セ ピ ア に 揺 れ て

 

「では、本日の議会は閉会する。」

デーモンはそう言うと、書類を閉じ、小脇に抱え立ち上がった。

それを合図に、その場にいた全員が同様に立ち上がり、デーモンに対して一礼する。

それを見渡すと、おもむろに歩き出す。

会議室の後方にある扉へ歩を進める。

一歩一歩踏み締めるように進んで行く。

その姿は、かしずかれるのが当然・・・いや、見るものがかしずかずにはいられない、圧倒的なカリスマ性。

白いマントを翻して歩く様は、まさに王者か。

前方のみを見、振り返らず、侍従によって開かれた扉を出・・・ようとした時、一瞬肩が落ちた様な・・・。

他者には分からない・・・、しかし、気付いた者が・・・。

それは、本当に肩が落ちた訳ではなく、”気”が弱まったような・・・きっと、本当に近しい者にしか分からなかったはず・・・。

デーモンが出て行った後、その後に続いて、各部署の上官が続く。

情報局長官のエース、軍事局参謀のルーク、文化局理事長のゼノン、そして、オブザーバーとして、雷神界の子息であるライデン。

会議室を出てすぐ、ライデンが大きく伸びをした。

「疲れた〜〜〜!!!」

「今日は、いつもより長かったからね。」

ルークが同意する。

「デーモンが、議論を流れるままにしていたからだろう?」

エースは煙草をくわえながら言った。

「デーモン・・・、疲れてるんじゃない?顔色良くなかったでしょ?」

ルークの言葉に、他3名が同意を示す。

「そのデーモンは?何時もはここで待っててくれてるでしょ?」

ライデンが、辺りを見渡しながら言う。

「先に帰っちゃったみたいだね。」

ゼノンは、そう言いながらエースの方を見た。

「俺は、癒しは苦手だぞ。お前の専売特許だろうが?」

「珍しい。エースがデーモンのことに関して他悪魔に譲るなんて。」

ゼノンは、エースにからかいの目を向けながら、エースの口から煙草を取り上げる。

「歩きながらは駄目。」

エースは、ゼノンを睨むが、そんな事で動じるゼノンではない。

「取り敢えず、ゼノン。デーモンの様子を見て来てよ。俺達は、エースの部屋で待ってるからさ。」

ルークは、剣呑になりそうな雰囲気を崩すように行った。

「俺の部屋?俺の執務室は溜まり場じゃないんだぞ。しかも、酒しかないからな。」

ブツブツ言うエースの背を押しながら、ルークはゼノンに微笑んだ。

「じゃあ、デーモンの事、よろしくね。」

ヒラヒラと手を振りながら行ってしまう。

「デーモンね・・・。」

軽く溜息をつくと、ゼノンはデーモンの執務室へと向かった。

コンコンコン

副大魔王であり、魔界軍総司令官である、デーモンの執務室の扉。

軽く叩いてみるが返事はない。

もう一度叩いてみる。

だが、やはり答えはない。

「デーモン?入るよ。」

ゼノンは、ゆっくりと扉を開けて入った。

しかし、デーモンの姿はない。

机の上には、今日の議会の資料が無造作に投げ出してあった。

「一応、ここに帰りはしたみたいだね。・・・と言う事は、まだそう遠くではないはずだけど・・・。さてと、僕はエースじゃないからな。デーモンの行きそうな所、あまり検討付かないんだよ

ね・・・。」

独り言を言いながら。一応、仮眠室を覗いてみる。

・・・が、結果は同じ。

部屋を出ると、軍事局の局員達の元へ向かった。

ゼノンを見つけると、一悪魔の局員が近づいて来た。

「ゼノン様、何かご用でしょうか?」

軽い微笑みと共に、丁寧に訊いてくる。

「うーん。別に用事では無いんだけどね。デーモンが来てないかなと思って。」

部屋の中を見渡しながら答える。

「閣下でしたら、会議に出られているのでは?」

と言う事は、こちらではないという事か。

「うん。会議は先刻終わったんだよね。ありがとう。邪魔して悪かったね。もしデーモンが来たら、僕が探していたと伝えてくれるかい?」

のんびりした口調に、応対している局員も穏やかに答える。

「かしこまりました。」

「じゃあ、よろしくね。」

部屋を後にしたゼノンは、ふっと何かを思いついた。

「ああ、もしかしたら・・・。」

軍事局の建物を出ると、ゼノンは森の中へと姿を消した。

森の奥へ入って行く。

・・・と、大きな屋敷が見えて来た。

屋敷に近づくと、そこは結界が張ってあった。

極限られた者しか入る事が許されていない結界。

この結界、張った者しか入れない仕組みになっている。

当然、ゼノンは結界を気にすることなく、敷地内に入って行った。

この屋敷は、エース、ルーク、ライデン、そして今、入って行ったゼノン、更に、既に入っているであろうデーモンの5名のみが入る事が出来る隠れ家であった。

つまり、結界も、この5名が同時に掛けたもの。

この屋敷も、この5名以外には見えない。

ただの森に見えているはずである。

結界を抜けると、そこは広大な庭園が広がっていた。

その庭園は、様々な木々や花々で埋まっている。

この結界の中だけは、季節があった。

何処までも、彼の地・・・地球に似ていた。

デーモンが心に描く理想の地球の姿があった。

太陽があり、月があり、星があり。

雲もあれば、雨も降る。

鳥が戯れ、虫が飛び交う。

それによって、植物が育つ。

ゼノンは、それらの生物に声を掛けながら、広大な庭園の向こうにある巨大な屋敷へ近付いた。

「やっぱり。」

ゼノンは、ベランダのロッキングチェアに座り、深い眠りについているデーモンを見つけた。

「デーモンとあろうものが、僕の気配にも気付かずに眠ってるなんて。無防備にも程があると思うんだけど。」

ゼノンは、デーモンを起こさない様に横を抜けて屋敷の中へ入って行った。

何かが触れ合う微かな音に、デーモンはうっすらと目を開いた。

「ゼノン?」

半分眠ったままの顔と声。

その表情に、淡い微笑みを洩らす。

「起こしちゃった?ごめんね。飲み物を用意してるんだけど、どう?」

放っておけば、また眠ってしまいそうなデーモンは、それでも頷く。

「待っててね。もう少しで準備できるから。まだ、眠ってて良いよ。」

「うん・・・。」

しかし、デーモンは、椅子の上で体制を整え直し、広い庭を見つめていた。

風が吹いた。

黄金の髪が、風に乗ってなびいている。

デーモンは、その髪を鬱陶しそうに掻き上げる。

そして、そのまま髪の一房を指に絡めながら、しかし、目は何処か宙を浮いたまま。

ゼノンは、トレイに飲み物を乗せて近付いた。

「何見てるの?」

「うん・・・。」

その返事に微笑みを洩らし、テーブルの上にグラスを2つ置いた。

湯気が立っている。

透明のマグカップからは、ふっとアルコールの香りがした。

「酒?」

デーモンは、カップを手に取ると、その香りを楽しむ。

「そう。『ホット・バター・ド・ラム・カウ』って言うんだって。」

「ふーん。ゼノンが酒って珍しいな。エースなら分からないでもないが・・・。」

デーモンは、1口飲み、味わう。

熱かったのか、2口目は息を吹きかけている。

「どう?」

「美味しい。暖まる。」

「デーモン用に甘くしてみたよ。そして、ミルクでね。だから『カウ』。」

半分程飲んだあたりで、デーモンは大きく息を吐いた。

ゼノンは、そんな様子を優しく見ながら言った。

「疲れた時は、疲れたって言わなきゃ。」

驚いた様に、目を見開く。

「部下達は誤魔化せても、僕達は誤魔化せないよ。皆、心配してる。」

デーモンは、カップをテーブルに置くと、前髪を掻き上げながら、椅子の背にドカッともたれ掛かった。

「参ったな・・・。」

溜息混じりに言う。

「頑張り過ぎだよ。たまには休養しなきゃ。」

「悪い・・・。」

「別に、僕に謝んなくても良いけどね。ちゃんと寝てる?」

「・・・。」

「やっぱりね。」

呆れ顔のゼノンに、少し膨れてみるデーモン。

「魔都の屋敷では眠れない?」

「そう言う訳ではないんだが、手元に書類があると気になってしまうんだ。で、つい・・・。」

考えながら、デーモンは答えた。

「じゃあさ、ここはどう?書類も何もない。2〜3日、ゆっくりしたら?今日明日、決裁を下さなきゃいけないモノはないんでしょ?」

ゼノンの口調は、仲魔の提案というより、医者としてのそれに近かった。

こうなると、従わなくてはいけないような気がして来る。

悩んでいるデーモンを後押しするように言った。

それは、仲魔としての言葉。

「皆ね、エースの所で待ってるんだよ。ここに呼ぼうよ。僕達が傍にいれば、安心して眠る事が出来るでしょ?」

ゼノンはカップをトレイに戻し立ち上がった。

そして、デーモンを促す。

「暫く部屋で横になっておいで。お酒飲んだから、きっと眠れるよ。夕食の用意が出来たら呼びに行くから。その時は、彼らも着いてるだろうしね。」

デーモンは、素直に各個悪魔の部屋に向かった。

扉を開けようとした時、後方よりゼノンの声が追いかけて来る。

「取り敢えず、明日の休暇願、まとめて5名分出しておくからね。」

その台詞に、思わず振り返る。

「だから、安心して眠っておいで。」

満面の笑みを残して、デーモンは扉を閉めた。

 

 

 

Fin

 

 

 

Presented by aoi

 

 

 

「あとがき」

 

ほのぼのDXを書いてみました。

「疲れてる」ってなかなか他人には言いにくいですよね。

でも「疲れてる」ってことを気付いてくれるのって、嬉しいですよね。

ただ自分を気遣ってくれる人がいることを知るってだけで癒される。

そんな想いを、そんな関係を描いてみました。

いかがでしたでしょうか?

 

葵 拝