THANK YOU HIT 29999
ELC様
桃 色 の 溜 息
窓から差し込む強い陽射しで目が覚める。
掌で光を遮りながら枕元の時計を見た。
11時。
道理で明るいはずである。
遮光のカーテンでさえも役に立たない。
眩いばかりの晴天である事は、外を見るまでもない。
昨夜ベッドに入ったのは明け方に近かった。
何故か眠れなかった。
理由は分からない。
しかし、眠れない気分に任せ起きていた。
そんな無茶が出来るのは、今日がオフだから。
こんな日もある。
秋の夜長。
読みかけの本を手に取った。
3時迄は憶えている。
いつの間にか眠っていたらしい。
その証拠に、ベッドサイドのライトが点いたままだった。
手を伸ばし、スイッチを切り、そのまま大きく伸びをした。
陽射しに反して、肌寒い。
ベッドから降りると、カーテンを開ける。
想像通りの太陽。
思わず笑みがこぼれる。
素早く着替え、キッチンへと向かった。
眩しい部屋から移動して来たキッチンは薄暗く感じる。
リモコンのスイッチを押した。
人工灯に照らされたダイニングテーブルは、いつもに増して、大きく感じた。
独りは慣れている。
しかし、今日は嫌に淋しい。
やかんを火に掛けた。
ミルにコーヒー豆を入れ、スイッチを入れる。
大きな音が静かな部屋に響く。
コーヒーポットに挽いた豆をセットし、沸いたお湯を注ぐ。
円を描きながら注いでいくお湯は、1人分には多すぎる粉を潤しながら、ゆっくりと落ちていった。
その水の流れは、暖かい空気と、鼻孔を擽る柔らかい香りを運ぶ。
豆の分量に見合ったお湯は、マグカップ一つには多すぎ、来客用のカップを取り出した。
来客用とは名ばかりで、使うのは同じ者のコトが多いのだが。
淡い桃色のマグカップを眺めていると、その者の笑顔が脳裏に浮かんだ。
緩む口元を隠しきれない。
もう昼過ぎである。
朝食も取らず眠っていた身体に、熱いコーヒーが染み込む。
それと同時に、空腹であることに気付いた。
冷蔵庫を開けると、入っているのは酒類とそのつまみになりそうな食材のみ。
不規則な毎日では、食料を無駄にしかねない。
そういう理由もあって、食べ物を置かない主義ではあるのだが、こういう時は空しく感じてしまう。
それでも空腹には勝てず、外出を決めた。
部屋の中からは、太陽の光線の感じから暖かさを想像していたが、思いの外の冷たい空気に、上着を取りに戻ろうかと考える。
しかし、マンションの最上階。
寒さより面倒な方が優った。
マンションに隣接する公園には、近所の主婦達が、それぞれの子供を目の前で遊ばせながら話し込んでいるのが見えた。
平日だからだろうか、遊んでいる子供達は、ようやく歩き始めたばかり位の幼児ばかりである。
暫く歩くと、気が向いた時に立ち寄る喫茶店がある。
その喫茶店に入ろうと立ち止まったが、数十メートル先のスーパーマーケットが目に入り、逡巡する。
結局、手に掛けようとした喫茶店のドアから離れた。
時間がずれているスーパーマーケットの中は、閑散としていた。
取り敢えず、何か見繕うために一周まわってみる。
食材を見ていると、何か凝ったものを作りたくなった。
今から帰って作っても、食べるのは夕方近い。
頭の中でメニューを組み立てる。
サラダ、スープ、パスタ、肉?魚?・・・お腹が空いているから肉、パン、デザート、そして、忘れてはならない、酒。
カートを押し、鮮度を確かめながら、籠の中に入れて行った。
吟味し、頭の中で料理の出来上がりを想像しながら調達する。
部屋に戻ると、早速調理を開始。
手際よく進めていく。
料理は嫌いではない。
むしろ好きな部類に入る。
仕事の関係上、滅多にキッチンに立つことはないが、メニューを考え、食材を揃え、出来上りが思った通りの味付けだった時、かなりの自己満足となる。
しかし、やはりそれは、誰かと楽しみたいものであり、誰かと過ごしたい時間。
そんな事を考えている間にも、次々と形になっていく食材達。
淡い桃色のマグカップが目に入った。
マグカップを手に、口先だけ手伝う姿が想像できた。
今日はオフだろうか?
昨日の別れ際を思い出す。
何も言っていなかった。
出来上がっていく料理は、決して1人では食る事が出来ない量。
今日初めての食事。
2名でテーブルを囲むのも良いかもしれない。
あと、暖め直して皿に盛るだけにセッティング。
もちろん2名分の食器類。
一息つく為に、煙草に火を付けた。
ゆっくりと紫煙を吐いて考える。
突然の電話に驚くだろうか?
そういえば、こちらから電話を掛けることは少ないことに気付く。
そう思うと、殆ど毎日逢っているにも関わらず緊張してきた。
何と言おう。
料理が余ったから?
逢いたいから?
そう、逢いたいから。
単純に、一緒に食事をしたい。
そう素直に言えば良いだけ。
意を決して電話に手を伸ばした瞬間。
突然のコール音。
ビクッとして、思わず手を引っ込める。
少し落ち着くのを待ち、8度目のコール音が鳴った後、受話器を上げる。
「はい?」
「もしもし?エース?吾輩だけど・・・。出ないから居ないと思った。良かった。あのさ・・・。今からそっち行って良い?」
声の主は、たった今電話をしようと思っていた相手。
遠慮がちに問うデーモンの声に破顔する。
「ああ。今何処だ?え?すぐそこじゃないか。待ってるから。」
エースは、そっと受話器を置くと、料理を温め直すために、キッチンに向かった。
Fin
Presented by aoi
「あとがき」
はじめてのリクエスト商品。
ご注文を頂いて書く、というのは、頭の中に浮かべやすいんですけど、
気に入って頂けるかどうかが不安で、
OKを頂くまでの緊張感と言ったら・・・。
「長官で、三原色が混ざりきらないような、何か胸を締め付けられるような淡いもの。」
というリクエストを頂いたのですが、如何でしょうか?
葵 拝