二 藍 の 空
いつだって共に有りたいと思っていた。
それが例え相手を縛り付けるモノだと分かっていても。
それが例え相手を苦しめる事だと知っていても。
それが、例え・・・。
コンコン
「どうぞ。」
ルークは、音のする方に目を向けた。
遠慮がちに開けられた扉から覗いた頭に、軍事局参謀という肩書きを捨てた笑顔を見せる。
「らしくないなぁ。何?入っておいでよ。」
肩からこぼれた金髪を、面倒くさそうに掻き上げながら部屋の中へ足を踏み入れた。
「相変わらず派手な部屋だな。誰の趣味だ?」
デーモンはぐるりと見渡す。
「増えるんだよね。貰ったモノ捨てられなでしょ?でも、自分ってこんな風に見られているのかなって。似たようなモノばっかり。」
デーモンは、入り口に備えてあるチェストの上の、見るからに豪華そうな置物を手に取った。
「何も、貰ったモノ全てを執務室に飾るコトはないだろうに。」
一つ一つを手にとって、珍しそうに見ている。
「他悪魔の部屋にケチ付けに来たわけ?」
「あ、いや、すまん。ただ、おまえの屋敷とは正反対だなと思って。」
慌てて答えるデーモンの様子にとうとう吹き出した。
「おもしろいでしょ?」
くすくす笑いながら、お茶の用意をする。
「そんなもんかな。」
ルークの自宅の様子を思い浮かべる。
必要最低限の装飾しかないルークの自宅の部屋。
本悪魔の外見とは全く逆。
とかく派手に見られがちな彼ではあるが、きっとこの執務室より、何もない屋敷の部屋の方が、ルークの本質ではないか?
いや、どちらも彼で、使い分けているのかもしれない。
(何もないという点では、エースの部屋とハリだな。)
デーモンは、そう考えて、ふとエースの姿を思い浮かべ、胸の奥にチクリと刺さるモノを感じたが、それを無視し、目の前に出されたハーブティの香りを楽しむ。
「ゼノンが届けてくれたんだよ。良いものが採れたからって。」
「ふーん。」
「デーモンこそ珍しいよね、この時間帯に。昨日まで駆け回ってたじゃない。片づいたの?」
魔界一忙しいはずであるデーモンの来訪を喜びながらも、まるで、珍しいモノでも見るかのように驚きを隠せないでいる。
「いや、そういうわけではないんだが・・・。ちょっと、通りかかったから・・・。」
言葉を濁すデーモンを訝しげに見つめる。
しかし、疑問を口に出すことはしなかった。
「今晩さ、暇?夕食ウチで食べない?」
「おまえの屋敷で?お前が、他悪魔を呼ぶなんて珍しいな。」
「たまには良いでしょ?デーモンだって、何か話があるんじゃない?」
「・・・。何時頃行けばいいんだ?」
ルークの問いには答えず、逆に訊く。
「そうだね・・・。デーモンは仕事何時頃片づきそうなわけ?一緒に行こうよ。」
「では、終わったらまたこちらに寄るというのではどうだ?多分、早く片づくと思うのだ。」
心なしか嬉しそうなデーモンは、立ち上がりながら言った。
「じゃあ、後で。」
そう言い残し、ルークの執務室を後にする。
ルークはデーモンがしめたばかりの扉を見つめ溜息をついた。
「ホントに、素直じゃないんだから。」
その言葉を最後に、机の上の書類に目を落とした。
「先刻、ムーアに連絡してさ。デーモンを連れて帰るって言ったら、大喜びしてたよ。きっと、すっごいセッティングしてあるかも。」
ムーアというのは、ルークの屋敷に昔からいる使用魔である。
滅多に人が来ない家の、久々の来客がデーモンである為、ムーアが飛び上がって喜んだのが目に浮かんだ。
「吾輩も、彼女に会うのは久しぶりだからな、楽しみだ。」
仕事を早々に片付けたデーモンは、あまりにも早く片付けすぎた為、ルークの執務室に再び現れた時、まだルークは仕事を終えていなかった。
「そんなに、ウチに来るの楽しみ?良かった、誘って。」
微笑んだルークに、デーモンは顔を真っ赤にしてソッポを向いた。
「久しぶりの早あがりだからな。ムーアの食事はおいしいし・・・。」
ぶつぶつと言い訳をするデーモンは、ますます赤くなる。
軍事局の正面玄関には、既に車が回してあった。
それに2名とも乗り込み、ルークの屋敷に向かった。
門をくぐり抜けると、正面に見える邸宅。
2名が車から降りるのと同時に扉が開く。
必要最小限の装飾。
だからと言って無機質にならないのは本悪魔のセンスの良さ。
久々に訪れるルークの屋敷の中身を、先ほど出てきた執務室の飾りつけを思い出しながら眺めていたデーモンの視界に、静かに佇んでいる女性の姿が映った。
「急にすまないな、ムーア。ルークに誘われて甘えてしまったんだ。」
「お待ちいたしておりました。お久しぶりでございます、デーモン閣下。お食事の時間まで、まだ間があります。あちらのお部屋で、お寛ぎくださいませ。」
デーモンは、ムーアが案内してくれた部屋に入り、ソファに腰掛ける。
程なく入ってきたルークは、その向かい側のソファに身体を沈める。
「話・・・、食事の前に聞いていい?」
いきなりのルークの言葉。
「エースと何かあったでしょ?デーモンが元気ない時って、大体エースが絡んでる。」
探るように聞いてくるルークの口調は、しかし、仲魔を心配し、そして、暖かく見つめてくる瞳によって安心感を与えた。
「夢を見るんだ。」
意を決したようにポツリポツリと語り始めた。
「吾輩は、あまり夢を見るほうではないんだが・・・。」
遠い目をする。
「些細なことだったんだ。」
文化局と情報局をつなぐ廊下で、デーモンは呼び止められた。
「何をしてるんだ?こんなところで。」
声のするほうに顔を向け、そして、そこにある赤い姿を見つけると、満面の笑みを返した。
「ちょっとゼノンのところに用があってな。こんな所で会うということは、エースも文化局に行くのか?」
「いや、俺はおまえの姿が見えたから・・・。」
珍しく口篭もるエースに首を傾げ、次の言葉を待った。
しかし、なかなか話し出さないエースに、
「我輩の執務室(へや)に来ないか?立ち話もなんだし。あ、もし良ければだけど。」
遠慮がちに言ったデーモンの声に、エースは我に帰る。
「そうだな・・・。いや、俺の部屋の方が近いな。情報局のほうに来ないか?」
やっと口を開いたエースは、誘う言葉とは裏腹に、返事を待たずデーモンの背中を押して情報局の方へと歩き出した。
「ゼノンはいたのか?」
「やっとね。」
エースの横を歩きながら、くすくすと笑う。
「文化局は今忙しいはずだし、ゼノンも忙しいみたいだし、でも、その忙しさを表に出さないのはゼノンの良いところなんだろうけど・・・。」
「けど?」
「放浪癖がある。」
憮然として言う。
「どこへ行ってたんだ?あいつは。」
そんなデーモンに尋ねる。
「泉。」
「泉?」
「ほら、文化局の側にあるだろう?あそこ。そこに書類持ち込んで、鳥と戯れながら仕事してた。」
エースは一瞬立ち止まり、まじまじとデーモンを見つめる。
「何やってんだ?あいつは。」
「やっぱり、そう思うだろう?」
エースは、局長室の前に辿り着き、セキュリティを解除してデーモンを促し中へ入った。
殆どプラーベートルームに近いその部屋は、機能重視で、必要最低限のものしか置いてない。
「適当に座っていてくれ。」
そう言われても、本悪魔が座る椅子以外に座れるものは、コンピュータの前の椅子だけで、それを引き出して腰を下ろす。
エースはデスクの上にグラスを2つ置き、赤ワインを注ぐ。
「酒で良いだろう?この時間じゃ、後は帰るだけだろうし。」
片方のグラスをデーモンに渡す。
「そう言うわけではないんだがな。しかし、これを飲んだらそういうことになってしまうんだろうな。」
渡されたグラスを受け取った。
「たまには良いだろう?」
エースは一気にグラスを空にし、再び赤い液体で満たした。
そんなエースの様子を見ながら、デーモンは一口飲み、2杯目を飲み干したエースに訊く。
「話って、何だ?」
3杯目をグラスに注ぎ、そして、それには口を付けず、デーモンを見つめる。
二口目を飲み込み、デーモンはエースの言葉を待った。
エースは意を決したように3杯目を一気にあおると、グラスを置いた。
デーモンは三口目を口に含み、グラスの中身を見つめる。
「いつも、赤なんだな。」
「?」
「しかも、血の様に赤い。ワインも・・・。エース、お前も。」
デーモンは、グラスを回して動く赤を楽しむ。
エースは、その様子をじっと見、そして、口を開いた。
「今度の任務、本当にお前が行くのか?」
ああ、その事・・・。
うんざりした顔をするデーモンに重ねて訊く。
「何故、お前が行くんだ?」
赤を楽しんでいたデーモンも、エースの目を見つめ返した。
「吾輩が一番適任だからだ。」
デーモンはグラスに目を戻して続ける。
「何故、皆その事ばかり言うんだ。先刻、ゼノンともその話だ。何があると言うのだ?あの惑星に。ただの惑星じゃないか。その惑星を手に入れるため、そこに巣食うヤツラを滅亡させる
布石を蒔きに行く、ただそれだけの事なのに。」
「では、お前は何故自分が行くことにこだわっている?」
「・・・。」
デーモンはグラスで遊ぶ手を止め、喉に一気に流し込む。
「あの惑星は蒼い・・・。」
空になったグラスをデスクの上に置くと、遠い目をした。
地球を手に入れることが決定したのは先日。
各トップが集まり、皇太子であるダミアン殿下臨席の下で行われた会議で決定した。
その会議には、長老と呼ばれる歴代の猛者と、当然、副大魔王であるデーモン、情報局長官のエース、軍事局参謀のルーク、文化局理事のゼノン、そして、魔界に来ていた雷帝の子
息であるライデンも出席していた。
ダミアンはおもむろに言った。
「地球を手に入れる。まずは、我々が降り立つ場所だが、どこが良いと思うか?」
その言葉は、情報局長官としてのエースに向けられている。
「地球は、神への信仰が強い惑星。我々に目を向けさせるには、苦労が多いと思われます。しかし、ただ1ヶ所だけ、信仰が全くないと言うわけではないようですが、与えられるもの
に対して、たいした疑問を持たず受け入れるという気質を持った場所があります。我々が布石を蒔く拠点としては、そこが一番やりやすいのではないかと思われます。」
ダミアンはその言葉を頷きながら聞いていた。
誰も異論を唱えるものはいない。
「では、地球へ行く者のことだが、急激な変化を促すものではなく、神の暦で1999年を終了としたい。何時出発かと言うのはその後の計画にもよるが、その者達に一任したいと思って
いる。だれか推挙するものはおるか?」
この問いは、全員に向けられていた。
その時、一名が立ち上がった。
「吾輩に行かせて下さい。」
一斉に、全員の目がデーモンの方へ向いた。
一瞬の沈黙の後、ざわめきが起こる。
そして、全ての者がダミアンの言葉を待った。
「何故お前が?」
「興味がありまして。」
「興味?お前は自分の立場が分かっているのか?副大魔王としての責任があるのではないか?私は反対だ。お前を長い間魔界から出すわけにはいかない。他にはいないか?」
その時、雷帝の子息が口をはさんだ。
「俺、大将が行くんだったらついて行こうかな?」
「ライデン殿、何を言われる!」
長老達から非難の声が上がる。
「じゃあ、他に誰がいるわけ?デーモン以外にさ。ダミ様もさ、反対してるのは、デーモンを手離したくないってのも理由の一つなんでしょ?」
「ライ!」
デーモンが、ライデンの言葉を遮った。
「いいじゃん。デーさん、行きたいんでしょ?俺も興味あるしさ。」
ライデンはそこで一旦、言葉を切り、ダミアンを見た。
「ダミ様もデーさんが一番適任だと思ってるんでしょ?」
ダミアンは、ライデンに気圧される様に口を開いた。
「デーモンに今、魔界を離れられるのは困るのだ。仮にも副大魔王。」
「殿下、吾輩の副大魔王という職が足枷になるのでしたら、辞したいと思います。」
「デーモン殿!」
今度は、デーモンに対する非難の声が長老達からあがる。
しかし、ダミアンが溜息混じりに言った。
「・・・。お前がそこまで言うとはな・・・。好きにするが良い。後は全てお前に任せる。そして、ライデン殿。貴殿の同行、許可します。」
デーモンとライデンは顔を見合わせ、同時に頭を下げた。
その様子を微笑みながら見届けると、ダミアンは立ち上がり、それを合図に会議は解散した。
デーモンは立ち上がると、2つのグラスにワインを満たした。
「何故だろうな、あの惑星は吾輩をひきつけて止まない・・・。」
片方のグラスを取ろうとしたデーモンの手をエースは遮るように握る。
「俺は反対だ。」
「エース?」
デーモンはエースの手を振り払い、グラスを手に取り、それをあおる。
「お前が行かなくても、他に居るだろう?お前をそこまでひきつける何があるというのだ?ほら、その瞳。今のお前は、地球以外見ていない。何も写していない。今、目の前に居る
この俺でさえも・・・。」
デーモンはエースを見つめた。
「賛成してくれると思っていた。」
デーモンの瞳は、寂しさで揺れていた。
潤んだ瞳で、しかし、エースから目をそらさず言う。
「エースだけは、吾輩の気持ちを分かってくれると思っていた。」
「今日、明日片付く問題ではないんだぞ。そんな長い間魔界を離れるなど・・・。」
デーモンは扉の方へ向かった。
「話がその事だったら、もう何も言う事はない。」
そんなデーモンを、エースは扉のノブに手をかけ、行く手を塞ぐ。
「俺の元を離れるなど、許さない。」
デーモンの瞳が大きく開かれる。
しかし、デーモンはすぐに瞳をそらした。
「もう、決まったことだ。」
「夢を見るんだ・・・。」
ルークは黙って聞いていた。
「エースが責めているんだ、吾輩を。毎晩、夢の中で・・・。あの時の、あんなエースは初めて見た。初めて怖いと思った。吾輩は間違っているのか?」
「間違っているとは思わないけど・・・。言葉が足りないんじゃない?お互いに。」
そう言うとルークは立ち上がり、扉の方を見た。
「そう思うでしょ?エース。」
扉の影から赤い髪が躊躇いがちに覗いた。
デーモンは驚いて立ち上がり、しかし歩み寄ることはせず、逆に顔をそむけた。
エースは部屋に入り、入れ違いにルークが出て行く。
「デーモン・・・。」
その声は、あまりにも頼りなく響く。
デーモンは、ピクリと反応はするものの、背を向けたまま。
構わず、エースは続けた。
「俺は、地球にお前を取られそうで怖かったんだ。その不安は未だに消えていない。しかし、お前が永遠に居なくなるわけではない。帰ってきてくれるんだろう?俺の元に。」
デーモンはゆっくりと振り向いた。
「エースは一緒に来てくれないのか?吾輩は、エースも一緒に来てくれるものだと思っていた。違うのか?吾輩だけを行かせるつもりだったのか?」
エースは驚きのあまり、動きが止まっていた。
そんな様子に微笑みながら、デーモンはエースの胸に抱きつき、囁いた。
「来てくれるんだろう?」
エースはその返事を抱き返すことによって伝える。
「吾輩が、お前の傍を離れるわけがない。」
後日、地球征服メンバーが発表された。
その中には、デーモンと一緒にエースの名前が並んでいた。
「二藍」・・・それは、ベニバナで染めた上に、さらに藍を重ねて染めた、二つ色をいう。
Fin
Presented by aoi
「あとがき」
うわああああああああああ!!!
とうとう、書いてしまいました。
前から、妹に「書いてよ。」とは言われてはいたのですが、「う〜ん。」と、あまり乗り気ではない返事をしていました。
何故かな、ふと、「書いてみようかな。」と言う気になり、結構短期間で書いてしまいました。
処女作と言うわけではないのですが、それでも10年振り?
かなり、行き当たりばったり。
書きながら、「ほう、こういう展開だったのか?」なんて思ってしまう始末。
おい、大丈夫か?ってなもんでして・・・。
でも、かなり頑張ってみました。
ちょっとでも、お気に召していただければ嬉しいです。
しかも私、味をしめて、またまた新作製作中です。
その時は、これに懲りずに、また読んでやって下さいませ。
葵 拝