「この屋敷は、中世の城をそっくりそのまま移築したものなんです。おかげで 面白い仕掛けがいくつも残ってましてね。まだ、全部知ってるわけではないん ですけどね。なにか面白いものがあったら、お目にかけますよ」  関根隆吉は、食事をとりながら眞司に話して聞かせた。  朝、今日は関根の誕生日。財界人などが集まって、盛大なパーティーが開か れるのだ。おかげで眞司達は朝早く起きて、食事の用意だったり、セキュリテ ィ面を向上させるために事務所から持ってきた小型のカメラの設置などに大忙 し。料理をする人間に気を配り、できあがったものはその場で試食する。もち ろんその担当は京介で、 「試食してくれ」  と眞司が京介に任せたのだ。 「試食じゃなくて、毒見だろ・・・」  とブツクサ文句を言っていた京介も、旨い食べ物を目の前にして、満更でも ない様子である。 「眞司、カメラの設置はすべて終わったわ。部屋で見られるようになってる。 ・・・依頼主の部屋につけるの?」  香が、小声で眞司に囁いた。 「いや、夜は部屋の前に椅子を置いて、俺と京介が交代で見張る事にしてるか ら、問題ないだろう。そうだ、香、この料理を、息子夫婦に」 「わかった」 「眞司、他に食べるのないのか?」 「食ってないで手伝え」  眞司は厨房を出ると、一旦自分の部屋に引っ込んで、モニターのスイッチを 入れた。各階ごとの映像が映し出される。 「問題、なし」 「あら、千恵美さん」  美佐江は、廊下ですれ違った千恵美に声をかけた。 「どうも・・・」 「千恵美さん、あなた、いつまでこの屋敷にいるつもり?」  美佐江の口ぶりは、はっきりと敵意が篭っていた。 「いくらお父様のお気に入りでも、お父様が死んだら、あなたには出て行って もらうわよ」 「そんな!」 「汚い手で触るんじゃないよ! ドブネズミ!」  つかみ掛かった千恵美の手を振り払って、美佐江は千恵美を突き飛ばした。 反動で千恵美は壁にぶつかって、頭を打ち付けた。 「痛い・・・」 「高志、だっけ? あの連れ子とどこかへ行けばいいのよ!」  美佐江は唾を千恵美に噴きかけて、廊下を大股に歩いて行った。  千恵美は床に座りこんだまま、顔を覆って、泣き出してしまったのである。 「こりゃ、凄いな・・・」  部屋でモニターを眺めていた眞司は、スピーカーから流れてきた今の会話を 聞いて、なんだか腹が立った。 「玄関に切り替えよう」  所々に設置されたカメラは、無線を使って映像を送っているので配線はいら ない。そのため、取り付け、取り外しに優れている上、小型のカメラなので気 付かれる心配もない。眞司は、ストーカー事件などの調査でこのカメラをよく 使っていた。眞司が頼れる、唯一の機械である。  玄関のカメラに切り替えたとき、続々と高級車が集まってくるのが映し出さ れた。フェラーリなどの高級車の中に混ざって、ちょっと変わった車が一台入 ってくるのが目にとまった。さびだらけの、汚い車である。 「誰だこいつ」  ショッキングピンクのジャージに身を包んだ、二人の男女が降りてきた。ズ ームアップしてみると、金髪にサングラス。二人ともである。男はガムをかん で、女は煙草を咥えていた。 「二号に切り替えよう」  もう一台のカメラに切り替えると、二人の顔がアップで映し出されて、思わ ず眞司は飛びのいてしまった。  パーティーは問題なく終わり、残ったのは、疲れ切った体と、関根に用意さ れた、誕生日プレゼントの山である。眞司と香、京介はそれを関根の部屋に運 び入れて、眞司以外の二人は、食堂へ戻って行った。 「隆吉さん、お体は大丈夫ですか?」  千恵美は、少々顔色のよくない関根に声をかけた。 「ああ、大丈夫だよ」  ぎこちない笑顔ではあるが、それを見た千恵美はなんとなくほっとした。 「お父様、こんなドブネズミに優しくする必要ありませんわ。主人のお兄様が 亡くなってから、もう何年経つと思ってらっしゃるの? あなたいつまでも悲 劇の未亡人気取ってないで、早く出て行きなさいよ」 「美佐江!」 「なによ。私は本当の事を言ったまでですわ。何か問題でも? お父様」 「あるに決まってる! 美佐江、高志君もいるんだ。子供の目の前でなんて事 を言うんだ!」 「ドブネズミの子供はドブネズミよ。・・・あなた、行きましょ」  美佐江は、健児を伴って食堂を出て行った。千恵美は今にも泣き出しそうな 顔をしている。香はそっと千恵美に近寄って、ハンカチを差し出した。 「嫌な奴!」  香はイーだと子供みたいな真似をして、千恵美の肩に手をかけた。 「あの人、いつもああなの?」 「ええ」  千恵美は、目頭をハンカチで拭うと、 「ありがとうございました」  とハンカチを返して、ふらふらと食堂を出て行った。  夜。眞司はあくびを噛み殺しながら、関根の部屋の入り口に陣取っていた。 使用人が身につけるエプロンのポケットには、特殊警棒が入っている。特殊警 棒とは警察官が使用しているものと同型で、十五センチくらいの大きさである 。鉄でできていて、グリップをしっかり握って振り下ろすと、中に収納されて いる部分が飛び出して、三十センチ弱の大きさになる。思い切り振り下ろせば 、手の骨を折ることができる強力なもので、眞司も何度か警棒に救われたこと があった。京介は自室に待機させてある。何かあれば、イヤーレシーバーを通 して助けを求めることができるようになっているのだ。ちなみに京介には、催 涙ガス銃を持たせてある。香の場合は・・・必要ないだろう。香ならゴジラと 素手で戦える。眞司はそう思っているのだ。本人が聞いたら、荒れ狂う波のよ うに怒るだろうが。  部屋の中で、何やらごそごそと音がした。眞司はドアに耳をくっつけて、 「大丈夫ですか?」  と声をかけた。ややあってから、 「ああ、大丈夫だよ」  と返事があり、眞司はまた椅子に腰を下ろした。  数時間後、眞司は京介と交代して、部屋に引っ込んだ。 「眠い・・・」  眞司と違ってあくびを噛み殺すどころか、カバ顔負けの大欠伸をかまして、 京介は目を擦った。そして、エプロンのポケットから催涙ガス銃を出して、壁 の花瓶に向けて、狙いを定め、銃を撃つ真似をして暇を潰し始めた。軽く引き 金に指をかけて、もう一度花瓶に狙いを定めた途端、大量の催涙ガスが発射さ れて、京介は思わずガス銃を放り投げた。そんなことをするもんだから、銃口 が京介の顔を向いて、催涙ガスが思いきり顔に噴きかかってしまったのである 。 「痛い!」  目が見えなくなって、鼻をへし折られたようなひどい痛みが京介を襲った。 「どうした!?」  眞司が飛び出してきて、ガスを見て慌てて部屋に引っ込んだ。 「薄情者!」  京介はたまらずそう叫んで、トイレに向かって走っていったのである・・・  翌日。雨だった。しとしとと降り続く雨は、気分を憂鬱にさせる。眞司は昨 日の騒ぎのおかげで、一睡もできなかったのである。それに引き換え、香はい びきまで掻いて、実に気持ちよさそうに眠っていた。 「さて、様子を見に行くか」  眞司は関根の部屋の前まで行き、ドアをノックした。 「関根さん、起きてください」  返事がなかった。 「関根さん?」  ドアノブを回したが、鍵かかかっていて開かない。眞司はポケットから鍵を 取り出して、鍵穴にさしこんだ。 「関根さん、大丈夫ですか?」  部屋に入るなり、眞司は目を見張った。関根が暖炉の前に倒れていたのだ。 眞司は関根に駆け寄って首筋に手を当てた。脈は、すでになかった。 「畜生!」  眞司は部屋を飛び出すと、香と京介を叩き起こして、関根の部屋の前に立た せた。眞司は廊下に置かれた電話で、大谷警部を呼び出したのである。