WHO KILLED DEMON?
「あっ・・・。」
ゼノンはものすごい量の資料を抱えて振り向いてみたら・・・デーモンが後ろをゆっくりと歩いていた。
本来なら天地の差ほどの身分違いはあるが、そんなモノ彼等には関係なかった。
「デーモン!!!ちょっと手伝ってくれないか?」
両手一杯の半分、紙の束を渡そうと・・・したのだが、デーモンはまるで幽霊の様に消えていってしまった。
「あ・・・あれ?」
何か気に障るようなことでも言ったかと思ったが、思いつくことはない。
見送った彼の後ろ姿はとても・・・切なげだった。
「おかしいって?」
取り敢えずグラスの中に適当な酒を満たしたエースは、ソファーに寝転びながら尋ねた。
「最近・・・いや・・・最近だけじゃない。たまにおかしくなってるのを、気付いていた?」
同じ酒をクイっと一飲みにして、ゼノンは机の角に体を預ける。
しばしの沈黙の後・・・エースは酒を舐めながら首を振った。
「・・・いや・・・俺は気が付かなかった。」
その返答を訝しげに見ていたが、すぐにゼノンは次の酒を注ぐ為に立ち上がり、エースの隣に座り込んだ。
「そう・・・。じゃあ僕の思い過ごしかな?キミが気が付かないのなら・・・。」
何故だかその言葉は嫌味に聞こえてくる。
が、それは敢えて無視を決め込み、チビチビと酒を味わう。
「・・・良い酒だな。どこで手に入れた?」
話題を変えることにした。
「ああ・・・僕の発生した場所は貿易港だからね。何でも手に入れることが出来る。他にも例えば・・・。」
クスリと笑うゼノンをエースはわざわざ起きあがって見つめた。
「例えば?」
「・・・オトコ・・・とか?」
らしからぬ台詞に、エースはたまらず吹き出していた。
「やめろやめろ、お前にそんな台詞、似合わねぇよ。」
そういったのを最後に、二名の間から会話は消えた。
情報局を出て、通信端末を小脇に抱え直したエースは、いつもの早足で総司令本部棟へと続く空中通路を歩く。
途中ですれ違う局員達へ挨拶と、命令を出しながら、沈黙の間はずっと彼が教えてくれた事を考えていた。
実際、気付かないわけではなかった。
公的には勿論、私的にも会う機会が仲魔に比べて遙かに多いエース。
デーモンの性格も、パターンも全て熟知しているつもりだ。
そんな中でも・・・たまにはあった。
彼が宙を見つめながらボンヤリとしている姿は。
ただ、それは自分の前だけであり、部下や上司、気を許した仲魔達の前でさえもそのような姿を見せるような事はなかっただけで。
が、今は。
ゼノンを無視するような態度をとっている。
いつもとは違う。
ただならぬ不安を覚えて、エースの足取りは更に速く、大股になった。
・・・と、前を見ると・・・。
噂の主が歩いていく。
ゼノンが言った通り、地に足を付けない、まるで夢遊病状態で。
声をかけてみようか?
そう思ったが、口を開きかけて止めた。
今の彼では何も聞こえていないだろう。
ツカツカと歩み、デーモンの後ろに追いついた。
そして右の腕を力任せに引き、こちらを向かせる。
「・・・?」
キョトンとして、デーモンは振り返った。
その表情はまるで・・・死人(しびと)。
怯んだが、エースは少し怒ったように言葉を吐き出した。
「なにボンヤリしているんだ?柱にぶつかったらどうするつもりだ?!」
「・・・え?」
まだ夢の中に居るみたいにデーモンは焦点の合ってない瞳をどうにか彼の顔へと動かしてみる。
「気を付けろよ、ホントに。」
そう言い放って、エースはそっと手を離す。
「あ・・・ああ・・・そうする。」
全く表情のない声で、ただ、口を動かしてみた言葉の色に、エースは眉を顰めたが・・・今はこれ以上、何も言う事が出来なかった。
「・・・お前がここにいるのなら話は早い。今、本部へ行くところだったんだ。これ、冥王星に関するデータ。揃ったから、よく見ておいてくれ・・・・って
聞いてるのか?」
端末を渡しながら、エースはデーモンの顔を覗き込んだ。
多分、自分の用件など右から入って左に抜けている最中であろう。
ため息を付くと、エースは彼の頭を軽く二回、叩いた。
「じゃあな。お前もこんなところで彷徨ってないで仕事に戻れ。・・・何かあったんだったら直ぐでなくとも良い、俺に話してみろ、いいな?」
それだけ言い残すと、エースは今来た道を戻り始めた。
今夜も残業が終わり、やっと館に帰ってきたのは深夜と言っても良い時間だった。
とにかくシャワーを浴び、ラフな格好に着替えて、寝室のソファーに身体を預ける。
執事が既にテーブルの上に酒の支度を整えて、出ていこうとしていた。
いつものようにグラスに酒を満たし、一口飲む。
そしてまた置こうとした時・・・ふと気付いた。
明らかに自分は使わないグラスが一つ、ぽつんと置いてある。
不審に思い、扉を閉めようとしていた彼を呼び止めた。
「おい・・・このグラスは何だ?」
執事は口の端を少しだけ上げて笑みを作り、主に向かって一礼した。
「そろそろお客様がいらっしゃる頃かと・・・。」
意味不明の答えに、エースが立ち上がろうとした瞬間、階下の大扉が力無さげに叩かれた。
「・・・?」
「いらっしゃいました。お待ちくださいませ。」
そう言い残すと、執事は急ぎ足で階段を下りてゆく。
小さな声らしきものは聞こえたが、それが誰なのかは判断しかねた。
ゆっくりと足音が聞こえて、半開きのここの扉で止まる。
「主様・・・お客様ですよ。」
そう声が聞こえて通されて現れたのは・・・
「デ・・・・デーモン?」
今一番、やって来ることはないと思っていた相手である。
エースは驚きを隠せない。
「ではごゆっくりと・・・。」
執事はとても優しい笑顔でまた、一礼すると今度こそ本当に出て行ってしまった。
「・・・連絡して来たのか?」
「いや・・・ただ、フラフラと歩いていたらここにいた。」
・・・あいつめ・・・。
エースにもやっと柔らかな表情が浮かぶ。
「まぁ・・・座れよ。お前が珍しいな、こんな時間に。明日は?休暇なのか?」
予め用意されていたグラスに酒を満たし、エースは彼の前に置く。
それを取り、デーモンは飲み下すこともなく弄びながら液体がクルリクルリと回っていくのを見つめていた。
「明日はたまたま休みが取れたんだ。最近は特に色々と忙しくてな・・・。久しぶりにゆっくりしようと思っている。」
空気の中に溶けていきそうな言葉がやけに寂しく聞こえて泣きそうになる。
エースは微かに首を振ると、デーモンの傍らに席を移動した。
「好きなだけここにいると良いさ。俺も最近は暇だしな。」
嘘であった。
このところ残業続きで帰る暇などあったモンではない。
が、今のエースにはこういう言葉しか掛けてやる事が出来なかった。
「・・・迷惑になるといけないから長居はしないつもりだ。」
未だに酒を口にしようとはしないデーモンは、グラスに浮かんだ一欠片の氷を見つめたまま言い放つ。
「・・・何が言いたくてここに来た?」
あまりにもストレートすぎる質問だったか?と後悔しようと思ったが、顔には出さずにエースは尋ねてみた。
ぴくりと手が震えたが、デーモンはゆっくりと首を横に振る。
「何も・・・多分・・・何も・・・。」
曖昧な答えは今、欲しくなど無かった。
無理矢理彼はデーモンの顎をこちらに向けると、キツイ表情で言葉を吐き出した。
「そんな顔してどこからそんな言葉が出てくるんだ?俺の前でもお前はそんな顔してるつもりか?捨てられた猫みたいな顔して・・・俺に何か不満が
あるなら言ってみろよ。出来る限り・・・聞いてやるから・・・。そんなに俺は頼りない男なのか?」
言い終わったところで・・・エースは彼が泣き出すと思っていた。
しかし予想は外れて、デーモンの瞳からは一滴の涙も出てこずに一生懸命エースの瞳を覗き込んでくる。
まるで発された言葉の真意を探るかの様に。
しばらく時間が過ぎて、デーモンはすい・・・と顔を背けた。こんな事は初めてだったのでエースは少し戸惑ったが、直ぐに彼の口からは言葉が零れ
てきた。
「・・・エースは知っているか?」
意味の分からない台詞にエースは無言のまま首を傾げる。
その様子で次の言葉を探り当てたのか、ここでデーモンはやっとグラスに口を付けた。
「・・・吾輩の名は封印されているままだ。」
「え?」
ますます意味深さを増す言葉にエースも眉を顰める。
しかしデーモンの方は神妙な面もちで口を開いた。
「【デーモン】とは吾輩の肩書きみたいなものだ。一族の長となり、魔界を動かす一員になった暁に、吾輩は名を貰った。それまでは暗号の様なモノ
で呼ばれている。しかし、それが吾輩の個悪魔コード、いわゆる名前というやつだ。」
初めて聞く話にエースは驚きを隠せない。
唖然としたまま、エースはデーモンを見つめていた。
「誰も・・・吾輩の本当の名を知らない。吾輩を育ててくれた養父母も既に消滅し、吾輩に名を付けてくれた本当の父も母も・・・吾輩が物心つく
前に殺されたという。吾輩の過去を知っている者は既に吾輩自身しか居ないのだ。吾輩以外、誰も知らない。吾輩の名を・・・吾輩の・・・本当を。」
やっと・・・エースには分かった。
彼が何を求めているかを。
ずっとずっと何を探していたかを。
堪らなくなってエースはデーモンの肩を引き寄せ、嫌がろうと抵抗するデーモンの身体を力任せに抱き締めた。
「く・・・くるし・・・エース・・・・!!!」
精一杯の力で逃れようとするが、エースは離してくれない。
それどころかますます強い力で束縛しようとする。
「もう・・・何も言うな。俺が・・・全部見てやるから。」
「エー・・・」
「黙って聞け。頼りないかもしれない。お前にとって俺はまだ未知の存在かもしれない。だけど・・・・俺はずっとお前だけを見ていきたいし、お前
の事知っていたい。だから・・・教えてくれ。お前の事を。・・・遙か昔書物で読んだ事があったのを思い出した。デーモン一族の名は死ぬまで明かして
はならない事、明かす時が来るとしたら、それは死を意味する事を。だけど・・・。俺はお前を知りたい。もし、お前が名を明かす事が罪だとするな
らば、その罰は全て俺が引き受ける。だから・・・。」
全ての欲望の制御が効かなくなった。
エースの唇はデーモンの半開きになった唇を自然と塞いでいく。
もう、彼も抵抗はなかった。
ただ・・・心地よさが残るのみで。
ソファーの下で、柔らかな絨毯にその身を預けて、いつの間に剥ぎ取られた衣服がテーブルの上に置かれていく。
地肌に直接あたる長毛の絨毯がくすぐったい。
キスの嵐を受けながら、デーモンは塞いだ後に解放してくれた唇をエースの耳元に寄せた。
「・・・・吾輩の・・・・名は・・・・・。」
それ以来二度と。
デーモンが悲しい表情をする事はなかった。
F I N
presented by 高倉 雅