葡 萄 葛 の 咲 く 頃
カサッと葉が揺れる音がした。
草花の手入れをしていたゼノンは、一瞬手を止めたが、物音の正体の“気”を確信すると、再び手を動かし始めた。
別に怪しい者ではない。
それも当たり前ではあるが・・・。
ここは、魔界にある結界で囲まれた隠れ家。
この空間に入る事を許されているのは、この結界を張った者のみ。
すなわち、今の物音の正体も、その者達の内の誰かと言うことになる。
草花を分け入って来る物音が、だんだん近付いてくる。
「こいつら、育ちすぎじゃないのか?その内、庭じゃなくて森になるぞ。」
振り返ると、ワイン片手に、煩わしそうに目の前に覆い被さってくる葉を避けているエースの姿。
ゼノンは、微笑んだ。
「たっての希望でね。」
可笑しくなさそうに、エースは鼻で笑う。
「物好きだな。」
その様子に、ゼノンは軽く肩を上げ、溜息を一つ。
「ところでさ、その“気”収めない?花たちが脅えてる。」
エースはしげしげと周りの植物達を見渡す。
「ふーん。」
「部屋の方に行く?ソレ、飲むんでしょ?」
ゼノンは、屋敷の方へ歩き出した。
しかし、エースはゼノンを呼び止める。
「いや、ここが良い。」
そう言うと、パチンと指を鳴らして、グラス2つを出し、その場に座り込んだ。
「便利だねぇ。」
グラスを手渡されながら、ゼノンはのんびりと言う。
エースは、ポケットからナイフを取り出すと、ワインのコルクを開けた。
「器用だねぇ。」
エースは、グラスに赤い液体を満たしていく。
「昼間からフルボディ?」
ゼノンは、ワインの入ったグラスをゆっくりまわしながら言った。
「ヘヴィじゃない?」
チラッとエースの方を見る。
しかし、エースは何も答えず、一気に飲み干す。
「ふーん。君自身がそんな気分なんだ。」
ゼノンは、ワインの色と香りを十分に楽しんだ後、一口口に含み、味を楽しむ。
「流石だね、このワイン。君が選んだだけのことあるよ。」
エースのグラスにワインを満たすと、そのままボトルのラベルを眺める。
「向こうの方にね、葡萄がなってるんだけどね。今年は、ワインを作ってみようと思ってるんだ。」
ゼノンは、葡萄の群生がある方向を指した。
エースは、2杯目もあおるように飲み干すと、そのままその場に寝ころんだ。
「眠るんだったら、屋敷の中にしてね。邪魔だから。」
エースは、真っ青な空を見つめた。
「僕に何か用だったんでしょ?」
ゼノンは、初めて質問を口にした。
「別に何もない。」
その言葉に、ゼノンは微笑みを洩らす。
「酒の相手だったら、他にもいるんじゃない?」
「誰かが、部屋に入って来るんだ・・・。」
ポツリとエースは話し始めた。
「その気配に俺は目を覚まし・・・。だが、指1本動かすことが出来ない。俺は、物凄い恐怖にかられる。」
エースは起きあがると、手元の花を引き抜いた。
ゼノンは、その花をエースの手から取り上げると、掌に乗せ、じっと見つめた。
すると、その花は蝶に変化し、舞い上がった。
エースは、その蝶を目で追う。
「ただ本能で、目を開けてはいけないと感じている。その誰かは、寝ている俺に覆い被さると、俺に口付けてきた。俺は、身動き一つ出来ずに、ただ時が過ぎるのを待っている。
じっと・・・。身動きできないのは、恐怖の為だけだと言うことは分かっているんだ。俺は、その恐怖を振り払って剣を持つと、そいつを刺した。しかし、何の反応も手応えもない。
ゆっくりと目を開けた。そこに居たのは・・・。」
無意識なのだろうか?
エースは、拳を握りしめていた。
「身体中を血に染め、口から血を流して笑っている・・・俺だった・・・。」
エースは、自分のグラスにワインを満たすと、今度は唇を濡らすように一口含んだ。
「それは、夢・・・だよね?」
ゼノンは訊いた。
エースは頷く。
「毎晩見るの?」
「ああ。」
その時の恐怖を思い出したのか、エースはうっすらと汗をかいている。
「だから、酒に逃げてるんだ。」
ゼノンは、ワインを飲み干し、グラスをその場に置いた。
「眠れないんだ。怖くて・・・。また夢を見そうで。この俺が、怖くて眠れなくなることがあるとは思わなかった。どんな敵と相対しても恐怖を感じることが無かったのに・・・。」
俯いているエースの肩をポンと叩いて、ゼノンは言った。
「夢だから怖いんだよ。僕は夢魔じゃないからね、よくは分からないけど。夢というのは、不確かな・・・、不安定な世界だから恐怖を感じるんだ。ただ言えることは、夢というのは
往々にして、自分の迷い、願いが現れることがある。」
ゼノンは、グラスを2つ共持つと立ち上がった。
「さ、部屋に入ろう。こんな所で眠ったら風邪をひくよ。」
ゼノンは、エースを促して屋敷の方へ歩き出した。
エースは、ゆっくり立ち上がると、後に続く。
・・・とその時、ゼノンは振り返った。
「ねえ、エース。誰を殺したいほど愛しているの?それは、叶わない想いなの?」
Fin
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「あとがき」
さてさて、長官は誰を「殺したいほど愛している」のでしょうか?
皆様が思い描く方は、どなたなのでしょうか?
私としては・・・。
葵 拝