東 雲 色 の 時 間
某スタジオ。
角を曲がろうとした時、デーモンの姿が見えた。
俺・・・エースは声を掛けようと一歩進み出た・・・が、ハッとして踏みとどまる。
誰かと話している?
何故か、出した足を戻し、隠れた。
途切れ途切れに聞こえてくる会話。
「・・・です・・・。受け・・・さい。・・・。」
若い女性の声。
その微かな声だけでは、誰かは分からない。
それに答える戸惑いがちな彼奴の声。
「ありがとう・・・。でも・・・。」
そっと覗く。
彼奴の手に渡された小さな箱。
躊躇いながらも彼女に返そうとする彼奴の手を押し留める小さな手。
すらりと伸びた指に、ラメ入りのピンクのマニキュアが印象的だ。
「もらって頂けるだけで良いんです。」
今度は、はっきりと聞こえた。
「私の気持ちですから。」
そう言うと、彼奴の手に箱を持たせたまま、俺の居る方とは反対の方向に走り去る足音が聞こえた。
・・・と同時に聞こえる彼奴の大きな溜め息。
俺は、わざと足音をたてて角を曲がった。
彼奴は、ハッとして顔を上げ、慌てたように箱を背中に隠そうとした。
・・・が、俺に既に見つかっていることに気付き、また隠す必要のなさに思い当たったのか、しかし、居心地悪そうに俺を上目遣いで見上げた。
「何、貰ったんだ?」
「さあ・・・。」
自分の目の高さに箱をあげ、何か書いてないか眺めている。
「開けてみたら?」
「う・・・ん。」
良く見ると、デーモンは、2つ包みを持っていた。
「それは何だ?」
「一緒に渡された。チョコレート・・・かな・・・。」
「チョコ?」
チョコレートと思われる包みをゴソゴソと開けるデーモンの手元を見つめる。
「今日、バレンタインデーだからじゃないかな?ほら。」
生チョコが煉瓦の様に並んでいる。
デーモンは付属のフォークでチョコを一つ刺し、俺の口へ運んできた。
それを直接口に入れる。
「美味いじゃん。」
デーモンは、自分の口にも1つ放り込むと蓋を閉め、入っていた袋に包み込んだ。
俺たちは、与えられていた控え室に入った。
「それ、開けてみろよ。」
もう1つの例の箱の方を見て言った。
デーモンは、丁寧に包装紙を剥がす。
箱から出てきたのは、時計だった。
「これ、かなり良いヤツだぜ。」
俺は、デーモンから時計を受け取って言った。
「そうなんだ。」
俺が時計を返すと、デーモンはそれをしげしげと見つめる。
「しかし、お前、時計しないよな。」
いつものように、時計をつけていない手首。
「駄目なんだ、こういう装飾品って。体質に合わない。」
「しかし・・・。」
俺は、デーモンの部屋に無造作に置かれている様々な時計を思い出して言った。
「お前の部屋の時計。結構な数だったよな。」
「えっ?」
驚いたように俺に目を向けた。
「自分で買うわけではないんだろう?」
俺は何故か不愉快な気分になった。
否、ずっとそんな気持ちだったのかもしれない。
デーモンの会話の相手が、女の子だと分かった時から。
こいつが他人から何かを貰うなんていつものこと。
信者からのモノをも数えたら、尋常な数ではない。
しかし、今日は、何故か許せなかった。
「男の時計の数は、女の数なんだってさ。」
わざと意地悪く言う。
デーモンの目が伏せられた。
「そんなんじゃ・・・。」
「男は自分で時計を買うもんじゃない。」
「別に・・・。」
デーモンの瞳に影が差す。
「しかも、お前は時計をしないんだよな。」
「そんなに欲しければ、コレやる!」
その時、デーモンは怒って、今、貰ったばかりの時計を俺に押しつけた。
俺は、デーモンの手首を握った。
「お前の持ってるヤツ、全部捨てろ。コイツも。」
俺に押しつけてきたモノを一瞥する。
「何言ってんだよ。エースには関係ないだろう!」
俺がつかんだままの手首を振り解こうとするが、俺は、更に強い力で握りしめた。
「痛い・・・。」
「俺が、お前に合うヤツを贈るから。」
デーモンの抵抗が止まった。
「捨てられない。」
「じゃあ、俺がお前の部屋に行った時だけでも、目に付かないようにしておいてくれ。」
デーモンが俺を見つめる。
「頼む。」
今の俺は、デーモンの瞳に、どのように映っているのだろうか?
「そうする。」
デーモンは優しく微笑んだ。
Fin
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「あとがき」
ちょっと時期が過ぎてしまったチョコネタ。
そうするつもりは無かったのですが、気付いたらそうなってました。
「赤の呪縛」の反対バージョンというところでしょうか?
葵 拝