秘 色 の 雨
ある日の夕暮れ。
待ち合わせの場所へ向かっていた。
昼間の快晴は幻だったのか?
今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした空気。
取り敢えずは、傘を持って出かけた。
雨は降らないで欲しいが、手に持っている傘は邪魔である。
この傘を持て余さずに済むためには、雨が降るのを待つしかない。
しかし、待ち合わせはビルの外。
やはり、雨が降るのは避けたい。
願わくば、出会ってから降って欲しい。
何故なら、待ち合わせの相手は、きっと傘など持ってないだろうから。
きっと、「無いよりマシ」程度にしかならないのかもしれないが、今、手に持っている傘が役に立つ。
それはそれで、楽しい時間になるだろう。
遠くない未来を思い浮かべると、口が綻ぶのを隠せなかった。
そう考えると、自然と早足になる。
雨が降って欲しい。
用意周到な自分を自慢したいから。
待ち合わせの場所。
急いだのが功を奏したのか、予定より10分早く着いた。
いつも待たせてばかり。
たまには待つのも良いかもしれない。
相手も、5分前には現れるはず。
そういうヤツだ。
時計は、予定より5分過ぎた。
自分は時間を間違えたのだろうか?
それとも待ち合わせの場所が違ったのだろうか?
その場所を気にしながらも、ビルの周りを1周してみる。
誰もいない。
しかも、歩いたことにより、更に10分過ぎてしまった。
変だ。
何かあったのだろうか?
悪いことばかりが頭を過ぎる。
ポツポツと雨が降り出した。
持ってきた傘が役に立った。
しかし、雨を避ける気にはなれなかった。
この傘は、2名で入りたかったから。
雨はだんだん強くなる。
人々が、目の前を足早に通り過ぎて行く。
降り続く雨は、黄金の長い髪を伝って、足元に弧を描く。
俯いた顔を濡らす雫は、雨なのか、涙なのか。
全身がずぶ濡れになる。
肌寒く感じていた身体が、雨の強さに比例し、体温を奪っていく。
ブルっと身震いをした。
背筋を寒気が走る。
「・・・ヤバ。明日・・・仕事・・・。・・・帰ろ・・・か・・・な・・・。」
長時間の雨に濡れ、寒気と共に感じる体の奥から感じる熱さ。
その場を離れなければならないと思う気持ちとは裏腹に、エースが自分との約束を何の連絡も無く反故にするはずが無いという自信が、踏み出そうとする足を引きとめていた。
立っている事も苦痛になって行く。
寄りかかったビルの壁の冷たさが、一段と寒さを強調する。
自分の身体を両腕で抱きしめた。
握り締めていた傘を、ビルに立てかけた。
そのまま力を振り絞って歩き出す。
雨に降られながら。
傘は要らない。
1歩1歩、踏み出す足が鉛のように重い。
濡れたまま冷え切った身体に、少し小降りになった雨は、不思議と優しく感じた。
子供の頃を思い出す。
雨に濡れる事が楽しかった。
水溜りを選んで歩いた。
思わず微笑む。
走り出してしまおうか。
無邪気だったあの頃。
こんな風に悩むことなんて無かった。
待ち人が来ない事が、こんなに苦しく感じるなんて、あの頃は思いもよらなかった。
子供の頃に戻って雨に濡れていたつもりだった。
自分の横を小走りに走り去る、まばらな人影に我に帰る。
現実・・・。
雨に濡れる事は、こんなに哀しい事だったのだろうか。
重い足を引きずって、先へ進む。
1歩も歩きたくなかった。
このまま座り込みたかった。
そう出来ないのは、もう子供ではないから。
目の前が白くなる。
「・・・本気・・・で、マ・・・ズいか・・・も・・・?」
重心が傾いて行く様な感覚が身体を襲う。
その時。
「大丈夫か?」
今まで重く感じていた身体が支えられる。
「あ・・・、エ−ス。来ないかと思った。」
抱きとめられたまま、言葉を紡ぐ。
「悪い。打ち合わせが長引いて抜けられなかったんだ。」
「良かった、来てくれて・・・。」
先程までの憂鬱な気持ちが薄れて行く。
「傘は?熱あるんじゃないのか?びしょ濡れじゃないか。まさか、ずっと雨の中に居たんじゃないだろうな。」
エースは着ていたコートを脱ぎ、肩にかけてくれた。
エースの温もりが、濡れた身体を優しく包む。
「傘・・・要らない・・・。」
エースの傘が振り注ぐ雨を遮ってくれた。
エースの肩にもたれて歩きながら言った。
「大丈夫。雨・・・好き・・・。」
Fin
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「あとがき」
あ・・・。
雨の中で待ち惚けを喰らっている悪魔物の名前、書いてない・・・よ・・・ね?
殿です。
閣下です。
「黄金の長い髪」の箇所で読み取って下さいね。
今、気付きました。
でも、何処で名前を出すか考えていたら、力尽きました。
すみません。
冷たい雨。
A×Dで、雨の中待たせるのは、どちらにしようかと迷ったんですが、閣下にしました。
次の機会にでも、長官に待たせてみようかなと思っています。
長官は、雨の中待ち惚けを喰ったら、どのような行動に出るのでせう?
葵 拝