O(修のお)の悲劇〜眼科編〜 (1)  教習所で免許を取ると言う事になり、視力検査をしたのだが基準の0.7にはほど遠い0.5を記録 した僕は慌てふためいて眼鏡屋へと駆け込んだ。そこで顔見知りに店員に、これ以上はどうしようもな いと言われ、意を決して眼科へと足を運ぶ事になったのである。  目的はコンタクトレンズ。そう、目玉にレンズを「ちょえええい」とのっけるあれだ。  午前十時に診察をするはずだったのだが、なかなか順番が回ってこない。する事がなくて、喫煙室に 行って煙草をふかしたり、母親と「免許取ったら」などと雑談に花を咲かせていた。  喫煙室に引っ込んだ僕と母親は、未だに順番が来ない事にイライラしつつも、 「コンタクトレンズって痛いのかな?」  などと話をしていた。 「痛いわけないでしょ。慣れればあんなもん自転車と一緒」  とわけのわからない言葉が返ってくる。すると、看護婦が喫煙室に来て、 「早川さん?」  と言った。どうやらさっきから読んでいたのにこっちが気付いていなかったらしい。ベスビオ火山み たいに顔を真っ赤にして、待合室へと駆け込んだ。当然そこからは一人である。  診察室前の長いすには患者がいっぱいいて、みんな何故か仏頂面である。そりゃ目玉という大事なと ころが病気になったら誰だって不安になるだろう。僕も例外ではない。 「ああ、コンタクトレンズで視力上がるかな・・・」 「コンタクトレンズの手入れって面倒なのかな・・・」 「視力上がらなかったら免許取るお金でクーラー買おうかな」 「携帯も買い換えたいな」  などといらぬ心配までする始末。 「大丈夫かなあ」  と呟いてうつむき、蛍光灯のボンヤリとした灯りを反射するリノリウムの床を見つめてため息をつい た。うじうじしていたって仕方がないじゃないの。なんとかなるさ適当に。そう自分に言い聞かせてい きおいよく顔を上げた時、最初の悲劇が起きた。後ろの壁に「ガツン!」と頭をぶつけちゃったのであ る。 「アイッチャッチャ!」  とわけのわからない悲鳴を上げるもんだから患者も看護婦もみんな驚いてこっちをみている。そして 僕がやらかした事に察しがつくと、そこかしこでクスクスと笑う声が聞こえる。んもう恥ずかしさのあ まりに穴があったら三回転半ひねりで潜り込みたくなるほど恥ずかしくなった・・・。 (2)  ようやく検査の順番が来て、最初に「視野検査」を行う事になった。カーテンで仕切られたくらい部 屋の中で、デッカイ箱の中心を半球にくりぬいた変なところへ顔を突っ込むのである。すると瞼(まぶ た)をテープで固定されて、看護婦が言った。 「それじゃこのスイッチをもってください。オレンジ色の光を見続けて下さいね。すると周りが光りま すから、光を感じたらボタンを押してください」  つまり、オレンジ色の所に視覚を集中させてどこまで見えるかを検査するのである。たかがコンタク トレンズでここまでやるのだろうか? 不審に思いながらも検査が始まると、ここから「視野検査装置 」と僕の壮絶でくだらない戦いが幕を開けたのである。  僕の目はちょっと変で(と言っても目が三つあるわけではない)、瞼を持ち上げる筋肉が弱くて目を 細めてしまうのだ。そうなれば前が見えないから顎を突き出す事になり、まるでイースター島のモアイ 像みたいになるのである。 「それじゃスタートします」  そう言って看護婦が部屋から出ていく。点で作った十字の上にオレンジ色の光がある。僕はそれに右 目を「んぬぬっ!」と集中させた。はじまって五秒くらいで目が疲れてくる。  瞼を押し広げているから涙が出てきて、視界がぼやける。そうなると一体どこで光っているのかわか りゃしない。とにかく見えたものだけに集中してボタンを押していくと、涙が引いて視界がはっきりす る。強い光に弱い光。それが不規則に半球の中で点滅する。それを見ながらひたすらボタンをポチポチす る姿は滑稽だ。  ちょっと想像してもらいたい。カーテンで仕切られた真っ暗な部屋の中、箱の中に顔を突っ込んで貧 乏揺すりと共にボタンを猛烈な勢いで「カチカチカチカチカチカチ」させている中年男と間違われる僕 の姿。自分で想像しても不気味きわまりない。あー、気持ち悪くなっちゃった。  閑話休題。  さて、視野検査を終えた僕は結果と共に診察室へ戻った。そして、医者から死刑宣告、二度目の悲劇 が起きたのである。 「緑内障の疑いがありますね」  緑内障と聞いて僕は気が遠くなった。検査を待っている間、壁に貼られた「緑内障の危険!」という ポスターをまじまじと眺めていたのである。どういう病気かというと、どんどん視界が狭くなっていく 病気だ。解りやすく言うなら、良く犯罪番組などで使われる隠しカメラの映像を想像してもらえればい いだろう。 「あの、それって・・・手術とかするんですか?」 「手術はしなくても大丈夫ですけど、コンタクトレンズにしても視力は矯正できるかどうか・・・」  コンタクトレンズよりも緑内障と言われた事のショックの方が大きくて、話の後半は上の空であった ・・・。  診察を終えて、会計伝票を待っていると、看護婦が小走りにやってきた。 「この病院でコンタクト買うと四万円ぐらいするので専門店で買った方がいいですよ」  と言い出したのである。病院は販売用のコンタクトレンズとは違い、「医療用具」として扱われるた め定価で扱われるのである。あまりの高さに腰を抜かした僕と母親は即座に、 「量販店を教えて!」  と声を揃えて口走ったのである・・・。