Soaking Wet

 

ロサンゼルスに降りしきる雨は、とても冷たかった。
針のように細く、そして優しい雨がアスファルトを濡らす。
とりあえず今日の仕事を終え、びしょぬれのまま帰宅。そのままシャワー室へ。
熱いお湯が冷え切った身体を少しずつ溶かしてゆく。
「ふう・・・・・・・・・・。」
ため息を一つ。
バスローブを羽織り、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出し、プルを引いた。
「生き返った・・・・。」
何気ない一言が奇妙に部屋の中で響き、少し驚く。
一人暮らしのアパートには極めて不自然なキングサイズの3人掛けソファーにゆっくり身体を沈める。
目の前のテーブルに取り残されたままの朝食が何だか寂しげだった。
「明日・・・片づけよう。」
何故か今日は何もしたくなかった。いつもなら雨が降ろうとお構いなしに仕事が終われば夜の街に遊びに出るのだが・・・それも今日はしたくなかったため、珍しくそのまま帰宅したのだ。
何故か・・・・・・胸騒ぎがして。
「そういや・・・あいつは元気かな?」
テレビの横に埃にまみれて置いてあるフォトフレームの中の笑顔。
随分前にあいつが突然ここを尋ねてきたときに撮ったものだ。
普段の彼しか知らない者はセンチメンタルだと笑うだろうか?
彼の瞼に焼き付いてるのは彼のこの写真の中での笑顔だけ。後は記憶が薄れていく。
「・・・10万年も生きてりゃ頭も耄碌するわなぁ・・・。」
苦笑してそれを元の位置に置いた。
残ったビールを一気に流し込む。
そのまま今日は寝ようかとベッドに目を遣ったその時。
静かに、鳴り響くベルの音。
「こんな時間に・・・誰だ?」
呟き、面倒くさそうに扉を開けると。
「ジェイル・・・。」
飛び込んできた寂しげな瞳。頭の先からびしょ濡れで、バサバサの睫毛も・・・イヤ、それは雨の所為ではなかった。
彼・・・ジェイルはあまりのことに口を利けないでいた。
「な・・・・こんな所で・・・何をやって・・・るんだ?」
どうにか絞り出す問いかけ。
「ごめん・・・疲れてた?邪魔だったら帰るよ。」
そう言い放つと踵を返して帰ろうとするのを慌ててジェイルは呼び止めた。
「ちょっと待て!そのびしょ濡れではいくらお前が不死身でも風邪をひく。・・・入れよ。」
肩を抱くように部屋へ招き入れる。
そして慌ててクローゼットから新品のタオルとバスローブを出してきて渡した。
「いいか?まずその濡れた服を脱いで、シャワーを浴びて、しっかり身体を温めることを要求する。いいな!暖まるまで出て来るんじゃないぞ!」
以外にも彼は素直に従い、押し黙ったままシャワー室へと消えた。
「さて・・・と。」
それを確認し、キッチンに立つとミルクを沸かし始める。
「胸騒ぎってのは・・・このことか?」
自分自身に問いかけるように呟く。前ここに来たときにはあんな顔じゃなかった。
本当に楽しそうで・・・。元来よく笑う奴だったのに、今夜は妙だ。
あんな表情のあいつを見たことはない。
目の前でミルクパンの縁が小さな泡を出し始める。ふつふつと・・・それはジェイルの中に小さく燃える炎の悪魔の証のように。
「ごめん・・・突然。」
クルクルの綺麗な巻き毛がバスタオルの隙間から流れてきている。
「ほら・・・コレを飲みなよ・・・。」
ほんの少しミルクにブランデーを垂らし、マグカップの縁を持って渡した。
「ありがとう。」
ジェイルはそのままソファーに座り込んだ。
一息ついて、再び口を開く。
「どうした?ルーク。」
ぴくり・・・と震える。ルークはじっ・・・・とジェイルを見つめてくる。
コンタクトレンズをしていないのか、妙に色っぽく瞳が潤んでいる。
どきり・・・としてジェイルは慌てて話題を逸らした。
「あ・・・・あのさ。どうだ?最近。調子は?日本も寒いだろう?みんな元気か?」
矢継ぎ早に思いついたことを尋ねる。が、ルークの視線は一向に逸れない。
再びジェイルは溜息を吐くと、ルークがへたり込んでいる冷たいフローリングに一緒に腰を下ろした。
「あのな・・・。俺は悪魔だけど、他悪魔(たにん)のことなぞ、全く興味はない。だから、俺に何かを頼みたいときにはその口で言え。」
わざと冷たく突き放すように言い放つ。
ルークは無言のまま立ち上がった。
「お願いがある・・・。」
そう言うと、スルスルとバスローブの紐を緩め、両袖から腕を抜くと、そのままストン・・・と、下へ落とした。
ここに来るときに着てたルークの服は全て洗濯機の中でゴンゴンと廻っているので、バスローブの下は一糸纏わぬ姿だった。
「お・・・おい・・・。」
ジェイルの目の前に立つ。
「ジェイル・・・何も言わずに・・・。」
それ以上は自ら重ねてきた唇で言葉は消えた。
突然のキスに思わず目はぱっちりと開いたまま、ジェイルの頭は大混乱になっていた。
「ジェイル・・・お願い・・・。」
甘えるような舌っ足らずの強請りようにますます頭が正常に回らない。
「ル・・・・・・・・ク・・・?」
ようやく唇の端から漏れる問いかけ。
それでやっとルークはジェイルから離れた。
その瞬間の彼の表情を見逃せなかった。
「ル・・・ク?・・・・・・分かった。」
この部屋を訪ねてきたときと同じ、寂しげな瞳。
それは、私怨、悲壮、全ての否定的感情が入り交じった迷い子の猫のような・・・。
ジェイルは改めてルークに唇を押しつけた。
絡め取る、舌先。
抗わず、ルークもそれに身を任せる。
「ふ・・・・・・。」
思わず漏れる息。左の人差し指で巻き毛を絡め、共に片頬を寄せ付け、より深い接吻を施す。
少し乱暴なジェイルの行為にルークは少し顔を顰めながらも、その身体は桜に染まりつつあった。
「ルーク・・・。」
既に形を成しつつあったルークのそこはジェイルの甘い声を聞いて、ぴくりと震える。
「ジェ・・イル・・。」
我慢しきれないのか、既に己自身を慰めるため手を伸ばそうとしていた。
「おっと・・・まだだよ。」
ルークの手を寸前で引き寄せ、自分の首に巻き付ける。
既にジェイルの舌先はルークの胸の突起に達しており、音をたてて吸い上げてくる。
「あ・・・・やぁ・・・・・・・・。」
感じているらしく、首に巻き付いた腕はジェイルの髪の毛を掴んで必死に声を漏らすのを堪えている。
「声を聞かせてくれ・・・。ルーク・・・。」
「ふ・・・ああああああああ!!」
白いモノが弾けそうになるのを身体中で押さえ込んでいるような姿にジェイルは少し可哀想になって、胸への刺激を中断し、そのまま顔を下腹部へとおろした。
「ああああああああ!!!!」
待ち望んでいたところへの刺激にルークは身体を反り返らせる。
ある時はゆっくりと、そしてある時は乱暴な刺激の変速性にルークは頂点へと駆け上っていく。
「もう・・・もうだ・・・・・め・・・!!」
ぎゅう・・・と掌を力一杯握りしめ、ルークの我慢は限界に来ていた。
「ダメだよ・・・。まだ・・・。」
意地悪くジェイルが声をかける。
達しそうになると、すぐに舌の動きが止まる。
何回もはぐらかされ、ルークの意識は朦朧としてきた。
「ああ・・・や・・・・・だ・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・ん・・・・。」
声を出すのもやっとのようだ。
ジェイルは冷たい床の上にルークの身体を仰向けに倒した。
ルークの両腕が自分の頭の上で自然と組まれている。
細っこい両脚を高々と持ち上げて、ジェイルはキレイに締まった双丘の蕾に既に完全な形となっていた己自身をズブリ・・・と差し込んだ。
「きゃぁああああ!!!」
まだ慣らされていないその部分に突然、異物が無理矢理に自分を切り裂いていく。
たまらず悲鳴を上げた。
しかし、ジェイルは止めなかった。
いや・・・止めるべきではないと思っていた。それがどんなに激痛で、苦しみとなってもルークは【その行為】を望んでいるのだと・・・既に知っていたから。ルーク自身が気付く前に知っていたから。
ヌルリと溢れ滴り落ちる鮮血。
しかしそんなことには一切お構いなしだった。
ジェイルの動きはだんだん早くなる。
鮮やかすぎるそのルークの血液が今は潤滑油となり、2名の身体を結ぶ。
「はぁ・・・・・ああああああああ・・・・・・ジェ・・・イル・・・・もっと・・・・!!もっと激し・・・く!!!」
知らずのうちにルークもそれを求めていた。
うっすらと涙を浮かべ、ルークが一心に自分を見ている。
自分を・・・自分を通して・・・見てる。
紅き炎の化身を。
自分と同じ紅き炎の影を。
自分の身体の興奮と共に舞い上がるフレア。
フレアの奥にルークが見てる者は・・・・。
「エー・・・・・・・・・・・・・ス!!!!もう・・・やだぁ!!・・・・あ・・・・あ・・・・・あ・・・・・・・。」
既に正常な意識はルークの中から消し去っていた。自分が何を言ってるのか多分記憶にないだろう。
ジェイルは微笑む。
「ルーク・・・・・・・。」
最後の鮮紅。
身体の奥までジェイルはルークを攻め上げた。
一瞬、ルークの身体も硬直する。
そして・・・。
2名の身体はゆっくりと堕ちていった・・・。




先に目を覚ましたのはやはり、ジェイルだった。
あのまま昏倒し、裸のまま床に寝てしまっていた。
隣では昨夜のまま、ルークが眠っている。硬く綴じた眼にはほんの少し、涙の跡があった。
あちこちに付いた小さな赤い痣。
肩がゆっくりと一定した寝息をたてていた。
「ルーク・・・。」
頬にかかった巻き毛を耳に掛けてやる。
「強いな・・・。」
ふと漏らした言葉。
どんなに願っても手に入らない者をこれから一体何年、奴は見つめていくことになるだろう?
誰をも魅了して止まない、黄金に近い炎。
しっとりと濡れたような黒髪。
冷たい仮面を被って、冷酷な顔しか見せない、あの炎の化身。
たった1名の悪魔によってその仮面は剥がれ落ちる。
「俺は・・・。」
ジェイルは呟く。
逃げた。彼の存在が怖くて、何よりもその傍らにいる太陽そのもののような彼が怖くて。
自分に得ることの出来ない光を一心に浴びた彼が怖かった。
その光に食われそうになるのが。
食われ、取り込まれ、逃げ出せなくなるような気がして、逃げた。
もう一度ルークを見る。
「強いよ・・・お前・・・。」
既に朝日が染みこんでくる部屋の窓を、ジェイルは起き上がって鍵を開けに行った。
雨はいつの間にか止み、その名残の露が頬に落ちる。
薄いカーテンを全開にし、微笑みを湛えて振り向いた。
「ルーク、早く起きろ。いい天気だよ。」


                                                                F I N
                                                           presented by 高倉 雅