千 年 香 妃 花
突然大広間に呼び出されて・・・。
色々と忙しく、ようやくそこの扉を開けた時には、ダミアンは待ちくたびれていた。
「遅いぞ!!!」
何となく不機嫌・・・には見えるが、そうでもないらしい。
既にいつもの仲魔が彼の前にセッティングされた椅子に腰掛けてこちらを見ている。
「よっ!!」
明るい笑顔を見せて振り向いたのはルーク。
昨年、士官学校を卒業以来、そのメンバーと顔を合わせるのは初めてだった。
「すみません、遅れてしまいました。」
デーモンは小走りにダミアンの前へ行き、礼をとって、ぽっかりと一つだけあいた椅子に座る。
「さて。」
コホンと咳払いを一つ。
ゆっくりとした動作で全員を見ると口を開いた。
「さて・・・今日君達に集ってもらったのは他でもない、父上のことだ。」
パチクリと瞳を大きく開き、五名はダミアンを凝視する。
「な・・・何か大魔王陛下にあったんでしょうか?」
エースが驚いたように聞く。
しかしダミアンはフワリと笑顔を見せると首を振った。
「いや、そうではない。父上の発生日も近いだろう?伏魔殿に沢山の者を呼んで盛大な宴を催してきたのだが・・・今年は趣向を変えてね。何かプレ
ゼントでも・・・と思ったんだ。」
「それは良いですねぇ。」
ダミアンに負けず劣らずのんびりとした口調でゼノンがその提案を肯定する。
が。
更にパチクリとしたのは他三名。
「・・・で?俺たちに何をしろというのです?」
ライデンは何が何だかよく分からないという顔をしている。
「ああ・・・君達にはゲームをしてもらう。」
「はい?」
思わず声が揃ってしまう。
その様子に思わず笑いがこみ上げて、ダミアンは口元に指を押し付けた。
「仲良しだねぇ、君たちは。・・・まぁゲームとは言ってもさほど難しいものじゃない。父上の一番欲しいものを私は知っている。それを君たちに捜しても
らう。まぁ・・・宮廷内で宝捜しと言ったところかな?」
「そのゲームをさせて俺たちに何かメリットは?」
何ともクダラナイ提案内容にエースは思わず不機嫌を露にした口調を隠せない。
「・・・確か・・・君は伏魔殿の図書室の奥の部屋・・・あそこの中を見てみたいと言ってたねぇ・・・。」
「え?!」
たった今までの不機嫌も忘れ、エースの表情はぱっと明るくなる。
「そして・・・ルークは自宅からここまでの出勤用の乗り物・・・ゼノンは研究用に天界生息の薔薇、ライデンは・・・ありとあらゆる珍味の食べ放題、
デーモンは・・・・・・・・・・・・・・そうそう、邸宅に飾るオブジェだっけ?」
指折り数えてダミアンが次々と目の前の悪魔達の所望物を挙げてゆく。
「・・・どうでも良いことまで、よく知って・・・。」
「欲しくないかい?」
厭きれ顔しつつも何となく嬉しそうなエースの言葉を思いっきり遮って、ダミアンは目を細めてニッコリと笑った。
「欲しいです!」
全員がまたも声を揃えて大即答。
「本当に仲良しだねぇ。じゃぁ話は決まったね。早速ゲームのスタートだ。正解の品を持ってきたものにお礼はタップリさせてもらうよ。」
その声を合図に全員、無言のままで立ち上がった・・・と、これまた全員、同じ瞬間にはた・・・と我に返る。
「ところで・・・・ヒントは無いんですか?」
デーモンが代表して質問する。
「・・・ああ、ノーヒントってのは可哀相だからね。この宮殿の至る所にヒントは隠してある。それを見つけながら頑張ってね。」
クスリと笑うと、ダミアンは手をパラパラと振った。
今度こそ、全員。
我先に、と挨拶もそこそこに大広間を退出した。
「・・・ほんっっっっとうに・・・君達は仲良しだねぇ。」
ライデンが最初に何かを発見したのは、宮廷の調理室。
料理悪魔達を押しのけて、ライデンは紙切れを一枚・・・見つける。
小綺麗な字が並んで、そこには・・・。
【千年に一度の大世紀末に発生し千年に一度だけ華開く】
「・・・華・・・・・・・ですか。」
何やらうやむやな表現で書かれたヒントにライデンはがっくりと肩を落とす。
大きな溜息をつくと、突然の襲撃の謝罪を一言述べると部屋から出て行った。
そしてその五分後・・・今宵のメインディッシュ、ローストビーフの誘拐事件が発覚した。
ルークが何かを見つけたのは軍隊の銃器保管庫。
撃鉄が微妙に引き上げられ、皮布が挟まっている。
呆気ないほどすぐに見つかるようにしてあった。
「・・・?」
【この世のものとは思えぬ摩訶不思議なそれは、この世に存在することが奇跡のように素晴らしい。】
「・・・摩訶不思議なら・・・・・奇跡にもなろうがよ・・・。」
何か馬鹿みたいなことを書かれてあり、殆どヒントになっていない。
むかついて、ルークは皮布を力任せに引き抜いた。
瞬間、長銃が自分の方に倒れこんでくる。
「うわうわうわああ・・・。」
支えたその時・・・・保管庫に他悪魔が存在しておらずに本当に良かったとルークはつくづく思った。
怪我悪魔が出なかったからではない。
自分のこの間抜けな姿を誰にも発見されなかったから・・・である。
エースは・・・というと。
取り敢えず一番自分が出入りする場所・・・失礼、忍び込む場所、酒蔵へと足を向けていた。
言葉通りに山と積まれた酒樽の中でも、エースがお気に入りのワイン。
せっかく堂々と忍び込んだのだから・・・と、彼はヒントを見つけるよりも先に樽の栓を抜き、マイグラス(肌身離さず持ち歩き専用)を差し出した
・・・と。
紅いワインと共にふやけた状態の紙切れがいっしょに流れてくる。
「なんだ・・・?こりゃ・・・。」
思わず飲むのも忘れてそれを摘み取ると、少し滲んではいたが何とか文字を読み取ることができた。
【芳しき香り、独特の蜜を持つ。熟成を重ね、それは全てをも超越する。】
「・・・まさかヒントか?」
思いがけないところで見つけたヒントの紙にエースは嬉しくなって一名、乾杯する。
取り敢えずグラスを空にすると、他にないかと探してみる・・・が、もうなさそうだ。
「・・・酒のようなもんだなぁ・・・。」
呟いて・・・エースは何も考えずにもう、無意識のうちに次のワインをグラスに注いだ。
そして・・・また飲み干す。
「俺が知ってるだけでもこのワインが魔界で一番の極上ものなんだが・・・。」
おもむろに・・・もう一杯。
「本当にこれが一番良い酒なんだけどなぁ・・・。」
また更に一杯。
エースがその場所を離れたときには日もとっぷり暮れた頃、ワインを浴びたように・・・いや実際浴びるほど飲んだのだが、へべれけになって思うよ
うに足の動きができなくなった頃・・・だった。
もちろん、その酒樽が空っぽになってから・・・である。
「こらこら・・・あんまり懐くと草むしりができないでしょ?」
ゼノンはゲームのことなどすっかり忘れてしまったかのようにのんびりと草なんかむしっちゃっていた。
文化局の仕事は殆ど無く、暇こいて自家庭園までやってきたのである。
んが、どう頑張っても隣に生息している魔鏡草の花がゼノンに懐き、遊んでくれと強請るかのように纏わり付いて離れてくれない。
「大魔王陛下のプレゼントねぇ・・・。確かにあの薔薇は欲しいけど・・・。」
別の花を欲求したことに気付いたのか、魔鏡草は嫉妬してゼノンの足に絡み付いてきた。
「ああ、ごめんごめん・・・。・・・ん?」
ゼノンはふと、彼女(魔鏡草)の花弁に引っ付いている紙切れを見つけた。
【魔界一麗しき華のよう。触り心地ともなれば白鳥の産毛。】
「・・・そんなに凄いものなのかねぇ?」
彼はヒントを読みながら魔鏡草を見詰める。
彼女は・・・というと・・・。
ピンっと背筋(???)を伸ばし、ゆっくりと頭(こうべ)を擡げた。
「・・・残念だけどお前じゃなさそうだよ。魔鏡草。」
瞬間!!
あっという間に彼女は巨大化をし、ゼノンの右足首に絡み付いた。
「え?」
驚くのもつかの間、彼女は彼をぶんぶんと遠心力洗濯機のようにぶん廻し始めたのである。
「大丈夫!!お前が一番綺麗だからぁぁああああぁああああああぁああああああ!!!!!!」
嫉妬に狂った女(植物なのだが)ほど手の付けられないものは無し。
ゼノンを解放したのは彼女自身の目(植物なのだが)が廻って気を失って(植物なのだが)しまってから・・・である。
そして・・・デーモン・・・というと。
「たーんとお食べ。」
何故かダミアンの目の前に座らされてクリームブリュレを食んでいた。
「あの・・・・もう吾輩・・・。」
お腹一杯と言う前にそれを目で制されること何回目か・・・。
舌の先までクリームブリュレになりそうなくらい食を強要される。
「美味しいだろう?料理長に命じて特別に作らせたんだよ?」
にこにこと笑うダミアン。
「確かに・・・美味しいです、だけど・・・。」
言いかけて・・・ダミアンにまた遮られる。
「キミは甘いものが好きではなかったからね。甘みを押さえて・・・なおかつ栄養満点にさせたんだ。いかがかな?」
確かに・・・美味しかった。
何個でもいけそうなくらいにしっとりと甘く、軽い口当たり。
が。
それこそわんこそばの如き勢いで食べおわる頃を見計らって出てくるのは頂けない・・・。
もう一体自分が何十個のそれを平らげたのか・・・勘定するのも恐いくらいだ。
「殿下・・・。」
言いかけて・・・やはり。
「一杯食べてお・・・いやいや大きくなるんだよ。」
遮られる。
「そろそろ吾輩も職務に戻りたいのですが・・・。」
デーモンの困ったような言葉にやっとダミアンも時計を見た。
「おお。もうそんな時間か・・・。じゃぁデーモン、引き止めて悪かったね。」
解放を許す言葉にデーモンは喜んで立ち上がった。
「すみません!殿下・・・失礼いたします。」
逃げるように部屋の扉まで小走る。
「と・・・デーモン。」
突然の呼び止めにデーモンはぎくりとして立ち止まった。
「ヒントは見つかったかい?」
相変わらずにこにこと笑顔をたたえるダミアン。
「・・・まだですが・・・。」
「見つかるといいねぇ。」
「は・・・・。では。」
不思議なダミアンの質問にデーモンは少し首を傾げながらも・・・・このクリーム臭い部屋をとにかく逃げ出したかったために、振り返りもせず部屋を
後にした。
「殿下・・・。」
カーテンの影から料理長が顔を出す。
「首尾は?」
笑顔を絶やさずにダミアンが問う。
「はぁ・・・上々ですが・・・。あれだけ食べても不信に思われませんでしたので・・・当日はどういうことになるか・・・。」
申し分けなさそうにデーモンが逃げていった扉を見詰める料理長。
「良いよ。それが目的なのだから・・・。とにかく彼に怪しまれないように準備を進めること。いいね?」
「はぁ・・・。」
料理長は曖昧に返事をして姿を消した。
「さぁて・・・誰が最初に気が付くだろうね・・・。」
こういう時のダミアンの笑顔は何にも変えられないほど・・・恐ろしかった。
そして幾日過ぎて・・・。
何となく情報局の局員宿舎に集まった仲魔達。
ゼノン持参の特製ハーブティーを飲みながら、久しぶりに談笑していた。
が。
何となく全員がお互いを探り合ってるような感じも見受けられる。
実際問題として、各々、最初に呆気ないほど簡単に見つけた紙切れしかヒントは持っていなかったのだ。
デーモンに至っては、その紙切れの存在さえも知らない。
大魔王陛下の発生日はもう一週間後に迫ってきているというのに・・・・。
はっきり言って何故か全員焦っていた。
勿論、全員このゲームがどんなに馬鹿馬鹿しいものかを知っていながらも。
「・・・エース・・・なんだよ?その花は・・・。」
ルークがたどたどしく尋ねてくる。
「え?」
ふと後ろを見ると、花瓶に花が生けてある。
「ああ、これか?珍しいだろ?先日、惑星探査に行った奴からお土産って・・・貰ったんだ。火のように赤い色してるからって。」
嬉しそうに話すエースだったが、ふと、全員の白い目に気付いて口をつぐむ。
「な、なんだよ・・・・その目は・・・。・・・・・!!!違うぞ!!これが俺の答えじゃないからな!!」
言ってしまって慌てて口を塞いだがもう遅い。
戦場で敵に飛びかかる時よりも素早く、電光石火の言葉通りにその他3名が花に向かって突進した。
「待て!!ルーク!!抜け駆けはダメだ!!!」
「何を言ってるライデン!!俺はこの花に虫が付いてるのを掃おうとしただけだ!!」
「こんな綺麗で珍しい花は大事にしないといけないな!僕のところでちゃんと保管するよ!!!」
「離せ!!!俺が頼んで見つけてもらったんだ!!手ぇ出すと承知しねぇぞ!!!」
「この野郎!!とうとう馬脚を現しやがったな!!エース!!!ヤッパリこれだ!!これが答えだったんだ!!」
・・・・・・このあまりにもしょうもない・・・失礼、血で血を洗うような凄まじい戦闘に、参加できない者がたった一名・・・デーモンは、呆然としてその様子
をハーブティーを啜るのも忘れて見守っていた。
「あの〜・・・・・・・・。お前ら・・・どういうこと・・・・・ぶっ!!!」
言い終わらない先にライデンの拳骨が思いもかけないところから飛び出してきてデーモンの頬にスマッシュヒットした。
「お〜ま〜え〜ら〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
デーモンの髪がゆらゆらと怒髪になろうとした瞬間、肩をポンッと叩かれて、襟をヒョイと抓まれた。
「うわったったった!!!」
そしてそのままソファーに投げ捨てられる。
同様にあっと言う間に全員がその辺のソファーに投げ捨てられた。
「・・・喧嘩するほど仲が良いって言うけど・・・・本当に君達は仲良しサンだねぇ・・・・。」
「ダミアン殿下?!」
いつの間にかそこにはダミアンが立っていた。
「陣中(?)見舞いって事でね・・・息抜きにとおやつを持ってきたんだが・・・・。食べるかい?」
「食べます!!!」
今回は一瞬早く、ライデンが返事をする。たった今まで取っ組み合いをやっていたことなんて忘れてしまったかのように、彼の視線はダミアンが手
にした箱の中へと注がれていた。
そして出てきたものは・・・・。
デーモンは密かにウエッと・・・・洩らす。
「料理長に特別に作らせたクリームブリュレだよ。」
喜んで手を出す四名。
しかし・・・。
「おやデーモン?食べないのかい?」
いつものあの笑顔でニッコリと・・・尋ねられる。
「吾輩・・・お腹が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、食べます。」
人間であろうと悪魔であろうと、他者の怒り顔より笑顔の方が数段怖い時が多々ある。
デーモンは仕方なく白いココット皿を持ち上げた。
「美味しいだろう?」
空いている椅子に座り込んでダミアンは笑った。
「はい!」
モクモクと食べている四名、プラス、イヤイヤながら突っついてるデーモンは・・・ダミアンの不敵な笑いに気付くことは結局最後まで無かったの
だった・・・。
大魔王陛下の発生日、その当日まで・・・。
エースが大事にしてきた花を巡って、熾烈な争いがその日まで行われたのは言うまでも無く。
何となく状況が判ってきた唯一ノーヒントのデーモンも最終的には花戦争(???)に加担し・・・。
そう、あっと言う間にその日になってしまった。
戦いはフェアーで行こうと何となく決めた五名。
エースの花・・・「炎煉紅薔薇」は情報局、軍事局、雷神大使館、文化局、魔界総合司令官室のほぼ中央に位置する、空中庭園内の噴水傍に置か
れた。
そして。
事前に発信されたダミアンからの連絡通り、一斉に個人端末に連絡を入れられる。
一番にこれだと思う贈り物を持ってきた者から大魔王陛下への謁見を許される。
見事正解したものにはそれぞれが望むものを与えられる。
して、結果は如何に・・・?
ジャストお昼の十二時。
一斉に個人端末の呼び出し音が鳴り響いた。
最終戦争(ハルマゲドン???)勃発である。
仕事を・・・それがいかに上司への報告中であっても何も言わずに投げ出して、五名全員が空中庭園に向かって全力で走っていく。
しかし、お昼前だった為に雷神皇太子ライデン、空腹の為にダウン・・・。
そしてゼノン、再び魔鏡草の嫉妬に出っくわしてアウト・・・。
残るはエース、ルーク、デーモンの戦いとなった。
それぞれの顔がそれぞれの目に映る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
何でこんなに一生懸命になってるかなんて誰ももう、考えなかった。
見えるのは・・・炎煉紅薔薇のみ!!!
「取ったぁああああ!!!!」
タッチの差でデーモンが花を手に取った。
「しまったぁあああ!!!しか〜し!!まだ勝負はついてない!!大魔王陛下の御部屋までが勝負だ!!!」
エースは全力でデーモンを追いかけ始めた。
勿論、ルークも後に続く。
「捕まえられるものなら捕まえてみろ!!!吾輩の勝ちだぁああああああ!!!!!!」
デーモンはフハハハハハハと笑い(高笑い)ながら宮廷最奥の大魔王陛下の部屋に飛び込んでいった。
「ああああああ!!!!!!」
悲鳴にもならない叫び声を上げて、エースががっくりと膝をつく。
「は〜い、そこまで〜。」
開け放たれた扉をすぐにぱたりと閉め、ダミアンが嬉しそうに後を走ってきた二名・・・そして途中棄権の二名を見つめた。
「残念だったけど・・・デーモンの勝ちみたいだね。」
「分かりません!!もしかしたら・・・アレは正解じゃないかもしれません!!!」
必死に食い下がるエース・・・そんなに図書館閲覧権が欲しかったのだろうか?
「いいや・・・・デーモンが入った時点で・・・正解なんだよ。」
ニヤリと・・・明らかに妖しげに微笑みダミアンに、四名の視線は釘付けとなった。
「・・・・・・・・え?」
部屋の中は薄暗く、何がどこにあるのかさえも見当がつかなかった。
デーモンは目を凝らし、大魔王陛下を見つける。
「・・・陛下・・・・大魔王陛下・・・サタン様・・・・。」
激しく心細くなってきたデーモンは、今入ってきたばかりの扉を開けようとしたが、どうやっても開かない。
「・・・大魔王陛下?」
《・・・よく来たな・・・デーモン・・・。》
「サタン様!」
ようやく発された声にデーモンはとても嬉しくなった。
《どうしたのだ?そんなに慌てて・・・。》
その言葉にはっとして、デーモンは慌てて礼を取る。
「は、本日は大魔王陛下の御発生日、御子息ダミアン殿下の命により、陛下が御所望の品をお持ちしました。」
そう言って高々と炎煉紅薔薇を差し出した。
《ほほう・・・これはこれは・・・上等な品だな。》
しかし大魔王陛下の声は明らかに自分の背後から聞こえてくる。
「・・・陛下・・・御進物はこちらに・・・。」
《ふむふむ・・・千年に一度だけ発生する極上品。ふっくらと膨らみ、類稀なる高貴な香り・・・触り心地も。さぞ艶かしいだろう・・・。》
「・・・へ・・・陛下?何の話をされていらっしゃるのですか?」
何となく・・・それこそ第六感が働いたのだろうか?むやみやたらと奇妙な殺気を感じて、デーモンは立ち上がり・・・しかし花は捧げたままで後ろへ
一歩下がる。
《ダミアンもよくぞこのようなものを捜してきたな。・・・では・・・さっそく頂こうとしよう・・・。今が一番良い時だろうから・・・。》
闇夜色したマントの下からぬっと突き出された両の手。
その中にすっぽりと収まっていたのは・・・・・ピカピカに磨かれた銀色のナイフと・・・・・・・・フォーク。
「え・・・?え・・・?ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
「・・・・千年香妃花というものを・・・知っているかい?」
ダミアンが扉の前でデーモンの悲鳴を楽しそうに聞きながら四名に聞いた。
「・・・い・・・いいえ。」
この世のモノとは思えないほどの悲鳴に四名は呆気に取られている。
「万病に効くと言われる伝説の薬でね。・・・さほど美味じゃないらしいが、『あること』をすればいかなる山海珍味をも凌ぐ極上の味がする・・・らしい
のだが。・・・デーモンの悲鳴しか聞こえないって事は、よっぽど美味しかったと見えるね。」
「『あること』って・・・なんですか?」
恐る恐るエースが尋ねる。
「え?ああ・・・君達も最近良く私に食べさせられなかったかい?」
さらにニッコリと笑うダミアンに・・・四名ははっとして一緒に口を開いた。
「クリームブリュレ!!!」
その様子にダミアンはますます笑い、頷いた。
「本当に君達は仲が良いんだねぇ・・・。その通り、あの中にサタン一族秘伝の調合薬を仕込んでおいたんだ。」
さぁっと血の気が引く音がする・・・確実に。
「と、言う事はなんですか?俺たちの誰でも良かったって事ですか?」
ルークが顔を引きつらせる。
「うん・・・いや、本当に一番所望していたのはデーモンだよ。彼がデーモン一族の純血を引いてるし、何よりも一番・・・美味しそうだったからねぇ。」
はたと気が付き、四名は顔を見合わせる。
「・・・ま・・・まさか・・・千年香妃花っていうのは・・・・千年に一度の大世紀末に発生し千年に一度だけ華開いて・・・。」
「この世のものとは思えぬ摩訶不思議なそれは、この世に存在することが奇跡のように素晴らしくて・・・。」
「芳しき香り、独特の蜜を持つ。熟成を重ね、それは全てをも超越し・・・。」
「魔界一麗しき華のよう。触り心地ともなれば白鳥の産毛みたいなそれって・・・・・・・。」
一斉に扉に向かって最敬礼した。
「お・・・俺じゃなくって良かった〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「千年に一度の大世紀末に発生し、生まれた瞬間の卵からは芳しい香りと独特の蜜を滴らせ、しばらくの間熟成するかのように卵の中で過ごす。そして出てきたそれは奇跡のような美しさと頭脳を兼ね備えた摩訶不思議な生き物であり、魔界一の華と称される一族の長。・・・デーモン一族の長の・・・・・・・・・・・・・。」
「長様、ダミアン殿下より、贈り物が届きました。」
侍従の者が彼の部屋の外より声をかける。
「分かった・・・今行く。」
ようやくフカフカのソファーから立ち上がって、ゆっくりとした歩調で扉まで行き、開けた。
「こちらでございます。」
案内しようとした侍従を手で制し、一名で応接間に通された贈り物達を見学しに行った。
そしてその部屋の中には・・・。
きらびやかな装飾。
彼の趣味も相当派手なものだが、それさえも地味に見えてしまうような金色のオブジェ達。
「・・・これは・・・相当高くつくものだと・・・思わないか?」
ごく自然に後ろからついてきた侍従に話し掛ける。
「ええ・・・・ダミアン殿下・・・ですからねぇ・・・。紛い物は贈られないでしょうな。」
それだけ言うと、今度こそ侍従は部屋を離れ。階段を下りていった。
「・・・・・・高くついたな・・・。」
デーモンはそっと自分の臀部を触った。
そこには、服の上からでも分かる位にくっきりと、大魔王陛下の歯型付の齧られた残骸が残っているだけだった。
そしてその齧られた後は・・・ものすごく痛かった。
後日談・・・
ダミアンが楽しそうに四名に言い放った。
「ま、、大丈夫だよ。デーモン一族は一番の戦闘種族だからね。再生能力にも長けている。しばらくすればデーモンの尻も元通りに再生するさ。」
事実、デーモンの臀部は数週間の後に元に戻った。
F I N
presented by 高倉 雅