シ グ ナ ル レ ッ ド     《後編》

 

 

そこは本当に赤かった。

土も岩も。

この洞窟の入り口も。

全てが赤の世界。

俺は躊躇することなく足を踏み入れた。

何処にも隙間はないはずなのに、仄かに明るい。

それはきっと、この赤のせい?

眩暈がしそうな程の赤。

俺はそんな中、赤に惑わされまいと、目を閉じて、デーモンの気を探った。

全神経を集中させる。

俺がデーモンの気を感じ取れないはずがない。

そして、デーモンも俺の気を感じてくれるはずだ。

「デーモン・・・。」

呼びかけた。

何度も、何度も。

 

目を閉じた俺の瞼の中まで赤が進入してきた。

その赤を振り払う様に目を開けた俺の目前には、昨夜見た夢の映像。

先程感じていた赤い地面も、赤い岩も、赤い壁もなく、夢と同じ一面の・・・赤。

一歩踏み出す事さえ恐怖を感じたあの夢。

夢・・・だったのか?

いや、現実?

あの夢には、1点の黄金の光が・・・。

夢と同じならば、1筋の黄金が見えるはず。

俺は目を凝らした。

そして、見えた。

無数の糸、黄金の。

俺は躊躇うことなく進んだ。

先程までの恐怖はもはや無かった。

ただ、あの黄金を確かめたかった。

 

どれくらい歩いたか。

なかなか近づかないそれは、永遠に手にする事が出来ないかの様に感じられた。

もどかしくなり、走り出した。

1分でも1秒でも早く・・・。

少しずつ形を成していく。

「!!!」

信じられない光景があった。

そこには探し求めていた姿が確かにあった。

黄金の糸に見えたのは、どこからともなく吹いている風になびく髪。

「デーモン!!!」

ともすれば自分さえも染まっていまいそうな赤。

その中にあっても何モノにも支配されない絶対の輝き。

デーモンは、赤の中に閉じこめられていた。

身動きできず、両手を縛られた様な格好。

気を失っているのか。

俺の呼びかけにぴくりと反応する。

デーモンに駆け寄ろうとしたが、何かにぶつかった。

俺とデーモンの間に見えない何かが立ち塞がっているようだった。

走り出した俺は、思いっきりそれにぶつかり跳ね返る。

尻餅をつく格好になった俺は立ち上がろうとした。

「無様だな。」

「誰だ!!!」

周囲を見渡す。

どこから聞こえる?

「はっはっは・・・。探しても無駄だよ。私に実体はない。」

「何?」

「私は思念波で出来ているからね。」

くくっと笑い声が聞こえた。

「デーモンを返してもらおうか。」

「もう遅い。彼は既に我々に染まっている。」

「我々?」

それでも実体があるはずだ。

何かの形で・・・。

落ち着け。

自分に言い聞かせ、意識を集中させる。

「彼の力は絶大だ。彼ならば、我々を解放してくれる。」

意図が掴めず尋ねる。

「我々とは?お前等は何からの解放を望んでいる?デーモンをどうしようと言うのだ?」

俺の矢継ぎ早の質問に、それは可笑しくもなさそうに鼻で笑う。

「噂に聞こえし流石の情報局長官も、この者が関わると冷静さを失う様だな。」

「我々とは?」

もう1度尋ねた。

「今までここを訪れた者達。無数の・・・。赤に飲み込まれ、想いを残し、消えていった者達。その想いが形成されたのが、我々。様々な想い。愛する者への呼びかけ・・・。」

彼らは、遠い過去を想い出している様だった。

自分が残した想い。

そして残してきた者達への思慕。

となれば、この呪縛からの解放か?

叶わない願い。

解けない呪い。

「デーモンをどうしようというのだ?」

「我々は、彼を見つけた。」

彼らの解放と、デーモンの必要性。

呪いからの解放を?

デーモンが?

「ここに入ってきた彼を見た瞬間、我々は目を奪われた。この赤の中にあって、何モノにも染まらない彼の強さ。我々の望みを叶える為には、彼が必要だ。」

あまりに自分勝手な言い分に、押さえられないモノがこみ上げて来る。

「お前達の解放に、デーモンの何が関係するというのだ?」

怒りを辛うじて押さえ込んだ。

「さあな。ただ、彼なら何かやってくれるかもしれない、そう確信しただけだ。」

「デーモンを返せ。」

感情を押し殺した。

「彼がそんなに大切か?」

「ああ。」

俺は迷うことなく答えた。

デーモンの存在が、自分の中でどれほど大きいのかを改めて知る。

デーモンの為なら、命さえ惜しくなかった。

デーモンの為に捨てる命なら本望だ。

そして、デーモンが居なくなった世の中なら・・・。

果たして俺はそこに俺自身の存在価値を見出す事が出来るのか?

きっと俺は俺自身を捨てるだろう・・・。

そう考えた時、声が聞こえた。

「そなたの想いは我々と似ている。」

考える事を中断され、はっと声のする方を見た。

実体はないはずのそこに揺らめく何かが見えた様な気がした。

しかし、その姿を再度確認しようとしたが、もうそこには何もなく、ただ、気を失ったデーモンがあるのみ。

苦しそうなデーモンの姿が痛々しく、近寄れず、そして、何の打開策も見つける事が出来ない自分へのジレンマ。

声は続いた。

「手に入れたくても、手に入れる事が出来ないモノへの執着。そして、それに対する憧れにも似た羨望。」

俺の中にある何かが弾けた。

俺は全神経を集中させる為に目を閉じた。

やはり、目を閉じても入り込んでくる赤。

しかし、今度はその中に揺らめく何かがある。

形を成しているそれは、おびただしい程の顔、顔、顔。

ありとあらゆる表情を持った顔の集合体。

その表情は、残した思いが強いのか、1つ1つの想いが溢れ、今にも襲いかかるかの様で、しかし、その思いが強ければ強い程、悲壮感が漂い、哀しみに浸りそうになる。

残してきた者、愛する者への想い。

決して届かぬ想い・・・。

ああ、だからデーモンはこの赤に飛び込んだのか。

顔の集合体であるそれが、デーモンの全てを包み込もうとした。

俺は、掌に炎を燃え上がらせた。

ただの炎では効き目はない。

相手は『想い』なのだから。

俺はありったけの想いを炎の形にする。

「そなたは、我々を消す事によって、彼を手に入れる事が出来るのか?」

「手に入れる気はない。」

「何?」

「こいつは、何にも染まらない。誰のものにもならない。俺は、いつでも一番近くにありたいと思っているだけだ。」

手に入れる事が出来ない。

だからそこ惹かれてやまない。

だからこそ誰にも渡さない。

「デーモンは、渡さない。」

掌の中の炎が、さらに燃え上がった。

彼らへの怒り。

そして、何故か否定できない彼らの想いに共感している自分の想い。

赤みを増した炎は、頭上へと昇ると彼らへめがけて飛んだ。

炎は彼らを包み込む。

彼らに同調した俺の想いは、その炎に彼らの浄化を願った。

あまりにも切なすぎて・・・。

彼らを包み込む炎は、彼らを汚すことなく柔らかく包囲した。

紅蓮に燃えさかる炎は、彼らの浄化と共に少しずつ火力を弱め、最後に掌大になったものが俺の元に戻って来た。

その炎に閉じこめられた彼ら。

完全に浄化したのか、彼らの表情は穏やかだった。

その炎を風に乗せた。

その「想い」が、彼らが帰りたかった場所へ戻れる様に・・・。

その瞬間、一面の赤はただの赤土に戻る。

『赤』が無くなった事で、捕らわれていたデーモンが地面に倒れ込んだ。

駆け寄って抱き起こすと、うっすらと目をあけたデーモンは、弱々しく微笑んだ。

「ごめん・・・。」

「これで貸し1つだな。」

俺の言葉に、再び微笑むとそのまま眠ってしまった。

デーモンを抱き上げ、今では普通の洞窟になったそこを後にした。

見てしまった自分の奥底にある想いを振り返ることなく・・・。

きっとはじめは、誰かが迷い込んだのだろう。

その者の残してきてしまった愛するものへの執着が、その後そこを訪れた者達を引き込んだ。

自分が既にこの世の者ではない事を認めたく無かったのか。

ただ、寂しいが故の・・・。

自分を待つ者へ残した想いはこんなにも強いのか。

『戻りたい』

願っても決してかなえられない想い。

あの赤は、彼らが流した哀しみの血の涙の色だったのだろうか?

俺は、彼らの何に同調したのか。

そして、デーモンは何を願っていたのか。

 

 

 

あの夢は何だったのか?

デーモンは俺を呼んでくれたのか。

自分の元へ来てくれと・・・。

しかし、俺は信じていた。

デーモンは俺だけに信号を送ってくれたのだと。

あの赤に想いを込めて。

 

 

 

 

 

Fin

 

 

 

Presented by aoi

 

 

 

「あとがき」

 

うわっ、長っ。

生意気にも全2話なんて、連載してしまいました。

実は、自分でも何が言いたいのか分かってない、そんな話なんですけど、いかがでしたでしょうか?

本人意味不明なのに、他の方に分かって頂こうとはムシの良い話ではありますが。

一応「AD」のつもりで書いたのですが、「A」ってカンジですよね・・・。

まだまだ修行中の身。

長い目で見てやって下さいませ。

では、また次の機会に。

(ええ、もう準備中ですとも。新作)

 

葵 拝