手記の記憶
一、神野正明の手記より
今日は色々なことがありすぎて疲れてしまったようだ。それでも私の記憶を整理するために何か書いておきたい。人間は言葉にすることで、初めて意識化されると言う。最初に明言しておきたいことがある。私は犯人ではない。それどころかあれは事故だったのだ。一歩間違えば私が死んでいたかもしれない。あの状況で私が無傷だったのは不幸中の幸いだろう。
私が研究室を出た時間は正確には覚えていないが、一時ごろだろうか。太陽が眩しくて、ブラインドを下ろしたのを覚えている。私の研究室は南向きなので、昼時になると非常に眩しいのだ。それに貴重本も日焼けして良くない。研究室は十畳弱だが、両脇に本棚が置いてあるので、心なしか狭く感じる。キャンパスには図書館棟、教室棟、研究棟があり、窓から見えるそれも圧迫感を感じる原因だろう。また文学部の学部生数だけでも千五百人もいるのだ。狭い建物の中にそれだけ押し込められていると思うと、落ち着かない。
私が勤務するK大学は筑波にあり、図書館も塔のように高い。学生同士の雑談で、世界貿易センタービルに例えていたことを思い出す。当時は縁起でもないと心の中で苦笑していたが、今思えば的を射ているかもしれないとも思う。むろん八十数階建てではないが、二十階建てだ。その最上階で岩田は死んだのである。
図書館に行った理由は生物学の教授、岩田英明に会うためだった。私は神学や哲学を専門に研究しており、岩田を筆頭とするクローン技術開発チームの草案には前々から不快感を示していた。人間がこの生態系を狂わす権利などどこにあるのだ? このことを持ち出すと岩田は、べっこう眼鏡をいじりながら、先生は縄文時代の生活に戻ったらいかがですか、と笑いながら一蹴するのが常だった。
もちろん同じ研究者として、また人間として良い関係を保っていた。少なくとも私はそう思っている。だからこそ、あの研究の危険性について警告を、そしてできれば止めさせたかったのだ。しかしそのことに抗議するためだけなら彼の研究室に出向く。彼に付きまとう噂をはっきりさせたかったこともあるのだ。希少動物を実験目的と偽って買い付け、違法なペットショップなどに流しているという噂である。もちろん私は彼を信じているのだが、気になって仕方がない。
今日、人気のない最上階に呼び出した理由はそこにあった。最上階は文学の原書が置いてある上に空調の調子が悪い。学生の大半は翻訳書に頼ってしまい、閑散としている。学内にこれ以上、根も葉もない噂が流れないようにと最大限、努力してのことだ。しかしそう言った私の努力など微塵も感じていないらしい。
こんなところに呼び出して、と悪態を吐いて、
「どうせプロジェクトを辞めろ、と言うんだろう?」
いかにも私を煙たがっているようだ。その態度が余計に私を苛つかせる。私の忠告などどうでもいいのだろう。実際、私の話を一回でも真面目に聞こうとはしなかった。そのことを言うと、仕方がないとでも言いたそうに、岩田は大仰な溜息を吐いた。そして岩田がやろうとしている研究がいかに有益かを語り始めた。心臓病の患者が助かること、不妊治療に役立つことなど、まるで生命科学が全知全能の神であるかの口振りはこの手記を書いていても鮮明に思い出すことができる。
「現に今、人間の耳をマウスで育てる実験も行われ……」
「それがいけないんだ!」
まるで人間の耳を背負っているようなネズミ! 私もそれはテレビのドキュメンタリー番組で見たことがあるが、不快感の余りチャンネルを変えてしまった。思い出すだけで全身に寒気が走る。私は込み上げる吐き気を堪えながら、思わずそう叫んだ。
岩田はそれに驚いたのか、怒鳴られた学生のように肩を震わせた。
「……何も怒鳴ることはないだろ。俺も話に熱が入りすぎてグロテスクなことを言ったのは謝るさ。でもお前がそこまでして俺たちの研究を中止させる理由が解らないんだよな」
解らないだって? あれほど危険性を言ったのに、よくもそんな口が利けたものだ、と呆れて物も言えなかった。私の表情から言いたいことを察したらしく、岩田は溜息を吐いた。
私の指摘している危険性は彼も認識しているらしい。しかしそれを考えても共同研究を行う価値はある、と考えてとのことだった。こうなっては門外漢の私は黙るしかない。納得はいかないが、感情論で共同研究を止めさせるわけにもいかない。私は密輸をやっているのではないかというもう一つの疑問をぶつけてみることにした。この密輸事件を発表すれば……という穏やかではない期待がなかったと言えば嘘になる。しかし友人がそんな大それたことをやっているはずがない、と信じる気持ちや噂の真相を確かめたいという好奇心もあった。
その話題になった途端、岩田は表情を一変させ、
「どこから知ったんだ?」
「……お前には関係ないだろ」
目が泳いで、声も震えている。これでは自白しているのも同然だ。
「……本当だったのか」
本当に密輸をしているとは信じたくない話だが、真実として受け止めるしかない。何としてでも辞めさせなければ……。しかしもう彼はこの世にはいない。もし彼が生きていたら、もう少し説得できたかもしれない、と思うと悔やまれる。だがこの時点では、死ぬなど夢にも思っていなかったので、最善は尽くしたつもりである。
私が、
「関係あるさ。同僚がこんなことをしてる以上、見過ごすにはいかない」
と言うと、放っておいてくれと彼は私から目を反らした。どうしてこんなことをするのか強い口調で問い質したが、岩田は何も言わない。私が肩を揺すっても、人形のようにただなすがままだった。殴ってやろうか、と穏やかではない感情も抱いた。しかし私も暴力事件で職を失いたくない。煙草が欲しくなり、胸ポケットをまさぐる。だがここが禁煙であることを思い出し、ハタと止めた。
岩田の様子はどうだろう。少しは話し合いができる状態になっていることを祈って、彼を見る。少しは落ち着いてきたらしいが、まだ蒼褪めていた。私と目が合うと、
「やってたとしてそれがどうしたっていうんだ? 俺を告発するつもりか。そんなことしたら笑いものだぞ。関係ないって言ったのだって、俺の噂にどうしてお前が首を突っ込むんだって意味だったんだ! そうだ何も俺はやってない」
言っている本人は支離滅裂なことに気付かないのだろう。頬を紅潮させ、肩で息をしていた。まだ証拠がない、ということはいずれ証拠が出るのかと訊くと言葉の綾だと案の定一蹴された。確かに彼の密輸を決定付ける証拠は何もない。
どうしたものかと考えていると、
「もう何も話すことはない。これ以上首を突っ込むな、プロジェクトにも密輸にもだ」
と言うと立ち去ろうとした。私は逃すまいと彼の肩を掴んだが、彼はそれを振り切ろうとする。岩田は口汚い言葉を吐きながら精神が錯乱した患者のように暴れた。狭い書架で暴れたらどうなるか、想像にかたくないだろう。
「やめろ、ここで暴れるな。場所を考えろ」
私はそう宥めたにも拘らず、うるさい、と言って掴みかかった。床に押し倒され、書架が大きく揺れるガクンという感覚を覚えている。その時、私はハードカバーの本が彼の頭上でグラグラと揺れているのを見たのである。危ない、動くな。そう叫ばなければ、と思っていても声が恐怖の余り出なかった。岩田は興奮の余り、私の異変に気付かないらしい。早く気付いてくれと願った。もしかしたら私の頭上に本が落ちてくるかもしれない、と考えると早く止めさせなければならなかったのだ。
私がやっとのことで天井を指差すと、気をそらせてその間に逃げる気だなと力を強めた。その拍子か書架が揺れ、本が落ちてきた。私は思わず目を瞑ったので、幸か不幸か岩田が死ぬ瞬間は見ていない。しかし鈍い音がして、ドスンと何かが倒れる物音がしたのは覚えている。
思い出すと不思議なもので、映画のスローモーションを見ているような感覚になる。それも無声映画のように音が全て切り取られてしまっている。
恥ずかしい話だが、岩田を見るより先に自分の手足を見た。私の服に血が付いていたからだ。傷一つないところを見ると、服についた血は岩田のものらしい。見上げると、まだ五冊の本がグラグラしているのが見えた。あれほど強くぶつかったのだから無理もない話だと思う。彼に駆け寄ったのはそれからだった。
声を掛けたが、返事がなかった。恐る恐る揺すってみたが結果は同じである。死んでいる。そう解った途端、小さな悲鳴を上げ、思わず後ろに飛びのいた。私が悪いのか? いや、私は悪くない、と首を振った。掴み掛かったのは相手だ。そこへ偶然、本が落ちてきて岩田の頭を直撃した。そう自分に言い聞かせたが、頭の中は真っ白で動悸がした
警察を呼ぼうか、とも思ったがこのままでは私が疑われるのは明らかだった。岩田宛へのメモや、日頃している口論。そして何より決定的なのは服に付いた岩田の血だ。自分の血ならまだしも、岩田の血が付いていると言い逃れはできない。ありのままを話して信じてくれるだろうか? 私は警察のやり方を想像してみた。まず彼の身辺を調べるだろう。遺体からは凶器の形状と死因、それから死亡推定時刻が割り出される。唯一の救いはここに転がっている本だった。この本が原因で死んだと断定されるに違いない。そうすれば問題となってくるのは本の配下場所である。幸い司書が証言してくれるだろう。しかしそれ以外のものは絶望的な状況だ。
そういうことから、呼ばない方が得策と判断した。さてそうなると、早いところここから逃げなければならない。いくら人気のないフロアと言っても、いつ誰がくるか解らない。幸い、上着を脱げば何とかなりそうだ。汗で濡れているが、しっかり洗えば何とかなるだろう。血は何ともならないのが惜しい。他のものに血が付かないように用心しながら上着を丸めると手提げ鞄にしまう。
ワイシャツを見る。血はほんの一滴や二滴だ。この量なら司書や学生にばれることはないだろうが、念のために言い訳を考えておく必要があるかもしれない。それに刑事はこれを見つけ、どうしたのかと訊くだろう。その場合、即答できるようにしなければ怪しまれてしまう。そんなことを考えながらエレベーターまで歩いたのを覚えている。
紙で指を切ったことにしよう、と閃く。それに講義の資料作成のときに誤ってカッターナイフで指を切ってしまったことにすればいい。問題はエレベーターである。狭いエレベーターの中だ。いくら血痕が薄いとは言え、誰かが気付くかもしれないのだ。私は腹を抑え、前屈みになった。
これで他人からは腹痛に見えるだろう。十六階当たりで、先生と声を掛けてきた者がいて、私は心臓が口から出そうだった。見ると背が高い、茶髪の女子学生である。恐らく私の講義を受講している学生だろうが、見覚えがない。
どうしたんですか? と怪訝そうに顔を覗き込んだ。今、思い返してみるとあんなに動揺する必要はなかったのではないかと思う。しかしあの時は気が気ではなかったのだ。やっとの思いで、
「朝から腹痛でね。……あぁ、研究室には正露丸があるから大丈夫だよ」
と言った。彼女はお大事にと会釈して六階で降りた。このままいくと本当に腹痛になりそうだと一瞬、苦笑する。しかしまた岩田のことで頭が一杯になった。もしこうしている間に司書が入ったら……。可能性は低いものの絶対とは言えないではないか。そこまで考えて私は頭を振った。気にしていても仕方のない話である。
ようやくチンという音がした。図書館棟十五階です、と録音された女性の声が流れる。助かったと思ったが研究室までに行くには渡り廊下がある。おまけに私の研究室まで行くには、再びエレベーターに乗らなければいけない。
その間にまた誰かに会わないとも限らない。そう思うと長く感じたのを今でも覚えている。幸い、ここでも何とか腹痛で誤魔化すことに成功した。五階に着くと、岩田の共同研究室に七人の学生や恐らく助教授だろう、三十がらみの角刈りにした男が困ったような顔をしている。恐らく岩田を探しているのだろう。そう思うとじっとりと汗ばんでくるのが感じられた。何とかしなければ、と思うが上手い言い訳が思い浮かばない。何せ彼らは私のメモを見ているのだ。
どうしたものかと考えていると、学生の一人が私を見つけて、
「すみません、神野先生。岩田先生とご一緒じゃなかったんですか?」
とメモを指差した。ここは何も言わない方が賢明だろうと考え、私は黙って頷いた。下手に喋るとボロが出そうで怖かったのだ。さっき別れたよ、と必要最低限のこと言うと首を傾げた。
「どこかに行くとかは言ってませんでしたか?」
「さぁ?……悪いけど今お腹が痛いんだ。部屋で休みたいんだけど、構わないかな」
「あ、すみません。お大事になさって下さいね」
私は礼を言うと、早く見つかることを祈っている旨を告げ、研究室の鍵を開けた。心はできるだけ遅く見つかることを祈りながら。
小さな駅から二十分ほど歩き、我が家の明かりが見えたときは生き返った。大通りから一本抜けた、閑静なところである。唯一の気掛かりは妻に上着をどう説明したらいいかまだ考えていなかったことだった。しかしそれは杞憂だと解り、安心する。妻の頭の中は岩田のことでいっぱいだったのである。草木が生い茂る庭を抜け、玄関を開けた。周囲は一戸建てばかりなので心なしか庭も広く感じる。
愛猫の額や喉を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。自然のままが一番なので首輪も鈴もつけていない。
入るな否や妻に事件のことをあれこれ訊かれ、辟易した。夕食はもう用意されていたので安心する。ごくまれにワイドショーに夢中になって、夕食の準備も忘れていることがあるのだ。
十二畳の居間の中央には木の机が置かれ、それを取り囲むようにして五つの椅子が置かれている。私は服を脱ぎながら、
「あぁ、そういえば大学で資料作成中に指切っちゃって」
「大丈夫?」
「うん、もう血は止まったから絆創膏はいらない。それでシャツに血が付いちゃったんだけど、染み抜きしといてくれる?」
「解ったわ」
億劫そうに答える。
宜しくと言うと、私は二階に行こうとする。これ以上詮索されたくなかったのもあるが、本当に疲れてしまったのである。私を呼びとめ、上着はどうしたのか訊いた。
「あぁ、図書館に忘れてきた」
「どうして取りに戻らなかったの?」
「気付いたのが電車の中だったんだよ。大学に戻るのも面倒臭くて。明日辺り取りに行くよ」
安物の上着どうってことないだろうと思ったが、保身のために黙って二階に上がった。
今、下では妻がシャツの血痕を取ってくれている。本当に今日は色々なことがありすぎて疲れてしまった。それでも私の記憶を整理するために何か書いておきたかったのだ。まもなく日付も変わろうとしているので、もうこの辺りで筆を置くとしよう。
二、工作
一
神野はメモを見ながら、アーケード街の真横にある薄暗い路地裏をゆっくりと歩いていた。大通りは買い物客や商売人の声でうるさいが、この裏路地では安く買ってきた魚をどうやって高値で売りさばこうかと下心を隠した商売人の悲鳴にも似たセールストークもさっぱり聞かれない。一目でまがい物と解るような骨董品を並べた露天商がたむろする場所だ。
路地を折れると更に狭くなる。本当にこんなところにペットショップがあるのか? そう訝っていると、袋小路に一軒の店を見つけて、胸をなで下ろすとともに緊張する。
「ここからが本番だ」
と呟いて扉を開けた。揉み手をしながら中年男、田村信二が媚びを売るような笑顔を浮かべ、駆け寄ってくる。サングラスを掛けているのは客に顔を覚えられたくないからなのだろう。ケージには蛇やタカなどの見るからに珍しそうな動物が入っている。
店内の照明は全て落とされ、水槽の蛍光灯だけが点っていた。この色とりどりの魚たちも違法なものだろうか? それとも違法なものは奥に隠してあるんだろうか? そんなことを考えながら、
「いらっしゃいませ、お客様。どう言ったものをお探しで?」
と言う台詞を聞いていた。
「あぁ、いやちょっと訊きたいことがあってね」
田村は笑顔のまま、眉を吊り上げる。
「何でございましょう? 私に解ることなら……」
「岩田先生をご存じでしょうか?」
「岩田……、岩田……」
と考える仕草をしていたが、
「はい、存じております。本当に動物がお好きなようで、よくご来店いただいておりました」
恐らく訊かれてもいいように答えを何パターンか用意しているんだろう、と神野は考えた。表向きはあくまで合法なペットショップなのだ。
いざとなったらこいつに罪を着せればいい。岩田の研究室で似たような顔を見たことがあるのを頭の中で確認し、頷いた。取引上のトラブルで揉め、殺してしまった……。そんな架空のシナリオを頭の中で練り上げていたのだ。大丈夫だ、大学は学外者の出入りが自由で守衛もいちいち来た人の顔は覚えちゃいない。
田村は顔を強張らせ、
「……それが何か?」
「いや、学内で変な噂が広まってるんですよ。その噂を確かめたくて」
それを聞くと一瞬顔を曇らせるが、また元の愛想笑いを浮かべる。
「変な噂、と言うのは?」
「何でも希少動物を裏に流してるらしいんですよ。彼がそんなことするはずがない、と思いましてね」
田村の顔が一瞬、険しくなるのを神野は見逃さなかった。すぐに消え、ぎこちなく愛想笑いを浮かべる。
「申し訳ありませんが、私には解りかねます」
「いや、ありがとう」
神野が踵を返すのを見て、田村はホッと胸をなで下ろした。ガラガラ、と扉を開ける音が聞こえ、田村が笑顔で出迎える。客に紛れて失礼しよう。
そう思って、ペットショップを後にする。田村は神野を面食らった表情で見送っていた。上着からはタグを外したし、身元を示すものは何一つないはずだ。それに皮脂が検出されても図書館に置き忘れて、犯行に利用されたんだと言えばいい……。そう信じて、神野はペットショップのすぐ近くに上着を捨てると何食わぬ顔をしてアーケード街の人混みに消えていった。
二
大学の校門の前にはパトカーが四台停まっている。学生たちは珍しそうにじろじろと見ながら、奥にある駐輪場へ自転車を引いていった。校門の前には守衛が立っていて、若い警官、下田がどぎまぎして話しかける。
訝しそうに見る守衛の目に気付き、警察バッジを見せた。納得したように頷いて、
「失礼しました。昨日、あんなことが起きたばかりでしょう? ですから……」
「いいんですよ。それより昨日の正午から三時までの間に誰が入ってきたか解りますか?」
「ちょっと待ってください……ありました」
と言いながら、入校者リストを見せる。
「九人ですか……。これだけの人が学外から来てるんですね」
「ええ、先生方に原稿を依頼する出版社の方もいますし、図書館を利用する製薬会社の方もいます」
下田がその名前と連絡先を書き付けると、
「ところでこの名前と連絡先は正しいんでしょうか」
「さぁ? 確認してませんので何とも……」
「そうですか、解りました」
と言って、心の中で溜息を吐く。偽名かもしれないともなると結構な骨だ。それに神野にも事情を聞かなくてはいけない、と思い出した。学生によると生きている岩田を見たのだから。
そんなことを考えている最中、
「あぁ、神野先生」
と守衛が呼び止める声を聞いて、下田は思わず振り向く。ちょうどいいところにやってきた。
「おはよう。昨日は大変だったね。ニュースで知ったよ」
「下田と言います。実はそのことでお話がありまして……。本当は昨日のうちに事情をお伺いしたかったんですけど」
下田が遠慮がち口を挟んで、バッジを見せる。とうとう来たか、と顔を一瞬曇らせる。普通やましいことのある人は警察を煙たがるものだ。それを逆手に取ることにしよう。現場に居合わせた事実だけを隠せばいいのだ。
神野は笑顔を作って、
「それはすみませんでした。昨日はちょっと夕方から用事がありまして……。立ち話もなんですから、僕の研究室にご案内しましょうか?」
下田は首を振って、
「いや、数点で終わりますのでそれには及びません。まず昨日の十二時から岩田さんにお会いになったようですけど」
「ええ、会いましたよ」
「何のために?」
「彼の研究の件で忠告を」
「口論していたそうですね」
「確かに議論がヒートアップしてきつい口調になることはありましたよ。でもそれ以外の点じゃ評価してました」
「なるほど、それで別れたのはいつぐらいですか? 大体で結構ですから」
神野は首筋を掻いて、宙を見上げる。
「いつだったかなぁ。腹痛だったし、そんなには話してないと思うけど。議論が始まるとお互い時間を忘れるんで覚えてません。……そう言えば、図書館から帰るときに学生と会いましてね」
「その学生の名前は解ります?」
神野は必死に思い出そうと眉根に皴を寄せたが、やがて首を振る。
「名前、と言われても僕の講義の学生は、何十人といるんです。向こうは僕の名前を知ってるんですけど、僕が学生の名前を知らないなんてことしょっちゅうですよ」
「せめて特徴だけでも……」
「背が高くて、茶髪の女の子でしたよ」
下田は溜息を吐いた。そんな学生は山ほどいる。事務に問い合わせてもこんな条件じゃ解りそうにない。
「その後、岩田さんは誰かに会うような素振りは見せませんでしたか?」
神野は首を振って答える。下田は頷いて、
「岩田さん誰かに恨まれていたようなことはありませんか?」
しばらく黙っていたが、神野はやがて意を決したように、
「いずれ解ることですからお話しますけど、岩田先生には色んな噂がありましてね。例えばペットショップに希少動物を横流ししてるとか、データを捏造してるとか……。昨日の用事も実はその一つを確認するためだったんです。岩田のことを悪くは言いたくないんですけど、そう言った噂が流れてるのは事実です」
「ありがとうございました」
もっとあれこれ訊かれると思っていた神野は拍子抜けする。
「これだけでいいんですか?」
「ええ、またお伺いするかもしれませんが」
そう言うとポケットにしまって、立ち去る。神野はこみ上げる笑いを必死で押さえたのだった。
三、捜査
一
「警察の方が何のご用でしょうか?」
田村は落ち着いて受け答えをするが、内心では動揺していた。下田は岩田の写真を取り出すと、
「この男を知ってますか?」
「あぁ、岩田様ならこのお店のお得意さんでしたよ。ニュースで知ったときは本当にびっくりしました」
「六日の十二時から十五時の間どこにいましたか?」
「ずっとここで店番をしてましたよ」
「それを誰か証明できますか?」
田村は忙しなく首を振る。密輸していたことを調べてるんじゃない。でも岩田との線を追っているうちに気付くだろう。いや、もしかしたら気付いてるかもしれない。田村はそこまで考えて乾いた笑いを浮かべる。今まで数々のガサ入れで見つからなかったが、今回は見つかるかもしれない。
ともかく警察にあれこれ嗅ぎ回られるのは面倒だ。追い払うに越したことはない。
「う、うちは見ての通り普通のペット屋ですが、警察の方がお見えになると痛くもない腹を探られてしまいます。何か岩田様の一件で思い出すようなことがあれば、こちらからご連絡いたしますので……」
「普通のペット屋、ですか。違法な動物を売り買いしてるという噂がありますが」
下田が言うと、田村は笑っていつも通りの答えを返す。
「ご冗談を。単なる噂ですよ」
「でもこんなに目立たないところにあるのによく潰れませんね。失礼ですけど」
本当に失礼な刑事だ。田村はムッとして答える。
「そりゃあ、お客様がいつもご来店下さってるからですよ。それとも刑事さん。何か違法なことでもしてると言いたいんですか?」
田村は一歩詰め寄ると、低い声で下田に囁いて、
「証拠もないのにこれ以上あれこれ言うと、こっちとしても考えがありますよ」
「解りました。お願いします」
そそくさと帰る下田を見て、田村はにこやかな笑顔で、
「またのお越しを」
と言いながら、心の中では二度と来ないように祈った。それにしても誰が捨てたんだろう? 岩田を殺した犯人だろう。少なくても死んだわけを知っているヤツには違いない。もしかしたらこれで小遣いを稼げないだろうか。そんなことを考えながら頬を綻ばせるのだった。
二
「本人の筆跡に間違いないわね」
そう言うと、女性の鑑識官は蛍光灯を消し、ルーペを置いた。下田は改めて辺りを見回す。壁は白で統一されて、様々な試薬やコンピューターなどが置かれていた。この部屋が冷たく感じるのは、コンピューターを冷やすために付いているエアコンのせいだけじゃなさそうだ。南部の使いで鑑識課にきた下田は、頭の片隅でそう思いながら彼女の詳しい説明を聞いた。
神野が書いた文字の特徴なんてどうでもいい。苛々しながら、下田は話の区切りがついたところで、
「他の鑑識結果とは一致しますかね?」
「今のところ問題ないわよ。ちなみにこの手記からは掌紋も検出されてる。いくつも重なるようにしてね。……それで神野の服は見つかったの?」
「見つかってません」
捜査課は何やってるの? そう言いたそうな冷めた目で見られ、居たたまれなくなる。ここは話をそらそう、と思って下田は、
「そういえば、検死報告ってどうなったんです?」
しまった。言った後で後悔する。頭がぱっくり割れた、血まみれの写真を見せられたらどうしよう。ただでさえあの現場に駆けつけた晩は食欲がなかったのに。ゴクリと唾を飲むが、それは下田の取り越し苦労に過ぎなかった。鑑識官は報告書を見ながら淡々と、
「死亡推定時刻は十二時から十五時の間ね。あと本が頭に当たって死んだらしいわ。伝わってない?」
下田はメモに書き付ける振りをする。ペンが止まるのを待って、
「……あぁ、問題の本からは指紋を取るのが難しかったわ」
「どういうことです? 難しかったって」
指紋採取が難しかっただって? 本が汚れないようにビニールのカバーが掛かっていたじゃないか。あれなら採取しやすいはずだ。下田は軽くうろたえて詰め寄る。
どう説明したらわかりやすいかしら? そう悩んでいたが、やがて白いマグに手を伸ばし、コーヒーを啜った。
「指紋と指紋がくっ付いてたの。それにもし誰の指紋か解っても意味はないわね」
「何せ凶器が図書館の本ですからね」
それを聞いて鑑識官は不快そうに眉を寄せた。
「あら、そっちでは殺人事件として捜査しているの?」
「いえ、そういうわけじゃありませんが……。事故死だと思いますか? 殺人だと思いますか?」
「そうねぇ……、これはどこにあったの?」
と折りたたまれた原稿用紙に目をやる。
「実は…」
と言って興奮で頬を紅潮させて話し始めた。
神野の書斎はシックな作りだった。木でできた椅子や机があって、壁際にはベッドが置いてある。机の上にはノートパソコンと古ぼけた地球儀があった。机の奥にある窓は厚いカーテンが引かれている。まるで神野以外の人を排除しているかのようだ。この部屋が何となく落ち着かないのもそのせいだろうか? 一頻り部屋を見回した後、そんなことを考えながら、下田は書斎をうろうろし始める。
南部が次々と机の引き出しを開けているのを見て、下田は慌てた。何も聞かされていなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。こういうのって捜査令状が必要なんじゃあ……」
「つべこべいってないで早くお前も手伝え。上司命令だ」
「いやですよ。それに上司って言っても同じ階級でしょう?」
「そんなことはどうでもいい。早くしないと神野が帰ってきちまう」
「どうでもいいって……」
そう言いかけた下田を南部はキッと睨んだ。それに圧倒されて渋々本棚を探す。それを見て南部は満面の笑みで頷き、
「後でビールおごってやるから」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。俺が嘘を吐いたことが一度でもあるか?」
下田は張り切って、一番上の本棚から黒い背表紙の本を取り出して調べる。ギリシャ語で書かれていて、内容などは解らない。
「気を付けろよ」
ファイルに目を這わせながら南部は言った。神野はペットでも飼おうとしてたのか? 大学近辺のペットショップのリストが出てきた。いずれにせよ事件とは関係なさそうだ、と溜息を吐いて元に戻す。下田は、
「解ってますって」
そう言った途端、本を手から滑らせてしまったのだ。下田は思わず目を瞑った。本は机の上の地球儀に当たり、ぐらぐらと揺れる。あのままじゃ地球儀が落ちてしまう。あんなに古ぼけた地球儀だ。もしかしたら割れてしまうかもしれない。やがて地球儀は傾いて、机の上を転がり始める。南部の雷が落ちるに決まってる……。カランという乾いた音とともに地球儀は床に落ちた。下田が恐る恐る目を開けると、パックリ割れた地球儀が転がっていたのだった。
「バカ! お前の頭かち割るぞ」
流石の南部も蒼ざめているようだ。
「どうしましょう……」
地球儀を手に取って見つめ、下田は南部の顔を見る。インクが色あせて、ソ連と辛うじて読める。恐る恐る二人は中を覗き込むと、丁寧に折りたたまれた紙が見えた。下田は手に取ると、
「何でしょう? これ」
「知るもんか。それよりどうするんだ」
と頭を抱える。下田は南部に構わず紙を広げた。読んでいくにつれ、下田の蒼ざめていた顔が赤くなっていく。それを震える手で渡すと、
「な、南部さん。僕たちすごいものを見つけたかもしれません。これ手記ですよ」
「手記?」
「ええ、死んだ日の状況が詳しく書かれてるんですよ。確か目撃者はいませんでしたよね?」
下田が言うと南部は渋い顔をした。
「あぁ、下の階にいた司書も物音を聞かなかったと言ってる」
「ここに書いてあるんですよ。あの日のできごとが」
初めは乗り気ではなかった南部も徐々に興味を示し、手記を受け取る。初めの数行に目を通して、興奮し始めた。
「す、すごいでしょう?」
南部は小刻みに何度も頷いた。下田は地球儀を横目で見て、溜息を吐いた。
「……それでどうしましょう?これ」
ことの顛末を話し終えると、鑑識官は冷めた目で下田を見た。まるで小馬鹿にしているようで下田は腹が立つ。
「それでこれが発見されたわけね」
「そうなんです」
鑑識官はしばらく考えたのち、
「わざと偽の手記を残したってことは?」
「ないと思います。もし神野が捜査の撹乱を狙ったんなら、もっと目立つところに置くでしょうし……。そう、例えば……机の上とか」
そこまで言って、何のためにこの手記を書いたんだろう、と下田は考えた。手記にあるように自分の記憶を整理しておきたかったのか? そうだとしたら事故死だということになる。しかしこの事故に遭う確率はどんなものだろうか。取っ組み合いになる確率はあるにしても、それで本が落ちる確率は低い。ましてやそれが偶然岩田に当たって死に、偶然神野が無傷だった……。ここまで考えて、下田は溜息を混じりに、
「まぁ、そういうこともあるか」
と呟くと、鑑識官はそれを聞いて、
「何が?」
と首を傾げる。下田はこの考えを話そうかどうか迷ったが、イタズラに混乱させてもいけないと思い、首を振る。
「いえ、なんでもありません」
下田は一礼して部屋を出ようとする。去り際に鑑識官が、
「……じゃあ、頑張ってね」
と声を掛けたが下田の耳には届いていないようだった……。
廊下に出ると灰色掛かっている空が窓から見えた。幅が狭く、おまけに薄暗いために余計に暗く感じる。モスグリーンの掲示板には様々なポスターが貼られているが、どれも色あせていた。
南部は壁にもたれかかって煙草をふかしている。それを見つけると、
「お待たせしました」
と下田は駆け寄る。南部は灰皿に吸殻を投げ込むと顔を上げた。
「ご苦労さん。それでどうだった?」
下田はメモを見て、手記の鑑定結果を伝えながら捜査課への廊下を歩いた。相槌を打ったり、頷いたりしながら南部はそれを聞いていた。そのまま聞き込みに行ってもいいが、こいつは疲れているだろう。そう南部は考え、捜査課に向かう。
捜査課の扉を開けると心なしか広く感じた。窓を開け放っているせいもあるが、それだけではない。狭いながらもすっきりした部屋なのだ。
古ぼけた椅子に腰掛けると、他の刑事が緑茶を運んできてくれる。下田と南部は頭を下げた。
「それで会議はどうでした?」
「手記の裏づけが必要とのことだ。それ飲んだら神野のところに行くぞ」
下田は声を潜めると課長、北野警視をチラリと見た。でっぷりと肥ったビール腹に、白いチョッキを着ている。頭に白いものがちらほら混じっているが、まだ上にのし上がってやろうというギラギラとした目をしている。
「事故死になりそうですか?」
南部は渋い顔で頷くと、声を潜めた。
「そうなりそうだな。まぁ、いずれにせよ神野のところに行って損はないだろ。事故死にしてもあいつは何か知ってるだろうからな」
北野が囁き合う二人の様子を見て、訝しそうに首を捻る。
「何をやっとるんだ。気持ち悪い」
「い、いえ。何でもありません」
まさか陰口を叩いてました、なんて口が裂けても言えやしない。誤魔化すように笑うと下田は緑茶を飲み干そうとした。しかしその熱さに目を白黒させる。その様子を北野は呆れたように見ていた。
三
講義を終え、神野は研究棟の廊下を歩いていた。リノリウムの床が蛍光灯に反射して少し眩しい。共同研究室からはひそひそと話す声が聞こえてくる。どうやら岩田のことについて話しているようだ。また下らない噂話か、と普段の神野はならそう思って顔をしかめる程度なのだがやはり冷やりとする。
堂々としてればいいじゃないか、と神野は自分に言い聞かせていると、
「神野さん」
と後ろから声がした。振り返ると南部と下田がいたのである。いざ心の中で強がっていても、声を掛けられるとやはりドキリとする。あれは不幸な事故だったんだと言い聞かせて、落ち着きを取り戻した。
「何でしょう? 下田さん……でしたっけ?」
「ちょっとお尋ねしたいことがありまして。……時間、いいですよね?」
神野は腕時計を見て考える振りをする。次の講義までにはまだ一時間半以上あって、小さく溜息を吐いた。できるだけ早く逃れたい。
「十分……、いや五分くらいなら何とか。次の講義がありますから」
そう言うと、笑いながら二人を研究室に招き入れたのだった。
「それで何でしょう」
二人を横目で見ると、にこやかな笑いを浮かべている。それがかえって不気味に感じられた。しかし目は笑っていない。まるで獲物を目の前に飛び掛らないで、喉をいつまでも鳴らしている猫のように思えて仕方がなかった。下田は相変わらず物珍しそうに研究室の本を見回している。
神野が座るのを待って、南部はのんびりと言った。まるで世間話でもするようである。
「上着はどうされました?」
「あぁ、先日、岩田先生と会ったときに図書館に忘れました。取りに行こう行こうと思ってたんですけど、忙しくてついつい忘れててまして。いやぁ、お恥ずかしい」
頭で何回も思い描いていた質問に緊張しながらもすらすらと答える。
「ひょっとしてこれじゃありませんか」
南部が手提げ鞄から取り出したビニール袋の中身を見て、思わず目を反らした。覚悟はしていたものの、いざ目の前に出されると動揺してしまう。南部は詰め寄り、
「どうですか? 見覚えありませんか?」
神野は胸ポケットをまさぐって、南部に断ると煙草を咥える。火を点けて煙を吸い込んだ。ニコチンの刺激で少し気分が落ち着く。南部もそれを見て、煙草に火を点けると、
「何なら手に取ってみても構いませんよ。もちろんビニールから出すわけにはいきませんが」
ここで否定したらかえって怪しまれる。でも頷くとありふれたデザインなのにどうして解るのかと訊かれるだろう。そう訊かれたら、神野は上手く切り返す自信がなかった。普通、解るでしょうという答えも強引すぎるような気がしたのだ。
ここはどっちつかずの答えがいいだろう。そう考えて神野は、
「ちょっと待って下さいよ。今、思い出してるところです。……確かに僕のと似てるような気がしますが、違う気もします。何せありふれたものですし、普通自分の上着なんて注意してみませんからね」
「それもそうですね。安物の上着なんて、どれも似たようなデザインですから」
神野は笑いながら、
「でしょう? 同じ上着を着てる学生もいますし」
「それなら他の学生が似たようなものを身に着けていたとしても不思議ではないですね。……あなたの皮脂が検出されたのを除けば」
「ほう」
突きつけられると心の中では動揺を隠せない。動揺を表に出さないように気を付けながら、
「服に付着していた血液は岩田さんのもの。皮脂はあなたのもの。どう説明なさいますか? 神野先生」
「さっきも言ったでしょう? 上着をなくしたんです。恐らく誰かが僕の上着を着て岩田を殺したんでしょう」
「なるほど」
助かった、と神野は笑いを浮かべた。これ以上このことについて追求しても仕方がないだろう。荷物をまとめ、
「それじゃあ、僕はこれで。次の講義がありますから」
と研究室から出ていったのだった。
どうやら警察じゃ殺人事件として捜査してるみたいだ。図書館棟で哲学の専門書を手に取りながら、神野はステンレス製の書架を見上げる。蛍光灯にはコウモリのような形をした灰色の汚れが見えた。
あのショックで、ここに入るときは本が落ちてこないか、つい不安になってしまうのだ。通路から見える木の机には日差しが当たって、気持ちよさそうに突っ伏して眠る学生を照らしている。あんなに安眠できるのはいつだろう。神野はそれを見て思う。このままでは殺人犯として逮捕されてしまう。
「何としてもそれは避けなきゃ」
いっそのことあの手記を見せるか、と本を戻しながら考える。だが首を振った。疑われている状態でそんなことしたら却って怪しまれてしまう。わざと目につく位置に置いたらどうだろう? しばらく本のページをめくりながら考えたが、そんなことをしても結局は一緒だと解って、溜息を吐いた。
自分の工作がことごとく裏目に出てしまっている。こんなに神経をすり減らすんなら、あんなことしなきゃよかった。
「でも、もしあの血まみれの服で帰ってたら?」
と神野は自問する。少しは結果が違うものになっていただろうか。頭の中で思い描いて首を振った。学内中がパニックになっていただろう。何せ血まみれの教員が歩いているんだから。そして間違いなく大学どころか、社会にはいられなくなる。それを知って、がっくりと肩を落とした。
「そうなるだけまし、か」
と呟くと、神野はどうやって疑いを外に向けるか考えた。幸い岩田には色んな噂が山のようにあるんだ。どうにでもなる……。
神野は研究室に戻り、論文を眺めながらコーヒーを啜っていた。刑事たちはどこまで解ってるんだろう? 問題は刑事たちが納得してくれたかどうかである。皮脂が検出された服、当日のアリバイ……。不利な点は多いものの、どれも決め手に欠ける。
「まだ僕は数いる容疑者の一人にすぎない。心配することはないんだ」
と呟いて立ち上がり、ポットの湯がないのに気付く。給湯室に行こうと扉を開けると、そこには少し顔を曇らせている元ゼミ生、倉敷由美が立っていた。モデルにもなれそうなプロポーションは男子学生の注目の的である。今は確か生物学部の大学院で岩田の指導を受けていた。岩田の受け持つ生物学の講義を受けてから、生物学に興味を示し始めたらしい。
「時間いいですか?」
と神野は由美を招き入れる。もちろん用事があると言えばいいのだが門前払いをするのは気の毒な気がした。
「あぁ、入って。相変わらず散らかってるけど」
「失礼します」
遠慮がちにそう言って入ると、椅子に腰を下ろした。神野は湯飲みに緑茶を注いで、彼女の前に置く。由美は小さく頭を下げた。さっきからずっとうなだれているのを見て、心配そうに促す。
「どうした?」
「……先生!」
急に顔を上げ、身を乗り出す。好きだったんです、という言葉を少し期待しながらも、下心を隠そうと笑って、
「何? 僕はまだ耳は遠くないよ」
「実は……」
ここは下手に促すより、黙って彼女が喋ってくれるのを待った方がよさそうだ。神野は自分の湯飲みに手を伸ばす。それにしても何だろう?
数週間前、岩田が彼女に卵子を提供してくれ、と強く迫っているのを相談された。それが強く記憶に残っていて、神野は顔を曇らせる。またそのことじゃないだろうな。実はあの日、そのことも確かめようと思っていたのである。たかだか一人の元ゼミ生にそこまで肩入れする必要があるんだろうか? そう自分でも疑問に思ったが、何となく放っておけなかったのだ。
いずれにせよ彼女の口から話を聞かなきゃ仕方ない。そう思って緑茶に口をつける。
「実は私、先生がビニール袋を持って走っているところを見たんです。岩田先生が亡くなった日」
目撃者がいたなんて思ってもみなかった。どうしよう、と考えていると、由美が詰め寄る。
「関係ありませんよね? 警察に話してしまいましたけど」
「あぁゴミを捨てに行ってただけだよ。安心しなさい」
それを聞いて、ホッとしたようだ。笑みを浮かべる。これを逆にアリバイに利用できないだろうか?と言う考えが浮かび、首を振る。教え子を事件に巻き込みたくない。だが、と考え直す。卵子の一件はもう噂の一つとして学内に広まっている。警察のことだ。もう割り出してるだろう。しかし念のため、確認しておくに越したことはない。
神野はさり気なく、
「刑事にはどんなこと訊かれた?」
由美は溜息を吐くと、
「はい、卵子の一件で。もう噂になっちゃってますからね」
「それで倉敷さんは関係ないんだよね?」
由美は少し気色ばんで答える。
「もちろんじゃないですか」
「いや、それならいいんだ。気を悪くさせたんなら謝るよ」
「でも先生も可哀想」
「先生って岩田先生?」
驚いて聞き直す。どういうことだろう。
「ええ、かなり苛々してたみたいですよ。かなり期待されてる研究で。岩田先生、ああ見て、気が小さいんですよ」
と言ってクスクス笑う。
「なるほど」
と頷いて、岩田の態度を思い浮かべる。できるだけこの話はしたくない。話を変えよう、と考えて、
「そ、それで最近はどう?」
「最近ですか? そうですね……」
上手くいった。そう神野は思い、由美の話に耳を傾けた。頭の中では田村にどうやって罪をかぶってもらおうかと思いを巡らしながら。
下田と南部は大学近くの喫茶店で遅い昼食を取っていた。落ち着いた色の壁にところどころ幻想的な絵が飾られ、シックな雰囲気を醸し出している。店内にいる客もグレーのスーツを着たサラリーマンが多い。しかし二人の後ろでは中年の主婦が大声でゴシップを話していた。
南部が仏頂面でタマゴサンドを口に運んでいるのを見て、下田は、
「やっぱりご飯じゃないと落ち着きませんか?」
「ああ、やはりな」
と言ってブラックコーヒーをすする。下田がコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れるのを見て、南部は渋顔で溜息を吐く。
「お前な、コーヒーはブラックで飲めよ」
「だって胃、弱いんですもん、僕。この前もお腹下しましたし……」
「だったら最初からカフェオレ頼め」
「今度からそうします」
少し悄然としていることに気付いて、南部はコーヒーをすすると、
「まぁお前の金だ。好きにするがいいさ」
気まずい空気を取り払おうと煙草に火を点け、窓の外を見た。向かいの街路樹の下に鳥の死体が転がっているのが目に映った。しかし道行く人は何もないかのように通り過ぎていくのだった。
やりきれない思いで眺めていると、
「あの……、刑事さん?」
と声を掛けられる。若い女性の声だ。誰だろうと訝りながら振り向くと、倉敷由美が立っていたのである。南部の目付きが鋭くなった。由美は落ち着かない様子で、もじもじとしている。それを見て下田は席を詰めた。
「どうです? 一緒にお昼でも」
小さく頷いて、由美は南部の隣に腰を下ろす。鼻の下を伸ばしやがって! 南部は下田を軽く睨む。しかし当の下田はそれに気付く様子もない。彼がメニューを渡すと、由美は軽く頭を下げた。しばらくメニューを眺めていたが、やがてウェイトレスを呼ぶとケーキセットを注文した。下田が、
「それで何かご用ですか?」
「捜査はどこまで進みましたか?」
こいつに喋らせたら捜査機密もクソもあったもんじゃない! 下田が口を開こうとしているのを見て、南部は慌てて口を挟んだ。
「順調です」
「そうですか」
南部が微笑みを浮かべ、優しく声を掛ける。しかし目は彼女が逃げ出さないように見張っていた。
「まさかそれだけを訊くために、ここにきた訳じゃないんでしょう?」
「……はい、そうです」
蚊の鳴くような声で言って、由美は南部から目を反らす。下田は力強く、
「ここで喋った秘密は誰にも漏らしませんので、その点はご安心を」
「あの、ここ喫茶店ですよ」
由美が呟くように言うと、下田は恥ずかしさの余り顔を真っ赤に染める。穴があったら脱兎のごとく駆け込みたい! 由美はクスクス笑っていたが、はたと口を噤んで、目を下に落とす。
「……ごめんなさい」
「構いませんよ。それで話があるんでしょう?」
南部は何気ない調子でそう言った。今ので緊張は薄らいだようである。こういうときはまずリラックスさせなければいけない。そう思いながら、彼女が目を机に這わせているのを見ていた。下田が、
「あなたには絶対に危害が及びません。安心してお話下さい」
それを聞いて由美は安心する。ウェイトレスがケーキとアイスティーを運んでくるのが見え、下田が、
「さあさあ、甘いものでも食べてリラックスして」
由美はウェイトレスが下がるのを確かめて、辺りを見回す。そして身を乗り出すと小声で、
「田村って人が犯人です」
どうせ思い込みによるものだろう。そうでなければ田村を陥れたいのか。いずれにせよ大した情報は得られそうにないだろう。かと言って無下に断るわけにもいかない。南部は心の中で溜息を吐きながらも、尻ポケットから手帳を取り出した。ペンを構えて、
「詳しく聞かせて下さい」
「実は殺される前日、岩田先生の研究室に伺ったんですけど、そのときに廊下から聞こえてしまったんです」
共同研究室とはまた別の部屋だ。南部は頭の中で研究棟の地図を思い描く。言い淀んでいる由美を見て、下田が先を促した。
「田村さんと言い争っているのが、ですか?」
「はい、そうです」
「そのとき、誰かご一緒でした? お友達とか……」
「いえ、一人でした」
「何時くらいか覚えてますか?」
「十二時二十分でした。先生がその時間しか都合がつかない、とのことでしたので」
「どういう会話かは思い出せません?」
「……はい、でもかなり興奮してたみたいでしたよ。ぶっ殺す、という田村さんの怒鳴り声まで聞こえてましたから」
下田は声を潜めて南部に、
「廊下に響いてたんなら、この子の他に誰か聞いてるかもしれませんね」
瞑想にふけるように目を閉じていた南部は、黙って頷いた。下田はそれを見ると、安心して由美に向き直る。
「それで僕たちのところへ?」
「はい。昨日お話した方がよかったんでしょうが、怖くてなかなか」
南部は微笑みながら、
「いや、いいんですよ。お話下さってありがとうございました。……ちょっと失礼」
と言うと席を立った。ケータイで署に連絡しに行ったんだろう。下田はそう考えて、コーヒーをすすった。もっともコーヒーというよりはカフェオレに近かったが。
「ちなみに何のために行ったんです?」
そんなことまで話さなきゃいけないの? 由美は軽い怒りを静めようと、アイスティーを口に運んだ。表情を硬くして、
「修士論文のことで……」
「アポは取ったんですか?」
「はい、メールで」
そうすると田村が突然やってきたわけか。そして恐らく動物密輸のことで言い争いになってしまった……。しかしぶっ殺すという言葉だけじゃ逮捕するわけにはいかない。まぁいずれ詳しく調べていくうちに解ることだろう。そんなことをぼんやり考えながら空になったコーヒーカップを見ていると南部が戻ってくる姿が見えた。
下田の席までやってくると腰を落とし、下田に、
「田村のとこに行くぞ」
と囁いて、南部は手提げ鞄と伝票を取る。下田は由美に忙しなく一礼すると、南部の後を追った。急いでレジまで駆けていく二人を由美は、呆然と見送っていたのだった。
「いやぁ、警察の方は時間を持て余しているみたいでいいですね。私はそんなことを真に受ける心の余裕なんてありませんよ」
ペットショップで田村が大袈裟に首を振る姿を見て、下田は真面目な顔つきで言う。もちろん由美の名前は出さずに、ある大学生の証言によるものであることだけ告げたのだった。
「これも仕事ですから。例え小学生の証言でも裏を取ります」
皮肉で言ってるのが解らないのか。南部はそのやり取りを隣で聞いていて苦笑する。下田はペンを構えて詰め寄ると、
「それで、どうなんですか? 岩田さんと口論してました?」
田村は渋々頷いて、
「ええ、そんなことがあったのは事実です」
「何でもぶっ殺すとか言ってたそうですが」
「ええ、かなり興奮してましてね」
田村は挑発するように、
「でもそれで逮捕できるんですか?」
「逮捕はできません」
もっと手際よく尋問しろ! 苛々して南部が割って入った。
「それで口論の原因は何でしょう?」
まさか闇取引のことで揉めてた、と言える訳がない。田村は笑いながら、
「取引でちょっとした手違いがありましてね」
「具体的には?」
「そんなことまで言わなきゃいけないんですか?」
下田が頷くのを見て、首をすぼめた。どう嘘を吐こうか、と田村は考えた。ありふれているのは発注数を間違えた、と言うか。いや、それじゃこちらが怒鳴っていた理由にはならない。何か岩田の大きなミスでこちらが損害を受けた、と言うことにしなければいけない。そこまで考えて、
「岩田様が店で煙草を吸っていたんです」
「あぁここ禁煙ですか」
と下田は咥え煙草をしている南部を見る。
「いや、そういうわけじゃないんですけど。岩田様が煙草を放って、犬に火傷を負わせたものですから……」
「その場で注意しなかったんですか?」
「……気付いたのがその日だったんですよ」
とマナーの悪い客にほとほと困っている仕草をしているが、心の中では動揺していた。嘘がバレたらどうしよう。そんな心を見透かしてか、下田は更に問い質した。
「じゃあどうして岩田さんだと解ったんです?」
「彼が吸ってる煙草の吸殻が落ちてたんですよ」
下田は頷いて、
「それでその犬はどこに?」
「……もう売れちまいましたよ」
「火傷した犬を?」
田村は頷いて、
「ええ、火傷しててもいいから売って欲しいとのことでした。実は小さい女の子が駄々を捏ねていまして、どうしてもあの犬を欲しがってたみたいですよ」
「なるほど、色々なお客がいるんですね。それで?」
愚痴を聞かされたような気がして、下田は少しうんざりする。
「岩田様のところに抗議しに行ったんですよ。煙草を吸うのは俺の勝手だろう、と言いましてね」
「それで口論になったと」
一応筋は通っているようだ、と南部はわざと煙草に火を点ける。いや、こいつは嘘を吐いてる、と顔色を変えない田村を見て考えた。喫煙マナーの悪い客の話をしているときに煙草を吸ったんだ。普通は嫌な顔の一つくらい見せるだろう。どうせ闇取引でトラブルがあったに違いない。岩田が手を引くと言い出したのか、それとも分け前を巡ってか……。
そんなことを考えていると下田の軽蔑するような目線に気付いて、火を消した。その場を取り繕うように南部は咳払いをすると、
「……失礼。つまり動機はあるわけですね」
「まぁ……、それは否定しませんけどね。でも俺はやってない」
興奮の余り、唾が飛び散る。南部は飛んできた唾を袖で拭うと、静かにこう言った。
「それは私たちが判断することです」
「どういうことですか! 事故死って」
南部は真っ赤な顔をして、北野に詰め寄った。ステンレスの机を叩く音が部屋中に響き渡る。隣にいる下田は止めようとするがタイミングを掴めないらしく、困惑した顔で南部を見上げていた。北野は南部の剣幕に動じる様子も見せない。田村の聞き込みから帰ってきた途端に事故死にする、と言われれば怒るのは当然だろう。
「説明して下さいよ」
北野は機械のように冷たい声で、
「手記の信憑性が確認された。それだけのことだ」
「事故死にした方が楽だからじゃないんですか?」
北野はそれを聞いて、眉根を寄せる。
「どういうことだ? 鑑識の結果じゃ間違いなく神野が書いたものだと言ってるぞ。それに聞き込みの結果とも合うじゃないか」
「倉敷由美の証言はどうなんです? ゴミを捨てに行ってたって言う」
北野は手を振って、
「事件とは関係ないゴミを捨ててたかもしれないだろ。それに現場に居合わせた証拠を始末してただけかもしれない。いずれにせよそれだけじゃこの手記は覆せんよ」
「それじゃあ、神野の服はどうなるんですか? 見つかりませんでしたよ」
「お前らの探し方が悪かったんだろ。あるいは風で飛んだのかもしれない。それに例の本があった場所は一番上だ。もし凶器として使うんなら手近にある本を選ぶ」
「本の貸出データは残ってないんですよね」
南部が北野に訊いた。もしデータが残っていて、問題の本を誰が借りたか解るなら、その人物が疑わしいことになる。しかし司書の話によると毎日、貸出データは消すことになっているらしい。下田が口を挟んで、
「はい、事故があったとき、誰が借りたかはもちろん本棚にあったかどうかも解らないらしいですよ。もちろんそれ以前の貸出データも残ってません」
南部は忌々しそうに舌打ちをした。別に横から口を入れた下田が憎いわけじゃない。
「田村はどうなるんです?」
南部が北野に詰め寄る。
「限りなく怪しいでしょう?」
「それに関しては、入校記録に載ってなかったことからアリバイが成立した」
フン、と南部は忌々しそうに鼻を鳴らして、
「そんなもの偽名を使ったに決まってるでしょう!」
興奮する南部をからかうのが面白くて堪らない。北野は笑いを噛み殺して煙草に火を点けると、
「入校記録の署名は田村のどの筆跡とも一致しなかった。鑑識がそう言っとるんだ。間違いなかろう」
下田が口を挟んで、
「つまり犯行時刻には田村はK大学にきてないんですね?」
「そういうことだ」
この際、疑問に思ってることをぶつけてみよう。南部が仏頂面で北野を睨んでいると、下田が口を遠慮がちに挟んだ。
「手記によると偶然、本が落ちて、偶然、岩田の頭に当たって死んで、偶然、神野が無傷だった……とありますが」
下田の物怖じしない態度に南部は心の中で拍手を送った。言い方を変えれば無鉄砲なのだが。北野は下田を睨んで、
「何が言いたい?」
下田はケロリとして、
「偶然にしちゃできすぎてませんか?」
「でも可能性はゼロじゃない。それに仮にヤツが偽の手記を残したとして、何のために嘘を書いたんだ? 俺たちを撹乱させたいのならもっと目立つ場所に置くだろ。いいか? これは事故なんだ」
下田がポケットからマンガを取り出すと、角を触りながら、
「それに本がただ当たっただけじゃ死にませんよ。ここが当たらないと精々ケガ程度だと思います」
「偶然角が当たったんだろ。本の置き方を考えると不思議とは思わんね。それとも何か? 神野が殺したとでも言いたいのか?」
何をそんなに怒鳴らなきゃいけないんだろう? 下田は驚いて、目をぱちくりさせると、
「それは……。私はただ疑問点を述べているだけですから」
「……いずれにせよ、この一件は事故死で決まりだ。……コーヒー買ってくる」
と不機嫌そうに出て行った。南部は笑いを噛み殺しながら、下田はきょとんとしながら北野の後ろ姿を見送っていた。
「あの野郎!」
狭い下田の警察寮に南部の怒鳴り声が響き渡る。隅に置かれたノートパソコンにはアニメのキャラクターが映し出されていた。本棚にはズラリとマンガ本が並んでいて、南部はその前に胡坐を掻いて座っている。南部は手に持っていたビールの空き缶を握り潰すと、
「ふざけるな!」
すっかり酔いが回って、火のように真っ赤な顔をしている。傍らには何本もの缶ビールの空き缶が転がっていた。これ以上騒がれちゃ迷惑だ。でも一応、上司だし露骨にイヤな顔はできない。ましてや出て行ってください、なんて言うのはもっての外である。下田は困惑した表情で、なだめようと南部を見つめていた。
南部がもう一本開けようとしているのを見て、慌てて取り上げると、
「南部さん。もう止めた方が」
「うるせぇ! 俺が金払ってるんだ! いくら飲もうと俺の勝手だろ」
と言って缶に手を伸ばす。やれやれ、大変なことになった……。下田はそう溜息を吐いて、自分も缶ビールを空ける。まぁ気持ちも解らなくはないけど、事件を解こうという気にはならないんだろうか。このまま飲んでても明日二日酔いになるのが関の山だ。
「そりゃそうですけど……。南部さんはどう見てます?」
北野から何とか話題を反らそうと尋ねる。
「神野が犯人に決まってるだろ」
コンビニエンス・ストアで買った惣菜に箸を付けながら言った。
「じゃあ手記はどう説明するんです? あれは僕たちを騙すためのものじゃありませんよ」
「地球儀を見て下さい、とでも逮捕されたときに言うつもりだったんだろうよ」
「それだったらあからさまに出しておいた方がよくありません?」
確かに一理ある、と思いながらも何か釈然としない。それを聞いて、南部は喚いた。
「事故死とでも言いたいのか? この野郎!」
南部は下田に掴みかかろうと立ち上がったが、酔っているせいで足許がおぼつかない上に距離感も掴めない。空を手で掴んでしまい、その場にへたり込んでしまったのだった。そして吐き捨てるように、
「お前も北野と一緒なんだな」
「いや、そうじゃなくてですね……。僕は腑に落ちない点を言ってるだけで……」
南部の勢いに驚いて、首筋を掻く。この気持ちをどう説明したらいいんだろう?
「真実を暴きたいってわけか」
南部は口元を歪めて卑屈に笑う。
「そうでもなくてですね……」
「じゃあ、俺も腑に落ちない点を言わせてもらうが、本なんかで人が死ぬか?」
「鑑識じゃあの本で死んだって言ってますよ」
「鑑識なんてクソ食らえ! あんな奴ら刑事じゃねえ」
「そんな……」
下田はビールの空き缶をゴミ箱に投げ入れようとした。縁に当たり、転がるのを見て南部は笑った。
「下手くそ」
下田は立ち上がると、缶を拾おうと千鳥足でゴミ箱に歩み寄る。ふとノートパソコンのバッテリーが目に入り、何気なく手に取る。火照った身体には冷たくて、気持ちいい。ふとある考えがよぎり、ノートパソコンのバッテリーをしげしげと眺める。思い切り振り下ろすと、顔つきが見る見る変わっていく。それを眺めていた南部は怪訝そうに近寄って、
「どうした?」
と訊くと、下田は屈託のない笑顔を浮かべ、
「南部さんの疑問が解決しましたよ」
「バッテリーを本の箱の中に隠したのか」
「当たりです」
「で、でも調べたときにはなかったぞ」
「当たり前ですよ。神野がそんなヘマをやるとは思えない」
と呟くように言うと、ドシンと上で何かが落ちる音がした。南部が天井を見上げ、
「何だ? 今の音」
「あぁ、多分上の人が物を落としたんでしょう。気にすることはありませんよ。よくあるんですよ」
と言ったかと思うと、目を輝かせこう呟いた。
「手記が覆るかもしれません」
四
夕陽が一台のセダンを照らしていた。そのセダンの運転手は「神野」という表札を見つけると、怪しまれないようにゆっくりと近づいて、表札を確かめる。脇で三羽のカラスが生ゴミを食い散らかしているのが見えた。すぐさま近所の主婦が箒を持って駆けつける。
セダンはゆっくりと主婦に近づいて、窓を開けた。そしてにこやかな笑顔で、
「神野先生の家はここですか? K大学の」
「誰ですか?」
と主婦は疑るような目付きで男を見る。最近は幼稚園に刃物を持った男が侵入したりと物騒な事件が相次いでいるからだろう。箒の柄をしっかりと握り締めている。
「こういうものなんですけど」
二つ折りの財布を取り出すと、名刺を渡した。
「出版社の……方?」
「実はですね、先生の原稿を取りに行かなければいけないんですよ」
「あら、でも担当者だったら神野さんの家知らないの?」
疑るような目がより一層濃くなった。男は困ったような顔を作って訴える。
「それがいつもの人が熱を出してしまいまして……」
警戒心が解けたのかどうかは解らない。いや、恐らく解けていないのだろう。主婦は仏頂面で、真正面の家を指差した。男は爽やかな笑顔で、
「ありがとうございました」
腕時計を見て、わざと聞こえるように呟いた。
「まだ一時間もあるな、あそこのマックで時間を潰すか」
車を発進させるとエンジン音に驚いて、バサバサとカラスが一斉に飛び立った。
角を曲がると、双眼鏡を取り出す。ポケットから取り出したリンゴを丸齧りすると、田村は低く笑ってこう呟いたのだった。
「これから楽しみにしておけよ、神野……」
「どうやら事故らしいわよ」
と言うと神野の妻が夕食後、湯飲みにお茶を注いだ。どうやら殺人じゃなきゃ気が済まないようだ。それも単なる殺人なんかじゃなくて裏にマフィアが絡んでいそうな。どことなく落胆して、不機嫌な妻を見て考える。
ここは当たり障りがないことを言おう……、と思って神野はお茶をすする。
「そうなんだ。……学生たちが落ち着くまでにはまだまだ時間が掛かりそうだけどね」
「そうでしょうね。ああ、てっきり殺人事件だと思ったのになぁ。ペット屋から出てきた上着とかはその証拠なのに……」
それを聞いて神野は苦笑した。
「警察が事故だって判断したんだから事故なんだよ」
「もう、警察って事故とか自殺にしたがるのよね。その方が面倒臭くないし……」
何やらブツブツ不満げに言っていると、電話が掛かってきた。妻が足早に電話に駆け寄る。神野はやっと妻の話から解放されてホッとするとともに、電話に出るときの声の変わりように苦笑した。
「もしもし、神野ですが。……はい、少々お待ち下さい」
保留ボタンを押すと、電子音で「エリーゼのために」が流れ始める。ぶっきら棒に妻は、
「あなた、電話よ。田村って人から」
田村? 誰だろう? 訝りながらも相手を待たせてはいけないと足早に駆け寄ると保留を解除した。
「もしもし」
「あんたが神野だな。やっと見つけたぜ」
「失礼ですがどちら様でしょう?」
「本当に失礼なヤツだ」
田村は低く笑って、
「罪をなすりつけたヤツの名前も忘れちまうなんて」
妻に聞こえないようにさり気なく居間から出ると、声を押し殺した。緊張で火照った身体に廊下の冷たさが気持ちいい。薄暗い廊下の扉にもたれて、ガラス越しに妻の様子を伺った。幸い気付く様子もなく皿洗いをしている。
「どうやってここを知ったんだ」
「あんたと同じやり方だよ」
「あれは事故だったんだ。そうだろう?」
「確かに事故だそうだ」
と言って芝居じみた大袈裟な調子で、哀れむように、
「だが果たして信じてくれるかどうか……」
「どういう意味だ」
田村は面白そうに笑って、
「うちの店の裏に服の裏に服が捨ててありましたよ。血の付いた服が。あれはこっちで預かっておきます」
「ま、待ってくれ」
と言って、血の気が失せる。南部にカマを掛けられたんだ! 下手なことを言わなくてよかった。そう安心するとともに上着を早く取り戻さなければと焦る。このままじゃ寝てもいられない。
「何だ?」
「僕を脅す気か」
田村は大袈裟に溜息を吐いて、
「脅す? 人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」
「……解った。いくら払えばいい?」
「いきなり大金が用意できるはずがありませんから、まずは三万」
「まずは!? これからも要求する気か」
田村は呆れたように、
「当たり前でしょう。これがそんなに安く買えるわけがないでしょう?」
ひとまず相手の要求を飲もう。しかしこんな関係をだらだら続けるわけにはいかない。それに要求額だってエスカレートしていくに違いない……。いずれ何とかしなければ、と思いながら、
「解った。まずは三万だな」
「物解りがいい先生で助かった」
と言って田村は下卑た笑いを浮かべる。南部に相談しようか? いやダメだ。南部に相談したらあの晩のことが明るみに出てしまう。恐らく田村はそのことを見越して強請っているんだろう……。どうしたらいいんだ。落ち着け、と言い聞かせるものの、いい案が思い浮かばない。
考えを妨げるようにチャイムが鳴る。助かった。これを口実にいったん電話を切って、また考えよう。居間では妻がワイドショーを見ながら煎餅をかじっていた。不機嫌そうに腰を上げる。
「客が来たみたいだ。また後で掛けなおす」
田村は聞こえよがしに舌打ちをすると、いたぶっているのを楽しんでいるような間延びした声で、
「ラッキーでしたね、先生。じゃあ明日、研究室で」
と言うと電話を切ったのだった。しかしこんな夜遅くに誰だろう? まさか田村じゃないだろうな。もしそうだとしたら妻と合わせたくはない。大学の同僚とでも言えばいいんだろうが、平和な家庭を侵しそうで嫌だったのだ。
廊下に出ようとする妻を手で止め、
「いい。僕が開けるよ」
と言って、玄関に出る。扉を開けると、南部と下田が立っていたのだった。
「今さら刑事さんが何の用でしょうか?」
南部と下田を居間に招き入れ、神野が言った。妻はTVを消すと、お茶の支度を始める。南部は頭を下げると、
「実はあなたが大学に行ってる間に部屋を調べさせてもらいましてね。それでこんなものが出てきたんです」
と手記を手提げ鞄から出す。見つからないと思っていた神野は一瞬うろたえるが、これを逆に利用しようと思いついた。それに手記が見つかってるんなら話が早い。後で田村のことを相談しよう。これで田村も終わりだ……。
「待って下さい、刑事さん。確かに私はこの手記を書きました。でもこれには事故と書いてあるじゃないですか? もし警察を惑わすためならこれをもっと目立つところに置きますよ」
「いいや、この手記に書いてあることは嘘です」
「ほう、そう断言できる証拠でもあるんですか?」
不敵に笑う。何をバカなことを言ってるんだ? あれは事故だったんだ。南部が何か言おうとすると、下田が口を挟んだ。南部は渋い顔をしてお茶をすする。
「偶然本棚の本が落ちて、偶然岩田さんの頭に当たって死んで、偶然あなたは無傷だったんですよね」
「何が言いたいいんです?」
神野は気色ばんで言う。
「事実そうだったんですから仕方ないでしょう? 第一何のためにこの手記を書いたんですか?」
関係ないわよね、と言いたげな目で妻は神野を心配そうに見ていた。それに気付いて神野は微笑んで頷いて、
「この手記にも書いてあるように、記憶を整理するためです」
「だったら……」
「人の話を最後まで聞いて下さい」
こいつに言われても説得力がない! 下田に言われ、そう思ったが無闇に荒波を立てたくはなかった。ここはしおらしくしよう。
「すみません」
「確かにこれは記憶を整理するために書いた。ただしこう思いたい、という願いを手記に残したんじゃないんですか?」
「どういうことですか?」
下田は首筋を掻きながら答える。どう言おうか迷っているようだ。
「偽の記憶を植え付けるため、と言ったら解りやすいでしょうか」
「バカも休み休み言って下さいよ」
と神野は溜息を吐いて、
「どこにそんな証拠が」
「司書の証言と食い違うんですよ」
「何ですって?」
「いくら頑丈な作りとは言っても人が死ぬほどの本が落ちたら下の階にいた司書は気付くでしょう。でも司書は何も聞こえなかったと言ってる。第一、物音がしたら二十階まで様子を見にくると思いませんか?」
「何が言いたいのかがイマイチよく解らないのですが」
「ではなぜ死体の描写をハッキリと描かなかったんです?」
下田の問いに、神野は少し吐き気を催す。頭が割れて、血まみれの死体の映像が頭をふとよぎったからだ。あのとき何があったんだろう? 必死に思い出そうとする。しかし思い出そうとすればするほど、霞掛かったように掴みどころのないものとなり、それが余計に神野を焦らせるのだった。
神野は思い出すのを諦めて、
「思い出したくなくて、無意識に書かなかったんだと思います」
「こうは考えられませんか? 詳しく書くと後で僕たちが来たときに困る。記憶と実際の写真が食い違ってしまいますからねぇ」
焦れったいヤツだ! 苛々して南部が口を挟んだ。
「つまり私たちはこう考えたんです。あの日は二十階で本なんて落ちなかったんじゃないかって。そうすると手記の信憑性も疑わしくなる」
「あれは事故だったんです。バカバカしい」
口では否定したものの、内心ではかなり動揺していた。南部たちに真実があばかれるのを恐れてではない。あの日の出来事が正確に思い出せないのだ。しかも下田に言われれば言われるほど、自分の記憶が信じられなくなってくる。
南部は鋭い目で見据えて、
「それは神野さんがそう思ってるだけでしょう?」
「そりゃそうですけど……。そんなこと言い始めたらキリがない。それに事故だったんです」
あのとき、本当は何が起きたんだろう? と思って首をゆっくりと振る。何も思い出せない。あのときの記憶だけが切り取られているのだった。
「警察の発表でもそうだったはずだ、なぁ」
と確認するように妻を見ると、彼女は頷いて、
「ええ、そうよ」
それを聞いて、神野は安心する。下田に正確に話すために思い出さなければいけない。しかし胸騒ぎがする。思い出してはいけない、ともう一人の自分が警告しているようだった。
下田はさらに追求する。
「もし事実をありのまま書いたとしたら読んだのは一回だけのはずですよね」
「ええ、私は一回しか読みませんでしたよ。何回も読み返しても仕方ないでしょう」
神野は自信たっぷりに頷いた。
「それは嘘です。あなたは何回も読み返している」
「どうしてそんなことが言えるんです?」
「ショウモンですよ」
「証文? 借金なんてしてませんよ」
誤解されてしまった、と下田は慌てて、
「あぁ掌の痕のことです」
掌紋と書くのか、と始めて気付く。とともに何度も読み返した記憶が甦ってきた。何のためにそんなことをしたんだろう、と考える。理由は簡単だった。自分の記憶を上書きするためだ。本当の出来事が洪水のように押し寄せてきて、冷や汗が出る。取り返しの付かないことをしてしまった!
次の瞬間、言い逃れる方法を考えて、必死に頭を捻る。神野は引き攣った笑いを浮かべて、
「それがどうしたって言うんです? 掌の痕くらい私が書いた手記ですから付いててもおかしくはないでしょう」
「そうですかね? 確かに指紋ならあちこちに付いてても不思議じゃありませんが、掌紋となると話は別ですよ。これは明らかに何回もじっくり読んだことになります」
「お、思い出した。転んで机の上に手を突いてしまったんだ」
瞑想するように閉じていた眼を少し開いて南部が、
「ほう、それはいつですか?」
「これをしまおうとしたときです。お恥ずかしい限りで……」
「それはおかしいですね」
と下田が言う。
「何個も見つかったんです。まさか何回も転んだ、というわけじゃないんでしょう?」
「だいたい本が落ちてきたくらいで人は死なない。ましてや頭蓋骨陥没ともなるとなおさらだ」
と南部は煙草に火を点けて、
「でも本の箱にノートパソコンのバッテリーを仕込んで、後ろから殴ったんなら話は別になります」
「た、単なる空想にすぎない」
「だったらバッテリーを持ってきて下さい」
南部は灰皿に灰を落として淡々と、
「鑑識に回します。岩田さんの傷口と完全には一致しないはずだが、それでもかなり信頼できるデータが出る。例えば……箱のパルプ繊維とかね」
「あなた……、嘘よね」
妻は全てを察して、信じたくないと言うように神野を見る。その顔は今にも泣き出しそうだった。それに気付いて、神野は俯いて立ち上がるとこう呟いた。
「二階、行ってもいいですか?」
南部が止めるために灰皿に吸殻を捨てて立とうとする。下田はやんわりと押し止め、沈んだ声で言う。
「彼は逃げませんから待ってあげて下さい」
二階へ上がる神野を妻は心配ように見送る。神野は暗い面持ちで階段を一段一段踏みしめるように消えていった。二階に上がったというのに電気すら点かない。書斎のドアの開く音と影で書斎に入っていったのは妻にも解った。
「あなた……」
妻は不安そうにその様子を見守っていた。下田と南部は掛ける言葉が見当たらずに、ただ神野が降りてくるのを待つばかりだった。
しばらくして二階で物音が止み、階段の電気が点いた。階段を駆け下りる音が聞こえ、南部たちは手錠を用意した。降りてきた神野を見て、誰もが息を呑んだ。さっきとは打って変わって、これまで着たことのないようなスーツにネクタイ、ワイシャツと言った正装で降りてきたのである。髭もキレイに剃り、まるで何かの式典にでも出席するようだ。
「あなた……」
妻は涙を流した。彼女が周りから白い目で見られたくなくて、慣れない正装を着たことが解ったのである。神野は南部に、
「ペットショップの田村という男が私の上着を持っています」
と言って、事情を掻い摘んで話した。妻が田村から脅迫されるかもしれない、と気が気でなかったのだ。その間、南部は時折頷きながら聞いていたが、あれこれ問い質すこともなかった。これが彼なりの優しさなんだろう。神野はそう思った。
「……それから刑事さん、私の我がままを聞いて頂けますか?」
南部は手錠をポケットにしまうと頷いた。神野は寂しげにポツリと、
「妻は誰が守るだろう」
「あんたが守るはずだったんだよ。それをあんたがぶち壊しにしちまった。違うか?」
「でも……岩田を許せなかった」
「確かに岩田のやったことは決して褒められたじゃない。でも人を殺したあんたにそんなこと言えるのか?」
神野は長い溜息を吐くと、煙草を咥えた。下田が火を点けてやると、美味そうに紫煙を吐き出す。留置所に入ったら自由に煙草は吸えなくなるんだ。最後の一本になる吸殻を名残惜しそうに見つめていた。
庭に吸殻を捨てると神野は玄関に立ち、いつもと変わらない様子でこう言った。
「それじゃ、行ってくるよ」
玄関を開けると北風が一気に舞い込んでくる。愛猫が神野の足に擦り寄って彼の顔を上目遣いに見る。どこに行くの? いつ帰ってくるの? そう訊きたそうに鳴いている。
妻はそれを抱き上げ、神野がパトカーに乗り込む姿を見送っていた。見えなくなると猫の頭を撫でて、寂しそうに空を見上げる。宝石箱をひっくり返したような満点の星空だった。
「パパはギリシャの学会に出るために遠くに行っちゃったの。さぁ、寒いからおうちに入りましょうね」
ミャーと愛らしく頷くと、妻に抱きかかえられて中に入った。玄関の灯かりは二人で育て上げたイチジクの樹に絡み付いている蛇を映し出していた……。