「自然死?」 「ああ。検死官がそう言ったよ。間違いない」  大谷郁夫警部は、手袋を外しながら言った。 「ショックで死んだ。それだけだよ。眞司、俺は忙しいんだ」  眞司は、残念そうにため息をついた。  関根隆吉の死因は、ショック死であった。元々心臓が弱かった関根は、何か のショックで死亡した。自然死として片づけられてしまったのだ。 「ちょっと、待ってください!」 「うるさい奴だなあ。俺は山ほど事件を抱えてるんだ。主婦の暴行殺傷事件や ら十年前の地主殺害の事件、仏さんにゃ悪いが、自然死した奴をかまってるほ ど暇じゃないんだ」 「でも・・・」 「眞司、ちょっと来て!」  話に割り込んできたのは、香の声だった。関根の肖像画が掛かっている真下 にしゃがみ込んで、手招きをしている。眞司と大谷は香の元へいった。 「どうした?」 「これみて」  どこで借りてきたのか、香はピンセットで紙をつかんだ。 「なんだこれ」 「ゴミだろ」 「よく見て。この紙、表と裏で色が違うの。こっちが赤色で、こっちが白」  ピンセットでつまんだ紙の表裏を見せて、 「臭いわね」  と呟いた。 「関根健児です。こっちが妻の美佐江。この二人は、関根竜太と、秀美さん。 こちらが、桂千恵美さんと、そのお子さんの高志君」  大広間。大きな暖炉があって、その上には関根一族の肖像画がずらりと並ん でいる。マントルピースの上には家族の写真や、時計がおかれている。部屋い っぱいに敷き詰められた絨毯の上に、ヴィクトリア調の家具がおかれ、そこに関 根一家が座っている。 「関根隆吉さんについてですが、どうやら他殺という方向がでてきました。それ でですね、全員の事件当夜のアリバイを確認させていただきたい」  大谷は手帳を開いて、椅子に座った。眞司達三人は、現場に残っているのだ。  一番最初に口を開いたのは、健児だった。 「私は自分の会社へ電話をしておりました。不動産と金融をやってるんですがね ・・・ それで、融資に関することで電話をしなければならなくて。それについ ては会社に問い合わせてください。妻は私の部屋で化粧をしていました。重役と 少し電話で会話をしているので、それも確認できるはずです」  健児は、よどみなく、すらすらと答えた。大谷は疑り深い目で健児を見つめて いたが、やがて視線を手帳に落としてメモを取り始めた。 「そこの二人は?」  ショッキングピンクのジャージを着た関根竜太は、テーブルに足を載せ、同じ 服装の関根秀美はマニキュアを塗っている。 「話を聞きなさい」 「うるせぇなあ!」  大谷は立ち上がると、男の胸ぐらをつかんだ。大谷の目を見た竜太は縮あがっ ている。 「人が一人死んでるんだ。真面目に聞けよ。お前らみたいな奴を見てるとムシャ クシャするんだ。鉄砲で頭吹っ飛ばされたくなきゃ、質問に答えるんだな。言っ とくが、射撃訓練じゃ誰にも負けたことないんだぜ」  そう言うと大谷は竜太を突き放した。反動で竜太は椅子に頭をぶつけてうめい た。要するに大谷は若者が嫌いなのである。それも、竜太のように人生をいい加 減に送っている若者が、である。 「関根竜太だな?」 「ああ」  竜太はふくれっ面でそう答えた。 「こっちが秀美。俺達部屋の中にいたよ。テレビ見てた」 「誰か証明できる人は?」 「いるわけねぇだろ」 「何だって?」  大谷がにらむと、また竜太はびくびくし始めて、 「いません・・・」  と答えた。 「では・・・桂千恵美さん、あなたは?」  千恵美は、泣き腫らした顔で高志の頭をなでた。 「私、息子と部屋にいました。隆吉さんのお部屋の隣にいたんです。高志を寝か せつけてから、シャワーを浴びていました。どこへも出かけていませんし、誰に も会ってません。だから、証明できる人は・・・」 「わかりました。結構です」  大谷は手帳を閉じて、 「それでは、捜査が終わるまで、この屋敷からでないでください。どうしても外 出しなければならない事情がある場合は、どこへ行くのか、何をしにいくのかと 、連絡先を明かしてからにしてください。無断で外出した場合、容疑者として手 配しますからそのつもりで」  大谷はそう言って、大広間を出ていった。 「おかしいなあ」  眞司は関根に届けられた誕生日プレゼントを前にして腕を組んでいた。 「どうしたの?」  香があちこちの美術品をいじくり回しながら言った。もちろん指紋が付かない ように手袋をつけているのだ。 「プレゼントが一つ足りないんだよ」 「足りない? お前の記憶違いじゃねえのか?」  京介は椅子にふんぞり返って天井を見つめていた。 「京介手伝え!」 「いや。面倒くさい」 「プレゼントの数は三十二個、でも三十一個しかない。なんでだろう・・・」 「京介君、お腹空かない?」  突然香が椅子に座って欠伸をしている京介に言った。 「空いた!」  京介は椅子から飛び上がって、 「何食いたいんだ? 買ってくるぞ!」 「そうねぇ、上野のウナギが食べたいわ」 「わかった!」  京介は途端に元気になって、眞司に駆け寄ると、右手を差し出してにやけてい る。 「なんだよ」 「お金」  眞司は、財布を出して、一万円札を五枚渡した。 「京介の給料から抜いてやる・・・」  眞司はぶつぶつ言いながら、部屋の中をくまなく調べていった。 「それで、結局何もなかったのか?」 「うん。プレゼントが消えてるんだ。それだけだよ」 「主が死んで、プレゼントが消えた。アリバイがないのは、関根竜太と秀美、桂 母子。俺は竜太だと思う」  大谷は眞司の部屋に来ているのだ。そこで眞司と香と一緒になってコーヒーを 飲んでいるのである。 「どうして?」  香が言った。 「あいつら、金に汚いそうじゃないか。だからだよ」 「大谷さん、あなたいつからそんな風になっちゃったんですか?」 「どういう意味だ?」 「調べもしないで決めつけるなんて、どこかの三流小説にでてくる刑事と同じレ ベルよ」 「おい・・・」 「警部、いくらああいう手合いが気にくわないからって、拳銃で頭ぶち抜いたり しないでくださいよ」 「わかってるよ!」 「とにかく、俺一度本庁へ戻るから、また何かあったら連絡をくれ。・・・京介はどこだ?」 「ああ、あいつなら上野」 「上野? 上野に何の用だ?」 「ウナギ食いに行ったんだよ、あの馬鹿!」  眞司は熱いコーヒーを一気飲みして、目を白黒させたのだった。