聴 し 色

 

「あ、来た来た。」

ゼノンは、もう一つ、ワイングラスを置いた。

「先刻、呼んだんだ。今日は、暇だって言うからさ。」

にっこり笑ってそう言うゼノンに、エースは何も言えなかった。

だから、このチーズの量?

エースのグラスを持つ手に、無意識に力が入る。

あの夢の中の恐怖とは、また違った期待の交じった怖さ。

「お待たせ・・・、って、あれ? エースも一緒だったんだ。」

邪気無く言うその言葉。

「珍しい組み合わせじゃないか?」

「適当に座ってて、デーモン。他に何か見繕うから。」

そう言って席を立つ。

エースは、何となく二人きりになりたくない気がした。

「俺が作るから。」

「良いって。二人と座ってて。」

慌てて立とうとしたエースを制して、ゼノンは台所へ消えた。

何を話せばいいのか分からない。

二人きりになることなんて、そう珍しい事ではないのに・・・。

戸惑いを隠せないエースを察したかのように、デーモンの方から声をかけた。

「顔色良くないぞ。具合でも悪いのか?」

心配そうにエースの額にかかる前髪に手を伸ばしたデーモンの手を、エースは、思わず払いのけた。

「どうしたんだ? 上で休んだ方が良くないか?」

その行動を、具合の悪さ故と判断したのか、今度は、顔を覗き込むようにして言った。

この吸い込まれそうな瞳に見つめられることが耐えられずに、顔を背けてしまう。

エースの行動に不信感を顕わにし、エースの頬に両手を添えて、自分の方に強引に顔を向けさせた。

「おかしいぞ、エース。」

それでも、目をあわそうとしないエースに、焦れた様に言った。

「何でもない。」

必要以上の不躾な言い方に、流石のデーモンも眉を潜める。

デーモンは、エースから手を離すと、自分に用意されたグラスに手酌でワインを注ぎ、一気に飲み干す。

「吾輩、ゼノンの手伝いをして来る。」

そう言って席を立とうとしたデーモンの手首を、エースは掴んで引きとめた。

「ここに居てくれないか?」

あまりにも、エースらしからぬ素直な言葉に、そのままストンとソファに腰を下ろした。

「何か心配事か? 吾輩では力になれないか?」

握られたままの腕を敢えてそのままにし、空いた手で再びエースの頬に触れた。

「夢見が悪いんだ。ずっと眠ってない・・・。」

エースは、ソファの背もたれに、ドサっと身体を投げ出した。

しかし、手を掴んだままだった為、デーモンは、エースの上に覆い被さる格好になってしまう。

「あ、ごめん・・・。おい! エース。離してくれ。」

離れようとしたデーモンの身体を、そのまま抱きしめる。

「殺したいほど愛している相手が居るんだ。」

その言葉に、デーモンの抵抗が止む。

触れそうな位置にあるエースの顔を見つめた。

真剣な瞳に、息をすることも忘れてしまいそうになる。

『エースが? 誰の事を?』

疑問を投げかけたくて・・・。

しかし、出た言葉は、途切れ途切れな、心とは裏腹な台詞。

「それは・・・、叶わない想いなのか?」

偶然にも、ゼノンと同じ問いかけ。

しかしそれをデーモンが知るはずも無く。

エースのデーモンを抱く腕が強くなる。

この腕を信じていいのだろうか?

それでも、言わずには居られなかった。

「吾輩は・・・、エースにだったら殺されても構わない。」

見つめ返したその眼差しは、少しの迷いも無い。

見つめあった瞳に酔わされながら、どちらからともなく近付いた唇。

この温もりを手放さなければ、二度と悪夢に魘される事も無いのだろうか。

「叶わない・・・のか?」

唇が離れた時、デーモンは囁いた。

エースは、満足気に微笑む。

 

「ねぇ、どっちでも良いから、運ぶの手伝ってくれる?」

台所の奥からゼノンの呼びかけ。

「ああ。」

エースは、ゆっくり身体を起こす。

「俺が行くから。」

デーモンを自分から離すと、席を立った。

残されたデーモンは、庭に目をやり、先ほどのエースの温もりを確かめるように、自分を抱きしめた。

温かい風が部屋の中に吹き込む。

優しい時間がいつまでも続くように・・・。

 

 

 

「聴し色(ゆるしいろ)」・・・一斤染より淡い色を言う。

 

 

 

fin

 

 

 

presented by aoi

 

 

 

あとがき

 

和尚の言う「殺したいほど愛している相手」をテーマに何本か書いてたんですが、

ちょっと、時間設定があってないですよね・・・。

気にしないでください。

いえいえ、本人はあわせた予定なんですが、多分、オカシイと感じられるかな、と。

その内補足しようかな。

さて、前回と今回は、色の名前に拘ったんです。

「一斤染」⇔「聴し色」というのを知って、しかも、その名前が綺麗で、突発的に書き出したモノです。

いかがでしたでしょうか?

雅に、「いい加減に『殺したい相手』をはっきりさせろ」と急かされていたので、良い機会かな・・・と。