浅 葱 の 頃

 

 

「デーモーーーン!!!」

自分の執務室へ向かってたデーモンは、後ろから掛けられた声に振り返った。

「俺の事、見つけてたんでしょ?」

走って近寄ってきたライデンは、息を整えながら言った。

ライデンの事を探していたが、待っていたわけではない。

ただ、ゼノンに声を掛けただけである。

なのに、こんなに早く、しかもライデンの方からやって来るという事は、きっとライデンは自分の事を必死で探してくれたのだろう。

それは、この息切れ状態と、紅潮した顔色で分かった。

「返って探させてしまったようだな。ま、話は執務室へ行って落ち着いてから。」

デーモンは、やっと荒い息が収まったライデンを促した。

 

軍事局内にあるデーモンの執務室。

魔界軍総司令官であり副大魔王であるデーモンが職務を遂行する部屋。

デーモンがその部屋の前に立つと、スーッと扉が開いた。

しかし、この部屋の扉がが自動で開くのは、この部屋の主のみ。

身体のあらゆる組織を一瞬にして感知し、反応する。

デーモンは、先に部屋に入ると、手にしていた書類を机の上に置き、その横にあるモニターのスイッチを押す。

「おかえりなさいませ。お留守の間に数件の伝言と書類をお預かりいたしております。」

秘書である局員が画面の向こう側で言った。

「こちらから、後ほど連絡する。ライデンと一緒なので、飲み物と食べ物・・・そうだな・・・何か見繕って持ってきてくれ。」

「かしこまりました。」

パシュっとモニターが消える。

デーモンの後に続いて入室していたライデンは、部屋の中央に位置する応接セットのソファに腰掛けていた。

「うわぁ!!!」

程なくして運び込まれた、地球の英国風アフタヌーンティーのセットに歓声を上げるライデン。

柔らかな紅茶の香りが部屋を包む。

その横には、上段にサンドウィッチ、中段にスコーン、下段に数種類のケーキが載せられた3段のトレーが置かれていた。

「丁度お茶の時間だしな。好きなだけ食べると良い。お茶は、ゼノンのお薦めだぞ。」

デーモンの説明を聞いているのか聞いていないのか。

既にその手にはサンドウィッチが握られていた。

「美味しい!!!」

そんなライデンの様子にデーモンは目を細める。

デーモンは2つのカップに紅茶を注いだ。

「そんなに慌てて食べなくても、逃げはしないぞ。」

口に詰め込みすぎて咽せるライデンに紅茶を差し出しながら言った。

既にトレーの半分はライデンのお腹の中に入っている。

デーモンは、中段にあるスコーンに、添えてあったホイップクリームとブルーベリージャムを乗せて口にする。

なるほど、なかなかの味である。

トレーの中身の殆どが空になった頃。

フッーっと大きく息を吐いたライデンは言った。

「んで、用事って何?」

デーモンはライデンの問いかけに、「そうだったな」と言って、ソファにドカッともたれかかった。

「お前、雷神界へ戻るであろう?」

「・・・うん・・・。」

今迄ご機嫌だったライデンの顔が曇る。

「なんだ、どうした?」

ライデンの憂鬱を知ってか知らずか。

デーモンは、心持ち高めのトーンで言った。

「『降雷の祭典』は、1ヶ月後だったと思ったが?」

「・・・うん・・・。」

途切れることなくトレーに伸ばされていた手が止まった。

「ん?」

静かにライデンの言葉を待つ・・・が、伏せられた瞳は俯いたまま。

「俺・・・行きたくない・・・。」

ボソッと言う。

「行きたくないって、帰るの間違いじゃないのか?」

その言葉に上目遣いで見るライデンの瞳が微かに潤む。

「だって・・・。」

その様子に、デーモンはフッと笑みを浮かべた。

「雷神界はお前が何れ治めるべき場所だ。それは忘れてはならない。」

「好きで雷帝の子供に生まれた訳じゃないもん。」

ライデンだって分かっているはず。

それは、自分が背負って生まれた宿命だと。

そしてそれは逃れられない運命だと。

「そんな事言ってると、父君が嘆かれるぞ。」

「だって・・・、皆と会えなくなる。魔界(ここ)好きなんだ。デーさんやゼノ、エースやルーク、皆好き・・・。」

「吾輩だって、ライデンの事が好きだ。他の者も同じだと思う。しかし、それとこれとは話が別だろう?」

ライデンの瞳から、堪えきれずに雫が落ちた。

「『降雷の祭典』はお前のお披露目式だ。雷神界内外に名前は知れ渡る。今までも皇子として扱われていたかもしれない。しかし、祭典の後は、お前自身が「皇子」にならな

ければならなければならない。それはお前が好む好まぬに関わらず、だ。」

デーモンはあくまでも、ライデンの自覚を促す。

だが、その言葉とは裏腹な優しい声。

「そんな事、分かってる。」

分かっている。

分かり切っている。

ただ、拗ねてみたいだけ。

ライデンは、頬を伝う涙を手の甲で拭った。

「パーティをしようと思ってな。」

「えっ?」

突然の話の展開に、ライデンは涙が乾かない顔を上げた。

「お前の門出だからな。ま、前夜祭と言うところか。何が食べたい?」

「用事って・・・。」

申し訳なさそうに、デーモンは言った。

「そうなんだ。何が食べたいか聞きたかっただけなのだ。たったそれだけだったのに、あんなに慌てて吾輩を追ってくるものだから、切り出しにくくてな。」

「そんな事!」

「機嫌は直ったか?」

あれとこれと・・・と思いつく限りの食材を並べ立てていたライデンに言った。

不安が消えた訳ではない。

しかし、この仲魔達が仲魔で居てくれる限り、自分は自分の道を歩いていける、そう思った。

道を誤った時は、きっと叱ってくれるだろう。

道に迷ったときは、きっと手をさしのべてくれるだろう。

そう信じていれば、離れていても大丈夫。

「うん!!!」

ライデンは大きく頷き、勢いよく立ち上がった。

「じゃね、デーさん。食べたいもの考えて、明日報告しに来る。何個まで良い?」

「お前の好きなだけ。」

「やったね。」

部屋から出て行こうとしたライデンに言った。

「今日、雷帝から親書を頂いた。」

ライデンの歩みが止まる。

「『降雷の祭典』後は、吾輩が後見人だ。向こうが落ち着いたら、いつでも帰ってこい。待ってる・・・うわっ!!!」

言葉が終わらないうちに、ライデンはデーモンに抱きついていた。

「大好き!!!」

 

 

 

Fin

 

 

 

presented by aoi

 

 

 

「あとがき」

 

決してDRではありません。

登場人物は閣下と殿下ですが、決して、DRではありません。

しかも、なんか続き物だし・・・。

私の中での殿下は、幼い・・・というより、素直なんです。

自分の感情に正直。

嬉しいときに笑い、悲しいときに泣く。

そして、殿下と相対するときの閣下は、包容。

しかし、決して全てを許すのではなく・・・。

そんな私の中でのDRを描いてみました。

 

 

 

葵拝