NO GOOD NEWS TODAY

 

夕暮れ時になったのを確認して、目の前の窓を全開にした。
もう、この時期になると、下手に人間の利器を使用しての快適温度より、自然の風を入れ込む方が遥かに気持ちが良い。
エースは冷蔵庫を開き、ワインの瓶を取った。
ついさっき入れた割には、結構冷えている。
このまま入れておけば、来る頃には丁度良い具合になっているだろう。ついでに・・・とグラスを2脚、ワインの隣に置いた。
「そう言えば・・・」
昨日のスタジオの状況を思い出す。
「・・・喉痛めていたようだったな・・・刺激物は止めておくか・・・。」
最近はずっとスタジオに閉じこもりっぱなしで、密閉した乾燥する空間で不健康極まりない生活を送っている。
気分転換に・・・と、ポッカリ空いた今日のオフ。
エースの予定としては、ゆっくりと昼過ぎまで惰眠を貪り、太陽の出ている時間は読書でもして過ごし、闇の支配する時間はネオンの街へ繰り出そうかと思っていたのだが・・・その計画は、午前11時頃に鳴り響いた電話の前であえなく崩れ去った。

「久しぶりにそっちに行こうと思っている。・・・そうだな、夜7時。1名だけでどこかへ行こうなどと思うなよ。」
かなり一方的に言うだけ言うと、ガチャリ・・。
無情にもエースは『もしもし』という言葉だけしか発することの出来ないまま切れてしまった。
「・・・・・。」
無言のまま、エースは受話器を置き、頭を掻く。
起きあがり、そのままシャワールームへ足を向け、完全に目を覚ますと、近所の大手スーパーへ買い物に出かけ、戻ってきたのがつい1時間前のことだった。
慣れた手つきで料理(殆どが酒の肴)を作り上げ、後は鍋の中身でグツグツ言ってるメインディッシュが煮えるとひとまず終了。
「これでいいか・・・。」
エースは冷蔵庫から缶ビールを出すと、プルタブを引いた。
渇ききった喉に炭酸が心地良く流れてゆく。
一息ついて、チラリと腕時計を見た。
指定された時間まで、まだ少々、余裕がある。

「丁度良いな・・・ったく・・・いきなり言い出すところは昔と・・・!!!」
・・・ふと、エースの脳裏に蘇る、遠い記憶。
印象的なアクアブルーの瞳。
短い髪をムリヤリ後ろに束ねてそれでも余って横に流れ落ちてくる金の後れ毛。
思い出す度にエースの口元に笑みが零れていた。
たまにはいいか・・・と、そのまま過去の記憶にエースは身を委ねることにした・・・。









ようやく職務から解放され、エースは情報局を後にした。
2週間前に完了した任務の報告に追われ、やっと一息つく。
「ふぁああああああ・・・・・終わったな・・・。」
軍服の内ポケットから取り出した煙草を銜え、火を付ける。
「・・・やっと休暇だ・・・。」
明日からの長期休暇を目前に空いたアフター5を有意義に使わなければ・・・とエースは辺りを見回した。
・・・が。
「誰も居るワケないよなぁ・・・。」
近くにある灰皿に煙草の灰を落とし込む。
誰1名も居ないのは当然と言えば当然。外は漆黒の闇の世界、アフター5はアフター5でもすでに守衛の者以外は帰路についている時間だった。
「遊び相手もない・・・仕方ねぇ、この際ルークかゼノンでも・・・ライデンでもいいや。誰でもいいから引っぱり出して・・・。」
ブツクサと言っていると、柱の影に何かを感じた。
雰囲気としては敵意はなさそうだが、いまいち落ち着きがない。エースが初めて感じる気配だった。
こんな時間に・・・?
「おい、誰だ?」
逃げられないように片腕を掴み、顔を見た。
まず視界に飛び込んできたのは大きなアクアブルーの双碧。
眉尻の方へ流麗に上がったスカイブルーの紋様。
幼い印象の残る顔にかかっているのは、地獄では珍しい、金色の髪。
仮にも情報局員の自分が、この珍しい悪魔に見覚えがないとは・・・。
「・・・こんな時間にこんな所で何の用だ?」
エースは冷酷な瞳を彼に向けた。
が、彼はそんな瞳を全く無視してにっこりと笑った。
「何だ。まだ誰か居たのか・・・。お前は相当仕事が好きなのだな。こんな遅くまで伏魔殿にいるとは・・・。」
「・・・は?」
エースの質問の答えとなる言葉は一切無い。
地獄で大魔王陛下と並ぶとさえ言われている情報局の次期長官候補もさすがに呆れていた。
「・・・お前・・・俺の言ったこと聞いていたか?こんな所でお前は何をやっているのだ、と質問したつもりだったんだが?」
少し緩められた手から逃れ、彼は居住まいを正した。
「吾輩はここを散歩してたんだが・・・どうやら迷ってしまったらしいんだ。困っていたらお前が情報局から出てくるもんだから、『こいつに付いていけば出られるかもしれぬ』と思って、柱の影でお前が動き出すのを待ってたんだが・・・。何やらお前は煙草を銜えてブツクサ言ってるし・・・吾輩、退屈していたところをお前に見つかった・。・・と、こういうわけだ。」
「・・・伏魔殿の広さを何だと思ってるんだ?仮にも地獄のトップ達が仕事している場所なんだし、大魔王陛下や皇太子様が住んでおられる場所なんだぞ?お陰様で途方もなくデカイ。1日歩き続けたとしてもスタート地点に戻って来られるかなんて俺も考えたくもねぇ。そこを散歩などとは・・・また・・・。」
エースはため息を付いた。
既に彼の身元のことなどエースの頭から遥か彼方、向こうの世界へと消え去っていた。
エースの呆れように、彼もシュンとなってしまった。
「すまん・・・。」
「そうそう、ほら、もうこんな時間だ。ガキは軍寮(ウチ)に帰って早く寝な。」
エースの少し(どころではなかったが)小馬鹿にしたような台詞に、彼の口がまた活発になった。
「ガキぃ?!お前の方こそこんな時間にこんな所で煙草なんぞふかしよって・・・。吾輩よりほんの少しデカイからってな!威張り腐るんじゃないぞ!とにかく吾輩はここから出たいんだ!!」
・・・本悪魔(ほんにん)、子供扱いされるのがとてもイヤらしい。
ものすごい剣幕で捲したてた後、大きく息を何回も吐いた。
「・・・で?名前は?」
エースは少し笑みを浮かべて尋ねた。
「え?」
突然聞かれて、彼は大きな瞳をクルクルさせながら聞き返してくる。
「だから!お前の名前は何だって聞いてるんだよ。」
ほんの少し頭痛を覚え、エースは頭を掻いた。彼はにっこりと笑って答えた。
「デーモン。」
「デーモンか・・・。お前もイヤだろう?『ガキ、ガキ』呼ばれるのは。」
エースの言葉に、彼・・・『デーモン』は大きく頷く。
「じゃぁ、デーモン。ついて来いよ、玄関まで送ってやる。」
「ありがたい!」
そう言うと、デーモンはエースの後をすたすたと歩いていった。




「おお!!ここだここだ!!・・・はぁ・・・・良かったぁ・・・・。一時はどうなることかと思ったが・・・。ありがとう。」
伏魔殿の玄関口で、デーモンは嬉しそうに叫んだ。
「じゃあな。俺はこれから街に行くから・・・。ちゃんと迷わずに帰るんだぞ!」
そう言って、エースはそそくさと後ろを向いた・・・・・・・・・筈だったが。
「吾輩を置いて行くつもりか?」
デーモンがエースの進行方向に立ち塞がった。
「あ・・・・・?置いて行くって・・・・・?」
あまりのことにエースも開いた口が塞がらない。
デーモンは両手を広げ、通せんぼのかたちで一心にエースの方を見てくる。
「玄関先まで送って『ハイ、サヨウナラ』か?それはあまりにも冷たくないか?」
ナンパした女がマジになって『行かないで』と言ってる状態と似てるな・・・と、何とも呑気な考えがエースの頭を巡る。
「何言ってるんだ?俺はお前を伏魔殿の入り口まで送った。さっきお前は『ありがとう』と言った。それでいいだろう?その他、俺に何をやってほしいんだ?」
エースの言い分は尤もである。
が、デーモンは向けた真剣な瞳をエースから外さない。
「吾輩は・・・吾輩は・・・。」
瞳とは裏腹に言葉が出てこない。どう言おうかとデーモンが悩んでいるウチに、デーモンの真意は思わぬカタチとなって出された。

【ぐぅ・・・・・・・きゅるるるるるるるるぅううううううう・・・・・・・。】

一瞬の沈黙。
別に気まずくはないが、何となく沈黙・・・。
デーモンの顔が赤くなっていく。
それは透明な水の中に一滴の赤い絵の具を落とした時のように、見る間に・・・。
エースは思わず吹き出した。
「何だ?!お前・・・腹減ってたのか?!はっはっはっはっは!!!」
とうとう涙まで出てくる。冷酷無比で名を馳せている情報局員のエースが爆笑などとはまた珍しい・・・。
彼の部下が見たら目を開けて立ったまま気絶することであろう。
「・・・そんなに笑わなくても・・・。」
恥ずかしそうにデーモンは顔を伏せる。
そんな間にも、また一つ・・・・。

【ぐぅ・・・・・・・・・・。】

ますますデーモンの顔が朱に染まっていった。
「ああ!すまない!!分かった分かった・・・・。そんなに赤くなることもないだろう?・・・くっくっく・・・・・。いやいや、そんなに爆音が鳴るってことは、お前相当な時間を伏魔殿で彷徨ってたってことか?」
笑いを隠せないでいるエースに少し膨れながら、それでも恥ずかしそうにデーモンは小さく答えた。
「・・・・・お昼過ぎた頃から・・・。」
その答えにエースは爆笑から取って代わって優しい笑みに切り替えた。
「そりゃぁ腹も減るだろうな。」
エースと出会ってからの彼の言葉が少々強かったのもこれで頷ける。
だとすれば・・・。
「おい。一緒に行くか?」
エースは軽く片目を瞑ると、デーモンに問いかけた。
その意味がすぐに理解できたデーモンは瞳をキラキラさせて大きく頷いた。
「じゃぁ・・・・みんな呼ぶか・・・。」
エースはポケットから通信用の端末を取り出した。




伏魔殿が存在し、地獄の都である【ビターバレー】を中心に、無数の街がこの地獄を構成する。
その中でも大きいのが、官僚達の居住地区である【ヒバリーヒルズ】、エースが館を構える(とは言っても殆ど彼がそこに帰ることはないのだが・・・)天界との扉が唯一ある【ゴッズ・ドア】、離島ではあるが外部の警備を担当する【ヒル・マウンテン】、そして貿易など外交を取り仕切る街がここ【サイドビーチ】であった。
貿易の街だけあって、色んな物がここにはある。
エースが気に入っている酒を出す店もあるというのは言わずと知れたことだった。
「あれ・・・?ここだよなぁ・・・。ゼノンが指定してきた場所って・・・。」
エースは辺りを見回した。と・・・。
「おい?・・・デーモン?!・・・・・・・・・あのウルトラ好奇心め・・・・。」
たった今までエースの傍らにいたデーモンが消えている。どうやら、初めて来たこの歓楽街を探索しに行ったらしい。
伏魔殿を散歩コースにするぐらいだからな・・・と、考えている場合ではない。
悪魔(ひと)通りがかなり多いこの町。迷ったら・・・・・・・・・。一本道に近い伏魔殿で迷うのとはワケが違う。
「デーモン!!!!」
かと言って自分もほぼ初めてに近いこの街。
ヘタに動くと自分まで迷悪魔(まいご)だ。
ソレは・・・・・・・・・困る。
『情報局員、サイドビーチで迷悪魔?!』
次の日の新聞の3面記事の見出しにそう書かれるのは何としてでも避けたかった。
「デーモン!!!!!」
「おや、エース。早かったね。」
後ろから声をかけられる。
「ゼノン!!良かった・・・・実は・・・。」
言うより先にゼノンの後ろから見覚えのある金髪が見え隠れしている。
「もしかしなくとも、エースが連れてきた金髪君はこの子だったみたいだね。僕たちがそちらに行ってたら変な露天で引っ掛かってるのを見付けてね。エースが珍しい金髪を連れて来るって言ったから。もしかしたらと思って連れてきたんだけど。」
「・・・・・・!!!」
・・・怒る気も失せた。
「どうしてもあの店を見てみたくてな。せっかく買おうと思ってたのに、ゼノンに連れてかれた。」
全く悪びれた風もなくデーモンがエースににこにこ笑いながら言う。
「ははは!!さすがのエースも手に負えないご様子で。」
ゼノンの後ろでルークとライデンが笑う。
「ほっとけ。」
頭を抱えたようにエースが言い放つ。
「で?ゼノン。ここなのか?お前が言ってた店ってのは。」
迷悪魔の間にすっかりうち解けていたと見え、ゼノンと親しそうに話すデーモン。
「そうだよ。ここだよ。エースの好きな酒が沢山揃ってるからね。さ・・・・って、エースもそんなところで脱力してないで行こう。」
ゼノンの後ろからくすくす笑いを漏らしながらついていこうとするルークを軽く小突くとエースは店の中に入っていった。




「・・・よっぽど腹減ってたのか?」
大食いで有名な雷神界皇太子のライデンまでもがその迫力に押されてマトモに食べれないでいる。
そのくらい・・・。
「うん。ここ2日食べてないんだ吾輩。」
黙々とテーブルに出された料理を平らげていくデーモン。
思わずエースも見入ってしまった。
「ここ2日って?」
ルークが酒を一口飲んで尋ねる。
「ちょっとな。」
その話題には触れたくないらしく、デーモンはそれだけ言うと、食べ続けることに専念する。
「・・・もしかして今回みたいにどこかに忍び込んで悪さをしたから罰としてメシ抜きだったとか?」
ズバリと指摘するエースに、デーモンはプゥ・・・と膨れた・・・が、その膨れ方は食べ物が入って膨れているのか、わざわざ自分で膨らんだのか分からない。
「士官学校も厳しくなったもんだ。」
エースが言い放つ・・・と、デーモン以下、3名、動きが止まった。
その様子に気付き、エースが不思議そうに4名を見つめる。
「何だ?どうかしたのか?」
「あ!!・・・いやいや・・・そうだね。厳しくなったんだね・・・。」
ゼノンがはっとして返事をする。
「なんなんだ????お前ら・・・。」
ますます目つきが鋭くなった情報局長官に4名、ナニも言えず・・・。
「そ、そういえば、エース、やっと任務が終わったんだね。」
ルークが無理矢理に話題を変えた。
その言葉にエースは先程まで格闘してた書類の山を思い出してげんなりとする。
「ああ・・・ったく。大魔王陛下も無茶な任務を押しつけたもんだ。デッカイ惑星をたった1名で調査しろなんて・・・。」
話題が逸れてどことなくほっとしたようなデーモンは口を開いた。
「どこの惑星だ?」
「銀河の果て、太陽系に属する第3惑星だ。」
エースはボトルから酒をグラスに満たし、ぐいっと飲み干す。
「へぇ・・・で?どんな惑星なの?」
ゼノンが興味深そうに尋ねてくる。
「まだまだ発達段階の惑星だ。調査は大変だったがな。色々興味をそそられる。」
「どんな生物が住んでるの?まさかこの前俺が行って魚ばっかしかいなかったようなそんな惑星ではないだろうな?」
ルークは苦笑して酒を飲む。
ルークもつい最近、征服を目的に軍事局の精鋭部隊の一員としてある惑星に赴いたのであるが、征服するもなにも・・・。
そこは見渡す限り海、海、海・・・。
優雅に魚たちが泳ぐ惑星だった。
精鋭部隊30名・・・絶句してしまい、仕方ないから大魔王陛下の土産として産地直送、新鮮な魚を届けたのである。
「いや、大丈夫だった。」
あの時の唖然としたルークの顔を思い起こしながらエースはまた、酒を含む。
「そこは知恵を持ち、言葉を喋る生命体がうようよしていた。」
何でもないようにさらっと言ってのけるエースにライデンは思わずテーブルを叩いた。
「ちょっと!!そんな悠長に言ってる場合じゃないでしょ?そこって・・・・。」
「そ、やっと見付けた。神が自分に似せて作った生命体の惑星を。」
エースは嬉しそうに言う。
「じゃぁ、これからが大変になるね。」
ゼノンはふうと溜息をついた。
その様子にエースは心外な顔で顔を見つめる。
「そうか?これから先はトップ達の仕事だ。一介の情報局員が関与するのはここまでだよ。お前らだってそうだろう?」
あとは関係ない・・・と言いたげなエースの口振りにぼそりと誰かが呟く。
「そうでもないぞ?」
発言主はデーモンだった。
意外なところからの言葉にエースは振り向く。
「どうしてだ?」
当然の質問。
しかし、デーモンはまっすぐにエースを見つめてくる。
「だってそうだろう?これから最終決戦にも匹敵するような戦いが始まるんだ。一介の情報局員だのトップだのと言ってる場合ではない。その惑星が発見された。そして地獄に発見されたと言う事実は必ず天界にも情報は行ってる筈。本当にエースが必要になるのはこれからなんだ。」
思わぬ台詞にエースは少々面食らっていた。
「俺は、情報局長官に言われたことをやるだけだ。一介の情報局員が・・・・。」
「それだ!吾輩が気に食わないのはそこだ。エース。『一介の』というやつだ。お前はそんなところで終わるのか?目標もないのか?吾輩がお前の上司だったらはっ倒しているところだ。」
「まぁまぁ・・・2名とも落ち着いて・・・。」
ルークがその場をなだめようとするが、既に遅かった。
「たかが士官学生のクセに分かったような口を叩くんじゃない!俺だって、今の使いっ走りの仕事に満足してるわけじゃないんだよ。いつか・・・・・!!」
エースにしては珍しくかなり酔っていた。
半年も任務に追われ、酒も煙草も殆どやってないようなところで、今日、いきなり大量に飲んだのだ。
「だったら何故上を目指さない?お前はやがてトップに立つ悪魔だ。吾輩には分かるんだ。」
デーモンの表情は真剣そのものだった。
2名のやりとりに3名は入り込めないでいた。
「エース・・・。」
ゼノンが呟く。
意外だった。
それまで仲魔とは言え、笑顔はおろか、こんなにあから様な怒りと野望、熱い思いを見たことはなかった。
ちらりと・・・デーモンを見る。
「・・・キミ・・・だからだね。デーモン・・・。」
その小さな呟きに誰も気付く者はなかった。
「俺は・・・1名で生きてきた。誰にも頼らずに!誰かに使われたくはない、誰も俺に干渉しない、そう思ってただひたすら走ってきた。いつか・・・いつか・・・トップに立ってやる!そう思って・・・。」
エースの身体がふわりと後ろの方に傾き、瞬間、テーブルの上にド派手な音と共に突っ伏した。
「エース!!」
ルークがエースの身体を抱き起こす。
「エース?!」
慌ててデーモンも側に寄る。
ゼノンがエースの額に手を当て、ぼう・・・と光の玉を流し込んだ。
「大丈夫だよ。久しぶりに飲んだから酔っぱらって寝ちゃったんだ。明日は2日酔い覚悟だね。」
クスリ・・・と笑う。
「めっずらしいの。エースが酔っぱらっちゃって寝るなんて。俺の専売特許なのにね。」
ライデンが呆れたように笑い、皿に残ったジャガイモを口の中に放り込んだ。
「でも・・・エースらしいと言えばエースらしい・・・。」
ルークも安心したように席に着き、グラスに残った酒を飲み干した。
「え?なにがだ?」
心配そうにエースの傍らにいるデーモンが尋ねる。
「デーモンに叫んだ言葉。俺達には全然言ってくれなかったけどね。」
「ふうん・・・・?」
分かったようなワカラン様な・・・デーモンは不思議そうに首を傾げる。
・・・と、にっこり笑って3名を見た。
「よし!!吾輩決めたぞ!!」
3名はその言葉に一瞬、何のことだか分からなかったが、すぐに笑みを浮かべた。
「そっか・・・・。じゃ、乾杯だ。」
ゼノンがウエイターに極上のワインを注文する。
グラスは5つ。
それぞれの杯にワインを満たしていく。
4名はグラスを取り、熟睡かましているエースの前に1つ、置いた。
「酒好きのエースが飲めないのが可哀想だけど。」
言葉と裏腹なルークの嬉しそうな笑顔。ライデンは吹き出す。
「じゃぁ、明日を祝して。」
グラスの重なる透明な音が、いつまでも4名の・・・いや、眠っているエースの耳にも果てしなく響いていた。



覚えていない・・・。
ソレが分かってエースは顔面蒼白になった。
2日酔いでものすごい頭痛で一生懸命思い出してみる。
昨日は・・・。
伏魔殿であったデーモンとかいうヤツを連れてサイドビーチに行った。
初めて入った店。
酒も美味かった。
久しぶりに会った仲間達。
ゼノンにルークにライデン・・・。
俺が昨日まで行ってた任務のコトを話してそれから・・・。
「・・・・記憶がない・・・!!!」
その時、電話のベルがけたたましく鳴り響いた。
「おわっ!!」
電話のベルが頭に響く。
「・・・はい・・・もしも・・・・・・」
『エース!!!ナニをしてるのだ?!』
その声は情報局長官であった。
「はいっ!!何事ですか?」
『今日は副大魔王様が新しく任命されるから出頭することになっていただろう?』
「え・・・?」
初耳だった。
『あ、そうか、キミは惑星探査に行ってたからな。とうとうだ。5000年も就任のなかった副大魔王様が決まったのだ。今日はその就任式。新副大魔王様から直々にエースを指名されてな。今日からキミは副大魔王様直属の情報局員だ。これでキミは私の跡を継いで情報局長官の椅子を得たも同然だ。おめでとう。じゃぁな。早く来るんだぞ。』
唖然としたままエースは物言わなくなった受話器を握りしめていた。



「おや、エース。遅かったね。」
2日酔いの最悪のコンディションでエースはとりあえず軍服を着ると、伏魔殿へ出頭した。
「ゼノン・・・あれ?何でお前がいるんだ?」
「俺もいるよ。」
ルークとライデンもひょっこり出てくる。
さすがに公式の場とだけあって、珍しく3名とも正装で目の前に立っている。
「呼ばれたんだよ。新副大魔王様にね。」
イヤに含みのある言い方をされる。しかしエースにとって今のところどうでも良いことだった。
とにかくこの2日酔いを抱えた頭をどうにかしたかった。
「ほら・・・お出ましだよ。」
ゼノンが指をさす。
その先には大魔王陛下と、ダミアン皇太子殿下が扉から現れた。
「さて・・・新副大魔王を紹介することにしようか・・・。さ、おいで。」
ダミアンが招き入れる。
その顔には・・・。
「ああああああああ!!!!!!!!」
エースは思わず叫んだ。
白い大礼服を身に纏い、薄い布で織られた黒いマントを翻す。
金とサファイアで装飾された襟元の飾りが良く映える。
肩に掛かる金髪。
蒼い紋様を顔に抱き、その双碧はイヤなくらいに見覚えがありすぎた。
ふと気付くと、隣にいるゼノンもルークもライデンも最敬礼をとっている。
エースに気付き、3名はにっこりと笑った。
「・・・てめぇらぁ!!!!!知ってたのか?!」
今にも掴みかからんところに良く通る声が響いた。
「エース長官。昨日はどうも。」
にっこりと笑う印象的な顔。
「デーモン!!!!!」







【ピンポ〜ン】
玄関の呼び鈴が聞こえた。
とたんに現実世界に引き戻される。
エースは時計を見た。7時。約束の時間丁度だった。
『エース!!それとも、まさかいないなどとは言わせないぞ!!』
「いる!ついでに扉も開いてる!」
慌てて飲みかけの缶ビールをテーブルに置くと、玄関へ走った。
「よしよし・・・いたな。」
「なぁにが『よしよし』だよ。ったく・・・。」
つっけんどんにエースは訪問者を招き入れる。
その様子に気分を害したのか、見る間に顔が膨れた。
「お前が飲みに行って明日、体調が最悪だったら他の者に迷惑がかかるだろう?ソレを見張りに来たんだ!ありがたいと思うように。」
論点がズレてるのか、的を射てるのかよく分からない屁理屈を堂々と言ってのけるあたり・・・。
「・・・お前は本当に変わらないな。」
エースはその脹れっ面を見て、懐かしそうに笑った。
「どうした?何か変なモノでも喰ったのか?それとも吾輩はまた何かしたか?」
変わらない。
その金髪も、印象的な瞳も・・・あの時に感じた、惹きつけられて離せない
愛しい気持ち・・・。
再びエースは笑みを浮かべた。

                                                               F I N

                                                          presented by 高倉 雅