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香は土煙。投げられるのは激しい赤。
減っていくのはいつもの形を成す物体。
増えていくばかりなのは動くことを止めた人間。
まるで不要になったマネキンを廃棄処分にするように次々と折り重なり、ゴミと等しく燃えてゆく。
それでも処理し切れなかったものはその辺に放ったらかしになっていた。
既に抵抗はおろか、反応すら示さないモノの中に、義務のように飛んでくる巨大な火の玉。
そんな場所でも。
生きようとしている生命体が一つ、残されていた。
ピクリピクリと右の人差し指が痙攣している。
何をしたいのか?
初めのうちは分からなかった。
が、しばらく見ていると、その指の先にあった細長い枝のようなものを掴もうとしていることに気付いた。
それにばかり気をとられて、その上に浮かぶ自分とは別の者を見付けるのに少し遅れをとった。
その者は薄ぼんやりとした金の光を浴びて、ここを見つめていた。
淡い光彩を放つ瞳は、自分の意思が入ってるのか判らない、まるで『遠く』と『幻影』を捕らえるそれだった。
よくよく目を凝らすと、背には白い頼りなげな翼を確認できた。
【・・・お前はそれで何をする気なのですか?】
「・・・―――――・・・・――・・・・・・・・・・・・・。」
人間の答えはよく聞こえなかった。
しかし、その翼を持つ者は少し顔を顰めた。
【・・・今日、この日が何を意味する日なのか・・・知っているのですか?】
「――・・・・―――――――・・・・・・・。」
言葉は分からなかったが、少なくとも翼の者を納得させるようなモノではなかったらしい。
【改めなさい。されば救われよう・・・。】
翼の者は白い手をかざした。
大理石のような手。傷を受けることなど、生まれてからこれまで知らぬだろう。
翼の者が金の力を手に集中させようとした瞬間、全てを解き放つ一陣の風が吹き荒れた。
【?!】
翼の者は風の方向を捜す間もなく、憐れ消え去った。
「・・・――・・・――――・・・・――?」
不思議そうに枝を握った顔があたりを見る。
明らかに自分なんか吹き飛ばされてしまうような強大な風であった。
が、ここに留まったまま。
僅かに体の上に残っていた衣服さえ乱れない。
その代わり。
自分の目の前には、黒く長いマントを全身に纏い、黒に程近い蒼の瞳がこちらを見つめながら立っていた。
悪魔・・・と呼ぶに相応しいその者には一際目立つ金糸の滝が背中当たりまで流れていた。
そして【悪魔】のほうは・・・。
その目の前に立ってみて初めて気付く。
そこに倒れているのは僅か10歳に満たぬ少年。
「・・・何をしようとしているのだ?」
問いかけに、少年はゆっくりと口を開いた。
「・・・僕の家は、ママとパパと一緒に燃えて消えた。」
既に失われて久しいらしい腿から先の両の足と左手の薬指と小指。
それ以上に言うことを聞かなくなってる生々しい色をぶちまけ、奇妙に折れている胴体。
しかし、チョコレート色した肌と瞳だけはギラギラと満月を映して光り輝き、生命力を曝け出していた。
「すると・・・それはお前の憎しみを晴らすための道具ということか?」
異様に先の尖った右手の中の枝は、乳白色を帯びていた。
少年は黙って頷く。
「お前はどうしたいのだ?」
率直な意見を尋ねる。
唇を噛み締め、口の端から流れ出てきた血液を舐め、少年は一つ一つ大切に言った。
「これはママの切り取られた足。僕の残された体を守るために。ママは燃えた。ママは天から降って来た熱い熱い炎に殺された。」
いったん言葉を切り、少年は上から下まで【悪魔】を眺めるとにっこりと笑った。
「貴方は悪魔だね?僕には判る。さっき誰かが僕に尋ねたけれど、僕は今日、何を意味する日なのか知らない。貴方は知っているの?」
「さぁな・・・。」
【悪魔】は奇妙な笑いを浮かべた。
「僕はもう動けない。だからお願いする。僕のこんな魂でよかったら持っていって構わないから・・・。」
少年は瞳を【悪魔】に向けてくる。
【悪魔】はそれを見つめ返した。
思わず怯みそうになる。
「もう判った。判ったよ。」
【悪魔】はらしからぬ微笑を少年を見つめた。
枝をついと取り上げると、宙に浮かべた。
空間を振動する呪文が響く。少年の前でその不思議な現象は行われていく。
小さな武器はやがて暗黒の雲を突き破って光を集め始めた。
かの地を炎の都に変貌させたものより更に大きく、より強大な物体を作り出していく。
「これでよいかな?」
少年は頷く。
それが合図で玉は遥か彼方の方へ飛んでいった。
一瞬の静寂。
次の秒針が動いたその時、夜を切り裂く赤い光の歪みが幾億の魂を吸い取るのを確かに見た。
みるみるうちに闇を赤く染めていった。
膨れ上がり、弾け、それはイルミネーションのように。
「・・・ありが・・・とう・・・。」
少年はそれっきりモノを言わなくなった。
「・・・これで良いのか?」
デーモンは少年から浮かんだ一つの魂を取った。
「望みは・・・こうだろう?」
魂を持ったまま、いまだに燃え続ける家から、焼き場から、土煙に隠れた中から次々と魂を取り出す。
先ほど光に吸われた魂よりも遥かに多い数がその周辺に浮かんだ。
再び短めの呪文を唱えると、土の中にそれらは沈んでいった。
「・・・ここで眠るが良い。皆のものと・・・静かに休むことだ。」
そのままデーモンはその場から消えた。
空が晴れた。
満点の星々が落ちてくるように白い雪が舞い狂う。
ものの見事に木っ端微塵になった無数の建物。
不思議な形に折れたキャンドルはまだ燃え続ける。
粉々になったグラス。
バッキリと割れたテーブルからは赤い果実酒が床に滴っていた。
銃器が保存してあったらしい倉庫の中から周りと連鎖して更なる炎を生み出す。
たった一つだけ。
生き残った機械からは楽しげな音楽と言葉が漏れて・・・・・。
虚しく火に包まれていった。
「・・・・・・・Merry Christmas」
何故、見ぬ?
何故見ようとはせぬ?
神の生まれた夜に・・・
救いの雷(いかずち)を。
今、世界中へ向けて。
今宵もほら・・・かりそめの宴に。
F I N
Presented by 高倉 雅