ミステリー愛好家殺人事件

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FILE1、『推理倶楽部』

 私は毎日のように推理倶楽部というホームページのチャットに〈Sherlock=Holmesジージョ〉というHNで参加していた。来たのは〈こて×2ポアロ〉、〈女王〉、〈チェスタートン〉、〈マープル〉だった。そのログはこうだ。

Sherlock=Holmesジージョ>ヘロー>おうる(1999/11/3.01:26:29)
女王>ぐっいぶにん>ジージョ(1999/11/3.01:28:35)
こて×2ポアロ>おはよーさん(笑)>ジージョ(1999/11/3.01:28:01)
マープル>こんばんわ~~>じーじょ(1999/11/3.01:28:02)
チェスタートン>ばんわ!>ホームズ(1999/11/3.01:28:09)
Sherlock=Holmesジージョ>なんでおはようなの?>ポアロ(1999/11/3.01:26:11)
こて×2ポアロ>それはな、今起きたばっかだからや(笑)>ジージョ(1999/11/3.01:27:23)
女王>そうだったのね。(笑)<今起きた(1999/11/3.01:27:51)
マープル>なんだか笑ばっかし>ポアロ、女王(1999/11/3.01:28:32)
女王>?>マープル(1999/11/3.01:28:45)
こて×2ポアロ>どういうこっちゃ>マープル(1999/11/3.01:29:00)
マープル>つまり。(笑)ばっかだということ>ポアロ、女王(1999/11/3.01:29:11)
チェスタートン>そういえば掲示板見た?>ALL(1999/11/3.01:30:55)
Sherlock=Holmesジージョ>納得!<笑ばっかし(1999/11/3.01:31:19)
Sherlock=Holmesジージョ>えっ?掲示板?見ましたよ。オフの件ですか?>チェスタートン(1999/11/3.01:31:25)
チェスタートン>そうそう。<off(1999/11/3.01:31:31)
こて×2ポアロ>ワイ、そのオフに友達連れていく予定や。べつにかまわへんやろ>チェスタートン(1999/11/3.01:31:45)
女王>男?>ポアロ(1999/11/3.01:32:10)
チェスタートン>ああ。別に、全然問題ない>ポアロ(1999/11/3.01:32:29)
こて×2ポアロ>さ~、どっちやろな~>女王(1999/11/3.01:32:30)
Sherlock=Holmesジージョ>ふぅん<友達(1999/11/3.01:33:10)
Sherlock=Holmesジージョ>もう、眠いので落ちます。(1999/11/3.01:33:29)

と発言し、私はパソコンの電源を切った。例のオフ会は11/13.14に一泊二日の予定で開催される。それまで心が浮き立って仕方ない。難事件を解く時とはまた違う興奮だ。(といっても2件しか解いていないのだが)私は寝る事にして、ソファーの上で横になった。これがいつもの寝場所である。オフがとにかく待ち遠しかった。
 そして、当日・・・・・。私の会社は週休二日制を取っているので休みだ。これで他の社員から白い目で見られずにすむ。私は、いつも通りコンビニのおにぎりで朝食を済ませた。しかし、出かけようとした時、
「ジージョいる?」
と萌ちゃんが玄関前に立っているではないか!
「何だい?」
「ちょっと、聞いてよ。家出してきたの。」
「家出~~~?」
私は驚いた。
「ということで、しばらく宜しく。」
「宜しく・・・・・って、泊まる気!?」
勘弁して欲しかった。何せ私にはこれからオフに行く予定があるのだから。
「ええ。そうよ」
彼女は平然とした顔で言った。どうやらこの女には恥ずかしいという気持ちがないらしい。私は男の子だぞ。
「ちょっと、これから、予定があるんだ。オフ行かなきゃ。」
「ふうん・・・。どうしよう・・・。」
「帰ったら?」
苛めてみた。
「帰れるわけないでしょ!家出してきたんだから。い・え・で!解った。私・・・・・。」
どうやらこの事態は免れそうだった。
「一緒にオフへ行く!」
何でそうなるのと思った。
 場所は〈チェスタートン〉が持つコテージで行われる事になっている。

FILE2、集い

 私たちは待ち合わせ場所に向かった。推理倶楽部らしく暗号だ。
「待ち合わせ場所は?」
「ああ。これさ。」
萌ちゃんにその暗号を見せた。非常に簡単である。だからこそ、こんな重要な事が暗号としてクイズにされているのかも知れない。
「ちなみにぼくは見た瞬間解ったよ」
C2゛、h3、A3、H5、d3、B1、E5、B4、L1。
B3、I2、B1、J1、A4、B2、E2、C2゛、h3、A3、C2゛。
といった具合にアルファベットと数字が並んでいる。
「じ、ゆ、う、よ、つ、か・・・・・。あっ、これは14日ね。」
「そうそう、その調子で残りを解読すると?」
萌ちゃんは何やらぶつぶつ言いながら暗号を見ている。
「『14日のオフの件。栗川駅に10時。』ね。」
「そうだよ。ABCDE・・・・・は「 KSTN」を示し、12345は「AIUEO」を示す。これを踏まえると「C2゛」は「サ行の2列目に濁点がついた「じ」の音を表す。」
「小文字は?」
「促音さ。つまり2文字目の「h3」はヤ行の3列目の促音。つまり「小さいゅ」を表す。」
 そうこうしている間に栗川駅についた。〈チェスタートン〉が立っていた。(オフに4、5回は参加しているので解るのだ)
「〈ジージョ〉だよね。」
〈チェスタートン〉は紙に何やら書いている。
「うん。ところで他は誰が参加するの?」
「〈女王〉こと土居幸、〈こて×2ポアロ〉こと浅野律希とその友達、〈マープル〉こと加藤咲、そして俺、〈チェスタートン〉こと神崎直道だよ。そういえば後ろの娘は誰だい?」
「ああ、この娘はぼくの幼なじみの浅香萌だよ。ちょっと飛び入り参加する事になったけど・・・・。別にかまわないでしょ。」
「ああ。全然。」
「ところで、ヘイスティングス大尉って誰?」
「ああ。ポアロの友人・・・・。解らない」
「解らないって、メールもらってるんじゃないの?」
「うん、もらってるけど友達の事は一切書いてなかった。」
「何じゃ。そりゃ。」
私は呆れてしまった。
 「何なの?この団体。」
萌ちゃんが聞いた。
「ああ。この団体は推理小説好きが集まって、わいわいやってるホームページのチャットのオフさ。」
「ふうん。」
 〈マープル〉が来た。ショートヘアで「マープル」と言うのには若い女性だ。20才ぐらいだろう。
「〈マープル〉だよね。」
「ええ。そうよ。」
〈チェスタートン〉が何やら書いている。
 〈マープル〉が私に近寄った。
「ねぇ、〈ホームズ〉。あの暗号、どんくらいで解けた?」
「見ただけで解ったよ。〈マープル〉は?」
「結構時間かかったわ。と言っても三分以内だったけど。」
「そういえば〈女王〉って探偵の名前入っていないわよね。」
「〈チェスタートン〉はブラウン神父の作者だし、あなたはドイルの探偵だし、私と〈ポアロ〉はアガサ・クリスティーの探偵だし。」
 「えっ?入ってるよ。」
と後ろから声がした。〈女王〉である。ロングヘアの30代ぐらいの女性が立っていた。
「ああ、なるほど。作者でも探偵でもあるね。」
私が言った。
「どういうこと?」
萌ちゃんが尋ねた。
「じゃあ、〈女王〉を英語にして見てごらん。」
「えっ?女王はQueen・・・・。あっ、エラリィ・クイーンね。『Yの悲劇』の。」
「そう。つづりも一緒だろう。」
「ご名答。さすが、〈ホームズ〉!」
と〈女王〉が言った。
「でもそんなん、ワイ、ハンドル見ただけで解っとったで」
と後ろから大阪弁が聞こえた。見ると初参加の〈こて×2ポアロ〉が立っていた。多分、彼が来る予定のメンバーでは最年少だろう。
「あんたが〈ホームズ〉こと有沢ハンかいな。」
「ええ・・・。まあ。そうですが。」
「見た感じただのにーちゃんやなぁ。」
「なら、これなら?あなたは、ずばり体操をやっていましたね。」
「まぁ、やっとったけど・・・・。そんなん手の豆をみれば解るやろ。嘗められてもらっちゃ困りますなぁ。迷探偵ハン。」
「はははははは。」
私は正直、むかっときた。
「ああ、忘れとった。ワイ、浅野律希言いまんねん。よろしく頼ますわ。こっちは鈴木沙弥。チャットで友達連れって行く言うたやろ。まぁ、狸の置物と思って下さい。」
 とたんに鈍い音がした。
「うぐっ」
「誰が狸の置物やて~~」
怨念たっぷりの声で言った。
「あっ、始めまして、私、鈴木沙弥いいます。よろしく。」
見た感じポアロとヘイスティングス大尉とは掛け離れている。
「え、ええ、よろしく。この娘は浅香萌。幼なじみだよ。」
「めっちゃ、可愛い娘じゃないですか。よろしく!!」
「もう、知らん」
「おい待てや。沙弥。」
「さあ、私も〈チェスタートン〉に『来たよ』って言ってこよう。」
〈マープル〉が言った。しかし、何だったんだろう?あの二人。本当にミステリー好き何だろうか。でも、ポアロと名乗っているからにはミステリー好きであることには間違いなさそうだ。どこに住んでるんだろう?やはり大阪だろうか。だとしたら遠路遥々ご苦労様と言いたくなってくる。(名古屋→大阪間は新幹線で行っても往復二時間はかかるので)という具合に彼への疑問が黒雲のようにむくむく沸き上がってきた。私は自分でいうのも何なんだがどんな小さな疑問点も気になる質なので。まぁ、この性格が警察もお手上げの何事件2件も解いた鍵だと思う。
 ところで、私はこの『推理倶楽部』のオフにはFILE1でも言ったように4、5回、チャットにはもうほぼ毎日参加している。その為、初参加の律希くん以外は、顔見知りだ。しかし、このオフに参加する度、数学の難しい証明問題や、推理クイズなどを解く時とはまた違う興奮が味わえる。なぜだろう。

FILE3、〈チェスタートン〉の小屋

 こうして、企画者の〈チェスタートン〉こと神崎直道を含め5人の参加者が集まった。更にプラスして2人(1人は予告していたがもう1人は全くの予定外)の飛び入り参加があり7人のメンバーになっているのでより一層楽しいものになるだろう。
 私たちは〈チェスタートン〉の持つ小屋へ行く彼の車で途中、好きな推理小説の話をして楽しみながら行った。
「私は『予告殺人』が好きだわ。」
〈マープル〉が言った。
「うーん。じゃあ、俺は・・・。『ドミニトン事件』。あれはブラウン神父の最後の事件だからな。」
「運転も忘れないでして下さいね。事故ったら洒落になりませんからね。私は『Xの悲劇』にしとこうかな」
〈女王〉が冷やかした
「わいは『オリエント急行殺人事件』や。」
「えー。あれは卑怯だよ」
「何でや」
「だって、乗客全員が犯人だもん。(まだ読んでない人すみませんm(__)m)」
「そこがまたいいんや。」
「じゃあ、私は『アクロイド殺人事件』。」
萌ちゃんが言った。
「あー、あの作品か~、あのトリックには驚かされたよな。」
「ぼくは断然『踊る人形』!ああいう、暗号系好き。長編なら『緋色の研究』。あれはワトソンと解いた初の事件だからな。」
「ポーの『黄金虫』とか?」
「『黄金虫』もいいね。」
私が言った。こうやって、推理小説の話をすると楽しくなる。そうこうしているうちに小屋に着いた。
 小屋の近くには川が流れていて、夏のオフには持って来いである。その他、周りには木々があり、自然に囲まれている小屋だ。
「ほら、ここですよ。」
〈チェスタートン〉が言った。小屋には入ると、まず廊下があって、そのつき当たりには大きなテーブルがある。廊下の右側はトイレ。廊下をまっすぐ行き、左側にはキッチンがある。しかし、風呂はふもとの町の健康ランドまで行かなければいけない。大テーブルがある部屋に個室が直接ついている。
 大きな部屋にはテレビ、テーブル、椅子数個がある。個室は木の扉で、中にはベッドがあり、窓や換気扇がついている。
「雲行きが怪しくなってきたわね・・・・・。早い所、酒倉からお酒取ってきた方がいいんじゃない?」
〈マープル〉が言った。
「ああ、そうだな・・・。何がいい?皆。」
「シェリーね。」
私が言った。
「ビール。」
と〈マープル〉。 「日本酒ある?あったら日本酒。」
〈女王〉が言った。
「三人はお酒が飲めないから、ジュースがいいですね。」
「そやな。ジュースにしとこか」
〈こて×2ポアロ〉が言った。そして、皆の要望を聞くと〈チェスタートン〉が酒倉へ向かった。

FILE4、小屋の様子

 女性郡(萌ちゃん、〈マープル〉、鈴木沙弥、〈女王〉達4人)はキッチンで夕食の準備をしている。〈チェスタートン〉が酒倉から、戻ってきて、タオルで頭を拭いている。
「いやー、すごい雨だったよ。」
「テレビの天気予報つけてみようか?」
私が尋ねた。
「ああ、そうしてくれ。」
頭を拭きながら言った。
「悪いけど飲み物を冷蔵庫で冷やしといてくれないか?」
〈チェスタートン〉は〈女王〉に頼んだ。
「了解。」
 私がテレビの電源を入れたところ、丁度、天気予報がやっていた。
「えー、大型の台風16号は北北東に進路を変え、今日の夜から明日朝にかけて、名古屋に最接近する模様です・・・・・。」
「台風が近づいてるんだって。」
「うん。そうみたいだな。」
 台風が近付いているのか。まぁ、いくら強い風が吹いても、この小屋は壊れる事はないだろう。いや、むしろ壊れてもらっては困る。
「ねぇ、浅香萌だったわよね。名前。」
キッチンから4人の話し声が聞こえてくる。
「ええ。そうです。」
「何で、飛び入り参加したの?」
「家出してきたんです。ジージョんちに4、5日居させてもらおうと思ってきたらこのオフに参加するとか言って。そんな訳です」
「そやったら、お母さんちに電話しとこか。」
「いえ、いいです。」
「そやけど、お母さん、心配しとるで。」
「いえ、本当にいいです。」
こんな具合だ。
 食事はもうしばらくかかるだろう。その間、何をしてよう。推理小説は持ってきてないし、愛用のノートパソコン、「Let's note」は会社兼自宅に置いてきてしまったし・・・。かといってテレビを見るのはちょっと・・・・・。と考えている時、〈チェスタートン〉が、
「おーい、男性陣。風呂に行くぞ~。入りたい人は俺の車にLet's go。」
というので、私も行くことにした。(私は特別に綺麗好きという訳でもないのだが、暇だったので)
 結局、男性郡全員が行くことになった。雨はまだ降っていない。雨が降ると土砂災害が起きる可能性が出てくるので風呂の時間を早めたらしい。〈チェスタートン〉の車はワンボックスタイプのワゴン車だ。私のような、貧乏会社の社長では、(会社と言っても自宅を改造しただけの会社なのだが)、従業員を養っていく事が精一杯で、車なんて正に高嶺の花である、第一、教習所に通う金すらない。その為、遠い場所へ行く時は、タクシーか、公共交通機関を利用する。または、お世話になっている西口警部にパトカーで送ってってもらう事もしばしばあるが、これは連行されている気分になる為、緊急事態しか使わない。おっと、話を戻そう。〈チェスタートン〉のワンボックスカーは前2人後ろ3人の計6人乗れるようになっている。マニュアル車でカーナビ搭載。メーカーはTOYOTA。まぁ、車に乗ってて解る特徴はこんな所だろう。(車にはあまり知識、興味がないので)
 ところで、車の中の話題はいつしか愛用のパソコンの話に移っていた。
「俺は、マックだな。」
「ぼくはUNIX」
「UNIXなんて、マニアックな機種使ってまんなぁ」
「そう?マニアック?」
「そうや。マニアックやで。」
「でも、セキュリティー万全だよ。」
「でも、JAVAとか見えへんやろ。」
「うーん。〈チェスタートン〉。UNIX用JAVAソフト開発してくれない?」
「何で、俺が・・・・・」
「いや、何となく。」
 チャットの時とは違い顔が見える安心感がある。それがまたいいのだ。
「しかし、すごい風だね。」
「ああ、そやな。」
雨はまだ降っていないものの、車の外では風がビュービューうなり声をあげている。どうやら〈チェスタートン〉があたった雨は台風とは無関係で、にわか雨というやつらしい。しかし、私はあのにわか雨に感謝している。あの雨のおかげで台風の情報を知る事ができたのだから。しばらく、話を続けた後、ふもとの町まで着いた。
「ほら、ここだよ。」
 と〈チェスタートン〉は健康ランドの駐車場に車を止めた。なかなか大きい健康ランドだ。「うぐいす荘」というらしい。その中に入ると、まず自販機があった。さらに奥へ進むと男湯、女湯とあった。中に入ると脱衣所があって、服を脱ぎ、その服をロッカーに押しこんだ。そして、パン(シキシマの88円のジャムパン)一つ買えたのに・・・と切ない気持ちになりながら百円玉を差し込んだ。
 風呂場に入ると多種の風呂があった。泡風呂、寝風呂、牛乳風呂、露天風呂・・・・・。露天風呂はアルカリ泉らしい。少し寒いが私は露天風呂に入ってみる事にして、露天風呂への石段を下りて行ったが、さすがに露天風呂には誰もいなく私一人だった。風呂の温度は熱い湯好きの私でも、熱いと感じる温度だったので普通の人はもっと熱いのだろうが、これも湯冷めさせないための配慮だろう。
 数分つかっていたがあまりの湯の熱さにダウンし、とうとう上がってしまった。今度は室内の風呂に入るかと思った。中でも私は子供の頃から泡風呂が好きだったのでそれに入る事にした。風呂の温度は(私にとって)ちょうど良かったので、数十分入っていた。もう数分つかった後のぼせるといけないので、風呂から上がった。脱衣所は涼しいというよりはむしろ寒かった。そして、当然の事ながら私の眼鏡が雪のように真っ白に曇っていたので蛇口で洗った。服を着ると、私たちは〈チェスタートン〉の車に乗り、他愛もないお喋りをしながら小屋へ向かった。
 雨はまだ降っていないが、風は一層強さを増している。小枝が大きく揺れている感じからでもその様子は解るだろう。十数分後、私たちは小屋へ着いた。
 「お風呂、どうだった」
萌ちゃんが聞いた。
「いろいろな風呂があって、楽しめたよ。」
と答えた。 「女性陣、風呂入りたい人、〈女王〉に続いてLet's go.。」
「場所、解るよな。」
「ええ、解るわよ」
「じゃあ、安心だ。」
 〈女王〉は小屋の外に出た。そして車に4人が乗りこむと出発した。
 また、暇な時間・・・・・。と〈ポアロ〉が、
「そや、トランプ持ってきたんや。みなはんやりまっか?」
私はすぐ賛成した。〈チェスタートン〉も賛成したので、三人で七並べをやることになった。(大富豪だと1人18枚になるので止めた)
 2時間程トランプをした後、車が停車する音が聞こえた。どうやら、女性群が風呂から帰って来たようだ。8時だ。
 トランプを急いで片付けると、夕食が運ばれてきた。実においしそうだ。皆、〈チェスタートン〉が持ってきたものばかりだ。久々のコンビニ弁当じゃないご飯。もう5年位、こういうまともな料理を食っていない。私は家庭科が小中学生の頃(今でも?)苦手だったので料理はあまりしていない。それ故、すっかり「コンビニ族」になってしまったのだ。更に偶然にも近くにローソン、ファミリーマートがあったのも、それを進める原因となってしまったのだろう。夕食は楽しく話しながら進んだ。
 夕食も終わり、皆で大富豪をする事になった。7人なので平民を二人追加し、3人にしてゲームの開始。とその時、ザーと音がしたと思うと、大雨が降り出した。 「風呂の時間、早めてよかっただろ。スペードの3。」
「めっちゃ、弱いカードや。」
私はハートの5を出した。
 次々とカードが回っていく。最終的に私は貧民になった。
 ゲームは数回戦した後、〈女王〉が10時頃に抜け、それを初めとして次々と抜けた。最後は私だけとなり、その私も11時には自室に入って寝た。

FILE5、殺人劇の幕開け

 私は翌朝、7時頃に目が覚めた。大雨はまだ降っているが暴風は止んでいる。着替えを済まし、川へ顔を洗いに行った。
 女性3人が朝食の準備をしている。1時間位テレビを見て時間を潰し、朝食の時間まで待った。〈チェスタートン〉と〈ポアロ〉はトランプをやっている。やがて朝食の時間がやってきた。テーブルに並べた朝食はおいしそうだ。
「待って、〈女王〉がまだ来てないわ」
と〈マープル〉が言った。なるほどまだ彼女の姿は見えない。まだ寝ているんだろうか?何か、嫌な予感がする。とりあえず、ドアを叩いて彼女を起こしてみる事にした。鍵がかかっている。何度叩いても起きないのでドアをぶち破る事にした。結構私たちが苦戦していると、
「皆、どいて。」
と萌ちゃんの声がした。彼女は助走をつけてドアに後ろ回し蹴りを放ち、ドアを破った。私たち男性郡はただ乾いた笑いをするしかなかった。
 ドアは破られ、土居幸の部屋に入ることができた。彼女は床に横たわっていた。私が近づき指を手首に当て脈を確認する。ない。彼女は死んでいるのだ。
「誰か!警察を呼んで下さい。」
「死んでるんか?このねーちゃん」
「ああ」
私は短く答えた。
「殺人か?」
「まだ、何とも・・・」
神崎直道が走ってきた。
「おい。この雨で動けないそうだ」
「しかたあらへんな・・・・。わいらで犯人を暴いたろやないか。」
私は、無言のまま彼女の部屋に入って言った。まず、目についたのは死体に暴れた形跡があるという事だ。続いて机の上にワインが入っていた。引き出しにトリカブトの瓶が入っていた。
「何なの?それ?」
加藤咲が言った。
「多分、トリカブトだよ」
「トリカブトって猛毒の?」
「ああ、アコニチンという、根の部分に含まれる複雑なアルカロイドさ。呼吸困難、心臓発作という症状が出る。更に、調合によっては、死ぬ時期をコントロールできる。
 ヨーロッパ・日本・インド・中国などに自生してる。日本では特に北海道に多く、更に、形の良く似たヨモギと混生していることもある。夏から秋にかけては、その名の由来のカブトの形をした鮮やかな青紫の花で区別することが出来るけど、春先は他の野草と区別がつきにくいんだよ。蜂蜜水、ワインに混ぜると毒であることを感じさせないから、たぶんこの場合もワインに含まれていた毒を飲んで死んだと思うよ。」
「ずいぶん詳しいのね。ジージョって毒物学者?」
加藤咲が聞いた。
「いや。違うけど。ちょっと、興味あって、調べたんだよ。」
「ふーん。」
彼女は、驚いた。
 私は警察ではないから、犯人をおいつめても逮捕できない。でも、わくわくする。あの好奇心だ。密室でどうやって殺したのか。そして犯人は誰なのか。くー、わくわくするよ。その時、 「有沢はん。どっちが先に犯人と密室トリックを見つけれるか勝負といこか。」
「ああ。おもしろそうだね。その勝負のったよ。」
 もともと、負けず嫌いだった私は喜んで勝負を引き受けた。しかし、この関西弁の男の推理力はどのくらい、優れているのだろう。私の“マジック”のタネを一発で見抜いた男・・・。果たして、私は勝てるのだろうか?いや、勝ちたい。何せ“とんでもないもの”を賭けてしまったのだから。その“とんでもないもの”とは・・・・・・、内緒にしておこう。とにかく、勝たねばいけない。負けたら、今まで8年間想い続けたのが水の泡になってしまう。(一方的な片思いかもしれないが)
 私が土居幸の部屋から発見したものは、ワイン(私の推測:被害者はこのワインに混入されていたトリカブトを服毒して死んだ。)、机の引き出しからのトリカブトの瓶、そして、被害者の暴れた形跡だ。犯行推定時刻は昨日の10時頃から今朝の8時頃。死班も死後硬直も暴れている為、期待できない。死班は暴れると消え、死後硬直は運動すると早まる特徴があるのだ。更に厄介なのは死亡推定時刻である。先程も加藤咲に説明にした様に調合次第によっては死ぬ時期を調節できる。こんな手掛かりの少ない状況では推理が難しい。手掛かりが多すぎるのも困るが勿論少ないのも困るのだ。

FILE6、少ない物証

 それにしても、証拠が少ない。状況が不利なのは浅野律希も一緒だろう。それに明日には私も仕事に戻らなければならないので、何としても、犯人を今日中に見つけなければ・・・・。しかしあんなもの賭けなければよかった。まぁ、今更後悔しても遅いが。
 とりあえず、私は全員の話を聞いてみることにした。犯行時刻が夜だけにあまり期待はできないが。まずは、ボードリーダーの神崎直道だ。
「ねえ、昨日変な音とか聞こえなかった?」
「何言ってんだ。最後に居間から退室したのはお前だろ?」
 そうだ。最後にリビングから出たのは私だった。昨日、あれからリビングを通った人はいない!そうすると11時頃から8時頃になる。これで少しはマシになった。といっても進展していないに等しいのだが。
「まぁ聞こえたのは、台風の風の音ぐらいだったけど」
予想通りの答えだった。これでは、証言から手掛かりを掴むのは難しい。私は疑問に思ってたことを聞いてみた。
「ねえ、あのワインって、〈チェスタートン〉が運んできたもの?」
「いや違う。俺、ワインなんて運んでないぜ」
「じゃあ、ワインは個室にあるの?」
「いや、俺は知らない。」
「そうか・・・・」
私は深いため息をついた。そして礼を言うと自分の部屋から出てってもらった。
 ワインは一体いつ誰が運んできたものだろうか。おそらく、このワインにトリカブトが混入されていたのだろう。「このワインを誰が持ってきたか?」この謎が解ければ少しは進展するのだが。私は再度ため息をつくと、次の加藤咲に入ってきてもらった。
「昨日の晩、変な音とか聞こえなかった?」
「別に、聞こえなかったわよ。」
「そう・・・・。じゃ、ワイン、誰が持ってきたものか解る?」
「知らないわ。」
「そう・・・・。」
「あっそうそう。私の所にメールが届いたの『推理ゲームをやる』って。まぁ、〈女王〉の仕業だと思って、彼女に聞いても知らないって言うし。」
「推理ゲームね・・・・・。」 私は聞き返しだか独り言だか解らないほど小さな声で言った。
「で、メールアドレスは?」
「ウェブメールみたいで・・・・」
「そうか。そのメール見せて。」
彼女はバッグの中を探し、一台のノートパソコンを引っ張り出した。彼女がスイッチを入れると液晶画面が現れ、OutlookExpressのアイコンをダブルクリックした。そうすると私に画面を見せてくれた。
「ほら。これよ」
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マープル様



 私は十四日のオフの時に
推理ゲームをしようかと思っています。
果たして、密室の謎を解けるでしょうか(笑)



ある人より
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 これか・・・と私は思った。殺人予告とも思えるこのメール。また謎が一つ増えてしまった。掲示板でオフを知らせたから不特定多数の人が見ていて、しかも彼女はメールアドレスを常にチャットをする時、知らせている・・・・・。つまり、単なる悪戯なのかそれとも殺人予告なのか解らないと言う事だ。待てよ。もし、これが殺人予告だとすれば、このオフの参加者全員に配られるのが普通じゃないのか。しかし、こんなメールは私の所には届いてない。だとすれば、これは単なる悪戯?
「一応、プリントアウトしてくれる?」
と頼んだら快くオーケーしてくれた。
 私は神崎直道と同様に加藤咲に礼を言い、出ていってもらった。そして深いため息をついた。 

FILE7、推理の環

 解らない点がいくつもある。例えば、ワイン、被害者の暴れた跡、殺人予告とも取れるメール、そして最大の謎はあの密室。あの密室の謎さえ解ければ・・・・。ワインは神崎直道が持ってきた物じゃないと言ってるし・・・。とその時、萌ちゃんが入ってきた。
「どう?解けそう?」
おいおい、萌ちゃん。こんな早く解けたら誰も苦労しないって。
「いや、解けそうどころか、全く進展してないよ。でも、ポアロも『スタルイズ荘の怪事件』でも言ってたろ?『こんな探偵は危ないですぞ。-こんな事は些細な事だ。つまらんことだ。チグハグだ。問題にしなくていい。―これでは混乱が起こりますよ!何もかもが大切なのです。』って。」
「そう。頑張って解いてね。」
とその後に小さな声でつけ加えたが私には聞き取れなかった。もう一回聞き返すと、笑って、
「ううん。何でもない。忘れて。」
と答えた。
「あっ、そうそう。一応、全員に聞いてるんだけど、昨夜、変な物音とかしなかった?」
「律希君にも同じような事聞かれたわ。別になかったけど。」
やはり・・・・。と私は思った。浅野律希も聞き込みをしているらしい。仕方ない。聞き込みは捜査の基本なのだから。
 私は萌ちゃんに集中する為しばらく話しかけないように告げると、推理に没頭した。
 犯人はこの中にいる事は間違いない。なぜなら、この小屋は密閉空間。人の出入りがないからだ。そして、ワインを持ってきたやつが犯人である可能性が高い。だとすると最も疑わしいのは酒倉に行った、神崎直道?でも、酒倉に彼は、ワインなんて持ってなかった。酒倉の位置は1回このオフに参加している者なら、誰でも解る。
「ちょっと、出かけて来る。なあに、心配する事はないよ。ちょっと扉を開け、足跡を見てくるだけだから。」
そう告げ、私は木の扉を開けた。
 途中で神崎直道に会った。酒倉にワインはあるか。と尋ねたら、
「あるけど。」
と答え、更に本数を聞いたら5本と答えた。私は酒倉へ向かった。足跡は一組ある。おかしい!昨日できた足跡ならもうとっくに消えててもいいはず。更によく見るとうっすらとではあるが残っている。酒倉に着くとワインの戸棚を見た。4本!確か、神崎直道は5本と言っていた。これは慎重に推理する必要がありそうだ。果たして神崎がウソをついているのか。それともワインが盗まれたのか・・・・・・。私は酒倉の中で推理に集中しはじめた。
 犯人どころか一歩も捜査は進展しない。密室トリックも、消えたワイン、暴れた形跡、殺人予告のメール等の各種謎もさっぱり解けない。私は殺人予告のメールの写しを見ながら、頭をかきむしった。
「あーっ、くそっ!せめて、この謎さえ解ければ。」
 しかし、一向に解らない。“ある人”って誰だ?しかも加藤咲にだけ送られたっていうのも気になる。ブラウザメールを使って、メールアドレスを不明にしてまで・・・・・・。まぁ、ブラウザメールを使ったのには彼女に誰か悟られない為だろう。しかし、まだポアロが言う“最後の一環”どころか“最初の一環”も見つからないなんて。私は好奇心どころか苛々し始めた。この謎を解かなければ・・・・・。
 ところで浅野律希はどこまで進んでいるのだろう。

FILE8、メールの謎

 ふと、私の脳裏にある考えがひらめいた。がそれはすぐに却下された。なぜなら時間がかかりすぎて、今日一日で終わりそうもないからだ。その考えというのはそのブラウザメールのホームページに問いあわせて、11/12(メールが送られた日付はこの日になっていた。)の利用者を送ってもらう事だ。殺人事件が絡んでると言えば、送ってくれるだろう。しかし、今日中に犯人をあげないと推理勝負に負けてしまう。
 “密室の謎”?やはりあの密室を指しているのだろうか。そうだとすると、送り主はあらかじめ、この殺人事件を予想しといた事になる。やはり送り主は犯人か?しかし、こうも考えられる。犯人が送り主に送ってくれるように頼んだ。おそらくその理由は足がつきにくいからだろう。万一送り主が解ったとしても犯人が送り主とは限らない。いや、待てよ。この推測だと加藤咲にだけ送られた理由も、説明がつく。送り主は彼女のメールアドレスしか知らなかったとしたら?実際に彼女以外全員メールアドレスを非入力だった。
 しかし、これは単なる想像にすぎない。ホームズ曰く、「想像と推理の違いは推理は観察に基づくけれど、想像は観察しないで構想を組み立てる事」らしい。証拠が欲しい。決定的な証拠が。これは、“推理の鎖”にまだ、組み込む事はできない。なぜなら、私のいう“推理の鎖”に組み込む最低条件をまだ1つしか満たしてないからだ。その最低条件というのは2つあり、1つは私自身がその推理に微塵も疑わない事、そして、2つ目は決定的な証拠がある事だ。1つ目は9割は満たしたと言っても良いが2つ目はまだ満たしてないのだ。
 とにかく、私は決定的証拠を捜さなければならなかった。“推理の環”の一つ目の部品として組み込む為に。そこで私は殺された土居幸の鞄の中を何か出てくるかもを知れないと探って見る事にした。私にしてみれば人の持ち物をこのように、あさるなんて、できればやりたくなかった。
 しかしこの際、文句は言っていられない。私は被害者の―土居幸の―鞄を探る事にした。酒倉から小屋へと続く道を歩く時には雨も暴風も納まっていていて、正に台風一過だった。  小屋に入るとまず土居幸の部屋に直行した。
「おう。有沢ハンも鞄ー、中を捜す事にしたんか?」
「まあね。」
と私は浅野律希の質問に曖昧さを加え、簡単に答えた。
「おお、これや。これや。あんさんとわいの捜し物が出てきたで。」
「早く。」
私は自分の推理を確かめる為に急かした。彼はメールを立ち上げクリックした。私が捜してたメールが出てきた。そして、おそらく彼も・・・・。
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女王へ
14日に会えるの楽しみにしているよ。
そこで。お願いがあるんだけどさ。
俺、オフの時に推理ゲームをするつもりなんだわ。
そこでそういう内容のメールをできるだけ多くの参加者に
送って欲しいんだ。
頼んだぜ。
ブラウン神父の作者より
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 これで私の想像が確信になった。そして“推理の環”にも・・・・。しかし、これだけでは、殺人の証拠にはならない。もっと、殺人をやったという決定的証拠を見つけなければ。
 待てよ、これで解ったのは神崎が殺された土居幸宛てにメールを送ったという事だけ。それ以上は現段階では何も言えない。
 ところで、律希に捜査の進展を尋ねると
「ぼちぼちですわ。」
と笑って答えた。そして、その後
「まぁ、お互い頑張りましょうや」
と言って、部屋を後にした。大体彼の行き先は想像できる。私も神崎にこのメールの件で聞きたい事があるので彼を追いかける事にした。
 私が神崎の部屋に着くと、果たして彼がそこにいた。
「よく出会いまんなぁ。」
と律希は言った。更に続けて、
「やっぱり、メールの件やろ?」
この質問に私は答えなかった。
 「バッグの中見せてもらっていいでっか。」
と律希が頼むと神崎は了解した。バッグの中を見るなり、律希の表情に変化があった。そして、こう言った。
「解ったで。」
と。
 一体彼は何を神崎の鞄で発見したというのだろう?私も中を見ると、糸とセロテープが入っていた。なるほど、内田康夫の書いた浅見光彦の『平家物語殺人事件』とよく似たトリックだ。しかし、私はこんな本当に単純なトリックだろうか?と疑問を持った。読者諸君は「負け惜しみ」、「往生ぎわが悪い」と思われるかもしれない。いや、私自身もそのような考えが全くないと言ったらウソになる。
 何せ勝者は浅香萌にキス(もちろん頬ではなく唇に)してもらえるのだから。頬なら私も我慢できる。しかし唇となるともう我慢できない。おっと、話を戻そう。それで、どうしても私は浅野律希の推理は腑に落ちないのだ。

FILE9、律希の推理

 私は萌ちゃんに浅野律希が謎を解いた事を一部始終、事細かに謝りながら報告した。すると彼女は
「うんん。ジージョが謝ることないよ。話によるとあっちが勝手に私を賭けの対象にしたそうじゃない。それに大事なのはキス自体じゃなくて相手の事が好きかどうかでしょ?」
と言ってくれた。それが今の私にとって何よりも嬉しかった。
「じゃあ、約束はたしてくるね。」
と扉を開けようとした。私は腕を掴み、そしてこう言った。
「待って。萌ちゃん。ぼくはどうしてもこんな単純なトリックだとはどうしても思えないんだ。何か腑に落ちない。」
「えっ、それじゃあ。律希君のトリックは不完全ってことに・・・・」
「ああ。だから・・・・・」
「とりあえず見に行こ」
 私たちは扉を開けた。そこには律希が立っていた。
「おう。ちょうど良かったわ。ワイの推理ぃ見てもらおか」  被害者の部屋で彼は説明を開始した。その口調は自信で満ちあふれていた。
「悪いけど沙弥、死体役になってくれへんか。」
と沙弥を手招きした。彼女は快く引き受けた。
「まずこんな風に換気扇に糸ぉくくりつけて、ドアの下に通すんや。そしたら、セロテープぅここにつけるんや。あの夜は台風ぅ近づいとったさかい、糸ぉ台風のせいで糸は巻き取られるのは解ってるやろな。後はいわんでも解るやろ」
「ちょっと待った。そのトリックには欠点があるよ。」
私は言った。
「えー。どんな欠点や。言うてみぃ」
「雨だよ。あの時は夜から朝にかけてすごい大雨だった。もしそのトリックを使ったとしたら雨で中はビショビショ。少なくともぼくたちが入るまで時には乾いてない。いくらなんでも気付くはずだよ。」
 私が示した欠点に神崎と加藤は歓声をあげた。
「じゃあ、犯人は誰や。言うてみい。」
私は答えに戸惑った。まだ、犯人が解ってないのだから。
「それは、まだぼくの捜査状況じゃ解らないよ。けど、今日中に犯人もトリックも証拠も見つけてあげるよ。」
「もし、見つからなかったらどうすんや?」
私自身、思いもよらぬ言葉が出た。
「その娘を好きなようにして。」
これにはさすがの萌ちゃんも怒ったらしい。
「ちょっと、ジージョ!また私を賭けの対象にして!」
私は謝ったが許してもらえるはずがない。
「で、期限は?いつまでなんや?」
「日没までにしよう」
「オーケー。日没までにあんたが犯人あげられへんかったら、この娘を好きにしていいというんやな。それでいこ。」
 私はすごく後悔した。何せ、また萌ちゃんを賭けの対象にしてしまったのだから。
 しかし、いつまでも後悔はしていられない。何せ、犯人を日没までに見つけなければいけないんだから。

FILE10、私の推理

 私は自室にこもって、推理をしていた。頭を使ってる最中は自分の独り言以外の音を嫌うのでここが最適である。トリックも犯人もさっぱり解らない。そして萌ちゃんと仲直りする方法も・・・・。
 本当に神崎が持っていたロープとセロテープは推理ゲームで使う物だったのだろうか。確かにさっき律希が説明していた方法でやれば・・・・、いや、雨水が入る。私たちが入った時、濡れていなかった。くそっ、いったい犯人はどうやって密室を作り上げ彼女を殺せたと言うんだ。解らない。ますます謎は深まるばかりだ。
 そこで、私は今自分が目に見て、考えた状況を整理して見る事にした。まず、確実に解っているのは現場は完全な密室だったという事だ。扉は萌ちゃんが蹴破った。窓には完全に鍵がかかっていた・・・・・。
 次に解っているのはワインを飲んで殺害されたという事だ。トリカブトはテオフラストスの『植物誌』によると、「葡萄酒や蜂蜜水に混ぜると毒であることを感じさせない」のでワインに混入されたトリカブトを飲んでしまったと考えるのが自然だ。とすると犯人はどこからトリカブトを入手したのだろうか?まぁトリカブトは、日本に(特に北海道に多く)生えているため誰にでも入手可能だ。その為、入手ルートを日没までに割り出すのはほぼ100%無理だろう。それに酒倉から1本ワインがなくなっていたのも気になる。あの時、ワインなんて誰も注文しなかった。そうだとしたら誰がワインを持って行ったのだろう。
コンコン!
 誰かがノックした。
「はい。」
「昼ご飯やで。推理もええけど何か食べんと頭働かんやろ。」
大阪弁のさっき死体役になった少女が立っていた。名前は・・・・・・、ええと・・・・・、そうだ鈴木沙弥だ。
 私は昼飯をとりに大きな机のあるリビングに行った。萌ちゃんの姿は見えない。そこで、鈴木沙弥に尋ねると、
「ああ、あの娘なら、
『ジージョは?』って聞いたさかい、
『おるで』言うたら
『なら、食べない』と言うとったで。律希、あんたのせいやで!」
「何でワイのせいにならなあかんのや。」
「アホ!あんたがなぁ、萌ちゃんを賭けに使うからやで」
 やはり萌ちゃんは怒ってるらしい。無理もない。私の衝動的なあの言葉で完全に怒らせてしまったのだから。萌ちゃんは優しいが、昔から怒りっぽい。おまけに中学の時、空手部副将、高校でサンボ(ロシアの国技。アマチュアレスリングと空手を合体させたもの)部の主将をやっているのだから怒らせると怖い。しかし、すぐ手を出さないのが女の子らしく、また、安全でもあるのだ。

FILE11、葡萄酒とトリカブトの謎

 私は昼食をとり終わると向かった所は、自室ではなく酒倉だった。その理由は言うまでもなく、ワインの検証だ。ワインを“推理の鎖”の一部分として、頭にたたきこんでおきたかったのだ。
 私は酒倉に着くと、ゆっくりワインに向かって歩いた。やはり4本だ。神崎が行っていた5本ではない。と、なると誰かがワインをここから1本、失敬したに違いない。その「誰か」こそが犯人である可能性が高い。でも、一体誰がワインを持ち去ったのだろうか。
 私はワインを一本一本調べていくうちにふと思った。全然寒くないのだ。ワインの保存に適する温度は17℃。そうだとするとかなり寒いはず。しかし、全然寒くないのだ。ワインを飲んで見たが傷んでいない。ということは、そう遠くない日に持って来たワインということになる。昨日か、あるいは今日か・・・・・・。待てよ。私たちがこの小屋へ着いたのは昨日の夕方。それ以前に人が訪れた形跡はない。なのにどうして、ワインが補充してあるのだろう。そして、神崎はどうしてワインがあることを知っていたのだろう。私たちがこの小屋に誰もワインの瓶を持ってはいなかった。そうすると、13日に来た事になる。私の頭がぱっと閃いた。そうだ。やつだやつしかいない。しかし密室だった。あの状況でどうやって説明する?
 級に私は外の空気を吸いたくなり、外へ出た。そうしたら神崎直道がゴミを燃やしていた。
「あれ?ゴミ燃やしてんの?」
「おう。それよりいいのか?〈女王〉殺しの犯人を暴かんと〈ポアロ〉に可愛い彼女をとられてしまうぞ。」
神崎は笑いながら言った。
「だから、彼女じゃないって」
私は恥ずかしさのあまり顔が赤くなった。まぁ彼女にしたいのは言うまでもないが、私は恥ずかしさのあまり、いつも告白するチャンスを逃してしまう。彼女は私の事をどう見ているのだろう。とりあえず、今は事件の謎を解く事が先決である。
「ムキになるなって。」
「ムキになってない。あっそうそう酒倉を見て幾つかアドバイスしといてあげるわ。」
「アドバイス?事件に関わる事か?」
「いやいや。」
私は笑って答えた。
「ワインがある場所にしてはやけに温度が高いと思うよ。ワインの保存に適する温度は、17℃だよ。あれじゃ、ワインの味や香り、色がおかしくなりますよ。せっかく保存するんだから17℃にしようよ。」
「もしかして傷んでた?ワイン。」
「いや、ちょっと拝借したけど、別に何ともなかったよ。ごちそうさん。」
「いえいえ。それより、事件の捜査状況は?」
私は悪戯っぽく笑い、 「まぁ、お楽しみですよ。非の打ち所のない正に完璧な推理を披露してあげますよ。」 と言った。
 とは神崎に高を括ってみたものの現段階で“推理の環”にあるのはメールの事とワインの事だであとは何にもである・・・・・。

FILE12、密室トリックの謎

 今度は最大の難関である、密室トリックに挑んだ。これさえ解ければあとは解けたも同じ事。私は犯人の見当もおおよそついている。しかし、密室だった。鍵がかかってる事は私も確かめた。その為、あらかじめ鍵が掛っていなかったと言う考えは、却下する。
 ガストン・ルルーの『黄色い部屋の秘密』のように事故死で偶然、密室になったというのはどうだろう。しかし、机の引き出しにはトリカブトが入っていた。その為この考えも却下した。
 空がもう赤に染まっている。私はトリックが解らないもどかしさとタイムリミットが近付いている焦りにかられ、頭を別に掻き毟った。
「落ち着け。落ち着くんだ。」
そう自分に言い聞かせてみても、ちっとも落ち着かない。
 焦れば焦る程、ますます解らなくなる・・・・・・。くそっあと、30分もすれば太陽が地平線の向こうに行ってしまう。
(時間よ止まれ)
と何回思った事か。しかしそれは100%無理な話だ。
 あと30分で解ける訳がない。そう思いかけたとき思わぬ所からヒントが出てきた。
コンコン!
ノックが聞こえたので
「は~い」
と答えてノブを回して、出てみた。その声は自分でも驚くような不機嫌そうな声だった。やはり人間の心理状態というは声に現れるのだろう。
「あっ、うちや、うち。」
と鈴木沙弥の声がしたので、今忙しい事を伝えた。そうすると、
「萌ちゃんとの中取り戻す考えがあるんやけど。やってみぃへんか。」
その方法を聞くと私は靴も履かずにすぐ庭に飛び出して行った。
 そうか、その方法なら中に入らずに被害者を毒殺できる。ある事をするだけで・・・・・・・・。そしてその証拠品を隠滅しようとしたはおそらくあの時だ。何で気付かなかったのだろう。おそらく複雑に考えすぎていたのだろう。我ながら気付かなかったのが馬鹿みたいだ。もっと単純に考えていればよかったのだ。そう、もっと単純に・・・・
 私は神崎がゴミを燃やしていた所へ着くと、燃えかすをあさり始めた。これも違う、これもだ、これも、これも、これも・・・・・・・・。あった!これだ!その切れ端には辛うじて「待つ」と書いてあるのが読めた。その前の文字は上と下に2つの点があったので「く、と、て、さ、せ、は、よ」のいずれかだという事が解った。攻め駒はそろった。
 私はこう呟いた。
「ふっ。なるほど。」
と。
 私は確認する為、神崎直道、加藤咲、浅野律希、そして鈴木沙弥にそれぞれ「待つ」という字を書いてもらった。そして一つ一つ重ね合わせると・・・・・・・。ある人のと重ねた時、私の顔から満面の笑みがこぼれた。それにあの部屋割りを決めたのは神崎だった。想像は確信になったのだ。日没直前の出来事だった。


Friend/推理小説

ミステリー愛好家殺人事件


あらすじ

 『推理倶楽部』のオフに参加した私と萌ちゃん。しかし、翌朝、〈女王〉こと土居幸が毒殺されていた。そして浅野律希が謎を解いたのだが、私はどうも腑に落ちないのだ。そして私は別の観点で密室トリックを解いた。

FILE13、鎖の連結

 “推理の鎖”が完全に連結した。謎は解けたのだ。もう一度初めから考え直してみた(いわゆる“吟味”)が、あのほぼ重なった文字、ワイン、メール、毒・・・・・・・。全てにおいて説明がつく。
 陽はもうほとんど見えず、辺りは真っ暗だ。タイムリミットぎりぎりだ。
「有沢ハン。解けましたか~?もう時間やで。」
「ああ。ばっちりだよ。」
と私は笑みを浮かべて言った。
「ほぉ。でも、靴ぐらい、履いた方がいいで。灰ん中ぁあさっとったんやろ。」
私はあえて律希のその“手品”のタネを言わなかった。
「とにかく、中ぁ入ろか。」
 私が中に入ると皆勢ぞろいだった。そして喧嘩している萌ちゃんも・・。
「ごめんね。さっきは・・・・・。」
「それより早く推理ショーはじめたら。」
とぶっきらぼうに言った。やはり、怒ってるらしい・・・・。
 私はとりあえず、推理ショーを始める事にした。
「まず、この密室トリックは実に功妙で単純です。何せ犯人が直接手を下さなくても確実にある物を被害者の部屋の扉の下にある物をはさむだけですむんだからね。」
「そのある物とは?なんや、はよ言うてみぃ」
「その前に沙弥さん、ぼくにさっきなんて言った?もう一度、言って。」
鈴木沙弥は一瞬戸惑いの表情を見せた。が、
「ええと、あん時は、
『私が仲直りする方法を教えたるわ。萌ちゃんの扉の下にメッセージカードをはさむんや、じかだと会ってくれへんやろ。』
やよ。それがどないしたん?」
「そう。メッセージカードをはさむという事がキーワードだよ」
「何だって?」
神崎の表情が変わった。
「つまり、こういう事だよ。犯人は
『大事な用があるから〈女王〉の部屋で少し待っていてくれないか。物騒だから鍵は書けといた方がいい。
 もしぼくが遅れたら戸棚にあるワインを飲んでおいて』
とでも書いたカードを被害者のドアの下にはさむか、被害者の部屋に置いといたんだろう。
 そして、毒入りワインを戸棚にしまっておく。そして彼女はくるわけのない犯人を待ち続け、そしてワインを飲んで死ぬ。こういうシナリオさ。更に偶然にも台風16号の風と雨のせいでワイングラスの割れる音、被害者のうめき声や床に倒れる音が聞こえないって事さ。
 そのワインの事だけど矛盾が生じているよ。〈チェスタートン〉はワインはずっと酒倉の中に入れてあると言ったけど、あの管理の悪い状況ではすぐ傷むはずだよ。でも、ぼくが飲んだ限りでは傷んでなかった。つまり、ここ最近、入れられたワインなんだ!」
 私は一息ついて、また言った。
「でも、〈チェスタートン〉は『知らない』って言った。これが矛盾さ。」 「じゃ、じゃあ、犯人は・・・・・」
誰かが言った。
「ああそうさ。犯人は神崎直道、あんただよ。」
「さすが、ハンドルに恥じぬおもしろい推理をしてくれるね。」
彼は拍手を交えて笑いながら言った。
「でも、ジージョの推理には穴がある。俺が〈女王〉の下にメッセージを入れる素振りを見せたか?」
「いや。でもさっきも言ったように置く事はできる。」
「ははははは。俺がいつ彼女の部屋に入ったって言うんだ?」
「いや、あんたは入ってない。」
「それじゃあ、俺には犯行は不可能じゃないか。」
神崎の抵抗。しかし、私の次の一手でほぼ詰み確定だ。
「確かに、あんたに犯行は不可能だよ。」
私は息を吸って更に続けた。
「ただし、13日あるいは12日に前もってここに来ていたなら話は別だよ。そう、その日にメッセージカードを置いたんだよ。
 この事がワインの矛盾も、トリカブトの件も解消してくれたよ。つまりこういう事さ。前日にあんたはワインを戸棚に入れた。ついでに彼女に振り当てる予定の部屋の机にトリカブトを入れる。」
「ほう。確かにお前の推理はおもしろい。近頃の推理ドラマだとここで認めるのが多いけど、証拠がない。俺がやったという証拠はあるのか?」
数分間の沈黙・・・・。誰もが私の次の一言を期待して待っていたに違いない。そして私はこう言った。
「ああ、ばっちりね。」
 その私の一言に神崎は驚愕と絶望で顔が蒼白と化した。唇は小刻みに震え、もう青紫色になり、まるで例えは悪いが寒いプールから上がってきたばかりの子供のようだ。顔面はもはや蒼白で血の気の通う様子すらない。体もガタガタと音が聞こえそうだ。よほど自分の犯行に自信を持っていたのだろう。
 私は更に続けて、
「これが証拠だよ。」 と例のもえかすを取り出して、全員に見せた。
「ほら、辛うじて『待つ』と読めるだろ?」
 神崎は少しほっとした様子で、
「それが何の証拠になるんだ?」
と言った。
「それがなるんだよ。これはさっきぼくが皆に書いて『待つ』という字だ。」
私は一枚一枚全員によく見えるように丁寧に重ね合わせた。
「これは、浅野律希の・・・・。これは加藤咲の・・・・・・・。これは鈴木沙弥の・・・・・・。これまでまだ3人のは字体とは似ていませんよね?」
そして私は声を一層大きくして言った。
「見て下さい。これが神崎直道のです。非常によく似ていますよね。」

FILE14、自白

 しばらく沈黙が続いた。そして、神崎は急に笑いだして、
「はははははは。そんな紙の切れ端が何の証拠になるんだ?」
まだ白を切る様子なので、私は奥の手を出す事にした。
「このトリックを使えたのはあんたしかいないんだよ。」
「何?」
神崎の表情が一瞬険しくなった。
「いいですか?このトリックは誰がどの部屋に入るかを知ってないとできない。うっかり間違って、別の人間を殺してしまう可能性があるからね。そして、その部屋割りはあんたが決めたんだ。
 ・・・・・どう?これでもまだ白を切るつもりかい?」
神崎直道の表情がさっきより蒼白になった。が、すぐに肩の荷が下りたような安堵感に満ちあふれていた顔になった。きっとそれは
(殺人が迷宮入りになったらどうしよう。)
という神崎の不安感が消えたからだろう。確かに迷宮入りし犯人が暴かれなかったら罪を裁かれることはない。しかし、いつまでも心に重くその罪はのしかかってくる。だから彼の顔は安堵感でいっぱいだったに違いない。きっとそうである・・・・・・・・。きっと・・・・・・。
「俺があいつを殺そうとしたのは・・・・・」
 彼の話だと、神崎は恋人がいながらも、チャットで土居幸に冗談半分で告白したらしい。しかし彼女は本気だと受け止めていた。それが原因で殺人を犯したらしい。 「〈チェスタートン〉。」
私は神崎を呼んだ。
「オフの予定は6時までだろ?まだ5時だよ。あと1時間ある。頼むよ。ボードリーダーさん。」
 そして瞬く間にその1時間は過ぎた。  30分後、西口警部を初めとする刑事たちが到着し、神崎直道は連行された。最後に神崎は元気なさそうに弱々しく、こう言った。
「ジージョ。見事賭けで勝ったんだから、その娘を泣かすマネだけは絶対にするなよ。俺が言えた義理じゃないけどよ。」
そして、その言葉に私は心の中でうなずいた。
 「よう。またお前の世話になっちまったな。」
と西口警部が耳打ちした。世間では私の解いた2件の殺人事件は全て警部が解いた事になっている。
「また、西口警部の利益になってしまいますがね。」
私は皮肉たっぷりに言った。と浅野律希が横から
「まぁまぁ、かの名探偵シャーロック・ホームズやって、みんな世間からはレストレイド警部が解いた事になってたやろ。それと同じや。」
と口出しした。
「ところで、お前ら喧嘩してるのか?」
「えっ、誰と誰ですか?」
「ほら後ろの女の子とお前よ。いつもなら仲むつまじくくっついてるのに、今日はくっついてないじゃないか。」
「ああ、萌ちゃんですか?ちょっと・・・・。」
「こいつが悪いんやよ。警部さん。」
と鈴木沙弥が言った。
 帰りの西口警部のパトカーの中で、私と浅香萌は一切口をきかなかった。(というか私が話しかけても無視された)
 あ~。いつか仲直りしなければ・・・・・・。
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