PAINT ME BLACK
待ち人来たらず。
どれくらい待っただろうか。
あたりを見回して時計を探した。
しかし、どこにも見当たらない。
「チッ・・・。」
やはり外で待ち合わせする時は時計を持ってくるべきだったと反省する。
あたりを見回すと時計店が見えた。
これで現在の時刻が分かる。
少し移動して店の中を覗き込んだ。
11時10分。
待ち合わせは11時。
まだ10分しか過ぎていない。
随分待ったような気がしたのだが?
念のため別の時計を見る。
「???」
その時計が指している時刻は10時55分。
時計店の時計というのは全てが現在の時刻を指しているのだとばかり思っていた。
結局正確な時刻が分からず、待ち合わせ場所に戻る為振り返ろうとした時・・・。
「時計が欲しいの?俺、買ったげようか?」
待ち人の声がした。
「お前、何時まで待たせる気だ?」
小言を言おうと自分より上背のある彼・・・ルークを見上げる。
しかし、あまりにも屈託のない笑顔に何も言えなくなった。
「ま、お前に待たせられるのは慣れてるけどな・・・。」
ブツブツと言い続けるデーモンの頭をポンポンと叩く。
「ごめんね、待った?」
「待った。」
腕を組んでそっぽを向いたデーモンをくすくすと笑いながらルークは言った。
「時計・・・、良いのあった?」
「別に時計が欲しかった訳ではない。時間が知りたかっただけだ。」
「時間?デーモンってば携帯持ってなかったっけ?」
「あ・・・。」
慌てて形態をポケットから取りだして時間を見た。
11時40分。
「40分の遅刻・・・。」
「だから、ごめんってば。」
顔の前に手をあわせて謝るルークにデーモンはやっと微笑んだ。
「で、突然呼び出して何処に行くんだ?」
今日の待ち合わせは、昨日の夜のルークからの1本の電話から始まった。
仕事が終わり帰宅したデーモンは風呂場へ直行した。
髪の毛をバスタオルで拭きながら冷蔵庫の中のビールに手をかけた瞬間、自宅の電話が鳴った。
ナンバーディスプレイはルークの名前を表示している。
「もしもし?」
「あ、デーモン?ごめん、帰って直ぐに。」
「いや、どうした?何かあったのか?」
「ううん、別に何もないんだけど・・・。先刻、皆が居るところでは言い出しにくくって・・・。」
ルークにしては歯切れの悪い言葉。
「どうした?」
デーモンは受話器を耳と肩で挟み、缶ビールのプルタブを引きながら尋ねる。
「デーモンってさ、明日のオフ、暇?」
ビールを1口2口飲み、口を開いた。
「明日?暇だけど。何か用か?」
「うーん。」
やはり歯切れが悪い。
「用という用じゃないんだけど、会えないかなって思ってさ。」
ビールを一気に飲み干し、デーモンは言った。
「何時に?」
受話器の向こうの顔が、パッと輝いたのが手に取るように分かった。
「本当?じゃあさ、11時にS駅の東口ってのどう?」
「分かった。11時にS駅東口だよな。遅れるなよ。」
「何か用があったのか?」
「うーん・・・。」
丁度、昼食の時間。
取り敢えず腹ごしらえをと言うことで、駅の周囲を歩き南口へ移動。
駅の近くにあるデリカスタイルの店へ入る。
カウンターの手前でそれぞれトレーを持つと、店員に好みのメニューを伝え受け取っていく。
最後に飲み物を注文してレジへ移動。
「待たせたお詫び。」
というルークの言葉に甘え会計をルークに任せたデーモンは、窓際の席に陣取った。
トレーをテーブルの上に置くと、調味料等を置いてあるカウンターへ行き、フォークやナイフ、おしぼり、そしてミネラルウォーターをそれぞれ2名分ずつテーブルへ運んだ。
それだけのモノ・・・と思うが、全て2つずつとなると結構な荷物になる。
モノが多いのか、デーモンの持ち方が悪いのか、今にも落としそうに運んでくるデーモンを、会計を終え先に席に着いていたルークは、笑いながら待っていた。
「何を笑っている?」
明らかに自分が笑われていると察したデーモンは尋ねた。
「持ちにくそうだなって思って。あそこに専用のトレー置いてあるから、それで持ってくれば楽なのにって思ったんだ。気付かなかった?」
振り返ると、確かに他の者はそのトレーを利用していた。
デーモンは、今自分が持って来たモノをじっと見つめると引き返した。
ルークはデーモンが意地になってわざわざトレーを取りに行ったんだと思い引き留めようとした・・・が、デーモンが手に持って来たのは、個別包装されたケチャップとマスタード。
「お前、フライドポテト頼んでたな。どちらがいいか分からなかったから両方取ってきた。」
ルークのトレーにポンと入れると腰を下ろす。
「ありがとう。」
満面の笑みで礼を言うルーク。
食べ始めた2名は、何を話す出もなく、黙々と食事は進んだ。
しかし、その沈黙は決して不快ではなかった。
きっとそれは、気心が知れた者同士の気兼ねない時間。
敢えて、わざわざ会話をする必要のない空気。
その心地よさに2名は浸っていたが、最初に口を開いたのはデーモンだった。
ルークが最後の1口を食べ終え、ほっと一息ついて1口コーヒーを飲んだ時。
「何処に行く?」
「えっ?」
「別にあてがある訳ではないんだろう?この組み合わせは珍しいからな。折角だ、何処か行くか?」
「デーモンの隣には何時も誰かさんが居るからね。」
からかうように言うルークをデーモンはさらりとかわす。
「別に・・・。気付いたらエースが隣にいるだけだ。」
「気付いたら?ふーん。・・・気の毒に・・・。」
意味深なルークの最後の台詞。
聞こえなかったのか、それとも聞こえないフリをしたのか。
しかし、今のルークにはその方が嬉しかった。
今、デーモンの目の前にいるのはエースではなく、自分なのだから。
「いい天気だな。」
窓から空を見上げ、デーモンは言った。
「ドライブするか?吾輩、今日車で来てるし。どうせお前は自転車だろう?」
デーモンは、オレンジジュースを飲み干し、グラスの中の氷を1つ口の中に放り込んだ。
「ごめん・・・。何も用事がないのに呼び出して。折角のオフなのに・・・。・・・俺・・・。」
「ごちそうさま。」
立ち上がったデーモンの顔は、見る者を魅了せずにはいられないあの笑顔。
ルークは先に店を出たデーモンの後を急いで追った。
「見透かされてるな・・・。」
何も用が無いのに誘ったこと。
本当はデーモンに聞いて欲しいことが沢山あって、でも口に出して言えないこと。
きっと、デーモンのことだから、『聞いて欲しいこと』も、それが何なのか分かっているのかも知れない。
しかし、敢えて聞かずにこうして付き合ってくれるデーモンが嬉しかった。
そういう友が居ることが嬉しかった。
でもきっとデーモンは、これだけは気付いてないはず。
デーモンの貴重なオフの日。
そのデーモンの目の前に居るのが自分であることの喜び。
デーモンを独占しているという優越感が心を占めているという事。
そして今日、ルークは初めて気付いた。
自分は今まで、エースに対して嫉妬していたことに。
胸の奥にチクッと刺さる何かを感じた。
デーモンの車に乗り込み、パタンとドアを閉めた。
その音と共に胸の奥に感じるものを仕舞い込む。
それがどんな感情なのか分からなかった。
しかし、それはハッキリ認識しては行けないもののように思えた。
「海、見に行くか?」
デーモンの声にハッとする。
「うん。」
慌ててルークは答えた。
何故、今日デーモンに逢いたかったのか。
何故、何時もエースに嫉妬していたのか?
今は考えまい。
だって今、自分の横にデーモンは居るのだから。
Fin
Presented by aoi
「あとがき」または「言い訳」
本当は、かなり明るい話だったんですよ。
いえ、そうするつもりだったんです。
しかし、書いたのが真夜中。
それがマズかった。
だんだん思考回路が・・・。
でも、私の参謀のイメージは「闇」なんですよ。
・・・ねえ?
葵 拝