桜の森 

 

闇に溶け込んでゆく空気。
冷たい夜風が吹きすさぶ。枯草の隙間をぬって、笛のような音が聞こえた。季節外れの桜が不気味な光を放っていた。
狂い咲き・・・。
そう呼ぶのに相応しい。
「・・・すごいな・・・。」
黄金の髪が風に乗る。まるで蜻蛉のように現れたその者は、桜を見上げて呟いた。
絹のような髪と共に、彼が羽織っているマントもはためく。
「吾輩に何の用だ?」
蒼い極上のクリスタルの瞳が桜に向けられる。
誰も答える者はない。
見せ付けるためだけに作られたような紺碧の顔の紋様。サファイアをはめ込んだマントの留め具は、彼が【デーモン一族】の長であることを示す紋章だった。
「吾輩に何の用だ?」
もう一度、【彼】・・・デーモンは湖水の上を滑っていくような響きの良いテノールで言った。
・・・と、桜の木の中央に、白い影が揺らめいた。
《お待ちしておりましたよ。デーモン閣下。・・・魔界の最高司令官殿。そして・・・私がかつて愛した唯一のお方・・・。》
銀髪の儚げな姿が浮かび上がる。
「・・・お前だったな。・・・吾輩の夢に毎晩現れやがって。安眠妨害だ。」
デーモンはニコリともせずに言い放つ。
その様子に彼は苦笑した。
《相変わらずなお方だ。御自身が興味ないモノには全く無関心を示される。私に笑いかけて下さったことなど一度も無い・・・。》
「千年前に、魔界を裏切り、ダミアン殿下を裏切り、吾輩をも裏切った。そんなお前が処刑直前に行方不明。どこへ行ったのかと思ったが・・・まさかこんな所にいるとはな。灯台もと暗しとはこのことだ。」
呆れたようにデーモンは、顔に掛かる髪を掻き上げた。
《貴方の愛する花に宿り、ずっと貴方を見つめていました。貴方だけを。でも、もう追い続けることに疲れました。それだけではイヤだ。貴方自身が欲しいのです。》
彼はデーモンの方に手を差し伸べた。
《抱かせて下さい。貴方を。感じさせて下さい。》
「・・・良いだろう。」
デーモンは不敵な笑みを浮かべつつ、マントを剥ぎ取った。月に向かってそそり立つ怒髪がふわり・・・と顔の前に落ちてくる。
瞬間・・・桜の枝がまるで生き物のようにデーモンに襲いかかってきた。
「・・・!」
声を発するよりも早く、デーモンの軍服が引き裂かれる。
《貴方を・・・私のものに・・・。》
いつの間にか、彼も一糸纏わぬ姿をしていた。枝が人間の四肢のようにデーモンの肌を撫で上げる。
ひくり・・・とデーモンは震えた。それを見て、次々と二本、三本、四本・・・と枝が身体にまとわりつく。
「あ・・・あ・・・。」
胸の突起を両方ともに刺激され、思わずデーモンの口から漏れる濡れた声。
白い肌が紅潮し、その様子はまるで桜に溶けるようだった。いつの間にか両手足を束縛され、空中に吊り上げられている。そんな無防備な格好をさせられ、デーモンはますます桜色に染まってゆく。
少しずつ、反応を示し始めていたデーモンの雄にも、枝が侵入を始めた。
「・・・っく!」
人間の舌が這い回るように優しく、時に激しく、刺激を与え続ける。
「はっ・・・あ・・ああ・・・ん・・・っ!」
堪らなくなって、デーモンは大きな声を発した。
明らかに自分の一部であるものが全く違う生き物のようにそこは変貌していく。
《感じているのですか?私で・・・。私で感じて下さっているのですね・・・。》
彼の声も霰もないデーモンの姿を見せ付けられて興奮気味である。
「や・・・あ・・・はっ・・・あんっ!」
潤みがちなデーモンの瞳が細くなる。
半開きの口からは、止まることなく淫らな声が上げられていた。
「はっ、はっ、はっ・・・ああああ!ああ!」
全ての性感帯を刺激され、狂ったように叫ぶ。
どろり・・・とデーモンの雄から白いモノが弾けた。
瞬間、デーモンの脳も火花が散ったような感覚を覚えていた。
「はぁ・・・はぁ・・・あ・・・ああ・・・。」
肩で息をするデーモン。
そこら中にデーモンが放った淫らな匂いが広がってゆく。
《私の番です・・・閣下・・・。私を受け入れて下さいますね?》
彼の目が怪しく光った。その時、地の割れる音と共に、まさに男性の象徴と似たものが、ドクドクと脈打ちながらデーモンの前にそそり立った。
《受け取って下さい。私を・・・。》
有無を言わさずそれはデーモンに向かってきた。
「やめ・・・!」
さすがのデーモンも恐怖の表情を隠しきれない。
だが、それは待ってはくれなかった。
ずぶり・・・。
元来、何も受け入れるべきではない箇所にそれは突き刺さった。
「が・・・あっ!」
呻き声が上がる。しかし、容赦なくそれは最奥部へとまさぐっている。
「あああああああ!」
悲鳴に近い声がデーモンから漏れた。
《デーモン閣下・・・私の・・・閣下・・・。》
欲望の全てをデーモンの中に埋没させ、恍惚の声を上げる。
そしてゆっくりと出入りを繰り返し始めた。
「あ・・・ああ・・・。」
五臓六腑を全て突き上げられるような気分の悪さがデーモンを襲う。
「はぁっ・・・あっ!あんっ!」
《その声だ・・・。私が求めたのは・・・さぁもっと・・・もっと感じて下さい。盛った雌猫のように・・・私の腕の中で狂って下さい・・・!》
勢いがついたように動きが速度を増してゆく。
まるで人形のようにされるがままのデーモンは、それに合わせて機械のように声を発していた。
「あっ・・・あっ・・・あっ・・・あっ・・・。」
《それでいい・・・。それで貴方は永遠に私のものだ・・・。誰も触れることは許さない。私のもの・・・。》
彼は悩ましげな声を短く漏らす。・・・と、デーモンの中に己の精を放った。
同時に再び形成られていたデーモン自身も解放を求め、一気に駆け上り、放つ・・・。
《もう、私から逃れることは出来ない。》
「はぁ・・・どういう・・・こと・・・だ?」
息を整えながらデーモンが尋ねる。
彼は残酷な笑みを浮かべた。
《感じませんか?まだ・・・。》
「なに?・・・あっ!」
全身の力が抜けてゆく。自分の身体さえも支えることが出来ない。
あれだけ見事だった黄金髪も色素が抜け落ちていくように白く変化していた。
「貴様・・・!」
声を出すことですら苦痛となっていた。
《・・・私は貴方を愛していた。死ぬほど愛していたが、貴方は私のものにはならぬ。無限の時間が流れようと、貴方は私の方に振り返っては下さらない。恋い焦がれ、それが貴方への憎しみとなり、怒りとなって・・・。私は魂を売った。手に入れられぬものならいっそ一思いに・・・。桜に姿を変え、貴方を消滅させるほどの力を得るのに千年もかかった。貴方の中に刺し貫かれた私の楔は、貴方の魔力を吸い、肉体をも食らいつくす。》
淡々と語る彼にデーモンは辛うじて輝くクリスタルの瞳で力の限り睨みつけた。
《貴方がいけないのです。私を愛して下さらなかった貴方が!私を愛して下さっていたら、私はこんな姿になることはなかったのに!》
「いいかげんにしろ!」
感情的な彼の言葉をぶった斬ったのは、紛れもなく・・・。
《デ・・・デーモン閣下・・・!》
信じられないという顔で彼はデーモンを見つめる。
それは当然といえば当然のことだった。彼の手の内にいるデーモンは最早全ての力を失い、崩れるようにぐったりとし、そして目の前には、自分の呼び出しに応じ、目の前に現れたときのままのデーモンが立っているのだから。
「調子に乗りやがって。吾輩を誰だと思っている?魔界でも王家以外には持つことのできぬ、三首竜を紋章としている最高司令官ぞ!」
《じゃぁ・・・こいつは・・・!》
彼の視線はおろおろと二名のデーモンの間を彷徨う。
「吾輩がお前のその臭い匂いを気付かないと思ったのか?プンプンするぞ。神のえげつない匂いが。吾輩の幻影を抱かせてやったのはこれから滅しゆくお前へのせめてもの情け。存分に堪能したようだから消えてもらうぞ。」
彼の手中の【デーモン】が煙のように消える。
《あ・・・あ・・・!》
桜の木を囲むように蜘蛛の巣状の結界が張られていることに気付き、恐怖をたたえ、彼はデーモンを見つめていた。
「・・・お別れだ・・・【エース】・・・!」
その声を合図に結界内の力が一気に臨界点を突破した。瞬間、桜の木は塵と化し、全ては何もなかったかのように無言の闇へと戻った。
デーモンは軽く溜息をつく。
マントを翻し、振り返りもせずにその場を立ち去ろうとした。
「や、デーモン。終わったのか?」
闇を背に、現れた者が問いかける。
「あぁ・・・全て、な。」
「御苦労さん。」
ポンッ・・・とデーモンの頭を軽く叩いたその者のスタールビーの瞳がデーモンを捕らえた。
「見てたのか?」
デーモンが尋ねる。
「あぁ、全てを、ね。」
静かに答える・・・と、横で肩を震わせているデーモンが立ちつくしていた。
「・・・デーモン・・・?」
「好きだったんだ・・・吾輩は・・・本当は、心から・・・愛していたんだ。・・・ヤツを。」
真珠のような涙がデーモンの頬を伝う。
困ったような、それでも優しい表情でその者はデーモンを抱きしめた。
「・・・デーモン・・・。」
もう一度、声をかける。
それで緊張が解けたのか、デーモンはぐぐっ・・・と両腕に力を込めて、その者を抱きしめた。
「もう二度と・・・同じ間違いは繰り返さない。・・・吾輩にとってお前はなくてはならない存在だ。誰にもお前の代わりなんてできやしない。吾輩の側に・・・いると誓え。」
まるで子供のように泣きじゃくるデーモンの背中をあやすように叩く。
「誓う・・・一生、俺はお前のものだ。そして・・・お前も未来永劫、俺のものだ・・・分かるな?」
デーモンはこくりと頷いた。
「・・・分かってる、エース長官・・・吾輩は同じ過ちは犯さない・・・【エース】のためにも!!」
ぶわり・・・と大きな風が吹いた。
そして、もうそこには存在しない筈の桜の花弁がエースの紅い髪に触れ、デーモンの肩をかすり・・・闇の中へ消えていった。

 

                                                                       F i n

                                                             presented by 高倉 雅