一 斤 染

 

 

「ねぇ、エース。」

振り返ったゼノンの瞳は、全てを見透かしている様で。

エースは、次のゼノンの言葉を待った。

「誰を殺したいほど愛しているの?」

『誰を?』

エースが問い掛ける前にゼノンは続けた。

「叶わない想いなの?」

『何が?』

ゼノンは、フッと微笑むとゆっくりと歩き始めた。

その後をノロノロとついて行く。

「俺は・・・。」

ようやく口を開いたエースの小さな呟きを拾う。

「部屋に入って飲み直そうよ。話はその時ゆっくりね。」

ゼノンは、さっさと部屋の中に入ると、ピカピカに磨き上げられた銀のワイングラスを2つ、テーブルの上に置いた。

「つまみは何が良い?って言っても、何も無いんだけどね。チーズで良い?」

一応訊きはするが、返事を待たずに、チーズを盛り付ける。

エースは、一足早くソファに座ると、手に持っていたワインをグラスに注ぎ、用意されたワインクーラーの中へボトルを無造作に突っ込んだ。

「お待たせ。」

目の前に置かれたチーズの山を見て、エースは驚く。

「誰が食べるんだ?こんなに・・・。」

「どれが良いか分からなかったからね。」

エースは、添えられたクラッカーにメイプルシロップをかけたクリームチーズを乗せ一口で頬張る。

「甘い・・・。」

その甘さが身体に染みていく。

「甘いものを食べると落ち着くでしょ?そうだ、チョコレートもあったかもだよ。」

「いや・・・。」

「そう?」

ゼノンは、エースの向かいに側に腰を下ろした。

それを待ってエースは言った。

「俺は・・・。」

渇いた口を湿らす様に、ワインを一口含む。

「誰かを殺したいのだろうか?」

−−− 誰を? −−−

言外の想い。

「叶わないのは、愛すること? 殺すこと?」

−−− 誰を? −−−

言葉にならない。

夢の中で自分に口付ける自分の姿は、誰を想ってなのか?

夢の中で自分が殺すのは、本当は誰なのか?

一つの姿が思い浮ぶが、頭を振って、無理矢理その思考を遮断した。

「それとも、愛されること?」

ゼノンが言った。

エースは、ハッとして顔を上げる。

目の前には、穏やかに自分を見つめてくるゼノンの顔。

「誰・・・。」

やっと、一番訊きたかった言葉を口にする。

「今、浮かんだ顔、でしょ?」

穏やかな微笑みは、先ほど口の中に広がった甘さと同じように、優しく自分を包んでくれる。

先ほど、思い浮んだものの、強引に引き裂いた姿を脳裏に映し出す。

「素直になれない?」

頭(かぶり)を振る。

「何故?」

「・・・俺は・・・。」

その時、結界に入る慣れ親しんだ気配を感じた。

 

 

 

「一斤染」・・・その昔、紅の濃染を禁じた。一斤染とは、その濃度の限界を言う。

 

 

 

fin

 

 

 

presented by aoi

 

 

 

あとがき

 

ちょっと前の作品の続きなんですけど・・・ごめんなさい・・・続いちゃってます。