臙 脂 に 染 ま る 時
臙脂色とは、生臙脂などの染料で染めた色を言う。
因みに、生臙脂とは、昆虫の色素。
唇を噛み締めて、涙を堪えた。
その涙は、行き場を失い、身体の中を駆け巡る。
痛みを伴った体内の疾走は、何時の間にか感情という心の起伏を削ぎ落として行った。
彼の顔から表情が消えた。
それとは気付かれない様に・・・。
土の上に腰を下ろす。
あまりにも空が赤くて、立ち止まりたくなった。
その空が、何色に変わっていくかを見ていたくなった。
汚れるのも気にせず直に座り、腰の後ろに手をつく。
その手元を、小さな虫が通った。
見たことの無い、きっと、名も無い虫。
無性に、その虫を殺したくなった。
右手の親指で押し潰す。
金属にも似た、嫌な匂いが鼻をかすめた。
親指を見つめる。
虫の残骸が張り付いていた。
空は、更に赤味を増し、真紅に染まっていた。
「奇妙な空だな。」
ルークの隣りに腰を下ろす。
「待ったか?」
無言のまま、ルークは首を横に振った。
親指に付いた虫の死骸を、土に擦り付けることによって取り除く。
そうする事によって、土で汚れた親指を持て余す。
「何の用だ?こんな所に呼び出すなんて。」
親指を見つめたままのルークに尋ねた。
「ただ何となく・・・。あんたなら、何も言わず一緒に居てくれそうな、そんな気がしたから・・・。」
真紅の空は、少しずつ臙脂色に変化して行く。
先程押し潰した虫から流れ出した色にも似た空の臙脂(あか)。
それ以上の言葉を交わすことも無く、時間が過ぎて行く。
空の色が赤から暗闇に変わった頃、ルークは立ち上がった。
「ありがとう、エース。」
満面の笑みは、何処か寂し気で・・・。
「泣きたい時は、俺の所で泣けばいい。」
「ありがとう。」
もう一度、笑おうとしたルークの瞳が光って見えたのは、既に昇った月に照らされたからなのか、それとも・・・。
Fin
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「あとがき」
この話はですね、「臙脂色」がモチーフなんです。
何かの本で、「臙脂」は昆虫から採れる色素であるというのを読んで、何故か妙に引き付けられまして、今回に至ります。
本当は、もうちょっと長い話のはずだったんですけど、ここで止めた方が意味深かなと思い、ショートショート調になってます。
いかがでしたでしょうか?
葵 拝