は全て一年前の事件の宿泊客だ。つまり、6分の2が松永夫妻事件と関与している事になる。
 私はこの一致をただの偶然として片付けられなかった・・・・。

FILE16、日記

 私は事件解決の知らせを相方に伝えようと、201号室に向かった。謎は解けたのだ。密室トリックも何もかも・・・・・。先に口を開いたのは萌ちゃんだった。
「もう!また急にいなくなっちゃうんだもん。でも、まぁ、いつものことだから私は別に慣れてるけどね。」 「ははははは。ごめんごめん。それより萌ちゃん。謎が解けたよ。」
「本当?ジージョ?」
「ああ、何もかもね。」
と私は口元だけで笑った。
「そこで萌ちゃんに協力して欲しい事があるんだけど。」
「何?」
「トリックの再現の場面で・・・・・。」
と私は頼んだ。具体的にどんな事を頼んだかはあえて書かない。そこは私の推理を警部たちの前で聞かせる時にしよう。
 「ところで、こんな物見つけたんだけど。」
と相方がノートのような物を私に見せてくれた。
「何かのノートみたいな物だけど・・・・。」
「そう。殺された晶子さんの日記よ。」
「日記?」
私は相方からそのノートを受け取った。緑色で縦10cm、横5cmほどの小さなノートだ。私は中を見てみる事にした。他に色々と重要な事が書かれていたのだが12/23、つまり殺される前夜と書きかけの12/24の日記だけを紹介する。
----------
12/23(木)
 「なぁ、晶子。明日イヴだろ、一緒に安田の働くホテルに出かけないか?そして、ついでに名古屋観光もしてこようぜ」
夫が朝そう言ってくれた時は本当に嬉しかった。私は子供の様にはしゃぎそうになった程だ。そのため今日一日は機嫌がよかった。
 買い物に出ても近所の奥さんに
「あら、西村さんの奥さん。今日は何か機嫌、いいんじゃない?」
と言われる程だったの私の顔が自然に笑顔になっていたのだろう。
「何かあったの?」
と近所の奥さんに言われたので今日の朝のできごとを話すと、
「あら、いいじゃない!でも201号室には泊まらない方がいいわよ。」
と言うので何でと尋ねた。すると、
「あそこの部屋、一年前に人が殺されてるのよ。それ以来幽霊が出るらしいわよ」
私は幽霊やUFOは信じない方なので聞き流した。(後略) ----------
 私は次のページを繰った。好奇心旺盛な幼なじみが横から覗きこんでいる。
----------
12/24(金)
 イヴ当日、私はいつになく早起きをした。たまらなく今日という日が待ち遠しかった。夫は私より3時間後に起きてきて、
「何だ、晶子?そんなに早く起きてたのか。」
とさもおかしそうな顔つきで言った。
 私と夫は9時に家を出て9時半に長野から電車に乗りった。電車の中ではとても名古屋に着くのが楽しみだった。電車から見る眺めはとても美しかった。
 10時に名古屋に着き、名古屋城などを見て回った。しかし、そう楽しい時も長くは続かなかった。私は知ってしまったのだ。夫が一年前の事件の殺人犯だということを。私はどうしようかと迷・・・・・
----------
ここまでで西村晶子の日記は途切れていた。彼女は「迷・・・・・」の次に何を記そうとしたのだろうか?今となっては永遠に解らずじまいである。
 部屋のデジタル時計を見た萌ちゃんは、
「ジージョ、もう時間よ。早く下へ・・・」
と言ったが、
「いや、その必要はないよ。警部をここに呼んであるから。じゃあ外に出てよっか。さっきの事よろしくたのむよ。」
と念押して言った。
「オーケー。解ってるよ。」
そう答えた彼女の顔は今日見た中で一番嬉しそうだった。まさに「満面の笑み」という言葉がぴったりだろう。私は自分の推理を確認する為、ドアノブをよく観察した。何も付いてない!推理は確かな物となった。
「何してるの?」
と好奇心旺盛な幼なじみが覗きこんだ。
「ん?別に。推理の確認だよ。」
私はドアノブを見ながら言った。と、突然相方がこう言った。
「あっ、来たみたい。」
 時計は9時少し前だった。

FILE17、意外にも・・・・

 西口警部が廊下を走って来るのが見えた。そして、警部は息をはずませながら言った。
「有沢、謎が解けたんだってな。」
「ああ、とにかく中に入りましょう。皆さんもさあさあ、どうぞ中にお入り下さい。」
と私は相方に目で合図を送った。
「あっ。鍵がかかってるわ。」
「何だって?」
私はノブをガチャガチャ回した。
「あっ、本当だ!すみませんが安田さんスペアキーを取ってきて下さいませんか?」
と西口警部が、
「有沢!どうやって密室にした?」
私は待ってましたと言わんばかりに、
「皆さん、今の警部の言葉聞きましたか?警部もう一度言って下さい。あっ、安田さんもういいですよ。鍵は。」
「えっ『どうやって密室にした?』?」
「今、確かに密室とおっしゃいましたね。」
「ああ。言ったが。」
「では、関係のない砂田さん。この部屋を開けて下さい。」
砂田は黙って前に進みよると201号室のドアに面倒くさそうに手をのばし、ノブを回した。その時、砂田の顔が驚き一色になったのを私は見逃さなかった。
「どうですか?砂田さん、そして西口警部、驚いたでしょう。」
警部は納得できないと言う表情で、
「しかし、彼が手をのばした時にどうやって密室を解除したんだ?」
と呟く様に言った。
「では、警部。どうして密室だと思ったんです?」
「そ、それはお前らが鍵がかかってるというから・・・。」
「じゃ、萌ちゃん。皆によく解るように説明して。」
と私は萌ちゃんにバトンタッチした。
「警部さんたちは私とジージョ・・・あっジージョとは有沢くんの事です・・・が鍵がかかってると言ったから密室状態だと思ったんですよね?でも、実は鍵なんて元からかかってなくって私たちが演技してたとしたらどうなります?」
「鍵がかかってなかったと言う事か!」
西口警部は納得した様にうなずいた。
「そう言う事です。お解りになりましたか?警部さん。」
 萌ちゃんの役目はここまでだ。後は私が推理を披露することになっている。
「ちょっと話は長くなりましたが、皆さん中に入って下さい。中に入らないとお見せできない証拠品があるんです。」
と私が中に進めると私を含めて6人の人々が中に入った。
 「さあ。皆さん、適当に腰掛けて下さい。」
と私は座るように薦めた。5人の視線が私に集中している。
「トリックと言えるかどうかは解りませんが、一応トリックという事にしましょう。このトリックを使えるのは、あなた方しかいませんよね。そうでしょう?真犯人の・・・・・」

FILE18、犯人

 私がその言葉を言った時、時間が止まっていた。ただ、私の安物の腕時計のカチッカチッという時を刻む音だけが聞こえている。私は一呼吸おくと、
「真犯人の西村進一郎さんと安田徹さん。と言っても安田さんは嘘の証言をしただけですがね。」
一同がえっという驚きの表情になった。また時の流れが止まった。長い長い沈黙・・・・。時を進めたのは西村進一郎だった。
「ははははは。冗談はよして下さい」
「いや、冗談ではありませんよ。」
と私は真剣な顔で言った。
「ふぅ。いいでしょう。仮に私が犯人だとしましょう。でもその演技のトリックは状況証拠にすぎない。物的な証拠を見せてくれないと私は納得しませんよ。」
「そ、そうだ。今のは単なる状況証拠だ。状況証拠だけでは犯人を連行する訳には・・・・。」
と西口警部もあとに続いた。
 私は微笑んで、
「心配しないで下さい。きちんと用意していますよ。とっておきの物証を用意していますから。
 その前にこっちへきてください。これ何だと思います?・・・・そうです金庫ですね。この金庫は4桁の数字を入れる事で鍵がかかります。そうですよね?安田さん。」
「え、ええ。そういう仕組みですよ。」
と彼は私が何を聞きたいのか解らないという表情で答えた。
「今も彼が話をしてくれたようにこの金庫はそんな仕組みです。今度は誰にしようかな・・・よし!!西村さんやってもらいましょうか?」
と私が言うと、
「いや、遠慮しておきます。あなたの事だ。金庫に決定的証拠を入れてるんでしょう?」
と意外にも用心深い。
「いやいや。金庫の中は空っぽですよ。何も入ってはいません。と言っても空気は入っていますがね。
 大切なのは中身じゃなくて4桁の数字なんですよ。0180・・・いや時間がないので0195から0196、0197、0198という具合に順々に数字を入れてって下さい。」
「それに何の意味があるんですか?」
「あんた自身の目で確かめて下さい。」
と私は説明をしなかった。
「0195から始めればいいんでしたよね?」
「そうです。」
と私は短く答えた。そして西村進一郎が暗証番号を入れ始めた。
 ピーッ。電子音が部屋中に数回鳴り響いた。そして何回かやった時、西村が
「開きましたよ。」
とぶっきらぼうに言った。
「ありがとうございました。ところで何番で開きましたか?」
「0201。」
「そう。0201ですよね。この部屋の番号でもあり、そして金庫の暗証番号でもあります。つまり201号室に部屋を借りていたあなたの番号なんですよ。」
 西村は顔を真っ赤にして、
「人を犯人にしたてあげるのもいい加減にしろ!さっきから物証を見せろと言ってるんだ!」
と喚き散らした。私はびくっとしたが、冷静な態度で相手に臨んだ。
「いいでしょう。言い逃れのできない決定的な証拠をお見せしましょう。あなた、私にこう言いましたよね。『すぐに警察を呼んだ』って。」
「あ、ああ。言ったが。」
「断言できますか?」
「ああ。できるとも。」
 私は4人の方を向いて、
「今の言葉、聞きましたか?」
と言った。一同は
「聞いたよ。」
と口々に言った。私はまた西村の方に振り返り、
「なぜ、救急車を呼ばなかったのです?それは奥さんが死んでいた事を知ってたからでしょう。違いますか!?」
 西村の顔から汗がふきだした。足もがたがた奮えている。
「罪を・・・自分が奥さんを殺したって認めてくれますね。」
「うるさい!」 と私目がけて飛びかかってきた。その時!
 バシッ、と萌ちゃんが西村進一郎に得意の回し蹴りをした。彼はのびてしまった。西口警部が私に
「いやー、また世話になっちまったな。これで一件落着ってわけだ。」
と言った。 「いや、まだ一件残っていますよ。一年前の松永夫婦殺害事件がね。」
「一年前の?」
と不思議そうな表情で聞いた。
「安田さん。説明して下さい。」
 安田が説明し終わると、
「状況証拠だけですが、犯人が解りました。」
と私が言った。
「誰なんだ?それは。」
「今、警察署にいる人でしょう。」
「中井政人か!」
「そう。そしてもう一人、ここにいる兄ですよ。」

FILE19、一年前の事件の真相

 「ふっ、認めますよ。一年前の重荷をいつまでも背負っていくのは辛いですからね。」
意外にあっさり認めたので驚いた。
「確かに私は松永夫婦を殺してしまいました。殺す気なんて微塵もなかったのに。
 当時、俺は松永の会社から個人的に多額の借金をしていました。一年前、偶然同じホテルに泊まっていたと知った俺は借金の期日をもう一カ月ほど延ばしてくれと頼みました。松永は断りました。それだけではやっぱりと思いましたが、更に俺を殺害へ導く暴言というかそんなことを吐いたのです。
『そういえばさぁ、あんた15になる妹がいたよね?その娘を一回抱かせてよ。そうしたら考えてあげても・・』
 俺は我を忘れました。気がついたら奴の首をコードで絞めていたんです。
 その時、弟の政人がルームサービスを配達しに来たんです。俺をかばう為に嘘の証言をしたんです。鍵はかかっていて、俺が部屋に入った時は死んでいたって」
そこで中井は泣き崩れた。
 「ねぇ、ジージョ。私、どうしても解らない事があるんだけど。」
と萌ちゃんがホテルの下の喫茶店でジュースを飲みながら言った。
「ん?何?」
「日記には、進一郎さんが殺した事になってるよ。」
と不思議そうな顔で言った。
「ん?ああ。そんなことか。簡単だよ。中井兄弟の後に西村が入って来たとしたらつじつまが合うだろ。つまり奥さんの勘違いだったってわけさ。」
「でも、それだったら本当に哀しい事件ね・・・・。」
と暗い顔をして言った。
「よし!まだ9時半だ。さっきの続きをやろう!」
と彼女の暗い顔をふき飛ばす為にさっきの食事の続きをやろうと言った。
「どうですか?警部さんも」
「いや、いい。俺は腹一杯だ。お前ら2人でやれ」
 警部は気を使ったらしい。私は財布を見て、
「帰りの電車賃を含めて・・・・。5000円までなら何でも好きな物頼んでいいよ。」
夕食は楽しく済んだ。そして帰りの列車で・・・・。  「ふぁあああ。私、何だか眠くなっちゃった。着いたら起こしてね。あっ。クリスマスプレゼントをあげれなくてごめん。それじゃ。おやすみ。」
と言うと私の肩に寄りかかって寝入ってしまった。無論、嬉しいのだが
「ちょっと、まずいよ。萌ちゃん。」
と囁いた。が、起きないのでまぁ、よしとするか。と思った。
 私は自分でも驚く、ルパンが言うようなキザな台詞、そして起きてる前では恥ずかしくて言えない台詞を言ってしまった。
「Your one's sleeping face is most glad X'mas pressent for me,Miss Moe.(その寝顔がぼくにとって一番のクリスマスプレゼントだよ。萌ちゃん)」
ツイッターで感想を一言!

この作品はいかがでしたか?

一言でも構いませんので、感想をお聞かせください。