紫 月 夜

 

切れ切れの雲の隙間から、紫にも似た光が現れた。
満月が眠らない街を照らす。
明るすぎる原色の光さえ届かぬこのビルの屋上に、彼は立っていた。
大きな黒い翼を広げ、下界を覗く。
まさに・・・・・・・悪魔と呼ぶに相応しい。
風が強く、彼の巻き毛を翻す。
「ルーク。」
少し後ろの方で闇に潜むように現れたもう一名の悪魔。
金色の髪を垂らし、黒いマントに身を包む彼は、その一定の距離を保ったままもう一度呼びかけた。
「ルーク。約束通り来てやったぞ。」
声がどことなく震えている。
ルークは振り向いた。
今宵は満月。
ある一部の魔族の力が最高潮に達する夜。
そして、本来の姿に戻る唯一の紫月夜。
ルークの瞳は満月に反射して紅く輝いていた。
それは血の色。
口元に光るのは瞳と同じ色。
「デーモン・・・。」
ルークはにやりと笑うと、手を差し伸べた。
「ルーク・・・それは何だ?」
右手にわし掴むモノを指し、答えは分かっているのに尋ねる。
奇妙な形に曲がった5本の枝。
無理矢理引きちぎったかのような跡が見える。
「ああ・・・コレはさっき生け捕ったヤツだ。お前が来るのがあんまり遅かったから・・・。腹減ったし、暇つぶしに捕まえてきたんだ。」
そう言って目線を足元に向けた。
ごろり・・・とルークが蹴飛ばすのは細い黒い糸のようなモノがくっついた球状の物体。
糸の切れた操り人形のようにグシャリと潰れている。
多分、ルークの手に掛かるまでは人間だったモノだろう。
「デーモン・・・。」
そう呟き、ルークは今度はゆっくりと手を差し伸べた。
「コレは契約だ。そうだろう?デーモン。」
いつもの優しげなルークの表情はごっそりと削げ落ちている。
人間が考えるところの完璧な悪魔をそのまま形にしたかのようにただ、残酷な瞳がデーモンを捕らえる。
いくら彼が元副大魔王だからと言っても、その冷酷さと残忍さに微塵の躊躇もない。
そしてデーモンも。
従うしかなかった。
「そう・・・コレは契約だ。」
デーモンが小さく言い放つ。
まるで自分に言い聞かせているかのように。
ルークは力任せにデーモンの手首を掴み、引き寄せた。
「うわぁ!」
足元のバランスを崩し、縋り付くようにルークの胸元へ落ちる。
瞬間、ルークの唇はデーモンの唇を塞いでいた。
「やぁ・・・・・。」
素早く絡め取られた舌先に弄ばれて、早くも意識は白濁していく。
口の中を掻き乱され、下半身が熱くなった。
膝がカクカクと震えるのは、ただの恐怖心からだけではなかった。
流れるデーモンの金糸が表情を隠す。
「邪魔だ・・・。」
ルークはうざったそうに、頬に掛かる髪を跳ね除ける。
そして、ふと腰に手を添え、抱え込むようにしてデーモンの躰をコンクリートの冷たい床に押し倒した。
「?!」
いきなりの行動に、デーモンも目を大きく開けてルークを見つめた。
「止めろ・・・・!!」
起き上がろうとする抵抗も虚しく、両手首を片手で押さえつけられ身動きがとれない。
じたばたと躰をくねらせるが、リーチの差でどうしようもなかった。
余った片手でルークは一気にデーモンのスパッツを引き裂く。
そしてダイレクトに下半身の部分に顔を埋めた。
「うあぁ!!」
痺れるような感覚の渦に巻き込まれてゆく。
絶頂を誘うようなルークの動き。
抵抗する意志さえをも喰らい尽くすような快楽に、デーモンは溺れてしまいそうだった。
「いやぁ・・・・・・。」
喉がイヤというほど反り返り、淫らな蜜が半開きになった口元から流れ落ちる。
いつの間にか戦闘服の全てを脱がされ、霰もない姿を満月の光の元に晒していた。
デーモンを縛っていた手が外され、胸の突起を抓む。
「ひぃっ・・・・・!!」
痛みを伴う刺激に、思わず声を上げた。
乱暴とも言えるその行為が進むに連れ、ルークの手を染めていた紅がデーモンの躰を滑る。
先程ルークが仕留めた肉塊から流れ落ちた天然の紅だった。
まるで白いカンバスに絵をなぞるようにデーモンの胸を汚していく。
ツキン・・・と香る、血の匂い。
眩暈を起こしそうな感覚にデーモンが意識を手放しそうになったその時、再びルークは動きを見せた。
「意識は持っておいて貰わないと困るんだよ。」
半ば強引にデーモンを立ち上がらせ、近くの壁に手を付かせた。
下手な女よりも艶めかしい腰を無理矢理突き出させる。
「そう、コレが契約だからな・・・!!」
ゴリッ・・・と躰が引き裂かれる気配を感じ、デーモンは躰を引いたが遅かった。
「きゃああああああああああ!!!!」
獣が悲鳴を上げる。
容赦なくそれはデーモンの内部を犯し、全てのエナジーを呑み喰らい尽くしてゆく。
「あああああああ!!!」
悲鳴のような喘ぎ声を上げ、デーモンは必死で躰を支えていた。
それが精一杯だった。
ただ、義務のようにルークは腰を動かす。
溢れるデーモンのエナジーを五感に取り込んで。
コレは契約。
封印されし、禁断の約束。
この夜に最高潮になる力に、また新たなるエナジーを取り込む。
より純粋なる血を求めて結ばれた13年に1度の契約。
本物の獣と化す前に繋ぎ止められた満月の悪魔の呪縛。
それは、掛け替えのない友を失わないために、自ら賭した黄金の化身となる悪魔。
「は・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!」
己の躰が壊れそうになるのを寸でのところで保つ。
容赦ないルークの動き。
これで良い・・・。
これでこの悪魔を繋ぎ止められるなら・・・。
薄ぼんやりとした闇の中で思った。
「くあぁあああ!!」
諦めた思いを突き破ってくる激情の波に、デーモンは既に正気を失っていた。
「・・・もういいだろう・・。」
冷静なままのルークの台詞が、一瞬だけデーモンの安息をもたらした。
しかし、本当にそれは刹那の時間。
太い両腕が、デーモンの躰全体を引きつけるように自分の肌と密着させる。
今以上に重たい刺激がデーモンを硬直させた。
「あ・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
息が続かない。
今、まさに、満月の本性たる閃光が2名を覆い尽くした。
「がはっ!!!」
デーモンの金糸のカーテンが紫色の闇に舞い上がった。
ゴボリゴボリと音をたてるかのようにルークの中に潜む暗黒がデーモンの中に封印されてゆく。
「はぁ・・・・・・・・・・・。」
溜息にも似た切なげな声が一つ。
どちらが発したかは分からない。
ようやく解放されたデーモンの四肢は力無く髑髏の隣に崩れていった。
その様子をまるで他人事の様に見つめる紅い瞳。
「これは・・・お前と俺の契約だ。忘れるな。俺はお前に従い任務を果たすことが役目、そしてお前は俺の力をより高めることが・・・。」
氷の刃のように冷たく歪む唇。
そしてそこから漏れるのは凍り付いた笑い。
地獄の底から木霊する、その狂気じみた声は紫月夜の元に響き、下界の雑踏の中に消えていった。

                                                                   F I N

                                                                Presented by 高倉 雅