P H A N T O M

 

遠くで吾輩を呼ぶ声がする。
目を開けなきゃ・・・そう思った。
白い背景に包まれて、出口無き迷路を彷徨う夢を見ていた。
どんどん溶けてゆく身体。
不思議な快感。
自分を呼ぶ声は大きく、そして荒っぽくなった。
「起きるんだ!!!デーモン!!」
突然クリアになった大声に思わず大きく目を開けた。
「な・・・何事だ?!」
ベッドの脇に立つのはエース。
しかし・・・何かが違う。
「どうした?何か変だ・・・ぞ?」
最後まで言い終わらないうちに吾輩の身体は不気味に仰け反った。
思わず見上げたエースの瞳には明らかな怒りの色が浮かぶ。
そして、血の色をした涙。
「な・・・・・・・何が?」
ゴボリ・・・と口から吹き出す泡。
胸に突き立てられた剣。
「エー・・・・・・・・ス?」
後ろの扉から覗くのはゼノンとライデン。2名とも、エースと同じ瞳で吾輩を見ていた。
「何故殺した?お前は・・・・ルークを・・・・。」
絞り出すような詰問に吾輩は驚愕の表情をしたのだろう。彼等3名は憐れみの顔でこちらを見ていた。
「お前しかいない・・・ルークを・・・・殺したのはお前だ・・・。」
何の事だか分からなかった。吾輩には一切身に覚えがない。
その前にルークが死んでしまったことの方がショックだった。
「がはっ!!」
ベッドに片膝を乗せて、少し回転させながらグリグリと剣を吾輩の内臓を抉っていく。
「やめて・・・・・く・・・・・・・・・・れ・・・。」
それでも、彼らが見下ろしてくる瞳の色は凍りつき、感情の欠片もなかった。

《・・・・・モン・・・・・・・・。おい・・・・・・・・。》

遠いところでまた声がする。
そう・・・これは夢だ・・・・・きっと夢だ・・・・。
誰かが吾輩の後ろで吾輩を見ている。
最後の力を振り絞って、後ろを振り向いた・・・・。

 

「まだ起きないのか?」
耳元で声がしているのだが、どうしても目を開けられない。
瞼が動くことを忘れてしまったの様だった。
重い・・・。
「ああ・・・まだ・・・。」
エースとルークの声。
やはりさっきのは夢だったんだ・・・吾輩は安心した。
「どうすれば良いんだよ?俺達は・・・。」
今にも泣き出しそうな感じで言い放つのはルークの声だった。
何が・・・どうしたんだ???
たまらなく不安になった吾輩は、手を動かそうと力を込めた。が、石のように硬くなってしまっている。
ピクリとも動かない。
「もう・・・許さない・・・俺は・・・。」
びりびりと感じるのはエースの炎のような怒り。
何が起こっているんだ?見たい・・・・!!全てを!!!!
あまり身体の中に残っていない力を限界まで駆使し、瞳だけは開けることに成功した。
霞む視界に一番に飛び込んできたのは、夥しい包帯の巻かれた身体。
オリジナルの肌の色が見える箇所は無きに等しい。
吾輩の身体・・・・・何があった?
この信じられない姿を確認した瞬間、四肢に引き裂かれんばかりの激痛が襲う。
「俺は・・・もう・・・。」
エースは既に感覚を失ってしまった吾輩の身体をゆっくりと触り、涙を落とした。
「エース・・・。」
予想通り、涙を浮かべたルークが彼の肩に手を置いた。
「デーモンをこんな風に傷つけた奴を・・・・俺は殺しても・・・殺し足りない!!!」
激しく感情を狂わせるエースの中に、正気の色は既に無かった。
「分かったよ・・・エース。俺も行くよ。」
どこに?何をしに?吾輩を置いて?
「ありがとう。」
そう言って、こちらの顔を覗き込んだ。
吾輩が目を開けていることに気が付き、少し、頬を緩めて笑顔を作った。
「見えているのか?俺達が・・・今・・・お前に俺達が見えているのか?」
頭にも巻かれているらしい包帯から少しだけ覗いた吾輩の髪を掻き上げ、エースは悲しそうに呟いた。
見えているぞ?お前の言葉も、表情も、全部・・・・・。
今、吾輩の意識が正常なのかどうかは分からないけれど、これだけは分かっている。
エースもルークも・・・そんな悲しい表情を吾輩は知らない・・・。
そんな激しい表情も・・・。
「行くぞ。もう時間がない。」
軍服の襟を正し、エースは立ち上がった。
行くな・・・!!行ってはいけない!!
叫びたかった。が、声が出てくれない。
ルークも厳しい表情で頷き、吾輩を見る。
「待ってて・・・デーモンをそんな風にした奴等を・・・・・・・・・。」
それだけ言うと、くるりと踵を返した。
「・・・用意はいい?」
エースの声がやけに遠い。扉の向こうでゼノン達と話しているらしい。
行かないで・・・行かないで・・・頼むから!!!
誰もこちらに気付かない。
ダメだ!!ダメだ!!!!!
吾輩は・・・・・・・。
行ってはいけない・・・このまま行けば・・・・・・・。
イヤな予感だけが傷ついて動けなくなったらしい吾輩の身体を支配する。
ダメだ・・・・・・・・・・・・!!!!!!

《・・・デー・・・モン・・・・聞いてるか?》

呼ぶな!誰が吾輩を呼ぶんだ?
今呼んだら・・・このままでは彼奴らが・・・・。
グニャリと、意識が歪んだ。
不快な浮遊感。
強烈な勢いで外に向かって何かが飛び出した。

 

「聞いてるよ。」
何を考えるまでもなく、口から出たのは不機嫌そうな言葉。
自分が発したことに驚き、吾輩は顎を付いてた手をビクリとさせた。
「・・・器用なヤツだな・・・。目を開けたまま眠れるのか?お前は・・・。」
呆れたようにエースがこちらを見つめている。
他の3名もくすくす笑いながら我等のやりとりを見ていた。
「仕方ないけどね。今はかなり忙しいから・・・。」
ゼノンがホットコーヒーを目の前に置いて、椅子に座った。
「え?・・・」
忙しい・・・・・?
よっぽど頓狂な顔をしていたんだろう、ますます4名は呆れるように溜息をついた。
「ほんっとに寝惚けているんじゃないのか?時間は待ってくれないんだぞ?もうすぐFINALツアーが始まるってのに・・・。打ち合わせの途中だろう?・・・ったく・・・。」
「あ・・・・そうか・・・・そうだったっけ・・・?」
・・・さっきのも夢なのか・・・。
コレが現実?
本当に・・・現実なのか?
何かが違う気がしてならなかった。
今、ココにいる4名は本当にいつもの構成員なのか?
そして吾輩も本当に吾輩なのか?
「さ・・・次の仕事だよ。もう行かなきゃ・・・。」
ライデンが一番に立ち上がった。
「ほらぁ・・・デーさんが寝惚けてた所為で何にも決まんなかったじゃない。」
ルークが吾輩の額をピンッとつつく。
痛みは・・・・・・・・・・・・・・?
「早く行くぞ、置いていくからな。」
イライラしたようにエースが扉を開けて手招きをした。
「待って・・・・!!!」
いつの間にか吾輩以外の4名は扉の外で待っている。
「先に行っとくぞ。」
パチリ・・・と部屋の灯りを消された。
一瞬にして何も見えない空間がしっとりと吾輩を包んでくる。
心地よい暗闇・・・。
何故か懐かしい。
誰かに抱かれて守られているような・・・そんな気分がした。
ふいに何かに押し潰される感覚がし始めた。
【何だ?!】
声が奇妙な反響を起こす。不思議な温もりがグイグイと身体を押しつけてくる。
【・・・ヤメロ・・・・!!!】
身体が縮んでゆく。崩れていく・・・全てが・・・。
記憶が、知識が、何もかも吾輩の身体から削ぎ堕ちてゆく。

【だめ―――――――――――――――!!!!!!!】

 

 

開いた掌の中には光が集まっていた。
亀裂を裂き、まとわりつく殻をうざったそうに剥ぎ取る。
「お生まれになったぞ・・・!!!」
聞き覚えが・・・・・・・・あるような気がする。
しかし記憶がない。
当たり前かも知れない。
今・・この瞬間に、吾輩は生まれるのだから・・・。
初めて目にする外界の景色には数え切れないくらいに沢山の動く物体。
「おおおお!!!頭領様!!お生まれです!!跡継ぎ様がお生まれになりました!!」
すっくと抱き上げられた吾輩は誰かの目の前に差し出された。
「この方はお前が後々にお仕えすることになる、我がデーモン一族の次期頭領様だ。ご挨拶するんだ。」
背中を押されて吾輩の前に立つのは紅の紋様を顔に抱く、無愛想な小さい悪魔。
見覚えが・・・・・・・無い。
当たり前だった。吾輩は今、この世に生まれた。
では・・・?
どうしても消えない、吾輩の意識化に埋もれている思いは・・・何だ?
あの夢は?
リアリティーがありすぎる奇妙な・・・・・・・・・・・・・・

That is a PHANTOM
Fate which was buried in the memory.
The going HISTORY is my・・・・.

                                                           F I N   

                                                    Presented by 高倉 雅